第一章
幽雅に咲かせ、墨染の薔薇
「これがキンセツジムバッジだ。受けとるがいい」

 稲妻の形をしたジムバッジを渡される。普通の状況なら大喜びするところだが、今重要なのはそこではなかった。
 
「次は、ルビーの番だな」
「如何にも。貴様の魂はしかと見極めたが、肝要なのはそこの女狐だ」
 
 元よりあちらの疑いはルビーに向けられたものだ。彼女が勝負でネブラを納得させない限り、問題は根本的には解決しないだろう。
 
「・・・わかった、やるよ」
「いいだろう、では来るがいいーー」
 
 その時だった。ジムの放送する機械から、聞き覚えのあるけたたましい笑い声が聞こえた。そして、後で分かったことだが声はキンセツシティのあらゆるテレビ、ラジオ、放送機器をジャックしていた。
 

「ハーハッハッハ!!聞きなさい、キンセツシティの民達よ!そしてーージムリーダー!」


「この声は・・・ティヴィル!」
「こいつが岩使いの言っていた悪の総統か・・・」
 
 ネブラもカナズミのジムリーダーから話は聞いているようだ。取り乱すこともなく、放送を聞く。
 

「私たちティヴィル団はあなた方にひとぉーつ要求をさせていただきます」
 
 
 彼らの求めるものといえば、メガストーンに違いない。この町のメガストーンを全て渡せ、とくるのかとサファイアは予想したが。
 
 
「ずばりーー我々がメガストーンを手に入れるために、キンセツシティには犠牲になっていただきます。さあ、やりなさい!」


「えっ・・・!?」
「・・・」
 
 驚きを隠せないサファイア。キンセツシティを犠牲にするとはどういう意味なのか。その答えは、凄まじい爆発音によって明かされた。その爆発音は、サファイア達の聞いたことがある音だった。モンスターボールの中のフワンテが、思わず飛び出てくる。

「これは・・・フワライドの」
「そうだね、あの時と同じだ」
「よもや、これは・・・」

 ネブラが初めて表情を歪めた。なにか心当たりがあるらしい。
 

「今キンセツシティに大量発生しているフワライド達・・・その全てを爆破し、キンセツシティを破壊させて頂きます。ーー我々がメガストーンを渡さないとどぉーうなるかを知っていただくためにね。そぉーれでは皆さんごぉーきげんよう」
 

 トウカの森で見たフワライドの大爆発は凄まじい威力だった。あの時見たフワライド達が全てキンセツシティに集まり、爆発したとしたら記録的な被害を負うことになるだろう。

「く・・・!最近のフワライドの大量発生はそういうことだったか・・・!」
 
 苦々しげにネブラが呟いたとき、慌ててジムのトレーナーが入ってくる。
 
「大変です、ネブラ様!昨日まで上空に集まっていたフワライド達が、無理やりシティの中に侵入してきました。住民達も放送を聞いてパニックに・・・!」
「そんな・・・!」

 今までとは違う、町全体を覆う恐怖に混乱しそうになるサファイア。
 
「狼狽えるな!こんな時こそ我等が動くとき。お前達は半々に別れ、片方は町の人々を地下ーーシーキンセツへと避難させよ!そして残りでフワライド達を食い止めるのだ!」
 
 だがネブラは冷静さを失ってはいなかった。ジムのトレーナーを一喝し、指示を出す。トレーナーは頷いて他のメンバーにもその指示を伝えにいった。

「あんたは、どうするんだ?」
「あれだけのフワライドを操るのだ。それには相応の電子機器、並びに電力が必要となるはず。この町の電力を不正かつ大量に使用している場所を探しだす。さあ、お前達にも避難してもらうぞ」

 彼にしてみればそれが当然の判断だろう。不審人物かもしれない民間人を隔離しておけるのだから。
 だが、サファイアはそれに頷くことはできなかった。
 
「いいや、俺にもーー俺たちにも手伝わせてくれ!」
「なんだと?貴様らに何が出来る。子供の遊びではないのだぞ。それに、女狐を自由にさせろというのか?」
 
 確かに、まだルビーへの疑いは晴れていない、だが。
 
「町の人を避難させるのは俺たちには出来ない。だけどフワライドを食い止めることなら出来る。そこにはジムのトレーナーだって向かってるんだろ。だったらルビーを監視することだって出来るはずだ。人手は多い方がいいんじゃないか!?」
「・・・」
 
 サファイアの必死の訴えに、彼に目をあわせ睨むネブラ。そして折れたように頷いた。

「良かろう、その提案飲んでやる。即刻町の入口へと向かえ」
「ありがとう!いいよな、ルビー?」
「面倒だけどしょうがない、君のワガママに振り回されてあげるよ」

 彼女の表情は、面倒といいつつも微笑んでいた。そのことに感謝しつつ、サファイアはルビーの手を取ってフワライド達の集まる町の入口に走り出す。この町を守るために。



「コイル、電撃波!」
「ラクライ、スパーク!」
「いくぞ、シャドークローだ!」
「キュウコン、火炎放射」

 ジムのトレーナー達の攻撃に、漆黒の一撃と九つの紅蓮が、フワライドの一体に直撃する。あの時二人がかりでやっと倒せたフワライドを、町に侵入される前に即座に倒していく。自分達はあの時よりもずっと強くなった。だがーー
 
「いったい何体いるんだ・・・キリがない」
「森で見ただけでも相当な数だったからね。ジムリーダーが装置の場所を特定してくれない限り、ずっとかな・・・サマヨール、守る」
 
 フワライド達のシャドーボールがサファイア達、そしてジムのトレーナーを狙うのをルビーのサマヨールが防ぐ。他人を守ることも出来るようになったルビーもまた、人として変わりつつあるのだろう。

「これで一気に決めてやる!ルビー、援護してくれ!」
「わかった、キュウコン!」
「コン!」

キュウコンが天井に火炎放射を放つ。天井を焼き、一つの大きな灯りと化したそれはより影を濃く写す。

「ジュペッタ、ナイトヘッドからのシャドークローだ!」
「ーーーー」

ジュペッタの体が、爪が巨大化し。さらにキュウコンの炎を爪に灯して揺らめく火影となる。それを勢いよくフワライド達に振りかざした。気球のような体が燃え、倒れていく。

「よし!散魂焔爪、決まったぜ!」
「まったく、君はそういうのが好きだね」
 
 技同士を複合させた独自の技に名前をつけるのはサファイアにとっての趣味のようなものだ。それに呆れつつも笑うルビー。一先ずでも言葉を交わす余裕ができたのは幸いだろう。ジムのトレーナー達も一息つく。
 
 だが、次にやってきたのはフワライド達だけではなかった。両端の方のトレーナーの悲鳴が聞こえてくる。
 

「ったく、いつまでたっても来ねえから向かえに来るはめになったじゃねえか」
「バウワウ!」
 
 
「もう!人々を避難させるのはいいですが、フワライド達にまで人員を割くだなんて・・・面倒なことをしてくれますね!」
 
 
「あいつら!」
「四天王のネビリム・・・それに、ルファと言ったかな」
 
 右側からはルファとグラエナが、左側からはネビリムとミミロップが現れ、ジムのトレーナー達のポケモンを倒していく。しかも更に、新たなフワライド達もキンセツシティの中に入り込もうとやってきた。再び迎え撃つサファイアとルビーだがーー

「くそっ、止めきれない!」
「流石に人が足りないね・・・」
 
 トレーナーのポケモンが倒された分、迎え撃つだけの戦力が減り、フワライド達を倒しきれなくなる。フワライドの一部が町の中に入り、爆発する音が聞こえた。
 
「どうする・・・!こんなときシリアなら・・・」
「・・・」
 
 しかも悪いことに、ジムのトレーナーよりもネビリムやルファの方がずっと強い。このままでは迎え撃つことが出来るのは二人だけーーいや、いなくなってしまうかもしれない。それくらい、向こうの二人は強いのは知っている。焦るサファイアに、考えるルビー。まさに窮地に立たされた時だった。
 
「ぷわ、ぷわ、ぷわわー!」 
「ぷわ・・・?」
 
 フワンテが鳴く。もとは今のフワライド達と一緒にいたフワンテが。仲間の声にはっと我に返ったように、フワライド達が一斉にフワンテの方を向いた。
 
「ぷわぷわ、ぷわ!ぷわ、ぷわわー!」
 
 何を言っているのかは、サファイアにはわからない。だがフワンテが必死に仲間達に訴えているのはわかった。だからサファイアも一緒に、戦うのではなく言葉をかけた。
 
「お前達は悪いやつらに操られているんだ!だから正気に戻って、町を破壊するのはやめてくれ!そんなことをしても、お前達が傷つくだけなんだ!」
「ぷわわー!ぷわー!」
 
 その訴えは、確かに届いたのだろう。フワライド達はゆっくりと後ろを向き、町の外へと出ていこうとする。だが。
 
「ーーそうは問屋が下ろしませんよ!こんなときこそパ・・・博士にもらったスイッチオン!です!」
 
 ネビリムがポケットから取り出したスイッチを押す。すると再びフワライド達が、何かに操られるように、町の中へと入ろうとした。
 
「ぷわ・・・ぷわー!ぷわー!」
「だめだ、聞こえてない!やるしかないのか・・・!」
「ぷわ・・・」
 
 フワンテが悲しそうに鳴く。また仲間達が倒されるのが痛ましいのだろう。サファイアだってこんなことはしたくなかった。
 
「ふふん、我等ティヴィル団の科学力の前にはそんな説得など意味なしですよ!とはいえ、また邪魔されても厄介ですから・・・ミミロップ、あのフワンテを狙いなさい!ルファ君もですよ!」
「へいへい、んじゃ・・・悪く思うなよ」
「ガウウ・・・」
 
 ミミロップとグラエナが、フワンテに飛びかかる。それをサファイアのオーロットとヤミラミが体を張って防いだ。更にサファイアが指示をだす。
 
「オーロット、ウッドホーン。ヤミラミ、メタルバースト!」
 
 オーロットが大枝を降り下ろし、ヤミラミがミミロップの蹴りの衝撃を光に変えてダメージを跳ね返す。だが相手の二匹も素早く、グラエナは獣の身のこなしで、ミミロップは美女の舞いのように攻撃をかわした。

「速い・・・!」
「その程度の攻撃がこの私に当たると思いましたか?有象無象は倒しました。後はあなた方だけですよ」
「!!」
 
 見れば、ジムのトレーナー達は全てポケモンを倒されて愕然としていた。今の攻防の間にも、ルファのフライゴンやネビリムのサーナイトが攻撃を仕掛けていたのだ。この間にも、フワライド達は侵入していく。
 
 残ったサファイア達を倒そうと、近づいてくるルファとネビリム。その時、ルビーがサファイアに小さく耳打ちした。
 
「・・・出来るのか、ルビー」
「やってみせるさ。君こそ準備はいいかい?」
「大丈夫だ!」
「こそこそと、なんの相談ですか?」
 
 その言葉に。ルビーは答えなかった。サファイアが急に走り出す。そして。

「キュウコン、全力で炎の渦!!」 
「なっ・・・!」
「うおっ、あぶねえ・・・」
 
 キュウコンの逆巻く業火がルファ、ネビリムを、そしてルビーだけを包みーーサファイアだけをその外に逃がした。そして同時にキンセツシティの入口を炎の壁で覆うことでフワライド達の侵入も封じる
 
「小癪な真似を・・・あの子を逃がしましたか」
「・・・」
 
 ルビーは答えない。いつもサファイアといるときとはまったく違う、不機嫌そうな表情を浮かべている。
 
「ですが、こんな壁私のサーナイトにかかれば!サイコキネシスで炎を吹き飛ばしなさい!」
「キュウコン!」
 
 サーナイトが強い念力で炎を散らそうとする。だが次の瞬間にはキュウコンが炎を張り直した。炎に閉じ込められ、むっとするネビリム。

「ああもう暑苦しいですね・・・だいたい、あなた一人で私たち二人を止められると思ってるんですか?」
「・・・」
「ちょっと、無視しないでください!」
「でておいで、ハンプジン、クチート」
 
 なおも相手にせず、自分の手持ち全てを出すルビー。
 
「・・・どうやら、やるしかねえみてえだな。
 怪我しても泣くんじゃねえぞ」
 
 ルファの目が据わる。ネビリムも頬を膨らませてミミロップに命じた。あのいけすかない女をこてんぱんにしなさいと。
 
(やれやれ、らしくないことを引き受けちゃったかな)
 
 ルビーも二人の強さは把握している。恐らくは本気でやっても、勝てない相手だと言うこともわかっている。それでも自分とサファイア、二人とも彼らに拘束されるよりいいと時間稼ぎをすることにしたのだ。
 
(・・・いつのまにか彼がそばにいてくれることが当たり前になってた。だけど)
 
 サファイアと一緒に旅を始めてから、バトルは手を抜いていても彼がなんとかしてくれた。きっと自分はそれに甘えていた部分もあるんだと思う。
 

(今だけは、全力でやらないとね・・・!)
 
 
 キッと相手二人を睨む。自分の負けが半ばわかっていても、少女は自分を大切にしてくれる人のために本気で挑むーー
 
 
 
 一方サファイアは、ルファとネビリムの二人から離れ、ジムリーダーに連絡を取っていた。理由はもちろん、フワライドを食い止める応援を呼ぶ為だ。今はルビーがなんとかしてくれているが、あんな大規模な炎の渦はいつまでももつものではないだろう。
 
「・・・わかった、避難もほぼ完了した。直ぐに避難に割り当てたメンバーをそちらに向かわせよう」
「フワライドを操る装置の場所はまだわからないのか?」
「検討はついた。だが、お前では厳しいだろう。俺様に任せーー」
「頼む、教えてくれ。ルビーに頼まれたんだ。自分が時間を稼ぐ間にフワライド達を止めてくれって」
「・・・あの女狐がか」
「ルビーはそんな子じゃない」
 
 電話の向こうの声が少し止まった。考えているのだろう。数秒後、帰ってきた返事は。
 
「いいだろう、時間が惜しい。装置の場所ーーそれは、キンセツシティを走る地下鉄の環状線、そこを走る電車の中だ。いけるか?」
「・・・やってみる!」
「俺様も直ぐに向かう。いいか、無茶はするなよ」
 
 返事はなかった。もう地下鉄へと駆け出したのだろう。ジムリーダーもそちらに向かおうとした。その時だった。
 
「キンセツのおじさん・・・ちょっと待ってくれない?」
「!?」
 
 振り向く。そこにはいつの間にかオッドアイの幼い少年がいた。いくら集中していたとはいえ、自分の背後をあっさりととるとはただ者ではない。確信的にそう思った。
 
「貴様・・・ティヴィル団の者か?」
 
 少年はその台詞に、まるで仙人のようににかっと笑って答える。
 
「そうだよ、おじさん、あの子に装置の場所を教えてくれてありがとう。だけどこれ以上の手助けは無用なんだ。この事件が終わるまでーー僕とバトルしようよ」
「フン・・・ここから出たくば倒してゆけということか」
「そういうこと、出てきてアブソル!」
「いでよ、ライボルト!ーー雷帯びし秘石の力で更なる進化を遂げよ!」
 
 ライボルトの体が光輝く。メガシンカしたその姿は、まるで体毛が雷そのものとなっていた。それに目を輝かせる少年。

「わあ、出た出たメガシンカ!それじゃあ準備も出来たところで・・・勝負といこっか!アブソル、鎌鼬!」
「ライボルト、スパーク!」
 
 それぞれの場所で、お互いの力をぶつけ合う。そしてサファイアは、装置の場所へと向かうのだったーー



「地下鉄の入り口は・・・確か、ここだったな」

キンセツジムのトレーナーに案内してもらったときのことを思いだしながら、サファイアは地下鉄へと急ぐ。だが、入り口にはやはり邪魔者がーー顔面にガスマスクを付けたミッツ達がいた。地下鉄へ降りる階段を、律儀に3人で塞いでいる。

「そこの少年!この先には何もないから戻るべきだ!」
「そうだ!ティヴィル様は別の場所にいるから返るべき!」
「その通り!・・・えーと、とにかくここは通るべきではない!」
 
 口々にここから去るように言ってくるが、これでこの先にティヴィルがいるとはっきりしたようなものだ。サファイアはボールを取りだし、前に投げる。それに応じて、向こうもポケモンを繰り出してきた。

「出てこいオーロット、ジュペッタ!」
 
「ユキワラシ、粉雪を放つべき!」
「ラクライ、電撃波を放つべき!」
「ドンメル、火炎車を放つべき!」
 
「オーロット、身代わり!」

 三体が同時に攻撃してくる。サファイアが命じるとオーロットは自身の体力を削ることで、影で出来た実体のある大樹を生み出す。そこにジュペッタと一緒に身を隠した。三体の攻撃が大樹に当たるが、崩れ落ちることはなかった。

「よし、ここは一気に決める!オーロット、ゴーストダイブ、ジュペッタは影打ちだ!」
 
 ジュペッタが素早く自分の影を伸ばし、オーロットが影の中に隠れる。

「むむっ、どこへ消えた!出てくるべき!」
「すぐにわかるさ!」

 ジュペッタの影がさらに延び、三匹のうち真ん中にいたラクライに当たる。そして同時にーーオーロットが伸びた影から現れその巨体による攻撃を存分に振るった。三体とも巻き込まれ、地面を転がる。

「た、たった一撃で三体を・・・」
「ここまで強くなっているとは・・・」
「ま、またしてもオシオキを受けるはめに・・・」

 驚愕しているミッツたちに構っている暇はない。サファイアは彼らの横をすり抜けて地下鉄へと向かう。
 
 中にはいると、普段は多くの人の往来があるであろうホームは無人でがらんとしていた。電車を利用したことのないサファイアだが、駅員すらいない改札は不気味に感じる。改札口は機能しているため、入場切符を買って中にはいった。するとーー
 
「ハーハッハッハ!よぉーやく来ましたね、ジャリボォーイ」
「ティヴィル・・・!」

 この騒動を起こした張本人たる博士の声が駅の中のスピーカーから聞こえてきた。サファイアの声にも怒りが籠る。
 
「ジムリーダーの協力を取り付け、ここまで来たことはほぉーめてやりましょう。ですがここまでです」
「!」

 どういう意味かと回りを見れば、ホームから一台の電車が動き始めているではないか。ここで逃がせば追う手段はなくなってしまう。全速力で追いかけるサファイア。
 
 だが、動き始めとはいえ相手は電車だ。サファイアの足ではぎりぎり追い付けず、伸ばした手から電車が離れていくがーー
 
「ジュペッタ、影打ち!」
「ーーーー」
 
 ジュペッタの影が再び伸びる。それは電車の影と繋がった。サファイアがジュペッタの体をガッチリと掴む。
 
「影よ、戻れ!」
 
 伸ばした影が戻る。ただしジュペッタの方ではなく電車の方に。結果としてジュペッタとそれにしがみついているサファイアの体が引っ張られ、電車へとへばりつくことが出来た。影打ちのちょっとした応用だ。
 
「ふう・・・今度はシャドークローだ!」
 
 漆黒の爪が電車のドアを切り裂く。電車の速度に振り落とされる前に、サファイア達は電車の中に転がり込んだ。
 
「よし・・・いくぞ!」

 フワライドを操る装置はここにあるのだろう。もうすぐこの騒動を止めてみせる。
 
(だからルビー、もう少し持ちこたえてくれよ・・・!)
 
 
 
 
「ミミロップ、飛び膝蹴り!」
「グラエナ、毒々の牙!」
「サマヨール、重力」
 
 一方その頃、ルビーは未だにキンセツシティの入り口を守り続けていた。今も襲い来る二匹の攻撃を、強烈な重力場を発生させて接近を許さない。ネビリムのミミロップには火傷を負わせてもいる。

「・・・さすがはチャンピオンの妹様ってところか。隙がねえな」
「感心してる場合ですか!ああもう、忌々しい子ですね・・・」 
 
 ルビーの敷いた布陣は強力だ。前をメガシンカしたクチートが守り、後方をパンプジンとサマヨールが固め。最後尾でキュウコンが炎の渦で入り口を防いでいる。その徹底した守りが、ルファとネビリムを寄せ付けない。

「こうなったら・・・ルファ、貴方もメガシンカです!私も本気でやりますよ、出てきなさいサーナイト!」
「へいへい・・・出てこいオニゴーリ」
 
 ルファの剣の柄と、ネビリムの髪飾りが光輝いた。同時にオニゴーリとサーナイトの体が光に包まれる。
 
「絶氷の凍牙よ、全てを震撼させろ!」
「更なるシンカを遂げなさい!その美しさは花嫁が嫉妬し、その可愛さは私と並ぶ!」
「メガオニゴーリ、凍える風だ!」
「メガサーナイト、ハイパーボイス!」
 
 メガシンカした二匹の攻撃は、最早吹雪と破壊の音波と言って差し支えなかった。まともにぶつかり合えば歯が立たないだろうことがはっきりわかる。だがーールビーは単純に力負けしたからといって太刀打ち出来なくなるそこらのトレーナーとは違う。
 
「サマヨール、『朧』重力」
 
 サマヨールが手のひらを合わせて離すと、そこには漆黒の球体が発生した。それはゆっくり前に飛んでいくと、凍える風とハイパーボイスを綺麗に吸い込んでしまう。上から押し潰すのではなく、ブラックホールのように全てを吸い込むもうひとつの重力の使い方だ。それを使い分ける意味でルビーは朧、と呼び分けている。
 
(別にサファイア君に影響された訳じゃない・・・と、思うんだけどね)
 
 ちょっぴり中二病な彼を思いだし、嘆息。その間にもクチートが動いている。技を吸い込まれて驚いているサーナイトに噛み砕くを決めるために。
 
「しまった、サーナイト!ミミロップ、フォローしてください!」
 
 接近戦には弱いサーナイトの代わりに、控えていたミミロップが間一髪で蹴り飛ばして防ぐ。ルファもそれに乗じてクチートに攻撃を仕掛けてきた。
 
「オニゴーリ、噛み砕け!」
「パンプジン、ハロウィン。クチート、噛み砕く」
 
 動じずルビーはパンプジンに命じると、ハロウィンの効果でオニゴーリの体はまるで氷で出来たジャック・オー・ランタンのようになり、ゴーストタイプが付加された。悪タイプの噛み砕くの一撃が効果抜群となり、オニゴーリの体の表面に罅が入る。
 
「っと・・・やってくれんな」
「・・・」
 
 ルビーはルファを睨む。どうにもこの男、まだまったく本気を出していないような気がしてならないのだ。そうでなければ自分はもっと苦戦を強いられたはずだメガシンカを使ってこそいるが、そんなものはただの『力』でしかないと彼の目は語っている。
 
 ルファもそんなルビーの目に気づいたのだろう。彼はネビリムには見えないようにーーそっと、唇に人差し指を当て、口角をつり上げる。
 
(・・・獅子身中の虫、ということかな?)
 
 ともかく、彼が本気で来ないのは幸いだった。目線をネビリムに切り替える。
 
「サーナイト、ハイパーボイスです!」
「ーーーー!」
 
 サーナイトが再び強烈な音波を放ち、クチートの体が吹き飛ばされる。だが鋼・フェアリーのクチートにはフェアリータイプの技はあまり通用しない。平然と起き上がり、体勢を立て直す。

「く・・・まだ倒せませんか。ですがもう貴女のキュウコンは限界でしょう!その時がこの町の最後です!」
「・・・」
 
 そう、二人の攻撃は今の分ならいなせるだろう。だが、問題はキュウコンの方だった。今も少しずつ、彼女の吐く炎は弱くなっている。守るだけでは限界があるが、ルビーは攻めるのは得意ではない。
 
(・・・それでも、やるしかないんだ。
 
サファイア君、少し力を貸してくれるかい?)
 
 自分の想い人に乞い願う。勿論彼に聞こえるはずもないし、直接彼が何かしてくれるわけでもない。
 
 借りるのは、彼の技を組み合わせるセンス。今まで見てきた彼だけの才能を、出来るだけ真似た一撃を放つ!
 
「パンプジン、花びらの舞い!サマヨール、シャドーボール!そしてキュウコン、クチート、火炎放射!」
 
 パンプジンの花びらが舞い、サマヨールの漆黒の球体がそれを黒く、火炎が赤く染め上げてまるで無数の黒薔薇の花弁と化け、ルファとネビリムに襲いかかる。
 
「墨染の薔薇ブラックローズ・フレア」
 
 無数の黒薔薇に対し、それをサイコキネシスで弾き飛ばそうとするネビリムをルファが片手で制す。
 
「やらせませんよ!サーナイト、防いで・・・」
「いいや、ここは俺に任せろ」
「・・・出来るんですか?」
「オニゴーリの氷を舐めんなよ?」
「・・・わかりました」
 
 そう言って、ネビリムはサーナイトを下がらせる。ルファはネビリムの知る限り一番いい笑顔で頷いた。オニゴーリに指示をだす。
 
「オニゴーリ、わかってんな?」
「ゴッー!!」
 
 放たれた氷は。
 
 ルビーの総力を込めた攻撃より遥かに弱く。
 
 激しい炎の花弁が、二人を包み込んだーー。




「・・・生きてるかい?」
「おかげさまでなんとか、な」
 
 仰向けに倒れたルファに、ルビーはそう話しかける。ルファはゆっくりと体を起こし、伸びているネビリムの方にも命に別状は無さそうなのを確認するとルビーの方を見た。

「いやー空気読んで技ぶちこんでくれて助かったぜ。・・・これでこんなやつらの真似事ともおさらばだな」
「・・・その辺の事情は後で彼が聞くよ。それより今は」
 
 キュウコンはさっきの炎でもう技を放つ力が尽きた。今にもフワライド達が町に浸入しようとしている、それを止めなければいけない。
 
「ああそうだな。さくっと片付けますか・・・」
 
 ルファがそう言った時だった。町のなかから一台の自転車が階段をかけ上がって飛び出してくる。ルビーが不快そうに眉を潜め、ルファが苦い顔をした。
 
「てんめえええルファ!こんなところにいやがったのか!あの時の借り、きっちり返してやるぜ!」

 ・・・エメラルドの登場により、どうやら事態はまだややこしくなりそうだった。ルファが寝返ったことを伝えようにもルビーもまだ詳しい話を聞いていないし、そもそも聞く耳を持つとも思えない。
 
(・・・サファイア君、早く戻ってきてくれないかな)
 
 ある意味自分にはどうしようもない事態に溜め息をつきつつ、ルビーはそう思うのだった。


 

「ティヴィル!フワライド達を止めるんだ!」
 
 そしてサファイアは、やっと車両の最先端にいたティヴィルの元にたどり着いた。彼の後ろの車掌室には、装置であろう巨大な機械がある。サファイアからは良く見えないが、いくつもの画面にグラフや警告表示のようなものが写っていた。ティヴィルは不必要にスケートのダブルアクセルのような回転を決めながら、サファイアに言う。
 
「とうとうここまでやって来ましたねジャリボォーイ。君のような諦めの悪いガキは嫌いですよぉー?あの時のように、軽く捻ってあげましょーう」
「うるさい!俺はあの時よりずっと強くなった。もうお前なんかに負けたりしない!」
「その態度、いつまで持ぉーちますかねぇ?では・・・さっそぉーく始めましょうか?」
「お前だけは許さない・・・ここで終わりにしてやる!」
 
 ティヴィルとサファイアが睨み合う。そしてお互いにポケモンを繰り出した。電車の中で二人はキンセツシティの命運をかけてぶつかり合うーー
 
「出てきなさい、レアコォーイル!」
「いけっ、オーロット!」

 
 
 


じゅぺっと ( 2016/02/08(月) 16:41 )