120話 戸惑い
「翔! だから今は一度逃げて──」
「お前に何がわかるんだ!」
「えっ?」
自分でも信じられないくらい情けない声をあげてしまった。自分が尻餅をつくまで、翔に突き飛ばされたということにすら気付かなかった。
言うべきことが、やるべきことがある。あるはずなのに、あるはずなのに翔にこんな手荒い真似をされるなんて、と虚を突かれたがために一瞬のスキが出来てしまった。ヤバい……!
「いいだろう。そこまで我と戦いたければ相手をしてやろう。その代わり手加減は一切せんぞ」
『周囲の使用可能なバトルベルトをサーチ。コンパルソリー。スタンダードデッキ、フリーマッチ』
「っ! おいっ、ダメだ! 翔!」
翔の気持ちは完全にエンテイに向いている。もう俺の声すら届かないっていうのか。
「念のため、外部からの侵入者を許さぬように再び炎の檻を用意しよう。さっきのようにわらわらとまた集まられたら困るからな」
俺たちをバトルフィールドごと囲うように、火柱が幾つも並び立つ。さっきと一緒だ。これで俺たちの近くに誰かが来ても、向こうからは俺たちのことが見えても俺たちからは向こう姿も見えなければ声も聞こえなくなってしまう。
まだかろうじて、俺と翔の間にその檻が無かったことが唯一の救いだ。いや、救い? 一体なんの救いになるんだ。
正気を失ってもはや俺の声が届かない翔に、俺が出来ることは……無い。おそらくエンテイもそれを分かって俺もこの檻の中に入れたんだろう。
「くそっ……!」
俺じゃあ友達一人だって助けられねえのかよ!
「先攻は我がもらう」
とりあえず今は見守るしかない。見守りながら、俺に出来ることを考えるんだ。
全てのことに意味がある。って風見はよく言っていた。俺がここにいる意味もきっと何かあるはずなんだ。
エンテイのバトル場にはビリリダマ40/40と、ベンチにエレブー70/70。翔のバトル場にはヒノアラシ60/60。
さっきから気になってたけど、エンテイが戦っている割には使うカードは雷ポケモン。炎ポケモンではないんだな。
いや、それよりもだ。そもそもエンテイがポケモンカードをしてるのがおかしい。カードとバトルテーブルのサイズがエンテイの大きさに合わせて、大きくなってるのも気になる。どうやってあんなものを作り出したんだ。
「我が番だ。我は手札よりチェレンを発動。その効果で山札からカードを三枚引く。そしてビリリダマに雷エネルギーをつけて攻撃。マグネボム!」
ビリリダマが電撃で磁界を荒らし、爆発を起こしてヒノアラシを襲う。
「マグネボムの効果発動。コイントスを一度行い、オモテなら相手に与えるダメージを10追加する。ウラならば、ビリリダマに10ダメージを与える。……オモテ、マグネボムの元の威力は20だ。よって30ダメージを与える!」
「くっ……」
一ターン目からいきなりの30ダメージ。翔の番にすら回らず、というワンターンキルは免れたけど、ヒノアラシ30/60のHPをいきなり大きくもっていかれたのはつらい。
もしこの翔の番でなんとかたねポケモンを引かないと最悪の結果もありえてしまう……。
「舐めんな。何が何でも、お前だけはぶっ潰す! 俺のタァーン! 手札からエンジニアの調整を発動! 手札の炎エネルギーをトラッシュして山札から四枚引く。ロコン、ヒメグマ、ヒノアラシ(全て60/60)をベンチに出し、バトル場のヒノアラシに炎エネルギーをつける!」
「よしっ、たねポケモンが出た!」
「手札からグッズ、ポケモン通信を発動。手札のピィを戻し、バクフーングレートを手札に加える。そしてヒノアラシでビリリダマに叩く攻撃!」
叩くは効果がない威力10のダメージ。ビリリダマ30/40とは最大HPが違うからダメージの比率は変わるが、威力は控えめだ。
もっとも現在のHPではどちらも同じだけど、喰らったダメージは翔の方が圧倒的に大きい。
「バクフーンを手札に加えようが、今更同じこと。我はビリリダマに雷エネルギーをつけ、エレブーをエレキブルに、そしてビリリダマをマルマイングレートに進化させる!」
マルマイングレート80/90にエレキブル100/100……。雫さんを葬ったこの二匹が三ターン目にいきなり揃ってしまった。
背中越しでも雰囲気で、翔の殺気が痛いほど伝わってくる。落ち着け、と言おうとして口が止まる。
今、翔に必要なのはそんな言葉なのだろうか。むしろ火に油を注ぐようで、怖い。そう、怖いんだ。初めて見たいつもと違う、こんな荒れた翔が。ブルってる場合じゃないってのに!
「マルマインでヒノアラシに攻撃。ギガスパーク! さらに、ギガスパークの効果でお主のベンチのヒノアラシ、ヒメグマにも20ダメージを与える!」
「ぐわあああっ!」
「うおっ!」
マルマインの激しい電撃がヒノアラシ0/60を襲った後、その電撃が二股に分かれてベンチのヒノアラシ40/60、ヒメグマ40/60へと襲い掛かる。
「サイドを一枚引いて我が番は終わりだ」
「これしき! 俺はベンチのヒノアラシをバトル場に出す」
このエンテイの攻撃、すさまじく早い。ギガスパークの威力は僅か30だ。でもその30の威力でも効果的にダメージを与えるため、とにかく素早く場を動かしてくる。
翔の中速中火力デッキだと、エンテイの攻撃を処理出来ないのにエンテイのポケモンを一撃で潰すことも出来ないんじゃないのか? 俺が高速デッキを使うからこそ、そこは分かる。
急いでほぼ完ぺきな状態にまで場を揃えないと、相手は早さに飲まれてしまう。
「俺は手札から不思議なアメを発動! その効果でバトル場のヒノアラシをバクフーングレート(140/140)に進化させる。さらにヒメグマに炎エネルギーをつけ、手札からアララギ博士を発動」
アララギ博士は手札を全てトラッシュして、七枚カードを新たに引くサポート。翔の手札はエネルギー回収一枚のみ。ここで一気に巻き返せるかっ。
「ロコンをキュウコン(90/90)に進化させ、新たにヒノアラシとヒメグマ(どちらも60/60)をベンチに出す。そしてバクフーンのポケパワーを発動。アフターバーナー! その効果でバクフーンにトラッシュの炎エネルギーをつけ、俺の番は終わりだ」
アフターバーナーはトラッシュの炎エネルギーを自分のポケモンにつけ、その後そのポケモンにダメカンを一つ乗せるポケパワー。
しかしバクフーン130/140に必要なワザエネルギーは炎炎無。この番の頭にエネルギーがついていなかったバクフーンだと、一気に攻撃するところまでは回らない。
とはいえ、バクフーンのHPはかなりある。マルマインのギガスパークを喰らったところで大したことは無い。大丈夫だ。
「バクフーンを壁にして攻勢の準備を整える。その程度のこと見抜けぬと思うなよ。我はマルマイングレートのポケパワーを発動。エネエネダイナマイト!」
エンテイの低い声が響いたと同時、突如マルマインの体が白く光始め、轟音と共に盛大に爆発する。遅れて衝撃波が俺たちの体を吹き飛ばそうとする。
「ぬぁっ! ぐっ!」
「うああああ!」
「エネエネダイナマイトの効果により、マルマイングレートを気絶させる」
「何!?」
「自分で自分のポケモンを気絶させた……。だって? そんなバカな」
「もちろん効果はそれだけではない。続けて我は自身の山札を上から七枚を確認し、その中のエネルギーを好きなだけつけ、残りをトラッシュする」
エンテイのカードは雷エネルギー、クラッシュハンマー、坊主の修行、雷エネルギー、水エネルギー、ジャンクアーム、ビリリダマ。エンテイはそのうちの雷エネルギー二枚をベンチのエレキブルにつけて残りを五枚トラッシュした。
「お前が何を考えてるかは知らない。それでも気絶は気絶だ! 俺はサイドを一枚引く」
これも翔のアフターバーナーに似ている……かもしれない。翔のアフターバーナーは自分の番に一枚しか追加できないが、その代わりデメリットもダメカンを一つ乗せるだけ。対するこのエネエネダイナマイトは最大七枚のエネルギーをつけられる代わりに、デメリットも気絶と大きくなっている。っていうだけじゃないのか。
そうとは言ってもサイドを一枚相手に献上するにしては、効率的なところはどうなんだろう。そこまで通暁していない俺からすれば、どうしてサイドを引かせてまでエネルギーをつけたがるかが分からない。でも相手は雫さんを倒したヤツなんだ。きっと何かある……。
「我はエレキブルをバトル場に出す。そしてエレキブルで攻撃、サンダーシュート!」
体中に電気を溜めたエレキブルが、電気を両腕に集めてそれぞれ二本の槍状に形成する。そして、一本をバクフーン60/140に。もう一本をヒメグマ0/60目掛けてぶん投げ、二匹のHPを大きく削る。
「このワザはエネルギーがついている相手ポケモンのHPを50削るワザ、というのはついさっきも見たばかりだったな。ともかく、これでヒメグマは気絶。我はサイドを一枚引く」
「これしきがどうした! 俺はバクフーンに炎エネルギーをつけ、ベンチのヒノアラシをマグマラシ(80/80)に進化させる! そしてポケパワー、アフターバーナーの効果でバクフーングレートにトラッシュの炎エネルギーをつけ、ダメカンを一つ乗せる」
「っておい! それじゃダメだろ!?」
これでバクフーンのHPは50/140。そしてバクフーンのワザ、フレアデストロイの威力は70。これじゃあエレキブル100/100を一撃で倒すことは出来ない上に、次の番はきっとサンダーシュートが再び飛んでくる。そうすれば今の翔の場で唯一まともな戦力のバクフーンを失ってしまう。
確かにここでアフターバーナーを使わなければ、エネルギーが一枚足りなくてバクフーンは攻撃出来ない。それでもサイドを失うよりはよっぽどいい! サンダーシュートの威力はたった50なんだから、一ターン待って次の番に攻撃すればいいだけだ。これは素人目に見ても攻め急ぎ過ぎだろ。
「俺は手札からグッズカード、ポケモンキャッチャーを発動! その効果でお前のベンチのエレブーをバトル場に引きずり出す! バトルだァ! エレブーに攻撃、フレアデストロイ!」
バクフーンが右手を炎で包み込み、二足でエレブーの元へと駆ける。瞬間で半身になった状態から腰を捻り、勢いをつけたストレートがエレブーに触れた瞬間爆発を巻き起こす。
フレアデストロイの効果は、互いのバトルポケモンがエネルギーを一枚トラッシュする効果だ。エレブー0/70は気絶した上に元からエネルギーがついていないから、トラッシュすることになるのはバクフーンの炎エネルギーのみだ。
「サイドを一枚引く」
「ならば再びエレキブルをバトル場に出す」
「おい、翔。そんな攻め急ぐな! そんなスタンスでやってたら──」
「攻めねえと勝てねえんだよ!」
「そりゃそうだけどそんなに急ぐことは無いだろ」
そうだ。急ぐ必要などこにも無いんだ。あのエンテイはうまいこと立ち回っているだけで、肝心の攻撃力はカッスカス。
マルマインですらワザの最大威力は30で、エレキブルでも50。それを騙し騙し活用して偶然サイドを容易く取られているだけだ。
一度きちんとバクフーンやリングマを立ててしまえば、そこからでも簡単に巻き返せるはずだ。なのに翔はこう叫び返した。
「そうでもしないとこいつを倒せねえ!」
分からない。翔は自分を見失っているだけなのか、それでもまだ急がなければいけないという何か勘のようなものを感じているのか。
俺はこのまま翔を信じて、ただ見守っていた方がいいのか?
「哀れだな。勝負の場で余計な思想や感情に飲まれるとは。目の前で姉が失われようとも、それに我を失うとは闘うものとして自覚もプライドもない」
「お前まで同じことを言いやがって……。知った口を効くなァ!」
エンテイに煽られてただでさえ怖い翔の顔が、より眉間に皺が入る。ダメだ、この感じ。場全体がエンテイに支配されている。場の優劣だけじゃない。存在感や威圧感、メンタル的な部分においても翔を完全に手玉に取っている。
「主は戦う相手を敵と味方に二分している。だからこそそういう風なことになるのだ」
「こいつ……! クソッ!」
「ふっ。我はビリリダマ(40/40)をベンチに出し、手札からサポートカード、坊主の修行を発動。山札の上からカードを五枚確認し、そのうち二枚を手札に加える。そして残り三枚をトラッシュする」
エンテイがトラッシュしたのはチェレン、ポケモン通信、ふたごちゃん。サポートカードを二枚も落として引きたかったカードでもあるのか。
「お膳立ては整った。細々とした点数稼ぎはここまで。ここからが我が本当の戦いだ。我は手札の上下のパーツを一枚ずつ組み合わせ、ベンチに出す。現れよ、我が盟友達。ライコウ&スイクンLEGEND!」
「な、二枚のカードを一枚のポケモンにして扱うだと!?」
「れ……、LEGENDだって? うおっ!」
青い光と黄色い光の二色が地面から天に向かって伸びていく。大地が震え、空が鳴き、突然黒い雲が集まってくる。
俺も翔も明らかな異常事態に天を仰いでいると、ポツリポツリと雨が降り出す。そして雷が、耳を裂くようなけたたましい音と共にエンテイの目の前に突き刺さる。
眩しさに目がやられ、視界が元に戻るまで少し時間がかかったが、その状態でもいつの間にかエンテイと同じほどの背丈の影が二つあるのはすぐに分かった。
「これがライコウ&スイクンLEGEND……」
HPが150/150。ただ巨大なだけではなく、翔の二進化グレートポケモンよりもHPが高い……。しかもタイプが雷水と、二つも持っているのか。翔の炎ポケモンは全員水タイプが弱点。これはマズい、むしろ怖い。
「我はライコウ&スイクンLEGENDに水エネルギーをつけ、バトル場にいるエレキブルで攻撃する。サンダーシュート!」
「翔っ……!」
この一撃をもらえば翔のバクフーンは気絶してしまう。あんな化け物みたいなのが出てきたばっかなんだ。ここであっさりサイドを奪われるわけにはいかないぞ。どうするんだ!
蜂谷「今回のキーカードはエレキブル!
確かに単発の威力は弱い。
それでもサンダーシュートでは最大で計300のダメージを叩き出せるぜ!」
エレキブル HP100 雷 (L3)
雷 プラズマ 30
自分のトラッシュの雷エネルギーを1枚、このポケモンにつける。
雷雷雷 サンダーシュート
エネルギーがついている相手のポケモン全員に、それぞれ50ダメージ。[ベンチへのダメージは弱点・抵抗力の計算をしない。]
弱点 闘×2 抵抗力 鋼−20 にげる 3