30話 勝負の世界で
山札からカードが引けなくなれば、俺は負ける。残り山札が一枚の俺は、次の番の初めに引くカードが最後のカードになる。仮に何らかの手段で山札を増やしたとしても、次の番の陽太郎のゲッコウガの攻撃に耐えられない。万が一ワザを耐えれても水手裏剣と巨大水手裏剣の二段階攻撃を凌ぐことが出来ない。つまり、次の番で勝負を決めなければ確実に負けてしまう。
無論、陽太郎も必死だ。浮ついた口調と態度と違ってやることは徹底的に堅実だ。六年前では余裕があると胡坐をかいて失敗したり、一度劣勢に立たされると崩れてしっていた。しかし今、そんな様子は微塵もない。この勝負を勝つために全身全霊で俺にぶつかってきている。
フィリンダムを軸として作り上げた鉄壁なシステムと戦略。手札、山札を削って相手の行動を抑え、自分のポケモンの攻撃と防御の二両面を高めることが出来る。それでいてエネルギー補充やカード補充にも事欠かない。ありとあらゆることを想定し、何をやっても勝てないと相手を屈服させるためのもはや一つの要塞だ。
普通なら打つ手がないようなピンチだ。ここまでされれば勝負を諦めたくもなるだろう。もはややるだけ時間の無駄、そう考えるのも仕方がない。でもだからこそ笑えてくる。
「何へらへら笑ってやがる」
「いいじゃん、最高に燃えてくるじゃないか! 勝つか負けるかの瀬戸際。まさに命を燃やしてる、生きてるって感じがしてさ!」
「勝つか負けるか? まだ分かっていないようだな。もう詰みなんだよ、何をしてもオレのこのフィリンダムを突破する方法は無い」
「いいや! 案外そうでもないぜ。確率はほぼ五十パーセント。二つに一つだ」
ウラ向けのままのサイド一枚と、残された一枚の山札。このどちらかに勝利を引き寄せる起死回生に一枚が眠っている。
「オイオイ、今更ハッタリなんざ通用しねえ。そう吠えるのは余計惨めになるぞ? オレは一向にかまわないけどなァ」
「試してみるか」
その一言で、陽太郎の感情がぐらつく。翔のブレない表情に、陽太郎は疑り深くなってしまう。虚言に違いない。そんなことあるはずがない。でも万が一、億が一があるのか?
己の実力は自分が一番よく知っている。あの時はAdv.Fも無く分身のデッキだったが、風見雄大には手も足も出なかった。世の中には自分の遥か上を行く人間がいることは痛い知っている。だからこそ、勝つために必死に足掻いて努力をした。持ちうる最高の戦略で奥村翔を迎え撃った。ここまで追い詰めて、なぜあそこまで不敵に笑っていられるか。陽太郎には理解出来ない。六年前のあの時もそうだ。あの時もピンチに追い込んだはずなのに不敵にあいつは笑っていた。それがどうしようもなく恐ろしくなり、結果を見る前に先に勝負から降りてしまったのだ。
翔は山札の最後の一枚に手を当てる。陽太郎は額から流れ落ちる汗も気に留めず、ただ願う。何も起きずに次の番に回れ、と。
「未来を変えるのは神でも仏でもなければ、誰か別の人でもない。いつだって俺自身だ! 俺の未来は俺のこの手で掴み取る!」
引き当てたカードに目を通す。コモンソウルのカード。これだ、見事一陽来復を引き寄せた。絶対無敵の摩天楼、Adv.Fフィリンダムの隙をつく、
独立不羈のタクティクス。その最後の一ピース!
「どうだ? 良いカードは引けたか?」
「ああ。お陰様でな。……今日ここに来るまで、とてもじゃないけど俺一人で辿り着くことは出来なかった。今からお前に見せるのは、俺一人では到達出来ない最後の一手だ。俺『たち』にしか生み出せない力で、お前を倒す」
「へえ、言うねェ! だったらご高説頂きたい。成人した割に少年漫画みたいに絆がどうだとかほざくのか!?」
「絆? じゃあ聞くぜ、陽太郎。絆ってのはなんだ」
思いもよらない返し刀に、陽太郎はたじろいだ。翔の問いかけに返す言葉が思いつかない。
「俺たちは絆なんて曖昧なものには縋らない。俺たちの力は信頼だ。他者に己の運命を委ねられる心の強さだ!」
陽太郎は翔の言葉に何も言うことが出来なかった。それどころか確かな正論だ、と反射的に心の奥底で認めてしまった。
陽太郎の分身を生み出す能力、ブランクアルターは翔の主張とは真逆の力だ。他者を信じない、自分の力だけで全てを行い、そうして何かを成し遂げる。それがために発現した分身の能力だった。
当たり前のことに「成人してから」気付いたのは陽太郎の方だ。普通の人間は当然分身など作れない。己の領分で出来ないことは、他者を信じて他者に委ねる。それが本来の人間の営みだ。ただそれだけを字面でなく、心で理解出来ていなかったのだ。
しかし今それを認めてしまう訳にはいかない。今ここでその主張に首を縦に振れば、陽太郎は自分の尊厳を取り戻すことが出来なくなってしまう。今日に至るまでたった独りで積み上げてきた努力の日々を、賽の河原の石塔のように再び崩されてしまうわけにはいかない。
だからこそ陽太郎は自身が生み出し、築いたこの摩天楼の力で信頼などというまやかしを吹き飛ばさねばならない。
「なあにが信頼だ。お前の考えてることなんざ百も承知だ! コモンソウルを使ってオレの手札のAdv.Fを奪う気だろ。Adv.Fを見せればフィリンダムの効果を全て使うことが出来る。そうやってオレに圧をかけようとしたんだろう。だが残念だったなあ、そんな鼻くそみたいな戦術が通るとでも思ってんのか! 手札からグッズ、『Adv.Fフェイカード』を発動。このカードは相手の番にも使うことが出来る。次のオレの番に、トラッシュのAdv.Fをランダムに一枚手札に加えられる。これでAdv.Fを使い切ってオレの手札はゼロ。逆転の一手もこうなってしまえばただの紙切れだ!」
これが最後の応酬だ。鬼兄弟戦やダークナイト戦で、コモンソウルが勝負の決め手となっていたことは陽太郎は知っている。だからこそここ一番、その手を封じるための会心の一手だ。
だが譲れないのは翔とて同じ。今日一日だけでも、陽太郎の分身を倒すために恭介、美咲、希、亮太の四人が助けてくれた。そして亮太は陽太郎の秘策を見抜き、風見の元に俺を向かわせてくれた。そして市村……さんが風見の居場所を探し当て、そこに送ってくれたばかりか傷ついた風見を介抱して俺に後を託してくれた。ここに辿り着いたのは決して俺一人の力ではない。だからこそ、この勝敗は俺一人の勝敗ではない。
Af事件に決着をつける。風見が受けた怪我の借りを返す。そして今もなお独りで戦い続ける陽太郎に、今度こそ俺は声をかける。
「流石は雨野宮陽太郎、まさかそこまで読んでいたとはな。だけどそんなことは関係ない。どうだっていいんだ」
「何?」
「何度だって言ってやる。たとえどんな障害があったとしても、未来は俺が掴み取る。グッズ『コモンソウル』! 俺はお前の手札を一枚引き、お前は俺の手札を一枚引く」
「バカな! オレからカードは引けないんだぞ!」
コモンソウルを使ったタイミングで翔の手札は一枚、陽太郎の手札は0枚。翔が指定した順番では、翔は陽太郎からカードを引けず、ただ陽太郎が翔の最後の一枚を引く。どう考えても翔が損をするカードの動きだ。
陽太郎は翔の行動を浅はかなプレイングミスだと嘲笑い、少し失望した。ここまで来て最後の最後に勝負に水を差す行動、なにかあるかと思ったがすぐに考えるのをやめた。翔から投げ渡されたカードを見るまでは。
「なっ」
翔が渡したカードはグッズ、Af追憶のコイントス。このカードは山札とサイド以外から手札に加わった場合、使わなければならないカードだ。そう、翔の手札から加えられたこのカードを、陽太郎がいくら拒もうと強制的に使わなくてはならない。
「完璧なシステムが築いた安全。それ故にお前は慢心し、考えることをやめた。目の前の敵のことも、自分自身のことも。現実から目を背ける事は簡単だ。だけどもう俺もお前も誤魔化して逃げることは出来ない。だからこそ言ってやる。ようやくお前を追い詰めた、ってな! さあ、安心って椅子から降りて来いよ。知略と度胸が織り成す、本当の勝負の世界にな!」
「ぐっ……! こんな手が!」
「どうした。陽太郎! 発動の宣言をしろっ!」
「くそっ……、くそおおおおっ!」
「少し形勢が悪くなったら決着を待たずに逃げるのか。あの日だってそうだ」
かつて翔と陽太郎が戦ったあの日、あの時もそうだ。翔が引いたカードで陽太郎にトドメを刺すには、コイントスで望んだ結果を出すしかなかった。しかし翔の不敵な笑みに恐れをなした陽太郎は、コイントスが始まるよりも前にノーゲームにした。
負けを嫌っていた割に、負ける事に慣れて怯えてしまっていたのは陽太郎だったのだ。
「結果に拘ると言うのなら、どんな結果であろうと逃げるな! 勝負をしろ、陽太郎ォ!」
胸に手を当てずとも、心臓の鼓動音が嫌になるほど聞こえてくる。体がその拍動に耐えられないほど、異常なまでに熱くなった体に血液が供給されていく。陽太郎は今、試されている。
オレはその辺の有象無象なんぞとは違う。オレは才覚の有る男だ。こんなカスに好き放題言われて、何ビビってんだ。やれば出来る。やっちまえ! そう、やるんだ!
それなのに体が動かない。記憶に残るのは数時間前の記憶。
『何の障害も無く自分が企てたプランが上手くいく。仮に不都合があっても祈れば奇跡が起こるはず。そんな安い想定しかしない相手に、この俺が負けるわけにはいかない』
分身体が風見に言われた言葉。背後から聞いていた時、分身が言われたことでオレには関係ないと思っていたはずだ。それなのに、異様なまでに脳に焼き付いて離れない。
オレよりも凄いヤツなんて飽きるほど見てきた。しかしそれは最初から自分より凄いヤツがいる、と知っての事だった。勝てないことは分かっていたから、いつの間にか陽太郎はそういう相手とは同じ土俵に立つことを避け、勝負から逃げていた。それでもオレは二番ではある。それにそいつでは出来ないことも出来る。そう思って傷ついた尊厳を守ってきた。
それが取り柄のないと思っていた奴に、ここまで追い詰められるとは。今ここで負けてしまえば、残り僅か、蝋燭の炎のような儚く小さな尊厳も消え失せてしまう。
奥村翔の決して逃がさないという強い意志を秘めた瞳。それが先を行っていたはずの陽太郎の足を捕らえた。風見雄大に植え付けられた敗北の記憶が陽太郎の腕を捕らえた。負けたくない、そんな恐怖が陽太郎の脳を捕らえた。まるで一歩も動けない。
それでいいのか? そもそもオレはなんでこんなところに立っている。失った尊厳を取り戻すため。何かで一番になり、今までのオレから生まれ変わる。何になるか、なんて決まっている。オレはオレになる。ただそれだけだ。奥村翔の言葉を借りるなら、オレの未来もオレが決める! やってやる、オレは出来るんだ!
「山札、サイド以外からこのカードを手札に加えた場合……、『Af追憶のコイントス』の効果を発動しなければならない。オレは場のポケモン、エネルギーのカード以外の枚数分コイントスをし、オモテの数だけ山札からカードを引く」
陽太郎の場にある対象のカードはAdv.Fフィリンダム、スカイスクエアー、フラッグリー、スクリーンカネーション、ウォークライト、ネオンフォール、クラウドール、アラートレンド、アテンショー、リプライドの計十枚。よって十回コイントスをしなければならない。陽太郎の残りのデッキは三枚、つまり三回以上オモテを出すとデッキが尽き、敗北してしまう。
生き残る確率はおよそ5%。フィリンダムを完璧なものとするために作り上げた最強の戦術がここに来て牙を剥く。あらゆる外敵を阻み、己に有利な布陣を作り続けてきたフィリンダムの完璧な安全を生み出す力には弱点もあった。それはカードの消費の激しさだ。
効果を発動するたびに、スカイスクエアーとフラッグリーの効果で山札のカードを二枚以上減っていく。さらにメガギャラドスEXのブラストガイザーの効果で更に二枚山札をトラッシュするなど、おおよそハーフデッキ向きではない「完璧だがタフではない」要塞だった。
その末路は確実性が無く頼りないコイン一枚に、その生き残りを賭さねばならない状況だ。しかしこのまま引き下がる訳にもいかない。陽太郎は手を伸ばす。
一度目のコイントス。ウラ。二度目もウラ。
コイントス、といっても実際にコインを投げているわけではない。デッキポケットのタッチパネルモニターで、コイントスボタンを押しているだけに過ぎない。それなのに、タッチパネルに伸びる手は緊張と興奮で震える。
三度目、オモテ。息が詰まる気分だ。それなのにこれまでに経験したことがないほど、興奮している。たかがコイントスで勝敗が分かたれる。ただそれだけだ。それだけなのに!
四度目、ウラ。五度目、ウラ。六度目、ウラ。息をするのも絶え絶えだ。それなのになぜか視界と思考はクリアで、これまでかかっていた鬱蒼とした心の靄も、今はどこにもない。
七度目、ウラ。八度目、オモテ。これで陽太郎の山札は残り一枚。あと一度でもオモテが出れば、陽太郎の勝ちの目は木っ端みじんに消えてなくなる。
九度目、ウラ。あと一回。あと一回だ。勝ちたい。何が何でも勝ちたい。オレは、負けたくない! 仮に今後負けたとしても構わない。今、この瞬間だけでいい。勝ちたい!
そして最後のコイントス。その結果は……ウラ。陽太郎は生き残った。生存確率5%の綱渡りを見事成し遂げた。声の限り叫び、両手で拳を作って空に吠えた。
「勝った! どうだ、生き残ってみせたぞオイ!」
勝った。そう確信したはずなのに、なぜ対峙する奥村翔は不敵な笑みを崩さない。あいつの手札は今や無くなった。もう打てる策は無いはずだ。それなのになぜ。
「そいつはどうかな。お前の生存確率は5%じゃない。0.1%だ!」
「はあ!? 気でも狂ったか」
「すぐにわかるさ! これが最後の攻撃だ。ヘルガーEXで攻撃、メルトホーン!」
角に炎を纏わせたヘルガーEXがゲッコウガBREAKの頭上を飛び越える。その標的は陽太郎本人の、デッキポケット。
「メルトホーンは相手の山札を二枚トラッシュする!」
「バカな! オレの山札は残り一枚……」
「そうだ。つまりお前が生き残るためには、さっきのコイントスで一度もオモテを出してはいけなかった。だから生存確率は1/1024、つまり約0.1%! 度胸だけでは乗り切れない。言っただろ、知略と度胸ってな!」
「く、ぐぐう……! バカな! こんな、こんなことが!」
リプライドによってつくられたお立ち台から、陽太郎が後ろに倒れる。それと同時に翔のデッキポケットのモニターにWINの三文字が表示され、虚妄で作られた摩天楼が消失していく。足場は徐々に降下していき、気付いた頃には先ほどの夜の自然公園に周囲が戻っていた。
成し遂げた。俺一人では決して勝てなかった。皆の力は勿論そうだが、市村が俺に厳しく言った言葉のお陰でやるべきことを見失わずに済んだ。あの時、市村が暗に「お前は今お前が出来る事をやれ」、と喝を入れてくれたからこそ怒りに囚われずに戦うことが出来た。
そして陽太郎を撃破した俺「たち」の力には、陽太郎自身の力も含まれている。陽太郎がフィリンダムを広げてくれなければ十度のコイントスをさせることも敵わなかった。今までの仲間にも。そして別に今まで仲間で無かった人にも助けられたから、感謝の気持ちでいっぱいだ。だからこそ、俺は陽太郎に声をかけなくてはいけない。
「俺は不器用で、そんな秀でたことがあるわけじゃない。だからこそなんでも出来るお前をすごいと思ってた。お前が努力していたのも知ってる。でも、今まで必死に努力していたお前が、自分自身を信じれずにその努力を見限った。誰かに与えられた、お前自身ではない力に胡坐をかいちまった」
「うるせえ……」
「自分のことを自分で諦めちまったら、悲しいだろ」
「うるせえ、うるせえうるせえうるせえ! お前に何が分かる! 何にも満たされない、何者にもなれない、そんなオレをよォ」
立ち上がった陽太郎が、翔の胸倉を掴む。依然鋭く切れ味に満ちた眼光だが、その中に既に闘志はない。胸倉を掴んでいない左腕は力無くだらりと下がり、これ以上がないと示していた。
「でもなあ、嫌いだったら努力なんて出来ないさ。……お前の才能は何でもこなすことでもなければ分身を作る能力でもない。……何でも好きになれること、それだったんだ」
それを聞き、陽太郎は翔を突き放して背を向ける。その肩は小刻みに揺れているように見えた。
「俺はお前と違うから、お前の苦しみは分からない。それにお前は見栄っ張りで意地っ張りだから、言葉で聞くのは難しい。だけどお前のカードや態度が雄弁に語ってくれた。お前の勝ちたいって気持ち、十分に伝わってきてたぜ」
「なんだよこれ……、負けた方が楽しいとか訳が分かんねえ。ああ……、つまんねェ」
今までにない感情が内から沸き上がり、陽太郎は困惑していた。勝つことでしか満たされないはずだった心はいつの間にか十全に満ち足りていた。
これまでに出会ってきた人間は、陽太郎の表層を少し触れただけで何も知らないくせに知った風に口を利く。それが常識だと感じていたし、それだけが世界の真実だと心に刻みつけられてしまった。しかし奥村翔は曲がりなりにも真正面から陽太郎と向き合い、その上で言葉を投げかけてくれた。
嬉しかったのだ。一瞬の結果だけでなく、その結果に至る因果と向き合ったあの眩い男と交えた一戦を。あいつの言う通り、人と人が真の理解を実現することは出来ないかもしれない。だとしてもその断片的な理解でこれほどまでに人は満たされる。
結果が全てだと嘯いてきた人間の末路としては、最高に笑える結果だ。自分でも自分が情けない。結局はただ認めて欲しいというワガママであったに過ぎなかった。その単純な事を自分が認めたくなかっただけだったのだ。これ以上つまらないことは無い。つまらなさ過ぎて、涙が出そうだ。
いつまでも子どものままではいられない。相手を認めるという行為の強さを身を持って体験した陽太郎は、それを学習した。いつか望んだ自分になるために。
「前言撤回しなくっちゃあな……。お前はオレよりも強い。オレが持っていないものを、確かにお前は持っていた」
陽太郎からまさかそんな言葉が出るとは、翔も予想外だった。少し顔が綻んだが、まだ全てが終わったわけではない。勝利の余韻を味わうのは後だ。
「聞かせてくれないか、お前の背後にいた協力者の正体を。誰が風見の居場所をお前に教えたんだ」
風見が大霧特殊技能研究所にいたことは翔達ですら把握していなかった。それなのに無関係の陽太郎がそこに現れたのは不自然だ。何者かが手を引いているのに違いない。そして手を引いているのなら、今までの事から考えられるのは間違いなく一人しかいない。
「ノーネームだ」
「ノーネーム?」
「お前らもダークナイトから聞いてるだろ。仮面をつけた女がいるってな」
やはり、亮太の時と同様仮面の女が絡んでいたのか。
「ノーネームっていうのか」
「それはオレが便宜上勝手につけた名前だ。一度もヤツから名乗りがあったことは無いからな」
「じゃあ何故ノーネームは風見の居場所を知っていたんだ」
「それは知らねえ。ただあいつはステルス機能を持った全身タイツを着込んでるから突然現れてくる。Afなんてカードを渡してきたのもあいつだ。あいつらは確実にとんでもない技術力を───」
陽太郎が言葉を言い切る前に、忽然と姿を現したノーネームが陽太郎の傍に現れ、強烈なパンチを鳩尾に一撃加える。
「……かっ」
「陽太郎っ!」
予期せぬ痛みに意識が朦朧とする。翔の叫び声が轟く中、ぐるぐると揺れる視界に鋭いミドルキックが腰を襲う。体が軽く浮き上がり、地面を何度も転がって木に激突する。
「あ……、ぐう」
「ステルス機能か……! クッソおお!」
感情のまま考え無しで突撃する翔に対し、ノーネームは虚空から大剣、デザイアソードを抜き取る。それを見た翔は足が止まる。アレは亮太が管理していたものだ。それなのに先ほどから亮太の姿が見えない事を考えればその因果は用意に帰着する。
「お、お前……。亮太をどうした」
上擦った声が静寂な公園に響く。ノーネームはそれに答えないまま左手を煽向きに倒れて動かない陽太郎の方向に向ける。
目を疑う光景だ。陽太郎のデッキが飛び出て宙に浮き、そのままノーネームの左手に収まる。まるでファンタジーかSF映画でも観ているのか? 現実離れした出来事とキャパシティを超えた怒りで、既に頭がどうにかなりそうだ。
「生元亮太も雨野宮陽太郎も、私の想像を下回る働きぶりでガッカリした。これでは私の立つ瀬が無いというもの」
「おい、ふざけんな。何を言ってるんだ」
ノーネームはデザイアソードを地面に突き立て、手にしたデッキを眺める。そしてそのうちいくつかのカードをまとめてその場で破り捨てた。風に流されていく陽太郎のギャラドスGXやゲッコウガのカードの残骸達。それを見て青天井に翔のボルテージが上がっていく。
「この……! やめろ!」
「だがその責任は私がこの身で引き受ける。貴様にも一度だけチャンスをやろう。私を止めたければカードで私を止めるがいい」
ノーネームはデザイアソードをバトルデバイスに変形させ、陽太郎から奪ったカードの一部と取り出したカードを混ぜ合わせ、デッキ置き場にセットした。枚数は明らかに三十枚を超えている。つまり、六十枚で戦うスタンダードデッキ。
まだノーネームから何一つ満足いく言葉を聞けていない。しかし、叩きつけられたのは見るも無残な現実と、戦うか否かの二択だけだ。
何が起きているのかも分からない。何を目的としているのかも分からない。それでも目の前で陽太郎が立ち上がれないくらいに暴行を受け、ここに戻らない亮太も何かされたに違いない。それに風見が襲われたのも、ノーネームが陽太郎を焚きつけたのが原因だ。
ここで引くわけにはいかない。亮太や陽太郎の心の弱みに付け込み、大切な仲間を酷い目に合わせたその元凶が目の前にいる。Afを追い求めて約二か月、その因果を終わらせる時は今しかない。
腰のデッキホルダーから、スタンダードデッキを取り出してデッキポケットに挿入されたハーフデッキと入れ替える。陽太郎戦を経ての心と体の疲労は、疲労霧散のオーバーズを発現させて掻き消した。
平然と人を傷つけて人を利用するヤツに、何が何でも負けるわけにはいかない。覚悟は出来た。
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。スタンダードデッキ』
翔「亮太が、陽太郎が一体何をしたって言うんだ!」
ノーネーム「そんなことに興味は無い。私は私が望む世界を手にする。
ありとあらゆる不安は全て、解消されなくてはならない」
翔「次回『乱された未来』。そんな自分勝手で誰かの未来を歪めるんじゃねえ!」