121話 大切なもの
「我はライコウ&スイクンLEGENDに水エネルギーをつけ、バトル場にいるエレキブルで攻撃する。サンダーシュート!」
「翔っ……!」
この一撃をもらえば翔のバクフーンは気絶してしまう。あんな化け物みたいなのが出てきたばっかなんだってのに。
エレキブルが槍状に形成した電気エネルギーの塊を、振りかぶって投げつける。鋭い速度で翔のバクフーングレート0/140に、槍が抉りこむ。短い悲鳴が少しだけ聞こえ、バクフーンが消滅する。
「これでサイドを一枚引き、我が番は終わりだ。どうした、その程度か」
今、エンテイがサイドを一枚引いたことで残りのサイドは三枚。さっきようやくサイドが四枚まで追いついた翔が再び話される形になった。
翔がほぼ毎ターンのペースでサイドを引かれていくなんて。確かに翔のミスはあるけど、こいつ本当に強い……!
翔はバトル場にマグマラシ80/80を新たに出す。ベンチには他にもキュウコン90/90、ヒメグマ60/60がいるが、どのポケモンにもエネルギーがついていない。
それに対してエンテイは、バトル場に雷エネルギーを三つつけたエレキブル100/100、ベンチにビリリダマ40/40と水エネルギーをつけたライコウ&スイクンLEGEND160/160。
誰の目から見てもエンテイの方が有利なのは一目瞭然だ。しかも相変わらず翔は目の前で姉の雫さんをやられたせいで頭に血が昇っているまま。
「俺のターンだ! マグマラシをバクフーングレート(140/140)に進化させ、バクフーンに炎エネルギーをつける。さらにグッズ、ポケモン通信を発動。手札のキュウコンを山札に戻し、山札からリングマグレートを加える。そしてベンチのヒメグマをリングマグレート120/120に進化させる!」
翔の二大エースが再び同時に並んだ。それでも攻撃するにはエネルギーが全然足りない。バクフーンのワザ、フレアデストロイを使うにはエネルギーがあと二枚も必要なんだ。どうする。
「キュウコンのポケパワー、炙り出しを発動。手札の炎エネルギーを一枚トラッシュし、山札からカードを三枚引く。さらにバクフーンのポケパワー、アフターバーナーを発動! トラッシュの炎エネルギーをバクフーンにつけ、その後ダメカンを一つ乗せる。これで俺の番は終わりだ」
「攻撃してこない……、いや出来ないといったところか。ならば存分に我が盟友の力を見せてやろう。我はベンチのビリリダマをマルマイングレート(90/90)に進化させ、ポケパワーを発動。エネエネダイナマイト!」
ベンチで進化したばかりのマルマインが、いきなり体を白く染めて目が眩む光を発し、それから息をつく間もなく鼓膜をつんざくような爆音と黒煙が舞い上がる。
エネエネダイナマイトの効果は覚えてる。このポケパワーを使ったマルマイン自身を気絶にさせ、山札を七枚上から確認する。そしてその中のエネルギーを好きなだけ自分のポケモンにつけ、残りをトラッシュする。
今エレキブルのエネルギーは最大状態。となるとエネルギーをつけるのはライコウ&スイクンLEGEND。一気に決める気でいるのか。
「ふむ、七枚のうちエネルギーは雷エネルギー二枚だけ。ならばそれをライコウ&スイクンLEGENDにつける」
「俺はサイドを一枚引く」
「ここでグッズ、ポケモン入れ替えを発動。その効果でバトル場のエレキブルとベンチのライコウ&スイクンLEGENDを入れ替える」
「くっ……」
来る、あれこそがヤツの本当のエースカード。エネルギーは既に三つもついている。いきなり手痛い攻撃も予想出来る!
「手札からサポート、チェレンを発動。その効果で山札からカードを三枚引く。さて、ここからが本番だ。ライコウ&スイクンLEGENDでバクフーンに攻撃。雷電の槍!」
分厚い雲がバクフーンの真上に現れる。ライコウがスイクンより一歩半前に立ち、雄叫びを上げながら体から大量の電気を、一まとめにして雲に放出。すると雲の中で倍増された電気が雷と化してバクフーン0/140に降り注ぐ。
「そんな! まだバクフーンのHPは130もあったのに、たった一撃で!?」
「この雷電の槍は自身にも50ダメージを与えるデメリットがあるが、その威力は150。同じLEGENDポケモンでもない限り、防ぐことすら不可能。これこそが我が無双の槍!」
「翔、大丈夫か!」
「自分も50ダメージを喰らうデメリットがあるなら無限に打ち放題ってわけじゃない。現にライコウ&スイクンLEGENDの残りHPは110。良くてあと二発が限界だ。HPが減ったところを突き崩す! 俺はキュウコンをバトル場に出す」
「……サイドを一枚引く」
キュウコンを壁にしてもう一度雷電の槍を使わせ、HPが60/160になったところを、恐らくリングマのメガトンラリアット辺りでトドメを刺すってところか。
「良い事を教えようではないか。このライコウ&スイクンLEGEND、身を以て味わったと思うが実に強力なカードだ。しかしその反面、このポケモンが気絶すると相手はサイドを二枚引くことが出来る」
今の翔のサイドは三枚。つまりこいつを倒せば残り一枚になり、あとはエレキブルかなにかを気絶させれば逆転出来る。
対するライコウのサイドは二枚。キュウコンを壁にして、ライコウ&スイクンLEGENDを倒せば残りのサイドは両者一枚。まだチャンスはある!
「キュウコンのポケパワー、炙り出しを発動! 手札の炎エネルギーをトラッシュしてカードを三枚引き、リングマにダブル無色エネルギーをつける。これで俺の番は終わりだ!」
「そんな短絡的な戦法が我に通用するとでも思ったか」
「っ……!」
「我のターン。ライコウ&スイクンLEGENDで攻撃。オーロラゲイン!」
「雷電の槍じゃない!?」
「くそっ……!」
スイクンがライコウの前に出て、七色に発色する光線を口からキュウコンに放つ。光線がキュウコンに触れた瞬間、光線が逆流し、みるみるキュウコンの生気が奪われていく。
「オーロラゲインの威力は50だが、ライコウ&スイクンLEGENDは雷と水の二つのタイプを併せ持っている。そしてキュウコンの弱点は水タイプ。よって与えるダメージは100になる!」
「まだ終わってねえ!」
「いいや、もう終わっている。オーロラゲインの効果発動! ライコウ&スイクンLEGENDのHPを50回復する!」
「そ、そんな……」
これでライコウ&スイクンLEGENDのHPは160/160。次の翔の番で、こいつを一撃で倒さないと翔はどう頑張ったって勝つことが出来ない。
でもいくら頑張ったところでリングマの最大火力は120だ。倒せっこない……。
「サイドを一枚引いて我が番は終わりだ」
力無く翔が両膝を地につけ、ただ眼前のライコウ&スイクンLEGENDを茫然と見つめている。俺だってもうどう声を掛ければいいか。頭が真っ白だ。
「この戦い、降参などという惨めな負け方は許されない。さあ、カードを引け!」
「お……、俺のターン」
翔が引いたのはダブル無色エネルギー。これを新たにバトル場に出したリングマグレート120/120につければ、メガトンラリアットで攻撃出来る。でもその威力はたったの60! ライコウ&スイクンLEGENDは倒せない。
「……来ないならこっちから行くぞ! 我がターン。我はライコウ&スイクンLEGENDでリングマに攻撃。姉弟揃って消えるがいい。雷電の槍!」
雷雲に向かってライコウが電気を放出している。ダメだ、攻撃が決まっちゃダメなんだ。
「やめろおおおおおおおおお!」
俺が翔にやってあげられること……。気付けば自然と俺の体は動き出していた。
終わりだ。頭が真っ白になる。諦めて閉じた瞼の裏で、様々な出来事が交錯する。そして──。
「ぐあああああああっ……。があああああ!」
「な、何だと!?」
真っ白になった頭が想定外の出来事を耳にして、一瞬で機能が回復する。開けた視界で見たものは、雷撃の槍を自分の体で防ごうとする蜂谷。そして、その光景に目を疑うエンテイだった。
声が枯れるほど叫び、煙を出すほど体を焦がしてもなお、蜂谷は両手を広げて仁王立ちし、リングマに攻撃が届かないようにしている。
やがて雷撃の槍が消え、蜂谷はまるで体が動かなくなったかのように仁王立ちのポーズのまま、後ろに倒れる。リングマのHPは減っていない。守り切ったんだ……。ライコウ&スイクンLEGENDはもう一度技を使うどころか、動く気配すらない。
「は、蜂谷っ……!」
手札をバトルテーブルの上に投げ、駆け寄って倒れる蜂谷の側に駆け寄った。体は焦げ臭く、服もボロボロになり、体中が傷や痣だらけで見ていられない。まさしくそんな状態だった。なのに、なのにどうして微笑んでいるんだ。
「どうしてこんなことを!」
「分かんねえ……。俺だって何が何だか分かんねえよ……。でも──、コホッゴホッ!」
「お、おい! 喋るなって!」
「で、でもな。俺は別に後悔、してるって訳でもないんだぜ」
「くそっ、医者かなにか!」
「んなのある訳ねえよ今更……。どの道、ダメって気はしてるんだ。ほら……」
左手で抱え上げていた蜂谷の頭から、もう何度も見慣れたオレンジ色の光が浮かび上がる。そんな、俺を庇ったばっかりに……!
「男が泣くなよな……。折角だからお前に伝えておく」
「……ああ」
「間違っても自分を責めるなよ。お前のせいで、俺が消える訳じゃない。俺がお前のために体を張りたかっただけだ」
「そんなこと──」
「だから、そういうのをやめろって。翔はもっと誇ってくれよ。守ってもらえる存在なんだ、ってさ。いつもみたいに笑ってくれよ」
右手じゃ拭いきれない涙が蜂谷の顔に落ちる。少しだけ眉を潜めた蜂谷は、励ますつもりか力を振り絞って左腕を俺の左腕に乗せた。
「お前は俺の……。俺たちの希望なんだ。お前ならきっとどんなピンチだって乗り越えられる。そんな気がするんだ。……だから頼む」
光は徐々に強くなり、抱えている蜂谷の体の重さがどんどん軽くなっていく。透けていく蜂谷の顔は、最後まで綺麗に笑ってやがる。
「翔は……。自分の信じた道を行ってくれ。自分が正しいって思う道を行くんだ。たとえいろんなことがあって、自分のやったことが正しくないと思ったら、新しい自分の道を作って進め。未来には無限の可能性があるんだ。決めつけるな。でも、流されるな。自分の道は自分だけで決めつけるなよ。あとな、いい加減泣くのをやめてくれよ。俺も流石に怖くなるじゃねえか」
「そんな、こと、無理に、決まってる、だろ……! だってお前は、お前は!」
「ああ、最高の仲間。だ」
押し上げてくる感情の波を涙腺が支えきれなくなり、涙と鼻水が際限なく溢れ出す。
でも、もうその涙を抑えてくれる奴はいない。俺が左手に抱えていた重みは、もう消え失せていた。
「……、まさかこんなことが起こるとは想定外だった。『オーバーゲート』の副生成物とでも言っておこうか。君は友に命を救われた。今回はその美しき友情に免じて、これで我は手を引いておこう。しかし、次に相見たときはいかなる邪魔が入ってこようが必ず決着をつけよう。今は己が弱きに身を震えさせるがよい」
雨が止み、いつの間にか星空が覗いていた。ポケモンの映像達、ライコウ&スイクンLEGENDが消えると、エンテイは森の奥へ姿を消した。
一之瀬「今回のキーカードはライコウ&スイクンLEGEND。
その圧倒的な攻撃力で敵を蹂躙し、
無尽蔵な回復力で場を制圧せよ!」
ライコウ&スイクンLEGEND HP160 伝説 雷水 (L2)
雷雷無 らいでんのやり 150
このポケモンにも50ダメージ。このポケモンへのダメージは、弱点の計算をしない。
水無無 オーロラゲイン 50
このポケモンのHPを「50」回復する。
【特別なルール】
・手札にある2枚のスイクン&エンテイLEGENDを組み合わせて、ベンチに出す。
・このポケモンがきぜつしたら、相手はサイドを2枚とる。
※「伝説ポケモンのカード」は、「上」と「下」を組み合わせて使います。
弱点 闘雷×2 抵抗力 − にげる 1