20話 戦慄のオッドアイ
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフ、スタンダードデッキ。スペシャルブラグインモード、スペシャルマルチバトル』
「先にルールの確認だ。俺と恭介はハーフデッキ(三十枚デッキ)だが、お前はスタンダードデッキ(六十枚デッキ)を使用する。そしてお前は六枚、俺と恭介も三枚ずつの合計六枚のサイドを持ち、先にサイドが無くなった陣営が勝利だ。俺と恭介はバトル場をそれぞれ一つずつ、ベンチを二つずつ持ち、ベンチとスタジアム、トラッシュは共有する。そしてお前は前の番のプレイヤーのバトル場のポケモンを攻撃する」
「この前の鬼兄弟とは少しルールが違うんだね。分かったよ」
ターンプレイヤーは翔が先攻、次に亮太、恭介、亮太、そして再び翔。といった流れになる。翔の番の後、亮太は翔のポケモンを攻撃できると言ったわけだ。
各々の最初のポケモンは翔がアチャモ50/50、亮太がイベルタル130/130、恭介はバトル場にデンリュウEX170/170、ベンチにコイル60/60。
恭介が戦った時にはイベルタルはいなかった。やはりデッキの枚数も違うことから、デッキそのものを前回から交換しているのだろう。とはいえポケモンなどの構成は変わっても、Afやアンフォームド=ダークナイト・メシアは必ず入っているはず。それまでにどれだけ戦況を有利に出来るかだ。
「まずは俺からだ。手札からグッズ『ハイパーボール』を発動。手札から二枚トラッシュし、山札から好きなポケモンを加える。俺が加えるのはリザードンEX(180/180)。そして手札に加えたリザードンEXをベンチに出す」
ハイパーボールで翔がトラッシュしたのは炎エネルギーと二枚目のアチャモ。トラッシュの炎エネルギーを場のポケモンにつける手段がある。すなわち、いかに早く炎エネルギーを捨てられるかが翔の戦術の要だ。
「グッズ『Afノーフリクション』を発動。相手にダメージが与えられない代わりに、先攻一ターン目でもワザを使うことが出来る。そしてアチャモのワザを使う。フレアボーナス」
Afノーフリクションの効果でダメージは与えられないが、元よりフレアボーナスはダメージを与えるワザではない。その効果で手札の炎エネルギーをトラッシュして、手札を二枚引く。ここで更に手札の炎エネルギーをトラッシュに重ね、後の布石とする。
「アチャモの古代能力、『Ω連打』によってアチャモはもう一度ワザを使うことが出来る。もう一度フレアボーナスだ」
好カードを引けた。口には出来ないが、思わず恭介の方を見やる。これで手札を補充しつつ、トラッシュに置いた炎エネルギーは三枚。これだけ蓄えられれば十分だろう。
対峙する亮太の眼の色は右目が紫、左目が碧に変わっている。これが恭介が言っていた、能力の影響を受けない能力破断のオーバーズと、相手の能力を知る能力精査のオーバーズか。現に、かつてタッグバトルをした時と同様に翔の能力、コモンソウルが通らない。
「手札を整理して準備は万端って顔だね。……侮るなよ。ダークナイトがどういうプレイヤーか、予習はしなかったのかい? そんな中途半端な気概であれば、君なんて吹けば飛ぶ。手札から『ハイパーボール』を発動し、手札を二枚捨てて山札のダークライEX(180/180)を手札に加える。そしてダークライEXをベンチに。バトル場にいるイベルタルに悪エネルギーをつけ、ポケモンの道具『闘魂のまわし』をイベルタルにつける。続けてサポート『プラターヌ博士』を発動だ」
プラターヌ博士の効果で亮太は残った手札一枚をトラッシュし、カードを七枚新たに引く。デッキポケットのログを辿り、亮太が捨てたカードを確認すればレッドカードと悪エネルギーが二枚。
そして闘魂のまわしの効果で、たねポケモンであるイベルタル170/170のHPが40増え、ワザの威力が10増加。
ダークナイトについて予習しないはずがない。大型たねポケモンを使って速攻で攻め落とすパワーデッキ、それは分かっている。この勢いで亮太は確実にこの番で翔のアチャモを気絶させようと狙っているはずだ。だが、それにはまだ10足りない。
「スタジアム『リバースバレー』を発動。このカードはカードの配置によって効果が変わる。その効果で、僕の場にいる悪ポケモンのワザの威力は10増え、君たちの場にいる鋼ポケモンは受けるダメージが10減る」
「マズったか」
翔と恭介のデッキに鋼ポケモンはいない。恩寵を受けるのは亮太だけで、翔達からすれば死に札だ。そしてイベルタルの攻撃力がアチャモを倒せるラインにまでたどり着いた。
「イベルタルでバトル。デスウイング」
基本威力30に加え、闘魂のまわし、リバースバレーで30+10+10=50ダメージ。アチャモ50/50がこのまままともに受ければ、折角翔が準備した手間が消えてしまう。
翔と恭介はベンチを共有しているので、仮にアチャモが気絶しても恭介のコイルをバトル場に出せる為、アチャモが倒されたからと言って敗北するわけではない。それでも、切り込み隊長を担うアチャモをここで失うのが惜しい。
「やるしかない。手札から『Afダメージシャッター』を発動。手札を二枚まで捨て、捨てた数かける10ダメージ、威力を軽減する」
手札を一枚捨てることで、50−10×1=40ダメージ。アチャモ10/50はかろうじて難を逃れた。
「流石に無策ではないか。デスウイングの効果発動。トラッシュにある悪エネルギーをベンチポケモンにつける」
先ほどから手札を捨てていたのはこのためか。亮太のダークライEXに、一枚目の悪エネルギーがつく。目の前の敵を熾烈に叩きながら、次善の手を練る。分かってはいたが、対鬼兄弟戦の時のようなたどたどしさは無い。勝つための効率を追及した、洗練されたスタイルだ。
「翔、大丈夫か」
「少なくともお前に心配されるほどではないさ」
「ならいいけどよ、ちょっと場がゴタゴタしてきたな。なら俺が風通しを良くしてやるぜ。今度は俺の番だ。手札からグッズ、『フィールドブロアー』! 場のスタジアムとポケモンの道具を二枚までトラッシュする」
恭介が選択したのはリバースバレーと闘魂のまわしの二枚。闘魂のまわしがトラッシュされたことで、イベルタル130/130のHPは元に戻る。
恭介が翔に目くばせをする。具体的に何をやるかは知らないが、何かはやる気だ。合わせろよ、という合図だ。
「手札から『不思議なアメ』を発動。その効果でベンチのコイルをジバコイル(140/140)に進化させる」
「オーケー、ナイスパス。ならば俺は手札からグッズ、『Af共鳴音叉』を発動。タッグパートナーがグッズを発動したときに使え、その効果を得る。不思議なアメの効果を得て、俺のアチャモを手札のバシャーモ(100/140)に進化だ」
別に恭介は翔がAf共鳴音叉を持っている確信があったわけじゃない。ただ、翔が先に一度目くばせをしてきたとき、何かはあるなと思ったまでだ。
他人の気持ちや考えを百パーセント理解することは出来ないし、その必要もない。ただなんとなく。機微に触れたなら、その瞬間の相手の意思は見えてくる。
「手札の雷エネルギーをデンリュウEXにつけ、サポート『バトルレポーター』を発動。俺の手札をお前の手札の枚数と同じになるまで、つまり六枚になるまでカードを引く。そしてデンリュウEXでサンダーロッド!」
デンリュウEXのワザ、サンダーロッドの効果で山札の上からカードを四枚確認する。その中にあった雷エネルギー二枚をデンリュウEXにつけ、残りのカードを山札に戻してシャッフル。
先の翔の番と引き続き、二人からは攻めない。ここに訪れるまでの車中ブリーフィングで、恭介が提案した戦法だ。
亮太の速攻デッキに対抗するために攻め急いで、自らのペースを乱さないようにする。二人が倒さなければいけないのは、EXポケモンを筆頭とする大型エースばかり。そしてそれを倒せばダークナイト・メシアが現れる。となれば、目の前の小さな脅威ではなく、いずれ来る脅威に備えるべきだという恭介の論だ。
「そうきたか。君たちが準備をするというのであれば、僕がやることはそれを早急に叩き潰すだけだ。根競べといこうか」
亮太が引いたカードはAf覆水蘇生。我ながら恐ろしい程、カードの引きが良すぎる。次の番にやろうとしていたことが、今すぐ出来る。相手に余裕を与えさせたくない状況ではこれ以上ない。
「ダークライに手札の悪エネルギーをつける。まずはグッズ『Afハイレートドロー』。ギラティナEXをトラッシュしてカードを三枚引く。続けて『Af覆水蘇生』。トラッシュしたギラティナEXをベンチに出し、山札の悪エネルギーをつける。光なき世界に飛来する叛骨なる罪よ。ここに顕現せよ! ギラティナEX」
天上の空間が割れ、その裂け目から黒い触手と金の棘を持つギラティナEX170/170が、言葉で現わせぬ雄叫びと共にベンチに現れる。
「ダークライにギラティナ……。マズったな」
ギラティナEXの特性、叛骨の波動はメガシンカしたポケモンからダメージ、効果を受け付けない。恭介は手札のメガデンリュウEXを一瞥する。このカードをどう扱うか、選択を迫られる。
「まだまだ。三枚目! グッズ『Afスペシャルチャージ』。手札の特殊エネルギーを自分のポケモンに乗せた後、ダメカンをそのポケモンに二つ乗せる。その効果で僕はダブルドラゴンエネルギーをギラティナEXにつける。そしてポケモンの道具『軽石』をイベルタルにつける。そしてイベルタルを逃がし、ダークライEXをバトル場に」
軽石をつけたポケモンは逃げるために必要なエネルギーが無くなる。フィールドブロアーで、イベルタルについていた闘魂のまわしをトラッシュされた時すでに、火力の足りないイベルタルで継戦する案は切り捨てた。真打はやはりEXポケモン。
「ダークライEXでバトル。悪の波動」
ダークライEXの両手の平の間に、周囲から黒いエネルギーの塊が集まっていく。
「悪の波動は基本威力20に、自分の場の悪エネルギーの数かける20ダメージを追加する」
「ダークライに二枚、イベルタルに一枚。合わせて80ダメージか」
「馬鹿、下がれ、恭介! 120ダメージだ!」
ハンドボールを投げる要領で放たれたエネルギー弾が、デンリュウEX50/170の体に触れた途端弾ける。衝撃の勢いに加え、後ろに下がろうとした体勢が仇となり、恭介の体が軽く浮いて尻から落ちる。
「ってぇな!」
「おい、お前の方が大丈夫かよ!」
「まだまだこれしき……!」
「ギラティナEX(150/170)についたダブルドラゴンエネルギーは、ドラゴンタイプについている限り全てのタイプのエネルギー二個分として働く。勿論、それも悪エネルギーとして扱われる」
悪の波動は基本威力と場の五枚分の悪エネルギーで、20+20×5=120ダメージ。
上半身をゆっくり起こし、纏わりついた砂を手で払い、恭介は再び立ち上がる。まだ四ターン目にして、三桁ダメージを叩きだす。やっぱり今まで出会った敵の中でもトップクラス、とんでもない強さだ。特に悪タイプを抵抗力に持つポケモンはフェアリータイプのみ。フェアリーを主軸に使うデッキは少なく、誰が相手でも安定した火力を叩きだせるのが悪タイプ、ひいては亮太の強みだ。
翔は横目で恭介の様子を少し伺う。コモンソウルは亮太には効かないが、恭介の感情は読み取れる。恭介の中の闘志の火は、萎えるどころかじわりじわりと勢いを増しつつある。それは蝋燭のような心許ない火だが、この暗闇を仄かに照らす篝火だ。
人生は暗闇の峠。一寸先で何が待ち構えているのか分からない。だからこそ、人は踏み出す素養を問われる。というのが奥村翔の論だ。それが風見のような屈強な覚悟であるのか、恭介のように何が相手でも立ち向かう勇気であるのか。或いは、自分のように心の中で燻る義憤であるのか。だが、二人であればその素養は分かち合うことが出来る。仮に自分の心が折れても、恭介の中に闘志の火があればまだ戦える。無論、その逆も然り。そしてその火はまだまだ消える兆しはない。それを信じ、自分の山札からカードを引く。
「バトル場のバシャーモに、手札の炎エネルギーをつける。そしてサポート『鍛冶屋』。トラッシュの炎エネルギーを二枚選び、自分の炎ポケモン一匹につける。ベンチのリザードンEXに炎エネルギー二枚をつける。更にグッズ、『Afサイドチェッカー』を発動。自分のサイドを全て確認し、並び替えることが出来る。その処理後、カードを一枚引く」
タッグバトルにおける自分、はタッグパートナーも含む。デッキポケットのタッチパネルを参照に、翔は自分と恭介のサイドにあるカードを確認する。
思わず舌打ちをしそうになった。翔のサイド三枚のうち、二枚はAfだ。亮太と渡り合うための鍵となるカードがサイドに伏せられている状況。苦しい。苦しいが、ある意味好機でもある。
恭介のデッキには先刻亮太に奪われたため、Afが入っていない。そして恭介がサイドを引く場合、翔のサイドも「自分のサイド」であるから、そこからカードを引くことが出来る。そうすれば恭介にもAfが行き渡る。カードの配置を少し変え、恭介が引きやすいようにセットする。
「バトルだ。ヒートブロー!」
炎を纏ったバシャーモの右腕が、正確にダークライEX80/180のボディを打つ。ヒートブローの効果で炎エネルギーを一枚トラッシュしたが、こちらもようやく初攻撃。それにしては上々の出来だ。
「ようやく温まってきたってとこだな」
それでもたかが100ダメージ。相手にとっての致命傷とはとても言い辛い。
「手札からダブルドラゴンエネルギーをギラティナEXにつける。グッズ、『Af心命捧血―ライフエンハンス』を発動。自分のベンチのダメカンが乗っていないポケモンをトラッシュする。その後、そのカード及びそれについていたカードの枚数プラス二枚を山札から引く。ボクが選択するのはイベルタル」
イベルタルについているのは一枚の悪エネルギーと、道具の軽石。それらをトラッシュすることで、亮太はカードを五枚引く。
「さあ、二発目だ。悪の波動」
「ぐっ……」
亮太の場の悪エネルギーと見做せるカードは六枚。悪の波動の威力は20+20×6=140。バシャーモ0/140のHPが満タンだったとしても、防ぎきれないほどのパワーだ。
悪の波動の衝撃が、静寂な夜の郊外を穿つ。翔はオーバーズを発現させ、その身に受ける衝撃を殺すが、盛大な音と風が公園の木々を揺らす。悲鳴のような鳴き声を上げ、カラスが二羽飛び交う。
先にサイドを引いたのは亮太だ。この特殊なタッグルールでは亮太は二人の攻撃を受け続けなければならないが、亮太は二人に分配して攻撃をしなければならない。火力を分散させなくてはいけない。その不利を考えれば、先手を打てたのは亮太としても価値がある。
翔が次いでバトル場に出すのはリザードンEX180/180。このリザードンもメガシンカが選択肢にあるが、亮太のベンチで佇むギラティナEXの牽制がシビアだ。
「今度は俺の番だ! 手札から『デンリュウソウルリンク』をデンリュウEXにつけ、デンリュウEXをメガシンカさせる。頼むぜ、メガデンリュウEX!」
「メガシンカ……。ただの考え無しか、そうでないか見させてもらうよ」
数時間前の対戦ではこのメガデンリュウEX100/220で敗北を喫したが、もう二の轍は踏まない。
この番でダークライEXは倒すことが出来る。問題なのは、次に出てくるカードが何かだ。
今、亮太のベンチにいるのはメガシンカポケモンの攻撃と効果を受けないギラティナEX。そして手札にあるのかは分からないが、あのアンフォームド=ダークナイト・メシアを呼び出すことも可能だろう。そのどちらかが次にバトル場に現れるが、御しやすいのは確実に前者だ。あえてメガシンカポケモンを出すことで、誘い込む。
「スタジアム『うねりの大海』を発動。その効果で、互いのプレイヤーは自分の番に一度、水タイプと雷タイプのポケモン全員のHPを30回復できる。早速その効果を使わせてもらうぜ」
三人の足元が海を模す映像に切り替わる。うねる大海は渦潮を呼び、メガデンリュウEX130/220に一時の癒しを与える。
「ダークライEXにメガデンリュウEXで攻撃。エクサボルト!」
一瞬の震霆が闇を討つ。メガデンリュウEXから放たれた雷撃は、瞬く暇も無くダークライEX0/180の体を貫き、焼き切った。
「恭介」
「ああ、分かってる」
恭介はサイドを引く際、翔の側にあるサイドからカードを二枚引く。三枚あるうちどの二枚か。
長岡恭介は派手好きで豪快な性格をしているように思われがちだが、実際のところ占いやゲン担ぎなどの縁起を非常に気にする男だ。九月になっても年明けに引いたおみくじが末吉だったことを引きずり、バイクに乗る際もヘルメットの装着の仕方を完全にルーチン化して、それが外れることを嫌う。それはカードにおいてもそうで、利き手と離れた位置。すなわち左の奥側に好カードを配置するルーチンがある。
翔ならそんな俺の傾向を熟知しているはず。恭介はそう信じ、翔側の奥から二枚、サイドを引く。引いたのは二枚のAf、どうやら当たりか。
横目で見る翔の口角が上がる。つられて恭介もニヤリ。Afが無い恭介にはうってつけの渡し船。これで戦術の幅が広がる。
「僕はギラティナEXをバトル場に出す」
やった。恭介の目論見通り、ここはメガデンリュウEXの攻撃を通さぬようにギラティナEXが来た。手札のAfと組み合わせれば、なんともならないことはない。
それでも、肝心のダークナイト・メシアの攻略というわけではない。あくまで本命が来るまでの猶予が伸びた、ただそれだけだ。
「僕の番だ。手札から、グッズ『アンフォームド=シャドーアーク』を発動。このカードの発動時の処理として、このカードをオモテのままサイドに置く」
サイドを全て引くことによって勝ちが決まるポケモンカードにおいて、自発的にサイドにカードを減らすのではなく置くことは、勝利条件から遠ざかる行為だ。以前風見がAfの効果で自発的にサイドにカードを置いていた件もある。まさかわざわざ負けに行く事はしないはずだ。じゃあ何のために? それが読めない。
デッキポケットのモニターで、亮太のカードを確認しようとするがエラー表示しか出ない。市販で流通しているカード以外、カードの詳細テキストを読み込めないのはAfや翔が持つコモンソウルと同じか。
「ギラティナEXで攻撃。カオスウィール」
カオスウィールはエネルギーを四つ必要としながら、ワザの威力は100と控えめだ。恭介のメガデンリュウEX30/220のHPを削り切ることすら敵わない。だが、問題はその効果だ。
「カオスウィールによって、次の君の番、手札から特殊エネルギー、ポケモンの道具、スタジアムを使うことは出来なくなる」
それに加え、特性によってメガ進化ポケモンの攻撃を受け付けない。こちらの動きに制限をかけにきている。
翔が番の始めに引いたカードはリザードンソウルリンク。カオスウィールの効果で使うことが出来ない。手札が二枚しかない翔は、やることが限られてしまう。
「手札からスタジアムは使えないが、既にあるスタジアムの効果は使える。うねりの大海の効果で、場のメガデンリュウEXのHPを30回復させる。そしてリザードンEXに炎エネルギーをつけ、大文字!」
大の字に広がる炎の塊をギラティナEX50/170にぶつける。コストとして炎エネルギーを一つトラッシュ。次の番、何かしらエネルギーを補充する手段が無ければ弾切れだ。ダメージでこそ優位に立てているが、あまり追い詰めた気がしない。
「僕の番が始まると共に、アンフォームド=シャドーアークの効果が発動。サイドにオモテ側で置かれているこのカードをトラッシュ。その後、山札からアンフォームドと名のつくカードを一枚、相手に見せてから手札に加える。僕が手札に加えるのはアンフォームド=リグレス・アイディール。そしてギラティナEXでカオスウィール」
亮太の動きは極めて少ない。リザードンEX80/180に100ダメージを与えただけで、手札の消費すらない。あまりにも行動が消極的過ぎる。
亮太のプレイスタイルは効率性をとことん追求した動きだ。寄り道はしない。最低限の労力で、最大限の力を叩き込む。
恭介はカードを引いて考える。今の亮太の手札は十枚。それだけリソースがあるのに動かず、いくら俺のバトル場のポケモンがメガ進化ポケモンだからとはいえ、場にいるのは傷を負ったギラティナEXのみ。あと50ダメージ喰らえば負けてしまうという状況。数多ある選択肢の中で、亮太は動かない。それ即ち、今の状況が亮太にとっての最良であると、本人が断定したという証明だ。
ならば十中八九、亮太の手札にはダークナイト・メシアが控えている。ギラティナEXを倒せば、ヤツは現れるだろう。だが、この誘いにはあえて乗ってやる必要がありそうだ。
理由としては二つ。まずギラティナEXのカオスウィールが鬱陶しい。俺たちの行動を制限してくるせいで、翔も俺も十二分なプレイングが出来ない。こいつを置いといてもロクなことにはならない。そしてもう一つ。やはりダークナイト・メシアを倒さない限り、本当の意味で亮太に勝ったとは言えない。あいつの本当の心の声はその鎧の内側にある。その声を聞き、俺たちの声を響かせる。それが本当の意味での勝利だ。
「うねりの大海の効果で、メガデンリュウEXのHPを再び回復する。そして手札からAf『タッグチェンジ』を発動。タッグパートナーとバトル場のポケモンを交換する!」
「Af……? そうか、あのときに」
「ああ。俺の手持ちはお前に奪われたがな。こいつはさっきダークライEXを倒したとき、翔が伏せたサイドから手札に加えたカード、ってわけだ」
翔と目が合うと、翔はただ黙って首を小さく縦に振る。これで俺のバトル場のポケモンがメガデンリュウEXからリザードンEXに変わった。非メガ進化ポケモンをバトル場に立てたことで、ギラティナEXの叛骨の波動の影響を受け無くなり、攻撃が通るようになる。
これで「今」の対策は出来た。「先」の対策もしなくてはいけない。手札を一枚引き抜き、そっと目を閉じる。暗闇の脳裏に映るのは、翔の家を出る際の美咲の姿だった。
俺一人ではこっぴどくやられてしまった。翔の力を借りて、今のところは以前より有利に立ち振る舞えている。そして、今手にしたのは美咲ちゃんがさっきくれたカード。ああ、俺一人の力の足りなさよ。本当は出来る事なら俺一人で目の前の亮太をどうにかしてやりたかったが、敵わなかった。
だけど、こうして誰かから力を貸してもらえることも、俺自身の力だ。これが俺にはあって、アイツにはない力。今ここにはいなくても伝わる仲間たちの想い、そして隣で並び立つ親友の闘志。その全てが俺の力となる。
「続けてサポート『コルニ』を発動。デッキから闘タイプのポケモンとグッズを手札に加える」
「闘タイプ……?」
「おい、そんなのいつの間に」
初めて亮太の表情に変化が見える。ついでに事前通達の無い翔も驚き顔だ。ダークナイトの悪タイプ対策に美咲が確保したのは、弱点を突ける闘タイプのカード。目の前のギラティナEXにこそ効果は無いが、その「先」であれば!
「その効果でグッズ、仲良しレスキューとルカリオEXを手札に加える。さあ、来たるべき時は来た! 鋭敏なる蒼き志、ルカリオEXをベンチに出す!」
バトル場から離れた位置にシルエットが現れる。公園の街灯の上から跳躍し、ルカリオEX180/180がベンチに降り立つ。
「なるほど、考え無しで来たわけではないようだね」
「本気でそう思ってるんならよ、お前の俺に対する評価、もうちょいとばかし考え直した方がいいぜ。勝てる勝負しかしないわけじゃないが、負ける勝負はしないんでな!」
「そうだね。ちょっと工夫しただけで、僕を倒せると思いあがってる、と考え直すべきだ」
「はっ、やっと舌が回り出したようだな。まあ見てろ。まずはベンチのジバコイルの特性、『マグネサーキット』だ。その効果で手札の雷エネルギーをリザードンEXにつける。次いで手札の闘エネルギーをルカリオEXにつける。そしてリザードンEXでギラティナEXに大文字!」
二度目の大文字が今度こそギラティナEX0/170にとどめを刺す。大文字の効果で再び炎エネルギーを一枚トラッシュする。そしてEXを倒したことで、恭介は新たにサイドを二枚引く。これで恭介たちの残りサイドは二枚。対する亮太はまだ五枚残っている。
が、まだ油断はできない。地面に倒れ伏したギラティナEXの亡骸から黒い靄のような瘴気が立ち込めてくる。その中に忽然と輝くのは、鈍色の大剣。そして瘴気が形を作り、現れたシルエットが、地面に突き刺さった大剣を引き抜く。
間違いない。アンフォームド=ダークナイト・メシア100/100だ。
「自分のバトル場のポケモンが気絶して、相手がサイドを二枚以上引いたときのみ、このカードをバトル場に出すことが出来る。光なき世界で、義無き剣を振るう救世主! 現れよ。アンフォームド=ダークナイト・メシア!」
数時間前の記憶がフラッシュバックする。攻防一体を極めたあの漆黒の鎧は、恭介のありとあらゆる攻撃をはじき、薄氷の如き希望を打ち砕いた。反射的に右手の切り傷の痕をさする。今もなお闇を湛えたあいつの眼に俺たちを捉えさせるには、立ちはだかっては剣を持つ、心の殻をぶち破るしかない。
「Afタッグチェンジの効果は終了し、翔と俺のバトル場のポケモンは元通りに入れ変わる」
これでメガデンリュウEX90/200が再び恭介の元に舞い戻る。願わくば、次の番まで耐え抜いてもらいたいが、望みは叶うか。
「なんて威圧感だ」
翔が思わず言葉を漏らす。恭介は察する。翔も不安なのだ。人は怯え、不安を感じれば、己がここにいるという支えが欲しくなる。
足元から這い出ては、己の足首を掴み、闇へ闇へと引きずる不安や恐怖から抜け出すために、他者の温もりという蜘蛛の糸の如き微かな救いに縋る。そのため、誰かの共感、あるいは励ましの一声を望む。愚痴や独り言、或いはSNSへの吐露と形は様々だが、恐怖に足を掴まれたからこそ人は声を出す。ここにいる、助けてくれと。
それを恭介も痛い程理解していた。だからこそ、それはまだ抜け出すことが、打ち克つことが出来る恐怖であると。恭介自身も勝てるかどうかは不安で仕方がないし、支えや励みが欲しい。だからこそ、二人で赴いたんだ。
「おいおい、本番はこっからだぜ」
「分かってる。分かってるけどな」
「気持ちは分かるよ。俺だってお前と同じ気持ちだ。でもこれを乗り切らないといけないんだ。一人きりではダメだったけど、今回は二人だ。俺たち二人で、ダークナイトをぶっ倒す」
「ああ」
それを嘲笑うように、クククと亮太が肩を震わせる。
「虚勢だね。見てて悲しくなってくるよ。……まあ、そんなものすぐに消し飛ぶさ」
「虚勢であれ勢いは勢いだ。意地も通せば道理になるってな」
恭介の返答に亮太の表情が変わる。眉を顰め、浮かぶ表情には明確な敵意が見える。
「うんざりだよ。君のそのなんでもかんでも正当化しようとするところが。自分は純度百パーセント、清く正しい信念を貫いてます、ってアピールがいい加減目障りだ」
翔も異変を肌で感じ取る。今まで寡黙に対戦を進めてきた亮太が、ここにきて感情を顕にしてきた。それが「殻」なのか、「中身」なのかは定かではないが、ダークナイト・メシアを引きずり出すことで亮太自身にも変化が現れたように思う。本番はここから、というのはそういうことか。目が合った恭介が頷く。
「これが最後通牒だ。まだやると言うのなら、もう君たちの無事は保証できない。腕でも折って、カードを持てなくなるという覚悟はするんだね」
字面だけ見れば酷ととれる言い回しだが、恭介は僅かな変化も見逃さない。
「そういうお前の指が震えてるぜ。覚悟するのは俺たちじゃない。お前の方だな! 俺たちは腕が折れても心は折れねえ」
恭介の言動に亮太の心が乱される。依然コモンソウルは亮太のオーバーズに阻まれるが、ようやく顕になった表情からその苛立ちが伺える。
「ならその時になって同じセリフが言えるかな。僕の番だ。手札から『アンフォームド=リグレス・アイディール』を発動。そして手札からカードがプレイされたことにより、ダークナイト・メシアの特性が発動。『デザイアアブゾーブ』!」
これが恭介を苦しめたダークナイト・メシアの本域。カードが使用される度、デザイアカウンターを一つダークナイト・メシアに乗せていく。
「手札からダブル無色エネルギーをダークナイト・メシアにつけ、もう一つグッズ『アンフォームド=チェンジングトレンド』を発動。このカードをオモテのままサイドに置く。そしてスタジアム『アンフォームド=ナイトメアドーム』!」
足元に広がっていたうねりの大海が消え、三人を包み込むように、ドーム状に黒いスモッグが広がる。スモッグの向こうの風景がほとんど霞んで見えない。街灯りはおろか、月の光すら通らないのに、なぜかナイトメアドームの内部は明るい。お互いの顔はもちろん、カードも見える。暗順応、とみなすべきか。
「ナイトメアドームが場にある限り、互いに手札からスタジアムを使うことが出来ない」
「なるほど。つまりナイトメアドームをトラッシュするためにはグッズかポケモンのワザじゃないとトラッシュできないってわけだな」
カードがさらにプレイされたことで、ダークナイト・メシアのデザイアカウンターはこれで四つ。
亮太はこの番四枚カードをプレイしたが、エネルギー以外のカードの効果が分からない。その前の番に使ったシャドーアークを含め、亮太の持つアンフォームドは、どれも効果が遅効性過ぎて何をしてくるのかサッパリ読めない。常に後出しじゃんけんを仕掛けられているようだ。
「ダークナイト・メシアでバトル。リリーブフィーリング!」
その大剣に蓄えたデザイアカウンターをエネルギーとして放出し、大剣を黒く大きく変形させる。上段に構えたダークナイト・メシアは、それを勢いよく振り下ろす。
「リリーブフィーリングは基本威力20に加え、このカードに乗っているデザイアカウンターを全て取り除くことで、取り除いた数×20ダメージを相手に与える」
取り除くことになったデザイアカウンターは四つ。これで威力は20+20×4=100ダメージ。
「四歩下がって左だ!」
翔の指示が飛ぶ。それに合わせ、ダークナイト・メシアの攻撃を恭介がバックステップで回避する。大剣が巻き起こした衝撃波は、メガデンリュウEX0/220を貫き、その奥にいる恭介の右半身まで狙っていた。さっき言っていたようにカードが持てない体にする。であれば利き手側を狙うのは自明だ。
「はっ、やってくれるぜ! でもよ、それじゃあまだ俺たちの腕は持っていけねえな」
「EXポケモンを気絶させたことで、僕はサイドを二枚引く」
これでオモテ向きのまま置いたアンフォームド=チェンジングトレンドを含め、亮太のサイドは残り四枚。恭介はバトル場にルカリオEXを出す。
「翔、頼んだぜ」
「ああ」
「悪いが、僕の番はまだ終了していない。アンフォームド=ナイトメアドームの効果。ワザの効果でポケモンに乗っているカウンターが取り除かれた時に使える。手札のアンフォームドを一枚トラッシュすることで、取り除かれたカウンターと同じ種類、同じ数のカウンターをそのポケモンに乗せる。アンフォームド=パストタイムをトラッシュすることで、ダークナイト・メシアに再び四つのデザイアカウンターを乗せる」
「カウンターが再生した!?」
「なるほどね。これで攻撃をした後も次の防御に備えるって算段かい」
しかしダークナイト・メシアのHPは100/100。100よりもはるかに大きいダメージを叩き込めば体力を削ることは出来る。
「俺の番だ。手札から『リザードンソウルリンク』をリザードンEXにつける。続けてサポート『サナ』を使い、手札が五枚になるまでカードを引く。俺の手札は0枚なので、五枚引く」
「君がカードをプレイするたび、ダークナイト・メシアにデザイアカウンターが一つずつ乗る。これで六つ」
「リザードンEXをメガシンカさせる。闘志沸き立つ緋の鼓動、勝利を掴む風となれ! メガリザードンEX!」
メガリザードンEX120/220の頭部に三つ目の角、腕に小さな翼が生える。暗がりの中灯る尾の炎はより強く赤々と輝き、緋色の翼を羽ばたかせ、低く唸る咆哮を放つ。
「ソウルリンクの効果で、メガシンカをしてもターンが終了しない。手札の炎エネルギーをメガリザードンEXにつけ、グッズ『エネルギー回収』を発動。トラッシュの炎、雷エネルギーを手札に戻す。まだまだ! ジバコイルのマグネサーキットによって、手札の雷エネルギーをメガリザードンEXにつける。そして『いいキズぐすり』を発動。メガリザードンEXの雷エネルギーをトラッシュする代わり、HPを60回復させる」
メガリザードンEX180/220のHPも安全圏まで回復した。ただ、手札を使いすぎたか。ダークナイト・メシアのデザイアカウンターはこれで十一個。
やはり厄介なのはナイトメアドームか。メガリザードンEXのワザの威力は300。このまま攻撃すれば、仮に多少防御されたところでもダークナイトは倒し切れる。そんな状況にもかかわらず、亮太は平然とし過ぎている。まだ仕掛けがあるのか? であれば詰め切っておくか。
「もう一つグッズ『ペンキローラー』を発動。場のスタジアムをトラッシュし、カードを一枚引く。ナイトメアドームをトラッシュ!」
「この瞬間ナイトメアドームの効果が発動。グッズの効果でトラッシュされる場合、手札のアンフォームドをトラッシュすることでナイトメアドームを守ることが出来る。僕がトラッシュするのは、『アンフォームド=ダブルスタンダード』。更にトラッシュしたダブルスタンダードの効果も発動。カードの効果でこのカードをトラッシュした場合、自分のバトル場のポケモンに乗っているカウンターを一種類選択し、同じ種類のカウンターを同じ数だけ乗せる。勿論デザイアカウンターを選択」
「おいおいおいおい!」
「……マジかよ」
これでデザイアカウンターはペンキローラー、ダブルスタンダードの処理も含めて(11+1)×2+1=25個。安全にダークナイト・メシアを倒すはずが、逆に倒せなくなってしまった。単純なカードパワーも強いが、まるで不安を排除したいという心を狙い撃つかのようなコンボ。見透かされているかのようだ。
前の番、わざわざグッズとポケモンのワザ以外でしかトラッシュできないというように認識させたのも、このミスリードのためだというのか。
「くそっ、メガリザードンEXでバトル。グレンダイブ!」
メガリザードンEXが火炎を吐き出しダークナイト・メシアを焼く。火炎舞うダークナイト・メシアに向かい、メガリザードンEXが追い打ちを仕掛けるように飛び込んでいく。
「ダークナイト・メシアの特性『カントフリック』を発動。攻撃を受けるとき、デザイアカウンターを全て取り除くことで、取り除いた数だけダメージを低減できる」
取り除いたカウンターは二十五個。受けるダメージは300−25×10=50ダメージ。オーバーキルを狙いすぎたあまり、逆に自らの首を絞めてしまったか。いや、これは奢りだ。今まで心理戦を、相手の感情が分かる能力に頼り続けてきたからこそ、能力が使えないここ一番でこのような結果を招いてしまった。これじゃあ相手の心や考えを分かったつもりでいるだけで、何もわかっちゃいないのと変わりない。
何のための力だ。何のためにこれまで戦ってきて、俺はここに何しに来たんだ。恭介を助けるつもりが、これじゃあ足を引っ張ったも同然じゃないか。
「グレンダイブを使用した反動で、メガリザードンEX自身に50ダメージを与える」
これでメガリザードンEXの残りHPは130/220。決死の攻撃が自らの首を絞めただけだ。
「下を向くなよ! そんな余裕があんのか!」
恭介から叱咤が飛んでくる。ほとんど怒鳴り声だったが、その表情は穏やかだ。戦う前に車内で聞いた勝算はまだ残っている。今がダメだったからと言って、まだ終わってはいない。繋ぐんだ、ほんの少しでも。
「……心を折ってみようとしたけど、確かに折れそうにはないね。ならば直接叩き潰すだけだ。僕の番が始まったと同時に、前の番に使った二つのアンフォームドの効果が発動。まずはトラッシュのリグレス・アイディール。その効果でトラッシュにある悪エネルギーと、リグレス・アイディール自身を手札に加える。そしてサイドにあるチェンジングトレンドの効果。チェンジングトレンドをサイドからトラッシュに送り、ダークナイト・メシアについているダブル無色エネルギーを山札のバッドエネルギーと交換する。そして僕は再びリグレス・アイディールを発動。悪エネルギーをダークナイト・メシアにつけ、サポート『ポケモンセンターのお姉さん』を使う」
これで四枚のカードがプレイされ、ダークナイト・メシアのデザイアカウンターは四つ。しかもポケモンセンターのお姉さんの効果で、ダークナイト・メシアのHPは60回復し、残りHPは100/100に。あっという間に全回復。苦労して与えたダメージがすべてパーだ。
「今ここで再び、その全てを解き放つ。リリーブフィーリング!」
デザイアカウンターを吸収し、黒く染まった大剣の一振りが襲い掛かる。取り除かれたカウンターは四つ。これでリリーブフィーリングの威力は20+20×4=100ダメージ。メガリザードンEX30/220はなんとか堪えたが、次にワザを使えばその反動で自滅してしまう。倒し切らなかったということは、また攻撃を防ぐ手立てでもあるということか。
「スタジアムのナイトメアドームの効果。手札のアンフォームド=ボイドボンドをトラッシュすることで、取り除いたカウンター四つを再びダークナイト・メシアに装填」
ダメージを与えつつ、HPを回復させ、次の防御に備える。もはや攻防完全一体の、巨大要塞だ。その姿に恭介は亮太の面影を重ねる。他者からの干渉を拒み、跳ね返し続ける。己の欲望をその身に蓄え、それ故に相手を傷つける。
数時間前の対戦で、僅かながら見えた亮太の本音が今はほとんど見えないのも、その鎧でもって封じ込めたからだろう。
「お前が誰かを拒んだ結果の力がそれだというなら、新たに繋がりを広げていく無限の可能性ってやつを披露してやる」
「残念ながら君の頼れる親友では僕のダークナイト・メシアに、まともなダメージを与えられなかった」
「目に見えているものだけで語るなよ。繋がりの力はここにもある」
恭介は右の拳で胸元をグッと叩き、続けてバトル場のルカリオEXを指さす。
「なるほどね、そのルカリオEXも誰かのカードってことか。自分の力が足りないから、誰かの力を借りないといけない。哀れだね」
「いいや、その逆さ。自分じゃない他人の力を信じるってのは、何よりも難しいことなんだぜ。さあ俺の番だ。ルカリオEXにストロングエネルギーをつける。そして決めてやれ、スクリューブロー!」
「もう攻撃だって? くっ、ワザの前に、デザイアアブゾーブの効果でカウンターを一つ乗せる」
「スクリューブローの効果で、手札が六枚になるまでカードを引くことが出来る。が、そんなもんは使わねえ! 何の小細工もいらない。必要なのはこの拳一つ!」
一見考え無しの台詞のようにも聞こえるが、動けば動くほど己が強くなるダークナイト・メシアの対策としては小細工しないことが最も良い。実際、翔は下手に動いて失敗したのだ。
ルカリオEXが体の重心を下げてダークナイト・メシアに接近。回転する波導を拳に纏わせ、ダークナイト・メシアのどてっぱらに重い一撃を狙う。
「まだだ、カントフリック! デザイアカウンターを五つ取り除き、ダメージを軽減する! さらにバッドエネルギーの効果で、ワザを与えた相手にダメカンを二つ乗せる」
拳が腹部に来る前に、ダークナイト・メシアが大剣を腹の前で構える。またダメージを受け流す気だ。だが。
「ストロングエネルギーが闘ポケモンについているなら、ワザの威力が20上昇する。さらにダークナイト・メシアは悪タイプで闘タイプが弱点! 受けるダメージは二倍! もう通らねえぜ!」
美咲が貸し与えてくれた力が、今ここで虚妄の鎧を打ち砕く。(60+20)×2−50=190ダメージがダークナイト・メシア0/100にクリーンヒット。
大剣は砕け、ルカリオEX160/180の拳が腹に刺さる。その体が吹き飛ばされ、亮太諸共に背後の大木に激突する。ダークナイト・メシアの真っ黒な甲冑にヒビが入り、その場でポロポロと崩れていく。
「やった……。倒した!」
「ダークナイト・メシアを倒したことで俺たちはサイドを一枚引く。まだもう一枚残っているが、もうベンチにポケモンはいない。ここまでだぜ」
俯いたまま倒れた亮太は動かない。それどころか、デッキポケットのモニターを覗き込んでも、ゲームが終了した表示も無い。
「行くな! まだ何かある!」
身を案じ、亮太の元へ向かおうとする恭介を声で制す。
「何か、たって」
俯いたままの亮太が、右手に一枚カードを持ち変える。フラリと立ち上がりつつ、そのカードを胸の高さまで掲げれば、それに呼応するように、ダークナイト・メシアの残骸から黒い瘴気が巻き上がる。
「……光なき世界で斃れ伏す戦士より、死を超え悪夢が舞い降りる。今こそここに現れよ。アンフォームド=ダーク・ナイトメア!」
亮太「僕は僕が信じる幸せのためならば、それ以外の何もいらない。余分なものは全て拒む!」
恭介「お前が俺を拒絶しても、俺からすればお前はダチだ。その真実は変わらねえ。
来いよ、お前の不平不満を全部ぶつけてこい。ここが勝負の天王山だ!
次回、『夜明けを待つ青年』。始まれば終わり、終われば始まる。俺がお前を夜明けに導く!」
アンフォームド=ダーク・ナイトメア HP150 悪 (PODオリジナル)
特別ルール
自分のバトル場のアンフォームド=ダークナイト・メシアが相手のワザによって気絶した時、トラッシュしたアンフォームド=ダークナイト・メシアをバトル場に置き、このカードをその上に重ねることでのみ進化できる。
特性 カラミティホール
カードのプレイ及びカードの効果が発動する度にこのカードにデザイアカウンターを一つ乗せる。
特性 デザイア・リジェクション
このカードがバトル場にいて、相手がワザを使った時に使える。このカードに乗っているデザイアカウンターを好きなだけ取り除く。このポケモンが、相手のポケモンから受けるワザのダメージは、「−取り除いたデザイアカウンターの数×10」される。
無 グラティファイド・ナイトメア
このカードにデザイアカウンターを四つ乗せる。次の相手の番、このカードにデザイアカウンターが乗ったとき、更にデザイアカウンターを一つ乗せる。
悪悪 ハグライドイレイザー 20×
このカードに乗っているデザイアカウンターを好きなだけ取り除く。取り除いたデザイアカウンターの数×20ダメージ。その後、このカードにデザイアカウンターを四つ乗せる。
弱点 闘×2 抵抗力 超ー20 にげる ー