31話 乱された未来
「亮太、しっかりしろ! 大丈夫か!」
顔に痣を作った亮太を覗き込み、恭介が声をかける。掠れたような声で何を返したかは分からなかったが、意識はなんとかあるようだ。
「いったい何がどうなってんだ」
翔からの連絡を受け、希さんは風見が搬入された病院へ向かった。外傷こそあれど、安静にしていればすぐに回復の見込みがあるようだ。
一方の恭介は帰りの道中で美咲を拾い、翔が示した陽太郎との決戦の地へ一足遅れでやってきていた。その途中、怪しい人影を追いかけてみれば、地面に伏せて倒れて動かない亮太の姿があった。
やや強引に恭介は亮太を担ぎ上げる。誰に殴られたのか、顔が腫れあがって意識が無い状態だ。他にも服で隠れているだけで外傷があるかもしれない。
「とりあえず救急車を呼ぶにしても、こんなとこからもっと安全なとこに移さなきゃな。すまん、力を貸してくれ!」
言葉を無くして立ち尽くした美咲に声をかけると、ハッとした表情を浮かべてこちらに駆け寄ってきた。亮太の腕をそれぞれの肩に回して担ぐ。
「姉さん……行かなきゃ……。翔君……」
蚊の鳴くような微かな声が、耳元で僅かに聞こえた。その意図が何かは汲み取ることが出来なかったが、何となく亮太には今向かうべきところがあると感じた。
「一旦翔の所に連れて行こう」
美咲は戸惑いつつも、首を縦に振った。得体のしれない、形容し難い心の
靄が、胸をざわつかせる。その正体を確かめに行かなければならない。
ノーネームのバトル場に現れたのはフーディンEX160/160。そして翔のバトル場にはキュウコンEX170/170、ベンチにヒノアラシ60/60。
スタンダードデッキはこれまで戦ってきたハーフデッキと違い、デッキの枚数が六十枚となる。そしてサイドの数も六枚。長期戦は避けられない。
ただでさえ陽太郎との対戦の直後で、体も心も疲弊している。集中力をかき集め、疲労霧消のオーバーズを発現させ、疲労しているということを麻痺させる他無い。
疲れてるけどそれがなんだってんだ。ふざけるなよ。亮太を、陽太郎を踏みにじったこの
仮面の女だけは絶対に倒さなくちゃならない。許すわけにはいかない。
「先攻は私だ。私はスタジアム『
魂縛の門』を発動」
地鳴りと共にノーネームの背後から真っ黒な巨大な門がせり上がってくる。奥行こそ「門」というだけあって薄いが、高さと幅は低く見積もっても六階以上の高さを持つビルのような大きさだ。ただその大きさから来る威圧感以上に、とてつもない悪寒がする。あまりにも感覚的で、何がどう、と分かる訳じゃない。ただ心の奥底から、「アレは開けてはいけない」と囁いてくる。
「デステニーゲートにゲートカウンターが二十二個乗ったとき、この門が完全に開ききる。この戦いは門を開ける為のただの儀式。それ以外に他ならない」
「ふざけんなよ、好き放題言いやがって」
「私は特殊エネルギー、『ミステリーエネルギー』をフーディンEXにセット。そしてサポート『アズサ』。山札からEXポケモンかたねポケモン三枚をベンチに出す。私はゲンガーEX(170/170)をベンチに。そしてグッズ『フーディンソウルリンク』をフーディンEXにセット。これで私の番は終了。それと同時にデステニーゲートの効果が発動」
ノーネームの宣言と共に、漆黒の門に一つ、青白い光が宿る。そしてほんの僅か、扉が重苦しい音を立てて開く。
「ポケモンチェックの度にこのカードにゲートカウンターを一つ乗せる」
つまりはターンごとに一つずつカウンターを乗せることに変わりはない。二十二ターン以内に決着をつければ良い。いくらスタンダードデッキとはいえ、そこまで長丁場になることは決して多くは無い。逸るな、と自分に言い聞かせてカードを引く。
「俺は手札の炎エネルギーをキュウコンEXにつける。サポート『ダイゴ』を発動。山札からサポートと基本エネルギーを一枚ずつ手札に加える。俺は鍛冶屋と炎エネルギーを選択。そしてキュウコンEXのワザ、フレアボーナス! 手札の炎エネルギーをトラッシュすることで山札から三枚カードを引く。これで俺の番は終わりだ」
ゲートカウンターがまた一つ点灯し、僅かに門が開く。焦るな、あれは戦術だ。こちらのペースを乱そうとするための罠だ。
「予想外にも随分と大人しい。そんなゆっくりしていては門が開ききってしまうぞ?」
「言ってろ。二十二ターンもお前を倒すのに必要ない!」
「フフ……。その威勢、いつまでもつかな? 私のターン。ベンチのゲンガーEXに超エネルギーをセット。そしてフーディンEXをバトル場からベンチに逃がす」
フーディンEXについているミステリーエネルギーは、このカードがついている超ポケモンの逃げるエネルギーを二つ減らす効果を持つ。フーディンEXの逃げるエネルギーは2、つまり0となってコストが無くベンチに戻っていく。
「サポート『N』をプレイ。互いのプレイヤーは手札を全て山札に戻し、シャッフル。その後互いにサイドの数だけカードを引く。折角の手札強化も徒労だな」
今お互いにサイドは六枚。ノーネームの手札は二枚から六枚に増えるが、俺の手札は八枚から六枚に。妨害をして時間を稼ぐつもりなのか。
「ゲンガーEXに手札のゲンガーソウルリンクをセット。そしてゲンガーEXで攻撃。シャドーアタック」
夜の暗さに溶け込んだゲンガーEXは、バトル場のキュウコンを通り抜けてベンチのヒノアラシ30/60に攻撃を与える。既にキュウコンEXは手札増強のためのカードであることが見透かされてしまっている。嫌がらせをしてじわじわこちらを削ってくる相手であるなら、ノーネームの言う通りゆっくりやっていられなくなる。
「私の番が終わると同時、ゲートカウンターが一つ点灯」
ノーネームが使うカードは搦め手の多い超タイプ。スローペースになればなるほど不利になるのは見えている。元よりのんびりする気はない。手札こそ減らされたが、引きは悪くない。一気に畳みかける。
「行くぞ。まずはヒノアラシをマグマラシに進化。そしてグッズ『シンカソーダ』を使う。ベンチのマグマラシをバクフーン(120/150)に進化させる! さらに手札の炎エネルギーをバクフーンにつけ、バトル場のキュウコンについている炎エネルギーをトラッシュしてバクフーンと入れ替える」
前の番にフレアボーナスでトラッシュしたのに加え、これでトラッシュにある炎エネルギーは二枚。
「サポート『鍛冶屋』。トラッシュの炎エネルギー二枚を自分の炎ポケモンにつける。バクフーンを選択。そしてボルケニオンEX180/180をベンチに出す」
ボルケニオンEXの特性で、炎ポケモンのワザを強化できる。が、対象はたねポケモンのみ。二進化ポケモンのバクフーンではその恩恵を受けられない。ただ、手札に温存したまま相手の妨害を受けるわけにはいかない。ここで出せるだけ出し切っておく。
「バトル! バクフーンで大噴火。このワザの宣言時、山札を上から五枚トラッシュ。このワザの威力は、トラッシュしたカードに含まれるエネルギー一枚につき80ダメージだ」
トラッシュしたのは順に炎エネルギー、プラターヌ博士、マグマラシ、バーニングエネルギー、ハイパーボール。エネルギーは二枚、よって80×2=160ダメージ。
バクフーンの背中の炎が一気に膨れ上がり、ゲンガーEX10/170を飲み込む。あと一枚エネルギーをトラッシュすれば倒せた。それでもデッキのエネルギーの構成比はおおよそ25%程、二枚出ただけでも期待値は超えている。
「ゲートカウンターは一つ点灯する」
「残念だがこのペースだと到底二十二個は乗りそうにねーな」
「翔!」
ノーネームが先に何か答える前に、背後から聞きなじみのある声が響く。振り返ると、顔に痣を作って満身創痍の亮太を抱えた恭介と美咲の姿。
「おい、あれはなんだ」
「亮太! やはりノーネームか!」
お互いに聞きたいことが山ほどあり過ぎて、会話がすれ違う。その間を割るように、亮太が恭介の肩に手を置いたまま、自力で立ちノーネームを見据える。
「姉さん……、どうして」
その場にいた三人が亮太の視線を追って、ノーネームを見つめる。ノーネームはやれやれ、と肩を竦めると仮面に手をかける。それを見た翔が、自分で理解するよりも先に声を張り上げる。
「マズイ、下がれ!」
叫んだと同時に、痺れるような痛みが頭を走り抜ける。ノーネームが亮太の姉、新開叶恵であるというのであればその能力はホットスポット。周囲数メートル以内にいる人間は軽いパニック症状や頭痛を引き起こす。過去に亮太が提供した情報に違わず、ズキズキと頭が痛む。視界の端で亮太と亮太を抱えた恭介が有効範囲内に取り残され、頭が揺さぶられたかのようにバランスを崩した。地面に倒れかけた二人を美咲が支え、なんとか能力の影響外へ逃れる。
「翔、大丈夫か!」
「お前らの方が大丈夫かよ!」
そんなつもりはないのに、思わず怒声が飛び出しそうになる。と思えば涙が出そうになってくる。感情のコントロールが効かない。理屈じゃない、ただただ分からないが頭の中が混乱する。無理に意識を集中させようとすると、今度は原因不明の頭痛が襲い掛かる。集中力を練れなくて、オーバーズを維持できない。揺れる視界の中、十時の方向に倒れ伏したままの陽太郎が見えた。しまった、陽太郎もまだホットスポットの有効範囲に。
「それより頼む、陽太郎も助けてやってくれ」
「あ、ああ」
「そっちは私がやります」
亮太を抱えたままの恭介が動こうとしたが、それを見た美咲が無理を強いて陽太郎を介抱する。ノーネームは妨害をするわけでもなく、ただその様子をじっと見ていた。関心が無い、というわけではなく、純粋に不思議そうにそれを眺めていただけだ。
「なぜ助ける? あれは敵だっただろう」
嫌味ではない、というのが声音から汲み取れる。ノーネームは純粋に疑問に思っている。
「敵とかそんなことどうでもいい。今の敵はお前だ。陽太郎は味方とは言えないが、死力を尽くして正面からぶつかりあった
強敵(とも)だ。むしろ見捨てる理由なんてものはない!」
「……理解に苦しむ。これまであんなに敵対しておきながら、状況が変われば助ける。何故だ? 私には分からない」
皮肉でもなんでもなく、ノーネームは理解していないのだろう。翔からすれば、彼女がそれを理解出来ないことが理解出来ない。敵や味方と必ず分別する必要も無ければ、仮に敵であれ人を見捨てることは出来ない。その一般的な道徳観が欠落しているのかもしれない。
「陽太郎とは戦いの中でお互いの想いをぶつけ合った。俺たちは少しでもお互いを理解しあうことが出来た。……俺たちはほんのちょっと出会い方や運が悪かっただけで、心底憎んだり目の敵にする相手じゃない。それに人を助けることに理由はいらない!」
「成る程。……理解した。やはり私はお前が嫌いだ」
「何だって?」
「この戦いはあくまでこの門を開くための儀式。そのためなら相手はお前でなくても構わない。例えば生元亮太でも良い。それでもお前を対戦相手と選んだ理由はただ一つ。私はお前のことが心底嫌いだからだ。誰とでも理解し合えると考え、それが最も優れたものだと思っているその自惚れが私は許せない」
仮面をはぎ取ったノーネームから伺える表情は、熾烈という言葉がふさわしいほどにどこまでも鬼気迫るものだ。その目に宿った憤怒の炎は静まる気配を見せず、より苛烈に燃え上がろうとしている。
「そんな理由で自分の弟に手を出したっていうのか。俺と戦う為だけにこんな痣だらけにしたってのか!」
翔の怒号はまさに火に油。新開叶恵の、いや、ノーネームの迸った憤怒は飛び火する。
「そこにくたばる愚弟。私はこいつも嫌いだ。私のことを何も知らない癖に、さも自分だけは理解者ぶって私に執着する。そこに目を付けて利用してきたが、もうこの剣を回収した以上、もう利用価値は無い」
その言葉の衝撃が衝動を上回り、翔は言葉を失った。今までそれなりにはいろんな人間と関わってきたが、こんなにも悪意と敵意を剥き出した人間は初めてだ。今のままでは何を言ってもお互いに平行線を行くどころか、更なる怒りを刺激するだけになってしまう。悔しいが、自分が思っていることの正しさを示すためには、言葉だけでは難しい状況もあると認めざるを得ない。力で示さなければ、ノーネームに声は届かない。そしてノーネームもまた、自分の正当性を示すために力を振るおうとしている。
「私のターン。手札からサポート『フラダリ』をプレイ。相手ベンチポケモン一匹をバトル場に引きずり出す。ボルケニオンEXを選択」
足元に現れたワームホールに吸い込まれたバクフーンとボルケニオンEXは、場所を入れ替えて再び現れる。すなわち、バクフーンがベンチに戻ってボルケニオンEXを無理やりバトル場に引きずり出された。
「そしてフーディンをメガフーディンEXにメガシンカさせる。そしてメガシンカに成功する前、フーディンEXの特性『スプーン曲げ』が発動。相手バトルポケモンにダメカンを二つ、ベンチポケモンにダメカンを三つ乗せる」
白い光に包まれたフーディンEXが、進化前に曲げたスプーンを鋭い弾丸のようにボルケニオンEX160/180とバクフーン90/150に飛ばす。その間にフーディンEXはメガフーディンEX210/210へと進化する。
「我々が作り上げたデステニーゲートの真の力、見せてやろう」
「我々、だと?」
「手札からグッズ『
究極の退行』をプレイ。ゲートカウンターを四つ取り除き、相手のベンチポケモンをたねポケモンになるまで退化させる。対象はバクフーン」
「くっ!」
剥がされた進化ポケモン、マグマラシとバクフーンは山札に戻され、肝心のヒノアラシ0/60は最大HPが減ったことでHPが尽きてしまう。
「まだだ。
究極の退行で剥がしたポケモンの数だけ、ゲートカウンターをつけ直す。そしてヒノアラシが気絶したことでサイドを引き、デステニーゲートの第二の効果発動。サイドを引く度、デステニーゲートにゲートカウンターを二つ乗せる」
ゲートカウンターが四個から0個に、そしてすぐさま四個に戻る。やはりカウンターは時間経過以外でもいくらでも増減する。でなければ22個という条件は厳しすぎる。
「グッズ『
鎖無き刻限』をプレイ。その効果でスタジアムにゲートカウンターを五つ乗せる。さらにボルケニオンEXを対象に、ゲートカウンターを三つ取り除きグッズ『
欠落する情動』をプレイ。手札のダブル無色エネルギーをゲンガーEXにセットし、メガシンカだ」
ゲンガーの額に色の異なる第三の目が現れ、浮いていた体が地と交わりメガゲンガーEX60/220へと進化する。夜に溶けるような深い闇が形を得て狂ったように笑いだす。
「メガゲンガーEXのワザ、ファントムゲートは相手のワザを選択してこのポケモンのワザとして発動する。私はボルカニックヒートを選択」
メガゲンガーEXが影に潜り込むと、深い紫色のボルケニオンEXに擬態して再び現れる。背のリングを接続し、鬼火のような炎がボルケニオンEX30/180に襲い掛かる。
ボルカニックヒートは威力が130だが、次の番ワザが使えなくなる。メガゲンガーEXの残りHPも僅か。ノーネームの手札も尽きた。絶好のチャンスだ。
ノーネームの番が終わり、ゲートカウンターが一つ増える。これで今のゲートカウンターは七つ。気がかりなのはノーネームが使った『
欠落する情動』の効果が分からない事だ。ボルケニオンに何かを仕掛けたはずだが、その兆候が見えてこない。ここは無難にベンチに下げるしかない。
「グッズ『ポケモン入れ替え』を使い、ボルケニオンEXをベンチに下げてキュウコンEXをバトル場に出す。そしてキュウコンEXにダブル無色エネルギーをつける。そして手札のシェイミEXをベンチに出す」
スカイフォルムのシェイミEX110/110がベンチに降り立ち、夜の公園の中で草木を揺らすそよ風を巻き起こす。
「シェイミEXをベンチに出したとき、特性のセットアップが効果を発動する。手札が六枚になるようにカードを引く」
今の手札は0枚。よって六枚一気にカードを引く。悪くない、良いカードだ。
「サポート『ニンジャごっこ』を発動する。自分の場のたねポケモンを選択し、山札のたねポケモンと入れ替える。俺はキュウコンEXを山札に戻し、バクーダEX(180/180)と入れ替える。この時、エネルギーやダメカンなどの状態は全て引き継ぐ」
キュウコンEXには炎エネルギーが二枚、ダブル無色エネルギーが一枚ついていた。それらをバクーダEXが引き継ぐことで、炎炎無無の四つのエネルギーが必要な大技、爆噴射が使える。爆噴射は場にある炎エネルギーを任意の数トラッシュすることで、その枚数×50ダメージを与えることができる。さらにベンチのボルケニオンEXの特性で、炎タイプのたねポケモンのワザの威力を+30できる。そうすれば炎エネルギーを一枚トラッシュするだけで50×1+30=80ダメージ。残りHPが60のメガゲンガーEXを倒せる。
「ボルケニオンEXの特性、スチームアップ発動!」
「フフ……。
欠落する情動の効果、確かめるがいい。この効果の対象になったボルケニオンEXの特性は、『自分のバトルポケモンのエネルギーを一枚トラッシュする。この特性は自分の番に一度だけ使える』に変更される」
「なっ、何だって!」
「馬鹿な、翔のポケモンの特性が上書きされたのか!?」
「そ、そんな。これじゃあ翔さんのバクーダEXがワザを使えない!」
美咲が言う通り、エネルギーが一枚欠ければ爆噴射が使えない。違う、そうじゃない。考えればボルケニオンEXの特性を使わずとも、メガゲンガーEXを倒す方法は三通りはあった。たとえば爆噴射でトラッシュするエネルギーを一枚増やせば、50×2=100ダメージを叩きだすことが出来る。
言い訳にしかならないのは分かっている。それでもノーネームの能力、ホットスポットのせいでまともに集中することが出来ない。気を抜けば意味もなく喜怒哀楽が頭の中で混乱してしまって思考が壊れるかもしれない。かといってホットスポットに惑わされないようにしようと意識を強く持てば持つほど、カードに思考を回すことが出来ない。オーバーズを発現させる余裕も、コモンソウルでノーネームの気持ちを掴むことすら敵わない。
「素で仮面を外した私のホットスポットにここまで抗っている人間はそう多くない。だがボロが出たな」
初めてノーネームが笑みを浮かべた。その瞬間、コモンソウルを経てノーネームの感情が僅かに流れてくる。
ノーネームは喜んでいる。何に喜んでいるか。おそらく、自分の能力で俺を屈服させたことに喜んでいる。
何か、何かが変だ。亮太は幼少期の姉のことを能力のせいで一人ぼっちになり苦しんでいたと言っていた。しかし目の前の本人は逆に自らの能力に喜びを感じている。決定的に何かがズレている。この違和の正体を掴まなければいけないが、まずは目の前の窮地を乗り越えないといけない。
「だったらバクーダEXにポケモンの道具『闘魂のまわし』を装着! たねポケモンのHPを40、ワザの威力を10アップする。バクーダEXで攻撃、ローリングアタック! このワザはコイントスの結果で威力が変動する」
コイントスの結果はオモテ。これで基礎威力30に、さらに30追加ダメージ、闘魂のまわしと合わせると30+30+10=70ダメージだ。バクーダEX220/220がその巨体でメガゲンガーEX0/220に突進攻撃をかます。運次第ではあったが、相手のワザをコピーする厄介なメガゲンガーEXを撃破した。
「悪いな! 一瞬相当肝を冷やしたけど、結果は一緒だったようだぜ。サイドを二枚引いて俺の番は終わりだ」
「運が良かっただけのこと。強がるな! 私はメガフーディンEXをバトル場に出す。プレイヤーがサイドを引いたことで、デステニーゲートにカウンターが二つ。そしてポケモンチェックに入ったことでさらにもう一つカウンターを乗せる」
「翔がサイドを引いてもカウンターが増えるのかよ」
恭介が震えた声で言い漏らす。これでゲートカウンターは十個、門が開くという二十二個までおよそ半分。とはいえ、一切気を抜けない。手札0枚のノーネームが何を引くかで、戦況はまだいくらでも変わる。
「私のターン。サポート『プラターヌ博士』をプレイ」
「そんな……! 一気にノーネームの手札が」
「プラターヌ博士は手札を全て捨てた後、手札を七枚になるまで引くカード。……この土壇場で引き寄せるなんてマジに悪夢だな」
悪夢とは中々に洒落た表現だ、と翔はその声を聞きながら思った。夢なら醒めて欲しいもんだ。メガゲンガーEXを失ったとはいえ、運気も流れも未だ完全にノーネームが握っていて、しがみつくことがやっとだ。この高い壁を、ノーネームの背後に控える巨大な扉を崩す隙が未だに欠片も見つけられない。
「まずはゲートカウンターを三つ取り除き、グッズ『
見えずとも在るもの』を、バクーダEXにセットされた闘魂のまわしを対象にプレイ。対象となったポケモンの道具の効果は、『このカードをつけているポケモンが与える技のダメージを「-20」する』、になる」
「ま、また翔のカードの効果を上書きしやがった!」
闘魂のまわしの効果が変わったことで、HPを増加する効果も失った。バクーダEXのHPは180/180へと戻る。ここで翔は確信をした。ノーネームのデッキは相手のカードを上書きするカードによって支えられた、特殊な妨害デッキ。ゲートカウンターを消費するとはいえ、妨害カードを使わせないことは難しい。となれば妨害カードを使われた後、どう対処するかが鍵になりそうだ。
「さらにゲートカウンターを二つ取り除き、グッズ『
押し寄せる想起との対敵』をプレイ。トラッシュのグッズを一枚手札に加える。そのカードをこの番にプレイしなかった場合、そのカードを自分の番の終わりにトラッシュする。私が選択するのは
鎖無き刻限。そして手札に加えた
鎖無き刻限をプレイ。ゲートカウンターを五つ乗せる」
最初に三つ、次に二つカウンターを減らしたが、五つ増やしてプラスマイナス0だ。自分に有利な効果を得る為に、カウンターを減らして相手を妨害する。そして別の方法でカウンターを増やして本来の目的を達成する。あまりにも展開が目まぐるしい。
カウンターを用いた戦術、頑なに相手を寄せ付けないスタイルは、ダークナイトの頃の亮太と相違ない。しかし拒絶一辺倒だったあの時の亮太とノーネームには根本的な違いがある。相手のカード効果を書き換える効果は、相手の感情を暴走させる本人の能力にどこか近しいものがある。
あえて言うならば、支配だ。相手の自由を奪い、支配する。ノーネームのカードを評するのであれば、支配欲という言葉が最も近しいものになる。
不敵にカードを構えるノーネームに、対抗する術を見つけなければいけない。
扉が開くまでの限られたタイムリミットに、こちらの動きを縛る妨害カード。さらにメガシンカポケモンと、課題は泣けるくらいに山積みだ。だからといって手放しには出来ない。この勝負、簡単に負けてやるわけにはいかない。
恭介「くそ、あの門をどうにかしねえとどうしようもねえ!」
美咲「翔さんのカードがほとんどマイナスの効果にされてしまいます」
ノーネーム「人と人との関係に横並びなどない。支配するか、されるか。ただそれだけだ」
翔 「次回、『理解無き二人』。あんた、本気でそう言ってるのか!」