32話 理解無き二人
「私のターン。サポート『プラターヌ博士』をプレイ。まずはゲートカウンターを三つ取り除き、グッズ『
見えずとも在るもの』を、バクーダEXにセットされた闘魂のまわしを対象にプレイ。対象となったポケモンの道具の効果は、『このカードをつけているポケモンが与える技のダメージを「-20」する』、になる」
「ま、また翔のカードの効果を上書きしやがった!」
闘魂のまわしの効果が変わったことで、HPを増加する効果も失った。バクーダEXのHPは180/180へと戻る。
「さらにゲートカウンターを二つ取り除き、グッズ『
押し寄せる想起との対敵』をプレイ。トラッシュのグッズを一枚手札に加える。そのカードをこの番にプレイしなかった場合、そのカードを自分の番の終わりにトラッシュする。私が選択するのは
鎖無き刻限。そして手札に加えた
鎖無き刻限をプレイ。ゲートカウンターを五つ乗せる」
カウンターを用いた戦術、頑なに相手を寄せ付けないスタイルは、ダークナイトの頃の亮太と相違ない。しかし拒絶一辺倒だったあの時の亮太とノーネームには根本的な違いがある。相手のカード効果を書き換える効果は、相手の感情を暴走させる本人の能力にどこか近しいものがある。亮太を拒絶のプレイングと評するのであれば、ノーネームは支配のプレイング!
「まだまだ終わらない。グッズ『
不幸を糧に出づる幸福』をプレイ。デステニーゲートのゲートカウンターを二つ取り除く。相手のベンチポケモン一匹を選び、ゲートカウンターの半分の数だけ相手バトルポケモンにダメカンを移し替える。選択するのは当然ボルケニオンEX」
「今二個減って、ゲートカウンターは八つ……」
「つまり翔のベンチのボルケニオンEXのダメカンが四つ、場のバクーダEXに移るってことか」
バトル場のバクーダEXのHPは140/180、ベンチのボルケニオンEXのHPは70/180。大技が飛んでくれば、どちらも予断を許さないHPだ。
「グッズ『
浮上する刻印』をプレイ。この番取り除いたゲートカウンターの数だけ、ゲートカウンターをスタジアムに乗せる。この番取り除いたカウンターは七つ。それを全て取り戻す」
スタジアム、
魂縛の門に乗せられたゲートカウンターはこれで十五個。何が起こるかは未だ分からないが、その扉が開くまであと七個しか猶予は無い。半開きとなった扉から、十本の黒い靄のような腕が見え、今にも外へ飛び出そうと蠢いては扉の縁を掴んでいる。時折扉を殴りつける鈍い金属音と、ぞわぞわと衣擦れのような音がおぞましさを強調する。
「メガフーディンEXに超エネルギーをセット。さらにジラーチ(70/70)をベンチに出し、メガフーディンEXで攻撃。ゼンフォース!」
メガフーディンEX210/210の周囲に、四本のスプーンが現れる。メガフーディンEXが念を込めることでそれらは藍色の矢となり、バクーダEXへと打ち込まれていく。
「ゼンフォースは相手に乗っているダメカンの数一つにつき30、ワザの威力を強化する」
「ぐぅ、まだだ!」
バクーダEXが受けるダメージは基本威力10+4×30=130ダメージ。これで残りHPは10/180、首の皮一枚が辛うじてつながった。
「私の番が終わりポケモンチェックに入ることで、デステニーゲートにゲートカウンターをさらに一つ乗せる」
ゲートカウンターは十六個。デステニーゲートは時間経過でカウンターを乗せる以外にも、ポケモンが気絶するたびにカウンターを二つ乗せることができる。このままジリ貧の状況が続くようであれば、もうあの扉が開くのを阻止する事は出来ない。
翔のサイドは四枚、ノーネームのサイドは五枚。翔のベンチにはボルケニオンEX70/180とシェイミEX110/110、対するノーネームのベンチにはジラーチ70/70と、ポケモンの状況だけを見れば翔が優勢だ。
しかしノーネーム、亮太の実の姉の新開叶恵が持つ能力、ホットスポットに侵されている。気をほんのひと時でも抜けばたちまち、原因不明の頭痛と突発的な謎の喜怒哀楽によって自分自身の感情のコントロールが効かなくなる。自分の意識を明瞭にしようと必死になることでかろうじて正気を保っている。
そんな状態では何かを考える事すら決して簡単ではない。それでも立ち止まる選択肢だけは存在しない。意を決し引き抜いたカードは……フィールドブロアー。ポケモンの道具とスタジアムを合計二枚までトラッシュ出来るカードだ。使わない手はない。
「俺はグッズ『フィールドブロアー』を発動。選択するのは勿論、デステニーゲートとバクーダEXについている闘魂のまわし」
「ゲートカウンターが十個以上乗ったデステニーゲートは、他のカードの効果でトラッシュはされない」
簡単にトラッシュ出来れば楽だったが、闘魂のまわしを吹き飛ばしたブロアーの風程度では扉はびくとも動かない。
「ってことはあの扉は翔がトラッシュさせることは出来ないのかよ。でも前の番に効果を書き換えられた闘魂のまわしはトラッシュできた!」
「これで翔さんのバクーダEXのワザの威力は元に戻りますね」
「それだけじゃない。バクーダEXについているポケモンの道具が無くなったお陰で、俺は新しいポケモンの道具をつけることができるようになった。手札の『バクーダソウルリンク』をバクーダEXにつける。そしてサポート『オダマキ博士の観察』。手札を全て山札に戻し、コイントスをしてオモテなら七枚、ウラなら四枚になるまでカードを引く」
「そうはさせない。ゲートカウンターを二つ取り除くことで、グッズ『
虚構と現実の融和』をプレイ。相手が使用したサポートの効果を、『お互いに自分の山札を二枚引く』に上書きする」
特性、ポケモンの道具の次はサポートの効果を上書きに。ノーネームの妨害で、思うように動くことが出来ない。が、運気はまだ消え去ってはいない。翔が引いたカードはメガバクーダEXとスーパーポケモン回収。巻き返すことはまだ叶う。
「バクーダをメガバクーダEX(60/230)に進化させる。そしてグッズ『スーパーポケモン回収』を発動。コイントスをしてオモテなら、自分のポケモン一匹とそれについているカードを手札に戻す」
コイントスの結果はオモテ。翔は迷わずシェイミEXを手札に戻す。シェイミEXの特性、セットアップは手札からベンチに出したとき、手札が六枚になるまでカードを引くことが出来る。つまり、オダマキ博士の観察の効果を書き換えられても手札を増強する別の道が作られた。
「皮肉だったな! 俺の手を防ぐつもりだっただろうけど、生憎結果は変わらなかったぜ。シェイミEX(110/110)を再びベンチに出し、セットアップ! ……そして俺はヒノアラシ(60/60)、バシャーモEX(170/170)をベンチに出し、ヒノアラシにポケモンの道具『学習装置』、メガバクーダEXに炎エネルギーをつける」
「相手が手札のエネルギーをポケモンにつけたとき、ゲートカウンターを三つ取り除くことで『
無意識的動作』をプレイ。そのポケモンのワザを一つ選び、効果を『スタジアムがあるなら、コイントスを三回する。オモテの数×2だけ、スタジアムにゲートカウンターを乗せる』に上書きする」
「今度はワザの効果かよ! やりたい放題してくれやがって」
「選択するワザは当然マグマイラプション」
マグマイラプションの元々の効果は、「お互いの山札を上から3枚ずつトラッシュできる。その場合、そのトラッシュした中にあるエネルギーの枚数×40ダメージを追加する」だ。合計六枚の内三枚がエネルギーであれば、メガフーディンEX210/210を一撃で倒すことも出来た。が、効果を上書きされてしまった以上、それも叶わぬ夢に過ぎない。そしてなによりメガバクーダEXは使えるワザがこれしかない以上、ワザを使うのであれば
無意識的動作の効果を受けてしまう。
幸いにも、ワザの威力120は変わらない。ここはあえて攻撃をしないのも手ではある。とはいえメガフーディンEXを野放しにするほど余力はあるか? ベンチのポケモンはまだほとんどエネルギーがついていないから、入れ替えて別のワザで攻撃するのは無理だ。それにホットスポットのせいで頭が痛い。オーバーズも使えない今、考えるほど疲れが回ってしんどくなる。考えても仕方がない、後から帳尻を合わせればいい!
「関係ねえ! メガバクーダEXで攻撃、マグマイラプション!」
メガバクーダEXの背にある火山が爆発する。粉塵と共に打ち上げられた溶岩が、メガフーディンEX90/210に襲い掛かる。
「
無意識的動作によって効果を上書きされたマグマイラプションの効果を処理してもらう」
コイントスの結果はオモテ、オモテ、ウラ。よって四つのゲートカウンターがデステニーゲートに乗る。そしてポケモンチェックでさらに一つ加算。これで十六個。この段階でお互いにまだサイドが半分以上残っている。深い計算をしなくとも、翔は、そしてその背後にいる恭介と美咲も確信した。あの扉が完全に開くことが確定した。もはや避けることはできない。
「サポート『ミニスカートのおすすめ』をプレイ。相手のベンチポケモンの数だけカードを引く。奥村翔、君の場にベンチポケモンは三匹。よって三枚ドロー。そしてメガフーディンEXで攻撃。ゼンフォース」
「ゼンフォースの効果は、確か相手に乗っているダメカンの数一つにつき30ダメージ威力がアップ……でしたね」
「今メガゲンガーEXに乗っているダメカンは十七個。ということは」
「傷ついた相手にえらく容赦が無ぇな!」
ワザの威力は10+17×3=520ダメージ。メガフーディンEXが放つ十七の念の矢が、メガバクーダEX0/230に襲い掛かる。攻撃が終わるまでの数秒間、向こう側にいるノーネームの姿が見えない程の閃光の連続に目が焼けそうだ。
「EXポケモンが気絶したことでサイドを二枚引く。さらにサイドを引いたことでゲートカウンターを二つ乗せる」
「まだだ。ヒノアラシにつけた学習装置の効果。気絶したポケモンについている炎エネルギーをヒノアラシにつける。そして新たなバトルポケモンにヒノアラシを選択」
ポケモンチェックでさらにカウンターが乗り、これでゲートカウンターは十九個。門が開くまであと三個。
「俺はグッズ『不思議なアメ』でヒノアラシをバクフーン(150/150)に進化させる。さらにサポート『ダイゴ』。基本エネルギーとサポートを山札から一枚ずつ選び、手札に加える。炎エネルギーと鍛冶屋を選択。そして炎エネルギーをベンチのバシャーモEXにつける」
多少の揺さぶりではノーネームはもう微動だにしない。相手の効果を上書きするカードはゲートカウンターを消費する。しかしノーネームはそんな小細工をしなくともただ待つだけでゲートカウンターが開くのだ。ゲートカウンターを消費するような不利になる可能性があるアクションを、わざわざ起こしてくれるはずがない。
やはり前の番、
無意識的動作の効果を受けたメガバクーダEXで攻撃するのは早計だったか? いや、どちらにしても同じか?
「どうした。手が止まっているぞ」
「ほざけ!」
嘲笑うノーネームの挑発に、翔は反射的に激昂した。ノーネームの能力のせいで感情、理性のコントロールが効かない以上、売り言葉には暴力的な買い言葉が抑えきれずに飛び出てきてしまう。
「どんな理想論も綺麗ごとも、とどのつまり勝たなければ戯言でしかない。正しいこととは勝つことだ。他人と他人が理解し合う? 気持ちが悪い。人と人のつながりに水平は無い。支配するか、支配されるか、それだけだ。貴様等の『伝えなくちゃ伝わらない』という言葉を借りるなら、私は伝える気がないから伝えないだけだ。伝えても伝わらない事であれば、そこに注力する必要などどこにもない」
「ふざけるなよ。好き勝手言いやがって」
「貴様も薄々勘付いているだろう。我々は理解し合えない。戦い、勝利することでのみ、その正当性を肯える」
翔はこれまで亮太や陽太郎との苦しい戦い中でも、多少なりとも分かり合う事は出来た。しかし今は口では強がれるが、心は脆く折れかけている。あまりにも翔とノーネームの間にある溝が深過ぎる。
お互いが育った環境、向けられた感情、臨んだ状況、出会った人々。そのどれもがきっとかけ離れ過ぎている。その環境下でお互いに二十歳以上の年齢を積み重ねてしまえば、とても簡単に理解しあうことはできない。
ノーネームが言うようにお互いに理解し合う事は無い、いっそそう思ってしまう方が簡単だ。でも一度そうしてしまえば、心が諦めることに慣れてしまう。そうすれば出来ることもすぐに出来なくなってしまう。
まだ諦めない。亮太が抱えていた苦しみを吐き出したあの日、最後の最後に爽やかな笑顔を見せた。ついさっきだって、陽太郎は胸の中のモノを全てぶつけたあと、泣きそうな顔で笑っていた。
きっとノーネーム、新開叶恵も他人と分かり合えるはずがない、という確証があるわけではない。であれば、分かり合える可能性だってあるはずだ。それを俺が証明するんだ。
「扉が開くのはきっと止められない。だからといってそこで勝負が決まるわけではないし、諦める理由にはならない! バクフーンで攻撃、大噴火!」
大噴火の効果で自分の山札を上から五枚トラッシュ。その中のエネルギーの数×80、それが威力となる。トラッシュした五枚の中に炎エネルギーが三枚。よって、メガフーディンEX0/210に与えるダメージは80×3=240。
「サイドを二枚引く!」
ポケモンが気絶したことにより、ゲートカウンターが二つ乗る。これでゲートカウンターが二十一個。そして、ノーネームに残されたバトルポケモンは最後の一匹、ジラーチ70/70。デッキポケットのモニターでジラーチのテキストを読んだが、補助向きな効果でバクフーンを倒すのは到底不可能だ。あの扉が何をするのかはまだわからない。でも、まだ勝負は決まったわけではない。ならば持てる力で最後まで全力で抗う。
「ポケモンチェック。ゲートカウンターを一つ乗せる。これでついに二十二個、ゲートカウンターが集まった。……その前に、何か勘違いしているようだから教えてやろう」
ノーネームが前へ歩み、地面に突き刺した大剣の柄を握る。
「何をする気だ」
「まずはそもそも何故Afなどというものが必要だったのか。いや、その前にこの扉が何かを教えてやろう。この扉の中から見え隠れする黒い腕は、実体化した精神エネルギーの塊だ。ある種、そこの雨野宮陽太郎がもつ物理干渉能力に近い。その純度が恐ろしく違うだけでな」
「じゃああの扉も腕も能力だというのか?」
「能力は人に宿る者だ。だからこそ扉と腕は能力ではない。この扉と腕は三年前突如ここに現れた。勿論、可視化されたのはほんの一瞬だけ。だが我々はそれを見逃さなかった。何者かが何の目的で作ったものかは知らないが、この扉に莫大な精神エネルギーの塊を封じ込めたのだ。この未知で強大なエネルギーを手に入れ、管理する事が出来れば、我々はその莫大な利権を独占することが出来る。そう、例えば──」
「人為的な能力者の作成」
翔の言葉に、ノーネームは初めて驚いた表情を浮かべた。この男は何をどこまで知っているのか。逡巡こそしたが、そこについて問いかけるのは止めた。その通りだ、という言葉を遅れて発する。
三年前、そしてこの場所、精神エネルギーを封じ込めた、という三つの言葉が過去の記憶を呼び覚ます。それもそのはず、翔も当事者の一人であった。原因不明の能力者の増加と、溢れ出る精神エネルギーの暴走。それを恐れた有瀬と名乗る男が企てた「ゲーム」の果て、翔はその男らと共に扉に精神エネルギーを封じ込めたのだ。
扉に関する形状の記憶は無いし、腕に関しては明らかに見覚えは無い。翔は具体的にそのエネルギーが何をしでかすかを正確に分かっていたわけではない。断片的な情報を繋ぎ合わせた結果、つい直感的に口から出た言葉が偶然確信を射抜いたようだ。
ノーネームは肩を揺らし、小さく笑うと、高揚した声で言葉を紡ぐ。
「どうも詳しいな。我々はそれを叶えるため、この扉の実体化と扉を開ける。この二つを同時にしなければならない。そして精神エネルギーにコンタクトするためには、同じく精神エネルギーでぶつけなければならない。そのために、扉を開けるエネルギーとしてのAf、そして扉を実体化させるためのこの大剣。デザイアソードを開発した。Afは使い手の精神に応じてテキストが現れるカード。その使い手の精神エネルギーを僅かずつだが吸い上げるキャパシタのようなもの。そしてデザイアソードは扉に近い波長の精神エネルギーのみを吸収し、共鳴させることで扉を出現させ続ける錨。しかしそれらを私自ら、地道にエネルギーを集めるのはよろしくない。何故なら扉に封じ込めたものがいるとなれば、我々の存在が知られれば妨害する人間が現れるのも当然だ。だからこそ都合の良い傀儡が必要であり、白羽の矢が立ったのが偶然見かけた雨野宮陽太郎と、生元亮太だった」
「姉さん……」
「おい、無茶するな!」
恭介の制止を振り払い、亮太は一人で立つ。激しい暴行の痛みに耐えながら、腫れた目で血のつながった姉を見据える。しかし、彼女はまるで何も見なかったかのように話を続ける。
「雨野宮陽太郎は簡単だ。大きな力が手に入るなどと唆せば良い。こいつにAfをばら撒かせ、そして回収をさせた。本来ならば雨野宮陽太郎にデザイアソードを入手させ、そのまま扉を開けさせるつもりだった。ダークナイトと雨野宮陽太郎を戦わせ、雨野宮陽太郎に剣を入手させる予定は貴様らの介入で崩れた。お陰で私が出ざるをえなくなった。……そしてそのダークナイトの役割を担わせたのは生元亮太だ。偶然か、こいつの波長が扉の波長と近い。生元亮太にデザイアソードを持たせるだけで、目的は十分に果たされる。本人は私と会うために、という名目があれば面白いくらいに動いてくれた。動かす側としては愉快だが、見ている側としては不快だったがな」
「不快ってどういうことだ」
「鬱陶しい問答はご免だ。ハッキリ言ってやろう。私は生元亮太、貴様が嫌いだ」
それを聞いた亮太の体がぐらつく。倒れる寸前、恭介がかろうじて亮太を支える。
「幼い頃からそうだった。あろうことか私のホットスポットに対抗するオーバーズを身につけて、私を守るだの救うだの。頼んでもいないのに押し付ける。その小生意気なオーバーズさえなければ壊してやりたかった」
遠慮のない能力の行使、他者をモノのように扱う態度、相手に介入して支配するデッキ。薄々と気づいていたが、その三つから導かれるノーネームという人間の評価にもう迷いはない。
「……やはりお前は」
「そうだ。私は私のホットスポットで苦しむ人間を見るのが好きだ。狂い悶える様を特等席でいつでも見られる。幼い頃、部屋で虫を痛めつけて殺したときから私はそれが楽しくて仕方が無かった! 人と人だけではない。自分と他者の間には常に支配するか、支配されるかしかない。そこに理解など必要ない。だが愚弟は私の邪魔をするどころか、よりにもよってこの私を哀れんだ目で見る。それが許せない。ようやく離れたと思えば、またこうして面と向かう必要が出た。プロフェッサーの命が無ければ殺しても良かった」
熱がこもった穏やかでないその言葉に、思わず鳥肌が立った。
あまりにも異なる道徳観に恐怖した。実の弟に暴行を加えたのはデザイアソードを奪う為だったのかもしれないが、きっとそこには殺意があったのだ。手酷い亮太の傷は、デザイアソードを奪うだけにしてはあまりにも多すぎる。それは流した血と腫れあがった患部が証明している。正気か、という言葉が口から出るのを堪え、飲み込んだ。ノーネームからすれば、これが正気なのだ。
分かり合えるはずがない。他者をここまでゴミのように扱う人間を、理解できるはずもない。
恭介は亮太を支えたまま表情を凍らせ、美咲は沸き上がる怒りと悲しみのやり場を見つけれず、顏を強張らせる。亮太は恭介に支えられたまま項垂れる。翔も怒りから呼吸が浅くなり、息をするのも苦しく感じる。ホットスポットも重なって、頭がねじ切れてしまいそうだ。下唇を強く噛み、余計な思考を遮る。
「それがAfの真相か?」
「そうだ」
「そりゃ懇切丁寧にどうも。やけに饒舌だけど、余裕だな。勝ったつもりになるのは早いぜ。いくらその扉が開いたとしても、また閉じて鍵をかければいい。お前を倒してな」
「余裕? これが余裕に見えるようならば、一つ訂正しよう。これは覚悟だ」
ノーネームがカードを引いた。ノーネームはそれを見る事も無く左手に加えると、右手を高く掲げた。それに呼応し、ノーネームのポケットからAf、陽太郎から奪ったAdv.Fが宙に浮かんで扉に溶け込んでいく。鈍い光を湛え、まるで扉そのものが拍動しているように見える。
「肉体が滅ぶか、精神が砕けるか。どちらにせよ、お前たちを生かして返すつもりはないという覚悟だ」
「……痺れるセリフじゃねーか。大概の男の子なら一度は言ってみたいセリフだ。ときめくぜ」
ノーネームは翔の言葉にうんとも言わず、どこか遠くを見つめる。
「プロフェッサー……。今や貴方が私をどう思っていたかなどどうでもいい。私を拾い、私に価値を与えてくれた貴方の為であれば、私は何をも恐れぬ覚悟を持ちます。貴方の為ならば私の持つすべてを捧げます。私は命を賭してでも、貴方の理想の正しさを証明する。そのためならばどのような手段であれ、勝利します」
ギシ、と鈍い音を繰り返しつつ、扉の内側から十本の黒い腕が力技でこじ開けようとする。もはや扉そのものにそれを阻む術は失われている。
「ゲートカウンターが二十二個乗ったこのカードをトラッシュすることで、デステニーゲートの効果、発動!」
その言葉と同時、扉から勢いよく飛び出した一本の腕がノーネームの心臓を背後から貫いた。
翔「……次回、『1i-盲信のタウミカル』」