Unknown village
強かった風も少しずつ弱まり、砂嵐のせいで見えなかった前もようやく見えるようになってきた。
赤土だらけの荒野で建物も何もなく殺風景だった先ほどまでとは違ってようやく人が住んでいる村が見えてきた。いや、村というか集落というべきか。この集落は俗にヴァイナビレッジと言われている。
ヴァイナビレッジにはテントのような家が乱雑に建てられている。とてもじゃないが栄えている気がしない。
それもそのはずこの辺りは赤土だらけで風も強く赤い砂嵐治まらないためが農作、牧畜が一切ダメ。生息している野生ポケモンも僅かばかりの岩、地面、鋼ポケモンばかりだ。
しかも他の街に続く道路もない。食糧輸送措置でも取らないと食べるものが何もなさそうなこの集落は一体何を食べて暮らしているのか。
そんな辺境の地であるこの集落の中心部には、遺跡と思われる一際目立つ建造物がある。誰がいつ建てたか、そういう年代も何も分からない。
交通の便の悪さ、周囲の環境の悪さから遺跡街としてヴァイナビレッジは発達しなかった。しかし自分のような物好きの探検家が何人もこの遺跡を調査しに出かけに行っているのだ。それなのにこの遺跡についての情報が一切得られないと言う事は、本当に何も分からなかっただけなのかそれとも命を落としてしまったのか……。
「ありがとうレントラー、もう大丈夫」
自分を乗せ続けていたレントラーが、自分を降ろせるように体を低くする。レントラーから降りた自分は首にぶら下げていた水筒の水を一口飲み、残りの水をレントラーに飲ませてやった。
赤土だらけな上に水がこの辺りにないので水分の補給はできない。そのため残り水は八リットル程用意してある。
レントラーをボールに戻し、とりあえずはその辺のテントに入って話を聞いてみることにした。
「すみません」
「……何かね」
言葉に反してテントの中にいた五十過ぎの男の口元は微かに笑っていた。その男の風貌は、汚らしい服装に好き放題伸びた髭と髪からして浮浪者、いや昔見た山賊、それに準じる人のように見える。
「この集落にある遺跡の調査なんですが」
「ああ、全然構わんよ。好きにやってくれ。このまま真っすぐ出るとテントと違ってちゃんとした建物がある。そこを使ってくれて構わんよ、昔来た探検家が勝手に作った家だ」
「……はあ」
やけに要領がいい。こういう対応に慣れているのか。
「ただ、一つだけ忠告をしておこう」
今度はさっきとちがって男の口ははっきりと笑っていた。
「この集落では夜にうろつかない方がいい」
この言葉が突っかかる。どういうことだ? 確かにこの辺り一帯は夜になると冷えるのだがたかが知れている。それすなわち危険というには幾分及ばない。
一礼をしてから言われた家に向かう。言われた通り真っすぐで、丁度遺跡がよく見える。家に入る前に手持ちのデジタルカメラで一枚遺跡を撮らせてもらう。
遺跡は写真の一枚さえ情報がなかったので初めて見るがなかなか荘厳な雰囲気を放っている。遺跡自体は石造りの……。どうだろう、形的には城のようだが窓が一切ないし入り口らしい入り口がパッと見たところ見つからない。
家に入らせてもらう。もちろん鍵などはかかっておらず、誰でも入れるようになっているようだ。内部はワンルームで、古い電球と年季の入ったテーブルと椅子、粗雑なベッドが一つずつ。床には少し古臭く汚れた緑色の絨毯が広がっていた。床には何らかの文献か、資料かよく分からないものが散らばっていた。
とりあえず私物を置いて肩を回し首を回しストレッチをする。長旅で疲れた体が休息を要求しているようだ。だがまだやることがすこしばかしある。
ポケットから携帯電話を取り出す。予想はしていたが圏外。交通もダメ、電波もダメ、なるほど確かにこれでは外部に情報が行きわたりにくい。一つ目の疑問の、なぜ遺跡の情報が一切ないのかということが判明した。
そしてもう一つ確認したいことがある。どうやらこの家は窓が無ので玄関の扉を開いていかないと外が明るいかそうでないかが分からない。
「もうこんな時間……」
夕陽は順調に地平線に隠れていこうとしていた。夜までは少し情報を整理しよう。
散らばっていた文献類を読み始める。どうやらかつてこの遺跡を探検していた男が記した日記のようなもので変色が始まっている。丁寧なことに日付まであるが約十年前。そんなに前に遺跡の調査が始まっているのに大手の大学かその辺の研究団体が遺跡の調査に取り掛からないのは何故だ。
文献には遺跡の入り方と遺跡の内部について多少の情報が記されていた。やはり遺跡そのものには入り口がないようで、遺跡の手前にある石で出来た小さな小部屋にある隠し階段から侵入するものらしい。内部は暗く、灯りが無いととてもじゃないと辺りが見えないとのことだ。
しかし情報はそれだけで途切れている。他の紙にも同じようにここを訪れた探検家が似たような内容を書き連ねていた。
さて、そろそろ良い時間だろう。椅子から立ち上がって最小限の荷物だけ小さなリュックサックに移し替え、玄関の扉を右手で開ける。左手にはモンスターボールをしっかり握っている。
まるでスパイのように慎重に家を出ると、辺りはすっかり夜。月と空に浮かぶ星が綺麗だ、ここでなら天文学の研究もはかどりそうである。
そんなことよりも、今日寄ったテントで男に言われた『夜にうろつくな』という忠告の意味を確かめなくてはならない。
「……。ケーシィ、フラッシュをお願い」
握っていたモンスターボールからケーシィが現れ、辺り一面をしっかりと照らしつくす。昼間並みの明るさが自分の周囲を照らし出すが特にこれといった変化はない。
「離れるないで」
と言いつつ片手でしっかりケーシィを抱きしめて周囲の探索を始めた。自分とケーシィが至近距離なので自分の目が光でやられないようにケーシィは光をそれなりに抑えている。昼間とこれといって変わっている様子はないのだが、あれは単なる脅しだったのか? もしかして男にとって見られたくないものがあったから外出を禁じた、とかか……。
その刹那、突風が吹きつける。それも単なる突風でなく、意識的な者だ。はっきりとした敵意を感じる。
砂を巻き上げた突風は、視界をはっきりと消してきた。フラッシュで辺りが明るくなっても目が見えなければ意味はない。
目を守るため左手でケーシィの目を、右腕で自分の顔をカバーするので精いっぱいだ。
突風が止むや否や今度はアンノーンの大群が自分とケーシィをドーム状に囲うように現れた。一体いつの間に、いや突風で目が塞がれていた時か。それは分かる。しかしなんだこの量は。
一匹一匹数えた訳じゃないがザッと見たところ千に近い数はいてもおかしくない。このアンノーン達はどこから現れたのか。人の持つポケモンにしては量が多すぎるから野生だろうか?
しかし男の忠告の意味がわかった。夜には野生のアンノーンの大群が襲いかかってくるということか。
考え事をさせてくれる時間はここまでのようで、アンノーン達がそれぞれこちらに向かって好き放題目覚めるパワーを打ち始めた。もうここは本能的な指示しかできまい。
「ケーシィ! 逃げるよぉ! テレポートォォ!」
従順なケーシィはその叫びに応じてくれた。この辺の地理が分からない、そして赤土だらけでアトランダムに並ぶテントから距離感が妙に掴みにくいこのヴァイナビレッジなのでどれほどの距離を稼げたのか。
さて走って逃げようかと思った時、再びアンノーンの大群がこちらに向かってやってきた。南無三!
ここまでか! 思わず目をつぶったものの一向に攻撃を食らう気配がない。左腕で抱きしめたケーシィが必死に鳴き、暴れはじめることでようやく目を開いたがどうやらいつの間にか家にいたようだ。ケーシィが自分でテレポートしてくれたのだろう。感謝をこめてケーシィの頭を撫でる。
あくまで探検家であってトレーナーでないのだ。ポケモンの扱いには慣れてる自負はあってもそれは決して高い水準ではない。ああいうとっさの場面ではどうすればいいのかが分からなかった。
大きくため息をついてケーシィをボールに戻す。外に出ると危ないということの裏返しは外に出なければ安全ということなのだ。とにかく汚れ、汗の臭いのするベッドの上で横になることにした。この調子だと明日からの調査が大変なことになるな……。
先行き不安もいいとこだが体力を回復させなければ明日の調査も危ないだろう。目を閉じれば簡単に眠りの底に落ちて行った。
目が覚めると太陽はすでにある程度の高さまで昇っていた。腕時計を確認すると十一時、もっと早く起きるつもりだったが疲れが蓄積しすぎたのだろうか。
それはともかく今日こそ本格的に調査の始まりだ。もう一度持っていくべき荷物を確認しなくては。帽子をギュッとかぶり直す。
そう思って大きめのリュックサックの中と小さめのリュックサックの中を確認していくとすぐに異変に気付いた。
荷物が足りない。主に水と食料品だ。あらかじめ携帯していた二リットル以外の六リットル分と、缶詰などの保存食をいくらか盗まれた。缶詰はもう今日の分でなくなってしまう。このままだと街に戻ることができない、それまでに飢える可能性が非常に高い。
もっと大量に詰めてきたはずなのだがいったいどうして減っているのか。盗まれたのか? いつだ、もしかして昨日の夜か? 念のために寝る前、番犬の代わりに玄関にレントラーを放っていたのだがレントラーは戦った跡がないし眠らされたり麻痺らされたりといったこともなさそうだ。
まさかアンノーンに追われている間か……? いやいや、その間は短かったはずだ。どんどん謎が増えていく。
しかしどうだろうと結果はこうだ。帰れないとなると……。ここに散らばる文献の一つに自分の物を加えて散るしかないのか。
ああ、もっと他の地域も探検したかった。シンオウ地方には魅力的な場所が様々あるから是非とも行きたかったのだが。
すっかり心の折れてしまいそうな自分にレントラーが体当たりをしてきた。当然手加減されているので転ぶ程度で事なくを得た。
立ち上がるとレントラーが起こった表情でこちらに向けて吠えてくる。まるでそんな弱気になるなと叱咤するかのようであった。
「ごめんね」
そうだ、こんなとこでくよくよしていても何もない。どうせなら当たって砕けろという感じだ。
レントラーの顔をまんべんなく撫でてあげるとレントラーは機嫌がよくなったようだ。
そうして探検に必要な最小限の荷物、そして食料品を全て小さなリュックサックに詰めると早速家を出たのであった。
ここから遺跡までは徒歩六分ほどの距離。脇にはレントラーが控えているので危険があればすぐに察知してくれるだろう。
文献の通り、遺跡から離れた石造りの小部屋に入る。この小部屋自体には入り口の扉などなく、千客万来と言わんばかりだ。
そして記述通り隠し階段が。しかし隠しというよりは階段を蓋していたと思わしき床の石は除けられていたので隠しとは程遠い。
階段を少しばかり降りると辺りは真っ暗だ。陽が一切届かない位置まで潜ってしまったのでフラッシュがないとこれより先へ進むのは困難だ。
「ケーシィ、フラッシュを」
モンスターボールから飛び出したケーシィが眩い光を放って辺りを明るく照らす。どうやら階段の先には通路が広がっているようだ。この通路はまだしばらく先まで続いている。
通路の壁も石で出来ている。一歩一歩しっかりと歩いていくと、通路は終わりにさしかかる。なるほど、通路の終わりがが遺跡の地下とでもいうべきか。
通路が終わると今度は大部屋、だろうか。大部屋に入る前にデジカメで二枚ほど写真を撮る。この大部屋の床は黒色で壁から天井は灰色、さらに天井はドーム型になっていて高さ的には遺跡の頂上まで続いているようだ。この様子だと遺跡内部はこの大部屋一つだけで終わりなのか?
大部屋に入り、壁などに手を触れる。冷たい石で年季も入ってそうだが、それでも非常に強固で崩れそうな様子は一切なさそうだ。
まさかこの遺跡がこれだけな訳があるまい。ここまで何もないならもっと前に調査結果が出てもおかしくない。何かあるのか?
そのときだった。急に足元がグラグラ揺れて崩れ始めたのだ。急な出来事に何も対応できなかった。自分だけでなくケーシィ、レントラーも下へ落ちていく。
落ちていく過程で上を見たが、崩れ落ちた床は何故か落ちずに空中で止まっている。それもそうだ、あの黒い床は背中を上に向けたアンノーンの塊だったのだ。そしてこんな大量なアンノーン、昨晩襲ってきたアンノーンに違いないだろう。
落ち方がまずかったので下手したら骨を折るかと思ったが、先に着地したレントラーが背中で受け止めてくれた。もちろん衝撃は来てきつかったのだがまだまだ余裕だ。
「ありがとうレントラー」
まんざらでもなさそうにレントラーは吠える。
それにしてもアンノーンは夜と違って全然襲ってこない。かろうじて問題なのは床がまたアンノーンによって塞がれてしまったので下手すれば帰ることができないということだ。
「ケーシィ、もう少し強く照らして? ここも一応写真に残しておくね」
そう頼むと嫌な表情を一つも見せずにさらに眩い光を放つ。まずは頭上にいるアンノーンを。そして今度はアングルを下げて部屋を撮ろうとするが……。
「これは……」
血痕があちこちに散らばり、白骨死体が大量に転がっていた。この遺跡には生還者がいないという話を聞いていたがなるほど、アンノーンによって道を塞がれ閉じ込められたせいでいずれ飢えてしまい、死んでしまう。既に液状化しているものもあったりと状態はメチャクチャで、見るに耐えれない。
こういう腐臭には慣れている自分だが、鼻の利くレントラーにとっては地獄過ぎるだろう。可愛そうなのでひとまずボールに戻してあげてこの地下の部屋を探索する。
どうやらまだ奥に進む通路があるらしいが、落ちた時にどっちがどっちか分からなくなってしまったのでどこに向かってるかが分からない。今いるところは死体と遺物しかなくどれも腐っているので特に探索する価値はない。というよりも早く出たい。そんなとき、脚で何か重たいものを蹴ってしまった。
「……」
それはこの遺跡の石と同じ素材から出来てるであろう、灰色の鍵のような物だった。だが、鍵と言うには大きすぎる。一メートルくらいはあるだろうか、試しに持ち上げてみようとしたが重くて持ちあがらない。
「どうしたものか」
直感的にはこの鍵には何かしらの意味があるだろうと告げている。しかし自力で持ってはいけない。とすれば仕方ない。
「ケーシィ、念力でこれを持ち運ぼう」
ケーシィから不思議な力が発せられ石の鍵が持ち上がる。しかし念力を使うためにフラッシュで発していた光が非常に弱くなり、可視の範囲は二メートルくらいか。
暗くなると同時にガサガサとする音が上の方からする。思わず腰にぶら下げていた懐中電灯を引き抜いて音の発生源に向けると、床(今いる場所から言うと天井だが)だったアンノーンが一斉に動いていた。これはまるで昨日の夜に襲われたような。しかし懐中電灯で照らしているアンノーンはだるまさんが転んだをしているかのようにピタリと動かない。
夜に襲ってきたアンノーン、そして光が弱まると襲ってきたアンノーン。そうか。このアンノーン、明るさに弱いのか。
「ごめんケーシィ。その石の鍵を一旦降ろしてもう一度フラッシュを」
ズシン、と鍵が落とされる音が響くやすぐに眩い光が部屋を包み込む。アンノーンは完全に動きを止め、そして再び天井に戻って遺跡の一部になっていく。しかしどうしたものか。まるで夜といいこの部屋といい自分達の邪魔をしているようだ。
邪魔? そうか。きっと夜に襲うときは余所者の排除、今襲うのはこの石の鍵を運ぶのを防いでいるのか。この部屋のあちこちにある血痕は襲われた探検者のものだったのだろう。
ここまで頑なに石の鍵を運ばせないようにするということはこの先に何かあるのか。しかしどうして運ぼう。……一つだけあるか。
幸いだったのは、ケーシィが鍵を落とした下に少し大きめの石が転がっていたことだ。少し浮いた石の鍵をリュックサックから先っちょが金属になっているロープでグルグルと巻きつけ、しっかりととめておく。
「ダイノーズ、頼む!」
ボールから現れたダイノーズは、自慢の磁力でロープの金属を引き寄せさせ、重い石の鍵を浮かび上がらせる。磁力で動いてしまえば物理的な力なんて関係ない。
念力が使えないケーシィの代わりにアイデアを使って石の鍵を運ばせる。うん、問題ないな。恐らくはこのまま行けるだろう。
部屋の先には再び一本の通路が伸びている。その通路にも死体が転がっている、せめて踏んでしまわないようにするのが情けか。
横には二メートル、高さもそれなりにあるこの通路をダイノーズ、石の鍵、自分、ケーシィの順で進んでいく。途中までは遺跡と同じ石の造りだったが、急に土で出来た所謂普通の洞窟になってきた。まるでこの遺跡が洞窟につながるものだったかのようだ。そして軽く下りの傾斜となっている。
何か音が聞こえたのでダイノーズとケーシィの歩みを停めさせる。チョロチョロチョロというこの音は……。水か?
ヴァイナビレッジ周辺は乾燥地帯であり、水脈が完全に枯渇しているはずだ。しかしなぜ。この謎もこの先を行けば解決するだろうか?
再び歩み始める。十五分程またもや洞窟を突っ切っているときだった。ケーシィが左足にしがみついてきたのでバランスを崩し、尻もちをつく。それに気付いたダイノーズがゆっくりとこちらを振り返って止まった。
「どうしたの?」
ケーシィは自分が進もうとしていた場所を指差す。その方向を覗くと、十メートルくらい道が無くなっていた。下は奈落の底……というわけではないが落ちると助かる見込みは厳しい。なぜなら地下水が集まって川が流れているからだ。こんな地下でどこかに流されれば本当に危ない。
ダイノーズはそもそも地面から何センチかは浮いているし、ケーシィだって自分の体を宙に浮かせるくらいは簡単だ。しかし自分は地に足をつける生き物。ここを乗り越えるには。
そこでの解決方法はダイノーズが磁力で浮かび上がらせている石の鍵に乗ること。僅かな磁力で浮かび上がっている石の鍵に乗るよりダイノーズ自身に乗った方が安定するがこの位置からじゃ届かない。
「位置……。そうだ! ダイノーズ、動かないで。ケーシィ、一緒にダイノーズの上までテレポート!」
ケーシィが腕を掴むと一瞬でダイノーズの頭の上に乗った。幸いにもダイノーズの頭は中央部に突起が少しあるだけで基本的には平である。着地はバランス良くできた。
そのままふよふよとダイノーズの頭の上で落ちないように神経を気配りしながら待機していると、ようやく地上に到達した。そして今まで土だらけの洞窟に緑が見え始めた。
緑……か。ここまで来ると思い当たる節は一つだ。まさかそんな夢物語な話があるのか? いや、もうここまで来ると信じるしかないだろう。
さらに二十分ほど歩くと洞窟の向かい側から光が差してきた。ここはどれくらいかは分からないがかなりの地下になるはずなのに光が差すとはどういうことだ。
「ケーシィ、もうフラッシュはいい。お疲れ様」
ここまでずっとフラッシュを続けてくれたケーシィに感謝してボールに戻す。
光の方へ足を進めると、そこには楽園があった。木はないが草がたくさん生えているので草原というところか。そしてそこで取り分け目立つ存在は泉だった。
この楽園、上を見上げるとあまりに眩しくて光源がどこか探れない。目線を元の位置に戻すと、この楽園の中で浮いている存在が一つだけあるのに気付く。泉の脇にこれまた石碑らしいものがあるようだ。
石碑に近づいて、そこに文字があるのを知り読もうとするがこれは今まで読んだことのない字だ。どうしても読めない、それに近しい文字も思いつかない。きっとこの泉に関するもののはずだ。
「それ、読もうか?」
ふいに背後から声がかかったので、急いで後ろを振り返る。少し痩せこけている感じの、ほぼ同い年くらいの青年が七メートルくらいの距離でいた。
急いでレントラーのモンスターボールに指をかけるが、青年は両手を突き出して「待って待って!」と慌てふためく。
「敵じゃないよ、君は探検家だよね? 僕もだ」
とはいえまだ気を許したわけではない。いまだ警戒を続け、鍵を運ぶダイノーズとともに近づいてくる青年に対して距離をとる。
「その石碑に書かれている文字はULテキストっていう種類だ。この間のシント遺跡で同じ文字を発見されたばかりで、ズイ遺跡などのよりもさらに古い文字だからまだ解読出来る人は少ないんだよ」
じわりじわりと二人して動き続けているためいつの間にか青年は石碑の傍に位置していた。
「この石碑に書いていることは、今はヴァイナビレッジとなっている場所の昔話だ。教えてあげてもいいが、一つだけ交換条件がある」
「交換条件……?」
「何か食べるものはない? どうやらヴァイナビレッジは盗賊の集落らしく、探検者のスキを盗んではギリギリ探検に行くだけ行ける分だけ残して奪ってしまうようだ。それに気付いたのは後になってからだけどね」
「貴方が石碑を本当に読めるという保障は?」
「とある大学教授の助手、と言っておこうかな」
まだまだ怪しいが、ここは聞くだけ聞いておこう。
「分かった、信用する」
青年は非常に愛くるしい笑顔を見せた。最後の缶詰を青年の元まで手渡しするとそれにがっつき始めた。
「うん、ありがとう。それでこの石碑の内容だけど、簡潔にまとめると、ヴァイナビレッジは元々はこの地方で一番緑で栄えていたところだったらしい。緑が豊かとなれば農産資源ももちろんある。それを狙って他国は戦争を仕掛け続けた。そしてやがて焦土となるだろう土地を守ろうとした当時の王様と思わしき人がこの地下深くにその自然を封印したんだ」
話が眉つば過ぎる。自然を封印? どういうことだ。青年はそう悩む自分を見てははっと笑った。
「もしも信じていないなら試してみれば?」
「え?」
「その石の鍵を泉に放り投げるんだ。そうすれば封印は解けるらしい。簡単に封印が解けないように、複雑な仕掛けを作ったようだが確かにそうだね。僕は石の鍵を運ぶソースがなかったから、誰かが運んでくるのを待ってたんだ」
「待ってた?」
「そう、ここじゃ昼も夜も分からないが、感覚的には半年以上は待ってたのかな。泉の水を飲んで、草をそのまま食べて。まあ草は栄養分がなくてとても辛かったけどね」
もしこの青年が言っていることが嘘ならば泉に投げ捨てるとそこから回収することは一切出来ない。しかしこの洞窟もこれより奥があるようには思えない。そうなればやるしかないだろう。どっちにしろふん詰まりだ。
「分かった、やってみる。ダイノーズ!」
ダイノーズは泉の上まで石の鍵を誘導すると、磁力の力を無しにする。ドプン、と石の鍵が泉に飲み込まれると、泉の中から大量の光が放たれる。目を両腕で覆うも、視界だけでなく意識も白一色に染まっていく……。
「大丈夫かい?」
青年が肩を揺らしてくれたので目が覚めた。ゆっくりと体を起こし立ち上がると、眼前には大きな湖、川、草、木々が広がっていた。さっきの楽園とは違う。あれは泉と草原しかなかった。
「ここはどうやらヴァイナビレッジのようだ。あの家分かるかい?」
木造の小さな家、あれはこの集落に来て泊った家だ。
「君が目を覚める前に少し調べたが、あの遺跡一帯が沈んで湖になったようだ。まだ確認してないがアンノーン達も遺跡の中にいるままかもしれないね」
「……」
ずっと被りっぱなしだった帽子を脱ぐと、薄いブルーの長い髪が帽子から解き放たれ背中に流れる。青年はそれを見て驚きの顔を一瞬見せたがすぐに自分と同じくしばらく湖を眺め続けていた。
その後、ヴァイナビレッジはヴァイナタウンと名を改め、たくさんの人が住みつきたくさんの人が農業等自分の仕事に従事した。
ヴァイナタウンは緑を保ち続け、発展を遂げた。湖の端には薄いブルーの長い髪の女探検家と、優しげな笑みを浮かべる青年探検家の像が建てられ、いつまでもこの湖と街を見続けている。