つながる絆
二月下旬、インテックス大阪でポケモンの公式大会が行われた。
ゲーム、カードの両方が行われたその大会で俺はゲーム部門に出場した。
この年からゲーム中で手に入れることのできる伝説ポケモン(いわゆるミュウツー、ホウオウ、ルギア、カイオーガ、グラードン、レックウザ、ディアルガ、パルキア、ギラティナ)が参戦可能となり、今までの対戦環境が激変した。
二月以前に他の都道府県で行われた地方予選の優勝者の手持ちを見ても、パルキアやカイオーガ、ミュウツーが流行ってるというのが分かったくらいでこれといった流行パーティーが見つからない。
ポケモンのゲームに限らず、他のだいたいの対戦ゲーム及びカードにおいて、情報は勝利を築く重要な要素の一つである。その情報が欠けている分、自分以外の人も似たような状況であるのも関わらずに、大きなディスアドバンデージを抱え込んでいる錯覚に陥る。
特に俺は他とつるんでいるやつがいず、たまにポケモンセンターオーサカで野良試合をしたりするか、ネットで対戦募集をかけてる人と対戦をするくらいなので情報をシェア出来る相手がいまいちいないのだ。
いざインテックス大阪に着くと、辺りの人は友人と思わしき人々と各々会話をしている。やはり俺のように一人でいるやつはあまり見受けられない。
午前から予選があったのだがあっさりと三連勝して予選を勝ち抜いた。
二人目が本気でポケモンをやってる人で、一人目と三人目は大してポケモンをやってないような感じだったのでどちらかというとラッキーといったところか。
その二人目と戦って思ったのが、俺のミュウツーが思うように動いていないことだった。持ち物を変えるべきかそうでないか。
決勝リーグのバトルシートを首からぶら下げ、一人インテックス大阪内にあるコンビニのような小店舗で買ったおにぎりを食べながら考える。
「なあなあ、決勝からバンギ使いたいから貸してくれへん?」
「それじゃあ代わりにオーガ貸してぇや」
「ええで」
近くで後ろで二人組の男がDSを指差しながらワイワイ話している。二人が過ぎ去るまで様子を見ていたが、心の底でどうも羨ましく思ってしまう。無論、俺にも友達はいるんだがポケモンをやっているヤツはいないのでこの有様だ。
そろそろ時間だな。おにぎりのゴミを適当に丸めて近くのゴミ箱に捨て、再び勝負の場へと踏み出す。
「よろしくお願いします」
決勝リーグは六十四人で行われ、そこから一人が五月か六月かに行われる全国大会へ進出する。まずはその一戦目。対戦前の握手を交わしたのち、対戦が始まる。
俺の先発はミュウツーとユキノオー。一方の相手は「コケコッコ」とNN(ニックネーム)のついたホウオウ、「なんごく」というNNのルンパッパ。
「……っ!」
しまった! 狙い撃ちされた!
ホウオウによって俺のユキノオーが縛られ、控えにいるカイオーガを出そうとしても今度はルンパッパに縛られる。もう一匹のメタグロスはホウオウに縛られてしまう。
この「縛り」という概念は、このようにユキノオーで攻撃したくてもそれより先に相手のホウオウがユキノオーを撃破してしまう。砕いて言うなら、飛んで火にいる夏の虫というところだ。
対戦相手の顔をチラと伺うと、しめしめ獲物がやってきたと口元が緩んでいる。付け込むとすれば相手の余裕か、だが理想論すぎる。
ここは引かずに!
俺のユキノオーは守りの体勢に入った。しかし、相手のルンパッパの猫だましがミュウツーに直撃。ホウオウの聖なる炎の一撃はかろうじて守ったが、それでも相手には結局攻撃できなかった。霰の効果でユキノオー以外が僅かにダメージを受けるがたかが知れている。
本当の心理戦はここからだ。このタイミングでユキノオーを戻すか否か。しかし俺がこの決断に悩まされているのは相手も承知しているだろう。……いや、無難に戻してみるか。
俺がユキノオーを戻してカイオーガを繰り出した。しかし、それを完全に読み切ったかのように相手はホウオウを「ぱるすぃ」と名のついたパルキアに変更してくる。天気が霰から雨に変わったが、バトルの展開は辛くなった。
相手は完全にこちらの行動パターンを読んできている。手のひらの上で踊らされてるという形容がピッタリだ。
ルンパッパの草結びがカイオーガに直撃する。草結びは相手の重さによって威力の変わる技、カイオーガ相手では実は威力は「120」となる。カイオーガのような大型のポケモンでもHPバーはもう赤色だ。
それに変わるように、ミュウツーの雷がパルキアを襲う。カイオーガに対するダメージ程ではないが、パルキアのHPは半分程度の黄色まで減らせた。ミュウツーは自身の持っている命の珠でHPを少し削る。次のターン、パルキアに吹雪を決めればパルキアはほぼ間違いなく瀕死になる。
二ターン目で試合は一気に動いた。この一ターンで試合は揺らいだが、流れはまだどちらにも行ってない。主導権を取るなら次の三ターン目で動かなければならない。
パルキアはマルチに動けるポケモン。そうあっさり捨てるとは思えないので、ここは必ず守りに入るか交代をしてくるだろう。一方でルンパッパは俺のパーティーにおいてではカイオーガにのみ刺さるポケモンなので使い捨てるならこちらか。
使える伝説のポケモンは二匹だけなので、相手の後続にグラードンが控えてる可能性はない。しかし砂起こしもちはいる可能性はある。ここで天気を自由に動かせるカイオーガを失いたくはないし、俺は三ターン目で吹雪を必ずパルキアに必ず当てなくてはならない。結論は一つ、カイオーガを戻してユキノオーを繰り出すことだ。
俺の選択が終わると三ターン目が始まった。カイオーガからユキノオーに交代されることで、天気は雨から霰へと再び戻される。一方でパルキアは守ってきた。ここはなんとしてでもミュウツーの攻撃を防ぎたいらしい。
雨の力を失い、特性「すいすい」を発揮できないルンパッパはミュウツーよりも素早さがダウン。先に動けたのはミュウツーだ。吹雪がルンパッパに命中。1/4までHPを削ったが、なんとか耐えきったようだ。再び命の珠でミュウツーのHPは少しずつ削られている。
ここで誤算が生じた。
俺の予想では、確実にカイオーガを潰そうと、カイオーガ(現、ユキノオーに入れ替え)に攻撃をしてくるだろうというものだった。しかしそれを覆してルンパッパはミュウツーに攻撃してきた。ハイドロポンプだった。
「まじかよ……」
思わずうめき声が出る。ハイドロポンプはミュウツーのHPを完全に奪いきってしまった。霰のダメージでパルキアとルンパッパに多少のダメージは与えたものの、文字通り「微弱」で大した意味は見出せなさそうだった。この三ターン目で、完全に相手のペースに飲み込まれてしまった。
俺の控えは満身創痍のカイオーガとメタグロス。ここは相手の行動を考えて今度こそ慎重に行こう。
相手は次のターン再びホウオウを繰り出してくる可能性がある。役割はもちろんユキノオーを「縛る」ためだ。その縛りの呪縛から解き放つにはカイオーガで雨に変えてやればよい。通常では雨に変えたところでユキノオーは聖なる炎をまともに受ければ瀕死になってしまうが、ユキノオーには炎の威力を半減させるオッカの実を持たせてある。これがあるとほんの僅かのHPしか残らないが、なんとか踏みとどまってくれるのだ。
もし変えてやるなら四ターン目だ! 焦る心臓の鼓動で自分の考えが完全にまとまっていないことを知らず、俺はミュウツーの次のポケモンにメタグロスを指名。
早速四ターン目が始まった。俺がメタグロスをカイオーガに変えると、相手はをパルキアを戻してホウオウを……。いや、相手はパルキアをそのままにして逆にルンパッパを戻して、クッパというNNのバンギラスに変えてきたのだ。完全に裏をかかれた! 天候を変える特性を持つポケモンが同時に出現したとき、素早さの低いポケモンの持つ特性の方が優先される。バンギラスの砂起こしが優先されて天気は砂嵐になった。つまり、カイオーガよりも素早さが低いということだ。
続くこのターン、パルキアの亜空切断がユキノオーに襲いかかる。これだけでは落ちないだろうと踏んでいたが、ここで再び予想を裏切るようにワザが急所に決まった。HPは残らず削られ、ユキノオーも戦闘不能。俺の残りのポケモンはメタグロスだけだ。
五ターン目は俺も相手も選択は早かった。何せ俺は後には引けず、相手に至っては退く必要がないからだ。
相手はバンギラスをほぼ無傷のホウオウと入れ替えた。最後の最後でも完全に相手の手のひらで踊っていただけだった。パルキアの亜空切断でカイオーガが倒れ、メタグロスがホウオウに放った(本来バンギラスに放とうとしたがこれも読まれたようだ)コメットパンチに至っては1/4ダメージを与えるのがやっと。追加効果の攻撃力上昇の音が虚しく響いた。
次のターンは言うまでもなく、パルキアとホウオウのダブルパンチによってメタグロスは為すすべなく倒されてしまった。
「ありがとうございました」
完敗だった。自分なりに完全のコンディションで挑んだはずだったが、全く歯が立たなかった。なんせ相手のポケモンを一体も倒せなかったのだから。
最後に、相手のバトルシートにサインをする。どうやら対戦相手の名前は杉森という名前らしく、歳は俺の一つ上のようだ。うちの傍ではあまり聞かない苗字だ。なんだか印象に残りそうな気がする。
係の人の指示によって外へ追いやられた俺は、特にやることもないので帰って行った。
三月中旬の日曜。大阪市北区梅田のセンタービルの地下一階に位置するポケモンセンターオーサカに向かっていた。
地下と言っても地下街みたいなものではなく、ビルの入り口の一つに地下一階が存在するので地下一階と言えども地上階のように空を仰げば雲が流れている。
センタービルの傍にある携帯ショップの前に自転車を停め、階段を軽快に降りる。土日にはここに大量の利用者が存在し、その利用者はポケモンセンターで買い物をするだけではなく、Wi-Fi通信やワイヤレス通信を楽しみためにポケモンセンターの周りには大量の人がいる。あまりに人が多いせいで、左右半分に区切られた階段の(降りる側から見れば)左側には階段に腰を下ろした中高生がDS片手にワイワイしている。
階段を下りた先に丸テーブルや椅子が複数用意されているのだが、どれもこれも満席で机の上にはDSやカードが乗っかっている。
その先のポケモンセンターの入り口では、片手にDS片手にポケウォーカーを持った人が大量にうろうろしていた。俺もそこの一人に交わるため、同じようにDSとポケウォーカーを持つ。
適当にポケウォーカーをかざしている一人のイケメン風な青年に声をかける。
「通信お願いします」
相手は無口で頷くと、ポケウォーカーの通信を始めてくれた。しかし、ポケモンセンターのポケウォーカー通信はこれだけでは終わらない。通信が終了すると、相手の興味が俺から離れる前にもう一声かける。
「対戦しませんか?」
「ルールは?」
初めて相手が口を開いた。
「GSルールで」
「ああ、大会のやつか。ちょっと待ってて……」
どうやら了承をもらえたようだ。この間の大会の雪辱をここで晴らすべく、俺はすぐさまゲームのポケモンセンター二階ジョーイさんに話しかける。
「よし、今から行くわ」
ちょっとしてから対戦相手と思わしき相手から募集がかかった。しかしこのトレーナーネーム、デジャヴが。
たまたまだろう。ポケモンを選択して対戦に入る。さあ、気合いを入れていこう! と思った瞬間だった。
「えっ、コケコッコとなんごく?」
このNNは忘れまい。この間の大会で負けたバトルはバトルビデオに保存して何度も見直した。
「もしかして杉森さんですよね!」
ポケモン達に技の指示をするのも忘れて、目の前の対戦相手に敬意を持って話しかける。
「え? まあ」
杉森さんは「なにこいつ誰?」といわんばかりの表情を、視線を俺に送っていた。当然だろう。大会の決勝リーグ一回戦で倒したザコなど覚えていないはずだ。だから改めて自己紹介をする。
「この間の大会の決勝リーグ一回戦で戦った者です! 杉森さん、あなたのことを師匠と呼ばせてください!」
「はっ!?」
「そして僕にいろいろバトルのことを教えてください!」
「いやっ、ちょ」
「お願いします!」
バトルのことを忘れ、杉森さんに対して腰を綺麗に90度折ってお辞儀をする。俺の渾身の一撃の甲斐もあり、杉森さんは平静を戻して「わかったわかった」と応えてくれた。
強引だが、これが初めてのポケモン仲間である師匠との出会いである。