─3話 Ardent match
辻斬りを使えるのを知った上で出したとしたら何かの誘いかもしれない。念のためにエルレイドのボールを左手に握り、指示を出す。
「左側辻斬り!」
「思念の頭突きで迎え撃て!」
指示を聞いても動かないヤドランの側に駆け込んだエルレイドは右腕を大きく振りかぶる。
が、その動きが途端に鈍くなった。
麻痺かと最初に疑ったが、すぐに否定。麻痺だとあのヤドランの異常な速度が説明出来ない。
クイックモーションでヤドランはエルレイドの横に周り、頭からエルレイドに突撃する。さらに、衝撃で吹っ飛ばされるはずのエルレイドがゆっくり吹き飛ばされるのをいいことにもう一打。
トリックルームか。速いほど遅くなり、遅いほど速くなる空間がヤドランの周りに展開されている。トリックルームはその規模の関係からワザの発動までに時間がかかる。だというのにもう発動していることを考慮すると、ライチュウが戦っているときから既にボールの中でワザの準備をし、登場と同時にトリックルームを使ったのか。
トリックルームのもう一つ厄介なのはどこからどこまでがトリックルームなのかがわからないこと。ライチュウを早めに倒せたことからあまり範囲は広域には及んではない、そう推測する。
とは言うものの中速以上のメンバーで構成しているあたしには痛手過ぎる。
トリックルームの範囲外から飛び出たエルレイドはようやく、空間内をゆっくり吹き飛ばされる状態から解放されたものの、元のスピードに戻って吹き飛ばされるだけで体をフェンスに打ち付け、力無く倒れていく。判定を聞くまでもなく戦闘不能だ。
トリックルームは時間が立てば効力を失う。エルレイドをボールに戻し、十五秒カウントして時間を稼いでから次のポケモンを選ぶ。そしておそらくトリックルームの範囲外だろうフィールド上空に、フライゴンを送り出す。
「様子見しながら旋回よ」
フライゴンはフィールドを回りながら、牽制で竜の息吹を使いながらただただ好機を待つ。
フライゴンの竜の息吹がトリックルームに入れば速度は弱まり、ヤドランは簡単に避けれる。しかし反対にヤドランの放つ冷凍ビームもトリックルーム内では遅いので、直線上にしか進まないそれの飛んでくる位置を想定するのは容易い。簡単にフライゴンは避けられる。
先に業を煮やしたのは藤田だった。ヤドランをボールに戻すと、別のポケモンをフライゴンのいる上空に向けた。
「鋼の翼!」
ボールから放たれたばかりのオオスバメは、硬化させた左翼でフライゴンの腹部を撃つ。
バランスを崩したフライゴンにも、敵の攻め手は緩まない。オオスバメは指示を待たずして攻勢に入った。
「前方守って!」
「回り込め!」
素早く背後に回り込んだオオスバメが、がら空きのフライゴンの背後に燕返しを叩き込む。更に高度を落としたフライゴンだが、意地で二撃目は守る。
あの高さはさっきまでトリックルームが効いていた範囲。それでも普通に動けるならばっ……。
「砂嵐!」
フライゴンはオオスバメをなんとかやり過ごしながらさらに高度を落とし、地上辺りまで降り、勢いよく両翼をはためかせる。確信する。やはりトリックルームの効果は切れていた。
土で出来たフィールドが削られ、大小さまざまな粒の砂がフライゴンを中心に巻き上がり、小さな竜巻になる。
「もっと強く!」
指示を飛ばしながら腰にかけたイクイップホルダーに手を伸ばし、ビクトライズが二ヶ月前に発売したばかりの最新防塵ゴーグル、二元堂のやや旧型の排粒子マスクを取り出し手早く身に付ける。
視界はやや狭まるが、砂嵐でもきっちり目を開けられ、二倍までズームが出来る。さらにマスクで砂嵐に喉をやられることもない。
一方砂嵐は羽ばたき続けるフライゴンのお陰でフィールド内を覆い、オオスバメは一方的に跳んでくる砂から身を守っているだけだ。
左手にフライゴンのボールを握り、タイミングを見計らう。オオスバメの位置、砂嵐の状態、藤田の動向、リードレイで放ったボールの位置。……今だ。
「直線上にオーバーヒート!」
フライゴンをボールに戻すと同時、転がしていたボールからブーバーンが現れ、ノータイムで右手から放つ激しい火炎を打ち付ける。バックブラストが大成功だ。
フライゴンがいなくなったことで砂嵐は非常に弱まったが、それでもまだまだ飛び交う砂粒がゴーグルのない藤田には妨げになる。替えられる前に決めないと。
「岩石封じよ!」
右手を地面に差し込んだブーバーンは大量の炎を放出し、その勢いである程度離れたオオスバメの足元のフィールドの土を盛り上げ、噴き上げる。
巻き上げられた大量の土砂に動きを妨げられている今が最後のチャンス。藤田が戻す前に一撃を!
「接近、雷パンチ!」
重たい体を走らせたブーバーンは、帯電させた左手を後ろに引き、オオスバメに近付いて力一杯叩きつける。
オオスバメは短い悲鳴と共にフィールド端まで弾き飛ばされ、そこから再び羽ばたくことはなく戦闘不能の判定を受けた。
『勝者、飯田皐月!』
オートジャッジの勝利宣言を聞き、ゴーグルとマスクを外して観客に手を振る。拍手や野次を聞きながら、ブーバーンのボールを拾ってそれに戻し、藤田と握手を交わしてバトルエリアから出る。
入れ替わるようにブライトムーンの店員がバトルエリアに入り、その手持ちポケモンとボコボコになったフィールドを整地し直していく。
あたしはそれには関心を特に抱かず、砂嵐で砂だらけになった体を洗うために店舗奥のシャワー室へと消えていった。