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☆シリンダーブリッジ
まだ草花の息吹がする初夏の頃。営業の帰り、シリンダーブリッジに向けて車で運転していたその時だった。視界の端に、一匹のポケモンの姿が突如現れた。
フロントガラス越しに目が合う。呼吸が止まる。ダッシュボードに貼り付けたステッカーが、フロントガラスに反射してそのポケモンと重なる。
世界から音が消えた。カーラジオも、エンジン音も、ありとあらゆる外音が初めから無かったかのように失われていく。拍動する鼓動音だけが耳に響く。
しかしそれも刹那の事象。急いでブレーキをかけ、ハンドルをこれでもかというほど回したが、間もなく鈍い音と共に強い衝撃を受ける。
衝撃がやんだと思えば、ボンネットは凹み、その上にフロントガラスに食い込むような勢いで、脚があらぬ方向に曲がって血を流して動かなくなったシキジカがただそこにいた。
我に返って警察に電話をかけ、到着を待っている間、何を考えていたのだろうか。
殺してしまった申し訳なさ。それはシキジカに対するものなのか? それとも社用車を傷つけてしまったがため、会社への申し訳なさなのか? やってしまったという恐れ。自分の将来。社会的立ち位置。或いは命の儚さか。人間よりも強い生命体であるポケモンも、こんな風にあっさりと死んでしまうという無情さか。ヒウンシティよりも激しい感情の往来に、吐き気が止まらなかった。
渦潮のように思考がうねりにうねって、視界がゆらいでは溶けていく。こんなことをしておいて、まず自分の保身のことを考える。そんな人間の身勝手さに、自分のことでありながら醜すぎて息が詰まった。意識が曖昧になり、駆け付けた警官に数度呼ばれ、やっと我に返った。
警察からは、物損事故として処理すると伝えられた。自賠責は降りないから、任意保険で。おそらくは群れからはぐれた野生のシキジカだとは思うが、念のため持ち主がいないかもこちらで調査しておく。別に免許証の減点とかはないし、死体はこちらで処理をするからそこは安心して欲しい。
安心だって? 向こうからすれば日常的な光景の一つであるかもしれない。淡々と業務上の話をする警官が、不思議でたまらなかった。命は尊く重いというが、その重さの受け止め方は平等ではない。
そして最後に警官がポッと放った言葉が、どうしても耳から離れない。
「こういうのもなんですが、不幸中の幸いですね。シキジカでなくてギガイアスでしたら、あなたの方が死んでいましたよ」
☆ソウリュウシティ
近頃、テレビや新聞、ラジオなど、どのマスメディア媒体でもプラズマ団の話題が絶えることはない。
彼らの基本的な主張はこうだ。
「我々はポケモンをお互いを求めあうパートナーとして共に暮らしてきた。だが、本当にそうなのか? それは人間の思い込みではないだろうか。ポケモンは人間とは異なり未知の可能性を秘めた生き物であり、学ぶべきところを数多く持つ存在である。そのような存在をモンスターボールに閉じ込めるのはよくない。ポケモンを解放することで、人間とポケモンは初めて対等になれるのだ」
彼らの言葉に耳を傾け、実際にポケモンを手放す人もいる。どのメディアでも常々この件で、有識者同士が激闘を繰り広げる。
トルネロスのように現れた一団によって、このイッシュのポケモン観は大きく揺るがされていた。
私は小さい頃からクマシュンと共に育ってきたが、進化させるのが怖い。体長は五十センチから二百五十センチと約五倍。とてもじゃないが、今暮らしているソウリュウシティのアパートには入らない。
それに、クマシュンも含めてもっと寒冷地で暮らすポケモンを、ぬくぬくとした暖房がかかった部屋で閉じ込めていいのだろうか。
夏場暑いときに抱きついたり、冷たい吐息を出してもらったり。顧みれば、テイクされてばかりでギブが出来ていない。そもそもプラズマ団の言うような、お互いを求めあうパートナーとして共に暮らせているのだろうか?
或いはもしかしたらクマシュンはバトルやミュージカルの才能があるかもしれない。でも、自分ではそれを引き出してあげることはとてもではないが出来ないだろう。ただただペットとして、この子が本来持つ才を飼い殺ししていないのだろうか。
とはいえ、野生経験のないこの子を野に放つことがためになるかと言われると、それも違うと思う。自分で食事にありつけるのか。中途半端に人に懐いてしまっているからこそ、この前の野生のシキジカのように事故に遭ってしまわないか。
事故を起こした今だから思う。もし、自分のクマシュンがそんな憂き目にあってしまったら。
きっと世間はよくあることさと語り、行く行くは忘れ去るだけだろうが、自分には決してできない。失えば、やり切れないのだ。果たして何を思うのか、それはその時になればわからない。怒るのだろうか? 悲しむのだろうか? 永遠に終わらない怨嗟に、苦しみ続けるのだろうか。
轢いてしまったのが野生のシキジカだったから、周りは誰も責めない。君は悪くないよ。運が悪かったね。仕方ないさ。それゆえに苦しかった。
事故に遭っても物損事故として処理されるポケモン達。誰も詰らないからこそ、ポケモンの命とは何か。それについてばかりが、思考をジャックし続ける。
今まではポケモンがいるのが当然だった。トレーナーじゃない家庭の子でも、一匹はポケモンを持っているし、映画やドラマなどのフィクションにだって勿論ポケモンがいる。当たり前すぎる事だからこそ、きちんと向き合わなければならない。「慣れ」は本質を希薄化する。考えるには時間が必要だ。
人間とポケモンの関係性。お互いがお互いを尊重し合い、幸せでいるためにはどうすればいいか。
そう思って会社を休職し、クマシュンと共にイッシュを少しでもと自分の足で歩くことにした。行き先は特に思いつかなかったけど、スクール時代に修学旅行で一度行ったことのあるセイガイハシティを目指すことにした。
☆十二番道路
いつもは車でただ通るだけだった道も視界を変えてみれば見えるものも変わってくる。起伏を持った土地に流れ込む滝がある十一番道路。石造りの橋の上に、小さな街を形成したビレッジブリッジ。そこには多くの生命で満ちていた。途中、ビレッジブリッジで一泊をして、クマシュンと共にさらに東を目指す。
日々の業務に追われ、くたびれた状態でしかまともにクマシュンの相手をしてやれなかったからこそ、このちょっとした休暇は心地良かった。
共に歩き、共に同じ物を見て、共に同じものを聞き、共に同じものを食べた。驚いた。笑った。楽しんだ。それでも依然答えは出ない。
言葉が通じる人と人ですら、お互いの胸中は決して透けることは無い。ならば尚の事、言葉の通じぬポケモンの気持ちは分からない。
自分が感じた気持ちは、誰かにとっては違うことはよくある。愛想笑いくらい自分もする。笑うつもりが無くても、笑っている周りに合わせて笑うのだ。そうすれば誰も不幸にならないのだから。ではクマシュンはどうだ。
日頃以上に陽の光をいっぱいに体に受け止め、いくらかは心が軽くなる。しかし外殻だけが剥がれても、その内側のしこりは変わらない。漠然とした不安が穴を広げていく。それに向き合うつもりなのに、ちょっと向き合ってはすぐ目を逸らし、決定打が出ないまま結論を先へ先へと引き伸ばしていた。
小さな起伏に背の高い木々がランダムに生えた十二番道路。背の低い草原で喧嘩するチョボマキとカブルモ。雛鳥のために餌を運ぶケンホロウ。そして目を輝かせ、バトルをするポケモントレーナー。その中に、とても穏やかとは程遠いポケモンの叫び声と足音が聞こえる。声の方を目で追えば、たった一匹だけ異様なポケモンが混じっていた。
地鳴りと共に木々を薙ぎ倒し、暴れ狂う白と黒の二足歩行のポケモン。二メートルはあるその体躯で、太い腕を怒りのまま我武者羅に振るい続けている。いつだったかテレビで観たことがある。確か、ゴロンダというポケモンだ。
ゴロンダの前にドレディアを従えたポケモンレンジャーが割って入るが、ドレディアから放たれた花粉を嫌い、ゴロンダは目をこすりながらドレディアに背を向け走り出した。
ドスンドスンと音を立て、前を見ないままゴロンダがこちらに突っ込んでくる。驚いた周囲の小さなポケモン達が羽ばたき、あるいは走って離れていく。
足元にいるクマシュンを胸元に引き寄せ、逃げようとするが足が動かない。
フラッシュバックする記憶。強くブレーキペダルを踏み込んだ右足。ねじ切れるかと思うくらい強く回したハンドル。衝撃。フロントガラスの上に乗った、血まみれのシキジカ───
「危ない!」
ポケモンレンジャーの声にリアクションも出来ない。ただただ恐怖で怯えるだけだ。せめてクマシュンを逃がすべきだ、と頭で思っていても対処が出来ない。金縛りにあったように、その場に尻をついたまま体が動かない。
突如ゴロンダの足元の草が伸び、足首を引っ張る。慣性に従い、動きを固められた足だけそのままに、体は前のめりになり倒れ伏す。あと数十センチ、数秒遅れていれば、死にこそはしなかったものの相当痛い目に遭っていただろう。
「大丈夫ですか?」
息を切らし逼迫した声で、ポケモンレンジャーが声をかける。
「はい、お陰様で……」
「ごめんなさい。こちらの不手際で。てっきり周囲に人がいないもんだと思ってしまって……。ゴロンダもごめんなさいね。……眠り粉が効いてしばらくしたら外してあげるから」
強い人だなと思った。自分だけでなく、他人、そして先ほどまで暴れていたゴロンダにまで優しく接している。当の自分は何もできないでいた。ただ、あの時のシキジカもきっとああいう気分だったんじゃないか。そう自責の念に駆られるだけで。
自分の命が大切になればなるほど、反比例的に他者の命が軽くなる。シキジカを轢いた時、自分の保身のことしか考えられていなかった。立場が変わり、いざ自分が危険な目に合ってもクマシュンのことではなく自分の事ばかり。あまりにも愚かで、途方の無い無力さを感じた。
「あの……、やっぱりどこか打ったとか」
「いえ、ちょっと考え事をしていただけで」
「それならよかった。まだあんなポケモンに出くわすかもしれないので、近くの町までお送りしますよ! ビレッジブリッジ方面ですか? カゴメタウン方面ですか?」
少し迷ったが、ここはポケモンレンジャーの厚意に甘え、カゴメタウンまで送ってもらうことにした。
ゴロンダが眠りについた頃、応援に駆け付けたポケモンレンジャーが現れた。彼らの手持ちポケモン達がゴロンダを抱えて運んでいく。一先ずはレンジャーの施設に一時的に連れていき、また野生に返すかどうかを判断するそうだ。
たった一匹の外来種のポケモンでも、その地域の生態系は大きく変わってしまうことがある。少し強引で可哀想だけど、お互いの事を思えばこれは仕方のないことだという。
「実はさっきのゴロンダのようなことが、ここ最近ですごく増えているんですよ。……プラズマ団ってご存知ですか?」
「もちろん、最近ニュースでよく名前も聞きますし」
「別にあの人たちの主張が間違っているかどうかは分かりません。でも、それに影響して無責任にポケモンを手放す人が増えて、野生化したポケモン達が暴れる事件が絶えなくて。ゴロンダも元々この地方のポケモンではないですし、生態系にも影響があって」
「大変ですね」
「そうなんですよ! 一度ポケモンを手にしたってことは、その命を預かっているっていうことなのに。仮にポケモンを手放す選択をしたとしても、その子の今後のことを考えて行動して欲しいんですよ。そうでなければ結局プラズマ団が言っている通り、人間の好き勝手でポケモンが振り回されちゃってることになってしまいますし」
ポケモンレンジャーの言葉には力がこもっていた。自分と同い年か、それより若く見えるのに、芯の通った考えを持っていて素敵だと感じた。だからこそ、この人のことを少し知りたいと思った。
「あなたはプラズマ団の考えを支持しているんですか?」
「いや、どちらかというと反対です。ドレディアとは小さい頃、進化前のチュリネの時に出会いました。偶然弱っていたところを助けてあげて、それ以来の付き合いです。その時ポケモンを助けたのがきっかけで、ポケモンレンジャーになりました。でもポケモンレンジャーになるまでにも、なってからも、この子にはお世話になりっぱなしなんです。だって私一人では到底なれませんから。だからこそ、人とポケモンが離れ離れになるのには反対です」
それに、とレンジャーは続ける。脳裏を掠めるのはやはり先ほどのゴロンダだ。
「さっきのあの子のようなポケモンを見てると辛くって。きっとあの子は元のトレーナーと離れたかったわけじゃないと思うんです。仕事柄そういう野生ポケモンを多く目にしてるのもあって、どうしても可哀想で。好きだったトレーナーに、自分の都合で捨てられるポケモン達を見るのが悔しくて」
「そうなんですね。……私は迷っていまして。別にクマシュンと一緒にバトルするわけでもないし、仕事をするわけでもない。せいぜい家に帰ったとき、一緒にご飯を食べて、ちょっとじゃれ合ったり、テレビを見たり、抱きついたりするくらいで。だからこそどうするべきか分からないんです。とりあえずクマシュンと一緒に歩いて、今はそれを考えている最中で」
先ほどの恐れで心が弱気になっているのか。或いは、このレンジャーのどことない人懐っこさがそうさせるのか。話すつもりもないのに、余計なことまで話をしてしまった。
極力旅の間はクマシュンと一緒にいようと思ったけど、目の前で手放すことについての話はしたくなかったので、会話の最中はクマシュンをモンスターボールに収めていた。
レンジャーはただ黙って話を聞き、時折首を縦に振ったりとリアクションを取りつつ、真摯に話を聞いてくれた。
「人とポケモンの関係は、誰かが決めるものではありません。でも、決して後悔のないように、クマシュンと向き合ってどうするか決めてください。もし。もし、それで離れると決断された場合、我々が責任を持ってその子に合う場所に連れていきます。その際はレンジャー本部かわたしまでご連絡ください」
レンジャーは胸ポケットから簡素な名刺を差し出した。その顔はうっすらと憂いを帯びていた。
☆カゴメタウン
ポケモンレンジャーと別れ、カゴメタウンに着いた。夕暮れ時、人々は皆自宅へ駆け足へ帰る所。
この町は古くから伝わるおとぎ話に倣い、ポケモンセンター以外のありとあらゆる店舗は日が暮れる前に閉じてしまう。
静かすぎる街、駆け込んだポケモンセンターでは、フロントに置かれている大きなモニターに十人程の人が集まっていた。
映されているのはポケモンリーグの様子だ。現チャンピオン、アデクのウルガモスがなんらかの電撃による攻撃を受けその場に倒れ伏す。テレビカメラが動いて、緑の長髪の青年が映る。テレビのニュースでも見た覚えがある、彼こそがあのプラズマ団の王、N。その彼の背には神話で語られる、黒き龍。ゼクロムの姿が。
「終わった! もうポケモンを傷つけることも縛り付けることもなくなる。トモダチ、ゼクロムのお陰だ! もっともチャンピオンという肩書ではボクを止められない。それにチャンピオン……、アナタは優しすぎるんだ。数年前パートナーだったポケモンを病で失い心のスキマを埋めるため、イッシュを彷徨っていた……。本気で戦ったのも久しぶりなんでしょう。アナタのそういう部分はキライじゃないけど」
アデクに語り掛けていたNは、カメラに気付くと不敵に笑いながらそちらを向く。彼が掲げる理想を高々と言い放つ。
「ボクはチャンピオンよりも遥かに強いトレーナーとしてイッシュに号令をかける。全てのトレーナーよ、ポケモンを解き放て。と!」
四つん這いで這いずるアデクが、顔をくしゃくしゃにしながらNに向かって手を伸ばす。
「頼む! ポケモンと人を切り離す……。それだけはしないでくれっ!」
ゼクロムがアデクの前に立ち憚る。今にも崩れそうなアデクに、Nは呆れた表情で言い返す。
「……ボクとアナタはお互いの信念を懸けて死力を尽くして戦った。そして勝利したのはボクです。もう何も言わないで欲しい」
カゴメのポケモンセンターの一同はどよめく。皆が皆、ポケモンリーグ制覇を目指しているトレーナーではないだろう。だがそのほとんど多くはポケモンと共に生き、共に過ごした人ばかりだ。その彼らが信じていたチャンピオンが今、倒されるのをその目に映してしまった。あろうことか、あのプラズマ団の王に、だ。
テレビカメラはNに近づく少女と、そして轟音と共にポケモンリーグを囲うよう現れた巨大な建造物を映したかと思うと、砂嵐の画像が挟まり臨時ニュースが始まった。
現状を受け入れられず、ただ立ち尽くす者。頭を抱え、髪をかき毟る者。不安そうな表情を浮かべる者。思わず涙する者。皆それぞれ、失意に沈んでいた。
プラズマ団には悪い噂もある。人のポケモンを力づくで奪い、それを野に放つ、と。そんな集団の長が新たなチャンピオンとなってしまうのであれば、自分の意思にかかわらずポケモンを「解放」させられる。
その時、気付いた。自分はクマシュンと離れたくはないのだ。仮にそれが自分のエゴだとしても。少なからず、自分自身の本音として、クマシュンがいない生活は考えられない。
そう思うと、怖くて怖くて堪らない。押し寄せる不安がふわりと体を持ち上げる。押し上げられた足は、地に着かず浮ついた恐怖だけが心拍数を乱す。
ポケモンセンターにいた人が、周りに言い聞かすように声を上げる。
「十代の少年少女がプラズマ団を止めようとしてるらしい。俺たちだってこのまま奴らの言いなりになるのは嫌だろ? 俺たちも加勢するんだ。俺たちとポケモンの絆を、やつらに見せつけてやろうじゃないか! 空を飛べるポケモンがいるやつはついてこい!」
ポケモントレーナーらしき豪気な男の鶴の一声で、数人がそれに従いポケモンセンターを後にする。それを見送るように、つられてポケモンセンターから飛び出した。
彼らには一切の迷いが無かった。それだけポケモンと強固な絆を信じているのだろう。
普通に社会人として生活する上で、ポケモンをペットとして可愛がる人や、仕事のパートナーとして付き合っている人は日常的に見てきた。だが出会ったポケモンレンジャーや、今飛び出していった彼らは違う。ポケモントレーナーとして稼いでいる以上、ポケモンがいることで己を成しているのだ。
彼らからすれば、ポケモンを解放させられてしまえば、己が己でなくなってしまう。だからこそ、絶対にその主張は認められないし、こうして抗う。そうして、人が己の矜持のためにポケモンを傷つかせながら戦う。結局のところ、自分の行いのせいでポケモンが傷ついてしまうのであれば、動機が異なるだけで彼らもシキジカを轢いた自分となんら変わりない。
過るのはつい先刻のNの言葉。そしてラジオで聞いた、プラズマ団の演説の言葉。
「もうポケモンを傷つけることも縛り付けることもなくなる」
「そうです! ポケモンを解放することです! そうしてこそ、人間とポケモンははじめて対等になれるのです。皆さん、ポケモンと正しく付き合うためにどうすべきかよく考えてください」
彼らの主張は半分合っていて、半分間違っている。縛られているのは人間も同様なのだ。人間もポケモンに依存をし過ぎてしまった。
ポケモンが仮に自分の思想に共感し、協力してくれたとしても、自分の都合で戦わせ、仕事をさせることでポケモンが傷をついたり、あるいは自分の都合で手放し、昼間のゴロンダのように居場所を失うかもしれないのだ。
ならば結局正しい人とポケモンの関係性とは? 共に生活し、互いを信頼することが良いことなのだろうか。それとも、距離を取って互いに傷付け合わないことが良いことなのだろうか。
ではクマシュンの幸せとはなんだ? バトルも仕事もミュージカルもさせたことがない、こちらから一方的に愛玩ポケモンとしての生き方だけを与えている。それはプラズマ団が言うように、人がポケモンの可能性を狭めてしまっているのではないだろうか。
あまりの無力さに膝から崩れ落ちる。私は何をしているんだ。心配そうに首を傾げ、こちらを覗き込むクマシュン。そんな心配そうな顔をしないで。そんな顔を見せられれば見せられるほど、どんどん分からなくなっていく。
自分の考えが分からなくなる。何が正しいのか分からなくなる。自分の気持ちが分からなくなる。君と一緒にいていいのか分からなくなる。
そんな時、視界の外から手が伸びて、クマシュンが違う誰かに抱きかかえられる。
クマシュンを目で追うように視線を動かすと、灰色のフードを被った、一人の男。異様に目立つ服装には、プラズマ団を示すワッペン。
「可哀想なクマシュンだ。今、N様がこのイッシュのチャンピオンとなり、真の王となられた。今お前はそこの人間から解き放たれ、自由を取り戻すのだ」
クマシュンはこちらに向かって涙目になりながら、両手両足をばたつかせる。助けを欲しているのだ。
反射的に伸ばした手を遮るように、プラズマ団のモンスターボールからズルズキンが現れる。
「クマシュンを取り戻そうとするのであれば、我々は争うことになる。それは何故だかわかるか?」
唐突な問いに頭が回らない。僅かな間の後、プラズマ団員は続ける。
「それはお前がポケモンを持っているからだ。人と人が争うのは、相手が自分とは違うものをもっているからだ。だが我々プラズマ団が率先してポケモンを解放していけば、人は再び何も持っていない状態から始まる。ポケモンも、そのポケモンとの間にある絆とやらも。全てをゼロにすることで、我々は人として再出発することが出来る。そして、ポケモン自身も醜い人の争いに巻き込まれず、のびのびと暮らし、生きることが出来る。そこになんの不満があるのだ? 誰も彼もが何も持たない。喪うことが無くなる。それこそが、目指すべき平和で平等な社会だ。それを邪魔するのであれば、一時の争いもやむなし。我々プラズマ団にはその覚悟がある」
現にプラズマ団と出会って、初めて分かった。彼らが言うポケモンの解放は、それはただ単なる人間のエゴなのであり、彼ら個々人も人であるのだ。
ポケモンはかくあるべきだという先入観めいたものが支配し、ポケモン達の事は何も考えていない。
もし考えているのであれば、クマシュンがこちらに手を伸ばした時点で気付いているはずだし、このように力ずくでポケモンを解放するわけにはならない。
他に手持ちのポケモンなんていない。クマシュンもバトルをさせたことなんてほとんどない。それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。人間のエゴで憂き目にあったシキジカやゴロンダ。そのようなポケモンをこれ以上増やすわけにはいかない。
それに、何より失ってこそ人は気付く。ほんの一瞬なのに、クマシュンがいないことが苦しい。誰がどう言おうと、少なくとも、クマシュンが好きなのだ。
唇を噛み、痛覚で恐怖を押し殺す。丸腰のまま立ち上がり、プラズマ団を睨みつけて啖呵を切る。
「貴方たちは間違っている。ポケモンを解放するかどうかを決めるのは貴方じゃない。私だ!」
「その通りよ!」
上空から橙色のエネルギー弾が降り注ぎ、ズルズキンに直撃する。舞い上がる土煙の中、月明りを受け反射する豪奢な金髪。虚を突かれ、クマシュンへの拘束が緩くなるやいなや、クマシュンはみだれひっかきでプラズマ団を攻撃する。
突如現れた女性は、その僅かな間隙を突くように、プラズマ団の腕からクマシュンをかすめ取り、自分の元にクマシュンが帰ってくる。
「良かった、無事で……!」
膝をついたままの姿勢にもかかわらず、思わずクマシュンを抱きしめる。クマシュンも自分の頬に擦り寄ってくれた。
額を拭い、プラズマ団がこちらを睨みつける。その矛先は無論、トゲキッスを従えクマシュンを助けてくれた女性トレーナーだ。
「ぐっ……、プラズマ団に楯突くとは何者! 我らの王はチャンピオンをも倒したのだぞ」
「まるで虎の威を借る狐ね。ってイッシュで言っても伝わるかしら? 私はただの通りすがりの観光客。だけど、ポケモンバトルの腕前なら自信があってね。それよりもあなた、大丈夫? クマシュンを抱えて、あたしの傍から離れないように!」
黒のコートと長い金髪を翻し、彼女は上空で翼を広げたポケモンに指示を飛ばす。
「トゲキッス、エアスラッシュ!」
鋭い刃状に放たれた空気弾が容赦なくズルズキンに襲い掛かる。とめどない攻撃に、ズルズキンは動く暇すら与えられず、プラズマ団も動くことが出来ない。ポケモンバトルに詳しくなくても、この人が恐ろしく強いということは分かった。
「くっ……。そうやってお前たちは自分たちの目的のためとあらば、自分や相手のポケモンを傷つける!」
「プラズマ団ね……。あなた達も勘違いしているわ。世界を良くしていきたいという理念、それは素晴らしいと思うの。でも、あなた達のやり方では一緒にいるポケモンも、隣にいる人も、良いねって笑顔にはなれない。自分一人一人がどうするべきか、それを自分の力で考えてこそ、世界は変わっていくと思うの。トゲキッス、はどうだん!」
再び橙色のエネルギー弾が怯んだまま動けないズルズキンを弾き飛ばす。その反動でズルズキンの体が浮き上がり、背後にいたプラズマ団員ごと吹き飛ばす。砂利が巻き上がり相手の視界が薄くなったタイミングを逃さなかった。
「今のうちよ。ここを離れるわ!」
☆十三番道路
「そういえば自己紹介はまだでした。あたしはシロナ。ポケモンの神話を調べてる、物好きなポケモントレーナーよ。サザナミタウンには海底遺跡があるでしょ? それで知り合いの別荘を使わせてもらっているの」
トゲキッスの背に乗り、シロナというトレーナーに導かれるままカゴメタウンを離れた。腕の中のクマシュンは、疲れたのかいつの間にスヤスヤと眠ってしまったようだ。
「まださっきの人以外にも何人か街にプラズマ団がいたわ。あたしの知り合いの別荘なら安全だから、迷惑じゃなければそこまで案内するけど……。どうかしら?」
元々行く先はセイガイハシティであったため、サザナミタウンに向かうことには問題は無い。それに、さっきのような危険な目に再び合う可能性だってある。ここは彼女の厚意に甘えることにした。
「それにしても、あなたとクマシュン。仲良しなのね。さっきまであんな大変なことが起きてたのに、クマシュンはあなたの腕の中が一番落ち着くのかすぐに寝ちゃったみたい」
「そう……ですかね」
疲れたのか、声のトーンが上がらない。胸中の不安を感じ取ったのか、シロナが問いかける。
「もしかしてさっきのプラズマ団に言われたこと、気になってる?」
気になっていないといえば嘘になる。しかし最も気になったのはその一つ前の言葉だ。クマシュンは自分の腕の中で落ち着いてくれている。客観的に見てそう言われるのが、どことなく嬉しかった。
「あなたはポケモンリーグへ向かわないのですか? 他の人たちは先ほど向かっていったようですけど……」
「そう、ね。……あたしはイッシュじゃなくて、シンオウって所から遊びに……じゃなくて研究の調査に来ただけ。だから、そんなあたしが行った所で余所者が何を、って言われるかもしれない。それに、彼らが投げかけた問題はこのイッシュの人たちの心に大きな楔を打ち込んだ。それに結論を出すのは、この地方の人々がすることだと思うから。……もし良ければ、あなたのことを深く知るために、どう思ってるか聞かせてくださるかしら?」
シロナの目が真っ直ぐにこちらを見つめる。美しい金色の瞳に絆されて、抱えていたことを全て話した、いや、吐き出した。シキジカを轢いたこと。それがきっかけでポケモンとどう付き合えばいいのか分からなくなったこと。そのため、クマシュンを手放すべきかどうか悩んでいること。そして、プラズマ団との一件で、そもそも人はポケモンと一緒にいなければいけないのか、悩んでいること。
シロナはただ黙って話を聞き、時折首を縦に振ったりとリアクションを取りつつ、真摯に話を聞いてくれた。
「優しい人なのね。……でも、そんな大義名分はいいとして、あなた自身はどうしたいの? あなたの理屈じゃなく、あなたの心を教えて」
その答えは先刻、既に出ている。
「私は、願う事ならばクマシュンと一緒にいたいです」
シロナは首を軽く縦に振り、優しく微笑んだ。
「クマシュンはあなたの事どう思ってるかしら」
導き出した結論は、あくまで自分の主観だ。それでも、あの窮した時にこちらを見つめて手を伸ばした姿が離れない。
「少なくとも私の事は、嫌いではないと思います」
「もっと自信を持って! 恐れないで。人もポケモンも、同じ生き物。もし、あなたがクマシュンだったらあなたになんて言ってもらいたい?」
背を押された。プラズマ団が打ち込んだ楔が徐々に剥がれていく。ポケモンは人に縛られないし、人はポケモンに縛られない。互いの言葉は通じずとも、話しかけ、触れ合い、感じることで、その関係は上昇気流に乗ってどこまでも高みへと誘われていく。人もポケモンも同じ生き物。平等は、そこにあった。
「クマシュンも、きっと、私のことが好きだと思います」
「ふふっ。なんだか、あたしの方が泣いちゃいそう」
腕の中で抱えられたまま眠っていたはずのクマシュンが、もそりと動いたような気がした。いつの間にか、夜風は止んだ。
☆サザナミタウン
「助けてもらっただけでなく、一泊させていただいてありがとうございます」
イッシュ東岸部の別荘地、サザナミタウンにて。シロナが泊っているという別荘に一泊させてもらった。シンプルな造りながらにして、窓辺からサザナミ湾が一望できる。昨日の喧騒を忘れるような、穏やかな空間だった。
「いいえ。こちらこそ、散らかった部屋でごめんなさいね。片付けしたいんだけど、いつの間にか研究資料が山のように積み重なるのよね……。あなたはこれからどうするの?」
「本当はセイガイハまで行こうと思ったんですけど、もう満ち足りた気がするので帰ろうかなって思ってます」
ポケモンリーグを囲うように地下深くから現れた、プラズマ団の城は、駆け付けた少年少女たちの活躍によって一夜で崩れ落ちた。
イッシュ建国伝説を担う白き龍と黒き龍は、それぞれの英雄を担ぎ上げて戦い、理想でなく真実が勝利したという。プラズマ団の王は黒き龍に跨ってどこかへ飛び去り、プラズマ団の幹部である七賢人も姿を晦ました。
依然メディアでは厳戒態勢を敷いていると伝えているが、一先ずはイッシュの人々はプラズマ団に勝利したのだ。昨日飛び出していったトレーナー達のことを、なんとなく思い出した。
さて、この一件において勝利とは果たして何を示すのだろうか。
ポケモンを解放しなくていいのだろうか。或いは、一部の暴力的なプラズマ団によってポケモンが奪われることがなくなったのだろうか。
それはあくまで一次的な評価だろう。重要なのはそこではない。
結局彼らが正しかったのかそうでなかったのかはさておき、彼らの主張は人々に問いかけという形で大きな楔を刻んだ。
人とポケモンの関係。モンスターボールに閉じ込められたポケモンは、「おや」の都合で「おや」が変わっても自ら望んで「おや」を変えることは出来ない。
人間同士でも、一見仲は良く見えてもその内では違うことがあるように、人とポケモンであってもそのようなことがあるだろう。
トレーナーと共に戦うポケモン、人と共に働くポケモン、或いは単に人と遊び、ペットとして存在するポケモン。エトセトラ。何れも人に使役される彼らは、果たして幸せなのか?
イッシュにはこのような言葉がある。
"No snowflakes fall in the same spot."
雪は地面の全く同じ場所に落ちることは無い。天からは無数の雪が舞い降りても、その雪が完全に重なることは無い。ひいては、地球上に何十億の人やポケモンがいても、全く同じものなどない。という言葉だ。
それと同じように、人とポケモンの関係性は無限にあり、全く同じ関係性もまた、無いのだろう。
だからこそ、プラズマ団が人々に投げかけた問いに一義的な解はない。もしかしたら幸せなポケモンもいれば、不幸なポケモンもいるだろう。後者からすれば、プラズマ団の行いは正しいともいえるが、果たして誰がそれを判断する?
人と引き剥がされる事で苦しむポケモンもいる。人とポケモン、お互いに支え合う者もいる。ポケモンがいることが、己の証明となる人。ポケモンと共にいることで、強大な敵に立ち向かう人もいる。ここまでたった二泊三日の旅でも、多くの関係性を知った。
ポケモンを手持ちに加えることで、そのポケモンへの命の責任は生じる。それゆえ、一人一人がポケモンを。いや、お互いを幸せしようと向き合って考え、行動する。それだけで世界は変わる。曲がりなりにもプラズマ団の存在はそのきっかけとなった。
シロナは昨晩言っていた。ポケモンもトレーナーも、その命を輝かせるには全身全霊で強い相手に挑むことなの。と。
バトルすればするほど、人とポケモンの関係性に可能性を感じられる。人もポケモンも、一人だけでは決して輝けないのだと。
それでもバトルをしない人であっても、きっとお互いに輝かせることは出来る。ただ、お互いが幸せなだけで周りからは輝いて見える。クマシュンがあなたの腕にいる時、あたしはそう感じたわ。と。
「もし良ければ、セイガイハシティまで一緒に行かない? ちょうどいいものがあるの」
ここまで世話になったのだ。断る言葉を持ち合わせていなかった。
フェリーがあるサザナミ湾からやや離れ、町の中心部の建設中の建物に通された。コネがあるのか、顔パスだけでなく多くの作業員から挨拶もされていた。
「これでも実はちょっとした有名人なの」
ウインクしながらそう言った彼女と共に、工事用の小さなエレベーターで地下へ降りる。
☆建設現場
「ここはサザナミタウンとセイガイハシティの友好を記念して作られてる海底トンネルでね。マリンチューブっていう名称で、数か月後くらいには完成予定らしいわ。肝心のトンネルは出来たから、あとは出入り口を作るだけってとこなの」
こちらが聞くより先に、シロナが話してくれた。無骨なエレベーターを降りれば、視界いっぱいにはサザナミ湾の透き通った蒼の世界が広がる。
地上では到底味わえない、幻想的な雰囲気。直線状に広がるトンネルは、曰く厚さ二十五センチのアクリル系強化ガラスで覆いつくされ、その四方、周囲をプルリルやバスラオ達が泳いでいる。さながら、歩く水族館だ。
薄暗い海底を照らすよう、アクリルガラスの外には等間隔でうすぼんやりと光を放つ灯りが並べられ、海底の岩盤の様子まで伺える。
クマシュンも大はしゃぎで、アクリルガラスに鼻水ごと顔を押し付け、辺りを見渡しては、嬉々としてこちらを振り返り満面の笑みを浮かべる。近付いて屈み込み、そっと頭を撫でてやると、心地良さげな声を上げた。なんだか優しい気分になった。
「良いところでしょう?」
ええ。とだけ答えた。ここしばらく水面のように時には凪ぎ、時には波打つ心が、この海底のよう静かにかつ穏やかになっていくのが分かる。静寂の中、光の洪水が感覚を埋め尽くしていく。
「このマリンチューブ、どうやって作られていったか分かるかしら?」
わからない、と首を横に振ると、シロナはトンネルの壁に手を当て、言葉を紡ぐ。
彼女が語るには、まず作られたガラスは最初はただの大きな長方形状らしい。それを炎ポケモンによって六百度まで加熱し、柔らかくなったところを、人と機械の手で円筒状に変形。次いで氷タイプによって急冷却し、形状を固めていったそうだ。
それらを鋼、格闘タイプポケモン達と人が共同で鉄骨や通路部分を成型し、毒ポケモンのガスと、電気ポケモンの力を借りて人の手で溶接を行い、通路をつなげていく。
最後に地上で作ったトンネルを、あらかじめ重機で海底に掘った溝に、水中で手先が使える水ポケモン、地上からはエスパーポケモンの補助を借りて沈めていった。
トンネルの入口工事には人だけでなく、まだまだ格闘、地面、岩ポケモン達の力も借りることになるだろう。
要所要所で人はポケモンの力を借り、こうして出来上がっていっているのだという。
「あ、ほらそこにマンタイン!」
頭上に影が出来たかと思うと、マンタインがマリンチューブの上を通って泳いでいく。
「すごい……」
月並みの言葉しか、口からは出てこない。怒涛のように内側から迫る情感も、喉で絞られれば、手垢のついた言葉に成り下がる。
ポケモンだけでは決してたどり着けない。人だけでは成し得ない。人とポケモンが手を合わせる。その全てがここには詰まっていた。これこそが、未知の可能性なのだろう。
「例えば同じ電気ポケモンでも、この子は電気が強いとか、この子はそうではないとか、人間と同じようにポケモンだっていっぱいいろんな子がいるの。そんなポケモン達と正しく付き合うためには、そのポケモンを知ろうとすることが大事だと思うわ。……遠い外国のことわざにね、こんなのがあるの」
"Kupotea njia ndiyo kujua njia"
聞きなじみのない言語だ。イッシュやカロスのような言語ではなさそうに聞こえる。
「道に迷うことは道を知ることだ、って意味なんだって。人に教えられた正しい道だけを歩いていても、本当に道を知ったことにならない。迷いながら見つけることこそが、本当に知るってことなの。だからあなたがクマシュンとよりよい関係でいたいと思うなら、クマシュンのことをいっぱい知ってあげて。そしてあなた自身のことを、もっとクマシュンに教えてあげて」
人の業(ごう)は決して消えず、されど人の業(わざ)も絶えず続く。
きっとあのゴロンダを逃がした人も、昨日のプラズマ団も。いつかは己の所業と向き合い、またポケモンと共に歩き出すのだろう。
自分の業は心に深く刻まれた。シキジカとプラズマ団。自分の中の二つの点は線となり、遠い明日へ続いていく。
人の愛を知らぬまま逝ってしまったシキジカの分も、クマシュンと向き合う。それが今の自分に出来る事だ。小さな変革は、きっといつか大きなうねりになる。
この海底トンネルは深く、ほんのり薄暗いが遠くに出口は見えている。自分が歩いている道のりも、光明は射せど出口は見えない。
ただ、今ならそんな道も恐れずに歩み出せる。そんな気がした。