─11話 Remarkable locus
「いたたっ」
「動くな、じっとしてろ」
客がいなくなり静まり返った店内。テーブル席で救急箱を持った篠原さんから治療を受ける。
「危ないからアクセルサモンで炎技はするなと言ってたのにな」
「……ああでもしないと勝てないと思って」
「あんな爆発起こされて店内はヤバかったんだぞ。爆風で食事やドリンクがひっくり返るわなんだで、うちの店員どれだけ大変だったか。しかもお陰で掃除のために早めに店をしめるハメに」
「そうカッカしたりなや。その子も可愛そうやろ」
少し離れたカウンター席から、唯一残った客の白髪の老人――知念監督がにやにやと笑いながらこちらを見ている。
「いや、でも」
「なんや? ワシには頭上がらへんのになぁ」
「それはそれで……」 普段とは違う様子の篠原さんに、思わず頬を緩めてしまう。それを見てか、知念監督は声を上げて笑い出した。
「こほん。それよりもお前なら自業自得でまだしもブーバーンに無茶をさせるのは良くなかったぞ。分かってるな?」
「はい……」
アクセルサモンでオーバーヒートをさせたのが原因か、ブーバーン自身にも熱が籠り、ポケモン病院に緊急入院することになってしまった。幸いにも軽度で済んだので、一晩病院に休ませるだけで良いらしい。バトルが終わって真っ先に店員と一緒に病院駆けつけたが、医師から話を聞いてひどく安堵したのを覚えている。
「よし、これで終わりだ。打撲とかだけで済んだから良かったな。パワーグローブが無かったら今頃腕は大火傷で使い物にならなかっただろう」
「ビクトライズさまさまですね」
「はぁ、気楽なヤツめ。それより大舘先輩が試合をしてくれたお礼にと、菓子を持ってきてくれた。食べろ」
「あ、ありがとうございます」
「それは俺でなくまた本人に言え」
大舘さんと新川は、対戦が終わると新川の応急手当てをしてすぐに帰ってしまった。そういえば対戦が終わって新川と握手をしたとき、ついつい何かされるのではないかと体が強張ったが、傷だらけの新川は口元に僅かに笑みを浮かべていた。どうやら今度は満足させれたらしい。
「篠原さん、あたしはこれからもここにいて良いんですよね」
エルレイドやフライゴンにも食べさせてあげようと思い、大舘さんの持ってきた菓子に手を伸ばしながら聞くと、篠原さんは息を大きく吐いた。
「ダメだ」
「……えっ?」
予想外の返答に体が硬直した。彫像のように動けなくなる。そんな、どうして。
「愛媛や」
沈黙を破ったのは知念監督だった。にこやかにこちらを見るが、何を意図しているかまるで分からなかった。
「ブーバーンが回復して明日、いや、無理なら明後日から愛媛に来や」
「え、愛媛? どういうことですか?」
疑問符を浮かべ続けるあたしに呆れたように篠原さんが呟く。
「お前の全力が認められたんだ」
「瀬戸内ビッグウエーブスの来季構想にはあんたみたいなえぇガッツがあるやつが欲しいからな」
「そ、それって……?」
篠原さんと知念監督を交互に見渡す。どちらにも笑みが浮かんでいた。
「勿論まだまだこの先も壁がある。死ぬほど苦しくて、辛いこともあって悪戦苦闘することも多々あるだろう。でも、負けるな。胸を張れ。俺直伝の『切り札』とお前の意地とプライドがあればサポプロの世界でも通用出来るだろう」
「足りひんもんはまたワシらが補ったるからな」
涙が込み上げて、前が見えなくなる。大丈夫かいな、知念監督の声がした。
「が、頑張りっ、ます! よろしく、お願いします!」
「チーさん、俺からもこの泣き虫をよろしくお願いします」
その涙はしばらく止まらなかった。何故か、涙を拭う気になれなかった。
大舘さんのくれたお菓子がしょっぱくなったけど、胸に染み渡る味があった。
ようやくゴールした。そして、次のスタートラインはもう切っていた。