きみだぁれ?
「きみだぁれ?」
と、呟く小さな男の子の斜め後ろには、黄色い蛇のようなポケモンがいました。
ただし、蛇にしては短い全長。そして背中には白い羽が二つ。尾は土を掘るドリルのよう。そう、ご存知ノコッチです。
ですがこの男の子はノコッチのことをどうやら知らない様子です。
男の子は家のそばにある裏山で、探検ごっこをしようというその最中。山を入ってちょっとしてからこのノコッチが男の子に興味をもったらしく、着いてきたのです。
当の男の子も最初は気にはしていなかったのですが、ずっと着いてくるノコッチがどうも気に入らないようで、ついに振り返った訳です。
さて、話は戻りますが当たり前のようにノコッチは喋れません。精々男の子の問いかけに小首を傾げるくらいです。
期待していない反応に、男の子はぷくっとププリンのように頬を膨らますと、ぷいっと体ごと反対を向いて再び歩き出しました。
男の子が枯れ葉を踏みしめる音のちょっと後ろでは、ノコッチがやはり枯れ葉をさわさわ鳴らしながら着いてきます。
男の子が足を止めて後ろを振り返ると、ノコッチも止まってじっと男の子を見つめます。そしてまた男の子が足を進めるとノコッチも進みます。
やはり、男の子が止まるとノコッチも止まる。これでは『ダルマッカが転んだ』で、ラチが開きません。
ノコッチは男の子を気になってついてきているのですが、男の子はノコッチというポケモンを知らないので、その割りと愛くるしい容姿もなんだか得体の知れない怪物に見えてくるのです。
こうなると男の子の猜疑心や恐怖心はいっそう駆り立てられ、この化け物はぼくを食べようとしているのじゃないかと考え出してしまいました。
一方でノコッチはその正反対で、好奇心を胸に男の子の後を追っていたのですが、途中から『ダルマッカが転んだ』に必死になっていました。そのせいかふいに走り出した男の子にあっけをとられ、山の木と木の合間をぬって姿を小さくしていく男の子の背を呆然と見つめていました。
肩で息をする男の子。がむしゃらに山の中を駆け抜けたためにヘロヘロになってしまったようですが、後ろを振り返りノコッチがいないことを確認すると、深い安堵の息を吐き出すのでした。
後に男の子は知ることになりますが、ノコッチは元々足が早いポケモンではないので振り切るのはそんなに大変なことではなかったのです。こんなにゼーハーする必要も本当は無かったんですねぇ。
男の子、枯れ葉の絨毯(じゅうたん)の上に青いまんまるな木の実を見つけました。お馴染みオレンの実です。食べると身体を癒してくれる木の実で、ポケモンも大好物のものです。気付くとオレン以外にもヒメリ、カイス、チーゴ、ザロクなどなど色も味も様々な木の実が広がっていました。
自分が大好きな甘い木の実だけをチョイスして男の子は木の実を食べて食べてひたすら食べます。これが止まりません! 晩御飯のことは微塵も頭に入っていなかったようですね。
さて次のモモンの実、と男の子が手を伸ばそうとした時でした。
遠くのほうから何か聞こえます。ポケモンの鳴き声でした。しかもただの鳴き声ではなく、怒声に近いそれです。
しばしかぽんと遠くを見つめていた男の子の視界に、ようやくその声の主が入りました。ああ、大きいですね。
身の丈二メートルはあるケッキングと、その四分の三くらいの背丈のヤルキモノが二匹。
この木の実は全てこのケッキングの群れがとってきたものだったのです。それをこんなちびっこにムシャムシャ食われていたら怒るのも当然。ちなみに見張りであろうナマケロ数匹は落ち葉を布団にして熟睡してました。
男の子の身長はヤルキモノよりもちょっと小さいくらいですから、ケッキングが近づく度にその背の差は歴然とするだけであって、非常に威圧感を感じます。膀胱も緩んでるかもしれません。とにかくひたすら怖いのです。
このくらいの年だと、まだ見えない恐怖より見える恐怖の方が全然怖いのだから、さっきのノコッチのくだりも忘れるくらい男の子はひどく狼狽しました。
なんとかしようと思っても、ケッキング達はどんどん近づいてくるのですから考える時間が短くなるだけで、―――あ、ヤルキモノ達が先に駆け足で男の子に襲いかかってきます。
男の子はポケットの中からモンスターボールを取り出すと、ヤルキモノ達の前にポケモンを繰り出します。立派な鶏冠(とさか)のムクホークです。男の子のお父さんがボディーガードとして持たせたポケモンでした。
「ムクホーク、た、助けてぇぇぇ!」
なんとまあ曖昧な指示なこと。もはや指示というよりは心情を吐露しただけとしか思えません。それでもムクホークは頑張ります。一対二の劣性の中、燕返しやらインファイトやらでそれはもう熱戦でした。たぶんムクホークは今年一番頑張りました。
で、その一方男の子はどうかといいますと逃げていました。来た道を帰ってるわけです。
ところがどっこい、忘れちゃならないケッキング。男の子の先回りをしてまして、もう男の子の目の前に顕在しています。しちゃってます。
振り上げた拳から、これはアームハンマーですねぇ。こんなものを食らうと大人でも木っ端微塵でしょう。
思わず目を伏せたくなる光景になる……!
実際男の子も腰を抜かす、というより腰なくなったんじゃないかという様相だったんですが、なんとケッキングの動きが急に鈍くなったのです。
ストロボ写真を見ているかのような、避けることが遥かに易しいスピードの拳は簡単にいとも避けれました。
なぜ急にケッキングの動きにキレがなくなったのかと言いますと、男の子のそばにいつの間にやら戻ってきていたノコッチが、蛇睨みでケッキングを麻痺させていたのです。
さらに尻尾のドリルをフル回転させて土を掘って掘ってトンネルを作ります。
大人はくぐるのが辛いですが、ノコッチと男の子は大丈夫です。ノコッチがトンネルを作ってあげると、男の子は向こうで戦うムクホークをボールに戻してトンネルにノコッチと共に入っていきました。
ヤルキモノ達は挟み撃ちで攻撃しようとしていたので、急にボールに戻っていなくなった標的に気付かずごっつんこ。どっちもノックアウト。一方のケッキングはトンネルには入れません。でかいですから。頑張って腕をトンネルに突っ込むも、男の子達のところまでは全然足りません。仕方ないので諦めることにしたようです。あ、ちなみにナマケロは終始爆睡していた様です。
さてさて山のふもとまで戻ってきた男の子とノコッチ。食後に激しい運動をしたため多少お腹が痛い男の子ですが、今は無事ケッキング達を撒けたことに安堵、安堵、もひとつ安堵してます。
そばの銀杏の木にもたれかかって一休みする側にはノコッチもいましたが、もう男の子はノコッチを恐れていません。
「ありがとう、君」
そう男の子が言うと、ノコッチは満足気に鳴き声をあげるのでしたとさ。