白熱!エンタメバトルショー
すっかりジャックに呑まれてしまった観客たちの声に押されるようにして、サファイアはコンテストのステージに上がる。一度は出てみたいと思ってはいたが、まさかこんな形になるとは到底予想していなかった。
(一体なんでこんなことに……この子はなんで俺を指名したんだ?)
困惑しながらジャックを見つめるサファイア。それがわかっているのだろう。ジャックはにっこりとほほ笑んでこう言った。
「どうしたのお兄さん?こんなに大勢のお客さんが見てくれてるんだから、笑顔でいなくちゃつまんないよ?」
「そうだけど……なんで君は俺を?」
「だってお兄さん、こういう場に憧れてるんでしょ?」
「だから、なんでそんなこと知ってるんだよ」
「ふふーん。お兄さんが勝ったら教えてあげてもいいよ」
はぐらかすジャック。不承不承、サファイアは頷いた。それを見て満足そうに頷き、ジャックは宣言する。
「ルールは普通のコンテストと違って3対3のシングルバトル。でもあくまでここはコンテストだからね。バトルの後、ここにいる審査員さんにどっちのバトルがよかったか多数決で決めてもらう。それでいいかな?」
「……ああ、いいよ」
審査員は5人。バトルが終わった後、彼らの判決が勝敗を決めるというわけだ。通常のバトルとは違い、あくまでも観客を魅了できるかどうかがコンテストの肝となる。
「そ……それでは急遽ジャック少年の意思で決定しましたコンテストでは異色のシングルバトル、始めましょう!さあ二人とも、どうぞ!」
実況者は少し慌てているようだが、何かおかしい。観客はすっかりジャックに引き込まれていて、突然始まったこのバトルをみんなが肯定している。
(これはまるで、兄上とネビリムの時みたいだ……これは偶然なのかな?)
ルビーは観客席から彼を観察する。ともあれ今はサファイアを応援することしか出来ないが。
(よくわからないけど、やるしかない。こうなったら今見てる人相手に俺のポケモンバトルを魅せてやる!)
「いけっ、ヤミラミ!」
「いくよ、ポワルン!」
お互いが一匹目のポケモンを繰り出す。ジャックが出すのはさっきのバトルで見せた雲のようなポケモンだ。
「ヤミラミかあ……じゃあなんでもいいかな。ポワルン、日本晴れ!」
「先手必勝、猫騙しだ!」
ヤミラミが一気にポワルンに近づき、目の前で両手を合わせ大きな音を打ち鳴らす。ポワルンはそれに驚いて技が出せなかった。
(天候を変えられると厄介だ、ここは一気に行く!)
「ヤミラミ、はたき落とす!さらにみだれひっかき!」
その隙にポワルンを地面に叩きつけ、バウンドしたところを連続でひっかく。雲のような体が傷ついていくが――
「さすがだね、お兄さん。でもこれじゃ終わらないよ?」
「何?」
サファイアの頬に、ぽつぽつと雫があたる。上を見上げれば空が曇り、雨が降り始めていた。ポワルンは傷つきながらも雨乞いを使っていたのだ。雲のような体が、水滴のような青く丸い姿に変化していく。
「ヤミラミ、一旦下がれ!」
「ポワルン、ハイドロポンプだ!」
ジャックの命令で、ポワルンの眼前に大量の水が集まり、怒涛となって一気にまっすぐ放たれる。それはヤミラミに直撃し、まっすぐ吹っ飛ばして壁に叩きつけた。凄まじい水の一撃に、観客が盛り上がる。
「これで一歩リードかな?」
「……いいや、まだ互角さ。そうだろ、ヤミラミ」
起き上がったヤミラミの笑い声がフィールドに響く。ヤミラミはハイドロポンプを受ける直前にメガシンカし、水を大楯で受け止めていた。結果吹き飛ばされはしたものの、大ダメージには至らなかったというわけだ。
「へえ……さっそく使ってきたね。ポワルン、ウェザーボール!」
「ヤミラミ、守るだ!」
ポワルンの放つ球体が頭上から強い雨のように水の塊になってヤミラミを打ち付けるのを、緑色のバリアーが防ぐ。
「さすがの防御力だね。でも守ってばかりじゃ勝てないよ?」
「言われるまでもないさ、ヤミラミ、シャドークロー!」
「それ、届くの?」
ヤミラミの爪が影を宿す。とはいえかの距離はかなり遠い。振るわれた爪は、虚しく空を切るかと思われたが。
「届かせてみせるさ。この天候、利用させてもらう!」
ぽつぽつと振る雨は、見えないが一つ一つが小さな影を作り出している。それを継いでいき、闇の爪は大きく伸びて――
「しまった、ポワルン!」
「もう遅いぜ!」
無警戒なポワルンの体を切り裂いた。油断していたため急所を狙うことも容易だった。
「決まったー!サファイア君のヤミラミ、メガシンカを決めてポワルンの猛攻を凌ぎ、不意をつくシャドークローで一気に刈り取った!」
実況者の声と観客の歓声に包まれ、笑顔を浮かべるサファイア。ジャックは参ったな、と頬を掻いている。
「油断はするもんじゃないぜ。さあ、どっからでもかかってこい!」
「……その言葉、お兄さんにそっくりそのまま返すよ?」
「えっ?」
「ポワルン、ぼうふう!」
「!!」
ポワルンが倒れた状態から力を発揮し、フィールド全体に爆風を起こす。ヤミラミが咄嗟に大楯を構えるが、風は自在に吹き荒れ後ろからヤミラミを襲った。ヤミラミの体が吹き飛ばされ、天に舞う。
「これでおしまい、ウェザーボール!」
もう一度水の塊が放たれ、ヤミラミに直撃する。空中のヤミラミにまさに暴風雨と化してぶつかり、地面に叩きつけた。ヤミラミがぐるぐると目を回して倒れる。戦闘不能だ。
「……確かに油断した。戻れヤミラミ」
「ポワルン、お疲れ」
「戻すのか?」
「大分消耗してるしね。頑張ってくれたからもういいよ」
そう言ってポワルンをボールに戻すジャックには、余裕がある。それに先ほどの自分が不利な状態になってからの逆転劇。
(まるで、シリアみたいだ)
使うポケモンは違えど、サファイアには彼のバトルにシリアの面影が見えた。そんな感慨に囚われるサファイアに、ジャックはニコニコと話しかける。
「どうしたのお兄さん?次のポケモンを出してよ」
ジャックはすでにカクレオンを出している。観客席からも早く出せ、待たせるなという声が飛んでいた。
「……ああ。いくぞ、フワンテ」
「じゃあさっそく。カクレオン、影打ち!」
「しっぺ返しだ!」
カクレオンが舌を出して、そこから影による先制技を放つのを敢えて受ける。そしてそっくり返すように、フワンテも影を放射する。カクレオンの体がのけぞり、舌を巻いた。
「しっぺ返しは相手よりも遅く行動した時、威力が二倍になる!」
「先制技を読んでの判断ってことか……やるね」
「その通りさ。フワンテ、風起こし!」
「カクレオン!」
ジャックがカクレオンに目くばせする。すると、カクレオンの姿が空間に溶けるように隠れた。舞う風は空を切り、その姿を見失う。
「カクレオンの能力か……フワンテ、気合溜めだ!」
「さあ皆さん、僕のカクレオンはどこにいったでしょう?」
フワンテに気合を溜めさせながら、サファイアは周囲に目を配らせる。観客もカクレオンの姿を探している。たっぷりと間をおいて、ジャックはフワンテを指さす。
「それでは、正解発表!正解は――そこだぁ!カクレオン、だまし討ち!」
「フワンテ、後ろに締め付ける!」
フワンテの真後ろにカクレオンの姿が現れる。だが、サファイアはカクレオンの出現位置を読んでいた。恐らく現れるとすれば相手の死角だろうと。そこに締め付けるを命じ、フワンテの紐がカクレオンの体を締め付け――――なかった。それは空を切る。本体は、フワンテの目の前にいた。その舌が、フワンテを逆に締め付けにかかる。
「悪くない読みだね、だけど外れだよ。僕はあの時カクレオンに姿を隠すと同時に影分身を使うように命じていたのさ」
「……まさか」
「そう!君のフワンテの真後ろに現れたのは分身!本体はゆっくりと目の前まで移動していたってわけ」
「……なるほどな」
「しかもそれだけじゃないよ。僕のカクレオンは特性『変色』を持ってる。この特性は自分の受けた攻撃技を同じタイプになることが出来る!しっぺ返しは悪タイプの技だから今のカクレオンは悪タイプ。よって悪タイプの技のだまし討ちは威力が上がるってわけさ。早くなんとかしないと危ないよ?」
「いいや、それには及ばないさ」
「?」
カクレオンはフワンテの体を締め付けている――ように見えて、実際には何もない空間をぐるりと巻いていただけだった。そのことに気が付いたジャックが、目を見開く。それを見て、サファイアは口の端を釣り上げて笑った。
「影分身を使っていたのはカクレオンだけじゃない、あんたがゆっくり時間を取ってる間に俺のフワンテも影分身を使っていたのさ!そして本体は――そこにいる!フワンテ、妖しい風だ!」
カクレオンが狙っていたフワンテは、途中から作り出した分身にすり替わっていた。本物のフワンテは見えないほどに小さくなってその場から離れていたというわけである。そうして作り出した隙を逃さず、サファイアは一気に決めにいった。不可思議な紫色の風が舞い、カクレオンの体を打つ。だがカクレオンはたいして痛くもなさそうにフワンテを探している。
「まだまだ、悪タイプになったカクレオンにはゴーストタイプの技は通じないよ!」
「だけど、変色の特性でカクレオンはゴーストタイプになった。そして怪しい風は、フワンテの能力を上げることが出来る!フワンテ、シャドーボールだ!」
フワンテの眼前に巨大な闇のエネルギーが固まり、球体となってカクレオンの体に打ち込まれる。威力、スピードと共に跳ね上がったそれは避けさせる暇もなくカクレオンに当たり――コンテスト会場の壁際までふっ飛ばした。
「綺麗に決まりました!巧妙な騙し合いを制し、サファイア選手のフワンテがカクレオンを下したーー!!」
カクレオンの体が倒れ、舌がだらしなく口からはみ出る。それをジャックはボールに戻し――今までのあどけない笑みとは違う、獰猛ともいえる表情を一瞬みせた。サファイアだけが気付き、ぞっとする。とても子供の物とは思えない。
「……あんた、本当に何者なんだ?」
「僕はただの『ジャック』だよ?そんなことよりせっかく盛り上がってきたんだ。もっと楽しもうよ。その為にちょっと――本気出しちゃおっかな!!」
ジャックがボールを持った右手と開いた手のひらを胸の前で合わせる。そんな仕草で押されたボールのスイッチから飛び出たのは――大きく丸みを帯びたボディをした、見るからに鋼タイプのポケモンだった。顔の部分に当たるであろう場所には、赤い点がいくつも並んでいる。
「さあ出ておいで、人々に恐れられし鋼のヒトガタ――レジスチル!!」
そのポケモンは、ジャックを除くその場にいる誰もが見たことないポケモンだった。それを見た観客たちの反応は、興奮とは違うどよめき。レジスチルを見ていると得体のしれないものへの恐怖と、何か本能的な不安がこみあげてくるのだ。
(なんだ、こいつ……こんなのと戦って勝てるのか?)
その感情は、目の前に相対するサファイアにもはっきりと沸き起こっていた。フワンテも、わずかに震えている。今笑っているのは、ジャックだけだ。
「いくよお兄さん。レジスチル、元始の力!」
「……フワンテ、妖しい風!」
レジスチルの周りに浮かんだ岩が、小さくなったフワンテを的確に狙ってくる。それをフワンテは風で吹き飛ばそうとした。だがいくつかが、フワンテの体に当たる。能力をアップさせたフワンテ以上に、レジスチルの能力が高いのだ。
「この瞬間、元始の力の効力が発動!君の妖しい風と同じく、レジスチルの能力をアップさせるよ!」
「まだ強くなるのか……なら一気に決めてやる。フワンテ、シャドーボールだ!」
レジスチルへの恐怖から、サファイアは勝負を焦った。巨大なシャドーボールがまっすぐ飛んで行き、闇のエネルギーがレジスチルの体を一瞬黒く染めるが――
「ふふん、そんなもんじゃ僕のレジスチルは倒せないよ!これでとどめだ、ラスターカノン!!」
「しまった……!」
レジスチルは、平然とそこに立っていた。その顔のような点には一切の変化が読み取れない。レジスチルの眼前から、鈍色のエネルギーが溜まっていく。シャドーボールとは違い、周りに不吉な輝きをまき散らしながら放たれたそれはフワンテに避ける暇を与えなかった。
「……戻れ、フワンテ」
「これでお互い一匹ずつだね、お兄さん」
屈託のない笑顔で、ジャックは笑っている。それをできるだけ見ないようにしながら、サファイアは最後のポケモンを繰り出した。
「……頼む、ジュペッタ」
「−−−−」
ジュペッタが声を上げて現れる。本来おどろおどろしいはずのそれは、レジスチルの圧倒的な威容の前にはまるで子供の悪戯のようにちっぽけに聞こえた。いつもなら落ち着けと諭してくれるジュペッタですら、目の前の敵に怯えている。
そんなサファイアとジュペッタを見かねたのか、ジャックはポケットから包み紙を取り出してサファイアに放った。二人の距離は遠く、届かないかと思われたがそれは不思議な力に乗せられたかのようにサファイアに届く。
「もう、しょうがないなあ。お客さんを楽しませるお兄さんがそんなことでどうするの?飴ちゃんあげるから元気出してよ」
「これは……」
ジャックがよこしたそれは、飴玉などではなかった。それは特殊な石。メガストーンに対応するもの。
「君はシリアのようなエンターテイナーを目指してるんでしょ?だったら、どんな敵が相手でも笑顔でいなきゃ。笑顔で、強くて、優雅で、幽玄で。そんなトレーナーに君はなるんじゃなかったの?」
「……」
なぜジャックがそれを知っているのかはわからない。ただ一つ言えるのは、彼の言う通りだということ。
「さあ僕を、お客さん達を楽しませてよ。お兄さんなら、それが出来るよね?」
ジャックは再びにっこりとほほ笑みかけた。さっきまでは恐怖を与えてきたそれに――サファイアは、笑って応える。全ての客席に聞こえるような大声で。
「レディース、エーンド、ジェントルメーン!!」
突然の大声に、観客たちの視線が一斉にサファイアに集まる。それを受け止めるように両手を広げ、サファイアはこう宣言する。
「これより皆さまには、私の相棒、ジュペッタによる楽しいバトルをご覧いただきます!この一幕を、どうかお見逃しのないように!
ではまずは私の守りの大楯ヤミラミに引き続き――メガシンカ、いってみましょう!さあ皆さんもご一緒に!」
渡されたキーストーンに反応してジュペッタの体が光り輝く。体のチャックが開いていき、その中から鋼をも切り裂く紫色の爪が現れる。
「現れ出でよ、全てを引き裂く戦慄のヒトガタ――メガジュペッタ!!」
「−−−−−−!!」
ケタケタケタケタ。恐ろしくも愛嬌のある叫びがステージに響き渡る。シリアと同じ口上でメガシンカをさせる。二度目のメガシンカがサファイアの体力を消耗させたが、サファイアは笑みを崩さなかった。それはレジスチルへの恐怖を打ち消し、再び観客たちに歓声を巻き起こした。
「さあ行くぞ、ジャック!俺たちの力、見せてやるぜ!」
「いいよ……すごくいい。それでこそ、僕の見込んだトレーナーだよ。
さあ……どこからでもかかっておいで!」
メガシンカを遂げたジュペッタと、レジスチルがぶつかり合う――