集団化するポケモンバトル
情報化社会の波が押し寄せると共にポケモンバトルのパラダイムは大きく変わった。中世のように国がトレーナーを部隊としてまとめて扱う組織的なものでもなく(もっとも、当時は現在のようにポケモンバトルが競技では無く軍事的なモノであったが)、しばらく前までのように一対一で戦う個人的なものでもなく、現代はトレーナーとファーマー、アナリストなどで構成される数人で一つの結晶となる集団化が進んでいる。
力強いポケモン。経験。勝負勘。かつての三種の神器と呼ばれたこれらも、情報化したポケモンバトルの前では格好の的でしかない。決してこれらが無駄という訳ではない。だが、現在の三種の神器はもっと別のモノへと変容した。精神力。豊富なプール。情報。これらがなぜ現在の三種の神器として挙げられたかを、昨今の状況を整理しながら解説しよう。
精神力はトレーナーが持つべきものである。ここでいうトレーナーはスタジアムに赴き実際に戦う者を指す。興奮や緊張をし過ぎずあくまで冷静に状況を把握し、ポケモンを操りそれらを処理する精神力。経験や勝負勘もある意味で含む、広義の言葉であるとも言える。
豊富なプールはファーマーの役割だ。いわゆるファーマーとは、集団の中においてポケモンを育成、コンディションの調整、或いは管理など集団が使うポケモンの管理を司る人を表す。プールとはそのままの意味通り「蓄え」という意味だ。いろんなポケモンがいればいるほど、選択肢が広がる。選択肢が広がれば、バトルで有利になるのは言うまでも無いだろう。その選択肢もとい蓄えをトレーナーのために用意するのがファーマーの仕事である。
最後に、アナリストの役割である情報。アナリストは対戦相手に関する情報を集め、それをトレーナーに教えて、共に対策を練る集団の中では参謀的存在である。アナリストが姿を見せると共に、この集団化が始まることになったのだが、そこはまた後程触れることにしよう。以上のように、現在の三種の神器はそれぞれベクトルが異なる。一人では補いきれないので、こうして集団化したのだろう。この三種の神器の変容には情報化社会が一枚も二枚も噛んでくる。
さて、情報化したポケモンバトルでは従来の、オーダーを見てからどう戦うかを考えるという概念はもはや通じない。ゲーム(=試合)はスタジアムに立って、モンスターボールを投げてからではなく、対戦相手のオーダーを組む前から。つまり、スタジアムの外から始まっている。極端な言い方をすれ、いついかなる時でも戦いは行われている。これがどういう戦いであるか、これが情報化とどういう関係を持つか、を話す前に、それを論じる際に鍵となる「メタゲーム」の概念について説明させてもらう。
現在、「メタゲーム/metagame」という言葉は流布しつつあるが、曖昧な理解が大半である。「メタ/meta-」は、「高次の」という意味を持った接頭語だ。つまり、メタゲームは直訳すれば高次のゲームとなる。とはいえそう言われてもこのままではよく解らない。しかし、メタゲームは身近に存在するのだ。例を挙げれば大会はメタゲームである。一試合ごとの「ゲーム」が大会を構成する要素なので、一試合の「ゲーム」に対して大会は高次の「ゲーム」であると言えよう。まとめると、メタゲームは集合の意味合いを持つ。
世間一般では、「メタゲーム上で考える」や、「雷タイプをメタるパーティー」などのように使われる。ここで使われるメタゲームは、メタゲームの一番有利な扱い方を指す。その一番有利な扱い方はズバリ、大会で流行するパーティーを予測し、それに相性のいいパーティーを組むことである。これが転じ、相手のパーティーの対策をする意味でメタゲーム、メタるという用語になった。ポケモン育成とパーティー構築。実戦もそうだが、この二つはポケモンバトルの重要な根幹である。ゆえにメタゲームを有利にするための要素のなかで、パーティー構築が注目されるのは特別なことではない。パーティーについて多く語られるうち、「メタゲーム=パーティーの理論」という一般的な式が成り立つようになったのではないだろうか。また、大会で使われるパーティーの分布を予測するという意味で、「メタを読む」という言葉も生まれた。こうしたスタジアムに立つ前から行われるメタの読みあいが、情報化したポケモンバトルなのである。
簡潔に述べたが、メタを読むという行為は極めて難解である。メタは図書館に置いてある書物を漁ればいいのではなく、常にあちらこちらで生まれ続ける情報なのだから。縁日の、それ自ら動くことのない水風船釣りより、動き続けるトサキント釣りの方が難しいのと同じである。
情報にも鮮度がある。ヤンヤンマの大量発生があったとする。A番道路で発生したという一週間前の情報と、B番道路で発生したという数分前の情報があった。どちらの道路に向かうべきかは言うまでも無いだろう。これはメタゲームについても同じである。メタを読むためには新しい情報を仕入れ、それらを分析する必要がある。絶えず変わり続ける情報の流動性を説明するには、あやふやなアルファベットではなく事実を列挙するに限る。
第四十二回タマムシ国際ポケモン大会では、優勝者のアルブス・キーマンが使用したパーティーがバンギラス、ガブリアス、メタグロスの砂嵐を利用したパーティーであった。以下、二位、三位と順に下を六十四位まで確認して、表にする。そうしてみると、なんと六十四人中約半数近い二十五人がガブリアスを使用しているのだ。さらに砂嵐を軸とした構成のパーティーは三十九人。半数を越えている。(用語ではTier1、Tier2(Tier/階層)という言葉を用いる場合もあるが、ここではより一般的に聞き慣れたものを用いる)こうして大会で上位の結果を出したパーティーを「トップパーティー」と呼ぶ。このトップパーティーが生まれた時、ここでトレーナーは二つに分かれる。トップパーティーを模倣する模倣型トレーナー。対して、トップパーティーに対するメタを読む対策型トレーナーの二種類だ。
模倣型の利点は既に模倣するパーティーが結果を出していることにある。強いパーティーだから結果を残した。その強いパーティーを使えば良い結果を残すと考える人は絶えない。当然と言えば当然だろう。特にこの砂嵐型は、ライモンカップやサイユウシリーズなどでも結果を出している由緒正しいパーティーだ。それに対して、対策型は文字通り「トップパーティー」を対策したパーティーを構築する。トップパーティーに対するメタであるので、この対策パーティーを一般に「トップメタ」と呼ぶ。砂嵐への対抗策としては雨や霰など他の天気を扱うパーティーが有力と見なされた。事実、翌年のタマムシ国際ポケモン大会ではトップパーティーではなくトップメタである霰パーティーが優勝した。この大会の六十四位までのパーティー分布は砂嵐が変わらず二十九人と一番割合が大きい。優勝者のシブカワマサトは取材に対し、「昨今は砂嵐が流行っているので、そこを狙って霰で攻めてみました」とも発言をしている。メタを読んだシブカワが、トップパーティーを下した瞬間だ。
しかし、その半年後のセキエイ大会ではタマムシ国際ポケモン大会では六十四人中九人だった霰パーティーが、六十四人中四十人にまで爆発的な増加をした。模倣型トレーナーがシブカワが優勝して霰パーティーが結果を残したのを確認し、鞍替えをしたのだ。こうしてトップパーティー<トップメタとバランスが崩れるとある異変が起こる。霰パーティーが新たなトップメタになるのだ。これ以降は霰に相性のいいパーティーを模索しつつ、また新たなトップパーティーが生まれていくだろう。そして新たにトップメタが生まれ、より高次の「メタ・メタゲーム/meta-metagame」へ、さらにより高次のものへと無限に続いていく。流動的な情報を追いかける必要があるため、メタゲームも流動的なのである。
情報を征する者が試合を征す。模倣するにしても対策するにしても情報は必要だ。情報の処理こそが強いトレーナーとしての登竜門であろう。しかし、この情報化には欠点もある。ポケモンの世話や訓練だけで済んだ昔とは違い、インターネットなどが普及して誰でも情報が手に入る以上、ポケモンの世話などだけでなく情報の処理もこなさなくてはいけない。これはトレーナーにとっては非常に大きな負担となる。その役割を分散することが、ポケモンバトルの集団化の大きな原因になった。
集団化することで、バトルはより洗練されていった。しかしその反面集団化は欠点も抱えている。一人だけでは集団には敵わないため、集団を作る、あるいは集団に入る必要性がある。集団に入る者が増えればそれだけ一つの集団が巨大化していく。巨大化しすぎると、それは現在のポケモンバトル界を全て飲み込んでしまう可能性がある。飲み込まれてしまえばその大きな集団の秩序がポケモンバトルの秩序となり、独裁的な界隈へと変貌する可能性も否めない。そこには今までのようなポケモンバトルは無くなってしまうだろう。
これから先のポケモンバトルの未来は果たしてどうなるのか。今後も集団のままあり続けるのか、それとも肥大して組織化するのか。もしくは崩壊して個人化するのか。個人と組織の中間にある現在、我々は岐路に立たされている。