110話 そして、はじまるZ
「やっぱりこいつは外せないよな」
バクフーングレート。修学旅行で船井さんと戦った時とかもお世話になった、俺のフェイバリットカード。
それをデッキの山に乗せ、これで完成だ。明日に迫ったアルセウスジムに対しての最終調整もこれで終わりだ。良い時間になったし、お風呂にでも行こう。そう思って立ち上がったときだった。
「あれ」
どこからかいきなり一枚のカードが落ちてきて、足元に。拾い上げれば見覚えのある懐かしいカードだった。
「これは……」
『翔、誕生日プレゼントだ。このカードを大事にしてやれよ』
もういつだったか忘れてしまったけど、今はもういない父さんが何歳かの誕生日のときにくれたカードだった。
大事にしまってあったはず なのに突然現れたのもなにかの縁かもしれない。予備のために作っていた二個目のデッキの方に、思いつきで今のカードを一枚乗せる。
「翔、お風呂入るの? 入らないの? 先に入っちゃうよ?」
「あー、今から入るからちょっと待って!」
お守り代わりに入れたカードが、きっと俺を見守ってくれるような、なんとなーく。本当になんとなくそんな気がした。
「え、姉さんも一緒に行くの」
「悪い?」
「いやあ、悪いっていうか」
天気は良好、気分も上々。さあアルセウスジムに出発だ、というところで玄関に向かうと、姉さんが後ろから着いて来た。姉さんがアルセウスジムのイベントに出るのは分かってたけど一緒に来るなんて。
悪いというか、この歳なのに姉弟で一緒に外に向かうなんて若干恥ずかしい。いや、だってねえ。特にどっかのハゲにお前もシスコンじゃんとか言われると腹が立つ。
まあでも着いてきたものは仕方ないとして、とにかく出発だ。
最寄の駅からいくつか乗り継いで、会場のある駅まで着いた。そこからはさらにバスで運ばれ、何度か名前を聞いたことがあるような、大きなホールに辿り着く。
そんな個人が開く(と一之瀬さんから聞いていた)大会なのに、こんなでかいとこを借りたらお金がすごいことになるんじゃないの! と思っていたが、ホール全体ではなくホールの一室(部屋といっても相当な広さ、学校の体育館くらいはある)を借りるらしいです。それでもお金はかかるでしょうけど。
会場に着くなり既に人が相当な数集まっており、地べたに座り込んでカードで遊んでる人がいたり、談笑してる人がいたりと時間までまだ十五分はあるのに相当盛り上がっている。
「おっす翔!」
「お、蜂谷。はえーじゃん」
「お姉さんと来るなんてもしかして翔もシスぶへっ」
「一緒にすんな」
「うわー、笑顔で殴ってるぞ」
「恭介もいたのか」
「いたよ。にしても待ち合わせには早い翔にしては俺らに遅れを取るとは珍しい」
「それは俺が言いたいし。なんで、いつもお前ら遅いのに」
「まあ、蜂谷が時間を一時間早く勘違いして俺んちに迎えに来ただけなんだけど」
「あ、ああ。ご愁傷様……」
やっぱりそんなもんだと思ってたよ。
ふと入り口を見やれば、拓哉と風見が並んでやって来た。遅れて向井と薫。その四人があっという間に八人の輪が出来上がりだ。
「おい、翔あれ」
適当に駄弁っていると何かを見つけた恭介にわき腹を小突かれる。必死に指を指す方に向けばクラスメイトの黒川までもが。最近全然喋ってなかったけど、ポケカしてるのね。
相変わらずの黒い服にポニーテールと睨むようなきつい目でございます。ふと目が合ったが、何の反応も見せずにどこぞに歩いて行った。あの視線には思わずちょっとビビった。
「久しぶりね」
「あ、松野さんいつの間に」
「君が余所見してるうちよ」
背が低いから気付かなかっただけ──、と言おうとしたが殺気のようなものを感じてやめた。
この決断には自信があるぞ! 我ながらファインプレーだ。生死の間際を見た。
「そういえば松野さんも参加するんでしたっけ」
「ええ。一之瀬君にまあ半ば強制的に連れられてねえ。私も昨日イベントの視察行ってきたばっかで忙しいのに、もう」
「それはお疲れ様です。でも肝心の一之瀬さん見てないですね」
「手伝いか何かじゃないかしら? 知らないけども」
『あ、あ、あー。マイクのテスト中』
突然スピーカーから一之瀬さんの声が聞こえてくる。噂をすればなんとやら、裏方でもやっているのか。
やがてホールのメインステージに綺麗な顔をした色素の抜けた白い髪の眼鏡の男が、恐らくさっき調整されたと思われるマイクを手に持って現れる。
『えー、本日はお集まりいただきありがとうございました。予定よりも二分ほど早いですが、参加希望された方全員がお集まりなようですので早速始めさせていただきます』
あの男が主催者か。でも一々チェックされたはずでもないのによく全員が集まったって分かったなあ。
やっぱりこういうイベントをやる人ならそれくらい出来て当然なのだろうか。
『今回はアルセウスジムの対戦会にご参加いただきありがとうございます。今から各種ルール説明を致しますので、ご清聴願います。一度しか言いませんので、聞き忘れが無いようお願いします』
声の真剣味に気圧されて、ざわついていたホールが鎮まる。座ってカードをしていた人もかたずけて立ち上がり、皆揃って前の男を向く。
『初めに、初対面の方が多いと思いますので念のために自己紹介からさせていただきます。今回のイベントの起案者であり司会、それと参加者でもあります有瀬 悠介(ありせ ゆうすけ)です。それで、今回のルールですがトーナメントやリーグ戦、総当たりをする訳ではありません』
総当たりはどう考えても無理だろうが、こんな大人数(ざっと見た限り最低でも五十は余裕でいる)が集まってるのにトーナメントやリーグ戦をしないとはどういうつもりだろう。
何かもっと斬新なやり口でもあるのだろうか。そう思っていた矢先。
『誰でもいいです。誰でもいいので、三人と戦って勝てばいい。それがルールです』
「はい?」
間抜けな声を出したのは俺だけじゃない。周りも同様に訳の分らぬ顔を浮かべ、騒がしくなる。
こんなに人がいるのにたった三人とだけ? そんな馬鹿な。
ざわめく場を、有瀬は『ただし』の一言でぶった切る。
『一度でも負けは許されません。必ず三連勝する必要があります。また、三連勝でなくてもそれ以上勝利を積み重ねても構いません。三連勝以上した方が私の場所に来る。それが勝利条件です』
さっぱり意味が分からない。それならトーナメントをした方が盛り上がるだろう。
全然意図が見えてこない。何をしたいのかがさっぱりだ。呆れ顔をした者まで見かける。
『ああ、言っておきますが今このホールから退場することは出来ないということを忠告します』
本当か? と騒ぎが起きる。一人のいい体格をした男が実際にホールの扉を開けようとするも、嘘のようにビクともしていない。変わり変わり人が立ち替わって挑戦するも、てこでも動かない。押しても、引いても。タックルをしてもだ。
他の出入り口と思わしきところにも人が駆け込むが無意味のようだ。しかも騒ぎに乗じて駆け込んで行った恭介、向井はどこにいるのか分からなくなってしまった。このホールに窓とかそういったものもない。完全に閉じ込められた。そんなことをする必要があったのか?
一方の有瀬はそれをスルーしたまま説明を続ける。
『なお、対戦の際はハーフデッキでもスタンダードデッキでも構いません。相手方に逐一確認を取ってください。そして、今からが重要な事項です。事前にお配りしましたオレンジ色のブレスレット、ありますね。それを装着してください。それが勝利数を記録するものになっております』
鞄からオレンジ色のブレスレットを取り出して、何も考えずに言われた通りにつける。ふとなんとなく思ってブレスレットをはずそうと思ったが、あれ、どういうことだ。
「ちょ、蜂谷。これはずれないんだけど」
「嘘? あ、ほんとだ。ふんぬううううう! ダメだはずれねえ」
「え、ほんと? あたしもうつけちゃったよ」
「僕も……」
『このブレスレットは特殊な素材で作っていますので、アルセウスジムが終了するまでははずせません。なお、皆さんが装着しないとイベントの進行に差し支えが出るのでご協力お願いいたします』
一抹の怪しさを覚えた人がいるかもしれない。しかし実際にフロアから外に通じる唯一の扉が開かないとなった以上、黙って従うしかない。
周りはまだ和やかさを保っているものの、訝しんでいる人も俺以外にいるかもしれない。
「風見」
「分かってる。だがどうしようもないだろう」
どうしてこいつは平然としてるんだ。取り乱してる俺が恥ずかしくなってきた。
しかし自由に戦って三連勝以上しろという以前に、大人数が戦うにしてはこのホールは広さが物足りないんじゃあないのか。
『皆さんの装着を確認し終えました。あらかじめ言っておきますが、参加者はこのホールにいる全員。もちろん私もです。計六十七人ですね』
人数は多いが、それ以前にどうやって全員がブレスレットを装着したのを確認したんだ?
そう勘繰ろうとしていたところにそれは突然来た。
まず、大きくホール全体が縦に揺れるような衝撃。その後にホールの床全体が鮮やかな黄緑色に光り出す。
あまりの眩しさに目が眩み、まともに下を向いていられない。揺れも収まる気配が無い。ゴーンと工事現場で聞くような、体に響く鈍い音が鳴る。
周りから数多もの驚愕の声や悲鳴が響く。阿鼻叫喚、まさにこのことだろう。ここまで揺れてるのに立っていられるのがもはや不思議なくらいだ。黄緑の光も床だけでなく壁から、やがて天井からも発せられて飲み込まれた形になる。ホールごと、この謎の光に包まれてしまった。
『私は「山」エリアの最奥部にいる。何人がそこまでたどり着けるか、楽しみにしている。そうだ、タイムリミットもかけさせてもらおう。朝日が二回昇るまで、がタイムリミットにしようか』
「山エリア? 二回目の朝日? どういう意味だ!」
『奥村翔。慌てなくてもすぐに分かる。そうそう、一番大事なことを言い忘れてたが、タイムリミットまでに私に会えなかった者及び対戦で一度でも負けた者は──』
『消える』
どういうことだ、と問いかけようとした途端、眩さがより強くなってまともに目が開くことさえ出来ない。
「翔!」
「姉さん!」
かろうじて光の中で姉さんを見つけ、手をつなぐだけで精一杯だった──。
「翔、翔。……翔!」
「あえ、姉さん……」
「ここ、どこ?」
「どこって」
視界が薄ぼんやりしたものから感覚を取り戻し、徐々に澄み渡っていく。
まず自分がどこか柔らかいところに寝転がっているのが分かって、視界には俺を覗きこむ姉さんの顔と真っ青な空。
空?
慌てて上半身を起こす。その途中で姉さんとぶつかりそうになったがそんなことよりももっと明らかな異変があるじゃないか。
なんで空なんだ。いや、周りを見渡せばなんだここ。足元には背のかなり低い草が生えている。
しかも周りには俺と姉さんしかいない。あんなにたくさんの人がいたのにどこに行ったんだ。
ちょっと整理をしよう。俺たちはホールに集まって、そこで変な光に包まれて、気付いたらこんな場所にいた。そう、俺たちはホールにいたはずだったのに……。
とりあえず状況把握をしよう。遠方を臨めば、森と思われる一帯がある。更にその森の向こう側には、聳え立つようなかなり大きな山が。
『私は「山」エリアの最奥部にいる』
有瀬の言ってたことはこういうことか。三連勝以上して、山の頂上(?)にいる有瀬の元に行く、それがこのイベント。
ルールは分かった。いいや、ルールだけは分かった。
それをする意図、今俺たちがいる場所、あの光はなんだったのか、どうやってここに来たのか。さっぱり分からない。
「やっぱりだけど携帯とかの通信機器はさっぱり」
「まあそれはそうだろうなあ。とりあえず姉さん以外にも、他のやつらと合流したい」
「そうよねえ。あたし達は偶然傍にいたけど、この様子だと皆バラバラに散らばったみたいだし」
あの光の中で最後に、俺と姉さんが手をつないでいたから一緒にいるだけなのだろうか。
いや、それよりもやっぱり有瀬の最後に言った事が気になる。
負けた者は消える。
消えるといえばかつての拓哉の能力(ちから)がそれに近い感じのモノだった。
やはりこの有瀬も能力者なのか? だとしたらなぜ一之瀬さんがその有瀬を手伝うような事をするんだ。
それと、能力者説がある以上、有瀬の言うように負ければ本当に消えるかもしれない……。
腹の底が急に冷える。見えない何かに圧迫されているような気がして気分が悪い。
「翔、大丈夫?」
「少なくとも良くはない、かな」
「にしてもすごい凝った舞台セットねえ。この草も本物っぽいし」
これが本当に舞台セットならどれだけ良かったか。どうせこれも能力か何かじゃないのか。
こうなった以上どうしようもない。今考えると、風見は退路を断たれたときからもう覚悟を決めていたかもしれない。
それに有瀬には山ほど聞きたいことがある。だったら力づくでも行くしかない、何が何でも、何がどうなっても有瀬の元に。
「姉さん、勝ちに行こう」
「いきなりどうしたのよ」
「いや、もうこうなった以上どうしようもないからやるしかないなって」
そうだ。やるしかない。
何が何だか分からないけど、確実で唯一の情報は勝てばいいそれだけ。最初から俺たちに選択肢なんて無かったんだ。
そう。選択肢なんて無かった。
負ければ消える。最悪のデスゲームが、始まる。
翔「今回のキーカードはバクフーングレート。
アフターバーナーはリスクはあれど強力なポケパワー。
フレアデストロイも非常に強いワザだぜ」
バクフーン HP110 グレート 無 (L1)
ポケパワー アフターバーナー
自分の番に1回使える。自分のトラッシュの炎エネルギーを1枚、自分のポケモンにつける。その後、そのポケモンにダメカンを1個のせる。このパワーは、このポケモンが特殊状態なら使えない。
炎炎無 フレアデストロイ 70
このポケモンについているエネルギー1個と、相手のバトルポケモンについているエネルギー1個を、トラッシュ。
弱点 水×2 抵抗力 − にげる 2