─5話 Summon accelerator
協会運営トーナメントで優勝するには三つのトーナメント全てを勝たねばならない。まずは第一予選。都道府県別に行われるこの戦いを勝ち抜ける。続いて各地方で行われる第二予選を抜け、全国大会。
っとは言ってもあたしの目標はスカウトへのアピールで、全国大会どうのじゃない。スカウトの少ない第一予選をさっさと抜けて、せめて第二予選。そう。そこまで進めれば合格だ。
このトーナメントはサポプロとハウプロの区別無く開かれるが、ハウプロより圧倒的に忙しいサポプロは棄権する選手も少なくない。うまく第一予選はハウプロとばかり当たればまだなんとかなる。
後の資料は、棄権するなら六日までに連絡しろだの大会のルールだの。ルールも確認したが、普段ブライトムーンでやるのと大差がない。シングルバトルの三匹のうち二匹戦闘不能で負け、という点も同じだ。
あとは大会会場への地図と、チラシが何枚か入ってるくらい。肝心の大会の組み合わせは当日に発表されるくらい。これで大丈夫。篠原さんに言われた通り、ルールは熟読したはず。
携帯電話で時間を確認。うん、二時前にはブライトムーンに着いた。
ブライトムーンは夕方から営業なので、扉は閉まっているはず。どうすればいいかきょろきょろとしていると、背後から篠原さんが現れた。
「何してんだ」
「何、って待ってたんです」
「中に入らないのか」
「でも夕方からじゃないんですか?」
篠原さんは大袈裟に右手を額にあて、溜め息をつく。そして躊躇い無く扉を押した。
「あっ、開いた」
「当たり前だ。営業前から店の準備は必要だからな。早く入れ」
照明も疎らでいつもの騒ぎ声がないブライトムーンはひどく異質で、まるで違う場所のように思える。
人と言えばあたし達以外にはバイトの店員が掃除をしているくらいだ。改めて店の広さを知る。
いつものようにカウンターに篠原さんが入り、誘われるようにあたしはカウンター越しの席に腰を降ろす。あたしが用件を聞くより前に、篠原さんが切り出した。
「本題に入る前に一つ謝っておく。協会運営トーナメントの翌日にいきなりうちで対戦してもらうことになってる。連戦になって悪いな」
「大丈夫です、気にしないでください」
「それなら良かった。で、お前をわざわざ呼んだのは、短い時間だが多少はマンツーマンでしっかりトレーニングをつけさせるためだ」
「本当ですか!」
「ああ。今はオフだからいつもより俺も手が開く。本当は前からちゃんと面倒見てやりたかったんだが遅れてすまんな」
「いいです。全然いいです」
篠原さんには口頭のアドバイスしか貰えなかったから、直接指導のチャンスは活かさなければ。元プロからの指導、しっかり受けないと。
「が、まあトレーニングの前にいろいろちょっとした話からだ。協会運営トーナメントのルールは読んだな?」
「はい、読みました」
「ならいい。じゃあ神奈川の地区の話をするか」
唐突に篠原さんの表情が曇りだし、バツの悪い顔をしたまま話を続ける。その理由はすぐ分かることになる。
「神奈川である以上、ソルジャーズとぶつかる可能性は避けられないだろう」
神奈川ビクトライズソルジャーズ。ポケモンバトルリーグで、万年上位のAリーグに所属している、神奈川が本拠地のチームだ。前期は二位の京都太陰フェニックスと僅差で一位になった、超強豪。もしもそこのレギュラー選手と対戦になんてなると絶対に勝てない。
「いや、まあ待て。そんな早くも泣きそうな顔すんな。一週間だ。一週間で、お前にせめて多少は渡り合える必殺技を伝授する。まあ一番はソルジャーズと当たらないで第二予選に駒を進めることがベストだがな。サポプロだし日本代表選手もいるから、そっちを優先してトーナメントを棄権してくれる可能性だってある。一応もしものため、を想定したトレーニングをする。とりあえずバトルエリアに入れ」
「は、はい……」
「ちょっと道具を取りにいくから先にウォーミングアップだけ済ましとけ。心配すんな。今からやる必殺技は俺が現役時代に愛用した十八番だ。マスター出来れば勝機は上がる」
ニッと笑った篠原さんにつられ、自然と強張った頬が弛んだ。篠原さんとなら、どうにかなるかもしれない。そんな自信も、与えてくれた。
「やる前に確認する。皐月、お前はSS(スタンダードスタンド)であってるよな? SM(スタンド&ムーブ)じゃないよな?」
「たぶんそうです」
バトルエリアのフィールドの真ん中で、ようやく現れた篠原さんの指導が始まる。紙袋を篠原さんは足元に置いて、話を始めた。
「たぶん、ってお前なあ。それよりソルジャーズはS(スタンディング)トレーナーももちろんいるが、SSとSO(スタンドオンリー)よりもM(ムービング)を絡めたトレーナーの方がやや多い。基本的にお前らSSが相性の悪いMトレーナーへの対抗策だ」
トレーナーは基本的にSトレーナーとMトレーナーに分類される。Sトレーナーは基本的にポケモンが戦ってるのを遠くから観察し、運動量は必要とせず読み合いに集中出来る。運動量によって、少ない順にSO、SS、SMに分類される。
一方Mトレーナーは常にフィールドをポケモンと共に駆け回り、相手に読まさせない縦横無尽な動き、さらにポケモンのコンディションを間近で確認をも可能にする、ケガの可能性もある運動量の激しいタイプだ。こちらも運動量の少ない順からMS(ムーブ&スタンド)、CM(コモンムーブ)、HM(ハイパームーブ)の三種類。
「で、こないだ対戦した藤田はSOだな。Mトレーナーはハウプロには少ないから、対戦経験もロクにないだろ。本気で勝ちに行く以上、ポケモンの力押しだけでは勝てない。ボールテクニックが重要だ。相手の裏をかけるような、な。今お前が出来るボールテクニック、言ってみろ」
「は、はい。えーと。バックブラスト、リードレイ、フェイクスルー。あ、プリベントショットはたまーに成功します。それとパニックブラスト」
「パニックブラスト!? 本当か!」
「ただ回転が弱くてそんなにですけど」
「使ってるとこを一度も見たことがないぞ」
「使うタイミングがなかなか無くって」
パニックブラストは、ボールをバウンドした際に特殊な回転になるようにしたもの。投げた当人しか、バウンドしたボールがどの方向に跳ね返るかが分からないボールテクニック。この特殊な回転、が非常に難しくて、あと指が痛くなる。
「成功率は四割くらいですしあんまりやりたくないんです。失敗したら痛い目に遭いますし」
「なるほどな。じゃああまりバトルの中軸には置けないか。まあいい、とにかくだ。こいつは俺からのプレゼントだ」
篠原さんが足元に置いていた紙袋をあたしに寄越した。紙袋の中から現れた直方体の箱の包装を破ると。
「パワーグローブ?」
「ビクトライズが発売したばかりの、最新グローブだ。前期頑張ったご褒美としてプレゼントする。それに今からやるトレーニングにも必要になる」
箱から現れた赤色のパワーグローブ。篠原さんに言われるままに装着してみると、手首より少しだけ肘よりの長さまでをすっぽり覆ってくれた。
「サイズはどうだ? フィット感は?」
「ピッタリです。でもこれって?」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにご満悦な表情を浮かべる篠原さんは、顎髭を擦りながら口を開けた。
「パワーグローブは商品名だ。業界用語で言うと、超緩衝グローブ。とりあえず適当に地面でも殴ってみろ」
言われた通り屈んで、地面を殴ってみる。が、妙な感覚はするもののあまり効用が感じられない。
「もっと強く、本気でやってみろ。いいからいいから」
そんなの手が痛いじゃないですか。と、愚痴を言う前に試しにやってみれば。
「あれ? 全然痛くない」
「超緩衝グローブと言っただろ? 衝撃の八割を吸収し、逃がしてくれる。それにある程度は絶縁機能もある。で、まあ。早速それを使った新しいボールテクニックのトレーニングだ」
「何をやるんですか?」
「百聞はうんたらだ。まずは俺がやる」
篠原さんはズボンの広いポケットから灰色の大きなグローブを取り出して装着した。続けて掃除している店員を呼び掛けて、大きな的をフィールドに持ち込んだ。
「今からポケモンを出すが、出してから秒でだいたい数メートルくらい離れたその的を潰す。瞬きはするなよ」
そう言って篠原さんは深く息を吐き、取り出したボールを両手で掴んだ。そのボールを前に突き出すと――。
「飛び蹴り!」
パン、とボールが開いた音がしたかと思うと、ボールから赤と白の光の矢のような何かが飛び出して、パァン、と鋭い音を立てて的が割れた。
二つの音は当時に聞こえ、ボールから放たれたポケモンさえまともに視覚出来ない。速すぎる。
「ご苦労様。戻れ、チャーレム」
的を割ったポケモン、チャーレムをボールに戻した篠原さんは、笑顔でこっちに視線を向けた。
「アクセルサモン。これをやってもらう」
「……」
「驚いたか? これをやるのは久しぶりだがなかなかにうまく行ったもんだ。ククク、やはり俺のグローブは旧モデルだし、衝撃が残るな。ちょっと腕が痺れちまう」
グローブを外し、篠原さんは腕をぐるんぐるんと回している。やはりあれだけのことをしたんだから、反動があるのだろうか。
「改めて説明するが、これが俺の十八番、アクセルサモンだ。ここまで完璧にやれとは言わないし、されたらされたでメンツがあれだがとりあえず五日で形にはしてもらう。中のポケモンに今のように高速で飛び出させ、一撃を食らわす。スピードがあるから物理技ならもちろん威力も上がる。今はパワーグローブのお陰でトレーナーに力がなくても出来るようになっているはずだ」
この超速アクセルサモンと、篠原さんが所属していたチーム、日今(にっこん)ブラックサンダースのイメージポケモンがゼクロムであることから(電気タイプを使わないにも関わらず)爆雷篠原と呼び親しまれた、その極意。自分でもやったところであんなに極められるとは思ってないが、本人から直に教えてもらえるなんて滅多にない。
「お、お願いします!」
「その調子だ! まずは自分の手持ちをこのスピードに慣れさせることからだ。いいな?」
「はいっ」
協会運営トーナメントまで大した猶予はない。それでもお世話になってる篠原さんに、なんとか報いたい。その一心で、ひたすら食らいつく、過酷なトレーニングでも。そして時は、来た。