145話 心魂共有
「君の言わんとしてることは察した。なるほど、この戦いで持ってその人間の無限の可能性というのを見せつけてくれようということか。しかしどうであれ私に時間は残されていない。その目を持ってして見るがいい。これが本当の私の姿だ」
有瀬の背後に大きな影が姿を現す。これは一之瀬さんとの戦いでも見た、有瀬の真の姿のアルセウス。だが、さっき見たときとは色彩がやや違う。白いはずの身体の色はくすんだ灰色で、体の至る所にいくつものヒビが入っている。宙に浮いているからこそ、細い体躯がなおのこと印象深く見える。そして、その虹彩には光が無い。
「これじゃあまるで……」
アルセウスという生き物を初めて見るとしても十二分に分かる。……今にも死にそうじゃないか。
「我々アルセウスという種族は、天文学的な年数を生きるほどの寿命を持っている。とはいえ、寿命が来れば命は尽きる。その命が尽きる前に、最後の力を使い切って新たな子孫を創造する。しかしその子孫が創造神、多次元の管理としての役目を行えるようになるまで数十年の月日が必要となる。しかし今の状況ではその数十年の間に君たちの次元がもたないのだ」
これが有瀬が焦る原因……。有瀬はずっと瀕死の状態で二つの世界を支えていたというわけか。だとしたら、有瀬が悲しむ理由はもう一つしかない。
「それでも本心では俺たちを信じたいんだろ!?」
「君たちを信じる? 何を馬鹿な事を。元はといえば君たち人間のくだらない諍いによって生まれた問題。その根源を断つ事は至って普通の判断だ」
「だったら……、だったらどうしてそんな悲しいんだ!」
有瀬が驚いて一歩たじろぐ。初めて有瀬が言葉に詰まった。
「分かるんだ。どうしてかは分からないけど、お前の悲しみが俺にも流れ込んでくる」
「他人の感情が流れ込んでくる……。まずはそれが正しいかどうかを判断しよう。私のターン、手札から
SL2
能力解析を発動。スタジアムが場にあるとき、自分の山札からSLと名の付くカードを一枚選んでトラッシュ。そのトラッシュしたカードの効果をこのカードの効果とする。私がトラッシュするのはこのカードだ」
有瀬が選択したのは白紙のカード。しかし、そこにうっすらとテキストが浮かび上がってくる。
「今、君が目覚めた力がこのカードに宿った。私がトラッシュするのはSL2
心魂共有! このカードの効果により、ポケモンを一匹宣言する。そのカードが相手の手札にある場合、そのカードを持ち主の山札に戻す。そして私は自分の山札のカードを上から三枚確認し、そのうち一枚を相手に見せてから手札に加える。……私が宣言するのはバクフーングレート」
確かに今俺の手札にはバクフーンがある。バクフーンのカードを有瀬に見せてから、山札に戻す。
「当たりのようだ。君が無策でマグマラシをベンチに置くとは考えにくいのでね。私は山札からSL1
破壊を手札に加える。これがカードとしてのコモンソウルの効果。そして能力としては……。なるほど、君もうすうすと感じているようだが、本気でぶつかりあう対戦相手の感情がなんとなく分かる。それが君が今目覚めた正の能力、コモンソウル」
コモンソウル……、初めて聞いたはずなのにどことなく懐かしさを感じる。
ふと、有瀬の背後に浮かぶアルセウスの姿が消えていく。
「君の言っていることが本物である以上、しらを切っても意味が無いようだ。……私の寿命からすれば遥かに短いこの数十年の歳月。私は一之瀬だけでなく何人かの人間と接触した。本来は出会うことすらないはずだというのに、最初に現れた『夢の中でのみ、次元を渡る』能力を持つ男と出会って以来何人かの人間と出会い、言葉を交わした。一之瀬も、それだけでなく奥村昌樹。君の父親もそうだ」
「俺の父さんも……」
「能力は異なるが、君の父親も能力者の一人だった。彼もまた、私と志を重ねてくれた友だった。決して多いとは言えないだろうが、その友たちと紡いだ数十年は他の云千万年よりも長く、濃く、かけがえのないものばかりだ。しかしその世界が蝕まれている以上、のんびりと眺めるだけにはいかない。私は私で違う方法を模索し、なんども検証して実行してきた。しかしもはや完全に負の感情に支配されているこの世界を私一人ではどうすることも出来なかった! そうしている間にたくさんの友が死んでいった。奥村昌樹も事故で死に、遂には知りえる友は一之瀬のみ。私もこれ以上何かを失うのはこりごりだ。だからこそ思い出は思い出、私は私本来の役目に従い、最後の。そして最善の策を尽くすただそれだけ! 私は神だ。私が世界をどうするかの決定権を持っている。君は私の選択した未来を、指を咥えて見ていればいい!」
有瀬なりに悩んで割り切った決断なんだろう。だけどそれを快諾出来る訳はない。きっとこんな状況で新しい次元を創造したとして、その次元で同じ誤りが繰り返されるかもしれない。根源を断つというなら、それこそ真正面からこの問題を解決することだ。
しかし今の有瀬は聞く耳をもたないだろう。だからこそこの勝負に勝たないといけない。負ければ全てが終わってしまう。
「俺が今こうして能力に目覚めたように、人間には進化の可能性がまだ残されている! 俺たちがこの問題を解決してみせる!」
「そんな虚言笑わせる! 私は手札の闘エネルギーをカイオーガ&グラードンLEGENDにつける。まずはその目障りなレシラムからだ。私の嘆きを見せてやる! カイオーガ&グラードンLEGENDで攻撃。大噴火!」
グラードンが前に出る。身を屈め、大きな咆哮をすると、パーフェクトアルティメットゾーンによって宇宙と化した足元にある星のうち一つが朱く染まり、火山弾を吹き飛ばしてくる。
「大噴火の威力は、自分の山札を五枚トラッシュしてその中のエネルギーの枚数一枚につき100ずつ増えていく」
「ひゃ、百ずつだと!?」
有瀬がトラッシュしたのはチェレン、カイオーガEX、リオル、アルティメットゾーン1st、水エネルギー。一枚だけだがそれでも100の威力。さらに水タイプが弱点ということを考えれば、レシラムが気絶するには十分だ。
火山弾に押し上げられたレシラム0/130は、抵抗する術も無く散っていく。
「サイドを一枚引いて私の番は終わりだ」
これで俺のサイドは残り一枚に対して有瀬のサイドが三枚。サイドでは有利だが、今の俺のベンチにはマグマラシ40/80とバクフーン10/140のみ。対するはカイオーガ&グラードンLEGEND140/150だ。一撃をもらうだけで気絶するのにこのメンツだけで戦えるのだろうか。
特に痛かったのが前の番に新しいバクフーンを山札に戻された事。今の手札は炎エネルギー、アララギ博士、プラスパワー、ポケモン入れ替えの四枚。アララギ博士は全ての手札をトラッシュして七枚カードを引く効果がある。しかし一枚でもカードをトラッシュすると、スタジアムカード、パーフェクトアルティメットゾーンの効果で全てのポケモンが10ダメージを受け、バクフーンが気絶してしまう。
とりあえず、逃げるだけのエネルギーが確保できているマグマラシをバトル場に出すしかない。
「俺はマグマラシをバトル場に出す。そして俺のターン!」
引いたのはレシラム。ここは多少強引でもレシラムを軸にして攻めるしかない。
「俺はベンチにレシラム(130/130)を出す。そしてマグマラシの炎エネルギーを一枚トラッシュし、レシラムと入れ替える。レシラムに炎エネルギーをつけ、ベンチのバクフーンのアフターバーナーによりダメカン一つとトラッシュの炎エネルギーをレシラムにつける!」
出来ればもう一つエネルギーをつけて、威力が120ある蒼い炎を繰り出したかった。しかしそれが叶わない以上少しでも与えられるダメージ量を増やす。
「手札からグッズ、プラスパワーを発動。相手のバトルポケモンに与える威力が10上昇する。レシラムでバトル、逆鱗攻撃!」
逆鱗の威力は元の威力20、効果によって追加される威力が10、プラスパワーによって更に10上昇して計40。カイオーガ&グラードンLEGEND100/150のHPを二桁まで落とす事は出来ないが、それでも無いよりかは遥かにマシだ。
そう考える俺の頭に冷徹な敵意が流れてくる。これはコモンソウルで感じた有瀬の感情か。ある種のピンチだというのに驚きや焦る様子が無い、ということは。
「残念ながら君の思うようにはいかない。サポート、チェレンを発動して私はカードを三枚ドロー。それに加え、前の番に加えたカードを発動する。流転する魂を砕き、溢れる有を
無に。隠されたセフィラ、
知識の導きで願う世界の扉を叩け! SL1破壊(デストラクション)!」
レシラムの周りを回る二つの炎エネルギーが、輝きを失っては砂のように崩れていく。
「自分の場にスタジアムがある場合、自分の手札を全てロストする。そしてロストした枚数と同じだけ、相手のエネルギーをロストすることが出来る。私がロストしたカードは二枚。そして君からロストするのは当然レシラムの炎エネルギー二枚」
「ロストならパーフェクトアルティメットゾーンの効果は受けない!」
「それしきのダメージはもはや必要ない。カイオーガ&グラードンLEGENDで攻撃。君の儚い希望ごと飲み込め、ジャイアントウェーブ!」
カイオーガが前に出る。耳をつんづく雄叫びと共に、頭上の方にある星から大量の水が重力を振り切って俺のベンチに注ぎ込む。ベンチだけでは収まりきらない水流は、プレイヤーに俺にまで押し寄せる。ポケモン達ほどの直撃は無かったが、それでも足を持っていかれて尻餅をつく。
「ジャイアントウェーブの恐ろしさはここからだ。相手の山札を上から五枚トラッシュし、その中のエネルギーの数の30倍のダメージが君のベンチポケモン全てに襲い掛かる」
「俺のデッキが……!」
デッキポケットのカードが勝手にトラッシュへ送られていく。炎エネルギー、まんたんの薬、ポケモンキャッチャー、炎エネルギー、キュウコンの五枚がトラッシュされる。エネルギーは二枚、よって受けるダメージは60。
天体スケールの水流に押し流されたマグマラシ0/80とバクフーン0/140の姿は跡形も残らない。サイドを二枚引いた有瀬は、ついに残りのサイドが一枚になる。
「君の手札は残り二枚。そして場にいるレシラム(120/130)にはSL1破壊によってついているエネルギーを全てロストされ、他にポケモンはいない。そして次の私の番、大噴火が決まればその時点で君の負けが確定する。こんな状況でも君はまだあってないような可能性を謳うか」
今の手札はポケモン入れ替えとアララギ博士。ダブル無色エネルギーをドローしないとレシラムに攻撃手段が無い。仮に得たとして、逆鱗のダメージでは有瀬のカイオーガ&グラードンLEGENDを倒す事は出来ない。もはや有瀬からは憐みの感情を感じる。
今度こそダメなのか……。折角のオーバーズも、拓哉の覚醒も、俺のコモンソウルの発現も。
(いいや、十二分にやった。君にしては十分だ。たとえ負けたとしても仲間たちは君を恨まないだろう)
頭の中に声が響く。有瀬の思念がここまではっきりした形で脳裏に貼り付いてくる。いっぱしに憐れみやがって……!
右手で拳を作り、地面を殴りつける。殴りつけたポージングのまま、その右手を支えとして立ち上がる。
「まだ立ち上がるか。だが果たして何が出来る」
「くっ……、言っただろ。人生は暗闇の峠! 何が起きるか分からないからこそ踏み出すんだ!」
デッキトップにそっと手を重ねる。これがきっと、最後のドロー。
『今のターンで俺を倒しきれなかったのを後悔するんだな!』
TECK本社で初めて風見と戦った時。あの時は風見とここまで長い仲になるとは思っていなかった。
『こうして対戦をやってると、相手がどんな気持ちでどんな風に思ってプレイしてるかが伝わるんだ。でもお前のやってるそれは、ただ現実から逃げて苦しみを紛らわせているだけだ。本当に苦しみから逃れたいならば、辛い現実と向き合って乗り越えなきゃならない!』
『余計なお世話だッ!』
『ならば力づくで分からせてやる』
風見杯で拓哉と戦った時。初めての能力者との対峙は、友達の心の闇から産まれたもう一つの人格。今思えば、コモンソウルの片鱗はここで感じていた。
『ああ、楽しいな。やっぱりカードはこうじゃないとな』
『まったくだ』
続く風見杯決勝での風見との対決。この頃は、ポケモンカードは人と人を繋ぐだけだと思い込んでいた。
『おれがあの愚図と一緒だと? 適当な事を抜かすなぁぁぁぁぁ!』
『いいや、同じだ! お前がやろうとしていることは、ただ悲しみの連鎖を広げるだけだ! お前だって、お前くらい賢いやつなら分かってるだろう!? こんなこと、本当は何の意味にもならないって』
PCCで山本と戦い、能力とポケモンカードの恐ろしさ。そしてそれを打ち払う友との絆を知った。
『どうだ……、味わったか。これが勝利の恐怖だ』
こちらで斉藤と敵対し、勝利することによって得るものと失うものの両方をこの身に痛いほど刻みつけられた。
『翔は……。自分の信じた道を行ってくれ。自分が正しいって思う道を行くんだ。たとえいろんなことがあって、自分のやったことが正しくないと思ったら、新しい自分の道を作って進め。未来には無限の可能性があるんだ。決めつけるな。でも、流されるな。自分の道は自分だけで決めつけるなよ』
エンテイの攻撃を、身を挺して庇った蜂谷が残してくれた信頼。たとえ俺がどんな状態であっても、それをひっくるめて俺として、認めてくれた仲間たち。
『翔君、こっちはもう大丈夫! これ以上僕たちが出来る事は何もないけど、君が最後の希望なんだ!』
『そうだ、拓哉の言うとおりだ。俺たちは仲間だ! お前が倒れそうになったら何度でも支えてやる』
いつでもそうだ。自分の未来は自分で。そして仲間と共に切り拓いてきた。それは今でも変わらない!
風見、恭介、拓哉、薫、松野さん、一之瀬さん……。それに蜂谷や向井、姉さん。見ていてくれ。
「これが、これがっ……! 俺が進んできた道のりの果てにある答えだ!」
高らかに持ち上げたドローカードに目をやる。……このカードは!
『翔、誕生日プレゼントだ。このカードを大事にしてやれよ』
アルセウスジム前日にお守り代わりに入れた、父さんからもらった最後のカード。これに全てを懸ける!
「勝利を信じる友との絆が無限の力の鍵となる! 勝利へ導く使者、今ここに現れよ。ビクティニ!」
ベンチで小柄な身体が縦横無尽に宙を舞う。これが俺の最後のキーカード、ビクティニ70/70。
「ふふ……、何かと思えばとんだ口上だ。そんなちっぽけなポケモンに何が出来る」
「まずはグッズ、ポケモン入れ替えを発動。ビクティニをバトル場に出し、レシラムをベンチに引っ込める。続いてサポートカードのアララギ博士を発動。俺の手札は今0枚になった。よってトラッシュするカードも無くカードを七枚ドローする。……俺はベンチにロコン(60/60)、ゾロア(60/60)、ドーブル(70/70)をベンチに出し、もう一枚グッズカードを使う。元気の欠片!」
元気の欠片はトラッシュにあるたねポケモンをベンチに出すカード。これでポケモンを呼べば俺のベンチは全て埋まる。
「俺が選択するのはヒノアラシ(60/60)。ヒノアラシをベンチに呼び戻す」
「何をしてくれるかと思えば、唯一打点のあるポケモンをベンチに引っ込めて、貧弱なポケモンで君の場を全て埋め尽くしただけ──」
「いいや! こいつらも俺と長い間共に戦い続けて切れた友。そしてビクティニはその絆を繋ぐ最後の仲間! 俺は手札のダブル無色エネルギーをつける。バトルだ! 絆繋げたその果てで、無限の炎がほとばしる! これが最後だ、Vジェネレートォォォ!」
宙高く浮かび上がったビクティニのVを象る輪郭から、ビクティニの五倍はあるほど大きなVの字型の炎が浮かび上がる。
「な、なんだこの力は!」
「Vジェネレートは自分のベンチにポケモンが全て埋まっている時のみワザが成功する。そしてその威力は100、カイオーガ&グラードンLEGENDの残りHPも100!」
「なんだと……! そんなことが……」
ビクティニはカイオーガ&グラードンLEGENDに向かって突撃していく。まるで巨大な隕石が衝突するような、圧倒的迫力。灼熱の炎がカイオーガとグラードンと、……そして全てを飲み込んでいく。
「……そうか、これが。これが君の望んだ結末、そして人が。いや、人と人が産みだす力の無限の可能性──」
翔「今回のキーカードはビクティニ。
ゼロか百かの両極端な攻撃ワザ。
まさしく絆が産みだす力そのもの!」
ビクティニ HP100 炎 (BTV)
炎無 Vジェネレート 100
自分のベンチポケモンが5匹いないなら、このワザは失敗。
弱点 水×2 抵抗力 − にげる 1