0話 暗黒の時代
サンフランシスコで行われたポケモンカードゲーム世界大会。二年ぶりに日本人が優勝し、表彰式も終わって落ち着いてきた頃。
その場にふさわしくない悲鳴が会場ホテル内に響き渡る。
大会優勝者の葛桐大地(くずきり だいち)は思わず目を疑った。視界の先では、数時間前に戦ったアメリカ籍の大会準優勝者の男が、弟をナイフで刺していた。
血が滴り広がる海。そしてその中心で静かに崩れ落ちる弟。そこからの記憶は曖昧で、あまり覚えていない。気付いたら自分も病院で目が覚めて、体の節々が痛んでいた。
犯人は無事捕まったが、弟は返ってこなかった。原因は単なる負けたことに対する腹いせだった。そんな事のために、一つの命が消え失せた。
はるばるサンフランシスコまで出向いて持ち帰ったのは、やたらと大きな優勝トロフィーと、応援に駆け付けてくれた小さな弟の遺体だった。
事件の重要性からイベントも自主規制ムードが漂った。かろうじて販売、小規模なイベントは行っているものの公式主催の大イベントはいまだ開催されていない。ネットではもっぱらポケモンカード暗黒の時代と囃し立てている。
暗黒の時代だと? イベントがなくなって自分達の都合が悪いから、そうした言葉を作り上げる。弟を殺したあの男だって同じだ。少し気に入らないことがあれば自分で道を切り開かず、全てを誰かのせいにする。
この世界にはそういった悪意(マリス)が蔓延っている。そう、これこそがまさに暗黒の時代だ。