53話 PCC予選
聞いた話によると、カード部門は予選は普通にバトルベルトを使わないでテーブルを使用し、決勝トーナメントからはバトルベルトを使用するということらしい。
展示場Cの入り口でポケモンだいすきクラブのカードを提示し、そのあとセキュリティーチェックと手荷物検査を受けてようやく会場内に入る。
入ったその先、展示場Cには大量のテーブルとDSを置いた台が綺麗に並んでいる。
「思ったよりも味気ねーなぁ」
蜂谷がぼやいた通りである。真っ白な壁と地面に、青く着色された柱が十本近く並んでいる展示場Cに、緑のプレイマットが敷かれたテーブルだけでは味気がない。ゲームの方では用意されているDSも、そのDSを置いてある机も白なので、会場全体が虚しさを放っている。
「まあ大会は普通こうだよ」
公式大会に初めて参加するのは恭介と拓哉と蜂谷と向井の四人。四人の顔はどこかしら少し興奮が混じって見える。
「おっとすみません」
背後から誰かと浅くぶつかった。保護者らしき男の人が、人の多い会場を駆ける子供を追っている。
「修也ー! 待ちなさい」
親になるっていうのは大変なんだなぁ。感慨にふける先、その男の人とクロスするように小さな女性のシルエットが現れる。
「一か月ぶりくらいかしら?」
あの人は、クリーチャーズの。確か松野さんだったかな。
前回会ったときのレディーススーツと違って、ベージュのシフォンタックワンピに茶色のパンチングベルト、そしてヒールの高いベージュのスプリングブーツ。前回会った時のレディーススーツがピシッとしている印象を与えたせいで、大人の女性というイメージが強かったのだが、何だかやけに可愛らしい服装を着ていてるためどんなキャラかが掴めない。
「風見くん、翔くん、藤原くん。ちょっと」
「あの人誰? 知り合い?」
「うわー! まさか藤原まで女の子の知り合いが!」
後ろから石川や蜂谷の痛い目線を受けながら適当に手を振って松野さんに着いていく。時間が時間なので、俺らを除く四人のエントリーを石川に託したのだが、恭介や蜂谷みたいなクセのあるやつをなんとかできるかな。
俺たちは松野さんと共にスタッフのみしか入れない部屋にでも行くのかと思えばそうでもなく、ついた先は会場の隅だった。
松野さんは携帯電話を操作して、俺達に画面を見せる。
「今回の大会に参加してる能力者は二人。一人目は『高津 洋二(たかつ ようじ)』。丁度そこの柱の傍にいるわね」
松野さんが指さす方向には、柱にもたれかかって携帯電話をいじくる男がいる。こいつの能力は「影響直受」という名前らしく、ワザのダメージが実体化するものらしい。しかしプレイマットでの戦いでは能力が発動しないとのこと。
「そして二人目が『山本 信幸(やまもと のぶゆき)』よ。うーん、見当たらないわね、まあここに写真があるからいいけれども」
携帯電話に映っている写真には、黒縁の眼鏡をかけた不健康そうな男がいた。これがこの間聞いた、「意識幽閉」の能力をもつヤツらしい。こいつに負けると病院送りは必至、意識不明になってしまう。
「対戦表までは操作できないから、予選で当たるか決勝戦で当たるかなんてのは分からないわよ」
三人とも同時に固唾を飲み込む。どことあらぬ方向に意識を向けていたが、松野さんが携帯を閉じる音によって現実に引き戻される。
「そもそもこの二人に戦う前に負けたら承知しないわよ。さ、また後でね」
さっさと去りゆく松野さんを見て、この人は精神が強いなと思わずにはいられない。俺の心臓の鼓動は緊張のせいで早くなっているのに、松野さんの顔はそういう類の感情がまるで浮かんでいないように見えるのだ。
「こいつらに当たろうが、当たらなかろうが、俺は勝つ」
藤原(性格の悪い人格の方)が反吐でも吐くように呟き、エントリーに一人で先に向かう。追いかけようとしたときには既に雑踏の中に紛れて姿が見えなくなっていたのだが。
……あいつ、大会初出場なんだからちゃんとエントリー出来るかが心配だな。
「翔、さっさとエントリーを済ますぞ」
「そうだな」
藤原の後をつけるように、俺と風見もエントリーをしに人ごみの中に歩み寄る。
「俺のターン! 手札の炎エネルギーをつけてバクフーンでサワムラーに攻撃。気化熱!」
PCCはゲームもカードも共に、小学生以下と中学生以上の二部門に分かれる。もちろん俺たちが出るのは中学生以上の部門だ。
そして予選は同じ勝ち数の人が適当に対戦することになる。分かりやすく砕いて言うと、自分が今0勝なら対戦相手も0勝の人で、今1勝ならば相手も1勝。という感じ。その予選で三連勝すると先着三十二名が本戦を進むことができる。予選からも一度たりとも負けることを許されない。
さっきも言ったが、予選はテーブルでの試合で行われる。今俺は二連勝同士のテーブル、つまり予選最後の勝負をしていた。「していた」と過去形なのは、たった今俺のバクフーンの攻撃で勝利が確定したわけで、サイドを引いてスタッフに勝利の判を押してもらったところなのだ。
テーブルから離れて、俺は先に最初にエントリーを行った場所で本戦に進むために必要なバトルシートを貰った。
「翔はえーな!」
恭介が笑いながらこっちにやってきた。その様子だと、恭介も勝ち抜いてきたようだ。
「忘れずに本戦のバトルシートもらっとけよ」
「おう!」
「とりあえず他の奴らの応援しとくぜ」
恭介と別れてテーブルの方へ向かう。試合をしている選手以外は入れないようにテープが敷かれてあり、その周りを囲むように負けた人或いは勝ち抜いた人が応援をしたり、トレードしたりと自由に活動している。
別に風見の応援をする、だとか蜂谷の応援をする、みたく別に誰の応援をするとかは考えてなくて、とにかく目についた奴の応援をしようと思っているので適当に辺りを見渡す。
「俺のターン。ハクリューをカイリューに進化させて攻撃。破壊光線!」
聞きなれた声の方を振り向くと。風見が小さくガッツポーズを組んでいた。風見もこれで予選を勝ち抜きだな。
「行くぜ、ビークインで攻撃だ。ビーパウダー!」
その風見の二つ奥のテーブルで蜂谷が拳を天井に向けて突き上げた。初挑戦ながらも蜂谷が本戦に参戦確定。風見杯での恭介を彷彿させる。
「おれのターン。バトル場のプテラを逃がして、ラムパルドを新たにバトル場に出す。ラムパルド、真空頭突きだ!」
蜂谷の斜め右では石川がおっしゃー! と拳を握る。
「私のターン。グラエナでトドゼルガに攻撃、やけっぱち!」
石川の三つ手前で、松野さんも勝利をしたようだ。ん? よく見ると、松野さんの相手は姉さん。ということは姉さんは予選落ちか。後で適当に慰めておこう。
「そりゃ皆が皆本戦に行けるわけじゃないよなぁ」
「何言ってんだ、んなの当り前だろうが」
俺のつぶやきに応えるように、背後から拓哉の声がした。
「勝ったのか?」
「当たり前だ、この俺を誰だと思ってる」
「はいはい、藤原拓哉だろ」
他にも勝ち抜けを決めたメンバーが集まってきた。しかし本戦は一時から始まるとのことなのでそれまで昼飯を食う事になった。昼飯を用意してるやつ、してないやつなどいろいろいるので基本的に各自自由行動になる。
「翔! 一緒に飯食おうぜー!」
石川が俺の肩をバシバシ叩きながら笑顔で言ってくる。手加減ないから痛い痛い。
「分かったから叩くのやめっ、ちょマジ痛い!」
ようやく叩くのをやめてくれた石川は、「ちょっと待ってて」と鞄をごそごそ漁る。
そんなとき背後から俺を射す視線に気づいたので、振りかえってみると風見がいた。
「翔、ちょっと」
「分かった。石川、悪い! すぐ戻るから待っててくれ」
「はっ? ちょっと翔!」
不貞腐れた石川を置いておくのは気が引けるが、風見の真剣な表情が大きな事情───恐らく能力関係だろう───があることを物語っていたのでそちらを優先させていただく。
「能力者は両方とも予選抜きをしたようだ。高津は前述したとおり、プレイマットの試合なので影響なし。一方の山本は能力が作動して、負けた三人は皆一旦救護室にいるようだ」
「……」
「藤原のときのように、山本に勝てば意識を失った人々が戻ってくるかもしれない。俺達次第だ」
「そうだな……」
風見が俺の肩を軽く叩く。そしてそのままどこかへ去って行く。
どうしようもなくなった俺は、石川の元に戻ることにした。
翔「今日のキーカードはビークごふっ!」
蜂谷「今日のキーカードはビークイン!
状態異常に火力上昇。なのにエネルギーコストは悪くないんだぜ!」
ビークインLv.44 HP100 草 (破空)
ポケボディー みどりのいげん
このボディーは、自分のサイドの枚数が、相手のサイドの枚数より多いなら、はたらく。このポケモンが使うワザの、バトルポケモンに与えるダメージは、自分のベンチの草ポケモンの数×10ダメージぶん大きくなる。
草 ビードレイン 20
相手に与えたダメージぶんのダメージカウンターを、自分からとる。
草無 ビーパウダー 50
コインを2回投げ、すべてオモテなら、相手をどくとやけどとマヒにする。
弱点 炎+20 抵抗力 闘−20 にげる 1