16話 終わり良ければ全て良し
次に目が覚めたときは、寝過ぎたせいか逆に疲れてしまったような感じがあった。
そして枕元にいたのは由香里ではなくて一之瀬さん。
「大丈夫かい?」
「はあ」
寝っぱなしなのも悪いと思ってゆっくり体を起こし、ベッドに腰掛ける体勢へと体を運ぶ。
「さっきはごめんね」
和田との対戦のことなのか、黙って巻き込んだことなのか、果たしてどっちだろう。
「説明も何もなしにあんなことに巻き添えにして本当にすまない」
「まあ貴重な経験でしたし」
皮肉っぽく言い返せば、一之瀬さんは手厳しいなあと笑いながら頭を掻く。こんな経験、もう二度と味わいたくない。思い返すだけでゾッとする、きつい経験だった。絶対夢にも出そうだ。
「改めて説明すると、現在日本全国に彼女のような能力(ちから)を使う能力者が多数現れているんだ。そして彼女の能力はワザの衝撃を相手の肉体の内部に与えるっていうもの」
バグオングの騒音なんかが良い例か。確かに、外傷を受けたとかとは違う痛みが襲って来ていた。
「まあ確かに内側に衝撃来ましたけど、あの真っ暗なヤツは何なんですか? 衝撃関係ないですよね」
「アレは僕自身もよくわからない。なぜ衝撃じゃないのか。可能性としては、あのダークライLV.Xのワザ、永遠の闇が具現化したとか」
まあ、確かに闇に包まれて視界が奪われたと考えたら具現化というのも頷けるけどもやーっぱり衝撃とかとは関係ないよなぁ。
いや、今は分からないことは後にして、分かることを一つずつ判明させていこう。
「あの、一つ聞きたいことがあるんですが」
「なんだい?」
「一之瀬さん、あなたは何者なんです? こんなことまで知ってるなんて。仕事でここに来てるとは言ってますが」
「僕かい? うーん僕は、まあ分かりやすく言えばポケモンカードを作ってる会社の社員。って言えば分かるかな?」
その発言からクリーチャーズと思われる。なるほど、パンピーではなくそういう立場であるなら、能力とかいうのに関する知識があっても当然に思える。
「僕たちは全国にいる能力者を倒すために尽力してるんだ。こんな変な能力だかなんだかで僕たちのポケモンカードゲームが汚されちゃあ堪んないからね」
「なるほど」
「まぁとにかく君のお陰で今回は本当に助かった。何度も言うけどありがとう」
と言うと一之瀬さんは腰かけていた椅子から立ち上がった。
「また何か機会があったらよろしくね」
「えぇー……」
よろしくしたくねぇ。一之瀬さんは、はは、と軽く笑って部屋から出ていった。
一之瀬が啓史のいた部屋を出ると通路の壁に杉浦がもたれかかっていた。
「あれ、杉浦くんは森くんを看なくていいのかい?」
杉浦は黙ったまま首を右にやる。一之瀬はそれに釣られてその方向に目をやると、由香里がやってきた。彼女は二人を一瞥すると部屋に入って行く。
「なるほどね」
「一之瀬さんの込み入った話の後は今度はこれだから、ゆっくりしたくても出来ないですし」
「そうかい。それじゃあ僕は帰るよ。君たちもあの部屋はそのままにして帰っていいから、あまり遅くならないようにね」
そう一之瀬が言い残して通路を去ろうとしたとき、杉浦が逃さず声をかける。
「あんたが公式の社員っていうことは分かったけど、他にもなんか隠してへんか?」
その言葉を一之瀬は振り返らずに受け流し、一度足が止まっていたものの再び通路を歩き始める。
「正直あんたをイマイチ信用出来ひん。もし啓史らにまた何かするんやったら絶対許さへんからな」
杉浦の言葉に耳を傾けることなく、一之瀬は足を止めることなく通路を進んで行った。
もう夕陽も沈みかけている頃合いの、大阪湾近くに位置するインテックス大阪。激戦があったとは思われない、嵐の過ぎ去った後のような静けさを伴った会場を出た一之瀬は携帯電話を取り出す。
「もしもし、一之瀬です。和田奏の敗北と能力が使えなくなったことを確認しました。明日には東京に戻ります」
一之瀬は彼の上司の松野藍にそれだけ連絡をいれると、携帯をポケットに戻そうとする。
しかしそこで携帯がけたたましく鳴り出した。訝しげに画面を見れば、見たことのない電話番号だ。不審に思ったが、直感的に電話を受けてみる。
「もしもし?」
『久しぶりだな』
それは一之瀬が知っている男の声だった。そして彼にとって重要な人物だ。
「あぁ、貴方だったんですね。貴方が携帯なんかを持ってるなんて微塵も思ってませんでした。それで、用件は? 能力絡み?」
『流石の洞察だな。こちらは夏までに準備が整う』
「夏、ですか。遠いですね」
『そう文句は言わないで欲しいね。こっちだって現状維持しながら準備を進めるのが大変なんだ。だから君の手も借りているのに』
「しかし能力はもう少しなんとかならないんですかね。見てるこちらが辛いです」
『私が能力を与えている訳じゃないし、むしろ私は能力を回収してるくらいだ。そんな文句を言うのは遠慮してくれ。それに能力と言っても時間を止めたり空間をねじ曲げたりしないだけマシだよ』
「まあそれはそうですけど……」
『突如発生した負の感情に反応する次元エネルギー。そしてそのエネルギーがポケモンカードを媒体に、人間にもたらす能力。敗北によって負の感情が弱まり、それに比例するように弱まったエネルギーを私が回収すれば、いまだ放出され続けるエネルギー量を上回れないとはいえ総エネルギー増加量は抑えれるというわけだ。所詮は応急措置だけど、今はこれで凌ぐしかない』
「それは、分かってます。……そういえば和田奏を倒した森啓史のデータベースを後で用意しておきます」
『そうか、検討しておくよ』
「貴方のお気に入りの方は?」
『奥村翔のことかい。彼には他にも個人的な諸用があるからね』
「そうですか」
『夏とはいえ半年はない、あと五ヶ月くらいだ。この次元の歪みを完全に直す。そのために一之瀬、君のその力が必要だ』
「まあどうせ裏方仕事でしょうに」
『いつもすまないね』
「それでは、また」
通話を切った一之瀬はやれやれ、と頭を掻くと、忙しくなるなと呟くのであった。
「本当に大丈夫なん?」
「いつまでもここで寝てる訳にはいかへんやろ」
いつもの威勢の良さが微塵もなく、まるで小鹿のようなか弱い少女になった由香里を見ているのは……。うーん、希少だ。ビデオカメラがあれば欲しいなあなんてどうでもいいことを考えた。
「そんなこと言うても……」
「しょっちゅう人をめちゃくちゃ使うてんのによー言えんな。もしかして心配してくれてんの?」
「うん」
否定されるつもりで軽い弾みで溢れた言葉がまさかあっさり肯定されるとは。嘘やーん。と、言いたかったが、口を「う」の形にしただけで言葉にしなかった。いくら俺が軽はずみジョークをよくするとはいえ、流石に由香里の萎れた表情を察せない訳ではない。潤目な彼女を見るのは本当に何年振りだろうか。本当に心配してくれてるんだな。
「よっこいしょういち」
場を和ませるつもりでくだらない掛け声と共に、体をなんとか持ち上げベッドから立った俺だが、視界がぶれて頭が痛い。急な立ちくらみのせいか足元が覚束なく、いつか環状線で見かけた酒臭いおっさんのように平衡感覚を保てずよろけてしまう。
これは後ろに転ぶ。そう感じたと同時、由香里に右手を握られそのまま引っ張られる。
そこでようやっと頭が覚醒すると、由香里の顔がすぐ目の前にあった。目を潤ませ、口を尖らした由香里は視線をふいと俺から逸らす。
「急にあんなことなったりして、ほんまに心配したんやから」
「本当に心配してくれてんねんな……」
「ばか、好きやないやつのことも心配するほど人間出来てへんわっ……!」
「あ痛っ!」
右足をぐっと踏まれる。こっちを向こうとしないから、照れ隠しのつもりなんだろうか。いい迷惑だ。
さて、果たして友人として好きなのか、もしかすると異性として好きなのか。確かめる術は俺にはないから、
「俺も由香里が好きや」
と返すのがせいぜい俺の限界であった。
耳を赤くした由香里は繋いでいた右手を離し、そんなん言えるんやったらもう行くで、と語気を荒めて部屋から去っていった。
追いかけるように慌てて部屋を出ると、やけにニヤニヤしたタカの顔が最初に目につき、俺も由香里も揃って顔からマントル、猿のお尻もびっくりなほど赤くなってしまった。
インテックス大阪を発ち、すっかり夜になってしまった大阪を三人でくだらないことで笑いあいながら帰路に着くことにした。
あんなことがあったからなのか、それともそれとは関係ないのかは知らないが、三人で気ままに過ごすこの時間がとても愛しく、そして幸せだった。
それから二ヶ月後の四月も下旬、由香里は単身新大阪駅で新幹線に乗車した。
目的は家の用事だが、そのついでに中学時代の旧友、奥村翔との再会をする。それが楽しみだった。
そんな期待を胸に乗せて新幹線は東京へ向かっていく。
さらにその三ヶ月後、つまりPCC大阪から五ヶ月経った七月。杉浦はポケモンバトルのイベントのために、金銭的な問題から新幹線を使わず電車をたくさん乗り継いで東京へ向かった。
彼も関東にいるたくさんの友人と会うことを楽しみにしているが、そこに思いもよらぬ偶然が重なってしまうのだった。
一之瀬「今回のキーカードはアルセウス。
どうしてこのカードかはそのうち分かるさ。
HFを今まで読んでくれてありがとう」
アルセウスLv.100 HP80 無 (DPt4)
このカードは、デッキに何枚でも入れられる。
─ はもんのうねり
自分の場に「アルセウス」が6匹いて、それらがそれぞれちがうタイプなら、自分の山札の基本エネルギーを6枚まで選び、自分のポケモンそれぞれに1枚ずつつける。その後、山札を切る。
無無無 てんのやり
相手のポケモン1匹に、80ダメージ。自分のエネルギーをすべてはがしてロストゾーンにおく。
弱点 闘×2 抵抗力 − にげる 1