2話 人事を尽くせ
寂れた雑居ビルのとある一室。いかにも筋骨隆々といったタンクトップの男と、白いスーツを着たホストのような出で立ちの男の前で、目つきの悪い短髪の青年もとい山崎将司が座り込んでいる。
「すみませんっした! 折角もらったAfだったのに……」
「おいおい……。俺たちだってそんなに枚数持ってる訳じゃねーのによ。どうしてくれんだ」
タンクトップの男が、威嚇するように指を鳴らしながら平謝りする山崎を見下ろす。それを制するように白スーツが前に割って入る。
「いいや、兄貴。これは逆に考えればチャンスかもしんねえ。将司をやったヤツを泳がせておいておけばAfはどんどん集まってくるだろう。そこを一網打尽にするんだ」
「なるほど。災い転じて、ってやつだな。おい将司、顔はしっかり撮ってるんだろうな」
「は、はい! ちゃんと撮ってます。そいつのツレも一人しっかり押さえてます」
山崎はシャツの胸ポケットから二枚の写真を取り出すと、白スーツの男にそれを渡した。対戦中こっそりと撮影した、翔と恭介のアップの写真だ。それを横から見たタンクトップの男は低く唸るように笑う。
「あとは果報は寝て待てってやつだな」
八月四日。青空がめいっぱい広がる晴天に恵まれた今日。翔が借りたレンタカーに乗って風見、恭介、そして肩より少し長い茶色の髪を揺らす、翔の彼女の石川薫(いしかわ かおる)の四人は神奈川にまで遊びに来ていた。
「やっぱこの解放感は格別だぜ! メンツが四人しか集まらなかったのがちょい寂しいなあ」
「仕方ないだろ、拓哉はまだこっち戻ってきてないし他の奴らだって都合合わないんだから。それより言ってないで早く場所取りしてこい」
翔が恭介のケツを蹴りながらだだっ広い駐車場を抜ければ、弧を描くように広がる砂浜と、既にいる人たちの楽しそうな騒ぎ声、独特な潮の臭いが四人の五感に飛び込んでくる。
「実は俺は海に来るの初めてだ」
眼鏡型ウェアラブルを外した風見が海を眺めつつポツリと呟く。
「でも風見さんって小さい頃は北海道いたんでしょ? その時は海に来なかったの?」
翔たちとは同じ高校出身だが、歳は一個下の薫がトランクから荷物を降ろしながら尋ねる。
「いや、海が見えたことは勿論あるがこうして海を楽しみに来る前提では初めてなんだ」
「そうなんだ! あ、そうそう。この荷物は?」
薫が翔にトランクに詰まったコンロと大きな段ボールを指さして尋ねる。
「それは夜のバーベキュー用だから要る時まで置いといたままで大丈夫」
「じゃあこれだけだね」
「ああ、行くぜ!」
それから翔達はめいっぱい遊んだ。男三人に見られて少し恥ずかしがりながらも、ビキニ姿を披露する薫。翔がそれを褒めたおす事で薫の顔はより赤くなる。
波打ち際に押し寄せるやすぐ、ビーチバレーの人手が足りなくて困っていた知らない人たちに声を掛けられ、四人はそれに混ざることに。向こう三人とこちら四人で、好きなタイミングで控えとプレイヤーを交代しつつ戦うことになった。
最初は翔と風見ペアだったが、一発目から風見のへなちょこサーブがネットに突き刺さる。あまり運動が得意ではないが、下手に負けるのが嫌な風見であったが、元より無い体力で条件の悪い砂浜を駆けると、手が痛いやらバテたやらで交代を求める。
そして代わりに入った薫が、並レベルだった翔を圧倒的に凌駕する運動神経を見せ、最後は薫や恭介が意地でも相手のボールに喰らいつく獅子奮迅の活躍を見せた。
疲れてきたのを節目とし、昼食に海の家で買った焼きそばを食べながら談笑。続けて少し嫌がる風見を引きずって四人は泳ぎに向かう。好き放題泳ぐ恭介をよそに、翔と薫は泳ぎが苦手な風見の様子を見ていたが、間もなく海水を思いきり飲み込んですぐに陸に上がり、パラソルの元へ引き下がっていく。
そんな午後四時過ぎの事だった。休憩テントにトイレに向かう風見の元に、子供の怒号が響いてくる。
「ずるいぞそんなカード!」
海水浴場に隣接する公園の方からだ、そう思って振り向く風見の視線の先にはホログラムで描かれたポケモンの姿が映る。
もしかして、と嫌な予感がよぎる。半ズボンに入れた眼鏡型ウェアラブルを装着し、電源を入れる。
「Start "Add force searcher"」
音声に反応して、風見自身が自分でウェアラブルにインストールしたAfサーチャーが立ち上がる。Afから発せられる反応を検知し、図示したものが眼鏡越しに視界上に薄く表示される。
ドンピシャだ、正常値から外れた反応。他のカードとは異なり強いエネルギーをもったAfカードがそこにある。
傍にある階段を駆け上がり、公園の方へ向かう。泣いている子どもに背を向けて歩いている中学生か……、或いは小学生と思わしき少年。こいつが恐らくAfを持っているはずだ。
「君、Afを持っているな。そいつを寄越してもらおうか」
「……お兄さん誰? いきなり話しかけてきて寄越せってのはおかしくないかなぁ」
踵を返して嫌味な目で少年がこちらを睨み付ける。突然そんなことを言われれば誰だって訝しむ。しかし風見は事情が事情だけに、それを分かった上であえてこうして踏み込んでいく。
「君のもっているAfは非常に危険なカードだ。怪我人だって出ている。それは子供が持つべきカードじゃない」
「そんなこと知らないし、おかしくないかな。もっとフェアにいこうよ、ねえ。例えばさ、そこの子とやったみたいにレアカードを賭けるとかさあ。欲しいのならお金を払うなり交換したりそれなりの対価が必要でしょ?」
事例で聞いていたのと合致する。Af所有者はAfを手放すことを嫌い、なおかつ普段以上に好戦的であるという。まるで己の欲望を肥大化させたかのように。
そうであるからこそ、このアンティというのは非常に効率が良い。手間こそはかかるが、相手の欲望を刺激も出来て必ず勝負にかこつけることが出来る。
「いいだろう、お前のAfと今その子から手に入れたデッキと、俺が持っているAfと俺のデッキを賭けて勝負しよう」
「へぇ、以外。案外まだ話分かる人じゃん。そうと決まれば早速やろう!」
「君、危ないから少し下がっていた方が良い。きちんと君のデッキを取り返す」
まだ泣きやまない子を、風見は手で制してやや強制的に遠ざける。この子に外傷が見られない点から、翔が対峙したAfとはなんらかの点で異なるのだろう。
互いにバトルデバイスを電源を入れてから宙に放り投げ、テーブルへと変形させる。そして風見は翔とは違って腰につけているデッキポケットを起動させ、Bluetoothでバトルデバイスと接続させる。
更に風見は身に着けているウェアラブルのアプリをAfサーチャーからバトルデバイスと連動するアプリに切り替える。
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ、フリーマッチ』
翔がつけている手首に巻くタイプのデッキポケットと違い、風見がつけている腰につけるタイプのデッキポケットはモニターがついていない(仮にあっても見えないが)。そのため他の端末と連動したりするなどの方法をとらなければ、相手の場の様子を知ることが出来ない。
風見はウェアラブルのモニターを使って。同じく腰につけるデッキポケットを使う恭介はホログラムモニターをバトルデバイスに搭載している。
「先攻は僕がもらうよ、僕のターン!」
最初のポケモンは風見がフカマル60/60。そして先攻をとった相手の少年、宮本道夫のポケモンはダルマッカ80/80だ。
「ダルマッカに超エネルギーをつけ、サポートカード『ポケモンだいすきクラブ』を発動。山札からたねポケモンを二枚まで選んで手札に加える。僕が加えるのはビクティニ(60/60)とオンバット(60/60)。そして今加えたこの二匹をベンチに出して、僕の番は終わりだ」
炎タイプのダルマッカに超エネルギーをつける……。これは一見ダルマッカとビクティニがいるから炎タイプデッキと思うかもしれないが、ダルマッカはダルマモードのヒヒダルマに進化すると超タイプになる。ダルマモードのヒヒダルマはややトリッキーな動きをするはずだ。どちらに進化するかは分からないが気をつけなければならない。
「俺の番だ。まずはサポート『ティエルノ』を使う。この効果により山札からカードを三枚引く。そして手札からブレンドエネルギー水雷闘鋼をフカマルにつける。このカードは無色エネルギー一個として扱うが、ポケモンについている限り水、雷、闘、そして鋼の四つのタイプのエネルギー一個ぶんとしてはたらく」
ポケモンカードには無色、炎、水、草、雷、闘、超、悪、鋼、ドラゴン、フェアリーの十一タイプが存在する。ワザを使うためにポケモンにエネルギーをつけなければいけないが、無色はどのエネルギーでも代用でき、炎タイプのポケモンにはワザを使うために炎エネルギーを要求するなどタイプごとに基本エネルギーが存在する。
しかし風見が使うドラゴンタイプは無色エネルギーと同じくドラゴンエネルギーといった固有のエネルギーが存在しない。ポケモンによって水と草だったり、雷と闘だったりと二種類以上のエネルギーの複合を要求してくる。ブレンドエネルギーは基本エネルギーでなく特殊エネルギーであるため、山札に入れられる枚数が限定されるが、ドラゴンタイプを使う上では大いに役に立つ力だ。
「そして、新たにベンチにフカマル(60/60)とチルット(40/40)をベンチに出す。フカマルでバトルだ。砂かけ!」
背を向けたフカマルが地面を強く蹴って砂を巻き上げる。風に押された砂埃がダルマッカを包み込む。
「このワザを受けたポケモンは攻撃するときコイントスを行い、オモテでなければ攻撃が成立しなくなる」
本来ならば速攻であのダルマッカを倒しておきたいが、フカマルがダメージを与えるワザは水無のエネルギーを要求する。そのうえ威力も足りない。ここは嫌々だが耐え忍ぶしかない。
「僕のターン。まずはダルマッカをヒヒダルマに進化させる!」
現れたヒヒダルマは風見の予想した通り、超タイプのダルマモード。あまり普段の対戦でこのカードを見たことが無いため、ステータス等の把握がイマイチだ。
風見はウェアラブル端末を二度指で叩き、命じる。
「Confirm opponent's Active Pokemon」
眼鏡右側だけにヒヒダルマのカードテキストが表示される。HPは110。ワザは二つあり、一つは手札入れ替え効果のシンクロドロー。そしてもう一つがコイントスによってワザの威力が大きく変動する攻撃ワザ。逃げるエネルギーは三つも必要となると、攻めてくるであろうことは想像出来る。
端末をスライドさせることで、風見の視界からヒヒダルマのカードが消えて相手の少年、宮本の姿がくっきりと映る。
「ヒヒダルマに超エネルギーをつけ、グッズ『シンカソーダ』をオンバットを対象に発動だ! 自分の場のポケモン一匹から進化するカードを山札から選び、そのポケモンにのせて進化させる。オンバットをオンバーンに進化!」
突如現れた爽やかな缶ジュースをオンバットが飲むことで体が光に包まれ、オンバーン100/100に進化する。ビクティニだったり、オンバーンだったりとタイプに統一感をいまいち風見は感じることが出来ない。
「続けてサポート『プラターヌ博士』を発動。手札を全て捨てることで山札からカードを七枚引く。僕の手札は一枚だけだから一枚を捨てて七枚カードを引くよ。そしてバトル。ヒヒダルMAX! このワザはヒヒダルマについているエネルギーの数だけコイントスをし、オモテの数かける50ダメージを相手に与える」
進化したことで「砂かけを受けたダルマッカ」はいなくなり、砂かけの効果は消えたためこのコイントスさえ通ればワザを喰らう。……しかし結果はどちらともウラ。結果としてはダメージは0だ。
「拍子抜けだな。次は俺の──」
「何言ってるの、まだ僕の番は終わってないよ」
「何だと?」
「ビクティニの特性『勝利の星』を発動。ワザの効果でコイントスを行った時、一度だけやり直すことが出来る。僕は今のヒヒダルMAXのコイントスをやり直す!」
「くっ、コイントスをやり直すだと!」
二度目のコイントスはオモテ、ウラ。オモテが一回でフカマルが受けるダメージは50だ。ヒヒダルマの目が光ったと同時、目からレーザーが飛び出してフカマル10/60に攻撃を与える。
なんて都合のいい効果なんだ、と風見は感じた。一回目のコイントスで結果がよければそれで実行し、悪ければ二回目に託せばいい。そうすることで相手に与えるダメージの期待値は段違いで上昇するだろう。優先して倒すべきはダメージ源のヒヒダルマか? それとも厄介なビクティニか?
「俺のターン。まずはバトル場のフカマルをガバイト(30/80)に進化させる。そしてガバイトの特性『ドラゴンコール』を使う。自分の山札からドラゴンポケモンを手札に加える効果により、俺はガバイトを手札に加える。そしてベンチのフカマルも今加えたガバイト(80/80)に進化させ、今進化させたガバイトも『ドラゴンコール』を発動! 山札のチルタリスを加え、ベンチのチルットをチルタリス(70/70)に進化させる。ベンチのガバイトに水エネルギーをつけて俺の番は終わりだ」
「なんだ、攻撃してこないんだ」
本来は「不思議なアメ」を使ってバトル場のフカマルをガブリアスまで進化させたかったが、手札にガブリアスはあっても「不思議なアメ」がない。ガブリアスまで進化できていれば一矢報いることは出来ただろうが。
それよりも風見が気にしているのはまだ宮本が見せていないAf。宮本がさっき戦っていた子供に外傷や異変は見つけられなかった以上、少し前に翔が相手をした「Afギガントミラージュ」とはタイプが違う可能性を頭の隅に置いておく。
「……僕のターン。ベンチのオンバーンに悪エネルギーをつけてバトル。ヒヒダルMAX!」
今回のコイントスはオモテとオモテ。ビクティニの特性を使うまでもなく50×2=100ダメージがバトル場のガバイト0/80に飛んでくる。ヒヒダルマのレーザー攻撃を受けたガバイトは後ろに倒れ、戦闘不能となる。
「サイドを引いて僕の番は終わりだ!」
「俺はベンチにいるもう一匹のガバイトをバトル場に出す。そして俺のターン。ガバイトの『ドラゴンコール』により、山札からガブリアスを手札に加え、進化させる。固き決心剣(つるぎ)とし、絶望切り裂く力となる。来い、ガブリアス!」
風見よりも背の低いガバイトが、一回り大きくなりガブリアス140/140へと進化を遂げる。
「ガブリアスに闘エネルギーをつけ、バトルだ。リューノブレード!」
まるで地面を滑るようにガブリアスは大地を駆け、右腕のヒレを掲げヒヒダルマに切りかかろうとする。
「リューノブレードはエネルギー二つで使えて威力100という大技だが、コストとして山札を上から二枚トラッシュする」
「それでもヒヒダルマのHPは110! それじゃあ倒せないよ」
「悪いが、そうはならない。チルタリスがいる限り、特性『闘いの歌』が効果を発揮する。このポケモンがいる限り、俺のドラゴンポケモンが相手に与えるダメージを20だけ追加する」
「そんなっ!」
ベンチのチルタリスがソプラノボイスで奏でる歌に、ガブリアスが高揚し、鋭い一撃をヒヒダルマ0/110に切り込む。
「これでサイドは俺もお前も二枚。さあ次はどう来る?」
「くっ……僕はオンバーンをバトル場に出す。そしてオンバーンに超エネルギーをつけて僕の番は終わりだ」
「そちらが何も仕掛けてこないなら、全力で叩き込むだけ! 俺はベンチのチルタリスに水エネルギーをつけ、オンバーンに攻撃。リューノブレード!」
オンバーンのHPは100。リューズブレードで一撃で倒せば、宮本のベンチにはHP60のビクティニのみ。ほぼ勝利はもらった。そう風見が確信した瞬間だった。
「オンバーンの特性『エコロケーション』発動。コイントスをしてオモテなら相手のワザによるダメージを受けない!」
またコイントスか、と風見がため息まじりに心の中で毒づくも束の間、結果はウラ。ヒヒダルMAXと違い、エコロケーションは特性の効果によるコイントスなのでビクティニの勝利の星は使えない。今度こそもらった。まさにその時。
「この瞬間、手札からグッズカードを発動。『Afファルスレポート』!」
「Af、来たか!」
「このカードは特性、ポケモンのワザの効果でコインを投げたとき使える。コインの結果を一回分だけ決め直すことが出来る。僕はウラと判定されたコイントスをオモテに決め直し、エコロケーションを成立させる!」
「なんだと!?」
オンバーンが空気が波状に揺らすほどの超音波の壁を作り、ガブリアスを跳ね飛ばす。ここまで執拗にコイントスを続けてきたのはビクティニがいるからではなく、むしろこのAfがあるからだろう。
しかしただのグッズである以上一度使えば二度目はない。Afは他のカードと異なり、モニターやウェアラブルなどでテキストを確認することが出来ないが、一度姿を見せればテキストはもう分かったようなもの。
もっとも、オンバーンに攻撃を当てようにもコイントスの結果に阻まれる可能性はあるかもしれないが……。
「僕のターン。手札の超エネルギーをオンバーンにつける。そしてここでトラッシュにある『Afファルスレポート』の効果を発動」
予想外の事態に風見の表情が僅かに強張る。
「自分のポケモンに手札からエネルギーをつけたとき、手札を二枚捨てることでトラッシュにあるファルスレポートを手札に戻す」
「戻す……だと?」
「このコンボがある限り永遠にオンバーンはダメージを受けない! そしてリューノブレードのコストで山札をトラッシュし続けたあんたの山札は残り七枚。何もしなくても勝てるけど、ビートダウンを狙っていくよ! オンバーンで攻撃。爆音波!」
風見が咄嗟に耳を塞いでも、響き渡る轟音がガブリアス80/140とチルタリス40/70に襲い掛かる。爆音波は相手ポケモン全員に30ダメージを与えるワザであるが、バトル場にいるガブリアスのみ弱点の判定が行われ受けるダメージが二倍の60となる。
この調子であと二回爆音波を受けるとチルタリス、ガブリアス共に気絶し、残り二枚のサイドを全て引かれてしまう。そして倒そうにもエコロケーションとファルスレポートのコンボを崩さなくてはいけない。
必死に風見は手札や場を見、思索する。しかし現状を打破する手段はない。無理ならば無理として、セカンドベストを貫くだけだ。
「サポート『フラダリ』を発動。お前のベンチのポケモン一匹を強制的にバトル場に引きずり出す。ビクティニをバトル場に出す。そしてバトル。音速斬り!」
音速斬りはリューノブレードと違い、威力は60と劣るが山札をトラッシュすることはない。ビクティニ0/60を倒したことで残りサイドは一枚、あとはあのオンバーン100/100を倒すのみ!
「無駄無駄! 僕のターン。オンバーンで攻撃、爆音波!」
二度目の音波攻撃で、ガブリアスとチルタリスの残りHPは20/140と10/70。次の番になんとか攻撃を通さない限り勝てない。
風見は一度目を閉じ、深く息をついてから山札のカードを引き抜く。
「コイントスの結果を書き換える……。まさしく
虚偽の報告といったところだが、そういう嘘をつくクセは直した方が良い。手札からグッズ『レッドカード』を発動! 相手は手札を全て山札に戻し、その後カードを四枚引く」
「ちょ、山札に戻す!?」
四枚引き直した際にもう一度「Afファルスレポート」を引かれれば負け。引かなければ勝利の可能性はある。
ピンポイントで相手のカードを弾くことが出来ない以上、こうして玉砕覚悟で挑むのみだ。
「コイントスをやり直す、書き換える。戦略としては面白かった。それに乗じて本当の運試しといこう。お前の山札は手札を戻したことによって八枚。そこから四枚を引いてファルスレポートを引く確率は二分の一。そしてリューノブレードが通る確率はエコロケーションを加味してさらに四分の一。さあ、どうでるかな」
レッドカードの効果によってカードを引き直す宮本。必死に隠そうとしてもその硬い表情で読み取れる。引いていない、と。
「さあ、締めといこう。山札を上から二枚トラッシュして攻撃。リューノブレード!」
「オ、オンバーンの特性。エコロケーションを発動! コイントスをしてオモテならダメージを受けない!」
仮にここでオモテが出ればファルスレポートを持っていなくとも全てが水の泡となる。その結果は……ウラ。
そしてガブリアスの鋭いヒレの一撃がオンバーン0/100を弾き飛ばす。
「悪いが、この結果はもう書き換えられない。勝負あったな」
風見が最後のサイドを引き、勝利を知らせるブザーが辺りに響く。
「へー、そんなことがあったのね。その子のデッキも取り返せたし、Afも手に入れられたのか」
水平線、ではなく街の方に陽が落ち始め、長い夏の昼の終わりを告げようとしている。風見以外の三人も私服に着替え、恭介が先ほど風見が手に入れたAfを眺める。
「おいお前ら喋ってる暇あったら焼くの手伝ってくれ。働かざる者食うべからずだぞ」
トングを片手に椅子に座った翔がジト目で風見と恭介を睨みつける。砂浜から離れた位置にあるバーベキュー場で、一日の締めとしてバーベキューを執り行っている最中だ。
「そういえば薫ちゃんは?」
「足りないもん買い出しに行ってもらってる」
「マジかよ。俺行ったのに」
「お前らずっと喋ってただろ。火つけるのもそこそこ大変だったぞ」
網の上に翔が少しずつ肉や野菜を並べていく。プレートでの焼肉と違って火の強い所、弱い所を区別して焼くのがコツだ、と翔が言う。
「ところで翔さ、お前薫ちゃんにはAfのこととか話してるの?」
恭介がそう尋ねると、肉を動かす翔の手が止まる。トングを風見に押し付けて、翔は一度立ち上がる。
「正直何度か迷った。……迷ったんだけど、何かあったときに心配かけるかもしれないから話した。そんで、薫はあんまり手を出さないでいてくれって嘆願もしといた」
「そっか、それならいいんだ」
「ちょっとトイレ行ってくる。網の上頼む」
翔がテーブルから離れ、風見と恭介の二人だけが残される。恭介は風見の向かいに座り、網と風見を見つめる。
翔、そして風見はどちらもAfに対する覚悟めいたものを確立している。それに対して恭介は、まだAfとどう向き合えばいいのか割り切れていない。確かにAfは他人を怪我させる恐れがあり、本来あってはいけないカード。そんな危険なものと戦う以上、もしも自分たちの身に何かがおきるかもしれない。これが単に俺たちの中だけで解決すればいいが、こうして薫のような近しくかつ無関係な人がいる。もしも俺たちに何かがあったら。もしも薫に何かがあったらどうする。そうした迷いがまだ恭介の中にある。そして、それを風見は見抜いていた。
「今はあくまでもAfを俺たちが追う側だが、Afを集めれば集めるほど注目を浴びる。その時、俺たちが追われる側となって立場が逆転する恐れがある。そういう意味で何かあったときのために事情を知らせるのは正しい判断だろう」
冷静な風見の判断に、恭介はぐっと息をのむ。薫も筋の良いポケモンカードプレイヤーだ。しかしもしもAfがいるその場に巻き込まれたら自分達と同じように戦えるのか? きっと翔もそう考えているのだろうか。
「俺たちがそうなる前に全てを片付ける。それだけだ」
風見の覚悟を恭介はその言葉と表情から読み取った。今現在Afの枚数は分かっていない。しかし突然パンデミック的に拡散しているため、元凶となる何かがあるはずだ。「もしもの時」があるとするなら、そのもしもに至る前に全てを終わらす。
「ああ、そうだな」
新たに決意を強く内に秘めた恭介に、風見は微笑みかける。ふと風見が脇を見れば、合流したのか二人仲良く並んで歩く翔と薫の姿。自分のため、友のため。この平穏を守らなくてはいけない。しかし今はその闘志は胸の奥に預け、至高の一時に心を預け行くのみだ。
──次回予告──
恭介「すっげー綺麗なお姉さんが、街中で突如俺に声をかけてきた!
逆ナンか! え、この住所まで案内してほしい? って風見の家じゃねえかこれ!
次回、「魅惑の美女は蜜の味?」
おい風見。負けたら出禁ってどういうことだよ!」