八月二日、午後十一時、東京。空は雲も無く晴れているが、星が見えない。見えるようで見えない、まさしく現世を皮肉ったような天気だ。
そんな中を東京タワーを視界の端に、日比谷通りを二人乗りの大型バイクが駆け抜けていく。
ヘルメットに内蔵された小型スピーカーから、ナビゲーターの声が聞こえる。
『目標の強いエネルギー反応はもうすぐそこだ。地図データと照合した所、東照宮付近だろう』
『OK、あと二分で着くぜ』
すぐ目の前にいるライダーの声も、風でかき消されないように、これまたヘルメットに内蔵された小型マイク越しに聞こえる。
『翔、いつでもいけるように準備をしておけ!』
「ああ」
大型バイクの
パッセンジャーの奥村翔(おくむら しょう)は、右手をそっとベルトにかけたデッキケースに手を触れる。駅の改札を通る前にICカードの有無を確認するような、軽いルーチンだ。きちんと「ある」事を認識して少し安心した後、心のギアを臨戦状態に切り替える。心なしかバイクのステップにかける足にも力が入る。
久しぶりに負ける事が決して許されない戦い。戦いに挑む気持ちの他に、少しだけ高揚感が入り混じる。
事の発端は約二週間前、七月二十一日の都内某所。証言によると、
Afと名の付く珍妙な非正規カードを使った相手と戦っていると、本来はちょっとした風を起こしたり音を立てたり黒煙のエフェクトをかける、バトルデバイスの仮想衝撃装置が出力を上げ、実際に体が吹き飛ばされて柱に強打。頭から流血する事件があった。
一件だけならただの事故かもしれない。そう考える間もなく事件は立て続けに、しかも全国至るところで発生している。まだ被害は軽傷で済んでいるが、犯人は老若男女問わず複数いるらしく、いずれも
Afを使っている。インターネット上でもその噂がもう囁かれている。
事態を重く見たバトルデバイス開発主任の風見雄大(かざみ ゆうだい)はその親友の奥村翔と、長岡恭介(ながおか きょうすけ)達に
Afの回収を依頼した。今日はその初陣となる。
ふと、視界の左でズドンという重い音と共に砂煙が舞い上がる。
『アレだな! 次左に曲がったらすぐ止める。行って来い!』
ドライバーの長岡恭介の言うとおり、バイクが止まるとヘルメットを恭介に放り投げて青い髪を晒けて翔は走り出した。
視界の良い公園なだけに、すぐに人影は見つかる。倒れている方が被害者で、立っている方が加害者だな。
「待ってもらおうか」
「あ? なんだ?」
晴れた砂嵐から覗かせたのは、短髪で目つきの悪い同世代の青年だ。
「今の衝撃、
Afだな?」
「……だとしたらどうなんだ」
「その
Af、回収させてもらうぜ!」
翔はベルトにぶらさげたデッキケースからバトルデバイスを起動させて放り投げる。スマートフォンより少し分厚い程度の機械が変形し、幅は肩幅程度。奥行きは伸ばした腕以下。高さは腰程度のテーブルに姿を変える。そしてデッキを左腕に巻きつけたデッキポケットに挿入。挿入と同時にデッキポケット内にて自動シャッフルが行われる。
「お前も
Af目当てか。悪い事は言わねえ、そこに転がってるおっさんのようにならないうちに帰るんだな」
ちらりと左後ろを振り返る。気を失っていると思われる男の人は、自分からこの青年に絡んでこうなったのか。
巷では
Afの奪い合いがあるかもしれないとは聞いていたが、本当にそんな話になっているとは。
「俺が勝てばお前の
Afをもらう。ただし、お前が勝てば俺が持っている
Afをお前にくれてやる」
「……へえ。なかなかいい提案じゃんか。乗ったぜ!」
青年もバトルデバイスを宙に放り投げる。その間に翔はポケットから片方だけの黒い指貫グローブを取り出し、右手にはめる。三年前にもらった大切なもので、困難に立ち向かう時にはめるようにと言われている。それはきっと、今だ。
左手首に巻きつけたデッキポケットのモニターを起動させ、デッキポケットとバトルデバイスをBluetoothで接続させる。
『ペアリング完了。対戦可能なバトルデバイスをサーチ。パーミッション。ハーフデッキ、フリーマッチ』
バトルデバイスはデッキ、トラッシュ以外のカードを置くフィールドだ。まずはデッキポケットにある山札から互いに七枚のカードを引き、その中にあるたねポケモンをウラにしてバトルデバイス上のバトル場に一匹。二匹目以上はベンチに置き、サイドにカードを三枚伏せる。そしてバトルデバイスが自動でどちらが先攻かを決定する。
相手の場の状況やバトルデバイスが処理する情報は、翔の左手首に巻きつけたデッキポケットにあるモニターで確認する。先攻は翔だ。
そして先攻後攻が決まれば、ウラにしていたポケモンをオモテにする。翔のバトル場のポケモンはアチャモ60/60、対する青年──モニターから得られた情報によると、山崎将司──はランドロス110/110をバトル場に繰り出す。どちらもベンチポケモンはいない。
互いのバトルデバイスのホログラム装置が起動し、空間上にアチャモとランドロスの像を結ぶ。DMD(デジタルミラーデバイス)に似たデバイスがその像に色を与えることで、まるでその場にポケモンが存在するかのような立体映像を提供する。一年半前に公表され、ノーベル賞を受賞した技術の結晶である。
「行くぜ! まずは手札の炎エネルギーをアチャモにつける。更にグッズカード『博士の手紙』を発動。山札から基本エネルギーを二枚まで選び、相手に見せてから手札に加える。俺が選ぶのは二枚の炎エネルギー。更にグッズ『炎のトーチ』も発動だ。自分の手札の炎エネルギーをトラッシュすることで山札からカードを二枚引く。ベンチにもう一匹のアチャモ(60/60)をベンチに出す。ルール改定により先攻は最初の番は攻撃できなくなった。これで俺の番は終わりだ」
ポケモンカードではポケモンがワザを使って攻撃、効果を使うためにエネルギーカードが必要だが、基本は自分の番に一度しかつけられない。その間は様々な効果でプレイヤーを助けるトレーナーズを使って手札を補強していく。
相手がどう出てくるか分からない以上、ベンチにもポケモンを添えることで、バトル場で何かが起きても対処出来るようにする。これが翔の基本パターンだ。
「今度は俺の番だ。手札の闘エネルギーをランドロスにつける。手札の闘エネルギー、キズぐすりをトラッシュすることでグッズ『ハイパーボール』を使う。手札を二枚捨てて山札から好きなポケモンを一枚手札に加える。俺が加えるのはレジギガスEX!」
「EXポケモン……」
山崎が今手札に加えたEXポケモンは普通のポケモンよりも強力な能力を持つ、たねポケモン。
本来ポケモンカードはポケモンを一匹倒すと「気絶」となり、自分のサイドを一枚引く。それを繰り返してサイドを全て引く、もしくは相手のバトル場とベンチに戦えるポケモンがいなくなるとゲームの勝敗が決まる。
しかしEXポケモンは特殊ルールがあり、強力な能力の代償として気絶した場合相手はサイドを二枚引くことが出来る。要は並のポケモン二匹分以上の実力を持っているということだ。
「ランドロスのワザ、豊作を発動。トラッシュにある闘エネルギーをこのポケモンにつける」
先ほどトラッシュに送ったばかりのエネルギーをランドロスにつける。そうすることで自分の番に二枚以上エネルギーをつけるコンボだ。
ここで翔は考える。ランドロスにレジギガスEXの大型ポケモンに、トラッシュしたキズぐすり。経験則的にこいつは火力の高い大型ポケモンを回復させながら戦うタイプだ。
そういう相手には、押される前に押し切るのみ!
「速攻で決めるぜ! 手札からグッズ『不思議なアメ』を発動。自分のたねポケモンから進化する二進化ポケモンを、手札からそのたねポケモンに乗せて進化させる。俺はバトル場のアチャモをバシャーモ(140/140)に進化させる!」
アチャモの足元から光の柱が発生し、アチャモはその中で徐々にシルエットを変えていく。体は元の倍以上に大きくなり、細い脚は大地を強く踏みしめる太い脚に。腕は並大抵のモノなら焼き、握りつぶすことが出来そうな剛健な腕に変わり、その眼光は相手を怯ませるほど鋭く変化していった。
「バシャーモに炎エネルギーをつけ、もう一枚グッズ『シンカソーダ』を発動。場のポケモン一匹から進化するカードを山札から一枚選び、進化させる。俺は山札のワカシャモ(80/80)を選んでアチャモから進化させる! そしてそのままバトルだ。バシャーモで攻撃、ブレイズキック!」
駆けだしたバシャーモが少し宙に浮いているランドロスに向かい、灼熱の蹴りを放つ。
「ここでブレイズキックの効果が発動。コイントスをしてオモテなら30ダメージを追加。ウラなら相手をヤケドにする」
モニターのタッチパネルでコイントス判定を行う。オモテ、ということは元の威力40に加えて計70ダメージがランドロス40/110にヒットする。
「ぐっ……。なるほど確かに速攻のようだ。良い判断、良い展開、良いスピード。しかしそれだと圧倒的にパワーが足りない!」
突然の気迫に翔はついつい息を飲む。二ターン目で70ダメージは我ながらかなりのものだと思っているのに、それを嘲笑うヤツの自信はどこから来るのか。やはり、
Afか?
考えを巡らせる翔の思考を遮るように、サイレンの音がこちらに近づいてくる。
「翔! 大丈夫か」
「ああ、まだまだな」
ヘルメットを外し、街灯で明るく輝く金髪の青年もとい恭介と共に担架を持った二人の救急隊員が翔の近くにやってくる。今回の役割は、風見雄大が事件場所までナビゲート、長岡恭介がバイクを出して被害者の救助を呼ぶ、そして奥村翔が恭介のバイクに乗って加害者と対峙する。
今、役割を果たした恭介がこちらに向かってくる。一方で救急隊員は倒れた男を担架に乗せ、再び救急車の方へと引き返していく。
「邪魔が無くなったところで再開させてもらう。俺は手札の闘エネルギーをランドロスにつける。そしてこいつを手札からベンチに出す。古より眠りし大いなる力、大地を割りその姿を解き放て! レジギガスEX!」
地鳴りのような音が響き、山崎のベンチに砂煙が巻き起こる。レジギガスEX180/180のとてつもなく大きなシルエットが浮かび上がる。
「なんてでかさだ……」
恭介もたじろぐ。翔も思わず右足を少し引いてしまった。まさしく聳え立つ壁と言っても過言ではないその体躯から、低い唸りのような声が木霊する。
「サポート『ティエルノ』を発動。山札からカードを三枚引く。そしてランドロスで攻撃。ガイアハンマー!」
サポートはトレーナーズの中でもグッズと異なり、自分の番に一度しか使えないカードだ。その代わり効果は強力なものが揃っている。
そしてランドロスは自分の尾を掴むと、ハンマー状になっている尾の先を地面に叩き付ける。響き渡る衝撃波が全てのポケモンに襲い掛かる。
「ガイアハンマーは相手バトルポケモンに80ダメージ。そして全てのベンチポケモンに10ダメージずつ与える」
「全体攻撃だと……!」
真正面で攻撃を受けたバシャーモ60/140以外にもベンチのワカシャモ70/80、相手ベンチのレジギガスEX170/180も衝撃波によるダメージが及ぶ。
言うだけあって、確かに同じ二ターン目だが山崎の方が計100ダメージとバシャーモの与ダメージを上回っている。
「なるほどね、口だけじゃないってことか! だがまだまだ。俺のターン! 手札の炎エネルギーをベンチのワカシャモにつけ、サポート『サナ』を発動。手札を全て山札に戻しシャッフル。そして新たにカードを五枚引く。ここでもう一度攻撃、ブレイズキック!」
今度のコイントスはウラだが、HPが尽きるランドロス0/110にはもう関係ないこと。HPの尽きたランドロスは粒子になって消えていく。
相手のポケモンを気絶させたことで翔は一枚目のサイドを引く。対する山崎はレジギガスEXをバトル場に送り出した。
「俺のターン。レジギガスEXに無色エネルギー二個分として働くダブル無色エネルギーをつける。さあ、目にモノ見せてやる。サポート『フウロ』を発動。自分の山札からトレーナーズを一枚選び手札に加える。俺が加えるのは『
Afギガントミラージュ』!」
「来るぞ!」
「ああ、分かってる!」
「俺はバトル場に出たレジギガスEXに手札のポケモンのどうぐ『
Afギガントミラージュ』をつける」
レジギガスEXの姿がぼんやりと揺らぐ。揺らぐだけじゃない、ただでさえ大きいのに更に大きく見える。これがさっきの男を吹き飛ばした
Afか。
ポケモンのどうぐはポケモンのつけることで効果のあるグッズの一種。基本的には気絶するまでポケモンのどうぐを外すことは出来ず、ポケモン一匹に対して一枚しかつけることが出来ない。しかしポケモンに更なる効果を付与する貴重なカードだ。
「ビル何個分なんだ一体……」
恭介の言うとおり、翔も顔まで見上げようとすると首が痛くなるほどだ。しかし問題は見かけだけじゃない。
「ギガントミラージュの効果。このどうぐをつけたEXポケモンのワザエネルギーは無色一個分少なくなり、最大HPが20上昇する。そのまま握りつぶせ、ギガパワー!」
レジギガスEXの手が伸びてバシャーモを掴む。陽炎なのか、本物なのか。その手で握られるだけでバシャーモの姿が見えなくなるほどだ。
「ギガパワーの効果発動。このワザの威力は本来60だが、任意でワザのダメージを20上昇させる。勿論、デメリットとしてレジギガスEX自身も20ダメージを受ける」
レジギガスEX170/200はそのままバシャーモ0/140を握りつぶす。それだけなのに突風が発生し、翔と恭介を襲う。
Afの噂は本当のようだと翔は痛感した。山崎はサイドを一枚引き、翔はベンチのワカシャモをバトル場に出しながら考える。
どうして山崎は今ギガパワーの効果を使ったんだ? ワザを受ける前のバシャーモの残りHPは60だった。それならわざわざダメージを受けてまでもダメージを上げずに倒せたはずだ。
「俺のターン!」
ドローしたカードは……、悪くない。レジギガスEXに対抗しうるカードだ。
「勝利の轍、高らかに! 駆け抜けその手に栄光を! 光来せよ、ビクティニEX!」
小さな炎の渦を纏い、ビクティニEX110/110が背中の羽をはためかせて現れる。
「HP110? そんなちんけなポケモンで何が出来る」
「それは後の楽しみにとっておきな! 俺はバトル場のワカシャモをバシャーモに進化させ、炎エネルギーをつけて攻撃。ブレイズキック!」
コイントスの結果はオモテ。40+30=70ダメージがレジギガスEX100/200にヒットする。
「俺の番だな。レジギガスEXに手札の闘エネルギーをつける。そしてグッズ『いたずらスコップ』を発動。自分か相手の山札の一番上を確認する。望むのであればそのカードをトラッシュ。俺はお前のカードを確認する。……それはトラッシュしてもらおうか」
翔の山札から炎エネルギーがトラッシュに送られる。エネルギーを削っていくつもりか。
「さあ、レジギガスEXで攻撃だ。積み重ねし痛み怒りに変えて、大地を砕く槌となれ! レイジングハンマー!」
レジギガスEX100/200が両手を組み、バシャーモめがけてハンマーのように振り下ろす。
と同時に、とてつもないエネルギーがそこで拡散して翔達にも襲い掛かる。まるで糸くずのように体が浮き上がり、地面に叩き付けられる。翔も恭介も咄嗟に受け身を取ったが、口の中に混じった砂と土、背中と尻と手の痛みからくる不快感に苛まれる。距離からして二メートルほど飛ばされているか。
「なんてパワーなんだ……」
「ごほっ、がはっ! ダメだ、口の中が凄い不快だぜ。後で口をゆすがなくっちゃあなあ。しかしここが屋外で良かったぜ。室内ならばもっと惨事だったろうな」
恭介の言うとおり、もしもこいつが屋内で暴れれば物が散らばり飛ばされた人は壁やどこかしらにぶつかってより被害が大きくなっていただろう、と翔は考える。
「しかし何故あいつは吹き飛ばされないんだ……」
「このレジギガスEXが爆風の盾となっているらしくてな、俺は吹き飛ばされないんだ。それよりも大丈夫か? お前自身もだがお前のポケモンも」
バトル場を見渡せばレジギガスEXの攻撃を受けたはずのバシャーモ0/140がいない。ということは一撃でバシャーモを気絶にまで追い込んだのか。
山崎から感じるのは余裕、快感、そして少しだが嘲笑も紛れている。山崎の言葉からも察せられるが、翔にはそれをはっきりと感覚として感じられる能力、コモンソウルがある。
これが発現したのは三年前。対峙した相手の本気の感情がほんの少し知覚することが出来る能力だ。これについてはまた後日触れるだろう。今とにかく大事なのは、あいつはやはり悪意をもって
Afを運用しているということだ。
「レイジングハンマーの本来の威力は50。しかし、このレジギガスに乗っているダメカンの数かける10だけワザの威力が上昇する! レジギガスのダメージが100、つまりダメカンは10。よって100ダメージ追加して150ダメージってわけよ。サイドを一枚引いて俺の番は終わりだ」
さっきわざと自分にもダメージを受けた不可解な行動は、全てはレイジングハンマーの威力を高めるためにあったということか。
「さあ、これ以上痛い思いをしたくなければ降参してもいいぜ?」
「ふざけろ! 確かにレイジングハンマーのパワーには驚いたし、お前の持っている
Afの力もなかなかのものだ。それでも、既に勝利へのルートはもう見えている!」
「あぁ? 何だと? お前のポケモンはビクティニEXのみ。しかもエネルギーは一切ついていない。トラッシュには既に炎エネルギーが六枚もトラッシュされていて、山札にももう多く残っていないはずだ。それにそもそもビクティニEXがダメージを与えるワザはエネルギーが三ついる。どこが勝利のルートだ。そんなルート、次の番にレイジングハンマーを決めて打ち砕いてやる」
「そいつはどうかな? 俺はベンチのビクティニEXを新たなバトルポケモンに繰り出し、ターンを開始する。まずは手札の炎エネルギーをビクティニEXにつけ、サポート『鍛冶屋』を発動。トラッシュにある炎エネルギー二枚を自分の炎ポケモンにつける。俺が選ぶのはもちろんビクティニEX!」
「いいぞ、翔! これで三枚の炎エネルギーがビクティニEXについた」
向かいの山崎からは強い驚きと恐怖の感情が流れてくる。
「いや、待てよ。確かに攻撃は出来るがビクティニEXのワザの威力は50だ。それだと残りHPがまだ100ある俺のレジギガスは倒せねえ!」
「だったら試してみるか? ビクティニEXでバトルだ。大きな壁に立ち向かう勇気! 強い闘志が更なる力を呼び起こす! 幻影ごと吹き飛ばせ、ライジングバーン!」
ビクティニの頭部のVを象る輪郭に沿うように、大きな炎が浮かび上がる。そのまま空中を一直線に突き進むビクティニEXはレジギガスEX0/200の陽炎を吹き飛ばし、レジギガスEX本体の腹部を貫いていく。
「う、嘘だろ!? どうなってんだ!」
「ライジングバーンは確かに威力は50だが、相手のポケモンがEXであればその威力は更に50追加される。レジギガスEXが受けるダメージは100! そしてEXポケモンが倒れたことで俺はサイドを二枚引く。言ったろ、バシャーモがブレイズキックをレジギガスEXに決めた時点で俺にはこの結末が見えていたんだ」
ダメージもお釣りなし、丁度相手のベンチにもポケモンがいない上、サイドを全て引ききった。我ながら上手く行ったと、翔は心の中でほっと息をつく。
勝利を知らせるブザーが鳴り響くと共に、山崎はどすんと尻もちをつく。
「さあ、約束通り
Afを渡してもらうぜ」
「夜中だったのに悪かったな」
「いや、いいってことよ」
「戦ったのは俺だけどな」
翔達は風見雄大が待つ彼のマンションに戻ってきていた。一人暮らしの風見のマンションだが、一人で住むには少しでかすぎる。その反面こうして集まるには十分な場所なので、普段から翔も恭介もよく上り込んでいる。
「ダメだ、まだ口の中に砂が混じった感じがする……。とりあえず翔が負けたら
Afを差し出すとかアンティ勝負を言いだしたときは焦ったぜ。俺たちはまだ一枚も持ってないってのに」
「どうせ負けられない勝負だし、やつを逃がす訳にはいかないからな」
赤みを帯びた髪を丁寧に分けている風見は、翔から受け取った
Afギガントミラージュを様々な角度から眺める。
「一見普通のカードだが当然のようにこんなものはデータベースにない。それなのにバトルデバイスが認識し、仮想衝撃装置の出力を増幅させる。全くもって訳が分からんな」
「お前がそれを解析かけなきゃどうにもならんだろ」
恭介が呆れ気味に言い放ち、コーヒーに口をつける。口の中の砂ごと押し流すつもりか。
風見は翔達と同じ大学二年生だが、幼少の頃からエンジニアとして一方的な英才教育を受けたため、高校生時代から父が社長を務める電子機械製造会社として大手のTECKで働いてきた。
ポケモンが実際に戦っているような立体映像を提供するバトルデバイス、その前身となったバトルベルトは彼が生み出した。そんな風見が
Afの正体が分からんと言えば、これをばらまいている黒幕以外はその正体がさっぱりわからなくなる。
解析が出来れば
Afの正体が分かる。正体がわかれば、黒幕に近づけるかもしれない。今回はその一歩となったはずだ。
「とりあえずここだと設備が全く無いからな、後日うちのラボに持っていく」
「助かるぜ。それよりも問題は」
「
Afを巡った戦いが起こっている事か」
山崎と戦いに駆けつけるその直前に戦っていた男。山崎の話を聞くと彼も
Afを狙っていたようだ。一体何を考えてこんな危なっかしいカードを狙っているのか。
「これ以上大事にしないとマズいな。少なくともまだまだ戦い続けないといけないわけだ」
──次回予告──
風見「折角の夏休み。休息も必要だと思って海まで出かけた俺たちの傍にやってきたのは……子供?
いや、ただの子供じゃない。こいつも厄介な
Af使いだ!
次回、「人事を尽くせ」
コインの結果を書き換える。そんな小細工に俺は屈さん」