第一章
音速伝説 エメラルド(後編)
「なんだ?お前」

突然声をかけてきた男に、エメラルドは眉を潜める。アサヒはこの男を知っているらしく、彼を指差した。

「あ!ほら、さっき言った人ですよ。この人がプロアスリートのレネさんです」
「こいつが?んで、そのプロ様が何の用だよ」

エメラルドの横柄とも言える態度におろおろするアサヒ。一方男ーーレネはドライアイスのような冷たい目で。

「がっかりですね」
「は?」
「一回戦の様子は録画したものも合わせてすべて見させて頂きました。それを見る限り、今回の優勝は私か今試合を終えた彼女、そして君だと思っていたのですがーー」
「おう」

 見る目あるじゃねーかと思いつつ頷いたのだが、その評価はすぐに取り消されることになる。
 
「どうやら決勝は私と彼女の一騎打ちのようです」
「・・・ほー。言うじゃねえか。根拠はあるのかよ?」

 てっきり怒るかと思ったアサヒだったが、この時エメラルドは意外にすんなり話を聞いた。
 
「君が彼女のことを、パワーと相性だけで押しきったと評したからですよ」
「・・・」
 
 黙るエメラルド。レネはため息をついて続けた。
 
「分かりませんか。彼女はあの飛び膝蹴りを・・・いえ、そもそも最初の攻撃からですね。闇雲に放っていたわけではありません。彼女は相手が防御力に秀でたハガネールと見たときから、攻撃する場所を一点に絞っていたのです。
 
そうして彼女らは少しずつ攻撃を積み重ね、最後に強烈な一撃で止めをさした。彼女のなかでは全て計算済みだったことでしょう」
 
 レネが説明を終える。エメラルドは目を伏せて話を聞いていた。
 
「それを見抜けなかった君は恐らく同じ場面にたったら闇雲に攻撃し負けていたーーこれが君が優勝できないと判断した理由です。何か反論がありますか?」
「・・・あるに決まってんだろ」
「聞きましょう」
 
 エメラルドが顔をあげる。そしてレネを指差して宣言した。
 
「お前、アスリートなんだろ!だったら口先でごちゃごちゃ言ってねえで俺と、バトルだ!」
「・・・なるほど、そうきましたか」

言葉とは裏腹に、全く驚いていないようすのレネ。むしろ予想通りと言いたげですらあった。
 
「ではさっそく始めましょうか。ルールは一回戦のそれと同じで良いですね?」
 
 そして、非公式のサイクリングバトルが始まりーー
 
 
 
「やっとつきましたか」
「ちっ・・・」
 
 決着はあっけなくレネの勝ちで終わった。短距離走であることも影響していたが、走りの技術力も技の使い方も圧倒的だった。涼しい顔をしてゴール地点にいるレネに対し、ようやく追い付くエメラルド。

「これでわかりましたか。君のバトルはただの力ずくです。サイクリングバトルでは、通用しません。では、失礼します」
 
 言いたいことを言って、レネは走り去る。一人残されるエメラルド。
 だがその表情は、屈辱にも絶望にも染まっていなかった。

 午後からの第二回戦も平然と勝ち抜き、彼は準決勝へと望むーー
 
 
 
「なんだあ、こりゃ?」
 
 翌日、サイクリングロードにやって来たエメラルド達が見たのは、昨日のちゃちなモニターとはうってかわった高画質の巨大テレビと、それを見る沢山の人々だった。どうやら今日からは客を集めているらしい。
 
「おっと・・・さあ、これで選手も全員揃いました!それではさっそく抽選の時間です!・・・はい、決まりました!一回戦は『痺れる針山地獄』レネ選手と!『音速伝説』エメラルド選手です!ルールは10km. 使用できるポケモンは2体まで!さあ、盛り上げてくださいよー!」
 
 対戦相手があのレネと聞いて、エメラルドは笑みを浮かべる。アサヒは逆に不安そうだ。

「あの・・・彼に勝つための作戦が思い付いたんですか」
「いや?俺は俺らしくやるだけさ」
 
 自信満々のエメラルドを見て、これは自分一人で不安がっていても仕方ないなと思うアサヒ。せめて笑顔で送り出すことにする。
 
「わかりました・・・じゃあ、頑張ってください!」
「おう、行ってくる」 
 
 そうしてエメラルドはスタートラインに向かう。そこには既にレネがいた。

「逃げずに来ましたか。感心ですね」
「はっ、俺様を誰だと思ってやがる?」
「私のなかでは『元』優勝候補ですね」
「相変わらずいけすかない野郎だな」
「昨日から何か変わったのか何も変わっていないのか・・・見せてもらいますよ」
 
「はいはーい、おしゃべりはそこまでよ!」
 
 すると、実況の声が聞こえてきた。二人は自転車に跨がり、スタートの態勢をとる。
 
「それじゃあ3・2・1・・・」
 
 
「「サイクリングバトル、アクセル・オン!!」」
 
 
 二人が自転車を漕ぎ出し、ポケモンを繰り出す。
 
「出てこい、ジュカイン!」
「出番です、サンダース」
 
 お互いいきなり技は繰り出さない。先を行ったのはやはりレネだ。第一コーナーを角を垂直ギリギリで曲がり、更にリードを広げようとする。
 
「っと・・・へへ、真似してみりゃ軽いもんだな!」
 
 だが、エメラルドもそう簡単には引き剥がされなかった。エメラルドはレネの後ろにぴったりつき、その自転車さばきを真似るーーそうすることで、自転車のテクニックに関する差を縮めようという魂胆だ。尤も、誰にでも真似できる芸当ではないが。
 
「なるほど、ですがそんな付け焼き刃のテクニックでは追い付くことは出来ても一生追い抜けませんよ」
「わかってら!」
 
 そう、彼の走りを真似ているだけでは決して彼の前に出ることは出来ない。ここから先を決めるのは、やはりーーポケモンの技だ。
 
「ジュカイン、リーフブレード!」
「サンダース、電磁波」

レネの後ろから斬り込もうとするジュカイン
対し、サンダースが電磁波を放ちその体を痺れさせて止める。草タイプには電気タイプの技は通じにくいとはいえ、状態異常は別だ。

「ちっ・・・」
「それで終わりですか?サンダース、ミサイル針!」
「さっそく使ってきやがったか!」
 
 サンダースの体毛が一斉に逆立ち、強力な電磁波を帯びた針が水平な雨の如く撃たれる。それはジュカインだけでなくエメラルドの体さえもチクリとさし、僅かに痺れさせて減速させた。
 
「もう一度です、サンダース」
「リーフブレードで受け止めろ!」
 
 エメラルドはジュカインの刃で防ごうとするが、降り注ぐ雨を刀で受け止められる道理はない。再び体が痺れ、更に自転車の速度が落ちる。
 
「やはり、一日での成長は無理ですか・・・」
「そいつはどうかな!ジュカイン、ぶっぱなせ!」
「!」
 
 しかしエメラルドもただでは起きなかった。リーフブレードで受けることを試みる間にもソーラービームをチャージさせ、溜めた太陽熱を一気に放つ。それはサンダースの体を直撃したかに見えたがーー

「フッ・・・」
「なにぃ!」
 
 その体を、ソーラービームがすり抜けた。
 
「残念ですが、『高速移動』を使わせてもらいました。・・・そんな単純な攻撃が通用すると思いましたか?」
「言ってろ!」
 
 エメラルドは、なおも急いで自転車を漕ぎ、遅れを取り戻す。幸いにしてレベル制限のお陰で痺れはそう長くは続かない。とはいえ。
 
「サンダース、ミサイル針」
「タネマシンガンだ!」
 
 無数の針に対して、こちらも今度は小さな種子の弾丸で応戦する。だがそれでもなお、ミサイル針はそれを踏み越えてくる。
 
「へっ・・・」
「?」
「どうやら見えて来たぜ、お前の弱点がな」「ほう」
 
 レネは特に動揺しなかった、それはそうだろう。今だ彼は堅実にリードを守り続けているのだから。 
 
「お前の技は確かに隙がなくて走りもすげえけどよーーちょっとばかり威力が足らねえな!!ジュカイン、ソーラービーム!」
「今度は私を直接狙ってきますか・・・なら、十万ボルト!」
 
 サンダースの電撃と、ジュカインの太陽光がぶつかり合う。打ち勝ったのはーーエメラルドだ。太陽の光に一瞬目がくらみ、スピードを落とすレネ。
 
 そしてその隙に、エメラルドが彼の横に並びーー
 
「おらあああ!どきやがれ!」
「なっ・・・!」
 
 レネの車体ギリギリ。壁にぶつかるギリギリを通り抜けてついにレネの前に出る。走る間に彼の技術を盗み、彼の垂直に曲がるようなコーナーリングをしたのだ。
 
(とはいえ、私にはまだ劣る・・・それでもあの子が私を抜けたのはーー)
 
「教えてやるよ、プロ様。バトルってのはなあ、こいつは絶対に自分の道退かないバカだってビビらせたほうが勝つんだぜ!」
 
 そう、あのときレネが少しでも自分の道を譲らなければ二人の車体は衝突し事故を起こしていただろう。エメラルドはただの無謀ではなくそのリスクを承知で突っ込んできた。
 
 それは、レネの好むサイクリングバトルとは逆の形。昔の暴走族のチキンレースのようだったが。
 
「・・・面白いですね」
「へっ、ようやくそのいけすかない仮面を取りやがったか」
 
 エメラルドの走りは、そういった野蛮なモノとはどこか別のように思える。見てて笑みがこぼれてくるものなのだ。だからレネは自然に微笑むことができた。
 
「では私も、本気で行きましょうーー戻れサンダース、そして出番ですスピアー!」
 
 羽の音を馴らして黄木な蜂そのものの姿をしたポケモン、スピアーが現れる。鋭い二つの針がキラリと光っていた。

「さすがにジュカインじゃ相性が悪いな・・・戻れジュカイン、そして出てこいワカシャモ!」
「おや、メタングでなくてよいのですか?」
「ああ、これでいい!」
 
 どうせ周到な相手の事だ。一回戦で出しているメタングに対してなにも出来ないようなポケモンを出してくるとは思えない。それよりここはーーワカシャモの可能性に賭ける。

「いくぜワカシャモ、大文字だ!」
「スピアー、ダブルニードル」

ワカシャモが大きな火の輪を放つと、スピアーはその輪を潜らせるように針を撃ってきた。二本の針が僅かに燃えながらエメラルドとワカシャモを刺す!

「いってえ・・・!!」
 
 鋭い痛みは、ミサイル針の痺れとは比べ物にならないほどだった。気の弱い者なら自転車から転げ落ちてしまうだろう。
 
 そしてその間にレネは大文字をかわし、エメラルドを抜いて前に出る。エメラルド、猛追ーー

「さすがに大文字じゃ当てれねえか・・・なら、火炎放射だ!」
「スピアー、毒づき!」
 
 ワカシャモの炎の柱に、なんとスピアーは鋭い針を槍のようにして突っ込んできた。虫ポケモンが炎タイプの技に飛び込むなど、まさに飛んで火にいる夏の虫だーーだが相手はそれだけで終わらない確信がエメラルドにはあった。
 
「ワカシャモ、二度蹴りで受け止めろ!」
 
 スピアーは炎を貫き、ワカシャモを突き刺そうとする。それを蹴りを見舞いながらなんとかかわすワカシャモ。
 
「やりますね、ですがダブルニードルは受けきれないでしょうーー攻撃です!」
「いいや、防げるさ。あんたのお陰でいい経験が出来たからな」
 
 その時、ワカシャモの体が光輝いた。これは・・・
 
「ここで進化・・・まさか君は!?」
「そう・・・昨日あんたにバトルを仕掛けたのはなにも勝つためだけじゃねえ!ここ一番でワカシャモの経験値を貯めて進化を狙ってたのさ!
 
 そして更なる進化を遂げろ、メガシンカの力で炎を巻き上げ天へと登れ!」
「メガシンカまでも・・・」
「いけ!ダブルニードルを焼き尽くせ!ブレイズキックだ!」
 
 メガバシャーモが、炎を纏った蹴りで二つの針をまとめて蹴り飛ばす!そしてそのままの勢いでスピアーに向かった。
 
「スピアー、守る!」
 
 スピアーが腕の針をクロスさせて守るが、それでもメガバシャーモの蹴りの前に吹き飛ばされ、レネにぶつかった。またエメラルドが追い抜く。

「・・・まさかここまでやるとは思いませんでしたよ」
「どうだ?俺様に塩を送ったことを後悔したか?」
「まだ勝負はついていませんよ。スピアー!メガシンカです!」
「何!?お前もメガストーンを持ってたのか!」
「めったに使わないのですがね。いでよ、全ての無駄を削ぎ落とした究極至高のメガシンカ!」

光をまとい、現れたのはよりその体を細く鋭くしたメガスピアーだった。
 
 
「スピアー、ダブルニードル!」
「ブレイズキックだ、バシャーモ!」
 
 そこから先は、お互いにとってとられての繰り返しだった。そして、最後のコーナーリングにさしかかる。
 
(ここを先に曲がりきれば、それで勝ち)
(勝負を制するのはーー)
 
「俺だ!」
「私だ!」
 
 二人はやはり、壁に、お互いにぶつかるギリギリで曲がりきろうとする。ここは、完全なトレーナーどうしの意地の勝負。自分の道を譲らなければ勝ちだ。
 
 観客の誰もが、お互いにぶつかり合って事故を起こすのではないかと思い、しかし目を背けなかったその角を先に曲がりきったのはーー
 
 
「うおおおお!!」
「くっ・・・!!」
 
 
どんなときでも自分の信じる攻撃スタイルを貫く。エメラルドだったーー。
 
 
 
 バトルを終えたレネは、エメラルドに歩み寄る。そして、素直に手を差し出した。エメラルドも、それに応える。
 
「おめでとう、まさか負けるとは思いませんでしたよ」
「けっ、よく言うぜ」
「おや、なにか思うところでも?」
「俺様をバカにすんなっての。別に優勝候補から外れたってだけならお前はほっといてここで俺に勝ちゃよかったんだーーあんな風に声かけて来た時点で、俺を強くするつもりだったんだろ。自分に勝てるかはさておいてな」
「おや、ばれていましたか。・・・では決勝戦、必ず勝ってくださいね。・・・悪の組織に荷担する彼女に優勝されてはサイクリングバトルの今後に響きます」
「それが目的かよ。・・・ま、俺様に任せとけって」
 
 そう言って、エメラルドは走り去る。さあ、次はいよいよ決勝戦だ。



準決勝を勝利し、エメラルドが受付に戻る。アサヒより先に何故かネビリムが出迎えてきた。
 
「……何の用だよ、紫アイドル」
 
 名前を忘れたので適当な印象で呼ぶエメラルド。彼女は特に怒ることもなく、いつものどや顔で話しかけてきた。
 
「お疲れ様でした、エメラルド君。男の子らしい、傲慢ないい走りでしたよ。プロのアスリートを退けるとはやりますね」
「何の用だっつってんだよ。気色悪いな」
 
 この手の態度ははっきり言って嫌いだった。自分が金持ちだと知ったとたんに媚びを売ってくる女とイメージがかぶるからだ。
 そして案の定、ネビリムには何か企むところがあったようだ。にやりとほくそ笑んで。
 
「ふふん、私の魅力に簡単に靡かないところもいいですね。あなた、ティヴィル団に入りませんか?」
「はあ?」
 
 だがその提案はさすがに予想外というか、斜め上である。眉を顰めるエメラルドに、ネビリムがさも素晴らしいことを語るような口調で話す。
 
「いいですか、あなたは傲慢で、欲しいものは何が何でも自分のものにしたがって、そしてそれを貫く強さを持っている。私達ティヴィル団の求める存在なんですよ。それにあなたがティヴィル団に入ってさらにメガストーンを集めれば、あのシリアを倒すことも容易に叶うでしょう――どうです?あなたの求める、全てを攻撃で押し通す最強の力が我々に加担すれば手に入るんですよ?」
「……ほー、よくわかってるじゃねえか」

 真顔になるエメラルド。それは傲慢だ、と言われたからではない。そんなことは自覚しているし悪いとも思っていない。

「んじゃ、一つ聞いていいか?」
「いいですよ?」


「お前――アサヒをどこにやった?」


「……勘がいいですね」

 ネビリムが黒猫のような笑みを浮かべる。さっきから彼の姿が見えないのが、偶然とは思えなかった。何故なら――

「お前は俺が自分の道を曲げないことを知ってる。だったらそう簡単にはいそうですかと頷く俺様じゃないのもわかってるよなあ?それであいつを人質にとったってわけだ。ったく、世話の焼ける奴だぜ」
「そこまでわかっているのなら話が速い。……彼はサイクリングロードを出てすぐのところにいますよ。一緒に行きますか?」
「どうせついてくるんだろうが」
「まあそうですね。彼らだけでは不安ですし」

 その彼ら、の正体もエメラルドには見当がついていた。二人はサイクリングロードの外へ出ると、やはりそこにいたのは――ホンダら暴走族と、彼らに囚われたアサヒだった。

「はーはっはっは!さあどうです、私たちの仲間になる気になりましたか?と言うか頷かないとお友達がどうなっても知りませんよ?」
「え、エメラルドさん……」
 
 情けない顔でエメラルドを見るアサヒ。それを見てエメラルドはため息をついた。
 
「いや、俺だって知らねえし。つか友達じゃねえからそいつ」
「「「え……」」」
 
 暴走族、アサヒ、ネビリムの全員が口をそろえた。エメラルドは気にせず腕を組んで。
 
「だから、好きにしたらいいじゃねえか。別に俺はそいつのこと助ける義理なんかねーし?」
「い……いやいやいやあるでしょう!というか一度助けたんじゃなかったんですか?話が違いますよ、あなたたち!」
 
 ネビリムが暴走族を睨む。暴走族にしてみれば確かに一度自分たちをブッ飛ばして彼を助けたはずなので、彼らも困惑する。
 
「あの時はたまたま通るのに邪魔だったってだけだっての。妙な勘違いされてアサヒも可哀想なこったぜ」
 
 あまりにもあっけらかんとエメラルドが言うので、ネビリムはやけになったように顔を真っ赤にしてエメラルドを指さした。
 
「その極悪非道な姿勢……ますます気に入りましたよ!こうなれば実力行使です。かかりなさい!」

 暴走族達がドガースとマタドガスを繰り出す。だがそんなものはエメラルドにとっては物の数ではない。さっそくメガストーンを光らせる。

「ラグラージ、ビッグウェーブを巻き起こせ!」

 メガラグラージが津波のごとく巨大な波を生み出す。ここではレベルの制限はかかっていないため、久々の本気の一撃だった。

「ちょ……サーナイト!」

 ネビリムは自分をサイコキネシスで波を避けて守るが、暴走族達には防ぐ術などあろうはずがない。アサヒもろとも水で飲み込み、吹き飛ばしてしまう。
 
「さあ片付いたぜ?次はどうすんだ、紫アイドル」
「ネビリムです!こうなったら……明日のバトルで決着をつけましょう!私が勝ったらティヴィル団に入ってもらいますからね!」
「ほう、いいのかそんなんで」
「私にそんな口が叩けるのも明日までです!では失礼!」
 
 そう言うとネビリムは自転車に乗って走り去って言ってしまった。エメラルドが悪ガキの顔をする。
 

「それだけのことを俺様に要求するってことは、当然向こうが負けた時は相応の対価を払ってくれるってことだよな……さて、どうするかね」
 
 
 ずぶぬれになって気絶しているアサヒをメタングの念力で運びながら、エメラルドは考える。そして運命の決勝戦へ――



「ふふん、逃げずにやって来るとはいい度胸ですね」
「あんな約束勝手にされて逃げるわけねぇだろ、ところでこっちの条件がまだだったよな」
「こっちの条件?」

どうやら本気で何も考えていなかったらしいネビリムに、エメラルドはびしりと指差して、悪い顔で宣言する。
 
「そうだ、こっちが負けたらそっちに入る以上、そっちが負けたらこっちに入ってもらわねえとフェアじゃねえーーだからお前には、負けたら家の女になってもらうことに決めた!!」
「な!なに言い出すんですかこのお子ちゃまは!10年速いですよ!」
「うるせえ!もう決めたからな、ほら始まるぜ!」
「え!ち、ちょっと・・・」
 
 鳩が豆鉄砲を食ったように慌てるネビリム。そうしている間にも、実況者のカウントは進む。
 
「「サイクリングバトル、アクセル・オン!!」」

「・・・んでもって先手はもらった、いくぜラグラージ!」
「っ、謀りましたね!出てきなさいエテボース」

実況者の説明によれば決勝戦のルールは3対3、コースの距離は40km の長期戦だ。とはいえ心理的にも物理的にも先手を取っておくことは重要だとエメラルドは判断していた。スタート直前に話を持ちかけたのもそのためだ。

「いくぜラグラージ、俺様の後ろで波乗りだ!」
「ラー!」

ラグラージが自ら産み出した波に乗る。エメラルドはその波に飲まれぬようにスピードをあげた。エメラルドの前から見れば自分のだした技から逃げる少々間抜けな格好だが、後ろのネビリムからすれば、波を突破しない限りエメラルドを抜けない。

「いきなり仕掛けてきましたね・・・ならばエテボース、ジャンプしてダブルアタック!」
「その程度の技がラグラージに通用するかよ!」

エテボースが跳躍し、波の上のラグラージに向かう。波乗りに集中しているラグラージには隙があるが、彼の耐久力は高い。簡単には止められない。だが。
 
「甘いですよ、私のエテボースは特性『テクニシャン』を持ちます!さあやりなさい!」
「ボー!」
「ラッ!」
「ラグラージ!」
 
 ラグラージが波の上から弾き飛ばされ、波が崩れる。そしてネビリムがエメラルドの横にならぶ。
 
「ちっ、やるじゃねえか。だが次のカーブで目にもの見せてやるぜ!」
「お好きにどうぞ?」
 
 曲がり角でレネから学んだ直角に近い移動で無駄なく曲がりきる。対してネビリムは道の中央を悠々とカーブした。再びエメラルドが前に出る。
 
「いいのか?このままじゃカーブの度に差がついちまうぜ」
「これはあくまでポケモンバトル。その分はポケモンの技の技術で追い抜かせてもらいますよ。ところでさっきの話ですが」
「ラグラージ、グロウパンチだ!」
「聞きなさい!エテボース、ダブルアタックです!」
 
 ラグラージの拳をエテボースの尻尾の片方が受け止める。そしてもう片方の尻尾が伸びて、エメラルドを狙う!
 
「うおっ!」
 
 バランスを崩すエメラルド。そしてついにネビリムがエメラルドを抜いた。
 
「にゃろう・・・」
「まだ終わりませんよ、今度はアクロバットです!そしてエテボースに持たせた飛行のジュエルの効果発動、飛行タイプの技の威力を増加させます。美しい宝石の輝きを見なさい!」
「泥爆弾だ!」
 
 ラグラージの攻撃を正にアクロバティックな動きでかわし、攻撃を叩き込むエテボース。特性、そして道具で強化された攻撃は本家飛行タイプのそれよりも強力でーーラグラージを戦闘不能にするのに十分な一撃だった。
 
 ルールによってトレーナーとポケモンは離れすぎてはいけないため、一旦止まってボールに戻すエメラルド。

「やりやがったな・・・いくぞ、ジュカイン!」
 
 ネビリムとの距離が大分離れてしまったので、急いで追いかけるエメラルド。幸い曲がり角ではこちらのほうが速い。時間はかかったが、追い付くことは出来た。そして。
 
「お返ししてやるぜ・・・ジュカイン、マックスパワーでソーラービームだ!」
 
 追い付くまでの時間で太陽光を溜めに溜めたジュカインがエテボースに、いやほぼコース全体にソーラービームを放つ。
 
「相変わらず規格外な子ですねっ・・・!」
 
 自転車から落ちないようにするので精一杯なネビリムをエメラルドが追い抜く。エテボースは一発で戦闘不能になった。
 
「出てきなさい、花嫁の如く美しきその姿!サーナイト!」
「やってやれジュカイン、もう一度溜めろ!」
「こっちもフルチャージです!」
 
 お互いにエネルギーを溜めながら自転車で爆走する。ジュカインが溜めるのは太陽、そしてサーナイトが溜めるのはーー
 
「さあいきますよ、ムーンフォース!」
「ぶちかませ、ソーラービーム!」
 
 月の光、太陽の光がお互いのポケモンを直撃する。トレーナー狙いではないため、全力の攻撃だった。結果は。
 
「戻れ、ジュカイン」
「・・・お疲れさまでした、サーナイト」
 
 全力をぶつけ合い、倒れる2匹。残りはお互いに1体だ。
 
「さあ、ケリをつけるぜバシャーモ!」
「頼みましたよ、ミミロップ!」
 
 ここからはほぼ一直線だ。自転車の速度は同じ。ならば。
 
「どうだ?ここまできたんだ、こっからはガチのポケモンバトルといこうぜ!」
「・・・仕方ありませんね!」
 
 自転車で走るのはやめない。だがお互いの妨害は考えず、純粋なポケモンバトルで決着をつけようと話す。
 
「いくぜ!メガシンカの力で炎を巻き上げ天へと登れ!」
「現れなさい、その強さは巨人を倒し、その可愛さは天使に勝る!」
「メガバシャーモ、ブレイズキック!」
「メガミミロップ、メガトンキック!」
 
 2体の蹴りが空中で交差する。そこからはお互いの全てをかけた戦いだった。どちらがどちらのものになるかをかけた、全力勝負!
 

「これで最後だ、飛び膝蹴り!」
「止めですよ、飛び膝蹴りです!」
 
 
 お互いポケモンもトレーナーも体力のギリギリ、最後の最後で同じ技を選択した二人。何度めかの蹴りが交差しーー
 
「頑張れ、バシャーモ!」
「ファイトです、ミミロップ・・・!」
 
 立ち上がったのは、バシャーモだった。そしてエメラルドがゴールを切るーー
 
 
 
 
「負けた・・・四天王のこの私が・・・」
 
 敗北し、女の子座りでへたりこむネビリムに、エメラルドは容赦なく近付く。相手がショックを受けているからといって、遠慮するエメラルドではない。
 
「よう。約束、忘れたとは言わせねえぜ?」
「うう、あんな態度をとっておきながら俺の女になれだなんて、あなたツンデレなんですか、実は僕にメロメロだったりするんですか!せめて責任とってくださいね!」
「誰がツンデレだよ。それに何か勘違いしてねえか?」
「え・・・?」
 
 涙目で首を傾げるネビリム、エメラルドはとても意地の悪い笑みを浮かべて。
 
「お前、アイドルなんだろ。だからうちのーーパパの会社と契約して、そっちで働いてもらうってんだよ。一応言っとくけど、俺はお前みたいな媚び売った女は嫌いなんだ」
「え・・・ええええっ!ても今はティヴィル団として活動してるからアイドルはおやすみ中で・・・」
「だったら、そのティヴィル団は俺がぶっ潰してやるよ。それからでいい」
「な・・・」
 
 間髪入れず、当たり前のようにエメラルドが言ったのでネビリムは言葉につまりーーそして、笑った。この男の言うことはあまりにもむちゃくちゃだ。でもそれを、彼は現実にするのだろう。
 
「わかりました、今回のメガストーンはあなたに預けておきますが、ティヴィル団としての活動が終わったらあなたの会社で働かせてもらいます。パパも許してくれるでしょう」
「おう、ようやくわかったか」
「それと・・・ちゃんと責任はとって下さいね」
「心配すんなよ、パパの経営手腕なら大儲け間違いなしだぜ」
「ふふ、そういうことではなくあなたに・・・ですよ、いずれね」
 
 ネビリムの顔は、激しい運動をした後のそれとは別の意味で赤かった。
 
「は?」
「ではごきげんよう!次会うときは、ティヴィル団としてあなたをぎたんきだんにしてませますからね!」
「おう、次もぶっとばしてやるから覚悟しろ!」
 
 そうして、ネビリムと別れを告げる。彼女とはまた会うことだろうそしてティヴィル団がなくなるそのときまでは、お互いに凌ぎを削りあうのだ。
 
 
 そしてエメラルドは大会で優勝し、メガストーンをもらった。大会のすべてが終わり、アサヒが話しかけてくる。
 
「エメラルドさん、優勝おめでとうございます!まさか本当に優勝しちゃうなんて・・・」
「はっ、当たり前よ」
「でも四天王に勝つなんて・・・僕、最後の最後まではらはらしっぱなしでした」
「ああ、あれはな」
 
 エメラルドには、最後の一対一、相手がミミロップを出した時点で勝利が見えていた。何故なら。
 
「あいつのミミロップ、まだ膝を痛めてたんだよ。あの一回戦の時からな。もちろん四天王のエースだけあってなかなか強敵だったが・・・ま、エースと言えども過信は禁物ってこったな」
「なるほど・・・」
「じゃあ今まで世話になったな。お前も達者でな」
「いえ、こちらこそ。あ・・・最後にひとつだけいいですか?」
「なんだ、言ってみろ」
 
 エメラルドが促すと、アサヒは意を決したように聞いた。
 
「エメラルドさんはどうして、変化技や防御技を全く使わないんですか?」
「決まってんだろ」
 
 その言葉は、エメラルドのバトルを見た誰もが感じる疑問だ。それに対するエメラルドの答えは、そう決まっている。最後の言葉を残し、エメラルドはサイクリングロードを後にする。
 

「俺が攻撃をやめたら、今までの攻撃がすべて無駄になる」


じゅぺっと ( 2016/01/09(土) 13:11 )