第一章
真相を求めて
キンセツシティを出た二人は、ロープウェイに乗り、デコボコ山道に到着する。お婆さんにフエン名物だという煎餅を売ってもらったので、早速一枚食べてみた。

「辛っ!?」
「これは・・・確かに状態異常も吹っ飛びそうだね」
 
 二人して水を飲むが、なかなか辛さは収まらない。口の中をヒリヒリさせながら、山道を降りていく。名前の通り段差が激しく、なかなか歩きづらい。
 
「ルビー・・・降りれるか?」
「君が手を引いてくれるのなら、なんとかなると思うよ」
「わかった」
 
 一際大きな段差のところでサファイアは先に飛び降りる。そして上のルビーに手を伸ばした。二人の手が触れ合う。
 
「よいしょっと」
 
 ルビーがストンと上から降りる。サファイアは手を離そうとしたが、ルビーは離さない。
 
「・・・ルビー?」
「いいじゃないか。このままでも」
 
 ね。と言って微笑みかけてくるルビーの表情は、なんだか脆く儚く見えて。手を離すことが憚られた。ロープウェイのときも感じたが、キンセツシティを出てからそういう顔をするようになった気がする。

「あ・・・見てサファイア君」
「どうしたんだ?」
 
 ルビーが向こうを指差す。サファイアがそちらに目を向けると、頭に真珠のような綺麗な珠を乗せたポケモンーーバネブーの群れがいた。段差のある山道を器用にピョンピョンと跳ね移動しているのだが・・・その群れの一番後ろの一匹が、段差を登ろうと跳び跳ねて、思いきり壁にぶつかった。他のバネブー達がブーブーと騒ぐ。明らかに文句を言っているようだった。

「上手く登れないみたいだな」
「そうだね・・・」

 登り損ねたバネブーは何度か登ろうと挑戦するが、何度やっても上手くいかず。ついには群れに置き去りにされてしまった。
 
「ぶう!ぶう・・・」
 
 それでも残されたバネブーは何度も何度も挑戦する。そして同じ数だけ失敗した。
 
「ねえ・・・サファイア君」
「どうしたんだ?」
「あの子、助けてもいいかい?」
「えっ?」
 
 ルビーはバネブーを見て、かつての自分を思い出す。何度やっても親達の期待に応えられない弱い自分と・・・目の前のバネブーは同じに見えた。

「助けたいなら、いいんじゃないか」
「そうするよ」
 
 ルビーは何度も同じ事を繰り返すバネブーの後ろからそっと近付く。そしてサマヨールを繰り出し、小さく「朧重力」と呟いた。サマヨールが、バネブーの真上に吸い寄せる重力場を作り出す。
 
 すると跳び跳ねるバネブーの体が宙に吸い寄せられーー結果として普段より高く飛び上がり、段差を登る事に成功した。ルビーとサマヨールの存在には、気づいていない。ルビーもそれ以上バネブーにはなにもしなかった。
 
「あれだけで良かったのか?」
「・・・わからない。もしかしたら余計なお世話だったかもしれないね。あの成功は所詮まやかしさ。だけど・・・何かのきっかけにはなるかもしれないだろう?」
「・・・そうだな、偉いよルビー」
 
 あのバネブーが今後また同じように置いていかれるかもしれないとは思った。だが、今はそれよりもルビーが自分から他のポケモンを助けようとしたことを喜ぼう、そう思ったサファイアだった。
 
 
 
「ここがフエンタウンか・・・カイナ、キンセツとは違ってのどかな感じだな」
「温泉の町のせいか、お年寄りが多く集まる町らしいよ。とりあえず、山を降りて汗をかいたし温泉にゆっくり浸からないかい?」
「いいな。・・・あ、混浴とかじゃないだろうな」
「お、先取りしてくるようになったね。いいじゃないか、毎回反応が同じでも飽きるしね」
「俺をおもちゃにするなよ・・・」
 
 呆れるサファイアに、ルビーはクスリと微笑む。温泉は色々あるがまずはポケモンセンター裏の温泉に浸かりにいこう、というルビーの提案により、二人はポケモンセンターに向かった。
 
「あいつは・・・エメラルド?」
「ん?お前らもここに来たのか。いや、ようやくついたって感じだな」

 するとそこには、緑の浴衣姿で空のモーモーミルクの瓶を手にしたエメラルドがいた。
 
「お前らがちんたらしてる間に、俺様はもうジムバッジをゲットさせてもらったぜ。それから・・・こいつも手に入れた」
 
 エメラルドはそばに置いてある自分のバッグから、炎を象ったジムバッジと、謎の化石を取り出す。
 
「見ろよこれ。そんじょそこらのレプリカとは違う、モノホンの化石だぜ?今からカナズミに行って復元してもらいにいくところなんだ」
「復元って・・・そんなことできるのか?」
「へっ、うちの企業を舐めんなよ。そんな程度の技術、10年前には完成してるっつの」
 
 それから化石ポケモンは希少価値が高いとか、うちの技術は世界一だとかそんな話をしばらくされた。恐らくエメラルドは珍しいポケモンを手に入れたことを自慢したかったのだろう。
 
 話を終えるとエメラルドはサファイアに一つのゴーグルを放ってよこした。
 
「これは?」
「うちの会社謹製、ゴーゴーゴーグルだ。イカす名前だろ?どんな砂漠の砂嵐もへっちゃらな優れものだが俺様にはもう無用の長物だから、荷物整理のついでにお前にくれてやる」
「ああ・・・ありがとう」
「じゃあな!お前らは精々のんびりジムバッジを集めてろよ。俺様はその間に・・・最強のメンバーでチャンピォンになってるからよ!」
 
 そう言って、エメラルドはポケモンセンターから出ていってしまった。
 
「相変わらずそそっかしい子だね」
「なんというか・・・嵐のように去っていったな」
 
 そんな感想を残しつつ、今度こそ温泉に入る。月並みな感想だが、温かくて広い空間というのは気持ちが良かった。
 
「・・・温泉から上がったらジム戦、だな」
 
 呟くサファイア。その声には今までのような緊張感は薄らいでいた。今までのジム戦は順調だったし、あのティヴィルも倒した。正直のところ、負ける気がしなかったのだ。
 
 だがサファイアは忘れていた。次のジム戦の相手がどんな存在なのかをーー

 
 
「ふう・・・気持ち良かったね」
「そうだな・・・風呂長かったな」
「折角の温泉だからね。ゆっくりしないともったいないじゃないか」
 
 サファイアより大分後に出てきたルビーが言う。二人ぶんのモーモーミルクを買ってルビーに片方を渡した後、サファイアがこう切り出した。

「なあ、飲み終わったら早速ジム戦に行っていいか?」
「エメラルド君に触発されたかい?ボクは構わないよ」
「ありがとう。じゃあ決まりだな」
 
 そうして二人はフエンジムへと向かう。中は浅い温泉のようなフィールドになっていた。
 
「いくら温泉の町だからって、炎タイプでこれは不利じゃないか・・・?」
「あるいは、それくらいで丁度いいという自信の表れかもしれないね。・・・ああ、彼がジムリーダーかな?」
 
 ジムの奥には、黒シャツの上から真っ黒な革ジャケットを来て、紅い髪を逆巻く炎のようにした長身の男が、マグマッグを控えて立っていた。向こうにもこちらは見えているはずだが、話しかけてはこない。
 
「あんたがここのジムリーダーか?」
 
 なので、サファイアから話しかける。ジムリーダーと思わしき男は如何にも、と返事をした。・・・派手な外見の割りに無口なのかな、と思いつつキンセツシティのジムリーダー、ネブラにもらった書状を取り出す。
 
「俺、あんたと本気のバトルがしたくて来たんだ。あんたの友達だっていうキンセツのジムリーダーから、これを預かってる」
「ほう・・・これは」
 
 確かにネブラの字だな、と呟いた彼の声は。ネブラがこの男の事を話すときと同じく懐かしさが少しだけ感じられた。
 
「いいだろう。俺が本気で相手をしてやる。さあ・・・二人まとめて来い」
「ああ!・・・って、二人?」
「如何にも。書状にはそう書いてあるが」
「そうなのか?」
 
 サファイアが書状を見せてもらうと、確かにそこにはルビーとサファイア、二人を同時に相手をするように書かれていた。ーーそれなら少しは勝負になるだろう、とも。
 
「ルールは3対6の変則バトル。お前達は三匹ずつポケモンを使っていい」
「本気で言ってるのか?それってつまり」
「お前達が一匹ずつに対し、俺は一匹だけを出す」
「2対1の上に、ポケモンの数も半分で戦うっていうのか・・・」
「どうする。やるのかやらないのか」
 
 ジムリーダーの男は、どちらでも良さそうだった。自分が不利な条件でも構わないという・・・余裕、いや覚悟だろうか。
 
「ルビー、頼んでもいいか?」
「いいよ、どうやら僕たちはあのジムリーダーに一杯喰わされたみたいだね。もしくは・・・」
「?」
「いや、戦ってみればはっきりするかな。さあ準備をしよう」
 
 ルビーは自分のモンスターボールからキュウコンを呼び出す。コォン、とキュウコンが鳴いてルビーに頬擦りした。
 
「ルビーは早速キュウコンか・・・なら、俺もジュペッタでいこう。俺達の力を見せてやる」
「うん、攻めるのは任せるよ」
「任されたぜ」
 
 一見すれば仲睦まじく話している二人に、ジムリーダーである男は目を細める。それがどんな感情を抱いたからなのかは、サファイア達にはわからない。
 
「・・・準備はできたか」
「ああ、待たせたな」
「いつでもいいよ」
「では・・・いくぞ、ファイアロー」
 
 ジムリーダーは紅い体つきの鷹のようなポケモンを繰り出した。ホウエンでは珍しいが、とある地方ではありふれたポケモンではある。
 
「ジュペッタ、影分身だ!」
「キュウコン、影分身」
 
 二人がいつも通りの指示を出す。分身で相手を撹乱し、自分達に有利な場を作り出す戦術だがーー目の前の男は、たった一言でそれを打ち破る。

「燕返し」

 刹那。一瞬のうちに動いたファイアローがジュペッタとキュウコンの分身が増える前に、2体の体を翼で切る。キュウコンの美しい毛並みが傷つき、ジュペッタのぬいぐるみの体が僅かに裂けた。
 
「な!?」
「速い・・・」
 
 今までも、分身した自分達を見切ったり分身を消し去る相手はいた。だがこの男は、そもそも分身すらさせずに攻撃を当ててきた。

「だったらメガシンカだ!いくぞジュペッタ!」
「ーーーー」

 サファイアのメガストーンと、ジュペッタの体が光輝く。ジュペッタを包む光が消えた時ーーその姿は、チャックが開いてそのなかから紫色の鋭い手足が出たメガジュペッタに進化していた。

(相手は炎タイプだから、鬼火は効かない。ここは、もう一度影分身でペースを掴む!)
 
「ジュペッタ、影分身!」
「燕返し」

 ジュペッタが先ほどよりもずっと速く分身していく。だが、相手が更にその上をいった。分身を始めても、本体が移動するのには若干のラグがある。その間に懐に入り、再び翼で切りつけた。
 
「特性『いたずら心』のジュペッタより速い!?」
「燕返しは先制をとる技じゃない。ということは・・・」
 
 ルビーは速さの理由を察したようだった。それを聞いて、ジムリーダーは短く言う。
 
「特性『疾風の翼』の効果により、飛行タイプの技は全て先制技になる。・・・止めをさせ、ファイアロー」
「させるか、影法師!」
「・・・ふん」
 
 例え攻撃が命中しても、分身が出来ている事実は変わらない。それを利用し、サファイアは自らの必殺技を仕掛ける。分身達が巨大化し、ファイアローに精神的なダメージを与えようとする。
 
「つまらん芸だな、児戯にも等しい。焼き尽くせファイアロー」
 
 ファイアローが全身の体毛から火の粉をだし、分身達を焼き払っていく。ごくあっさりと必殺技の一つを破られたが、サファイアとしてはこれで構わない。とにかく燕返しの連打さえ止めればーー
 
「キュウコン、炎の渦」
「コォン!」
 
 彼女がサポートしてくれると信じているから。炎の渦がファイアローを閉じ込め、ジュペッタの姿を今度こそ見失わせる。
 
「これで止めだ。ジュペッタ、虚栄巨影!」
 
 巨大化した闇の爪で、炎の渦ごとファイアローを確かに捉えて切り裂く。ファイアローが床に叩きつけられるがーー
 
「倒れない・・・」
「流石に鍛えてあるってことだね。火炎放射!」
 
 ルビーのキュウコンがすかさず追撃の炎を放つ。9本の火柱がファイアローに飛んで行くが、それは相手にとっては遅すぎた。
 
「羽休め」
 
 ファイアローが床に座って体を休める。・・・火炎が届くほんの数秒の間に体力を大幅に回復させ、対して痛くもなさそうに受け止めた。
 
「これで決める」
 
 短い一言に、はっきり必殺の意思がこもったのがサファイアにもルビーにもわかった。だが、相手の圧倒的な『速さ』の前に対抗手段が浮かばない。
 

「ブレイブバード!」
 
 
 放たれた技は、正に神速の突貫だった。地面すれすれを水しぶきを起こしながら翔び、まずキュウコンを吹っ飛ばし、ついでのようにジュペッタの全身を翼で切り裂いたーーサファイアの目に映ったのは上がる水しぶきと、吹き飛ばされて壁に叩きつけられるキュウコンの姿だった。
 
「キュウコン・・・ゆっくり休んで」
「・・・ジュペッタ。ごめん」
 
 戦闘不能になった二匹をボールに戻す。次に誰を出そうか考えて、結論が出せなかった。
 
(どうすれば、あいつを倒せる・・・?というより、倒せるのか?)
 
 それはジャックと戦ったときにも似た相手への恐怖。あのときは得体の知れないポケモンへの、今は圧倒的な実力差への怖れだった。これがジムリーダーの、本当の本気。ルビーも次のポケモンを迷っているようだった。彼女をして、このジムリーダーは脅威なのだろう。
 
(いや、俺はもう迷わない。シリアのようなチャンピォンになるんだ!)
 
「フフフ・・・流石です、ジムリーダー」
「・・・?」
「これは・・・あれでいくんだね」
 
 突然様子の変わったサファイアに、怪訝な目を向けるジムリーダー。ルビーは察したのか、溜め息をつきつつも顔は笑っていた。
 
「私達のエースを2対1で下すとは驚きですが、私達にはまだ頼もしき仲間がいます。いでよ、勝利を運ぶ優しき気球・・・フワライド!」
「ぷわわー!」
「それじゃあ僕も。出てきてサマヨール」

 それぞれポケモンを繰り出す。サファイアに口調に思い当たったのか、ジムリーダーは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 
「・・・偽りの王者を騙るか」
「私にとっては、彼が本物の王者です」
「・・・よかろう、ならば貴様をあの王者と思い叩き潰すまで!」
 
 理由は分からないが、ジムリーダーはシリアを敵視しているようだった。そしてその敵視は、ネブラも持っていて。エメラルドも何か知っているようだった。そろそろ真相を確かめるべきなのかもしれない。心のなかでそう思った。
 
「燕返し!」
「受け止めてシャドーボール!」

 ファイアローの燕返しはどうあがいても避けられない。ならば受け止めて反撃するだけ。そのためにサファイアは体力の高いフワライドを出した。漆黒の弾丸が、零距離でファイアロ

ーに向かい直撃する。

「羽休め」
「させないよ、重力」

 すぐさま体力を回復しようとするのをルビーは読んでいたのだろう。ファイアローの周囲に高圧力を発生させ、体を休ませない。

「よし、今度こそ止めです、妖しい風!」
「ブレイブバード!」

 フワライドが不気味な風を発生させるが、ファイアローが突進してくる。風の勢いなどものともせずフワライドに直撃した。

「フワライド、大丈夫か?」
「ぷわわ・・・」

 フワライドは持ち前の体力を生かしてなんとか浮かび上がる。ファイアローは、さすがに反動が大きかったのかよろめいていた。まだ戦えないことはなさそうだが、ジムリーダーがボールに戻す。そして次のポケモンを繰り出した。

「……怨念を燃やす灯火よ」

 ジムリーダーが最初は小さく呟くように唱える。そして大きく叫んだ。


「倒れし仲間の無念継ぎ、勝利への道を照らし出せ!!現れろ、シャンデラ!!」


 出てきたのは、まるでシャンデリアに顔がついたようなポケモンで。他の地方のポケモンながらサファイアも知っている――ゴーストタイプのポケモンだった。

「シャンデラ!こいつの特徴は……」
「伝説のポケモンやメガシンカにも勝ると言われる圧倒的な火力……速さの次はこれか。なかなか厳しいね」
「御託はいい、シャドーボール!」
「守る!」

 サマヨールに向かって飛んだ漆黒の弾丸――いや、大砲と呼ぶべき一撃は防御壁を削り、ついにはサマヨールを吹き飛ばした。闇のエネルギーこそ当たらなかったものの、『守る』を使ってなお防ぎきれない攻撃はルビーの記憶する限り初めてである。以前エメラルドが怒りに任せてメガシンカの波乗りを使ったのを防いだ時でさえしのいだというのに。

「次は防げそうもないね……サファイア君、妖しい風を頼むよ」
「わかっ……わかりました、フワライド!」
「ぷわわー!」
「サマヨール、朧重力!」

 フワライドが不気味な黒い風を放ち、サマヨールがシャンデラのすぐそばに全てを吸い寄せる重力場を作る。するとどうなるか。答えは――


「全ての風が吸い寄せられ、そこに吹き荒れる嵐と化す!黒き旋風ブラック・サイクロン!!」

 
 ルビーが自分ののようにオリジナルの技を唱えたのを見て、最初は驚くサファイア。だけど、それはとても嬉しいことだった。彼女が自分のやり方を認めてくれたような気がしたから。
 ルビーとサファイアの生み出した黒い嵐はシャンデラを巻き込み、その体力を削っていく。このまま削り切れれば勝てる……そう思った時だった。
 
「狙いは悪くない。だが……」
 
 そこから先の言葉は、小さくて聞き取れなかった。そしてジムリーダーは、反旗の一撃を放つ。
 

「オーバーヒート!」
 

 言葉とともに放たれた炎は、業火や猛火という言葉では説明しきれない、全てを埋め尽くす爆発に近い何かだった。それは黒い嵐も、フワライドもサマヨールを飲み込み全てを焼き払う。サファイアとルビーが巻き込まれないのが不思議なほどの規模の一撃。炎が消えたときには……サマヨールとフワライドが壁際で、力なく項垂れていた。明らかに戦闘が続行できる状態ではない。
 
「っ……戻れ、フワライド」
「休んで、サマヨール」
 
 二人がボールに戻す。ジムリーダーもまた、シャンデラをボールに戻していた。ダメージよりも、オーバーヒートのデメリットである火力の減少を回避するためだろう。
 
「……凄い火力でした。だけど勝負は……これからです!出でよ、全てを見通す慧眼、ヤミラミ!」
「いくよ、クチート」
「……まだやりとおすか。これ以上は無駄だと切り上げたいところだが……あいつの頼みだからな」
 
 ジムリーダーがモンスターボールを宙に投げる。そこから現れたのは――ホウエンでは珍しけれど、その名を知らないものはいないであろう赤き竜。
 
 
「メガシンカ、Yチェンジ!現れろォ!!メガリザードン!!」


 紅蓮の球体に包まれ、中から現れたのは―-サファイアたちが知るよりもさらに荒く猛々しい、リザードンの姿だった。そしてその瞬間、ジム内ではわからなかったがフエンタウンに差す日差しが強くなった。

「一撃で決めさせてもらう」
「させません、ヤミラミ、パワージェム!」
「クチート、噛み砕く」

 ヤミラミが鉱石から光を放ち、クチートがその開いた角で噛み砕こうとする。だがリザードンもジムリーダーもそんなものはお構いなしだった。


「メガリザードン!全ての敵を、撃ち抜け!……ブラストバーン!!」


 メガシンカしたリザードンの口で、超弩級の火球が膨らんでいく。数千度にまで達した炎が放たれ――サファイアとルビーの目が眩んだ。ジム全体に激震が走り、爆裂音が響く――目を開け、結果を確認するまでもなく勝負がついたと確信させられた。結局自分たちは、この男のポケモンを一匹も倒せなかった。最後に至っては、たった一撃であっさりと片づけられた。


「やはりあの王者には、そして貴様にも……灼熱の如き闘志も、飛躍を求める魂も感じられない」


 敗北し、目の前が真っ暗になるサファイアの耳に、さっきは聞こえなかったジムリーダーの呟きがはっきりと聞こえた――





フエンタウンジムリーダーに完敗し、目の前が真っ暗になったサファイアが目を覚ますとそこはフエンのポケモンセンターだった。

「ここは・・・ルビーが運んでくれたのか?」

 すぐそばに座っていたルビーにそう聞くと、ルビーは目が覚めたんだね、と言ったあど首を降った。
 
「まさか。君はボクがここまで運んでくるには重いよ。ポケモンも力尽きてしまったしね」
「じゃあ・・・」
「彼だよ」
 
 ルビーが向こうを手のひらで示す。サファイアが目線を向けると、そこには自分達を完膚なきまでに負かしたジムリーダーが壁際にもたれて腕を組んでいた。憮然とした態度で言う。
 
「バトルに負けて気を失うとはな」
「・・・」
「ネブラは貴様を随分と評価していた。だから少しは楽しませるやつかと期待したが・・・拍子抜けだ」

 いつもなら食ってかかったかもしれない。だが今はそんな元気も気力もなかった。

「通常のジム戦に勝つ程度の実力は見受けられた。ジムバッジはそこの女に渡してある。ーーさっさと次の町へいけ」

 それを言うためにサファイアが目を覚ますのを待っていたのだろう。用件を言い終えると、出口へと歩いていくジムリーダー。
 
「・・・待ってくれ」
「なんだ」
 
 呼び止めると、彼は止まってくれた。
 
「あんた、ただのジムリーダーじゃないよな。イグニス・ヴァンダー。ホウエンリーグ四天王。シリアに最も近い男・・・そうだろ?」
「それがどうした。ただのジムリーダー相手なら負けなかったとでも言いたいか?」
「違う」
 
 サファイアは思い出していた。旅に出る前に見たテレビの映像。シリアと戦っていたのは、正に目の前の彼だった。
 
「あんたの本気、凄かった。手も足も出なかった。だから聞きたいんだ。あんたはシリアと戦ったとき・・・本気でやってたか?」
「・・・」
 
 今度はジムリーダー・イグニスが黙る番だった。静寂が通りすぎたあと、彼は語る。
 
「そこに勘づいたか。だがお前には、真実は受け止めきれんだろう」
「聞いてみなきゃ、なにもわからない。俺はシリアのこと・・・そして隣にいる彼女のこと、もっと知りたいんだ」
「サファイア君・・・」
 
 ルビーが僅かに顔を赤くし、目をそらす。それはまだ打ち明けていないことがあるゆえか。
 
「敗者に語るつもりはない、俺は行く。・・・また来るのなら、何度でも本気でやってやる」
 
 今度こそ、イグニスは出ていった。残されるサファイアとルビー。

「ルビー、ごめん」
「急にどうしたんだい?」
「俺・・・きっと油断してた。あの博士を倒して、ジムリーダーに認められて・・・いい気になってた」

 だからイグニスの正体に気づくのにも時間がかかった。バトルでも一方的にやられた。それが悔しくて、一緒に戦ってくれた彼女にも、ポケモンにも申し訳なかった。
 
 そんなサファイアを、ルビーは後ろから覆い被さるように抱きしめる。サファイアからは見えないが、いとおしそうな表情をして。
 
「ボクには特別そうは見えなかったよ。だけど、自分でそう思えるなら、きっと君はもっと強くなれるさ」
「ありがとう、ルビー」
 
 自分を励ましてくれる彼女に礼を言い。サファイアは決意する。
 
「俺、イグニスに勝ちたい。そしてシリアの・・・真実をあいつに聞きたい。
 
 だから強くなりたい。そのために、付き合ってくれるか?」
 
 新たな目標を掲げる。後ろにいるルビーは、クスリと笑った。肩を竦めて、さも面倒くさそうに言ってみせる
 
「やれやれ、仕方ないなあ。ボクも兄上が何を隠してるのかは気になるしね」
「・・・本当にありがとう」
 
 サファイアは立ち上がる。そうと決まれば、こんなところでじっとしていられない。さっそくバトルしようぜ、と言い二人はでこぼこ山道に戻るのだった。
 
「準備はいいか?」
「いつでもいいよ」
「ルビーと普通に勝負するのはそういえば初めてだな・・・いくぞ、ジュペッタ!」
「あのときは迷惑をかけたね。でも今度も手加減しないよ?いくよ、サマヨール」
 
 まずは先の戦いを踏まえた上で自分達のバトルを見つめ直す意味でバトルすることにした。
 サファイアはさっそくジュペッタをメガシンカさせ、指示をだす。

「現れ出でよ、全てを引き裂く戦慄のヒトガタ――メガジュペッタ!!よし、まずはあのファイアローの速度に負けないイメージでシャドークローだ!」
「サマヨール、全力を込めて守る」
 
 サファイアはスピードを、ルビーは防御力を求めて技を命じる。ジュペッタは出来るだけの速度で漆黒の爪を振るうが、あの速度には到底追い付けず、サマヨールの守るに弾かれた。

「いきなりはうまくいかないか・・・」
「メガシンカしたジュペッタの特性は変化技の速度をあげるものであって普通の攻撃技には影響しないしね。その辺も考えてみたらいいんじゃないかな」
「わかった、だったら・・・ジュペッタ、怨み!」
「ーーーー」

 ジュペッタが攻撃を防がれた事への怨みをサマヨールに籠める。相手の技を出せる回数を減らすだけの技で普段はあまり使われないが、変化技であることもあり即座に出せる。

「そこから影打ち!」

 元から先制を取れる変化技にさらに先制技である影打ちを重ねることで更なる速度で影を飛ばす――その目論見は、どうやら成功したようだった。ルビーが反応する前に影がサマヨールにあたり、ダメージを与える。

「よしっ!」
「やるね。これならあのファイアローの速さにも太刀打ちできるんじゃないのかい?」
「うん、だけどこれだけじゃまだ足りない。やっぱりもっと基本からやり直さないと……いくぞジュペッタ、虚栄巨影!」 

 ジュペッタの体が、爪がナイトヘッドによって巨大化し、シャドークローが敵を引き裂く漆黒の刃と化す。サファイアとジュペッタの最大の攻撃に対しルビーはやはり守る、と呟いた。サマヨールの緑の防御壁が、漆黒の刃を防ぎきる。
 
「さすがに硬いな」
「まあ、それが取り柄だからね。でも彼の攻撃は防げなかった……さあ、もっと攻めてきていいよ」
「わかった。なら二体同時にいくぞ。出てこいオーロット、ウッドハンマー!ジュペッタ、虚栄巨影!」
「サマヨール、守る!」
 
 二体での攻撃を、サマヨールが再び防ぐ――その時、緑の防御壁にわずかに黒色が混じったのをルビーは見逃さなかった。
 
「サマヨール、もう一度やってみて」
「〜〜」
 
 もう一度守るを使うと、今度もやはりわずかな黒色が混じった……これが何を意味するのか、まだ正確にはわからなかったが。

(あの敗北は、確かにボク達の経験値になっている)

 それだけは確信できた。サファイアも恐らくそれには気づいているだろう。
 二人はそれからしばらくお互いの技を確認しつつ、サファイアは相手を翻弄する速さを。ルビーはどんな攻撃にも耐えきる守りを高めるべく修行を続けた。相手の熱量に耐えるために、温泉のサウナで熱さに耐えながらバトルのイメージトレーニングなんかもしたりして、たまにのぼせることもあったが。修行は順調に進んでいった。

「よし……今日も一日頑張ろう、みんな!」
「ふふ、すっかり熱くなっちゃってるね」

 そんな二人を、イグニスは影から見つめて――かつての自分とネブラを思い出し、ふっと微笑むのだった。

 
 

 修行を始めてから約一か月後――二人は、再びフエンジムを訪れた。そこにはイグニスと……キンセツシティジムリーダー、ネブラがいた。二人は何かを話していたようだったが、サファイアたちの姿を認めるとこちらを見る。
 
「……来たか」
「ふはははは!随分こっぴどくやられたと聞いたが……よもや二の舞を演じることはあるまいな!」
 
 片方は寡黙に、片方は大仰に二人を迎える。サファイアとルビーはイグニスを見据えて言った。
 
「……ああ、今度は負けない。俺たちは本気のあんたに勝ちに来た」
「いいだろう。ルールはこの前と同じでいいな」
「ふ……せっかくこの俺様がいるというのにそれではつまらんな」
 
 イグニスとサファイアが二人で会話を進めてしまうので、ネブラは――それでは面白くないと言わんばかりに待ったをかける。
 
「この前は二対一――イグニスが不利な条件でバトルをしたと聞いた。今日は俺様がイグニスに加わり、互角の条件で相手をしよう。勿論、俺様も一切加減はせん」
「……!」
 
 サファイアとルビーは息を飲む。イグニスだけでも一か月前は圧倒的な力を見せつけられたというのに、そこに本気のジムリーダーが加わるというのだ。
 慄くサファイアに、ネブラはこう挑発する。
 
「ふ……俺様を恐れるか?それとも貴様たちの修行は自分たちが有利な条件でないと戦えん程度の物か」
「……そんなことない。いいさ、やってやる!」
 
 ためらいがないといえば嘘になる。それでも、自分たちの修行の成果を、仲間たちを信じてサファイアは勝負を挑む。
 
「やれやれ。それでいいのかい、フエンタウンジムリーダー?」
「俺たちがまた圧勝する結果しか見えんが……ネブラの思い付きはいつものことだ。貴様らがいいならそれで構わん」
「なら決まりだね」

 ルビー、そしてイグニスが承諾する。バトルを始める前に、サファイアは一つ提案した。

「俺たちが勝ったら……その時はあんたたちが知ってるシリアのことを教えてくれるか?」
「いいだろう。いくぞネブラ」
「はははは!貴様とのタッグバトル・・・・・・そして相手は我が町を救った英雄どもか。胸が躍るな!」

 ネブラとイグニスは、それぞれ普通のモンスターボールではなく紫色のボールを取り出した。サファイアたちは知らないが、マスターボールと呼ばれる道具。出てくるのは――


「烈火纏いし怪鳥よ。その羽搏きは大陸に伝わり、その炎は月まで届く不死の煙となる。現れろ、ファイヤー!」
「雷光満つる怪鳥よ。その羽搏きは大陸に伝わり、その雷は大地をも焼き尽くす閃光となる。現れろ、サンダー!」

  
 カントー地方における伝説とも呼べるポケモン。ファイヤーとサンダー。その二体の威容はまさに不死鳥と雷の具現だった。
 
「ふはははは!さあこの二体を相手にどう挑む小童ども!貴様らの力、見せてみよ!」
「……」
 
 サンダーが鳴き声は雷鳴のごとく轟き、ファイアーは無言で火の粉を散らす。前にも増して凄まじい相手を前に、もうサファイア達は怯まない。
 
「……楽しいな」
「ほう?」
 
 サファイアの呟きに、ネブラが興味を示す。
 
「俺たちの修行の成果を見せるのが、あんたたちみたいな凄いトレーナーと戦えるのが……楽しくてワクワクしてしょうがないよ!いくぞ、メガヤミラミ!その大楯で、俺の大事な人を守れ!」
「それじゃあボクも……いくよ、サマヨール」
 
 サファイアとルビーがポケモンを繰り出す。さあ――楽しいバトルの始まりだ。

じゅぺっと ( 2016/08/31(水) 19:57 )