131話 絶望のイメージ
「予想よりも早かったな」
有瀬が見るモニターの先では、山の中腹まで登ってきた翔たちの姿が映っている。有瀬が用意したワームホールまでもうすぐそこ、という所だ。
有瀬は右手からホウオウ、左手からルギアのフィギュアをどこからか用意すると、一之瀬を囲うように置かれていたライコウ、エンテイ、スイクンのフィギュアのうち既に役目を果たしたライコウとエンテイのを取り除いて、代わりにホウオウとルギアをその場に置く。
ディープディバイダーの対象と認知された二つのフィギュアは既に稼働しているスイクンと同じように淡い光に包まれ、有瀬がWWに用意していたルギアとホウオウに一之瀬の約二十五パーセントのプレイングスキルが送られる。
人格にあたる基幹は既に有瀬がセッティングをしておいた。これでスイクンと同様に足止めの役割を果たしてくれるだろう。
長岡恭介がライコウに一之瀬の面影を感じていたように、プレイング能力だけが一之瀬であって人格や容姿は有瀬が生み出したモノである。しかしそこまでも藤原拓哉は見抜く手前まで来ている。
その高い洞察力だけではない、仲間に対する情も十分だ。それは脅威でもあるが、それ以上に最高の獲物でもある。
俺、風見、恭介、松野さん、薫の順で長いこと山の中の洞穴をひたすら駆け回っていたその行く先に、ようやく外からの光が見えてきた。
恭介と拓哉の言っていた情報を統合させた結果、いくら走っても疲れはしないが延々と続く道にうんざりしそうになっていた所のこれだ。ようやく行ける、有瀬の元に。
「もう少しだ!」
薄暗い洞窟を抜けて、直射日光を受けると目が少しばかり眩む。間もなく小慣れた目で辺りを見渡せば、まず真っ先に左手に大きな滝が見える。そして右手はただただ開けた夕暮れの空。そして前を見れば少し先に十字路がある道になっていた。道は、地盤や壁こそは岩ではあるが、人工的五人が横に並べるほどで、そこそこ広い。
分かれ道の上に立って見渡せば、前方は行き止まり。左手、右手も行き止まりだが、ほぼ同じサイズの白いパネルが床に敷かれており、いかにもな雰囲気を醸し出している。
「……どうしようか」
「とりあえず踏んでみようぜ」
先走ろうとする恭介の首根っこをガッと掴んで制止させる。
「罠だったらどうする」
と言う側で、今度は松野さんが左手の道に進んでいく。
「あ、ちょっと!」
「罠だとしても! 今はそれにのっかってみるしかないわ。どっちにしろ行き止まりなんだから、やるだけやってみましょう」
松野さんが白いパネルに乗ると、ガコンと重い音が響く。……だけで特にこれといった変化はない。
「……うーん。やはりもう一つあるパネルにも何かあるのかしら。……片方だけじゃ意味がないかもしれないわ。石川さん、向こうのパネルもお願い!」
「へ、あたしですか? 分かりました」
突然呼ばれて驚いた薫は自分で自分を指さすと、てとてとと走って右手の道の白いパネルを踏む。
するとどうだ。何もなかった前方の道に突如黄緑色の光を辺りに散らす渦が現れる。この光は確かこの空間、WWに連れてこられたときのと同じ……。ということは。
「どうやらこれがワームホールのようだな」
風見が近づいてまじまじとそれを見つめている横で、恭介がワームホールに指をつっこむ。
「うお、ほんとだ。貫通する」
「遊んでる場合じゃねえよ」
指をワームホールから引っこ抜いた恭介の頭を軽くはたくと、これまた一瞬でワームホールが消え去った。
驚いて辺りを見渡せば、松野さんが白いパネルの上から体を外している。ということは。
「ダメね、これ私たちがこのパネルの上に乗っていないといけないらしいわ……。翔君、風見君、長岡君。君たちが先に行って!」
再び白いパネルの上に乗ると、ワームホールが現れる。先に行け、ということはここで薫と松野さんを置いていかなければいけないってことだ。仕方ないとはいえ……。
そのとき左手の方向、滝の中から爆音が巻き起こる。怪獣のような雄叫びとともに、何かが近づいてくる。
体を水に濡らした白い大きな翼の異形。あれは……ルギアだ。滝の底から現れたルギアは松野さんの真正面に立つと、体の中から幾条もの光の束を解き放ち、その眼前に集めていく。光の束は見慣れた長方形の形をいくつも作りだし、積み重ねていく。あれは……、まさかもクソもない。デッキだ。
『周囲の使用可能なバトルベルトをサーチ。コンパルソリー。ハーフデッキ、フリーマッチ』
松野さんのバトルベルトが勝手に起動する。これはエンテイたちと同じパターンだ。まさか他にもいたとは。
「松野さん!」
対する右手の方向では、夕暮れの空の彼方から一つの影がこちらに向かって羽ばたいてくる。
虹色の艶やかな翼をいっぱいに広げたホウオウが、パネルの上に立つ薫の前でホバーする。こちらもルギアと同じように、体から光の束を放出してデッキを構築していく。
『周囲の使用可能なバトルベルトをサーチ。コンパルソリー。ハーフデッキ、フリーマッチ』
「薫っ……!」
「翔、迷うな。何のために二人がこうしてくれているんだ」
「で、でも!」
「風見の言うとおりだって。あの二人は俺たちに先に続く道を作ってくれてんだ。分かるだろ?」
先ほど首根っこを掴んだ仕返しか、恭介が強引に腕を引っ張ってワームホールの方へ連れていく。
「わかったよ、自分で行くって」
なんとか振り払い、一度背を向けて薫と松野さんを交互に見る。ありがとう。そして、ごめん。ここは頼んだ。
「翔、ここはあたし達に任せて! 絶対になんとかして追いつくから!」
「だからあなた達は有瀬をお願いよ!」
「……ああ。分かった! 分かりました! 行くぞ!」
「ああ」「おう!」
前を向き、一つ呼吸を整えてから軽く跳躍して気味悪く光るワームホールの中へ飛び込んでいく。
薫、松野さん、……頼む。絶対に追いついて来いよ!
「来いよ! 今度は俺が相手だ!」
高津がいた場所に立ち、バトルベルトを起動させる。スイクンは体を震わせると、前足を持ち上げて地面に強くたたきつける。
すると俺とスイクンを長方形で囲うように氷柱がたくさん並び立ち、檻のように交差していく。これは前に見たエンテイの炎の檻と同じ、マジックミラーのような役割を持つやつだ。
「念のため、です。外部から無関係の人間がやってこられては困りますからね」
スイクンがさっきの対戦でしなかったのに、今ようやっとわざわざこんなことをする、ということは他の考え方が出来る。誰か他の人がこっちに近づきつつあるからこそ、あえて氷の檻を作ったのではないだろうか。
……とはいえどっちにしろ中に入っちまった以上、誰が来たかを確認する術はもうない。
『使用可能なバトルテーブルをサーチ。パーミッション。スタンダードデッキ、フリーマッチ』
「先攻は俺がもらう」
「構いませんよ」
スイクンのバトル場はナゾノクサ40/40のみ。対する俺はバトル場にゴース30/30、ベンチには二匹のバリヤード70/70とミカルゲ60/60。
俺のデッキはビートダウンでサイドを取るデッキではなく、ロストワールドを使っての特殊勝利デッキ。だから普通のままラフレシアやエンテイ&ライコウLEGENDと相対しても勝ち目はない。
だからこそ、手札に揃う前に牽制を交えながらロストさせてやる。
「俺は手札の超エネルギーをゴースにつける。そして手札からスタジアム、ロストワールドを発動!」
周囲の風景があっという間に暗雲立ちこめる浮遊島へと姿を変える。頭上では渦巻く雲から絶え間なく放電が繰り返され、なおのこと不気味さを沸き立たせる。
ロストワールドは相手のロストゾーンにポケモンが六枚あるとき、勝利を宣言出来るという特殊勝利効果を持つスタジアムだ。まだ即時使えるわけではないが、牽制の意味も込めて、というわけで先にスタジアムを貼っておく。
「バリヤードのポケパワー、タネ明かしを発動。その効果で互いのプレイヤーは手札を見せあう」
スイクンの手札はランターングレートが二枚、ラフレシア、雷エネルギー、坊主の修行、ジャンクアームの六枚。正直言って外れもいいとこな引きの悪い手札だ。
俺だって最初の手札は優れていなかったが、ヤツほどでもないし……。
「ケッ、ここでサポートだ! オーキド博士の新理論。俺は手札をすべて山札に戻しシャッフル。そして六枚ドロー! 続けてポケモン通信。手札のメタモンを山札に戻し、山札のゲンガーグレートを手札に加える」
俺の手札にはこれで不思議なアメとゲンガーグレートが揃った。次の番にゴースを不思議なアメで進化させればロストゾーンに早速ポケモンを送ることが出来る。
「ゴースでナゾノクサに攻撃。そっと乗せる! 相手のポケモン一匹にダメカンを一つ乗せる」
ナゾノクサ30/40与えるダメージはほんのわずかだが、俺のデッキコンセプト的にそこは仕方ないと割り切っておく。
「それでは私の番です。まずはアララギ博士を発動。手札を全てトラッシュして、七枚カードを引きます」
「なっ!」
ここでいきなりアララギ博士を引いて来やがったか! じゃあ俺がタネ明かしで見たカードは全てトラッシュに送られて、得た情報が全て無駄になるってか。
「……これくらいしてもらわねえと張り合いってのがねえよなぁ」
「残念ながら貴方と張り合うつもりはありません」
「あ? ……どういうことだ」
「すぐに分かります。私はグッズ、研究の記録を発動します」
研究の記録は山札の上のカードを五枚確認し、そのうち何枚かを選んで自分の山札の底に好きな順番で置き、残りを自分の山札の上に好きな順番で置けるカードだ。スイクンは確認した五枚のうち四枚を底に置き、一枚だけ上に戻した。
「もう一枚研究の記録を発動します」
「まただと?」
さっき五枚のうち四枚を下に置いたため、二度目の研究の記録で確認出来るカードは五枚のうち四枚が新しくなる。が、そこまでしてカードを入れ替える必要があるのか。今度は二枚を山札の上に残し、三枚を底に送っていく。
何かを待っている? だとしたらスイクンが待つようなカードはLEGENDポケモンのみ。だとしても、サポートカードはもうアララギ博士を使っている。それ以外で手札を増やすようなカードは基本的にほぼ無いと来たもんだ。おそらく俺に片方のパーツだけロストさせられてLEGENDを場に出せなくなることを危惧しての策か? どっちにしろ――
「この番にはLEGENDは出てこない。そう考えてますね?」
まさか。本気で出すとでも言うつもりなのか。全身の穴という穴から汗が噴き出そうな悪寒を感じ取った。
「それでは私は手札からレジェンドボックスを発動します。その効果で、自分の山札を上から十枚確認します」
スイクンのバトル場の隣に、大きな金色の玉手箱のような箱が現れる。蓋が取り外され、中から裏を向けたままの拡大して表示されたカードが十枚宙に浮かぶ。
「まず一枚目はエンテイ&ライコウLEGENDの下パーツ。二枚目はその上パーツ。続けて炎エネルギー、チョンチー、アララギ博士、雷エネルギー、ラフレシア、探求者、炎エネルギー、ポケモンキャッチャー」
スイクンに読み上げられる度に裏向けのカードがこちらにも見えるように返される。だが、俺にまでカードを確認させる意図は一体なんだ? これから何が起こるんだ?
「レジェンドボックスの効果は、その十枚の中にLEGENDポケモンが一組揃っているならばその組をベンチに出し、十枚の中に含まれているエネルギーを全てそのLEGENDポケモンにつけることです……。つまり、私は炎エネルギー二枚と雷エネルギーを一枚つけた状態でエンテイ&ライコウLEGENDをベンチに出します」
「そんなっ、っざけてんじゃねえぞっ!」
黄金の箱の中からもくもくと煙が立ちこめ、二つの大きなシルエットが浮かび上がる。煙が晴れてようやく直視することになる。あれがエンテイ&ライコウLEGEND140/140……!
「ナゾノクサに炎エネルギーをつけ、今つけたエネルギーをトラッシュ。そうすることでナゾノクサをベンチに逃がしてエンテイ&ライコウLEGENDをバトル場に出します」
ヤバイ、めちゃくちゃ早すぎる! まだ二ターン目なのになんで攻撃態勢なんだよっ! んなもんデタラメみたいなレベルだ!
「爆豪の渦!」
エンテイから放たれるすさまじい炎の一撃で、一瞬にして視界が赤く染まる。断末魔すら許さぬ非道な火炎がゴース0/30をいとも容易く消しさった。
「爆豪の渦の効果で、エンテイ&ライコウLEGENDについている炎エネルギーを一つトラッシュします。そしてサイドを一枚引いて私の番は終わりです」
思わず言葉を失ってしまう。手の施しようが無さすぎる。どう身動きをとろうとしても、行き着く先は皆絶望のイメージだけだ。
『もしも貴方が生き残ったら──』
『俺もお前の仲間に、なれたかなぁ……』
クソッ! 何も出来ねえ! 何にもならねえ! それでも終わってたまるか!
「ってたまるかよ! 俺はミカルゲをバトル場に出す! 手札の超エネルギーをミカルゲにつける!」
今の手札じゃ時間稼ぎすらままならない。サポートカードがあれば手札を入れ替えることくらい簡単だろうが、こんなときに限って!
「ミカルゲで攻撃、色鬼! タイプを一つ宣言し、そのタイプを持つ相手ポケモン全員に10ダメージを与える。俺は炎タイプを宣言するっ!」
要石から浮かんでいるミカルゲの本体とでも言うべき渦が、黒っぽい紫から燃えるような赤に代わり、そのまま渦がエンテイ&ライコウLEGEND130/140に襲いかかる。
こんなのは気休めにもならない。なんとしてでも次の番にサポートを引いて体制を立て直さなければ。
このままだと本当に負けちまう……!
「貴方は先ほどの対戦から何も学ばなかったのですか?」
「なんだと?」
スイクンの声に悪寒を感じ、限界まで張りつめていた緊張の糸がまるで最初から無かったかのように凍てついてしまう。
「この私相手に時間稼ぎが通るとでも」
「……っ、っざけんなよ。俺のベンチにはポケモンが二匹いるんだ。探求者を使われても一匹は残る。んなもん適当なことを抜かしてるんじゃねえ!」
本当は分かっている。こいつほどの使い手がそんなミスをするわけがない。いったいどうやるかは皆目検討がつかないが、きっと「ある」んだ。ダメだ、膝も笑いだした。心が折れる──
「私の番です。それでは適当かどうかを確かめてみましょうか。エンテイ&ライコウLEGENDの全てのエネルギーをトラッシュして攻撃。サンダーフォール!」
空がピカッ、と光ったその次瞬、轟とした音が耳を抉り、目を焼ききるような強烈なまばゆさ、そして体が持ち上がるほどの衝撃波が飛んできた。
「ぐっ、だあああああ!」
意識が一瞬飛んでしまったかのようだ。気づけば眩んだままの視界に、強く打ちつけてしまった背中からの痛みがじんじんと体に響く。
ようやくブレながらも目が見えるほどに回復し、上体を起こしてバトル場を見渡す。が、ミカルゲはおろかベンチにいるバリヤード二匹すらいない。
まるで焼け野原のように、抉られた地面からは煙が上がっている。何も残っていない。
「な、何が……、うっ! ごほっ、ごはっ!」
「サンダーフォールの効果は、互いのポケパワーを持つポケモン全員に80ダメージを与えます」
バリヤードはタネ明かし、ミカルゲはどろどろ渦巻き。互いにポケパワーを持っていて、HPが80以下。だからサンダーフォール一撃で三匹に攻撃が出来て、一撃で葬れたのか。
全てのポケモンが消えていき、フィールドが元に戻る。そして氷の檻が消えていき、俺の体が透け始める。
俺程度ではダメだったんだ。大の字に寝転がったまま右手を見つめる。俺じゃあこの手に何も掴めなかった。想いも希望も掴んだつもりだったけど、全てこの手から滑り落ちてしまった。
純粋に悔しい。俺はもっとやれたはずだ。なのにこんなあっさり負けるだなんて。自分の弱さに腹が立つ。だから、だからこそ。
「後は任せた……、相棒」
ようやく現れたもう一人の俺の姿を目に捉えて、全てが暗転した。
拓哉「今回のキーカードはレジェンドボックス。
運が絡むとはいえ、出しづらい伝説ポケモンを一気に出すチャンス!
ここから攻撃に転じて攻めていこう!」
レジェンドボックス グッズ
自分の山札を上から10枚オモテにする。
オモテにしたカードの中に伝説ポケモンの組み合わせがあるなら、1組をベンチに出し、その中のエネルギーをすべて、その伝説ポケモンにつける。残りのカードは山札にもどし、山札を切る。