124話 精神の世界
「今度こそもう偉そうなことは言わせねえ。トドメだ、ゼクロムで逆鱗!」
さっきよりも一層激しい炎を身に纏い、ゼクロムがスイクン&エンテイLEGEND150/190に突撃していく。ゼクロムに乗っているダメカンは六つだから、与えるダメージの合計は(20+60)×2=160ダメージ。もう攻撃を妨げられることは無い。
ゼクロムの攻撃が決まり、スイクンとエンテイは二匹とも悲鳴を上げながら地面に伏す。
「っしゃああ! サイドを二枚引いて、ゲームセットだ!」
全てのポケモンの映像が消え、周囲の風景がセキエイ高原から砂浜に戻っていく。
勝ったんだ……。
ようやっと実感が湧いてきたが、とてもじゃないが素直には喜べない。
熱された頭が少しずつ落ち着きを取り戻す。急に足に力が入らなくなって、ガクンと崩れる。手や足だけじゃない。体が震えるほど全てを出しきった。
勝ったのは勝った。でも、同時に大切な友も失ったんだ。守れなかった。仇は取ったが、だからってどうなるもんでもない。向井は返ってこない。だったら進まなくちゃいけない。
「おい! ライコウ。一之瀬さんが50%だとかかんとか、どういう意味か教えろ」
力無く前足を曲げ、前かがみになっているライコウに近づいて問いかける。
先ほどまではあんなに威圧感があったのに、もはや目に生気が宿っていない。まるで大きな置物と言っても過言ではない。いや、もっと言うと朽ち果てているような……。
「っておい! 本当に死にそうじゃねーか!」
ライコウの体が、まるで最初からそこに何もいなかったかのようにどんどんと薄くなって消えていく。俺があーだこーだと喚けども、ピクリとも反応する気配すらない。
マジかよ……。勘弁してくれ! ライコウが消えれば俺は一之瀬さんに関する手がかりを失ってしまう。それじゃあ進めねえ!
『安心したまえ』
突然、どこからか声が確かに聞こえた。振り向いて、見つからないからその場で一周した挙句空を仰いでも姿が見えない。
なのに確かに声は聞こえた。いや、聞き覚えがどこかである。あるぞ、確かに。そう、このイベントが始まる前の会場で──。
「その声は……、有瀬だっけか。出てこい!」
『残念だが君にまだ私と会う資格はない』
「なっ……」
『とはいえライコウに勝ったのは素直に認めてあげよう。正直のところ、君のことはただの奥村翔の取り巻きだと思っていたが大きな勘違いだったようだ』
馬鹿にしているつもりか、少しカチンとは来た。でもそんなことを言うためだけにわざわざ声を掛けるはずがない。
『今、君はライコウに勝ってこれで二勝目だ。もう一勝すれば、君が知りたい情報は必ず何処かしらで聞けるだろう』
「……まるで未来でも見通しているかのような言い方だな」
挑発するような物言いをして返事を待つが、返ってくる気配が一切無い。まるで返事をする価値などないとでも思われているかのようだ。
だったら今度こそ力づくで有瀬自身から聞いてみせる。
左の拳を強く握りしめ、どことなく空を睨みつけた。
「風見君、今の見た……?」
「見ました」
「もう何が何だか分からないわ……。どうにかなりそうよ!」
松野さんが目を白黒させながら、うわごとのように呟く。
能力(ちから)をいかに間近に見て、実際に体験してきたとはいえど、今回の件は文字通り次元が違う。
まさかスイクンが人間とポケカで対戦しているところを見せ付けられるとは、誰も想像出来るはずがない。
しかも驚くべきはそのスイクンのプレイングが非常に上手い。恐らく実際に対戦しようとすると、心が透破抜きでもされているような感覚に陥るだろう。
それほど相手の手を読んだ流麗なプレイング。単純に強い。その上プレッシャーが離れた俺たちのいる所までピリピリと伝わってくる。
辺りを見渡したスイクンは、どこかへ駆けていく。もし見つかれば次は俺たちが相手にならねばならないのか、と張りつめていた糸がプチンと切れ、壁を背にして二人して床に座った。まるで走った後のように切れ切れな息が二つ交互に漏れていく。
ここが遮蔽物の多い街(というよりは人の気配が一切ないためゴーストタウンと表現した方が正確か)で助かった。ビルの裏からスイクンの対戦を覗いていたが、下手に何かに巻き込まれたく無かったがゆえに後にも先にも動けなかった。
とはいえ結果オーライだ。あのスイクンもどういう訳か、一番近くにあるバトルベルトを強制的に起動させるコンパルソリーのプログラムを使っていた。遠藤のときはまだしも、今回はどうしてヤツらがそのプログラムを所持しているかが分からない。そもそもアレは開発途中のテストプレイでしか使用していないはずだというのに。
「おい」
突然向いていた方とは反対から声を掛けられたため驚きの余り身構えたが、よく知る姿であった。
「なんだ、お前か」
「なんだとはなんだ」
「藤原君も無事だったのね」
当たり前だ、と陰から現れた拓哉(裏)は機嫌の悪そうな顔を浮かべながら松野さんの言葉を一蹴した。体感ほぼ一日会っていなかったが、ようやく味方に出会えて気持ちが安らぐ。
「それにしてもお前ら二人とも何をしてたんだ」
「信じられないとは思うが、スイクンが今あそこで……」
「なんだ、そのことか。そのくらい知ってら。そうだな、そのことに関してなんだが丁度良い。お前らにも知っといてもらった方が良いな。ここじゃ場所が悪い、ちょっと着いてこい」
「あのねえ……」
お前ら扱いが不満な松野さんをいとも気にせず、拓哉はすぐそこのビルの中に入って行く。
仕方なく後をつけると、ビルの三階の窓際の部屋に入り、手元にあった椅子にどっかりと腰をかけた。
「立ち話をしても仕方がねーしな」
「どういうつもりだ、わざわざこんな人のいないところまで連れ込んで。聞かれたらマズい話なのか」
「ケッ、別にそうでもねぇよ。まあそのうち分かるさ」
「はいはい、そういうのは良いから。話って何なの?」
松野さんがそう言うと、拓哉はようやく不機嫌な顔を崩して一転、真剣な表情に切り替える。
「端的に言うと、俺らが今いるこの空間について一つだけ分かったことがある。それとスイクンに関しても一つだけな」
「本当なんだな」
ああ、とだけ呟いた拓哉は落ち着きがないのか座ったばかりの椅子から立ち上がる。そして、ゆっくりと俺の方に近づいて言った。
「この空間では正しい物理現象は起こらねぇんだ」
なるほど、と言い返しかけて踏みとどまる。それもそのはず拓哉の言うことの意味がサッパリ分からないからだ。
「まあ言われただけじゃあ分かんねえよな……!」
突如拓哉が俺の腹を殴る。遅れてやってきた痛みが胸を圧迫していく。
「ちょ、何してるの!? 風見君大丈夫?」
椅子から崩れ落ちて片膝を着く俺の傍へ、松野さんが心配そうな面持ちで駆け寄ってくる。大丈夫です、とだけ答えて拓哉を見上げる。
「今俺がお前を殴った。その割には痛がるタイミングがほんの少しずれていた。どういうことかわかるか」
「……さっぱり」
「お前が痛いと思ったから、痛さを感じたんだ。逆に言えば、痛いと思わなければ痛さは感じない」
まさか、と思って、子供のように痛くないと念じてみれば、確かに痛みがすっと消えて行った。
「驚いたな。本当……だと思う」
「つまりこの世界はある程度に限られるが、思ったことが現実になり得る空間だ。やろうと思えばこのビルから飛び降りても無傷でいられる」
となると、あのスイクンもまさか誰かが念じて生み出したモノなのだろうか? それに拓哉の言うある程度、というものも気になる。椅子に座り直し、脚を組んで左手の甲に右肘を乗せて自然体で拓哉の話の続きを待つ。
「これだけじゃねーよ。実は俺たちがこの世界に来てから、俺と相棒がバラバラに別れていた。一時は消えたかと考えたが、その割にはれっきとしたきっかけがないと仮定して、偶然や試行錯誤を繰り返して、ようやくこの結論にたどり着いた。
この空間では俺らの体は現実での体とは違う。いわゆる精神力だとかそういったモノで出来ている。元々いた空間を『肉体の世界』と表現するなら、ここはまさしく『精神の世界』とでも言える。
肉体を鍛えれば体が強くなった元の空間と対して、ここでは心を鍛えることが今のこの体を強く出来る、……んだと思う。
それによくよく考えてみろ。お前らみたいな一部の例外を除いて、参加者はほとんどが能力者ばっかだ」
「私もそれは気になったわ。現能力者だったり、君みたいな元能力者だったり。……まさか今の話と関係があるとか?」
「断言は出来ねぇ。でも、俺はあると読んでいる。能力ってのは暗い気持ち、っつーかなんだ。……だー、うまく言えねえな。まあそういう暗い気持ちになればなるほど強い力が生じるし、その逆もまた然りだ。
気持ちってことは精神に関係するだろ? どうやってこんな変な空間を作ったかは知らないけど、そういう特に能力者なんていう心に関する何かがあるやつばっかを集めてる上にこんな舞台まで用意してくれてるんだ。何にも無いはずがねえ。
どういう精神状況をそれまたどうするかは知らねえし、知ったところでどうなるかも分からねえけど、あの有瀬ってやつはおそらく俺たちの心をなんかのために利用するためにいるに違いない」
「お前の言いたい事が全く分からない訳ではない。だが、まあ、仮にそうだとしよう。だとしたところで俺たちは一体何をすべきなんだ?」
分析は確かに無駄なことじゃない。ただ、分析は分析で満足しては何の意味も無い。分析した上で、その先があるからこそ初めてそれは意味を成す。
過程は決して無駄ではないが、過程というのは結果のために存在する。同じように分析も、その先の計画や目的のために存在する。
拓哉はそんなことは言われずとも分かっていると言いたげな、だるそうな表情で切り返した。
「やる事は一つに決まってんだろーが。有瀬をぶっ飛ばして元の世界に戻してもらう。それだけだ」
「……ふっ、もっと知的な何かがあると思えば結局のところはそうなるのか」
「うっせーな仕方ねーだろ。他に何かあるのか? あぁ?」
くすりと笑う松野さんと同じように、あまりにも予想通りなその返しに、俺も小さく笑った。
「そうだ、一つ聞き忘れていた。さっき言っていたスイクンに関しても何か分かったことがあるんじゃないか」
「ああ。これも分かったところでどうしようも無いっちゃあ無いんだが、あのスイクンが使うポケモンは──」
恭介「今回のキーカードはトルネロス。
エナジーウィールでエネルギーを集め、暴風で攻撃だ。
控えのポケモンを育てながら戦えるのが強みってとこかな」
トルネロス HP110 無 (BW1)
無 エナジーウィール
自分のベンチポケモンについているエネルギーを1個選び、このポケモンにつけ替える。
無無無 ぼうふう 80
このポケモンについている基本エネルギーを1個選び、ベンチポケモンにつけ替える。
弱点 雷×2 抵抗力 闘−20 にげる 1