43話 かーどひーろー
眠れない。あんな話を聞いてしまった日だ。
実際に拓哉という前例があるだけに信じるほかないが、あんなのが二十人もいる。恐ろし過ぎる。
「どうしたの? 翔」
「いや、なんでも。ちょっと水飲みたくて」
隣の布団で寝ていた姉さんを起こしてしまったようだ。別に水は欲しくなかったけど、言ってしまったものなので蛇口の水をひねり、コップの水を飲む。
能力者は負けると能力(ちから)が失われてしまうらしい。理由は分からんが、だいたい負ければ能力が消えると考えていいだろう。
『このまま不祥事が表立ってしまったらポケモンカード自体が完全に信用を失ってしまうの。我儘なのは承知よ。でもこれもポケモンカードの、いや、むしろポケモンの存続のためなの!』
松野さんが言っていたセリフ、あれはやっぱり脅しだ。強烈な脅し。卑怯過ぎる……。
「なあ、翔。この辺でシングル買い(カードをパックで買わず、カード屋で一枚だけカードを買うことをシングル買いと言う)出来るカード屋あるか?」
日曜を挟んで月曜日の放課後。恭介がそんなことをふと尋ねてきた。
「カード屋? あるっちゃあるけど学校からそれなりに距離があるぜ」
「どれくらい?」
「自転車で二十分するかしないかかな」
「それなら行けるじゃん! 蜂谷も誘っていいか?」
「おう」
「よし、先に駐輪場行っといてくれ」
と言うなり俺の机を離れ、廊下に出ようとしていた蜂谷の元へ駆けだす。背後から急に肩を叩かれ驚いた蜂谷だが恭介の話を聞いて嫌そうな顔がどんどん好奇の顔に変わる。
そんな二人を傍目に先に学校の駐輪場に向かうことにした。
「うおおおおおおおお、さみいいいいいいいいいいいい」
「寒いぞちっきしょおおおおおおおおおおお」
「うっせえええええ」
本日の最高気温はわずか八度。五時くらいで日も傾き始めた今では五度切ってるんじゃないかな?
そんな寒空の下を男三人が自転車に乗って道を爆走している。しかもそのうち二人は寒さにやられてしまった。こいつら五月蠅い、一緒にいて恥ずかしい!
「っておまえら道知らないクセに勝手に俺より先行くな! ってそこまっすぐじゃない! 曲がれえええええ! 左に曲がれえええ!」
俺も叫んでしまってる。どうやらもうダメみたいだ。
そんなややこざがあって二十三分かかってようやく着いたカード屋「かーどひーろー」は珍しくポケモンカードをシングル買いできるカード屋である。
ポケカは他のカードよりも置いてる店が少なく、シングル買いになるとより少なく、売ってくれる店となればさらに少なくなる。というのも理由がちゃんとあるのだ。
一応子供向けであるポケカは主に大人が集まるカード屋ではあまり人気ではない。シングル買いになると同じくだ。あんなスペースをとるのに客が来ないとなればもうやる意味がない。
売ってくれるのはまたちょっと違い、いわゆるポケカショックというやつだ。恐らくほとんどの方はご存じだろうが、ポケカは裏面が変わったことがある。そのおかげでポケカを見限ったカード屋が多い。裏面が変わるということは対戦では絶対使えなくなる。まあ、今もレギュ落ち(ポケカのシリーズが変わると、前のシリーズが大会で使えなくなることがある。そのことをレギュ落ちという。最近新シリーズLEGENDに移行したためWCS2010でDPシリーズが使えなくなる)が存在するんだけども。まあもう一度裏面が変わるかもしれないということで売り手が増えても買い手がつかなくなる。ということで売れる店は基本ない。売りたい人はヤフオクでなんとかしてください。
「早く入ろうぜ」
「言われなくてももちろん」
自転車を店の傍に止めてカード屋に入る。かーどひーろーは一階は普通のカード屋である。あちこちに棚があり、遊戯王、ポケカ、ヴァンガードのシングルがある。二階はカード屋によくあるデュエルスペース。ジムチャレ(ジムチャレンジのこと。ポケカの店舗公認大会。詳しくはポケモンカードゲーム公式サイトなどで)もここで開かれることがある。また、デュエルターミナルも二台置かれている。
「うおおおお、いっぱいカードあるじゃん!」
「とりあえず静かにしてくれ」
「いやだって翔よ、こんなにカードあるなんて思ってなかったもん。なあ恭介!」
「うんうん」
「いや、あのさ」
俺よりも十センチ以上背丈の大きい二人の肩に手を置き俺の口元に無理やり二人を近づけ、店主に聞こえないように小さな声で話しかける。
「店主いるじゃんか、あの人すっげー無愛想でむしろ怖いくらいだからあんまりそんなんされると追い出されるかもしれないからさあ」
「それは困る」
「だったら静かにしてくれよ」
「分かった、分かった、心配すんな」
だといいんだけど。こいつらは元がうるさい。先生が静かにしろと言ってまともに静かにする試しがほとんどない。つまり心配するし信用もしない。
巻き添えはごめんだと思って俺は二人から離れ、先にカードを見始める。
バシャーモFB LV.X1820円か……。結構下がってきたな。DPt1のバシャーモの値段も下がってきた。他のカードも値段変動が若干あったみたいだ。これがあるからどのタイミングでカードを買うかが迷ってしまう。
そしてショーケースから離れて今度はカードが雑多に積まれている十円コーナーを見る。
「おっ」
アンノーンGが十円かよ! これは買いだな。ハマナもミズキもあるじゃんか。破れた時空もマークか、いやいや迷うなら買いだ。店主、価値わかってねえな。
その後もカードを見続け欲しいカードを手に持ち、レジの傍にある紙切れとボールペンを取って再びショーケースに戻る。
カード屋は主に盗難防止のために高いカードはショーケースに入れてある。で、そのショーケースに入ったカードをどう買うかというとだいたい二パターンある。
一つ目は店の人をショーケースまで呼び寄せ、これが欲しいと直に訴える方法。
そしてもう一つは店に紙切れとボールペンがあるのでそれに欲しいカードの番号(ショーケースの中のカードにはカードの下に番号が書かれたタグが置いてあることが多い)を書く。かーどひーろーは後者だ。
欲しいカードを書いた紙をレジに持っていくと、店主がこれでもかというほどめんどくさそうに立ち上がり、うわめんどくせえというオーラを体から発しながらショーケースに向かって歩き出す。
先ほども述べたがこの店主、愛想が最悪である。ちなみに髪の毛の残り具合も最悪である。大抵は二階のデュエルスペースでこれまたクソめんどくさそうにぼんやり座ってるだけなのだが今日は割と珍しくレジにいた。普段は三人いる店員のうち誰かがレジの番をしているというのに。
「これかい?」
背後で聞こえるデュエルターミナルのデモプレイの音声よりも声が小さくていちいち聞き取りにくい。
「はい」
ショーケースの鍵は足元当たりについている。いちいちショーケースを開けるためには屈伸運動をしなくちゃいけないのでこの店主はそれがどうも嫌いなようだ。別のショーケースにすればよかったのに。
「1910円ね」
何言ってるかわからない(聞こえない)のでレジの表示を見て財布から二千円を差し出す。ちゃんと90円帰ってきました。ちょっと帰ってくるか不安だった。
「恭介、蜂谷、先に上で待ってるわ」
「おう」
「分かったぜ」
ポケモンとデュエルマスターズのスペースの間に階段があるので登っていく。この階段横が狭くてすれ違うとなると大変である。そして傾斜がかなり急な作りになっている。
登り切った先の二階はパイプ椅子とテーブルが綺麗に並べてあり、全部で二十四席ある。ただ、かなり大きな窓がついているためこの季節では窓際はかなり寒い。
休日はそれなりに混んでいるものの、今日は男か女か分かりにくい中学生か高校生かくらいのヤツが一人いるだけだった。ポケカをしているが知らない人だろう。ここで行われるジムチャレに何度か来たが、見たことがない相手だ。
しかし、そいつは俺を見るなりどこか聞き覚えのある声で話しかけてきた。
「翔、久しぶり」
と。
翔「今回のキーカードだ。って言っても名前だけだけど。
ポケパワーのGUARDが非常に強力!
相手の強力なワザの効果をシャットアウトする究極のメタカードだ!」
アンノーンGLv.17 HP50 超 (DP4)
ポケパワー GUARD[ガード]
このポケモンがベンチにいるなら、自分の番に1回使える。このポケモンについているすべてのカードをトラッシュし、このポケモンを「ポケモンのどうぐ」として、自分のポケモンにつける。このカードをつけているポケモンは、相手のワザの効果を受けない。(ポケモンについているかぎり、このカードは「ポケモンのどうぐ」としてあつかわれる。)
超無 めざめるパワー 50
自分にダメージカウンターがのっているなら、このワザのダメージは「10」になる。
弱点 超+10 抵抗力 ─ にげる 1