番外編:最後の卒業バトル前編
アルセウスジムの一件からもうかれこれ一年半。そんな高校三年生の三月、僕たちは自分の進路に向かって歩きだそうとしていた。
翔くんと恭介くんは学科こそ違うけど、同じ大学で同じ学部。結構有名な私立大学に進む。風見くんは国立大学に進む。蜂谷くんは……、実はまだ進路が決まっていない(浪人する事を恭介君伝いで聞いたのは二週間後だった)。
そして僕、藤原拓哉は他の皆と違って一人東京を離れ、京都の私立大学に進学することになった。
親戚が大家をしている小さいアパートに一人で暮らすことになる。そのための荷造りを昨日から始めて、出発は早くて来週になりそうだ。
女手一つで育ててくれた母とは、風見杯以後いくらかは関係が改善されたがやはり亀裂は残る。僕自身も暴力を振るわれた時のトラウマがまだ消えない。正直意地でも一人暮らし出来るように、とあえて遠くの大学を望んだ節はある。
それとアルセウスジムで僕の新しい正の能力、ディメンジョンリリースが発現して以来、僕のもう一つの人格が消極的になっている。最近では心の中にいるのかどうかを認知しづらい時もあって、それが心配だ。僕たちは二人で一人だし、一人で二人だった。何度か共に困難を乗り越えてきた仲だったから、時々不安になる。もしかして彼がそのまま消えてしまうのではないか、と。
そんな矢先の話だった。
なんとなくだけど直感で夢の中にいるんだと分かる。眠りについた記憶があるのに、明らかに家ではない場所にいる。その割にはやけに自分の意識がはっきりしているし、体も自由に動かせるようだ。
辺りは気持ちよい風が流れる、背の低い草が茂った丘だった。去年の春休みに恭介君のお兄さんが、車で僕らを連れていってくれた自然公園を彷彿させる。あのときは慣れないアスレチックで騒いだ思い出がある。
しかし親子連れがたくさんいて騒がしかったあの人比べ、人の気配が全く感じられないのがどことなくもの悲しさを引き起こしている。
「こっちだ」
右の方から聞き覚えがある声がする。逆光で姿は見えないけれど、人影があるのは分かる。少し駆け足で近寄ると、見知ったシルエットが現れる。毎日嫌というほど会っている――僕だった。
「こうして会うのは初めてか」
「いや、アルセウスジムの時に一度だけ。ほんの少しだったけど」
「そうか、そうだったな」
かつての立ちふさがるものすべて吹き飛ばすとでもいわんばかりの覇気が削がれ、少し優しい表情のもう一人の僕。なるほど、夢だから本来会えない僕らがこうして向き合っているのか。
だったら折角だし聞きたいことがたくさんある。最近の君の様子のことが知りたい。いつも一緒で、いつも僕を守ってくれた君のことを――。
「アルセウスジムの一件が終わってから俺はずっと疑念を抱いていた。元々俺はお前を守るために生まれてきた人格であるという自覚はあるし、そうしてきたつもりだった。だがあのとき俺は逆に敗れ、お前が勝ち残り、挙げ句の果てにはお前はお前自身の正の能力を手に入れてきた。……なら俺がいる意味とはなんなんだ? 俺がいなくてもお前が戦える。それは俺としても非常に嬉しい。だがその一方で俺は俺がいる理由、意味が知りたい。そのために一度だけで良い。本気のお前の力をこの身で感じたい」
伏し目がちに話す彼には迷いが感じられていた。彼は僕の怒りや憎しみから生まれた人格だ。それでいて、いつも僕のことを考えてくれる優しさを持ち合わせている。きっとそんな彼のことだろうから、自分がいないことの方が僕にとって良いことではないかと考えているのかもしれない。
彼が指を鳴らすと、僕たちそれぞれの目の前に見慣れたバトルテーブルが現れる。夢の中だからその辺は自由に出来るんだろう。
「デッキはそれぞれ俺用のデッキとお前用のデッキにちゃんとなっている。細かい事は言わなくてもいいだろう。手加減は絶対に許さねえからな」
静かな声音だけど、それでいて確かな闘志が牙を光らせる。
『対戦可能なバトルテーブルをサーチ。パーミッション。スタンダードデッキ、フリーマッチ』
「最初で最後の勝負だし、先攻くらいはくれてやるぜ」
僕のバトル場にはオタマロ60/60、ベンチにも同じオタマロがもう一匹。もう一人の僕のバトル場にはマネネ30/30、ゴース50/50。
彼は彼なりに考えた上でのこの結論なのだろう。ならば僕もそれに応えられるようにしなくちゃいけないんだ。そしてその答えは「これ」で探す!
「僕のターン。まずはバトル場のオタマロに水エネルギーをつけて攻撃。振動!」
オタマロが口を開け、空気を揺らす音波を放つ。マネネ20/30の軽い体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。
「そうだ。どんどん来い。今度は俺の番だ。まずはこいつからいくぜ! 輪廻の外れにある最後の失楽園。浮上せよ、ロストワールド!」
大地が小刻みに振動すると、僕らの周りの草原が円形に切り取られて空中にゆっくりと浮き上がる。
「こいつの効果は知ってるよな。相手のロストゾーンにポケモンが六枚ある場合、そのプレイヤーはゲームに勝利する」
空中に浮かび続けた大地が雲ほどの高さまで達すると、上昇が止まる。辺りは雲に紛れて、崩壊した遺跡のような建造物がある島が点在している。さらに見上げた空には、小さな紫色の渦がいくつも口を開いていてミステリアスな雰囲気を醸し出している。
「サポート、チェレンを発動。その効果によって山札からカードを三枚引く。そしてベンチにメタモン(40/40)を出す。この瞬間にメタモンのポケボディー、メタモリックが発動だ! このカードがある限り相手はベンチにポケモンが四匹までしか出せなくなる」
僕のベンチの一角に紫色の棘が地面から現れる。ベンチポケモンとバトルポケモンのコンビネーションを重視した、僕のデッキの特性を熟知してからこそのプレイング……。
「ベンチのゴースに超エネルギーをつけ、マネネのワザを発動。寝ぼけロストだ。相手の山札の一番上のカードをロストする」
ロストしたカードはガマガル。いきなりポケモンがロストゾーンに送られてしまう。
「おおっと、こいつはラッキーだ。寝ぼけロストの効果でマネネを眠りにする。そして俺の番が終わると同時にポケモンチェック。マネネの眠り判定を行う」
眠りのポケモンがいるプレイヤーはコイントスを行い、オモテなら眠りが覚め、ウラなら眠り状態のままだ。マネネは眠り状態ならワザのダメージを受けないポケボディー、天使の寝顔とのコンボがあるが……。
「オモテだ。マネネは目が覚める」
「今度は僕の番だ。僕もチェレンを使ってカードを三枚引く。そしてプリン(70/70)をニ匹ベンチに出し、手札からグッズカード、不思議な飴を発動。バトル場のオタマロをガマゲロゲに進化させる!」
オタマロの体が光の柱に包まれてゆっくりとその姿をガマゲロゲ140/140へと変えていく。尾の付け根あたりからしっかりと大地を踏みしめる足が、ウイングスパンの広い大きな腕が生える。そしてその糧として尾は失われる。体に幾つも点在する大きなこぶは、自身の最大の武器である音を増幅させるアンプとなる。
「ほう、早速エース様のお出ましか」
「これだけじゃないよ。ベンチのオタマロをガマガル(80/80)に進化させる。続いて水エネルギーをガマゲロゲにつける」
彼のデッキは相手のポケモンをロストさせることにだけ特化した特殊なデッキだ。そしてそのリソースとなるのは僕の手札。つまり手札を使いきれば使いきるほど彼の攻撃手段を減らすことになる。まだ二枚手札を余しているが、ポケモンはもう手札にない。
「バトルだ! ガマゲロゲで輪唱攻撃」
ガマゲロゲが調子の外れた音を奏でると、ベンチのガマガルもそれにワンテンポ遅れてガマゲロゲの音をなぞる。こぶで増幅された音が、空気の振動となってマネネ0/30に襲いかかる。
「ガマゲロゲの輪唱は自分の場にいる輪唱が使える数かける30になる。今僕の場にいる輪唱が使えるポケモンはガマゲロゲ自身とガマガルの二匹。よって60ダメージだ。サイドを一枚引いて僕の番は終わりだ」
「やってくれる! 俺はゴースをバトル場に出すぜ。そっちがそう来るなら俺もエースのご登場と願おうか。俺も不思議なアメを使って、バトル場のゴースを進化させる。暗夜に佇む紅き
眼、凍てつく恐怖でこの場を支配せよ! 来い、ゲンガーグレート!」
球体のゴースに手足が生え、実体なき実体、ゲンガーグレート130/130が姿を現す。鋭く、そして怪しく爛々と輝く赤い目が空気を張りつめさせる。
「ゲンガーに手札の超エネルギーをつける。そしてベンチに手札のバリヤード(70/70)を繰り出し、バリヤードのポケパワーを発動。タネ明かし。互いのプレイヤーは互いに手札を公開する!」
彼の手札はミカルゲとオーキド博士の新理論の二枚。彼は自分の手札情報をかなぐり捨ててでも僕の手札のピーピング(カードの効果で相手の手札や山札の情報を除くこと)を狙っている。それも全てゲンガーのためのお膳立てだ。
「やはり互いに互いの戦術がわかっているだけあってそうそう簡単に手札にポケモンを残してくれないよな。だが俺の手札を見たらわかるだろう。それが無意味ってこともな!」
予測は出来ても回避が出来ない。彼の手札にあるミカルゲとのシナジーは!
「俺は手札のミカルゲ(60/60)をベンチに出す。この瞬間にミカルゲのポケパワー、どろどろ渦巻きの効果が発動する。相手は手札を全て山札に戻しシャッフル。その後にカードを六枚ドローする。ついでに俺もオーキド博士の新理論を使うぜ。俺も手札を全て山札に戻し、六枚ドローだ。もっとも俺の場合は戻す手札がないがな」
新たに補充させられた手札の中にはしっかりとポケモンのカードが握られている。完全に思うツボの形になった。
「俺はゴース(50/50)をベンチに出してゲンガーで攻撃。闇にぶち込む!」
ゲンガーから延びる影が大きな手の形になり、僕の手札のカードを二枚奪ってそのまま消えていく。
「闇にぶち込むの効果は相手の手札にあるポケモンを、このポケモンについているエネルギーの数以下までロストする。ゲンガーについているエネルギーは二枚。よってお前の手札のプリンとガマゲロゲをロストだ」
これで僕のロストゾーンにはポケモンが三匹。あと三匹でロストワールドの効果によって負けが決まってしまう。
「僕のターン。まずはグッズ、ポケモン通信で手札のガマガルを山札に戻し、プクリンを手札に加える。そしてプリンをプクリン(90/90)に進化させる。続いてサポート、アララギ博士! 手札を全てトラッシュすることで山札からカードを七枚ドローする。……ベンチのプクリンにダブル無色エネルギーをつけ、もう一匹のプリンもプクリンに進化させる」
「なるほど。プクリンも輪唱が使えるポケモンだ。これでガマゲロゲの輪唱のダメージは30の四倍で120ってか。だがそれだと俺のゲンガーのHPには10だけ届かねえぜ」
「それはどうかな! グッズカード、プラスパワー。このターン、バトルポケモンに与えるダメージを10追加する」
「くっ……。やってくれるじゃねえか」
「ガマゲロゲで輪唱!」
ガマゲロゲとガマガル、二匹のプクリンの輪唱が大きなエネルギーとなってゲンガー0/130に襲いかかる。
彼のデッキの最大の弱点は攻撃が出来ないことだ。戦う舞台がまるですれ違う平行線のように異なる以上、彼はいち早く相手のカードをロストすること。そして僕はいち早く相手のゲンガーを倒すことに比重がかかる。
彼はゲンガーが倒されると、次のゲンガーを出すまでにラグがあるが、僕はそういう邪魔立てがないだけ形は有利だ。
僕はサイドを一枚引いて、彼はミカルゲをバトル場に出した。
「俺は手札のゴースをゴースト(70/70)に進化させ、超エネルギーをつける。続いてグッズ、ロストリムーバーを使うぜ。相手の場の特殊エネルギーを一つロストする。ロストするのはプクリンについているダブル無色エネルギーだ」
エネルギーのロストはロストゾーンの効果発動条件には加算されない。いくらロストされても言ってしまえば特に痛みはない。
「ゴースをもう一匹ベンチに出し、サポートカードふたごちゃんを発動。このカードは相手のサイドの枚数が俺のサイドの枚数より少なければ発動出来る。今の俺のサイドは六枚だが、お前のサイドは三枚!」
ポケモンを倒さない、すなわちサイドを引かない彼のデッキとは相性がばっちりだ。
「その効果で俺は好きなカードを二枚手札に加える。これで俺の番は終わりだ」
「僕のターン。手札からエネルギー交換装置を発動。その効果で僕は自分の手札の水エネルギーを戻し、山札のダブル無色エネルギーを手札に加える。そして今加えたエネルギーをプクリンにつける。続いてグッズ、クラッシュハンマー! 相手のポケモンについているエネルギーを選び、コイントスをしてオモテならトラッシュする。僕はゴーストの超エネルギーを選択。……ウラだったので効果は不発だ」
僕に何を引いたか見せずとも、彼がふたごちゃんで加えたカードは想像出来る。きっとゲンガーグレートと、もう一つの切り札となる探求者の二枚を加えたんだろう。
探求者は互いにベンチポケモンを一匹選び、それとそのポケモンについているカード全てを手札に戻す強力なサポートカードだ。探求者を使われると必ず僕の手札にポケモンのカードが残ることになり、ゲンガーの闇にぶち込むで戻したポケモンをロストされてしまう。結果戻されてしまうのであれば、手札に今たねポケモンがあるならそれを出し、探究者を使われたときにそのポケモンを戻せばいい。しかし手札にたねポケモンがない今、プクリンを戻すしかなくなる。その下に重ねてあるプリンも手札に戻すことになるから、最悪次の番にプリンとプクリンの二枚をロストされかねない。
具体的にどういう形になるのかは分からないが、次の番に仕掛けてくるのは間違いない。だからこそ今のうちに仕掛けないと!
「手札からグッズ、ポケモンキャッチャーを発動。ベンチのゴーストをバトル場に強制的に引きずり出す!」
どこからか伸びるマジックアームが実体無きゴーストを掴んで、ミカルゲと強制的に入れ替える。
「これでそうそうロストはさせない! ガマゲロゲで輪唱攻撃!」
威力が30×4=120と大きく増幅した音波攻撃がゴースト0/70のコアに打ち込まれる。
「サイドを一枚引いて僕の番は終わりだ」
これで僕のサイドは三枚。そしてロストゾーンにあるポケモンのカードも三枚。これだけ見るとイーブンだけど、僕のポケモンは彼のポケモンをほぼ一撃で気絶させることが出来る。しかも向こうは攻撃をしないからエネルギー切れも考える必要なしだ。その点断然僕の方が有利、のはずだ。
「俺はバトル場にゴースを出すぜ。そして俺のターン。折角いろいろ思慮分別してくれただろうが、結果は同じだぜ。グッズ、不思議なアメを発動。ゴースをゲンガーグレート(130/130)に進化させる! 続いてゲンガーに超エネルギーをつけてサポートカード、探究者を発動!」
「ぐっ……!」
これで彼は手札を全て使い切った。ターン開始時に引いたのはどの一枚だったかは分からないが、事態は最悪の結果だ。彼はベンチのミカルゲを。僕はエネルギーがついていない方のプクリン(とプリン)を手札に戻す。
「もう分かってるよな。ゲンガーで攻撃。闇にぶち込む! ロストするのはプリンだ」
これでロストされたのはガマガル、プリン、ガマゲロゲ、プリン。執拗なたねポケモンのロストはきっと、たねポケモンなければ出せない進化ポケモンが手札で死に札となって浮いているところをロストするためだろう。
「間違ってもらっちゃあ困るぜ。確かにいつでも攻撃体制に入れるお前は俺のポケモンを簡単に捻じ伏せられるだろう。だが、俺相手にいわゆる一般的な有利不利は関係ねぇんだよ!」
この探究者にはもう一つ彼からしてメリットがある。輪唱が使えるプクリンが手札に戻ったため、ガマゲロゲの輪唱の威力もダウンすること。まさしく文字通り変幻自在のプレイングスタイル。
「今までは困難に立ってきても俺たち二人で戦ってきた。だが今は面と面で向き合う敵同士。もっとだ、もっとお前の底力を見せてみろ!」
僕たちの間柄だから、これもまた言わなくても分かる。きっとこの勝負結果がどうであれ、僕たちが組んで戦うことはきっとなくなるだろう。これこそが、今まで君に頼りっきりだった僕が最後に送る卒業バトル!
新連載 ポケモンカードOVER DRIVE情報
─あらすじ─
ホログラムが発達した近未来。
Af(アドフォース)と名の付く非正規カードによって、ポケモンカードによる怪我人が増えていた。
Af事件の解決のため、奥村翔達は奮闘する。