16話 盲目の獣
「──なるほど、首尾は分かった。希、お前は先に帰っておいてくれ」
『え? でも』
「俺の帰りは遅くなる。少し残業をするだけだ。……なあに、何度かあっただろう」
顔は見えないが、電話越しの希の表情が風見の脳裏には浮かび上がる。自分自身でも人の感情の機微を察するのは疎いと認識している。だが、彼女はそんな風見でもわかりやすく喜怒哀楽を示してくれる。未だに感情を言語化するのには慣れないが、様相としては普段元気にしっぽを振る犬が項垂れている。そんなところだろう。
面倒見がよく心配性なところも結構だが、己では手が届かない所まで介在しようとするのはあまりにも愚行。火が点いたヤツを止めることは、悪いが希では力不足だ。
「心配はするな。とにかく残りの細事は俺が済ましておく。報告助かった、ありがとう」
『う、うん。……分かったわ、また帰るときは連絡してね』
「ああ。夕食楽しみにしている。……そうだな、三人分用意してくれると助かる」
『三人分? 誰かお客でも来るの?』
「ああ、勝手に飛び出したあいつを引き連れて帰ってくる。それじゃあな」
『うん、分かった』
スマートフォンを耳から離し、通話を切る。受けた報告をまず整理しよう。
奥村翔は自身のオーバーズの性質を理解し、オーバーズを発現することが出来た。だが市村アキラの煽りを受け、半ば暴走状態である。というのも俺に良いように使われている、という嫌疑をかけられたから。
ヤツらしい性根の悪さだ。おそらく面白半分で人を扇動したのだろう。大目的こそ果たしたが、それ以外は見事に期待を下回った、というより妨害を受けた。だが翔の抱いた疑念も間違いではない。確かに傍から見れば、俺の使い走りに見えないことは無い。
ならばヤツとは正面から語り合うだけだ。それに相応しい俺の本気をもって、全てを制する。それにアレを披露するにはいい機会だ。
風見は廊下からラボへ戻り、福田副チーフに伝令を放つ。
「福田さん。今から約三十分後に『アレ』の検証実験を行います。実験室Cの準備と人員配置をお願いします。……時間は時間なので、計器観測とデータ採取だけで大丈夫です」
「今から……ですか。いやあ、これは大仕事だな」
「私情に巻き込む形で申し訳ないです」
「いやいや、そもそもアレの開発には有志しかいませんからな。最低限の人数は確保出来るでしょう」
「助かります。それと、奥村翔という青年がやってくると思うので実験室Cまで案内してほしいのですが」
「その役目、私が請け負いましょう。では、これから支度を始めます」
福田副チーフは迅速に研究室にいる面々に指示を飛ばし始める。ならばあとは全て大丈夫であろう。風見は細事一切を任せ、繰り広げられるであろう激戦のために精神を統一する。
ヤツとは今でもよく対戦して遊んでいる。が、真剣勝負の場としては実に三年ぶり、いや四年ぶりか。正直なところ、自身も興奮している。果たすべき役割は全うする。しかしこの魂の疼きはまた別の話だ。今は然るべき場所に座して、ヤツが来るのを待つ。
それとほぼ同刻。恭介と美咲達は市街地内の小さな公園でダークナイトを発見し、今まさに対峙した。
報告通りの兜の形状。明らかに異質で鈍い輝きを放つ大剣。そして今まさに闇に溶けようとする漆黒の鎧。
「お前が──」「あなたがダークナイトね!」
先んじて出張る美咲に恭介は少し戸惑う。目撃証言などによれば躊躇いなく人を傷つけるダークナイトは、間違いなく危険な存在だろう。そんなやつと美咲に戦わせてもいいのだろうか?
実力では俺は美咲に及ばない。それでも、危険な目に合わせて果たして大丈夫なものか。それをいまさらになって悩んでいる自分がなんとも情けないこと。
ダークナイトという異物が放つ圧迫感。戦うとしたらカードだろうが、その剣で今にも首を刎ねられそう。そういった緊張感と悪寒が全身を貫く。それは美咲も例外でなく、毅然として立ち振る舞ってはいるが、心なしか足が僅かばかり震えている。
ダークナイトが僅かに向きを変え、こちらをおそらく視界に入れた。一瞬ダークナイトは大剣を構えたが、すぐに降ろした。
「『お前達』、か。お前達とはまだ戦う段階には至っていない」
「どういうことだ?」
「お前達とはいずれ戦う。が、それは今ではない」
大剣の剣先を地面にコツンと叩きつけると、どう形容したものか。刀身から「黒い閃光」が放たれ、視界が真っ暗になり一瞬目が眩んだ。
「ぐっ……」
視界が回復した頃には既にダークナイトの姿は消え失せていた。音もなく、一瞬で姿形が見えなくなっていた。正直のところ、ホッとしている。詰まっていた気道が解放され、ようやく呼吸が出来る。そういった錯覚に陥るほどだ。
それでもタダで引き下がるつもりはない。足音は聞こえた。つまり、ダークナイトは決してワープをしたわけではなく、理屈は分からないが姿を見えなくするステルス機能を奴は保有している。
『ステルスって言ってもピンキリだから、どんなステルス機能なのかは分からないんだけど、見えていないだけで当の本人はいるはずよ。だから目撃して消えても、音や赤外線を頼りにすれば必ず跳ね返るはずだから追いかけれるのは不可能じゃないわ』
と昼過ぎの希さんの言葉を思い出す。今は覚悟が足りなくて、情けなくただ嵐が過ぎ去るのを待つ結果になってしまった。でも、次こそは必ずその背に手を伸ばして見せる。
四方を白い壁に覆われた質素な空間。まるでシェルターのように分厚い壁を通り抜け、奥村翔はやってきた。
「待っていた。単にお前が訪れるのを待っていただけか、お前とこうして相対する機会が訪れるのを待っていただけか、それはもはやわからん」
風見の脳裏に浮かぶのは五年前の記憶。高校一年生の時に初めて奥村翔と出会い、戦った。その時とは場所や立場こそ異なれど、シチュエーションは極めて酷似している。
かつては風見自身の方が感情的になり、翔にぶつかった。その結果は敗北。だが、その敗北から風見のすべてが始まった。その時の借りをようやく返す時が来たようだ。そういう意味でも「待っていた」のかもしれない、と風見は思った。
「少しは頭が冷えたようだな」
「……ああ」
翔の瞳は平静時の黒。オーバーズこそ発現していないが、その体に纏った闘志は隠しきれない。今は下火だが、ことが始まればすぐにまた滾るだろう。
ならばすることは一つだ。プレゼンテーションと同じで、己が力を示しつつ会話をする。それが物理的な力であろうが、権力や資金力、はたまた説得力であろうが、力なき者の言葉は誰も耳を傾けない。
「お前との『対話』において、下手な言葉はいらん。俺たちは心で、魂で会話する。そうだろう?」
翔は黙するままだが、風見にはそれが
肯う意のものだと空気で分かる。
「こんな遅い時間にここまで押しかけたのは結構なのだが、それではあまりにも『俺の都合』を排除しすぎだろう。だからこちらも新製品のテストプレイに付き合ってもらう。いいな」
風見が取り出したデッキケースは、翔達が平時使用しているデッキケースよりも少しだけ大きい。しかし、対応するバトルデバイスは存在しない。
翔達が使用している従来式のものはデッキを収納する用途で、左手首に固定するデッキポケット。そして普段は直方体の物体だが、作動させることで簡易的なテーブルになり、プレイマットの役割をするバトルデバイスの合わせて二つ。
風見が新たに開発したのは、デッキポケットにあるディスプレイを大きくすることで、バトルデバイス無くしてプレイマットの役割をタッチスクリーン操作で実現させる新型のデッキポケット。プレイマットが無くなったことで、カードゲームというよりはデジタルカードゲーム感が強い。しかし、バトルデバイスというテーブル状のオブジェクトを床に乗せる必要がないため、以前より一層場所を選ばず遊ぶことが出来る。それこそ歩きながら、走りながら、その気になれば空中でも戦うことが出来るだろう。
風見はウェアラブルグラスを装着し、新型デッキポケットを起動。翔はデッキポケットとバトルデバイスをセッティング。
今交わす言葉は最小で良い。心が交われば、自ずと言葉は内より出る。
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ』
風見のバトル場にはタッツー60/60、ベンチにはボーマンダEX180/180。対する翔のバトル場にはヘルガーEX170/170。
「先攻はもらうぞ。手札の雷エネルギーをタッツーにつけ、手札からスタジアムカードを発動。Af
超局所的豪雲。これで俺の番は終わりだ」
風見はカードをデッキポケットに増設した挿入口に刺し込み、カードを起動させる。
それに応じ、ゴロゴロと雷音を伴って、黒い積雲が翔と風見の頭上に現れる。多くのAfは翔達全員で共有しているが、このカードは比較的最近風見が回収したカードで翔はその効果を知らない。意図して回収したわけではないが、翔対策として有利に働くカードだ。
「翔、先に一つだけ言っておく。今お前が何を考えているかは知らんが、迷うなよ。強い信念が時として技術を上回る。それを教えてくれたのは何よりお前自身だ。はっきり言うが技術では決してお前に劣るつもりはない。我が覇道を揺らさんとするならば、迷いの片鱗も見えてはいけない。その覚悟をもってかかってこい!」
「……俺のターン! まずはヘルガーEXに炎エネルギーをつける」
「この瞬間、Af
超局所的豪雲の効果を発動。相手が手札から炎エネルギーをつけたとき、そのポケモンにダメカンを一つ乗せるか、自分のベンチポケモンに手札の水エネルギーをつけるか選択して効果を得ることが出来る。俺は後者を選択し、ベンチのボーマンダEXに水エネルギーをつける」
どうやら市村アキラのレッスンはうまくいったようだ。既に翔の目は赤く輝き、オーバーズを発現させている。まずはオーバーズを我が物にしたそのお手並み、拝見させていただこう。
「グッズ『ハイパーボール』を発動。手札を二枚トラッシュして、山札からポケモンを一枚手札に加える。俺はともだちてちょう、タウンマップをトラッシュしてボルケニオンEXを手札に加える。続けて手札に加えたボルケニオンEX(180/180)をベンチに出す。さらにサポート『ティエルノ』を使い、山札からカードを三枚引く。そしてヘルガーEXでバトル。メルトホーン!」
ヘルガーEXの角が赤々と輝く。勢いよく駆け出したヘルガーEXは風見のバトル場のタッツーを。続けてボーマンダEXをすり抜けて、風見の元へと突っ込んでいく。
流石に面食らった風見はデッキポケットを盾にしてヘルガーEXの突進を阻むが、それが翔の本来の目的。
「メルトホーンの効果で、相手の山札の上から二枚をトラッシュする」
「くっ、いきなり首魁を狙うか!」
これには風見も考えを改めざるを得ない。ダメージこそはないが、威嚇としては効果は十分だ。さしずめ、お前の方が強いだなんだと戦う前からほざくなよ。笑わせるな、トップギアでかかってこい。といった挑発ともとれる。
「ははは! いいだろう、その挑発乗ってやろう。手札からグッズ『不思議なアメ』を発動。バトル場のタッツーをキングドラ(130/130)に進化する。続けてグッズ『ピーピーマックス』を発動」
ピーピーマックスの効果で山札の上からカードを六枚確認。その中にある基本エネルギーを一枚選び、自分ベンチのたねポケモンにつける。六枚のうちにある基本エネルギーは炎のみ。よって炎エネルギーをボーマンダEXにつける。
これは手札からエネルギーをつけたのではなく、山札からエネルギーをつけたことになるので、
超局所的豪雲の効果の対象にはならない。
「サポート『サナ』も発動する。手札を全て山札に戻し、その後手札から五枚加える。そしてキングドラは古代能力『αグロウ』の効果で手札からエネルギーを二枚つけることができる。それによって、手札から二枚の水エネルギーをキングドラにつける。ではバトルといこう。キングドラでヘルガーEXに攻撃、ドラゴンブラスト!」
キングドラの口から放たれる水弾が、竜を象る。それ自身が意思でも持ったかのように宙をうねると、ヘルガーEXに正面からぶち当たる。
キングドラは水タイプではなくドラゴンタイプなので弱点は突くことが出来ない。だがこのワザはキングドラの水、雷エネルギーをトラッシュする代わりに威力は150だ。攻撃を直撃したヘルガーEX20/170はよろよろと立ち上がり、体を振って体毛から水気を飛ばす。
僅かにHPを残してしまったが、出鼻をくじけただけ十分だ。
「俺のターン。まずはポケモンの道具『ヘルガーソウルリンク』をヘルガーEXにつける。これがある限り、ヘルガーがメガシンカしても俺のターンが終わらない。そしてヘルガーEXをメガシンカ! 煉獄より現れし昏き魔獣よ、爆炎の咆哮を上げよ! メガヘルガーEX!」
背の方に流れていた大きな角は、メガヘルガーEX60/210となることで向きを変えて「く」の字状に変わりながら垂直方向に伸びる。首元や足首の毛も大きく逆立ち、鋭さを増した視線からは剥き出しの闘志を感じさせる。だが、その使い手はクレバーさを忘れてはいない。
「メガヘルガーEXの炎エネルギーをトラッシュし、ベンチのボルケニオンEXと入れ替える。そしてグッズ『いいきずぐすり』でメガヘルガーEXのHPを60回復させる」
ヘルガーEXの逃げるために必要なエネルギーは二個だったが、メガシンカしたことで一つに減り、逃がすことが出来た。さらにいいきずぐすりは本来回復対象のポケモンのエネルギーをトラッシュさせなければならないが、逃げたことでエネルギーが無くなったメガヘルガーEX120/210は、ノーリスクで回復も行える。
希から聞いていた報告では、対アキラ戦では挑発を正面から受けて冷静さが失ったと聞いていたが。それどころか現状を鑑みれば、今までにないベストパフォーマンスと言えるじゃないか。
肉体の傷や疲労を一時的に無視する翔のオーバーズ。それは言い換えれば肉体的疲労から来る思考のブレをシャットアウトする、最もコンディションの良い状態で物事を思考出来るオーバーズだ。現状猪突猛進する盲目な獣だが、その嗅覚は至って鋭敏だ。
比較的感情的になりやすい翔だが、今のようにある程度冷静さを伴っているのであれば、些細なミスはあり得ない。生まれ持っての引きの良さもあって、エースカードがベンチに下がったという一時の優勢もすぐにひっくり返されることを想定しなければならない。
「手札の炎エネルギーをボルケニオンEXにつける」
「ここで再びスタジアム『Af
超局所的豪雲』の効果を発動。それにより、ベンチのボーマンダEXに手札の水エネルギーをつける」
「……ここでボルケニオンEXの特性『スチームアップ』を使う。手札の炎エネルギーをトラッシュすることで、この番炎タイプのたねポケモンのワザの威力を30増やす。続いてサポート『鍛冶屋』を発動。トラッシュの炎エネルギー二枚を自分のポケモンにつける。俺はボルケニオンEXにつける」
今回はトラッシュからエネルギーをつけたため、
超局所的豪雲の効果は発動しない。そして翔のトラッシュにあった炎エネルギーは、メガヘルガーEXが逃げる際にトラッシュしたエネルギー、ボルケニオンEXの特性でトラッシュしたエネルギーの二枚。それを確保するためにわざと特性を発動させたのか。これでボルケニオンEXには炎エネルギーが三枚、攻撃準備は整った。
「ボルケニオンEXで攻撃、ボルカニックヒート!」
胸部から伸びる輪の節々から高温の蒸気を噴出し、腔内から火炎放射、というよりは炎弾が発射される。それはキングドラ0/130の眼前で爆発する。スチームアップで威力を+30しないまでも、素の威力は130。エネルギーのための段取りであったが、結果としてはオーバーキルだ。
「俺はサイドを一枚引く」
ここで突如翔の頭が項垂れる。かろうじて右手で支え、赤く爛々と輝くその目で風見を睨みつける。
「……くそっ、だめだ。考えても、頭を冷やしても、いざこうしてぶつかってみてもなんにも分かんねえ! そして何より気に食わねえ!」
胸の内から湧き出る感情をこれ以上押しとどめることは叶わず。なんとか言葉に出来るよう噛み砕き、翔は思いの丈を告げる。
「俺は風見、お前と市村アキラのどちらの掌の上で転がされているのかが分からない! そしてそれが分からない俺自身が気に食わねえ!」
そもそも事の始まりと言えば、風見が市村アキラを紹介したことが発端なのだ。この計算高い男なら、今こうして困惑した状態になることまで織り込み済みなのかもしれない。
オーバーズのトリガーが闘志であること。流石に翔も、これは認めるしかない。今後これとどう付き合っていくかは課題ではあるが、それは今すぐには答えが出ないことだ。
それ故に今欲する答えは唯一つ。
『戦いを欲するオーバーズの持ち主。これはいい。雄大は自分の目的のためならば手段を選ばない部類の人間だ。君のように戦う機会という撒き餌を与えておけば、君はケダモノのようにそこに駆け込んで嬉々として戦う。そして雄大は目的の障害を露払いすることも出来るし、肝心の目的のブツも手に入る。いいねぇ、僕もそういう手駒。いたらとても便利だ』
頭の中を海鳴りのように何度も響き渡る、市村の言葉。悪意の籠った言葉であるが、傍から見ればそういう風に取れるといった一意見だ。認めたくはないが、無下にすることも出来ない。翔は風見がそういった意思の元で動いているとは思ってはいないと信じたい。信じたいからこそ、ただ一つその旨を示す言葉が欲しい。
「風見、確認したいことがある」
「何だ」
「お前にとって俺は何だ? 共に歩む友なのか、あるいはお前の目的を果たすためだけの剣なのか!」
「選択肢としては貧弱な二択だな。その二択を棄却出来るならば、俺にとってのお前はさしずめ風だ」
「風?」
訝し気に聞き返す翔。風見はふと目を伏せ、これまでの想い出を胸に力強く言葉を紡ぐ。
「そうだ。単純な力とそれを扱う智慧しかなかった俺に、その力の価値と目的を与えてくれたのがお前だ。お前は常に俺たちを押し上げてくれる風であり、降りかかる災禍を押し流す風でもある。詰まる所お前が言う友でもあり剣でもある。アキラが恐らく俺がお前を利用してるだのなんだのいったのだろう。結果として言えばそれは間違いではない」
望んだ答えとは違う、違うが……。といった戸惑いの表情が、風見でも読み取れる。だがここで曖昧な事を言っても意味はないのだ。翔をおだてて喜ばせることを言うのは容易だろう。だが翔の能力は、誤魔化したという風見の後ろめたさを感じ取り、より亀裂が入るだけだ。
今一時。あるいはこの戦いが終わるまで、翔を困惑させたとしても、今思っていることを全てさらけ出しそれをぶつける他ないのだ。
こんなにも熱く本音をぶつけ合うような体験が果たしてこれまで幾度あっただろう。そして、この先にも幾度経験出来るのだろうか。剥き出した闘志が火花を散らしながらも、それでいて心は恒久の融和を望む。この貴重な瞬間を、乱雑な一挙手一投足や曖昧な台詞で濁すわけにはいかない。今ある全てで臨むのだ。
「俺の本件における目的は二つ。まずは危険因子の排除だ。Afを生み出した奴が何をしたいのかは知らん。だが、Afは俺の身の回りを脅かす。俺たちの会社やプロジェクトを、そしてバトルデバイスのユーザーたちを脅かすAfは敵だ。俺は彼らを守らねばならん。だからこそ、俺は本気で立ち向かう。そしてもう一点は以前話した通り、俺自身の『質量を持つ光』の研究のサンプルとするためだ。俺はこの目的のために心血を注いでいる。そのためにはAfというサンプルが重要なのだ」
「それは分かっている」
「だがもちろんAfと戦うにはそれなりの人手がいる。しかも並のプレイヤーでは敵わない相手だ。危険もそれなりに伴う。そのためには強い意志をもった協力者が必要だ。……だからこそ、Afに対し強く憤慨する翔、お前を前線へ向かわせるように煽ったのだ。お前は人を惹きつける。お前が行くなら恭介も戦いに赴くだろう。そして現に、希や澤口美咲まで共に戦う仲間となった。それにお前たちが戦ってくれるなら、俺はAfの研究にも専念できる。そう見ればお前の義憤を利用した、と言えなくもない」
事実、Afの件が世に初めて上がった時風見は真っ先に翔に話を持ち掛けたのだ。これまでの経験から、奥村翔はポケモンカードをエンターテイメント以外、とりわけ人を傷つけるだのといった悪意による用途を嫌悪する。その翔にこの件をなんとかしたい、といえば翔は二つ返事で了承した。しかし、これはあくまでWin-Winの話なのだ。
「多少の下心があってお前を焚きつけた事は否定しない。否定しないが、そこは主題ではない。お前の欲しい答えをハッキリ言おう。俺はお前を親愛し、信頼しているからこそ、このように動いたのだ」
仮にも五年以上、共に苦楽を過ごした仲だ。翔のような能力はなくとも、翔が何を感じているのか。それによって何を考えているのか、類推することは出来よう。
とはいえ、対市村アキラ戦でそのように掻き乱された翔の心。その根本的な澱みは、絆創膏のような対症療法に値する言葉をかけるだけでは解決しない。おそらく翔自身が自覚していない、根源への正しい処置を施さなければならない。それは翔自身が向き合わなければならない問題だ、と風見は考える。
風見は右手の親指を立て、その親指を自身の胸に突き立てる。
「だがお前は会ったばかりの他人に何かを言われただけで、それを見失ってしまう。何故か考えたか? それはお前自身に芯が無いからだ。逆に問おう。翔、何故お前は戦う」
「……それは」
「お前の義憤を利用した。と俺は言ったが、その義憤はどこから湧いてくる? その義憤は何だ?」
答弁したいが、ありきたりな言葉しか浮かばない。適当に取り繕ったものでは、侃々諤々の対話を求める風見に応じることが出来ない。風見が問いたいことは分かる。Afは確かに良からぬものだ。しかしなぜ俺がそのAfと戦うのか。他の人間ではなく、奥村翔という人間がAfと戦う理由はどこにあるのか。そう聞いているのだ。その答えが浮かばない。
顔を青くしているな。翔は必死で頭の中を整理しているだろう。だが、ここで手を緩める必要はない。風見は新たにバトル場にボーマンダEXをバトル場に繰り出す。
「戦う理由であれば、戦いの中でしか見つけることが出来ない。俺の攻撃に耐え、お前の力を思うがままに振るえ! そして己が手でその意義を掴み取れ! 俺の番だ。まずはボーマンダにどうぐ『ボーマンダソウルリンク』をつける。そしてボーマンダEXに手札から炎エネルギーをつける」
「……くっ、俺も
超局所的豪雲の効果を発動! 炎エネルギーをつけたポケモンにダメカンを一つ乗せる」
ゴロゴロと下腹に響く低音と共に細い稲妻がボーマンダEX170/180に降り注ぐ。だがこれしきのこと。
「ボーマンダEXをメガシンカさせる。蒼穹の覇者よ。緋色の翼を広げ、絶大なる力を示せ! メガボーマンダEX!」
メガボーマンダEX220/230の赤い翼にエネルギーが集約されていく。二枚の翼は巨大な一枚の三日月上の翼となり、空気抵抗を嫌うように細くなったフォルムは、地を離れ宙を舞う。
「ボーマンダソウルリンクの効果でメガシンカさせても俺の番は終了しない。そしてサポート『サナ』を使い、手札を全て山札に戻しカードを五枚引く。ではバトルだ。赤熱を纏い、音速の壁を突き破れ! サベージウイング」
真上に飛び上がったメガボーマンダEXは、頭上を覆う分厚い積雲を突き破る。
「サベージウイングの効果発動。炎エネルギーを好きなだけトラッシュすることで、その数毎40ダメージを追加する。俺は二枚トラッシュする」
基本威力100に加え、効果によってサベージウイングの威力は100+40×2=180ダメージ。分厚い雲の中から赤い衝撃波を纏ったメガボーマンダEXが、彗星のようにボルケニオンEX0/180の背を突く。
「ぐううっ!」
「EXポケモンを倒したことで俺はサイドを二枚引く。さあ、もっと全身全霊でかかってこい!」
翔の残されたポケモンは手負いのメガヘルガーEX120/210のみ。翔の心に根付いた疑念は晴れたが、それでも靄は残されたまま。それでも風見に応じる為、ここは怯まず前に出る。
「手札からバーニングエネルギーをメガヘルガーEXにつける」
バーニングエネルギーも炎エネルギーとして扱うが、基本エネルギーではないため
超局所的豪雲は不発となる。
「そしてグッズ『ローラースケート』を発動。コイントスをしてオモテの場合、山札から三枚引く」
コイントスの結果はオモテ。今手札はからっきしだ。ここで引くカードに全てがかかる。目を閉じ、息を整えデッキポケットからカードを引き抜く。
「グッズ『バトルサーチャー』を発動。トラッシュにあるサポートを手札に加える。俺が加えるのは鍛冶屋だ。そしてそれをそのまま使い、トラッシュにある炎エネルギー二枚をメガヘルガーEXにつける。行くぞ! メガヘルガーEXでバトルだ。インフェルノファング! 炎エネルギーを全てトラッシュすることで威力を80追加する!」
メガシンカで鍛えた脚力で跳び上がり、火炎を纏った牙でメガボーマンダEX60/230に喰らい付く。
「バーニングエネルギーの効果を発動。炎ポケモンのワザによってトラッシュされた場合、元のポケモンにつけ直すことが出来る」
インフェルノファングはエネルギー二つで使えるワザだが、対する風見のメガボーマンダEXのサベージウイングはエネルギー四つ必要となる大技だ。現在ついているエネルギーはそれぞれメガヘルガーEXが一つ、メガボーマンダEXが二つ。このままでは次の番メガボーマンダEXは攻撃出来ないだろう。
仮に風見が攻撃が出来るようになったとしても次善の策はある。手札のAfクイックアタッチで相手の番に自分のポケモンのポケモンの道具、エネルギーを全てトラッシュすることで手札のポケモンの道具をそのポケモンにつけることができる。俺の手札にあるのは炸裂バルーン。攻撃してきた相手に60ダメージを与えるダメージ反射カードだ。残りHPが60のメガボーマンダEXが攻撃すればそこまで。どう転んでも、負けはない。
コモンソウルを経て風見が感じる興奮を、翔も感じ取っていた。そう、この感じだ。俺がポケモンカードを続けてきたのは、こういう息を飲む攻防や駆け引きを好んだからだ。しかしAfの一件では負けられない戦いばかりで常にプレッシャーに追いかけられてきた。懐かしいこの感じに、翔も顔が緩む。俺の方が有利な状況、風見が黙っているとは思えない。どう乗り越えてくれるか、それすらも待ち遠しい。
だからこそ思う。なぜ俺はプレッシャーを感じながら、Afを巡る暗く重い、負けられない戦いを繰り広げてきたのか。俺が本当に望んでいたのは勝っても負けても爽快な、エキサイティングな瞬間だというのに。
かといってAfを放置出来るかと言えばNOだ。義憤もそうだし、自身には能力とオーバーズという特殊技能。そしてこれまでの実績もある。戦う理由が無いことは無いが、風見のような強い動機も思いつかない。
本気で戦えば戦うほど、風見の言動に反して分からなくなっていく、そんなような気もする。
「何故、というのは一朝一夕で見つかることではない。だから結論を急ぐ必要もない。例えば、初めは誰かにやれと言われたスポーツだとか習い事だとかでもそうだ。最初はやらされている状態から始めていい。それに本気で打ち込めば、自然となぜそれを続けるのか。そしてそれで何がしたいのかが見えてくる。俺だってそうだ。今でこそいっぱしの技術者としてやってはいるが、昔から勉強を好きでしたわけではない。俺に許された数少ない自由が勉強だった。がむしゃらに取り組むことで、徐々に視野が広がっていった。そしてそこから自分がやりたいこと、なぜ学ぶかという意義を見つけたのだ。お前が戦うことに意味を見出したいのなら、本気で戦うことだ」
風見はカードをデッキポケットから引き抜く。最後のパーツは整った。新たに手札に加えたカードを左手に持ち直し、風見はウェアラブルグラスを外してポケットにしまい込む。
「心しろよ、翔。その耳で聞き、その目で捉え、その心で確かめろ。いつだって本気の人間には大きな力と志が宿る。それがお前の武器となる。その一方で、戦いは更に激化していくだろう。戦う中で強い意志や野望を持った敵と相対することもあろう。お前はそれでも歩みを止めず進み続けられるか?」
「や……やってやるさ!」
歯切れの悪い返事、強張った表情。だが、その目に未だ赤く輝く闘志は間違いなく本物だ。風見は自然と口角が上がる。
「その返事しかと受け止めた。ならばまずはこの俺の本気、全身全霊をその身で確かめるがいい。一の文字では一しか伝わらず、一の言葉では十しか届かぬ。だが、一の態度は百を示す! 我が威光に臆せず、その両の眼でしかと捉えろ! まずは手札からグッズ『
光子装衣試験機』を発動。自分の場の残りHPが20以上のポケモンをトラッシュし、このカードをHP20、無色タイプのポケモンとして扱うことでバトル場に出す。俺はメガボーマンダEXを選択」
メガボーマンダEXが薄水色の光へと溶けていくと、その光は風見の右腕に集まる。その光が形を成し、水色のガントレットを象る。そう、このガントレットこそが
光子装衣試験機20/20。
唖然とする翔を差し置き、風見はメガボーマンダEXが先ほどまでいた位置まで歩みを進める。
「俺が望むは人機一体。俺自身が操り、俺自身が戦うこと。そしてその剣となるのはこれだ。これこそがお前という風が押し上げることで手に入れた新たな境地! 光輝く新たな
技術、雲海切り裂く星となれ!
光子装甲星統剣!」
カードをデッキポケットが読み込むと、デッキポケットから自転車のハンドルのグリップ大ほどか。その程度のサイズ感を持つ黒色の円筒の物体が排出される。風見がそれを右手で握りしめると、その先から半透明な白い光が現れ、六十センチほどの光で出来た両刃の刀身と、鍔が現れる。光で出来た西洋剣、これが
光子装甲星統剣。
素手で触れば火傷するような高温がこの刀身から放たれている。それから身を保護するため、ガントレットが必要なのだ。本来は全身を覆う鎧として設計をしているが、そちらはまだ完成に至っていない。腕の部分だけの装甲止まりだ。
これこそが風見が追い求めた質量を持つ光。ただ、その維持には風見の精神力がかかっている。Afは人の正の感情にも負の感情にも左右されるというのなら、風見はそれを改良する。負の感情には一切反応をせず、正の感情にのみ反応するハイパスフィルタの実現。人の感情をエネルギー源とする以上、この光子装甲は厳密には技術というよりはむしろ、人工的な物理干渉系の能力とみなすことも出来よう。
「このカードは光子装衣と名のつくポケモンにのみつけることが出来るポケモンの道具。そしてこのカードの効果で俺自身をドラゴンタイプのポケモンとしても扱う。そして星統剣の特性発動。我が征くは光の覇道。その剣先は天を穿つ! フラッシュスロー!」
風見が剣先を真上に突き上げると、淡い光だった刀身から目が眩むほどの強い光が直線状に放出される。その様は剣の根本から太いレーザー光が放たれているかのようだ。
現にメガボーマンダが貫いてもびくともしなかった分厚い雲を、星統剣から放たれたレーザー光が貫通する。その勢いは止まらず、徐々に全ての雲が跡形もなく消えていく。雲が消えたと同時にレーザー光も放出を停止する。そして先ほどまでは淡い白い光で出来た刀身が、ガントレットと同色の濃い水色へと色彩を変えていく。
『光子許容量105%、ノーマルモードへ移行』
風見の左耳にだけかけたイヤホンに、モニター室からのガイドが聞こえる。許される誤差はプラスマイナス10%。
光子装甲星統剣で最も負荷のかかるこの瞬間において、安全に作動していることが保証された。すなわち風見の新兵器の実装実験は成功だ。しかしそれとて一つの過程。あとは目の前の相手に、持てるすべてをぶつけることだ。
「フラッシュスローの効果発動。このカードが場に出た時、場のスタジアムをトラッシュする。トラッシュに成功した場合、山札からエネルギーを一枚、このカードにつける。我が光は暗雲を穿ち、さらにその光を研ぎ澄ます! Af
超局所的豪雲をトラッシュしたことで山札の水エネルギーをつける」
剣を握る風見にしかわからないが、羽のように軽かった刀身にようやく「重み」を付与出来た。一つ、二つとその場で試し振りをしてその感覚を手になじませる。無論、実際の金属のような密度はない。だが剣として振るうにはこれでも問題はない。
「これしきでは終わらんぞ。
超局所的豪雲のもう一つの効果。カード効果でこのカードがトラッシュした場合、互いのプレイヤーは山札から基本エネルギー一枚をバトルポケモンにつける」
「まだエネルギーを……!」
これによって風見は自身に雷エネルギーを。翔はメガヘルガーEXに炎エネルギーをそれぞれつける。
「さらにスタジアム『
光子舞台実験場』をセットし、その効果を使う。手札の光子と名のつくカードを山札に戻すことで、山札から基本エネルギーを手札に加える。俺は二枚目の
光子装衣試験機を山札に戻して手札に炎エネルギーを加え、それを俺自身につける。さあ、これで全ての準備は整った。行くぞ、戦闘だ」
翔からすれば文字通り未知の力、或いは脅威だ。だがそれでも翔の反撃戦法は死んでいない。風見の攻撃を耐えきれる保証はないが、ただでやられるつもりもない。その刃が風見の覚悟ならば、この策は俺の意思。通して見せる!
『アクセス認証。光子運行系統チェックド。空間値平常。PA-01B、アクティブモード』
「星統剣に受け太刀は無い。己が未来は己が覚悟で斬り開く! エアロゾルスイープ!」
人に責務だけを押し付けられ、鬱屈した少年期。そしてそこから目的を見つけ、人を導こうとし始めた青年期。それを踏まえ、風見雄大はこの剣に新たな理想と決意を寄せる。佳き指導者とは適切な指示を出す人ではない。背中で全てを語るのだ。この一振りはその足掛かりとなる。
風見が全力で振り絞ったその一閃。それは星統剣から放たれる光子が、空気中の様々な分散系を連続的に励起させることで、肉眼では見えない飛ぶ斬撃を実現させる。生み出された飛ぶ斬撃はメガヘルガーEX120/210へと迫りゆく。
「エアロゾルスイープの威力はこのカードについた基本エネルギーの種類かける40。今の俺には炎、水、雷の三種類のエネルギーがある。よって威力は120!」
やはり風見の一撃を受けきることはできないか。刹那の希望は崩れたが、まだこの内から湧き出る闘志は死んではいない。
「相手がワザを使った時、グッズ『Afクイックアタッチ』を発動! メガヘルガーEXのすべてのエネルギーと道具をトラッシュすることで、手札の別の道具をバトルポケモンにつける。俺がつけるのは炸裂バルーン。悪いが、ただでは転ばない!」
突如として現れた複数の空中機雷ごと、飛ぶ斬撃はメガヘルガーEX0/210を切り裂く。斬撃に接触した機雷が爆発し、爆発音と黒煙、衝撃で翔は思わず尻もちをつく。
より爆発に近い風見も、流石に吹き飛ばされているだろう。この煙が晴れたとて、最後に立つものはいない。
なのに、なのになぜお前はそこで当然のように立っている。
「
光子舞台実験場の二つ目の効果……。光子と名のつくカードはトレーナーの効果でダメカンを乗せられることは無い。その奮闘は称えよう。だが、その刃は俺の喉元を指し示すだけで限界だったようだな」
立って翔を見下ろす風見。これが覚悟の差だ、と言わしめん構図だ。だが、そこに嫌味や嘲笑のような悪意はない。風見は態度で示して見せたのだ。お前もここまで来い、と。
ゲームセットのブザーと共に、全ての映像と風見が持つ剣、ガントレットが消滅していく。風見は二つ深呼吸をすると、左手で右肩を庇うようにしながらその場に座り込む。
「ふ……、今回にしてようやく勝たせてもらった」
「ああ」
「何度も勝ち負けを、それこそポケモンカード以外も含めて経験してきたがこれほど嬉しい勝利もない」
「そっか。……俺も今まで何度か負けたりしたけど、勝つ以上に得られたよ。俺もここまでなのは初めて、かもしんない」
きっと文面だけでは脳を過るだけだっただろう言葉も、実際に苦しみ、その結果に事を為した風見だからこそ響く言葉。これまでの戦いも決して手を抜いていたわけではない。しかしそれは全力であっただけで本気ではなかったのかもしれない。
実験室の扉が開き、複数の研究員たちが拍手で風見を迎える。様々な声を掛けられ、一つ一つに対応していくその後ろ姿。なるほど、恭介が憧れるわけだ。
「まだ夕飯は食べていないだろう。少し待っておけ、要件をすぐ終わらす。うちで食って帰るといい」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
「また後でな」
先に実験室を後にする風見と、同じ志を持つ開発者たち。その談笑を聞き、背中を見て思うこと。
なるほど、これが光の覇道か。願わくば俺も。いや、風見と同じ道を歩むかは分からない。だが風見が話したように、俺ももっと自分自身や周りの誰かを押し上げられる風でありたい。
「あの時先にメガヘルガーEXで……。いや、ボルケニオンの特性もあるし、あんときの手札を……。んんああああダメだ! うん、勝てんな」
まだ冷めやらぬ興奮のままに、先の戦いを反芻する。特に前半部分、ツメの甘い動きがあったような気がする。そこを違う手段を取れば、もう少しこの闘志は風見の喉元を突けなかったか。
考えれば考えるほど、風見の完璧な戦略に気付かされるばかりだ。今回は完敗だと認めよう。認めるが、いつかまたこうして対峙するときはこうはいかない。
滲み出る悔しさに、何故だかにやけが止まらない。勝っても負けても爽快な、エキサイティングな瞬間はすぐ手元にあったのだ。
胸の中で渦巻いていた靄のいくつかは吹き飛んだ。次はその風が向かうべき先を見つけよう。
美咲「本物のダークナイトと出会ってからもう四日。あのとき何もできなかった……」
恭介「俺も、俺だってそうだ。あんとき俺は柄にもなくビビっちまった。
でも風見は言うまでもなく翔まで覚悟を決めたんだ。
次回、『闇の綻び』。今度はもう迷わない! 俺が決着をつけてやる」