26話 破滅のブックマン
美咲、希、恭介らが戦いを始めるのとほぼ同時刻。翔と亮太の二人はK大の都内にあるキャンパスにいた。
他の三人はそれぞれ一人で赴いていたにも関わらず、翔達だけ二人というのも訳がある。依然風見家で打ち合わせをした日、風見が翔に耳打ちをした。
雨野宮陽太郎が生元亮太に対し、姉の情報を餌にして引き付けたり寝返らせようとするかもしれない。万が一そういうことがあれば、ストッパーの役を果たせ。と。
可能性はない、と言い切れない以上、ありえないことだと易々と捨てられない。そしてそうなった場合、止められることが出来るのは翔だけだ、と。つまり翔は亮太の監視役であった。おそらく亮太は既にそれを肌で感じている。翔と恭介に対しては先日、戦いの最中腹を割って話し合った仲ではあるが、亮太と風見とのつながりは薄い。そのぶん、信用されてはいないだろう、と。
そこはもう仕方が無い。とはいえ亮太としてもこれは誠実さを示す機会でもある。ここで役目を果たせば、風見からの態度が変わるかもしれない。いざ風見達が姉の情報を得たとしても、自分に信用がなければその情報を受け取ることはできない可能性があるからだ。
そのため亮太は自身が保持していたAfのほとんどを風見達に渡し、そのうち何枚かは翔達の手に渡って各々のデッキの強化に充てられた。さらにダークナイトとの決別として、翔達を苦しめたアンフォームドカードを全てデッキから取り除いた。この事件が始まる以前に亮太が使っていた、本来のデッキに近い形になった、と行きの電車で翔はそう聞いた。
亮太が信頼に応えようとしているのは、翔は十分に分かっている。そこまでしなくとも、と翔は話したが、亮太なりのけじめであった。
「ここに来るのも三回目だな……」
翔がポツリと漏らす。一回目は大学入試の際。自分の学力より上であるし、国公立志望であったためそこまで乗り気じゃなかったが、蜂谷亮(はちや りょう)という高校の同級生に無理やり誘われ記念受験。結果は、まあ二人とも不合格だった。その後蜂谷は一浪してK大に合格したが、俺と恭介は同じ国公立大に進学した。
そして二回目は割と最近。市村アキラと戦った時も、この大学の研究室に足を踏み入れた。いずれにせよどっちも良い記憶ではない。さらにこの三回目も、良い記憶にはなりそうに無い。
陽太郎に指定された記念館前に足を運ぶと、見覚えのあるそいつは今か今かと待ち構えていた。
「よお! 待ってたぜ。お前に宣戦布告をしてからもう二日か? この瞬間が待ち遠しかったぜ。しかしあのダークナイト様と二人で来るとは想定外だったな! オレに全勝しろって言われたのに、戦力としては申し分ないはずのダークナイト様が奥村翔と一緒って事は。アレだな? 信頼されてねえな? ウケる。それだけで米三杯はイケるねェ!」
「相変わらず余計な事まで喋る口だな。今回は文字通り黙るまで徹底的にぶっ潰すつもりだぜ」
頭がカッとなり、翔はついついその挑発に乗ってしまう。陽太郎はわざとらしく両手をあげ、驚いた素振りを見せる。
「おーおー、目付きも口調も怖い。一対二でリンチしに来た側が良く言うぜ。だがよォ、優しさが青天井に振りきれたオレはその挑戦にも乗ってやるぜ。来な!」
陽太郎がデッキポケットにデッキを差し込み、対戦の準備を整える。翔も後を追うようにデッキポケットを取り出すが、亮太が翔の左手首を掴む。
「待った。ここは僕が一人で相手をする」
「待てよ、俺はこいつに───」
「挑発に乗っちゃダメだ。確かに彼の言う通り、僕は信頼はされてないかもしれない。だけど今ここで僕をただ黙って信頼してくれないか?」
手首に込められた力は強い力ではない。振りほどこうとすれば簡単だ。しかし、強い意志を秘めた亮太の眼が言葉以上に嘆願する。あの時、俺と亮太の二人を苦しめたオッドアイ。能力精査と能力破断のオーバーズが、既に発現している。
亮太は黙って信頼してくれ、と言った。つまり何故一人で戦うかを聞いても答えてはくれないだろう。そこに何の意味があるのかは分からない。そこが翔の判断を鈍らせた。
因縁のある陽太郎をこの手で倒したい。だが、亮太の言葉以上に強い頼みを無下にも出来ない。今、俺にとって大切なのはなんだ? 私怨と信頼、一つ深呼吸をして冷静に考える。天秤に乗せるまでもない思案だ。最後に笑えるようになるのは、絶対に後者だ。
「分かった。俺はお前を信じる」
亮太は少し優しげな表情で、ありがとうと呟いて翔の手首を離した。身を翻し、亮太はデッキポケットを腰にセットする。
「聞こえた通り、君の相手は僕がする」
「なんだ? 一対二じゃないのか? 案外信頼されてないのは奥村翔、お前の方かもな! 足を引っ張られるのが嫌だってフラれてやがる。こいつは笑っちまうね!」
「もう一度言う。君の相手は僕一人だ。始めるぞ」
声を低くし、威圧するような口調で亮太が言う。ふざけていた陽太郎も、さすがにこれには驚いたのか。ニヤついた顔はそのままだが二人を煽るのを辞め、デッキポケットを構える。
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ』
「これでお互い、この対戦が終わるまでここから離れることは出来ない」
「それがどうした。今更怖気づいたって遅ぇな!」
「これが君の狙いなんだろう」
亮太がそう言い返すと、陽太郎の表情が変わった。終始余裕のあった陽太郎から、笑みが消えては真剣な顔つきになる。たまらず翔は口を挟む。
「どういうことだ?」
「翔君、彼の能力は三体の分身を出す、とそう本人から聞いていたんだよね?」
「ああ、そうだ」
「それはフェイクだ。彼の能力、三体どころか五体の分身が出せる。おそらく僕たちはハメられた。今四か所にいる彼は全員分身で、本体は別の所にいる可能性が高い」
「なっ、それじゃあなんで……」
確かに陽太郎からは自分の能力はこうである、という自己申告しか聞いていない。しかし亮太の能力精査のオーバーズであれば、陽太郎の意志に関わらず、陽太郎が持つ能力の詳細を得ることが出来る。信頼できるのは亮太の言だ。ならば何故俺たちをこうも離れた位置に分断したんだ? それが出来るなら、俺たちと陽太郎の分身総出で戦った方が人数的に陽太郎の方が有利になり、俺たちのAfを奪う算段もあっただろう。となると数の有利で俺たちを倒す訳ではないのだろうか。
待てよ。俺たち? Af? あるじゃないか。俺たちを一人ずつ倒すより、もっと簡単により多くのAfを一挙に手にする、まさに一網打尽な方法が。
「おい、まさかこいつの目的は」
「たぶん、そうだ。ここは僕が引き受ける。だから君は風見君の元へ」
今踏矢先生の研究所にいる風見は、調査用に貸し出ししていたAfを引き取るはずだ。更に風見自身が一番多くAfを持っている。それを合わせれば今風見が所有しているAfは二十、いや、三十枚はあるかもしれない。
俺たちをバラバラの場所に誘導したのは、追いかける時間を無くすため。確かに、風見が今日向かった研究所が埼玉県。そして俺たちがそれぞれ向かった場所は東京都港区、千葉県船橋市、神奈川県横浜市、神奈川県藤沢市。どの位置からでも車で行ったとして、最低一時間は必要だろう。
「くそっ、後は任せた!」
亮太の方を振り返らず、翔は走り出した。あの風見だ。だから何かあっても問題ない。そう思うが、ここまで面倒な用意をしてきた陽太郎が無策とは思えない。胸騒ぎがする。
「ハァ〜! 迂闊だったぜ。そういえばお前のオーバーズ、オレの能力が分かるんだったな」
「君が分身だってことも、分身が経験したことも本体は知覚出来ないってこともね」
それを聞き、陽太郎は右手を額に当てて小さく笑う。
「オイオイ、そこまで分かるのかよ。しかし見抜かれちゃあ仕方がねえな。良いぜ、置き去りにされた者同士遊んでいこうや!」
陽太郎のバトル場にはラティオスEX170/170、ベンチにはバチュル30/30。そして亮太のバトル場にはイベルタル130/130、ベンチにニューラ60/60が立ち並ぶ。
「元々タイミングさえあれば、オレはこの手でお前を潰す気でいたんだ。順番や巡りが変わっただけでオレとしちゃあテンション上がる対戦カードだ。先攻はこのオレが頂くぜ」
「ならばお望み通り全力で相手をさせてもらうよ。それとさっきの君の言葉、一つ訂正させてほしい。僕は置き去りにされたんじゃなくて、自ら
殿になったんだって」
「へぇそうかい。でもどっちだって知ったこっちゃねえなァ! 手札から特殊エネルギー、『ダブルドラゴンエネルギー』をラティオスEXにつける。ドラゴンタイプにしかつけられないが、全てのタイプのエネルギー二つ分として働く。そしてまずはグッズ『バトルコンプレッサー』発動。山札からカードを三枚までトラッシュする。オレがトラッシュするのはランプラー二枚とバケッチャ一枚。続いてグッズ『ハイパーボール』。手札を二枚捨て、山札のポケモンを一枚手札に加える。シェイミEXを手札に加えるぜ」
亮太はモニターをチェックする。雨野宮がハイパーボールの効果でトラッシュしたのはバチュルとバケッチャ。これで陽太郎のトラッシュにはランプラー、バケッチャ二枚ずつ、そしてバチュルが一枚存在することに。トラッシュされたポケモンはタイプも異なり、ランプラーに至っては一進化ポケモン。ハーフデッキでは同じ名前のカードは二枚までしか入れられない。このままではヒトモシがいても全てのランプラーがトラッシュにあるため、進化することが出来なくなる。何か狙いがありそうだ。
「そしてシェイミEX(110/110)をベンチに出すと同時、特性『セットアップ』が効果を発揮するぜ。こいつを手札からベンチに出したとき、オレは手札が六枚になるようにカードを引く」
「今の手札は、一枚」
「そう。つまりオレは五枚カードを引く。さらにポケモンの道具『ラティオスソウルリンク』をラティオスEXにつけ、戦闘だ」
「なっ、先攻一ターン目なのに!」
一番最初の番の先攻のプレイヤーは、本来ワザを使うことが出来ない。しかし、雨野宮のラティオスEXは既に戦闘態勢に入っている。
「ラティオスEXのワザ『ファストレイド』は、先攻一ターン目でも攻撃できる。まずはアドバンテージを一つ頂くぜ」
高速で旋回するラティオスEXの風圧に、イベルタル90/130は後方へ大きく押された。驚くのは効果もだが、いきなりの40ダメージ。イベルタルのHPが二桁にまで落ちてしまった。
「これでもダークナイトのデッキや戦法は研究させてもらってる。速攻でゴリゴリ押す悪ポケモンと、変則的な起動効果を持つアンフォームド。それで的を絞らせないのがテメエのやり口だってな。だからオレはさらに早く叩き潰すことに決めた。さあ、ガンマンみたく早撃ち勝負と洒落込もうぜ」
「僕の番。手札の悪エネルギーをイベルタルにつけ、グッズ『Afハイレートドロー』。手札のアブソルEXをトラッシュし、山札からカードを二枚引く。そしてグッズ『Af覆水蘇生』。トラッシュのEXポケモンをベンチに出し、山札の基本エネルギーをつける。僕はアブソルEX(170/170)をベンチに出し、山札の悪エネルギーをつける」
ダークナイトとして活動していた時から軸に据えていたこの速攻コンボ。だがそれだけではまだ速度が足りない。
「そしてグッズ『いたずらスコップ』を使う。僕か君の山札の一番上を確認し、元に戻すかトラッシュする。僕は自分の山札を確認する」
山札の一番上のカードは悪エネルギー。亮太はそれをトラッシュする。
「こちらもバトルだ。イベルタルでラティオスEXに攻撃、デスウイング」
広げた翼から放たれた光線が、ラティオスEX140/170を襲う。ワザの威力はたった30、本命はこの後の追加効果だ。
「デスウイングの効果により、トラッシュの悪エネルギーをベンチのアブソルEXにつける」
「へえ! このためにわざわざ自分の山札のカードをトラッシュしたわけか」
「スピードで僕に勝つ、と言ったお手並み、見せてもらうよ」
「はっ! いっちょ前に煽ってんじゃねえぜ。グッズ『ポケモン入れ替え』を使い、ラティオスEXをベンチに戻してバチュルをバトル場に出す。さらにダブル無色エネルギーをバチュルにつける」
大型ポケモンが引き返したと思えば、新たに出てきたのは小さな小さなバチュル30/30。とてもじゃないがイベルタルに向き合うポケモンではない。
「まだまだ! サポート発動。『Af破滅のブックマン』! このカードはトラッシュにあるカードを一枚選択し、同名カードとして扱う。オレが選ぶのはバケッチャ。つまりこのカードをバケッチャ(60/60)として扱い、ベンチに出す」
「サポートをポケモンにしてベンチに?」
前代未聞だ。確かに、古い世代の化石カードや身代わりロボのようなポケモンとして扱うグッズは過去にもあった。しかしサポートで、というのはなかなか記憶にない。
「さらにさらに! グッズ『ピーピーマックス』。山札の上から六枚確認し、その中に基本エネルギーがあれば、その一枚をベンチポケモンにつける。ん〜、オイオイ。あるじゃねえか。草エネルギーをAf破滅のブックマンもといバケッチャにつける。そしてバチュルでバトル。夜の行進。このワザはトラッシュの夜の行進を覚えているポケモンの数かける20ダメージを与える。オレのトラッシュには夜の行進を覚えているポケモンはバケッチャ二枚、バチュル一枚、ランプラー二枚の計五枚!」
これでバチュルのワザの威力は20×5=100ダメージ。雨野宮がこの前の番に、ポケモンを大量にトラッシュしていたのはこれのためだったのか。確かに早い。
バチュルの周りにトラッシュのポケモン達が亡霊のように透けて現れ、イベルタル0/130に襲い掛かる。まさにジャイアントキリング。小さなポケモンが遥かに大きいポケモンを撃破した。
「おっとォ? 悪気はないが先に一枚サイドを引いちまったなァ」
「……アブソルEXをバトル場に出す」
本人の宣言通り、早い。それだけでなくダメージ調整もピッタリだ。考えて作り込んだ戦略であることが伺える。
いいや、それがどうした。相手が何であれ、雨野宮の撃破は姉さんの手がかりに近付く一歩。そうとなれば相手が強くとも弱くとも、考え込まれた戦略だろうとそうでなかろうと関係ない。ただ目の前の敵を討つ、そのために亮太はデッキのカードを引き抜いた。
翔は来た道を逆走する。大学はまだ夏休み期間中とあって、人の数もまばらで邪魔になるような人の波も無い。だが、翔はふと歩みを止める。
よくよく考えれば、風見が今どこにいるのかが分からない。
悪い癖だ。熱くなるとすぐに考え無しになってしまう。恭介の場合は、やると決めたことに対しては一生懸命だ。しかし俺の場合はただの猪突猛進。幸いにも未だ大怪我には至っていないが、いつかは痛い目に合うかもしれない。そうなる前に直さなくては。
まずは手持ちの情報を整理する。風見は踏矢先生の研究所に行く、と言っていた。そしてそれが埼玉県の田舎の方である、とも言っていた。今大きな問題は二つ。場所が分からないこと、そして研究所の名前が分からない事。
手持ちのスマートデバイスで「踏矢研究所」と検索してみるが、ヒットは無し。踏矢先生の名前で検索すれば、踏矢先生が所属している大学のサイトばかりが出てくる。ダメだ、結局手がかりはないじゃないか。
翔達は自分達のグループチャットで必要に応じてGPS信号を出すことができるが、出していない信号を辿ることは出来ない。風見が仮に陽太郎と遭遇しても、おそらく自分で処理できると思ってGPS信号は送信しないだろう。
あの風見雄大だ。陽太郎の本体が風見を追いかけたところで、風見が負けるビジョンは見えない。それでも何故だか胸のざわつきが納まらない。
「どうすればいいんだ」
そう嘆いたその時、背後から見知った男の声がした。
「久しぶり、という程でもないかね」
「あんたは、市村アキラ」
振り返れば、顏を見知った仏頂面がそこにあった。分厚いフレームの眼鏡のブリッジを押し上げて、こちらの目を覗き込んでくる。
「まるでどうしてここに? という目をしているがそれはボクが問いたいね。ここはボクの所属する大学で研究室もここだ。君も以前来ただろう? なのに部外者の君は突然このキャンパスで走っては立ち止まって、不審な動きをしている。非常に目立つ」
市村の話していた内容は頭に入ってこなかったが、翔は瞬間的に閃いた。この苦境をひっくり返す最初で最後の好機。
「なあ、風見の居場所知ってるか? 今あいつがピンチ……? かもしれないんだ」
「居場所? さあ。それより何の話だい」
時間がないため、かなりかいつまんだ説明だけを市村に伝える。
「踏矢って人の研究所に行ってるはず。ってことしか分からないんだけど」
「とうや。ふむ、どういう字なのかい?」
「踏みつけるの踏む、に弓矢の矢で踏矢。でもそれで検索しても全然分からなくて」
翔が答えた途端、今まで微動だにしなかった市村は突如指をパチンと鳴らす。それと同時に目が大きく開いた。
「君も幸運だね。確かに名前で調べても出てこない。住所は知らないが、その場所の名前ならボクも知っているよ」
亮太が引いたのは新しく組み直したデッキに入れたキラーカード。先への備えは出来た。ならば今は臆さず攻める。
「ベンチのニューラをマニューラ(90/90)に進化させ、アブソルEXに悪エネルギーをつける。そしてアブソルEXで攻撃。ダークエッジ」
アブソルが角を振って放つ暗色の衝撃波が、バチュル0/30に100ダメージを与える。ワザを受けたポケモンの威力を次の番は20下げる追加効果もあったが、ワザを受けたバチュルが気絶した以上効果は不発に終わる。
「サイドを一枚引いて僕の番は終わりだ」
「オレはAf破滅のブックマンをバトル場に出す」
これでお互いにサイドは二枚。しかし、その状況は少し異なる。亮太のアブソルEXが気絶すれば、サイドを二枚引かれてその時点で雨野宮が勝利。対して雨野宮の場のバケッチャ扱いになっている、Af破滅のブックマンを倒しても、亮太はサイドを一枚しか引くことが出来ない。
EX主体の亮太を崩すために、EXでないポケモンでもコンスタントに高い火力を見せつける。これが雨野宮の言う速攻か。
「さあどんどん行くぜ! まずはAf破滅のブックマンをパンプジン(100/100)に進化させる。そしてここからパンプジンの真骨頂。特性『ビッグぼっちゃ』が効果を発揮する。パンプジンに草エネルギーがついている場合、このポケモンのHPは200になる」
パンプジン200/200の体が一回り大きくなり、HPバーも伸びて倍の数値に。しかしパンプジンは夜の行進を覚えておらず、火力としては速攻を謳う雨野宮のデッキにそぐわない。
「オイオイ! まさかこれで終わりだなんて寝ぼけた事考えてねえよな。まだまだこっからだ。サポート『ティエルノ』を使い山札からカードを三枚引く。そしてパンプジンに超エネルギーをつけ、スタジアム『次元の谷』を発動だ!」
周囲の風景が一瞬にして変わり、周囲に小島が浮遊する異空間に変化していく。このスタジアムがある限り、超ポケモンのワザに必要なエネルギーが無色エネルギー一つ分減る。つまりパンプジンのワザが使えるようになったというわけか。
「そしてベンチにひかるセレビィ(70/70)を出す。こいつがいる限り、オレの進化ポケモンは進化前のワザを使える。つまりパンプジンも進化前のワザ、夜の行進が使えるってことだ」
「君が勘違いしていることを一つ訂正しておく」
「あ?」
「確かに君の言う通り、ダークナイトとして活動していた僕のデッキは超速攻デッキだった。しかし今の僕はダークナイトを辞め、デッキも本来の形に戻した」
雨野宮はその言葉に眉を顰める。元の形に戻した、という事は今のデッキは超速攻デッキではない、と言いたいのだろう。
「それを今から見せてやる。この瞬間、手札からグッズ『ストレンジアトラクター』を発動」
「バカな! オレの番の最中だぞ!」
「このカードは相手の番に使うことが出来る。場の悪ポケモン一匹に、手札のフォーマダプトと名のつくポケモンの道具をつけることができる。僕はアブソルEXにこの効果を適用する! 我が空隙を埋める昏き影、フォーマダプト=ブッダブロ!」
アブソルEXそのものに変化はない。だが、アブソルEXの影が紫色に変色し、その輪郭に複雑な紋様が浮かび上がってくる。
「フォーマダプトは僕の番か、君の番かで効果が変わり、君の何かを一つ封じる。そして相手のバトルポケモンのタイプに応じ、フォーマダプトを使い分ける。フォーマダプト=ブッダブロの相手の番における効果発動。相手のバトルポケモンが超ポケモンのとき、このカードの効果は発揮され、相手のベンチポケモンの特性を無効にする!」
「オイオイオイオイ! テメエッ!」
雨野宮は舌打ちも忘れ、ただ茫然と元気を失うひかるセレビィの背を見るしかなかった。
パンプジン自身の特性でHPを増やし、ひかるセレビィで高火力の夜の行進を連打する。完璧な戦術のはずだった。が、こうもあっさりと手を封じられるとは。これが音に聞く世界チャンピオン葛桐大地の一番弟子、生元亮太の真の実力。雨野宮は汗ばむ背中をシャツで拭い、気を取り直す。
ブッダブロの効果を崩す方法はある。パンプジンを逃がし、別のポケモンに変えればいい。ブッタブロは雨野宮のバトルポケモンが超タイプの時にのみ効果を発揮する。ベンチのポケモンはドラゴンタイプのラティオスEX140/170、草タイプのひかるセレビィ70/70、無色タイプのシェイミEX110/110と選択肢はある。ただしどのポケモンもエネルギーがほとんどついておらず、アブソルEXに有効な一撃を与えられない。
パンプジンの本来のワザもある。ホラーノート、手札の数×10ダメージ。しかし今の雨野宮の手札はわずか二枚。このまま攻撃しても、アブソルEXは超タイプに抵抗力を持つため、10×2−20=0ダメージとなり、かすり傷すら与えられない。このままでいても、ベンチと入れ替えても、いずれにせよ雨野宮の描く超速攻というプランが崩れる最悪の形だ。
「クソッ、これしきの事、舐めんじゃあねえぜ! 手札からグッズ『Afリミットダウン』を発動。この効果で相手の場のカードの効果を、オレの番の終わりまで全て無効にする!」
場を攫うように白い風が走り抜け、アブソルEXの影の色と形が元に戻る。これでこの番においてはフォーマダプト=ブッダブロの効果を封じ切った。
「これでひかるセレビィの特性が有効だ! やれ、夜の行進!」
パンプジンの周りにバチュル、バケッチャ、ランプラーの影が現れてアブソルEXに襲い掛かる。
「オレの前の番にバチュルがトラッシュされたことで、ワザの威力はアップ!」
「しかしアブソルEXは超タイプのワザに抵抗力を持つ。カードの効果を無視しても、ポケモン本来が持つ基礎能力は無効にできない」
これでワザのダメージは20×6−20=100ダメージ。アブソルEX70/170になんとか有効な一打だ。
とにかく今この一時を凌ぐことは出来た。次の自分の番であのフォーマダプトを対策する方法を考えなくてはならない。雨野宮は鼻筋を伝う汗を払い、大きく舌打ちする。自分の立てた完璧なプランがあっという間に崩壊した。どうする。
「オレの番が終わったことでAfリミットダウンの効果は終了。お前の場のカード効果は元に戻る」
「さあ、行くよ。僕はベンチのマニューラの特性『引っぺがす』を使う。場のポケモンの道具を手札に戻す。僕はフォーマダプト=ブッダブロを手札に戻す。そしてポケモンの道具『アブソルソウルリンク』をアブソルEXにつける」
フォーマダプト=ブッダブロが手札に戻ったことで一時的に状況は良くなった、と息をつくのも束の間。亮太が手を緩めるはずもない。
「メガシンカか」
「光なき世界で、災禍を識る孤高の獣よ。顕現せよ! メガアブソルEX!」
アブソルEXの体毛が拡がり、まるで翼のような形を成す。メガアブソルEX110/210は、内から溢れ出る力のままに大きな雄叫びをあげるのだ。
「さらにもう一度マニューラの引っぺがす。メガアブソルEXのソウルリンクを手札に戻し、フォーマダプト=ブッダブロをメガアブソルEXにつける。さらにグッズ『スーパーポケモン回収』。コイントスをしてオモテなら、ポケモン一匹を手札に戻す。……オモテだ。それによりベンチのマニューラを手札に戻す」
これで亮太の場にはメガアブソルEX一匹だけ。ポケモンキャッチャーなどで相手に入れ替えさせないようにするための算段だ。
「そしてグッズ『カオス空隙』を発動してバトル。ディザスターウイング!」
翼のように広がる体毛を硬化させ、パンプジン200/200めがけて走り出す。
「まずはフォーマダプト=ブッダブロの効果が発動。僕の番で、相手のバトルポケモンが超タイプの時。ダメージ計算時、相手のバトルポケモンにかかっている効果は全て無くなる」
「オイオイオイオイ! 全然効果がちげえじゃねえか!」
これでパンプジン自身の特性、ビッグぼっちゃで増えていたHPが元に戻り、そのHPは100に戻る。
「続いてディザスターウイングの効果。相手の山札の一番上のカードをトラッシュする。そのカードがトレーナーズなら、80ダメージを追加する」
「くっ、このっ!」
雨野宮の山札の一番上のカードは次元の谷。スタジアムもトレーナーズの一種、つまり追加ダメージが発生する。
メガアブソルEXの硬化した翼と角の一撃が、パンプジン0/100に80+80=160ダメージを与え、一撃で気絶させられる。パンプジンが消えたのを確認し、亮太はサイドを一枚引く。雨野宮はラティオスEX140/170をバトル場に出すしか、もう手は無い。
雨野宮の山札はこれで残り僅か三枚。しかも、序盤にポケモンを大量にトラッシュしたのが祟り、山札にはもうエネルギーかトレーナーズしかなく、占める割合のほとんどトレーナーズしか残っていない。完璧だったはずの戦術が、逆に雨野宮自身に牙を剥くことに。
「くそっ! だがまだオレにもチャンスは残った! メガアブソルEXのHPは110。さらに頼みの綱のフォーマダプト=ブッダブロも、ドラゴンタイプのラティオスEXの前では役立たずだ」
「全力で相手をする、そう言った以上僕は手を抜かない。僕の番に使ったカオス空隙の効果が発動! ポケモンチェックのとき、僕のバトルポケモンについているポケモンの道具をトラッシュ。その後、手札のフォーマダプトをそのポケモンにつける。僕がつけるのはポケモンの道具『フォーマダプト=ヘイウェイ・ドラゴン』!」
メガアブソルEXの影が紫から金色に変化し、その紋様も形を変えていく。先ほどのことを思い返せば考えるまでも無い。アレはバトル場のポケモンがドラゴンタイプであるなら効果を発揮するフォーマダプトだろう。
「こんのっ……」
血眼になり余裕が無いのが自分でも分かる。分身体である自分にも制約はある。それはモノまで分身に与えることは出来ない。つまり、本体が持つデッキよりいくらかダウンサイズされたデッキを使っている。かといって負けていい理由にはならない。エネルギーを溜めこんだAfを集め、Afの真の力を解放する。そのためには奥村翔らやダークナイトらを倒す必要がどうしてもあった。そしてAfの真の力であのいけ好かない仮面の女、もとい「ノーネーム」を倒し、最も強いポケモンカードプレイヤーとして君臨する。それを果たすためには、ここで足踏みをしているわけにはいかない。
雨野宮が引いたカードは超エネルギー。残り手札僅か三枚だが、最後の攻勢をかける。
「ラティオスEXに超エネルギーをつけ、メガラティオスEXに進化させる。さあ、来い!」
ラティオスEXの翼が腕と一体となり、体の色が鮮やかな青から紫の色合いを帯びていき、メガラティオスEX190/220へとメガシンカを遂げる。
「ドラゴンタイプは圧倒的な力で相手を捻じ伏せるタイプ、お前のそのフォーマダプトとやらもぶち抜いてやるぜ! バトルだ。メガアブソルEXを対象に、ソニックエース! ワザの効果処理としてエネルギーを二つトラッシュしなければならない。オレはダブルドラゴンエネルギーをトラッシュ」
ソニックエースは相手のポケモン一匹に120ダメージ。ベンチポケモンも対象に出来るが、亮太の場にはメガアブソルEX110/210しかいない。これが決まれば雨野宮の勝ちだ。
地面スレスレの低空飛行で、メガラティオスEXがメガアブソルEXに向かって突撃する。しかし、メガアブソルEXの金色に光る影が動いては、メガラティオスEXの体を拘束する。
「何ィ!」
「僕のフォーマダプトは相手から何か一つを封じる。たとえばフォーマダプト=ブッダブロは超タイプのポケモンの自由を奪う。豊富な効果や特性で相手を惑わすのが超タイプ。ならばブッダブロは時にはベンチポケモンの特性を封じ、時には相手の有利な効果を打ち消す。そしてドラゴンタイプに対応するフォーマダプト=ヘイウェイ・ドラゴンは、鋭く敵を討つ竜のその牙をへし折る。フォーマダプト=ヘイウェイ・ドラゴン、相手の番における効果を発動! 相手がワザの効果でエネルギーをトラッシュしたとき、トラッシュした数かける20、受けるダメージを減らす」
「くっそがァ! 全部お見通しって訳かよ!」
メガラティオスEXがワザのコストでトラッシュしたエネルギーは二つ。よって、メガアブソルEXへのダメージは120−20×2=80で、メガアブソルEX30/210のHPを少しだが残してしまう。
「いや、少し違う。葛桐さんや風見雄大君なら、本当に相手の策を見透かすことが出来るかもしれない。でも僕がやっているのはあくまで予測と後出しじゃんけんだ。フォーマダプトは相手への牽制。相手がポケモンを変えて、フォーマダプトに対応しないタイプにすればそれでもいい。逃げるエネルギー消費などで相手に損害を与えられる。逃げなければ逃げないで、フォーマダプトの効果が適用される。読み合いを強要する一手ではあるけど、僕は相手の手を見てからまた次の行動に移れる。これが僕の本来のデッキ。相手の手を封じ、適切に『対処』する、シール&コントロールデッキ!」
追い込まれた。生元亮太のプレッシャーに思わずそう屈してしまうところだった。しかし、雨野宮はその決定的な穴に気付く。メガアブソルEXが持つワザはディザスターウイングのみ。仮に追加効果でダメージが増えても160ダメージ。HPが190/220のメガラティオスEXを倒すことは出来ない。それにディザスターウイングで山札を一枚トラッシュされようが、山札の残り枚数は後二枚。デッキ切れで負ける事も無い。
確かに巧妙な手に乗せられ、敗北のイメージを植え付けられた。しかし余裕がないのはむしろ向こうだ。怖気づく必要はない。いつものように構えればいい。
「言うねェ! だが相手を封じるだけでは勝てねえぜ」
「なら試してみるかい。僕は手札からサポート『やまおとこ』を発動。自分か相手の山札を上から五枚確認し、一枚だけ選ぶ。残りのカードをシャッフルし、選んだ一枚を山札の一番上に置く。勿論君の山札を見させてもらう」
これで山札にトレーナーズがある限り、確実にセットされるだろう。そうなればメガアブソルEXのワザの効果が確実に発揮される。だがそれでは致命傷止まりだ。
「そしてバトル。ディザスターウイング!」
再びメガアブソルEXが体毛を硬化させ、メガラティオスEXに向けて駆け出して跳躍する。
「ディザスターウイングの効果、相手の山札の一番上をトラッシュし、トレーナーズなら威力を80追加する」
雨野宮がトラッシュしたのはグッズ、ハイパーボール。トレーナーズカード。
「そして僕の番におけるフォーマダプト=ヘイウェイ・ドラゴンの効果発動! 相手のバトルポケモンがドラゴンタイプであるなら、最大HPが100を超える度に、与えるワザの威力を20加算する。これが屈強な龍の鱗を封じる一手だ!」
「100を超える度、だと? ざけんな、それじゃあ」
「そう。最大HP210のメガラティオスEXが受けるダメージは、計40ダメージ加算される」
ディザスターウイングの効果も併せ、受けるダメージは80+80+40=200ダメージ。メガアブソルEXの一撃を翼に受け、メガラティオスEX0/220はその場に浮くことも叶わず撃墜する。最後のサイドを引き、亮太が勝利を収めた。
「別に相手の動きを先読みしたり、ただ早く殴ればいいだけじゃない。相手の動きを一つ、そしてまた一つ制限するだけで、相手は好んで罠にもかかる」
亮太は蜘蛛のように糸を張り巡らせた、ただそれだけだ。ただそれだけが、強い効力を持つ。
「ああああああっ! くそっ、ぐ、くそおおっ!」
「有利なシチュエーションの元で勝つのは誰でもできる。不利なシチュエーションを覆す術を身につけるべきだったね」
こいつ、戦い慣れてやがる……! 雨野宮陽太郎は思い返す。いつだってそうだ。飲み込みは早いが、かならずどこかで頭打ちを食らう。それなりの何かにはなれるが、決まって彼の前には彼よりも優れた人間が現れるのだ。生元亮太が言う通り、雨野宮は自身の動きを知らぬ間にコントロールされていた。雨野宮の太刀が届いていたかのように見えていたのは、生元亮太が見事に作り出した影法師だった。
とはいえ、そういう自分も偽物の身。まるでなんかの皮肉だ、と虚しくも笑いたくなる。元々分身は本体のための足止め、時間稼ぎに過ぎない。本体はうまくいってるに違いない。それでも、この身が味わった屈辱だけは中和出来ないでいた。
フィールドが元の大学キャンパスに戻り、ポケモンが消えると共に雨野宮の分身も消えていく。一人きり残された亮太は、この事態を知らせようとチャットアプリを立ち上げる。先に何らかの異変に気付いた仲間たちのログを見て、亮太がその目で「見た」雨野宮の能力について話す。
気がかりなのは雨野宮は分身を五体作れると言っていた。四か所に散った雨野宮が偽物であるならば、本体と残り一体の分身はどこだ? 各個撃破は皆成し遂げてはいるようだが、どこまでが本体の策に嵌められているのか、気がかりで仕方がない。
しかし賽は既に投げられた。あとは仲間に託すしかない。……ついこの前まで、一人きりで戦っていた。それなのに今は役割を分担し、何かを託し支え合える仲間がいる。相変わらず嫌な予感はするが、きっとなんとか。そんな淡い期待を抱くことが出来ることに、自分のことながら不思議に感じるのだった。
翔 「風見なら大丈夫。そう言い聞かせているのに、何か嫌な予感がする。
間に合わないかもしれないが、せめて無事でいてくれ!」
雨野宮「やっと見つけたぜ。まさかこっちが本命だとは思っても無かっただろうよォ!」
風見 「次回、『試合の損切、勝負の利確』。俺の視界に入った以上、既に貴様に勝機は無い」