133話 アイデンティティ
「僕はガマゲロゲで攻撃。輪唱!」
ガマゲロゲと共にベンチのポケモン達がリズムを揃え、強烈な音波がランターンを吹き飛ばす! これでランターン0/110のHPが尽きた。サイドを引けば、まだスイクンより一枚少ない。今後の状況は厳しいが、少なくともそれになんとか耐えきれるかもしれないほどのリードは保てた。
「ふふ……こうでなくては。私とてつまらない相手と戦うほど退屈なことはないですから。ですがここから先は温情の入る余地のない血肉が騒ぐ戦いです」
スイクンの表情が僕の相棒と戦っていたときのような厳しい顔立ちになり、その号令と共にエンテイ&ライコウLEGENDがバトル場で僕の行く手に立ちふさがる。
レジェンドボックスで呼び出されたエンテイ&ライコウLEGEND140/140には既に炎エネルギーが二つと、雷エネルギーが一つついている。その上スイクンのベンチにはクチート60/60と、ナゾノクサ40/40がいる。
一方で僕のバトル場にはかなりダメージを負ったガマゲロゲ40/140、ベンチにはダブル無色エネルギーをつけたプクリン90/90、プリン70/70、オタマロ60/60、ガマガル80/80だ。
僕のポケモンのHPは総じて危険ラインの90を切ってしまっている。90より低ければ、エンテイ&ライコウLEGENDの攻撃を受ければたちまち一撃でノックアウト。かなり貧窮した状態だ。
サイドの枚数は僕が四枚でスイクンが五枚。やや有利ではあるが、僕の相棒をあんなに簡単に倒したLEGENDだ。こんなリードなんて息を吐くように消し飛んでしまう……。
「私の番です。まずはエンテイ&ライコウLEGENDに炎エネルギーをつけ、手札から不思議なアメを発動。その効果でベンチにいるナゾノクサに手札のラフレシアを重ね、進化させます!」
ナゾノクサはどこからかポップアップした飴を口に含むと、体中から光を放ち、クサイハナのシルエットを経由して一気にラフレシア120/120まで進化を遂げる。
進化を終えて光の放出を終えたラフレシアだったけど、今度はその大きな頭の花びらから黄色い花粉をまき散らしていく。
「ラフレシアのポケボディー、アレルギーフラワーが効果を発揮します。ラフレシアが場に存在する限り、互いのプレヤーはグッズカードが使えません」
「なっ……!」
「私はサポート、ベルを使って手札が六枚になるようカードを五枚引き……、続けてベンチにチョンチー(60/60)を出します。そしてエンテイ&ライコウLEGENDで攻撃。爆豪の渦!」
エンテイの口から放たれた逆巻く炎の渦が、ガマゲロゲを簡単に飲み込んでしまう。必死に叫んで炎の中でもがくガマゲロゲだが、渦がどんどんと狭くなり、途端に大気を揺らして盛大に爆発を巻き起こす。
地震でも起きたかのような揺れに、後ろで見ている僕もまともに立てずについついしりもちをついてしまう。黒煙が舞い上がるその元で、ようやっと炭と化したガマゲロゲ0/140が直立不動のまま固まっている姿だけ見え、やがてフェードアウトしていった。
「爆豪の渦の効果で自身についている炎エネルギーを一枚トラッシュ。そして私はサイドを一枚引いて、ターンを終わります」
直面してこそようやく分かる。ただただ単純に怖い。エンテイ&ライコウLEGENDが放つ威圧感と、それをより印象づける強力な能力。倒せるのかどうかすら不安に感じてしまうくらい、数字以上に強さを感じる。
「さあ、どうしました。早く次のポケモンを選びなさい」
「ぼっ、僕はプクリンをバトル場に出す!」
そうだ、今僕が今戦っているのはエンテイ&ライコウLEGENDじゃない。スイクンだ。落ち着け、深呼吸だ。でも深呼吸しようにも、上手く息が吸えない。吸いきれない。本当ならもっと肺のキャパシティーはあるはずなのに、どこかでロックがかかって満足に息が吸えない。
そのせいでどんどんと視界が霞んでいく気がする。スイクンのベンチのポケモンまで見えなくなっちゃいそうだ。
ベンチのポケモン……。そう、あのラフレシア120/120をどうにかしないといけない。アレルギーフラワーによってグッズカードを封じられている以上、手札のこのポケモンキャッチャーは使えない。
きっとスイクンがエンテイ&ライコウLEGENDをベンチに戻してまでラフレシアをバトル場に出すような愚行を自らするはずがない、となるとどうしても自力でエンテイ&ライコウLEGENDを倒さないといけない。
「僕はベンチのガマガルに水エネルギーをつけ、さらにベンチのオタマロをガマガル(80/80)に進化させる!」
確かスイクンはさっきの番にサポートのベルを使っていた。ということは使えないのはグッズだけで、サポートやスタジアムは普段通り使えるってことか。
今、僕の手札には互いの手札を山札に戻しシャッフルさせ、自分のサイドの枚数だけカードを引かせるサポートのNがある。これは今使うべきか?
いや、今使うデメリットもないがメリットもなし。ならば来るべきときまで今は置いておこう。とにかく、ここは少しでもエンテイ&ライコウLEGENDのHPを削っておくんだ!
「プクリンで攻撃、輪唱!」
プクリンが歌い出すと、ベンチのガマガル二匹も続いて同じ歌を歌い出す。周波数がぴったし合ったその音と音が共振作用を引き起こし、エンテイ&ライコウLEGEND80/140の肉体にダメージを与えていく。
ガマゲロゲの時とは威力が違い、プクリンの輪唱の威力は、自分の場の輪唱が使えるポケモンの数×20ダメージ。プクリンを含め、輪唱が使えるのは三匹いるから3×20=60ダメージだ。
過半数を削りきることはできなかったけど、それでも十分なダメージを与えられた! 問題はこのあと……。
「私の番です。手札から探求者を発動。その効果で私はクチートを手札に戻し、あなたもまたベンチのポケモンを一匹手札に戻さないといけません」
「……僕はプリンを手札に戻す」
「続けてLEGENDで攻撃します。爆豪の渦!」
エンテイが吐き出す熱気がプクリン0/90を焼き付くすだけじゃなく、その余波で流れてくる熱風が僕を、僕の心を焦がしていく。
苦しい。単純に苦しい。
しっかり意識を保たせないと、どうして戦っているかすらという意志すらも、息を吹きかけるように消し飛んでしまう。
心身共に押しつぶすようにのし掛かってくる疲労の中、見えない突破口を探させられて心が辛い。そんな心は簡単に体にフィードバックを与える。心が辛いと、自然と息が浅くなる。そうなれば余計に心も体も追いつめられてしまう、スパイラルにどんどんとはまっていってしまう。
こんな苦しい戦いがあっただなんて。でも、翔くん達はきっと何度もこんなことを経験しながらも、最後には勝利を掴みとってきた。
ああ、純粋にすごい。僕なんかじゃ一生手が届かないんじゃないかと思う、その領域。でも、その片鱗にだけは触れたことがある。
PCCで高津と戦ったとき、高津の能力(ちから)で一瞬意識を失った僕の相棒の代わりに少しだけ戦ったとき。ほんの少しだけど、僕が唯一彼を助けてあげれたことじゃないか。
とはいえ今となって考えれば、僕は彼にこんな苦しい戦いのほとんどを「押しつけて」いたんだ。彼はきっとそうだとは言わないだろうけど、僕は心の奥で引っ込んで、ただただ彼の戦う姿を見ていただけに過ぎない。
だからこそ、今度は僕がそれを自分から引き受けてここにいるんじゃないか。
本当は望んでいたんだろう? 彼を越えたいということを。いつまでも足手まといの逃げ腰へっぽこ雑魚助でいたくないということを。
彼だけじゃない。皆からも置いていかれるのは嫌だ。ほとんど友達と呼べる人がいなくて孤独だった中学時代に比べて、翔くん達といる時間はとても暖かかった。
皆は僕がどうだろうと手を差し伸ばしてくれるかもしれないけど、僕がその手を取れる自信がない。どんどん遠のく皆に揃って胸を張れないと、やがては惨めになるだろう。そうなったとき、僕が耐えきれるかどうか。
僕が皆と一緒に居続けるためには、僕が皆に少しでも離されないように。いや、追いつかないといけない。
今がその来るべきチャンスじゃないか!
確かに、スイクンを倒せば叶うかもしれない。でも、だからといってどうすればいいんだ。目の前の壁はあまりにも高すぎる。
「サイドを一枚引いて私の番は終わりです」
「っ……、僕は水エネルギーがついているガマガルをバトル場に出す! 僕のターン!」
引いたカードは……、水エネルギー。ダメだ、手札にガマゲロゲがいない。いないなら、いないなりでやるしかない!
「僕はベンチにプリン(70/70)を出し、手札の水エネルギーをバトル場のガマガルにつける。そしてサポート、Nを発動! その効果で互いのプレイヤーは手札をすべて山札に戻してシャッフルし、自分のサイドの枚数だけカードをドローする!」
「……くっ」
そうだ。スイクンの手札には、探求者の効果で自分から戻したクチートが残っている。Nを使うことで相手のたねポケモンを一匹でもいいから減らしていけるんだ!
スイクンの残りサイドは三枚なので、相手は三枚カードを。僕は残りサイドが四枚なので、四枚カードをドロー出来る。手札の数でもこっちの方が多く引けるだけで、アドバンテージになる。
「手札のオタマロ(60/60)をベンチに出す」
ここでペースを止めて、考える。ガマガルの輪唱はプクリンと同じく輪唱が使えるポケモンの数×20ダメージ。この状況で輪唱が使えるポケモンはバトル場とベンチのガマガル一匹ずつの計二匹だから、20×2=40ダメージだ。
……違う。エンテイ&ライコウLEGEND80/140は炎と雷タイプの二つを併せているから、弱点も水と闘の二つ。そしてガマガルは水タイプだから、威力は20×2×2=80ダメージになる。倒せる圏内じゃないか!
『自信の付け方? ……うーん。……やっぱり自己暗示だ。自分は出来る、って強く思いこむ。……だけどそれだけだと不完全。その自己暗示に根拠もつけてやるんだ。俺はこんなことがやれたんだから、アレも出来る! みたいな。たとえば数学のテストで良い点取れたんだから英語も良い点が取れるに決まってる! みたいな。今みたいな論理的な根拠じゃなくて、少しでも自信に繋がるような過去を踏み台にしてやんだよ』
何ヶ月か前に、恭介くんに聞いた自信についての話が今となってフラッシュバックする。
そうだ、根拠だ。僕だけの力を見つけるための、最も大きなピースを手に入れる瞬間が、今この目前にある。お膳立ては揃った!
「僕は、僕が誰かを守れるくらい強くありたい! だから自分を信じられる根拠を意地でもここで手に入れるんだ! ガマガルでエンテイ&ライコウLEGENDに攻撃。輪唱!」
ガマガル達が放つ音波が、あの屈強なエンテイ&ライコウLEGEND0/140の体をついに吹き飛ばす。
エンテイ&ライコウLEGENDの姿がフェードアウトし、目の前の大きな威圧感が消え去ったことで視界も心も開けてきた。内側からこみ上げてくる衝動、ああ、これが達成感なんだ。
「やった! やったああああっ!」
LEGENDは気絶すればサイドが二枚引ける。これでサイドの枚数は僕が残り二枚になって、一歩リード出来た。
それ以上に、僕の相棒が状況はちがえど彼が倒すことの出来なかったあのエンテイ&ライコウLEGENDを倒せた。彼が出来ないことをやってのけたことが大きな喜びだった。
だけど――
「喜ぶにはまだまだ早いですよ」
急激に奪われていく体温。スイクンの全く動じぬその声音が、僕の心を再び脅かしていく。
そう、まだ勝負は終わってない。いくらLEGENDを撃破出来たからといって、その後に負けてしまえば結局すべての意味がなくなってしまう。
「私はバトル場にラフレシアを出します。そして手札のサポート、チェレンを発動。その効果でカードを三枚引きます。……手札から、エンテイ&ライコウLEGENDの上パーツと下パーツを組み合わせてエンテイ&ライコウLEGEND(140/140)をベンチに出します」
「そっ、そんなっ……!」
「エンテイ&ライコウLEGENDに雷エネルギーをつけ、私の番は終わりです」
ノータイムで次のLEGENDが迫りくるなんて。かろうじてまだベンチにいる状態ではあるけれど、追いつめたはずが一転して追いつめられた気分だ。
そういうときにこそ言い聞かせろ。僕はさっきもうエンテイ&ライコウLEGENDを倒したじゃないか。二組目がやって来たって一緒だ。倒せる、倒すんだ!
「僕の番だ! おっ……。手札から、ベンチのオタマロとプリンをガマガル(80/80)、プクリン(90/90)に進化させ、さらにバトル場のガマガルをガマゲロゲ(140/140)に進化させる! そしてそのままバトル。ガマゲロゲで輪唱!」
輪唱が使えるポケモンはガマゲロゲ、プクリン、そして二匹のガマガルで計四匹。よってラフレシアへ与えるダメージは30×4=120ダメージ。四匹が奏でる歌が音波を、そして衝撃派を起こし、ラフレシア0/120を彼方まで吹き飛ばしていく。
「よし、サイドを一枚引いて僕の番は終わりだ!」
ラフレシアが気絶したことで、場全体に漂っていた黄色い花粉が全て消える。これでアレルギーフラワーから解放され、互いにグッズカードが使えるようになる。
だけどその代わりエンテイ&ライコウLEGENDが再びバトル場へ赴き、僕の前へ立ちふさがる。
「アレルギーフラワーが無くなったことでグッズを使える。……確かにその通りですが、使えるようになったのは貴方だけではありませんよ。私は手札からポケモンキャッチャーを発動。その効果で貴方のベンチのプクリンをバトル場に引きずり出します」
「くっ……!」
「そしてエンテイ&ライコウLEGENDに炎エネルギーをつけて攻撃。爆豪の渦!」
「ぐうわっ!」
強力な火炎攻撃が一瞬でプクリン0/90を灰にし、気絶させる。そのワザの効果で炎エネルギーをトラッシュするも、その程度、と言い退けるのが簡単なほどそのワザは一撃必殺性を秘めている。
「サイドを引いて、私の番は終わりです」
「っ……、僕はガマゲロゲをバトル場に出す」
大丈夫だ。もう僕には自信がある。
彼が倒せなかったエンテイ&ライコウLEGENDを倒せたんだ。ならば彼が敗れたスイクンに、僕ならばきっと勝てる!
そのためにはまず、考えて考えて考え抜くんだ。
スイクンの戦い方はもう痛いほど身に染みている。基本的にエンテイ&ライコウLEGENDが中心になって、相手が巻き返すペース以上にどんどんLEGENDで押して押して圧倒するデッキだ。
ラフレシアとかは相手を自由にさせず、自分のペースへ持っていこうとする典型じゃないか。一応はランターングレートも力を発揮することはできるが、エンテイ&ライコウLEGENDに比べるとどうしても二の次になる。
……いや、待った。
あるじゃないか突破口。俯瞰で見れたからこそわかる、一点の隙。漆黒の闇の中にあった数ミクロン四方の光が、眼前に広がって黒を塗りつぶしていく。
「僕は手札からポケモンキャッチャーを発動! その効果でスイクンのベンチにいるチョンチーをバトル場に出す!」
「なっ……!」
よくよく考えれば、一見無駄に見えた中盤でのスイクンがクチートを手札に戻すプレイング。アレは実は僕の邪魔をする以上に、自分のウィークポイントをひた隠しにするためだったんだ。
そのウィークポイントはズバリ、エンテイ&ライコウLEGEND以外! LEGENDだけで試合を決めかねないけれど、逆に言えばLEGEND以外はどうしても力的に何段階も後れをとってしまう。
ラフレシアでわざわざグッズを封じていたのは、そういったポケモン達がこうしてポケモンキャッチャーでバトル場に出されるのを防ぐためだったんだ。あのときクチートを探求者で戻したのは、こういう状況にならないように少しでも的を減らしていこうとした結果なんだろう。
「あと一枚探求者が足りなかった、ってことだね」
「……」
「僕のサイドはあと一枚。だから無理にエンテイ&ライコウLEGENDを倒さなくてもチョンチーを倒せば僕の勝ちだ! 今こそ彼を越える時! 最後の攻撃だ! 輪唱!」
ガマゲロゲ達が放つ音波の攻撃が、チョンチー0/60を吹き飛ばして撃破する。
「ったああああ!」
全身で喜びを解き放ち、最後のサイドを引くと、全てのポケモン達の姿が消えていく。そして、ポケモンだけでなくスイクンの姿まで……。
「ありがとう」
「何故感謝するのです」
消えていくスイクンに近づいて感謝の言葉を述べるも、スイクンはわざとなのか本心でそう言っているのかわからない返事で突っぱねてくる。
「対戦の途中で僕を励ましてくれたから……」
「アレはこちら側の都合です。私たちはこれ以上負の感情を集めるのは不本意。だから貴方の心を利用して、正の感情を増幅させようとしたまでです。……それでも勝ちを譲るつもりではなかったんですけどね」
そこでスイクンの言葉は途切れ、確かにそこまでいたはずのスイクンの痕跡が完全に途絶えてしまった。
僕だけの力。それは相手の良いところが見えること。でも、良いところが見えるということは良いところと良くないところが分けて見える。その良くないところ、つまりウィークポイントまで見れるということ。
きっとスイクンは僕に声をかけたときから気づいていたのかもしれない。
ふと、スイクンが立っていた位置に黄緑色の渦が忽然と現れる。アレは……間違いない。僕たちがこの空間へ飛ばされたときに見た光と全く同じものだ。
この先がどこへ繋がっているか分からないけど、今こうしてこのシチュエーションから現れたということは僕を招いているということだろう。
きっとこの先に翔くん達もいるはずだ。今度は僕も胸を張ってそこにいられる……。
息を整えて昂揚していた心を落ち着かせ、意を決してその渦、ワームホールの中へ飛び込んでいく。
拓哉「今回のキーカードはガマゲロゲ!
輪唱の破壊力は最大なんと180!
いかに輪唱を使えるポケモンを育てるかがキーポイント!」
ガマゲロゲ HP140 水 (BW2)
無無 りんしょう 30×
ワザ「りんしょう」を持つ自分のポケモンの数×30ダメージ。
水水無 ハイパーボイス 70
弱点 草×2 抵抗力 − にげる 3