15話 最強の助っ人
「……どうなってんねん」
なんということでしょう。和田のダークライLV.Xの永遠の闇を受けた俺は視界を奪われ、プレイングすることが出来なくなっていた。
最初こそ現状をきちんと掴めなかったから焦らなかった俺だったが、徐々に何がなんだか分からない恐怖とどうすれば解放されるのかという思想の負のスパイラルに頭から突っ込んでいた。鳥肌総立ちの腕がぷるぷるで、手札を落としてしまいそうだ。
「さあ次のポケモンを選べ」
脅すように和田が冷たく言い放つ。正常な思考が出来ない俺を余計にパニックにさせようとしているのか、流石に今の俺でもそれくらいは分かる。
『――くん』
「ぬわっ!」
今度はバトルテーブルから声が聞こえた。この機械喋るのか!?
『森くん聞こえる!? 一之瀬です、僕が分かるなら返事をしてくれ!』
どうやら声は一之瀬さんの物らしいが、どうしてバトルテーブルから声がするのか全然見当も付かない。
「きっ、きっ、聞こえますっ!」
なんとか返事をしたが、恐怖で歯が震えていたせいで上手く発音出来ない。
『あらかじめ君に渡したバトルベルトには僕がモニターを通して通信出来るように仕組んでたんだ。言わなくてごめんね。そして君をこんなことに巻き込んでごめん。ただ、詳しい説明とかは今は後回しにしよう。まずはこの状況を切り抜けるんだ』
通信とは言え知ってる人が側にいるかのようで、僅かであるが安心した。落ち着いて、さっきの言葉を反芻する。……待った。巻き込んでごめんって意味だ。
「巻き込んだ?」
巻き込んだってことはあらかじめこうなることが分かっていたっていうことだよな。
「巻き込んだってどういうことなんですか」
『さっきも言った通り、詳しくはきちんと後で話すよ。でも優勢順位は目の前の敵を倒すのが先決だ。ここでのこのこ話をしてたら君の体力が先に力尽きてしまう』
「はいそうですか。って言えるわけないやろ!」
この態度が気に食わない。もう我慢の限界だ。俺は大会に「遊びに」来たのに変なのに巻き込まれて、それでじゃあ倒してください? ふざけんな。自称シェルター並の強度を誇る堪忍袋も木っ端微塵に爆発した。和田とかもうどうでもいいくらいに不愉快だ。
『それもそうだよね。じゃあ細かいことは後にしてざっくばらんに言うと、戦って分かってると思うけど彼女はワザのダメージを対戦相手に衝撃という形で相手に与えることが出来る。そしてその能力(ちから)は彼女が負けることで他の能力者同様失われる』
他のっていうことはまだまだいるのか。傍迷惑だ。
『能力者との対戦には相手の衝撃に耐える体でもなく屈強な精神力が必要だ。たまたま君に白羽の矢が当たったけど、君からはそういうものを感じるんだ』
知ったもんか。何度も言うが迷惑だ。どうしてこんな目に遭わなきゃいけない。腹の底から怒りが込み上げる。胃酸はもう来なかった。教えてくれなかった一之瀬さんに腹が立つ。が、それ以前にやっぱり和田に腹が立つ。何がなんでもこの落とし前はつけさせてもらう。
「それで、どうするんですか」
この気持ちを語気を荒げて一之瀬さんに言い放てば、気持ちはちょっとすっきりしたものの肝心の苛立ちはあっさりかわされた。
『うん。僕は君の状況を確認することが出来る。だから僕が君の目となり――』
「だったらベンチのゴウカザル四の場所分かります? 次のバトルポケモンにしたいんですけど」
『はぁ。ベンチの一番左だよ』
「どこだ? これ……だな」
だいたい手探りでベンチの一番左のカードを見つける。
カードが見えないだけであり、バトルテーブルの配置は覚えている。というわけでこのカードをバトル場に。
ところでバトル場にポケモンを出したときそのポケモンの鳴き声が流れるのだが、そのバトルテーブルから流れた音声は俺が出したはずのゴウカザル四のモノとは全然違っていた。
「な、あれっ、クロバットG!?」
確かに言われた通り一番左のカードを出したはずなのに、どういうことだ。
『さっきは最後まで言えなかったからもう一度言うよ。僕が君の目となり脳となる』
「なっ、これは俺の対戦で」
『悪いけど今の君は冷静さを失ってる。こんな様子では勝てたらラッキーレベルだ』
「そんなことないです! 折角ここまで追い詰めたのにブチ壊されたらひとたまりも……」
いや、ふと我に返れば現に感情的になってる。悔しいが反論出来ない。感情的になって負けたことがあるという経験が、今は黙れと語りかける。
「……クロバットGなんて出してどうするんですか」
『安心してくれていいよ。僕は世界一のプレイヤーでもあるんだから』
「は? 世界一?」
これまた大きく出たもんだ。世界一って、大きく出たもんだ。それでもなんとなく腑に落ちてしまうのは、一之瀬さんがこんなことをしていることと、何かしら事情を知っていることからタダ者ではないということが伺えたからだ。
『そう。僕は前々年度のポケモンカード世界大会優勝者。ちなみに去年は出てなくて……。と、そんな無駄口叩く暇よりだ』
確かに、細かいことは後にするべきである。明確な証拠はないが世界大会優勝者を自称するならそのお手並みを拝見するとしよう。
「俺のターン!」
『手札右から二枚目の炎エネルギーをベンチ左端のゴウカザル四に』
「炎エネルギーをゴウカザル四につけ」
『手札の一番左にあるポケターンを発動してベンチ右端のクロバットGを手札に戻し再びベンチに出してダークライLV.Xにダメージを与えてターンエンドだ』
「ポケターンを発動。ベンチのクロバットGを手札に戻し、そして再びベンチに出してポケパワー、フラッシュバイツ。ダークライLV.Xにダメージカウンターを一つ乗せる!」
フラッシュバイツはクロバットGを手札からベンチに出したときに使えるポケパワーで、相手ポケモン一匹にダメカンを一つ乗せる便利なポケパワーだ。
今のでダークライLV.XのHPは20/100。そうか、ようやく俺にも一之瀬さんの狙いが分かった。ここからは俺一人でも出来そうだ。
「これで俺の番は終わりだ」
「私の番だ。ダークライLV.Xで攻撃、永遠の闇!」
永遠の闇の威力はダークライLV.Xのポケボディーを重ねて70だ。60/80しかHPのないバトル場のクロバットGは気絶してしまうはずだ。
『次のポケモンは』
「ゴウカザル四をバトル場に出す」
ベンチには先ほど出したクロバットGとゴウカザル四の二匹のみ。クロバットGの位置は覚えてるからそうでない方を出せばいい。
「サイドを一枚引いて私の番は終わりだ」
万事OK。この勝負、もらった。
「俺のターン」
『今引いたエナジーゲインをゴウカザル四につけて攻撃だ』
「ゴウカザル四にエナジーゲインをつけて攻撃。爆裂弾!」
エナジーゲインはSPポケモンにのみつけれるポケモンの道具で、SPポケモンのワザエネルギーを無色一個分減らしてくれる優れ物。これでエネルギー一個でも攻撃出来るようになる。
ゴウカザル四は両手に火の玉を作り、それをダークライLV.Xとベンチのバクオングに投げつけている。……はずだ。なにせ見えない。
かろうじて火の玉がぶつかったらしき音だけはした。
爆裂弾は相手ポケモン二匹にそれぞれ20ダメージずつ与えるワザ、これでダークライLV.X0/100は気絶。
それと同時に俺の視界も少しずつ戻っていく。急に強い光が入ってくるから、目を開けるのが億劫になる。
『もう見えるかい?』
「……はい」
ようやく光に慣れて、最後のサイドを一枚引けば、やっと勝ったという満足感を全身で噛み締める。自分の目で見て最後のサイドを一枚引いた。やっと終わった、俺の、勝ちだ!
そう雄叫びを上げたかったのだがなんだか体に力が入らないな……。
まるでマラソンを完走しきった選手のように、体の力がふっと抜けてそのまま体勢を崩し、バトルテーブルに倒れ伏す。
せっかく見えるようになった視界も今度は瞼の重みで徐々に見えなくなり、最後に聞こえたのは……。誰の声だったかな……。
意識は濁流に飲み込まれてやがてなくなっていった。
次に目が覚めたとき、一番最初に見えたのは白い天井だった。
一瞬夢かと思ったが自分の部屋の天井とは違う事と、まだ体に痛みが残って力が入らない点からして、やっぱり和田との対戦は現実だったんだと一人で合点する。
「啓史!」
間髪入れずに悲鳴に近い甲高い声が聞こえる。
「うぅ……」
うるさいなあと言いたいが上手く言葉が出ない。手をゆっくり動かして耳を塞ぐ挙動を行う。それに気付いた由香里が小さくごめんとこぼす。
「急に一回戦終わったら倒れて、試合中でも吐いたりとかして不安やったんやから!」
「怒らんといてや……」
やっと出た蚊の鳴くような声で由香里をたしなめる。まだ視力も万全というには遠いのか、近くにいる由香里がうすぼんやりしていてどんな表情をとっているのかがはっきり分からない。ただ、少なくとも悲しい顔をしているのだろうか、由香里は目尻をぬぐっていた。
「ほんま心配させたんやから!」
「ごめんな……」
あははと笑って見せれば、由香里の深い溜め息が聞こえる。後でまたちゃんと謝らないとなー。
「ところでここどこ?」
「医務室みたいなとこ。試合後倒れたから、ここに担架で運ばれてん」
「そっか」
まだ体にこびりついてる疲労が瞼を閉じろと囃し立てる。由香里には悪いけども少し休ませてもらうか……いや、大事なこと忘れてた!
「せや!」
目をパチッと開かせ勢いよく上半身を起こす。体中に痛みが走って、いたたたと少しこぼす。
「あほ! 無茶するからそんなことに」
「それより聞きたいことがあんねんけど」
「ん?」
「大会どうなったん? PCC」
あぁ、と一拍置いてから由香里は答える。
「あんたはもちろん棄権。あたしもあんた倒れたん見て駆けつけたから二回戦は棄権したわ」
「なんかごめん……」
「ごめんごめんって、別に啓史は何も悪くないやろ? 謝る必要無いって」
「じゃ、ありがとな」
そうだけ言ってよっこらしょう、と上半身を再びベッドに寝かす。そのときまたもやあいたたと痛みが出てくるが、大したことはもうない。
「ちょっと寝かしてくれへん?」
もう瞼も開けてられない。重力に従ってそのまま落ちてきそうだ。いやまあ横に寝てるんだけど。由香里の返事を待つ前に、瞼は一気に下がってきた。それに逆らう術はなく、俺は再び眠りに就く……。
一之瀬「今回のキーカードはクロバットG。
ワザ自体は決して強いわけではないが、
逃げるエネルギー0、そしてなによりポケパワーが勝負の鍵となるかもね」
クロバットG HP80 超 (DPt1)
ポケパワー フラッシュバイツ
自分の番に、このカードを手札からベンチに出したとき、1回使える。相手のポケモン1匹に、ダメージカウンターを1個のせる。
超無 どくどくのキバ
相手をどくにする。ポケモンチェックのとき、このどくでのせるダメージカウンターの数は2個になる。
弱点 雷×2 抵抗力 闘−20 にげる 0