21話 夜明けを待つ青年
「……光なき世界で斃れ伏す戦士より、死を超え悪夢が舞い降りる。今こそここに現れよ。アンフォームド=ダーク・ナイトメア!」
亮太の持つカードから濃い紫色の瘴気が放たれる。それらはヒビが入り、鎧ごと崩れたダークナイト・メシアを包み込む。鎧の頭部、及び肩の一部だけが宙に浮きあがり、足りないパーツと腕が瘴気で作られていく。新たに首の根本から形成されたマントが、かろうじて人の形のシルエットを取ろうとしているが、ヒビ割れた頭部、瘴気で作られた腕と胸部。それ以降の体はもはや残されていない。
崩れた体を執念が。あるいは妄執が突き動かしているのか。
「ダークナイト・メシアが相手のワザで気絶したときのみ、トラッシュのダークナイト・メシアを再びバトル場にセットしてこのカードに進化することが出来る。……このダーク・ナイトメアが僕の最後の切り札」
ふらりと立ち上がった亮太は再びバトルテーブルに変形させたデザイアソードの前に戻ってくる。
亮太のバトル場には今現れた、アンフォームド=ダーク・ナイトメア150/150のみ。サイドは残り三枚。対する翔、恭介タッグには翔のバトル場にメガリザードンEX30/220、恭介のバトル場にはルカリオEX160/180、そしてベンチにはジバコイル140/140。二人のサイドはあと一枚。
勝負はいよいよ大詰め。完全に未知なる力を持つ、ダーク・ナイトメアを攻略できるかが全てか。
「ここで負ければ僕は姉さんへ繋がる手がかりをすべて失う。僕が失くした時間を取り戻すために、今ここで負けるわけにはいかない!」
「ようやく心の根っこの部分が見え始めたな! いいぜ、もっとぶつけてきな」
「僕の番。前の番に発動したリグレス・アイディールの効果で、トラッシュの悪エネルギーとアンフォームド=パストタイムを手札に加える。この瞬間、ダーク・ナイトメアの特性が発動。『カラミティホール』! カードがプレイされるか、カードの効果が発動したときデザイアカウンターを一つ乗せる」
「流石は上位互換ってか……」
前身のダークナイト・メシアはカードを場に出したときにしか、デザイアカウンターは乗せられなかった。だが、このダーク・ナイトメアはそれに加え、もともと場に出ていたカードが効果を使った時でもカウンターを乗せられる。
「ダーク・ナイトメアに悪エネルギーをつけ、サポート『フレア団の下っ端』を発動。相手のバトル場のポケモンについているエネルギーを一つトラッシュする。メガリザードンEXの炎エネルギーをトラッシュ」
これでデザイアカウンターは三つ。このエネルギー除去が中々に嫌がらせで、除去させるカードで一つ、返しの番にエネルギーをつければさらにもう一つデザイアカウンターを乗せることになる。
「ダーク・ナイトメアのワザを使う。グラティファイド・ナイトメア! このカードにデザイアカウンターを四つ乗せる。更に次の相手の番にデザイアカウンターが乗ったとき、追加で更に一つ乗せる」
攻撃を仕掛けてくると思っていただけに、妙に不気味だ。何を狙っているのかがまるで読めない。おそらくダークナイト・メシアの進化系である以上、その面影はあるはずだ。先と同じく攻防一体の能力か否か。
この翔の番で、余計な手出しをしなければグレンダイブで300ダメージを叩きだせる。前の番では余計なことをしたせいで倒し損ねたんだ。二の轍は踏んでたまるか。
「まずは炎エネルギーをメガリザードンEXに。続けてサポート『ティエルノ』を使う。山札からカードを三枚引く」
ここで翔の山札が尽きる。勝つにせよ負けるにせよ、これが俺のラストターンになるのは想像がついていた。あとは今引いたコモンソウル。これに最後の望みを。
「手札から『コモンソウル』を発動! もう効果は言うまでもないよな?」
互いにカードをババ抜きの要領で一枚ずつ引いて、交換していく。その順番はまず恭介が翔のカードを引くところからだ。目くばせで恭介は翔の最後のAfを引き抜く。続けて、翔が亮太のカードを引く番だ。
理想はアンフォームドを引く事。場に出ているスタジアム、アンフォームド=ナイトメアドームの効果を使うためのコストとなる、アンフォームドを引くことで亮太の妨害を少しでもする。が、引いたのはAf空間補填ーサルベージアンカー。引くことが出来なかった。最後に亮太が恭介のカードを引いて、コモンソウルの処理が終わる。この段階でダーク・ナイトメアのデザイアカウンターは十一個。
「さあ、バトルだ!」
「その前に手札からグッズ『アンフォームド=パストタイム』を発動。このカードは相手の番でも使え、トラッシュのアンフォームドの効果を得る。選択するのはアンフォームド=ダブルスタンダード。それにより、ダーク・ナイトメアのデザイアカウンターを倍増させる」
「くそっ……、ここでもか!」
デザイアカウンターの数はパストタイムの処理を合わせ、11×2+1=23個。もしもダークナイト・メシアと同じような防御効果があれば、倒し切れなくなってしまう。だが迷っている余裕はない。仮に玉砕前提だとしても、ここは行かなきゃダメなんだ。
「メガリザードンEXで再びグレンダイブ!」
実体がほとんどなくなったダーク・ナイトメアに、メガリザードンEXが飛び込んでいく。
「特性『デザイア・リジェクション』。デザイアカウンターを好きだけ取り除き、取り除いた数かける10、ダメージを軽減する。僕が取り除くのは十六個!」
胸部から放たれる瘴気の塊が、クッションとなってグレンダイブの威力を300−16×10=140に相殺する。ダメージこそダーク・ナイトメア10/150に通るが、なるほどこれは厄介だ。
ダークナイト・メシアであれば、ワザを受ける度全てのデザイアカウンターを取り除かないといけないが、こちらは取り除く数を選べる。現に今もカウンターを七つ余している。余力を次の番へ引き継ぐことが出来るということか。
「グレンダイブの反動で、メガリザードンEX自身に50ダメージ」
メガリザードンEX0/220が倒れ、亮太はサイドを二枚引く。これで両者共にサイドは一枚ずつ。ベンチに残されたのはジバコイル140/140のみ。これで次の亮太の攻撃を耐えなければ、恭介の番まで回ってこない!
くそ、何をしても状況が好転しない!
「この勝負、もはやもらった! 二度と纏わりつかれないよう、最大限の火力で焼き尽くしてやる。手札の悪エネルギーをダーク・ナイトメアにつける。そしてカラミティホールの効果でカウンターを一つ乗せる。さあ、最後の攻撃だ。この先が僕に連なる道。これ以上もう邪魔はさせない! ジバコイルに攻撃。消し飛べ、ハグライドイレイザー!」
ダーク・ナイトメアの能力。カードの効果が発動すればするほど、ワザから身を守り、鋭く敵を攻撃する力に変換する。それはまさに生元亮太という人間を表している。実体のない悪夢に身を
窶し、外部からの干渉を悉く拒絶する。
しかしそれこそ無限ではない。カードや手札というリソースが限られている以上、突破口は確実にある。確実性はないが、ないからこそ勝負に出られる。恭介はそう信じている。
「ハグライドイレイザーは、好きな数だけ取り除いたデザイアカウンターの数かける20となる。僕は八つ全てを取り除く」
ハグライドイレイザーの威力、20×8=160をジバコイルが耐えることは不可能だ。ここを耐えきれなければ、そこで勝敗が決してしまう。このまま終わらせるわけには行けない。
「無謀に近しい勇気でも、やってみなくちゃ分かんねえよな! 手札から『Afパイク&シールド』を発動! 攻撃対象を翔のジバコイルから、俺のルカリオEXに変更する!」
「っ……! 恭介!」
ダーク・ナイトメアの腕から放たれた瘴気の弾は、攻撃対象の変更を受け、一度霧消していく。失意に陥っていた翔も、ふと目が醒める。
「どこまでもどこまでもどこまでも……! 本当にウザったい。どうして僕の邪魔ばかり、どうして僕の前に何度も立ち憚るんだ!」
「お前のそんな悲痛な顔を見れば、少なくとも俺はほっとけねえな! お前が俺を拒絶しても、俺からすればお前はダチだ。俺から見たその真実は、決して誰にも否定は出来ねえ!」
「悲痛だって? 君に僕の何が分かる。君の真実が変えられないのであれば、僕の真実も変えられない!」
「ああそうだ。他人はあくまで他人だ。だけどたとえば同じ趣味を持ってたり、同じ学校にいたりだとか、たまたま街ですれ違ったりだとか、同じ星の下同じ時代に生まれたとか、なんだっていい。ほんの僅かでも共通点があれば、人がもつ領域ってのはふいに交わる! その領域が交われば、個々の真実は共有された真実になる。俺たちにとってはそれが今だ! お前がもつ不平不満を全てぶつけて来い! 全て受け切ってやる。仮に受け切れなければ、今後お前にはもう関わんねえ!」
恭介が翔に視線を送る。そうだ。俺だって他人事ではない。今この場にいることで、この三人の領域は交わっている。個々の領域では狭い見聞かもしれないが、三人集えばその領域も拡がる。
胸の奥がぐっと熱くなる。心臓から送られる血液はマグマのように滾り、体の至る所まで熱が巡る。
翔は今ようやく理解した。本気の人間同士のぶつかり合いこそが、真の対話である。亮太の攻撃には、これまでの生い立ち、考え、感情、将来と、亮太を為すありとあらゆるモノが詰め込まれている。対してそれを受け止める恭介にも、度量、覚悟、勇気、哲学、恭介という人間の全てがそこにはある。
その二つが接し、交わるとき、各個人が抱く、幻想とも呼べるような真実が共有される。これこそが本気の人間の真の対話だ。
無論、全てが融和していくわけではなく、互いに抱くモノが全て統合されるわけではない。だとしても、それぞれの幻想めいた真実を垣間見ることで、幻想は真実へと擦り寄っていく。
人がそれぞれ考える「こうではないか」という幻想が、互いの認識を重ねる事で「こうなんだ」という真実に昇華される。まさに今、恭介が見る亮太と、亮太が見る恭介の二つの幻想が交わろうとしている。
ならこの俺の昂りはなんだ。胸を焦がすこの渇きはなんだ。二人の熱気に励起されたこの滾る血潮こそが、刹那に過ぎ行く興奮を、無限に拡張する「共感」なのか。今までにない力が込み上がってくるような。そんな錯覚すら感じてしまう。
「ならば仕切り直しだ。今度こそ消し飛べ! ダーク・ナイトメアでルカリオEXに攻撃だ。全てのデザイアカウンターを取り除き、全てをワザの火力にする。ハグライドイレイザー!」
この瞬間、交わるのはあくまで恭介と亮太の領域だ。だが翔と恭介は元より領域が交わっている。であれば、翔と亮太も間接的にではあるが、二人の領域は繋がっていく。
思考より疾く翔の腕が動く。手にしたのはコモンソウルで亮太から掴んだAf。その力を行使するのは恭介のため。いいや、違う。亮太のためでもあり、自分のため。ひいてはこの空間にいる全員のためだ!
「お前の全てを受け止めるのは恭介だけじゃない。俺も、お前も、全員で受け止め、そして前に進むんだ! 手札からAf空間補填ーサルベージアンカーを発動。トラッシュにあるグッズの効果を得る。俺が選ぶのはもちろん、Afダメージシャッター! ダメージシャッターは手札を二枚まで捨て、その数かける10、ダメージを軽減する。俺は手札二枚を捨てる!」
「そんな、そんなことが……!」
亮太の顔がくしゃりと歪む。コモンソウルでサルベージアンカーが奥村翔の手に渡った時に、この可能性を考えなければならなかった。翔がダメージシャッターを使ったのは十六ターンも前、亮太が最初の攻撃を放ったときだった。
いや、計算を狂わされたのは長岡恭介が攻撃を庇った瞬間だ。
単にそれを考慮できなかった自分のミスか? 違う、予想ができなかったのだ。一瞬の昂りに前のめりになった己の過失と、それを見逃さなかったあの二人の胆力。そしてなにより、亮太に欠落していたのは本気で誰かを庇おうという思考そのものだった。独りで戦い続けた亮太には、決してたどり着くことが出来ない着地点。
戦略だけでない、ここ一番の度胸と、心で違いを見せつけられた。
視界が歪む。胸が苦しい。トドメを刺せなかった。勝てない。なのに、体は火照っている。なんなんだこれは。分からない。
「なんなんだ……。なぜ、なんなんだこれは……。どうして……!」
「簡単さ。これが力を合わせるってことだ」
翔の機転でワザのエネルギーを僅かに削いだ。これでハグライドイレイザーの威力は20×8−20=140、大ダメージに違いないが、今更残りHPは問題ではない。これで次の番が来る、長きにわたる激闘の結末は近い。
瘴気の塊をその一身で受け止めたルカリオEX20/180は再び立ち上がり、前を見据える。
「くっ、スタジアム、ナイトメアドームの効果で手札のアンフォームドをトラッシュし、デザイアカウンター八つを再びダーク・ナイトメアに乗せる!」
亮太が戸惑い焦るほど、恭介は確信する。ここが勝負の天王山。勝っても負けても最後の番。長く続く悪夢のような夜に、終止符を打つ時。
「どんなに深い闇夜にも、どんなに苦しい悪夢にも、必ず終わりの時が来る。その然るべき時は来た! さあ、夜明けの時だぜ。殴られっぱなしは流石にしんどいからな。俺からも聞かん坊に一発ぶん殴ってやる」
「ああ。俺の仕事は終わりだ。後はお前が成すことだ」
右で作った拳を左の掌で受け止め、恭介はここで気合いを入れ直す。
真っ暗なフィールドから僅かに透けて見える空は、ぼんやりと薄日が差している。耳を澄ませば小鳥の声や目覚め行く街の音も聞こえそうだ。
夏の終わりを予兆させる、涼しいがどこか張り付くような空気を、胸いっぱい吸い込んで恭介はカードを引く。
「俺はお前の保護者では無いし、お前の愚痴を延々と受け止めてやるほど人ができてない。だから、俺もお前にいくらかケチをつけといてやりたい」
喧嘩というものはお互いが不平不満を打ち明けることで初めて成立する。恭介が亮太の声を受け止めたなら、今度は亮太が恭介の声を受けとめる番だ。
「Afが無くたって、アンフォームドが無くたって、お前はやっぱりゲームとかアルゴリズムだとかそういうのには本当に強いと思う。それでいて娯楽である事を忘れずに、いつも楽しんで遊ばせてくれたこと、感謝するぜ。だけどな、もっとお前は素直に人の話を聞け。俺の言葉がお前の心に届くまでに一個変なフィルターだかブラックボックスが入る。……たぶん今この瞬間はそれは機能してないと思うけど」
張り詰めた空気の中、恭介は深呼吸をする。そして静寂を打ち破るよう、強く言葉を発する。
「結局お前を苦しめているのは自分自身だ」
亮太の表情が曇る。
「確かにお前のお姉さんのことは辛いことだし、悲しいことだとは思う。だけどお前は視野が狭すぎる。もう少し周りを見ろよ。今お前を案じて俺だけじゃなく翔まで来てくれる。お前はその苦しみを一人で抱え込む必要は無かった。もっと違う方法を選ぶことが出来たかもしれない」
「誰かに話したところで何かが変わるわけでもない。ましてや所詮他人事、僕の気持ちは誰にも理解されない!」
「悲劇の主人公ぶって僕は可哀想だあ? っざけんな。舐めんじゃねえぞ! 誰にも理解されない? 伝えてないのに伝わるかよ! それこそ能力でもなければな。だけど普通はそうじゃない。人間話さなきゃ伝わんねえ。やってみなくちゃわからねえ。ダーク・ナイトメアの攻撃を耐えきったようにな」
これまでに見せたことのない剣幕に、亮太が怯む。ふう、と一息置いてクールダウン。恭介は胸に手を当て心音を整え、もう一度強い口調で次の言葉を紡ぐ。
「俺一人ではさっきと同じように返り討ちにあったろうさ。だけどな、翔が道を切り開き、美咲が力を与えてくれた。二人だけじゃない。多くの人の支えがあったからこそ、ここまで来ることが出来た。自分じゃない他人を信用する勇気があったからこそ、ここまで来れた。お前が今苦しいのなら、苦しいからこそ勇気をもって踏み出すべきだ。勇気を出すことが怖いとしても、踏み出さずに苦しんだままとどっちがいい! ダメならダメで別のやり方を模索すればいいじゃないか。まずは当たれよ! 全てはそれからだ! そうじゃないのか?」
亮太は何も答えない。が、それが返事になってしまっていることを亮太も自覚している。まだ亮太は口にする勇気がないのだ。その様子を恭介は逃さなかった。
「胸を張れよ。お前が信じたい道を行け! 然るべき結果はいずれついてくる。聞かせてくれ。伝えられなきゃ伝わるかよ。俺はお前の言葉が聞きたいんだ」
亮太の視界がじわりと滲む。父が亡くなった時でも涙は流さなかったのに。どうしてこんなに今苦しいのか。本当は分かっている。提示された選択肢以外で生きる術を身につけていなかったのだ。臆病製のコンベアに乗って、流されてばかりになっていた。偶にある干渉が怖く、悉くそれを断っていた。
姉さんがいなくなるときっと姉さんが困る。姉さんには僕が必要だ。そう思っていた。違うんだ。姉さんが必要なのは僕の方だったのだ。もし姉さんに会ったとしても、別に自分は必要とされていないのかもしれない。その考えを押し殺して今まで戦ってきたが、もう限界だった。
「今
熱り立つのは怒りでも闘志でもない。込み上がるのは信念でも勇気でもない。それは情だ! 人と人はほんの少しでも接し、交わることで赤の他人から知人、友人へとお互いを深めあっていく。そうやって人は自分の領域を広げていく。そして赤の他人でなくなった時点で、情ってのは湧いてくる! 単なるお節介かもしれないが、そういうもんだ」
「僕だって……、僕だって……!」
「別にお前の姉さんを探すなとは言わないし、思わない。だがな、自分も他人も傷つけるようなやり方以外にもやりようがあるだろ! もっと頭を使えよこの馬鹿野郎!」
「僕だって誰かを傷つけたかったわけじゃない……。ただ、姉さんともう一度会いたかっただけなんだ!」
意図的に麻痺させていた心の痛覚が蘇る。今まで逃れ続けてきたこの痛みと、正面から向き合わなければならない。その鈍痛のあまり意識は虚ろで、自分が発した音はきちんと周りに届いているのか分からない。だが、言葉にするだけだったのに、体が重くない。
深い、どこまでも深い光の無い世界から、楼閣の上の光まで体が浮き上がっていくような。体を覆う枷は砕け散り、失っていた揚力が舞い戻り、心を高い準位へ誘っていく。
ようやく初めて長岡恭介、奥村翔、この二人の顔を見た気がする。その二人の表情は今まで出会った誰よりも優しく、何よりも暖かく体を包み込もうとしている。
「そうだ。言わなくても伝わることはある。でもな、大事なことは伝えなくちゃならねえ。伝えることで、不安は立ち消え、新しい希望が、繋がりが拡がっていく。現にこうして俺だけじゃなく、こいつ(翔)もこうしてここに立ってくれている。気付けよな。お前の世界は既に広がっている。お前の世界はお前だけでは完結しない! お前が本当にやるべきだったのは、仮面の女に従ってこんなつまんない事をやるんじゃない。仮面の女をぶん殴り、そいつから聞き出すことだろう。そしてそのためなら俺たちは時間も力も惜しまない。それが友達ってもんだ」
「友達……」
「まずはこの悪夢を終わらせてやる。Afパイク&シールドの効果で、ルカリオEXが攻撃を耐えきったため、この番お前のカードの効果は全て働くなる」
いくらデザイアカウンターが残っていようと、ダーク・ナイトメアはこれでダメージを軽減させられない。それどころか、手札から何かしら新しいカードを使う事も封じた。
亮太は全てを察し、構えていた両腕を下す。恭介と目が合うと、一つ頷いた。この悪夢を終わらせよう、長かったこの悪夢を。
「始まれば終わり、終われば始まる。俺がお前を夜明けに導く! ルカリオEX、スクリューブロー!」
弱点を突いた強烈なブローが、瘴気の塊を撃ち抜く。(60+20)×2=160ダメージを受け、ダーク・ナイトメア0/150の体が今度こそ崩れ落ちていく。その崩壊に巻き込まれ、亮太の体は再び吹き飛ばされ、尻もちをついて仰向けに倒れる。
恭介が最後のサイドを引くことで、全てのポケモンの映像が消え、周囲を覆っていたナイトメアドームも消失。薄暗い空間に、眩い夜明けの光が射し込んでくる。長い、本当に長い夜だった。ようやく翔や恭介にすれば一晩だが、亮太からすればダークナイトとして活動を始めて以来。いや、あるいはそれよりも遥か前からなのかもしれない。
自分で作った心の殻は、外側にも内側にも鋭利な棘を宿していた。それを彼。いや、彼らはその棘に屈さず、この殻を突き破ったのだ。それは絆なんて言葉よりももう少し具体的な、信頼という力だった。まずは自分が他者を信じる。そうすることで、互いに信じられる。亮太も今になってようやくそれを理解した。
今までだって手を伸ばしてもらったことが無いわけではない。機会は幾度もあった。それでも自分で自分を悲観、卑下し、それらを全て拒絶してきた。しかし拒絶だけでは己の心の一瞬の平穏しか生み出さない。
何もかもが遅かった。遅かったが故に、己の心の弱さを振りかざしてきた。しかし、それもようやく終わる。
光なき世界に突如舞い降りた光が、屈折した世界を塗り替えていく。かつてそこに座していた漆黒の騎士の陰は、もう見えない。
気付けばいつからか心の底から笑っていた。いつ以来だろう。悲しくも苦しくも無いのに涙が出る。不思議だ。こんなことが、よりにもよって自分に起こりうるのか。
そんな亮太を見て、恭介も自然と口角が上がる。それだけじゃない、疲れも吹き飛ぶ。自分はオーバーズを持っていないが、翔のオーバーズはこんな感じなんだろうか。なんて考えも過るくらい、最高にご機嫌な気分だ。
長い夜を越えたからこその最高のカタルシス。歯の浮いたセリフに自制がかからないが、今くらいは許される。そう思った。
「人間誰だって何か欠けている。出来ないこともあって、人って思ったより案外不完全だ。でもよ、だからこそ今より良くあろうとするその姿が眩しいんだ。もしお前にその気があるんなら、俺はお前を全力でサポートする」
陽光を背に、恭介はそう言う。そして倒れ込んで放心したままの亮太の傍に近づいていく。
今の言葉で確信した。彼の強さは自分の弱さを理解し、その穴を信頼という力で補って作られた、何よりも眩い力にあったのだ。そう、それはこの夜明けに射しこむ光のように。
「それよりも大事なことを伝えなきゃな。ニ十歳の誕生日、おめでとうだ。生憎、昨晩一緒にプレゼントを買うつもりだったんだけどさ、知っての通り予定が狂っちまってな。取り急ぎ今差し出せるのは右手だけなんだ」
恭介がそっと手を差し出す。亮太はそれに向かって手を伸ばすと、がっつり握り返され、力いっぱい引っ張られた。体の重心がぐっと上がる。心も体も浮き上がり、そのまま彼方まで行けそうな。そんな爽やかな気持ちが駆け巡る。……なんて風通しの良さだ。
「……ありがとう。これで十分、いや、十分過ぎるよ」
誰が最初に向いたか。気付けば三人揃ってただただ昇りゆく太陽を眺め、その身いっぱいに光を浴びていた。この輝きをいつまでも胸に留めるために。
恭介「長く苦しい戦いだった〜! でも肩の荷が降りたって気分だな!」
翔「ダークナイトの件はひとまず終わったけど、肝心のAfの件はまだまだこれからじゃないか」
??「そうさ。むしろこれからなんだぜ! もう邪魔ものはいなくなった。後はお前らだけなんだよ!」
翔「次回、『ブランクアルター』。こいつ……。まさかこれも能力なのか!?」