紅玉の神秘(1)
「……よっし!ヤミラミ、ゲットだぜ!」
モンスターボールに収まったヤミラミを見て歓喜の声を上げるサファイア。なかなかボールに収まらずモンスターボールが何個か無駄になったが、鬼火による火傷でじわじわ弱らせたのが功を奏したようだ。
「ルビーとエメラルドはどうしてるかな……」
それぞれやりたいことを終えたら洞窟の一番奥まで行くことにしていた。奥に向かう途中で、エメラルドの声が聞こえてきた。
「だっー!やってられっかよ!」
「どうしたんだ?」
「掘れども掘れどもメガストーンどころか進化に必要な石すら出て来やしねえ!くそっ、来るんじゃなかったぜこんなとこ……」
見ればエメラルドの周りの壁面はあちこち掘り尽くしてぼろぼろになっている。石掘りに駆り出されたであろう彼のポケモンたちがへとへとになっていた。散らばった土や石を見たところ、確かにそう目立つ石はなさそうだった。
「……まああれだよな。そんなこともあるって。気にすんなよ」
「うるせえっつーの!」
ご機嫌ななめなエメラルドと共に洞窟の最奥部へと到着する。ルビーもポケモンをゲットしたのだろう。長い黒髪をまとめて下ろしたような小さめのポケモンと一緒に、壁画を眺めているのが見えた。
(なんだ、これ……)
ポケモンらしき巨大な生き物二体の暴れる様子が書かれた巨大な壁画。生き物の両腕には片方にはαのような、片方にはωのような文様が浮かんでいる。それを見たサファイアはさっきの少年と相対した時と同じ、圧倒されるような不思議な気分になった。
「はあ?なんだこりゃ?」
エメラルドは特に何も感じていないらしい。サファイアもその声で我に返った。ルビーに近づいて、声をかけてみる。
「おーい!ルビーは何捕まえたんだ?」
「……メg………………」
「?」
ルビーは壁画に手を当てて何かを呟くばかりで、サファイアの呼びかけに応じる様子がない。
「ルビー、どうしたんだよ?」
近づいて、ルビーの肩に手を触れる。その時だった。彼女の隣にいたポケモンの後ろ髪だと思っていた部分がパックリと開いて、サファイアに迫る――
「え……」
「避けろバカ!!」
エメラルドに蹴り飛ばされてなんとか噛みつきを避ける。さすがのサファイアも抗議した。
「お……おい、どうしたんだよルビー!捕まえたポケモンがまだ懐いてないのか?答えろって!」
「ゲンシカイキ…暴………メガ…ンカ……対抗……」
ルビーが振り返る。だがその様子は明らかにいつもの彼女とは別物だった。紅い瞳が爛々と輝き、体はうっすらと青い光に包まれている。隣にいるポケモンも同様だった。
「ゲンシカイキの力……消滅させる!」
ルビーがメガストーンを天に掲げると、隣のポケモン――クチートの身体がより激しく輝き、光の球体に包まれていく。その光景には見覚えがあった。
「まさかこいつは……」
「メガシンカ!?」
「今目覚めよ。暴虐なる元始の力に抗う、反逆の二角!!」
光の球体が割れ、中から現れたのは――身体が一回り大きくなり、その後ろ髪のような角を二つにした新たなクチートの姿だった。
「ルビー……」
その光景を、サファイアは驚愕もしたがどこか冷静に受け止めて始めていた。クチートのメガシンカよりも、この状況には見覚えがあったからだ。だがそれがいつどこでの出来事だっ
たのかは、まだ思い出せない。
(でもどこかで、俺はこんな風にルビーと会ったことがある気がする。それは……)
記憶を手繰り寄せようとする。だがそれは、目の前のルビーにとってあまりにも大きな隙だった。
「クチート、じゃれつく!」
「ぐああああっ!」
二つの角がサファイアを蹂躙し、吹っ飛ばして壁に叩きつける。激痛で頭が朦朧とした。
「ちっ、だから避けろっつってるじゃねえか!現れろ、俺様に仕える御三家達!!」
エメラルドが自分のポケモンを出してルビーに応戦しようとする。ルビーもメガクチートだけではなく、ロコンやヨマワルを繰り出していた。
その光景をぼんやりと眺めながら、サファイアはようやく思い出す。
そう、ルビーとの出会い。その記憶を――
それは、4年程前の事。両親と共におくりびやまに来たサファイアはとてもこの日を楽しみにしていた。なぜなら今日がサファイアにとって初めてポケモンを手にする日だからだ。おくりびやまを選んだ理由は言わずもがな、新しくチャンピオンとなったシリアの虜になったからである。
「父さーん!母さーん!早くー!」
墓場だらけのこの場所に似合わぬ元気な大声で、おくりびやまを上っていく。こらこら待ちなさいと親に止められても、幼いサファイアは興奮しっぱなしだった。
「ねえ父さん、俺あのポケモンが欲しい!シリアのジュペッタの進化前なんだろ?」
サファイアは一体のカゲボウズを指さす。シリアのバトルを見てからゴーストタイプのポケモンについて調べたサファイアはカゲボウズがジュペッタの進化前であると知っていた。
「わかったわかった。じゃあ少し待っていなさい」
「うん!頑張って父さん!」
「では……頼むぞゲンガー」
サファイアの父親はゲンガーを出してカゲボウズに手加減したシャドーボールを打たせる。カゲボウズがふらふらになったところで、サファイアの父親はモンスターボールを手渡した。
「さあサファイア。よーく狙ってボールをなげるんだ」
「うん……」
渡されたボールとカゲボウズを交互に見る。自分で捕まえなければポケモンに持ち主として認められない。それがわかっているからこそ、緊張するサファイア。
「……えいっ!」
オーバースローで投げられたボールは、ギリギリ届いてカゲボウズに命中した。モンスターボールにカゲボウズの体が吸い込まれ、揺れる。
「…………」
固唾を飲んで見守るサファイア。その揺れは段々小さくなり――止まった。ゲット成功だ。
「……やったあ!やったよ父さん!」
「ああ、頑張ったなサファイア。それじゃあカゲボウズを回復させてあげよう」
「わかった!」
早速ボールからカゲボウズを出し、いいきずぐすりで回復してやりつつ相棒となったポケモンに声をかけるサファイア。
「これからよろしくな……カゲボウズ」
「−−−−」
ボールの効果と、回復してもらっていることもあってか、カゲボウズはサファイアにすり寄った。ひらひらした布のような体が頬に当たる。
「あはは、くすぐったいな……よし、もういいかな」
カゲボウズの体を見て、傷が治ったかどうかを確認すると、サファイアはさらに上へと歩き始めた。
「それじゃ父さん、俺カゲボウズと一緒にここを探検してくるよ!」
「ああ、あまり騒ぎすぎるなよ」
「わかった!行こうカゲボウズ!」
カゲボウズと一緒に走っていくサファイア。しばらく先で、彼は一度忘れてしまう自分の運命の人と出会うことになる――
「……はあ、はあ。ここが頂上かな……?」
「−−」
墓場だらけの塔を上ると、草の生い茂る山へと出た。見下ろせば、自分の乗ってきた車がはるか下に見える。ちょっとだけぞっとしつつも、さらに山を登ると――そこには、一人の女の子がいた。紅白の巫女服に、髪を後ろにまとめて結った自分と同じくらいの年の子が、魔法陣らしきものの中央で座っている。瞳を閉じているらしく、サファイアに気付いた様子はない。
「おーい!そんなところで何してるんだー!?」
「!」
単純に気になったサファイアは、女の子の――魔法陣の場所に近づく。その声で気づいたのだろう、女の子は制止の声を上げた。
「ダメ!それ以上近づかないで」
「え……なんで?」
「いいから」
「……なあ、これなんなんだ?触ってもいいか?」
突然のことに戸惑ったサファイアは、浮かれていたこともあって地面にかかれた魔法陣に手を触れてしまう。――それが引き金となった。
「いやああああああああっ!!」
女の子の悲鳴がして、その場の空気がびりびりと震える。サファイアも驚き尻餅をついた。何とか起き上がると――そこには、さっきまでとは打って変わった様子の、紅く目を輝かせたをした女の子がいた。
「ゲン……カ…キ!」
「えっ……?」
「……消えろっ!」
少女はヨマワルを繰り出し、サファイアとカゲボウズに鬼火を放ってくる。咄嗟のことに避けられないサファイアを、何とカゲボウズがかばった。
「カゲボウズ!俺のために……?」
瞳が赤く輝き、体からは紅いオーラのようなものを放つ少女の様子は明らかにただごとではない。サファイアは直観的に、自分が魔法陣を触ったせいだと悟った。
そして――こんなとき、逃げないのがサファイアの持つ天性の特徴だ。
「よくわかんないけど、俺のせいだっていうんなら……俺が何とかする!頼むぞ、カゲボウズ!」
「−−−!」
出会ったばかりのカゲボウズが、任せてくださいと言ってくれている気がした。サファイアにとって初めてのポケモンバトルが幕を開ける。
「影打ち!」
「カゲボウズ、影打ちだ!」
二匹の影が伸びて衝突する。完全に相殺しあい、どちらにもダメージは入らなかった。
「驚かす!」
「こっちも驚かすだ!」
やはりお互いの背後を取って驚かそうとするが、同じゴーストタイプの進化前、同じ場所のポケモンということがあって優劣がつかない。そして、こうしている間にも火傷のダメージでカゲボウズの体力は削られていく。
(技や威力はほぼ同じ、なんとかシリアみたいな必殺の一撃を考えないと……)
お互いに同じ技を繰り出しながらも、サファイアは自分の戦術を考える。そして――
「影打ち!」
「カゲボウズ、影分身だ!」
サファイアは、あえて攻撃ではなく変化技を命じる。影打ちは命中してカゲボウズの体力がさらに削られたが、それでもあきらめない。サファイアは自分の、カゲボウズは自分の主の作戦を信じる。
「ここからナイトヘッドだ!!」
「−−−−!!」
「ナイトヘッド!」
影分身によって増えたカゲボウズの姿が一気に膨らんでいく。それはヨマワルのナイトヘッドを飲み込み、恐怖に包み込み――一撃で戦闘不能にした。
「よっし!よくやったカゲボウズ!」
出会ったばかりなのに自分のために頑張ってくれた相棒を褒める。ヨマワルが完全に倒れたかと思うと――巫女服の少女もまた、意識を失って倒れた。サファイアは思わず駆け寄る。
「大丈夫か!?しっかりしてくれ……」
自分のせいで大変なことになってしまったのでは、という焦燥が今頃になってわいてくる。しばらく傍にいると、少女は目を覚ました。瞳の輝きは消え、普通の状態に戻っている。
「……助けて、くれたの?」
呟く少女に対して、サファイアは申し訳なさそうに答える。
「助けて……っていうか、たぶんああなったのが俺が変なことしたからだろ?ごめん……」
「ううん、いいんだよ。こうして助けて、傍にいてくれただけでも……ボクは嬉しい。それにきっと君が来ても来なくても、ボクはああなってた」
「そうなのか?……っていうか、何してしたんだ、あれ?」
「交霊の儀式……といってわかるかな。昔の人を呼び寄せる練習をしてたんだ。だけどボクは、兄様の様な才能がなくてね。なかなか上手くいかないんだ……」
ルビーが答える。その時、一人の大人の男がそばにやってきた。短めの黒髪の、宮司のような恰好をしている。
「はいはい、一旦そこまでだよ。まったく、ちょっと目を離したすきにこうなるなんて……運命ってやつはせっかちだなあ」
「あんたは……?」
「……誰?」
「でももう少し、待っててほしいんだ。僕が本格的に動けるようになるまで」
よくわからないことを言う男はルビーも知らない人らしく、訝しげに見ている。そんな二人に構わず、男はサーナイトを出した。
「だから一旦お休み。そしていずれまた会おう、美しい元始の原石たちよ――」
サーナイトは二人に催眠術をかける。ルビーもサファイアも眠りに落ち……サファイアにとって、これは夢の出来事となった――。
そして、サファイアの意識は現実へ――ムロタウンの石の洞窟へと戻る。見ればルビーのキュウコンとメガクチート、そしてヨマワルに苦戦を強いられているエメラルドたちの姿が見えた。
(……なんでルビーが、またこうなったのかはわからない)
まだ体の痛みは激しくサファイアを苛んでいる。それでもサファイアはこっそり周りを探り、そして目的の物を見つける。それは当たり前のようにそこにあった。彼女がクチートのメガストーンを手にしているように。
(だけど、ルビーはあの時、傍にいてくれてうれしかったって言ってた。だったら何度だって……俺はルビーを助けて傍に居続ける!!)
「ルビッー!!」
「!」
ルビーの赤く爛々と輝く瞳が、サファイアを見る。その目に屈さず、サファイアは堂々と言った。
「今からお前を元に戻してやる……あの時と同じ、シリアから学んだ俺のポケモンバトルを魅せてやる!!
応えてくれ、俺のポケモンたち!!」
モンスターボールを取り出し、自分のポケモンを出す。フワンテ、ヤミラミ……そして、カゲボウズ。
「そしてシンカせよ!その輝く鉱石で、俺の大事な人を守れ、メガヤミラミ!!」
ヤミラミの体が光に包まれ、胸の鉱石が巨大化して盾のようになる。進化したその力を、サファイアはあくまでルビーを守るために使うと宣言した。
「さあ……行くぞルビー!」
「しぶといゲンシカイキめ……滅してくれる!」
お互いの想いを込めて、二人はぶつかり合う――