第一章
紅玉の神秘(2)
――時を少し遡り、サファイアが過去の記憶を取り戻しているころ。

「ちっ、くそったれが……!マッドショット!」
「ヨマワル、防御を」

 ヌマクローが泥を波状に打ちだすのを、ヨマワルが防ぐ。さっきからずっとこの調子だった。ルビー……いや、その体を借りた何者かは最初にエメラルドのポケモンたちに鬼火を当てたあとほとんど攻撃せず、防御に徹している。
 
「ワカシャモ、そんなチビさっさと片付けちまえ!」
 
 ジュプトルは既にメガシンカしたクチートに倒された。ヌマクローも火傷のダメージが危うい。比較的無事なのはワカシャモだけだったが、ワカシャモの蹴りもロコンの影分身によって躱され続け、空を切る蹴りが地道に体力を消耗させていく。しかも、今はジュプトルを倒したクチートがワカシャモに噛みつこうと狙っている。
 
「噛み砕く」
「躱して火炎放射をぶち込め!」
 
 だがエメラルドも無抵抗にやられる性質ではない。ぎりぎりで噛みつきを躱し、千載一隅のチャンスとばかりに火炎放射を撃たせる。そもそもこの状況になったこと自体、ルビーがエメラルドより圧倒的に強い、というわけではなく地の利がエメラルドになさすぎるのだ。
 
 エメラルドの戦術は火炎放射、ソーラービーム、地震、波乗りといった広範囲かつ高威力の技で敵を圧倒することだ。だがこの洞窟という地形はそれを邪魔する。地震など起こそうものなら洞窟が崩れかねず、日が差さないためソーラービームも打てない。波乗りを打てばルビーやサファイアのことはともかく水が自分自身を溺れさせかねない。
 
 よってまともに打てる大技は火炎放射のみ、後はエメラルドにしてみれば小技の類だ。残る唯一の大技でメガシンカを仕留めようとするが――
 
「ロコン」
「ちっ、またかよ!」
 
 ロコンがクチートとワカシャモの間に入り込み、火炎放射を受け止める。しかしロコンはその体を焼き焦がさない。ロコンの特性『もらい火』が炎技を無効にして、特攻をアップさせる。チャンスをつぶされ、さらに。ルビーがある石を掲げたのを見てエメラルドは絶句する。
 
「炎熱纏いし鉱石よ、我が僕に力を!」
 
 それは炎の石。それはロコンの体を赤い光で包み込み――6本の尾を9本に増やし、その体を金色に進化させる。
 
「マジかよ……」
 
 鬼火で体力を削られ続けたヌマクローも倒れる。これで3対1、しかも相手はメガシンカと進化系がいる。自信家のエメラルドといえど、この状況には危機感を感じざるを得なかった――――その時。
 
「ルビッー!!」
「!」
 
 起き上がったサファイアがルビーを呼ぶ。そこからのやり取りをしばらく黙って思考を巡らせながら見ているエメラルド。
 
「やっと起きやがったかサファイア!俺はポケモンが弱ったから助けを呼んでくる。それまで何とか持ちこたえろ!」
「ああ、頼んだぜ!」
「させない。キュウコン、炎の渦」
「フワンテ、風起こし!」
 
 退避しようとしたエメラルドを逃がすまいとした炎を、風が舞い吹きはらう。その間をエメラルドとワカシャモは駆け抜ける。
 
 助けを呼ぶのは嘘ではないが、まず自分が安全なところまで逃れるために――
 
 
 
「さあ……ここから、楽しいバトルのスタートだ」
「楽しい?……ふざけるな」
「ふざけてなんかいないさ。今から俺はこのバトルを見てるルビーを楽しませてみせる。それでルビーを取り戻す。あの時と同じように」
「……噛み砕け、メガクチート!」
「見切りだ、メガヤミラミ!」
 
 サファイアの態度にしびれを切らしたのか、無視して指示を下すルビー。その二角による噛みつきを、メガヤミラミの宝石の大盾が防ぐ。
 
「キュウコン、ヨマワル、鬼火。」
「この瞬間、メガヤミラミの特性発動!」

 メガヤミラミに放たれた鬼火を、待ってましたとばかりに、楽しそうにサファイアは言う。
 
「私のメガヤミラミは相手の変化技を無効にして、更にその技を反射します。マジックミラー!」
「何!?」
 
 ルビーは驚く。反射された鬼火は的確にメガクチートとヨマワルを狙い、命中した。
 
「これにより、ヨマワル、そして強力な攻撃力を持つメガクチートの攻撃力はダウンです。そして今度は私の番!カゲボウズ、フワンテ祟り目!相手が状態異常になっていることで、こちらの威力は2倍になります」
「く……!」
 
 Vサインをしながらサファイアは指示を出し、闇のエネルギーが状態異常になっている二匹に対して力を増して放たれる。ヨマワル、メガクチートはまともに受けて吹っ飛ばされた。特にヨマワルは消耗が大きい。
 
「小賢しい……キュウコン、火炎放射!」
「影分身だ、カゲボウズ!」
 
 キュウコンの放つ業火を、カゲボウズが優雅に躱す。そのバトルを見て語るものがいるなら、シリアのバトルをイメージするものがいるかもしれない。
 
「そして魅せます私たちの必殺技!影分身からのナイトヘッド――その名も影法師!」
「またその技か……!」
 
 苦々しげに顔をゆがめるルビー。それでもサファイアとカゲボウズは本当のルビーは楽しんでくれていると信じて笑顔で、優雅に、幽玄に技を放った。キュウコンを巨大な影法師がいくつも包み込み――本来のナイトヘッドの何倍ものダメージを与える。
 
「……まだだ。キュウコン、鬼火」
「倒しきれませんでしたか……なら『驚かす』!」
 
 鬼火がカゲボウズに命中し火傷を負うが、『驚かす』がキュウコンにわずかなダメージを与える。だがそれで十分だった。もともとほんの少しの体力しか残っていなかったキュウコンが倒れる。
 
「そして甘いぞ、メガクチート、今度こそヤミラミを噛み砕け!」
「しまった!メガヤミラミ、影打ち!」
「先制技か、だが――」

 メガクチートがメガヤミラミの背後から巨大な顎のような角で襲い掛かる。メガヤミラミは振り返らずに、影だけで迎え撃ち――結果は。
 
「相討ちか……」
「……ありがとう。メガヤミラミ」
 
 メガヤミラミをモンスターボールに戻す。一方ルビーに憑りついた何者かは役立たずめと言わんばかりにクチートを見下げた。
  
「ヨマワル、痛み分けだ」
「……っ、フワンテ、小さくなる!」
「無駄だ」
「何!?」
 
 痛み分けは攻撃技の類ではなく、小さくなっても回避は出来ない。よってお互いの体力が分かち合われる――つまり、体力の少ないヨマワルが一方的に回復し、フワンテは体力を吸い取られる。
 
「……フワンテ、もういい。下がってくれ。後は、俺とカゲボウズ――いや」
 
 キュウコンを倒したことでカゲボウズの体が光り輝く。また、それはルビーのヨマワルも同じようだった。奇しくもあの時と同じ――いや、あの時より少し成長した姿で、二人は対峙する。
 
「俺とジュペッタに、任せてくれ!」
 
 ジュペッタになったカゲボウズと、サマヨールになったヨマワルがにらみ合う。お互いに火傷を負っていて。あまり時間をかけている余裕はない。求められるのは、必殺の一撃のみ。ならば――
 
「ジュペッタ、ナイトヘッド!」
「サマヨール、守る!」
 
 ジュペッタの体が巨大化し、サマヨールにダメージを与えようとしているとルビーは判断して一旦守りに入ろうとする。だがそれは間違いだった。このナイトヘッドは攻撃のための技ではない。
 
「行くぜ、これが俺たちの新しい必殺技!ナイトヘッドからのシャドークローだ!
 
――虚栄巨影きょえいきょえい!!」
 
 巨大化した影の巨大な爪が、サマヨールの体を引き裂く。それで二人の戦いに、勝負がついた――。
 
 
 

「……ルビー、ルビー!」
 
 自分を何度も揺さぶる声が聞こえて、ゆっくりとルビーは目を覚ます。ルビーはやれやれと苦笑した。
 
「……そんなに揺すらないでくれるかな。ボクのか細い体は折れてしまうよ」
「良かった!元に戻ったんだな……」
「……!」
 
 ぎゅっと抱きしめられて、さすがのルビーの頬が少し赤くなる。こほん、と小さく咳払いをしてルビーは言った。
 
「……そんなに心配してくれたのかい?その気持ちは……うん、やっぱりあの時と同じさ。少しうれしいな。それに……見てて楽しかったよ。君のポケモンバトルは。相変わらず敬語は似合わないけどね」
「そっか……俺もルビーがもとに戻って嬉しいよ。敬語は……うーん、やめた方がいいのかなあ」
「ボクはそう思うね。どうするかは君次第だけど。……さて」
「?」
 
 サファイアが首を傾げる。ちなみにまだ二人は超至近距離のままだ。
 
「君も思い出してくれたみたいだし、ボクも話す必要があるだろうと思ってね……だから、少しだけ離れてくれないかい?さすがに話しづらいよ」
「ああそっか。ゴメン」
「いいんだよ。その気持ちは嬉しいんだから……じゃあまずボクのことから。思い出してくれた通り。ボクはおくりび山の巫女という役割でね。昔からあのように巫女になるための訓練をしていたんだけど……ボクにはあまり才能……霊感と言ってもいいかな。それがなくてね。兄上の様にはなかなか上手くできなかった
。だから家族からも、冷たい目で見られていたんだ。その癖祭事や訓練以外のことは甘やかし放題だったけどね。その結果ボクは偏食家なわけだ」
「……なんかそれって、悲しいな」
 
 サファイアの記憶する限り両親は自分のことを優しく育ててくれたと思う。家族に冷たくみられるというのがどんな気持ちかは、サファイアには想像しきれないが、悲しいことだというのはわかった。
 
「次に兄様のことだ。こちらの方が君にとっては重要かな?」
「……そんなことないよ。俺、ルビーのこと知れてよかった。」
 
 くすり、とほほ笑むルビー。そして語りはじめた。
 
「兄様はおくりび山の宮司としての才能があって家族からも期待されていてね。15歳になるころにはもう完璧に仕事をこなせるようになったんだけど……兄様は昔は結構荒っぽい性格でね。家族の期待の目も嫌っていたんだろう。俺はチャンピオンになると言って家を飛び出してしまったんだ。
 
 そしてその結果。才能のないボクが代わりに仕事を教え込まれ、家族のボクに対する厳しさはますます強くなった」
「じゃあ、ルビーも家を飛び出したのか?」
「いや、旅に出ること自体は家の後を継ぐための決まりみたいなものなんだよ。15歳になったら一度各地を巡り、たくさんのポケモンと触れることも重要だと習わしにあってね。ボクは身体も弱いし正直言って憂鬱な旅だったんだけど……君に出会えて、変わったんだ」
「そうだったのか……ごめんな、忘れてて」
「思い出した以上、もう気にすることはないよ。少しやきもきはしたけどね」
「そういえば……ルビーがシリアのことを疑ってたのも、それが理由なのか?昔は荒っぽかったって言ってたけど」
 
 今のチャンピオンとしてのシリアしか知らないサファイアには少し信じがたくはあるが、ルビーがこんな嘘をつくはずがない。事実として認め、聞く。
 
「そんなところだね。……はっきり言って昔の兄上はボクにも、いやむしろ、他の家族には宮司の跡取りとして接しなければいけない以上、ボクに一番きつくあたっていたから。だから正直、再開してあんな言葉を平然と口にしている兄上が信じられなかった。……でももう、それはやめにするよ」
「えっ?」
「やっぱりボクには兄上を信用できない。だけど……君は兄上を信じているんだろう?兄上を信じる、君を信じることにするさ。それがボクからの――今まで君に黙っていたことへの、誠意のつもりだよ」
「誠意なんてそんな……でも、ルビーとシリアが仲良くしてくれるなら、俺もそれが一番さ。……もう一つ聞いていいか?」
「何かな?」
「あの時は魔法陣みたいなものに俺が触ったからだと思うけど……なんでここでルビーはまた何かに憑りつかれたのかわかるか?」
 
 そのことか、と呟くとルビーは少し考えて。
 
「断言はできないけど……多分この壁画は、相当昔に書かれたものだ。そして書いた人間の強い意思が宿っている。その意思が……巫女としての能力を持つボクに憑りつき、乗っ取った。体を乗っ取られるなんてボクもまだまだだね……」
「わかった。じゃあまた変なことにならないように、ここを離れよう。エメラルドも助けを呼んできてくれてるはずだし……ん」
「彼のことはともかく……そうしようか」
 
 サファイアが差し出した手をルビーが取って、彼女は起き上がる。そして洞窟の外へと出ていった。これを機に、二人の絆は強く深まることになる――

■筆者メッセージ
じゅぺっとです。主人公の活躍シーン、いかがでしたでしょうか。今回はルビーのヒロイン度もマシマシに……出来てたらいいなあと思います。

次回はカイナシティに上陸、そして新たな敵が……次回をお楽しみに!
じゅぺっと ( 2015/12/03(木) 11:08 )