13話 ボールとゲット
さて、110番道路を北上してカノン達が向かうのは、ホウエン中部に位置する小さな都市、キンセツシティ。ここからキンセツまでは直線距離はそれほど大した距離はないが、110番道路は途中から橋になっていて、しかもそれが蛇行している。110番道路の川は川底にポケモンの住みかが多いらしく、そこへの影響を小さくしようとした結果蛇行した橋になったと言われている。
この道路の見所は、橋のさらに上に架かっているサイクリングロードだ。ホウエンの自転車愛好家にとっては聖地だが、あいにく下の道を通るカノン達には全く関係ない。
「分かってるとは思うけど、橋の上にはポケモンが住めるような環境が出来てるから、野生のポケモンもうようよいるわよ」
「……うん」
「出来るならここで仲間を増やしておきたいよね。ノーマルコンテスト会場のシダケタウンまでは思うほど距離はないわよ」
仲間ねぇ、とカノンは小さく呟く。カノンはカイナのバトルテントでバトルは経験したことならあるが、実戦で戦ってゲットさせるなんて経験は無い。ルリリについては言うまでもないし、ジグザグマももらったタマゴを孵化させただけ。ゲットのやり方も伝え聞いてはいるものの、果たしてちゃんと捕まえられるかどうか。カノンの顔には早くも苦い笑いが浮かぶ。
「ちゃんと考えてる? まずルリリをコンテストのどの部門に出して、部門に合いそうなポケモンを捕まえるべきだとか」
「な、何も……」
無計画なカノンのそれに、アサミは露骨に肩を落として深く息をつく。
「まあどうせそうだろうとは思ったけど。とりあえず、シダケに着くまでに仲間は増やしておきたいわね。最低でもキンセツに着くまでに一匹。たとえば……、ほらっ。あの子とかどう? 可愛いんじゃない?」
アサミが指差す方には、一匹のプラスルが草っ原で仰向けになって、無防備にも呑気に眠っている。
これなら捕まえやすそうだと感じたカノンは鞄から空のモンスターボールを取り出す。カノンはアサミに鞄を預け、こっそりとプラスルに近づき、三メートル程離れた位置からボールを投げる。
「ばかっ、いきなり投げてどうす――」
アサミが声を荒げて全て言い切る前に、モンスターボールはプラスルに当た……らずに橋の柵の間をすり抜けて川に落ちていった。
「……あ」
騒ぎに気がつき目を覚ましたプラスルは、起き上がって二人から逃げ出した。
「ほらぼんやりしない! 追い掛けてルリリを出して戦うの」
「お、おう」
カノンは慌てながらもルリリのモンスターボールを取り出し、プラスルの行方を遮る位置にルリリを出させる。突然目の前にルリリが現れたことでプラスルも驚き、反対側に逃げようとしたが転んでしまう。
「なんだか健気で可愛いね」
「ばか、見とれるよりも先に攻撃なさい。ダメージを与えるのはゲットの基本よ」
「あ、うん。えっと、体当た――」
カノンが仕切り直して攻撃の指示を繰り出したと同時。背後から突如赤い風がカノン達の前を駆けた。何事かと思って振り返ろうとすると、正面ではプラスルの体が宙を舞っていた。プラスルが地上に落ちる前にモンスターボールがプラスルに当たり、ボールがプラスルを飲み込んで茂みの上に落ちる。
この間僅か数秒の出来事。呆気に取られたカノンは、何が起こったかを理解するまでに少し考えてしまった。今のはウインディの神速ね、とアサミが答えを示すまで。
「誰かは知らないけど、既にこっちは戦ってるのに横入りするなんて信じられないわね」
怒り混じりでアサミは、プラスルを捕獲したボールを拾い上げるツインテールの見知らぬ少女に注意する。が、少女はルリリとカノン達を一瞥してから、
「それはごめんなさい。でも戦ってるようには見えなくて」
と、嫌みっぽく吐き捨てて、傍のウインディに跨がりキンセツ方面へ去っていった。
「……ああ、さっきのあれはウインディの神速だったんだ」
近くにくるまでカノンは気配すら感じられなかった。テレビで見たり話を聞いたりするのとは違う。これこそが体験なんだ。おれが望んでいたのはこれだったんだ。
「感心してる場合じゃないでしょ! あんたバトルを割り込まれてプラスル持っていかれちゃったのよ!」
「それはそうだけど、どうしようもないじゃん」
「何言ってるの。ああいうときは相手に勝負を持ちかけて勝った方がプラスルの持ち主になるとかにするのよ」
「いやー、それはちょっと流石に無理だし」
姿を目視出来ない程早かったあのウインディと、バトル経験がほとんどないルリリでは相手にならない。それに、何故自分よりも姉貴の方が怒っているのかがカノンには不思議だった。
むしろ、見た感じ自分よりも少し年が離れていた小さな女の子が、あんなにポケモンを上手く扱えるだなんて。それにあんなスピードで突っ込んできたのに、プラスルからそう遠くない地点にいたルリリは無事だったんだ。と、カノンはちょっとした敬意を抱いていたくらいだった。
「ねぇ、まさかとは思うけど」
「……何さ」
アサミがこういう振りをしたとき、あまりいいことは起こらない。経験則的にそれを理解しているカノンは、思わず身構えた。
「あの子に惚れた?」
「ぶほっ……! こほっ、こほっ!」
「だっていつまでもあの子の後ろ姿見てたから。てっきりそういう趣味なのかなー。って」
「ねぇよ! だいたい、どうしてそんなに話が飛躍するんだ!」
「アハハ! 顔真っ赤にしちゃって。可愛いんだから」
「だーれが可愛いだって!?」
からかわれてる。カノンがそう気付いたとき、既にアサミはおふざけモードから真面目な表情に戻っていた。
「とにかく、日が暮れる前までに一匹は捕まえるわよ」
「はえ? あ、うん」
左手をアサミにぎゅっと手を握られて、カノンはそのままなすがままに強く引っ張られた。アサミが開いている左手で指指したのはゴクリン。あれを捕まえようということだろうか。どうやら、アサミにとってはカノンが何を捕まえたいかという意思は半ばどうでもよくなりつつあるようだった。
結局、ルリリの動きが多少は一人前になって、カノンがモンスターボールをポケモンに当てられるようになったのは太陽が沈んでからであった。