第一章
伝説との激戦!

「レジスチル、原始の力!」
「影分身で躱せ、ジュペッタ!」

 出現した岩の影を縫うように移動して、ジュペッタが避ける。メガシンカを果たしたジュペッタの特性は――

「いたずらごころ。変化技を使うときの早さが上がる特性だね。これは当てるのは難しそうだ」
「そこまで知ってて……だけど加減はしません。ジュペッタ、鬼火だ!」

 特性の力で弾丸のように飛ぶ鬼火がレジスチルに命中する。これでレジスチルは火傷を負った。

(レジスチルの攻撃力、防御力ははっきり言って脅威だ。ここは影分身でしのぎながら火傷のダメージで体力を削る!)

 戦略を建て、直線状に撃たれるチャージビームを躱す。原始の力やチャージビームは攻撃しながら自らの能力を上げる技だが、当たらなければその効力を発揮しない。

「さあ、僕とお客さんに魅せてよ、君のバトルを!レジスチル、ラスターカノン!」
「もう一度影分身!」

 鈍色のエネルギー弾が放たれる前に、ジュペッタの体は無数に分身している。狙いをつけられず、レジスチルの技は再び空を切る。

「ここからだ!ジュペッタ、影法師!!」
「−−−−」

 影分身によって増えたジュペッタの体が巨大化し、無数の幻影と化してレジスチルを取り囲む。並のポケモンを恐怖を齎すサファイアたちの必殺技だが。

「面白い攻撃だね、でもそんなんじゃレジスチルは怖がらないよ!」

 レジスチルの文字通りの鉄面皮には、いかなる変化も見受けられない。通常であれば、まったく無意味な結果となるが、ここはコンテストだ。影分身とナイトヘッドの合わせ技に観客がわずかにいいぞ、頑張れと声をあげる。

「さっそく魅せてくれるね、面白いよ」
「まだです、さらにジュペッタ、虚栄巨影!!」

 まだサファイアたちの必殺技は終わっていない。ナイトヘッドにより巨大化した影を利用した、とてつもなく大きなシャドークローがレジスチルの体に襲い掛かる。それはレジスチルの鋼の体に当たり、引き裂いたかに思えた。

「どうだ!これが俺たちの全力だぜ!」
「すごい攻撃……必殺技に必殺技を重ねるなんてね」

 ジュペッタの体が元に戻り、レジスチルの姿が見えるようになる。観客、そしてサファイアもレジスチルの倒れた姿を予想したが――そこにいたのは、まるで無傷のレジスチルの姿だった。

「そんな……あの攻撃が効いてない!?」
「君があのナイトヘッド……影法師だったかな。それを使ってる間に僕はレジスチルに鉄壁を使わせたんだよ。その効果でレジスチルの防御力はさらにアップ!君の攻撃を防いだってわけさ」
「また能力をアップさせる技か……ならこれだ!ジュペッタ、嫌な音!」
「∺−∺−∺!!」

 ジュペッタのチャックの中からケラケラケタケタと、恐ろしくも愛らしい音がコンテスト会場に響く。耳を塞ぐ人もいれば、音楽の様に聞き惚れる人もいた。人を選ぶためコンテストではあまり使いたくない部類の技だ。

「防御力を下げようっていう魂胆かな、だけどそれも僕のレジスチルには通用しないんだよね。なぜならレジスチルの特性は『クリアボディ』!相手の能力を下げる技の効果を無効にするよ」
「そんな……それじゃあ、そっちは能力を上げたい放題で、こっちの能力を下げる技は受け付けないってことか!」
「そういうこと、さあレジスチル。今度は『のろい』だ!」

 レジスチルの体の周りに黒い点字が浮かんでいる。サファイアや観客には意味が分からないが、それは呪詛。その呪詛はレジスチルの速度を下げる代わりに、攻撃力と防御力をあげる。

「……だけど、そんなにゆっくりしてる余裕はないんじゃないですか?早く私のジュペッタを倒さなければ、火傷でダウンしてしまいますよ」
「お、冷静さを取り繕ったね。関心関心。だけど心配ご無用!レジスチル、眠る!」
「なっ……!」

 レジスチルが指示された通りに眠る。それによってレジスチルの体力が回復し――さらに、火傷の状態異常をも消し去った。瞳すらない鋼の姿が眠って微動だにしない様は、不吉な像を見ているような不気味さを感じさせる。

(ダメだ、隙がない……能力変化、回復技、そして高い自力……一体どこに弱点があるんだ)

 眠っている間は当然相手はは動けない。今がチャンスなのだが、どうすべきかをサファイアは見失っていた。状態異常も必殺技も通用しない。そんな相手にどう戦えばいいのか、答えが見いだせない。

 考えている間に時間が経ち、レジスチルが目覚めてその両手を上げた。

「ふふん、さすがにお手上げかな?僕も君の影分身相手には参ってるけど、どんなに分身に紛れても攻撃し続ければいつかは攻撃が当たるよね。レジスチルには眠るがある限り、無限に攻撃が出来るんだから」
「……」

 今のサファイアとジュペッタに、レジスチルが眠っている間に倒しきるだけの技はない。影分身で向こうの攻撃を躱すことは出来るが、能力の上がった向こうの攻撃は一発当たっただけでも致命傷だ。

(だけど、何かがおかしい。何か違和感がある、それはなんなんだ?)

「さあ、これ以上お客さんを魅せることは出来るかな?レジスチル、メタルクロー!」
「ジュペッタ、影分身!」

 レジスチルの腕が伸び、ジュペッタを引き裂こうとするのを分身で躱す。観客たちは今はハラハラしながら見ているようだが、いつまでもこの光景が続けば飽きられるだろう。そして自分たちも負ける。

 感じた違和感。この状況の打破するにはどうすればいいか。考えて、考えて考えて――

(……そうか!)

 答えを出す。だがそれは上手くいく保証はない、一種の賭け。

「……なあジャック。あんたさっき、無限に攻撃が出来る。そう言ったよな」
「うん、言ったよ?」

 にやり、とサファイアが笑う。それに合わせてジュペッタも笑った。主が策を思いついたのを感じ取ったから。


「悪いがその言葉――斬らせてもらう!!ジュペッタ、恨みだ!」
「!」
「−−−−!」


 ジュペッタがレジスチルの攻撃に対して呪を込める。その効果は――


「恨みは相手の使える技の回数を下げる……そう、あんたの攻撃するチャンスは無限のようで無限じゃない。いくら強力なポケモンだろうと、いくら能力を上げようと――使える技の回数という限界があったのさ!後はそっちの攻撃を全てジュペッタが躱しきれば俺たちの勝ちだ!」


 わあっ、と観客たちが立ち上がり盛り上がる。繰り広げられる光景自体は一見変わらない。攻撃するレジスチルを、ジュペッタが避けるだけ。だが決定的に違うのは、それには終わりがあるということ。ジュペッタが攻撃を躱しきるか、レジスチルが攻撃を当ててジュペッタを倒すか。勝負はそこに絞られた。

「面白い……面白いよサファイア!いくら終わりがあるとはいえ僕の攻撃を全て躱しきるつもりだなんて!出来るもんならやってみてよ!」
「やってみせるさ、そうだろジュペッタ」
「−−−−」

 勿論です、と相棒が答えたのがはっきりわかった。そのあとは、ジュペッタが影を利用し、レジスチルに悪戯のように時折攻撃をする余裕を交えてはステージを幽雅に舞い踊りながら、バトルを進める。結果は――


「……うん、決まったね」
「……ああ」


 レジスチルはジュペッタの攻撃を受けても眠るを繰り返し無傷。対するジュペッタは笑い声をあげるものの躱し続けて疲弊しきっている。お互いの体力の差は決定的だ。

「もう僕のレジスチルには『わるあがき』しかできない……君の勝ちだよ」

 ジャックがレジスチルをボールに戻す。勝者は――サファイアとジュペッタだ。


「決まりましたー!!長い、長い激闘の果てに勝利を掴んだのは、恨みで相手の技を全て削り切って勝負を続行不能に追い込んだサファイア選手のジュペッタだー!!」


 観客がサファイアとジャックを讃え、拍手をする。その二人も、お互いの健闘を讃えて握手をした。後は審査員の結果を待つだけだが。

「……ありがとう。楽しいバトルだったよ、サファイア。この勝負君の勝ちだ。」
「ああ、俺もだ。すごくワクワクした。……いいのか?」
「満足させてもらったしね。それじゃあ約束もあるし一足先に外で待ってるよ!」

 そう言ってジャックは観客に一礼した後、ステージから降りる。サファイアもそれに倣ってステージから退出した。そしてサファイアはジャックのいるであろうところに向かう。ルビーも一緒だ。彼にはいろいろと聞きたいことがある。

「やあ、二人とも来たね。待ってたよ」

 ジャックは言った通り待っていた。ルビーが開口一番こう言う。

「へえ、ちゃんと待ってたんだね。書置きの一つでも残していなくなってるかもと思ってたけど」
「やれやれ、君には可愛げがないなあ。サファイア君を見習ってよ」

 その口ぶりはまるでサファイアのこともルビーのことも昔から知っているかのよう。

「……どうして、俺たちの事そんなに知ってるんだ?」
「へへ、なんでだと思う?」

 屈託なく笑うジャックの表情は見た目通りの子供のそれだ。何でと言われても、わかるはずがない。

「詳しいことは言えないけどね。僕は君たちのことをずっと待ってたんだ。――僕を永遠の牢獄から解放してくれる人を」
「……?」

 ジャックとしてはそれで回答のつもりなのだろう。だがサファイアとルビーには余計訳が分からない。

「いずれわかるよ、いずれね。一つはっきり言えるのは、僕は君たちの成長にすっごーく期待してるってこと。そして今日君は僕の期待に一つ応えてくれた。今のところはそれだけでもういうことはないよ。頑張ってね」

 その言葉は一方的で、疑問を挟む余地を与えていない。

「さあ、この話はこれで終わり。他に何か聞きたいことはある?」

 まだ聞きたいことはあった。ルビーとサファイアは、同時に口を開く。

「君と兄上には、何か繋がりがあるのかい?」
「どうしてあんたのバトルは、そんなにシリアに似てるんだ?」

 二つの質問を聞き、ジャックは苦笑した。

「あはは、君たち本当に仲がいいんだね。――そうだね、出血大サービスで教えてあげちゃおっかな〜どうしよっかな。うん」
「……はぐらかす気かい?」

 ルビーの目が鋭くなったので、まあまあと手のひらを前に出しながら、ジャックは言う。

「じゃあ教えてあげるよ。シリアとはいわゆる師匠と弟子ってやつだね」
「へえ、そうなのか……やっぱりジャックもシリアに憧れたのか?」
「えへへ、そんなところかな―」
「……」

 ジャックの答えは、意外にまともだった。ルビーは少し眉を顰めたが、サファイアにしてみればなんということもない。ジャックが弟子ということだろうと解釈する。

「……最後に一つ、君はどうしてあんな――誰も見たことがないようなポケモンを持っているんだい?」
「それは、教えてあーげない」

 今度こそはぐらかすジャック。ルビーはため息をついた。

「やれやれ、質問したつもりが逆に疑問が増えただけみたいだよ。これ以上聞いても意味はなさそうだ」
「ふふ、期待に沿えなくてごめんね?でも僕にもいろいろあるからさ」
「いいよ、お互いシリアに学んだ者同士ってことがわかっただけ嬉しいさ」

 弾んだ声でサファイアが言う。自分以外にもシリアに憧れた人がいて、その人と楽しいバトルが出来たのなら、サファイアには言うことがなかった。

「それじゃ僕はもう行くね。二人はデートの続きを楽しんでよ」
「なっ……!」
「……!」
「あ、そうだー!二人とも、キンセツシティのジムリーダーには気をつけてねー!!」
「え?あ、ああ。わかった!じゃあなー!!」

 あっけらかんとそ他人にう言われ、顔を赤くする二人。それを見て満足そうに頷いた後、ジャックは走りながら去っていく。後にはサファイアとルビーの二人が残された。

「さて……どうする?」
「……ここでぼうっとしてても仕方ないよ。まだまだカイナシティについたばかりだし、いろんなところを見て回ろう」
「……そうだな、そうするか」

 そうして、二人はカイナシティをめぐる。慌ただしい旅に、しばしの休息をとるのだった――。


じゅぺっと ( 2015/12/21(月) 20:51 )