14話 打ち克て!
能力(ちから)の与える影響は多大だ。
かろうじて分かっていることは、それらは人間の負の感情に発現すること。そして、対戦で負けてしまうとその能力は失われたこと。これにはトリックがあるのだが今は後にして、何よりもとにかく、能力者を倒すことが先決である。
しかしそれが大変だ。能力者を倒してくれ、分かりましたと承諾してくれる人はなかなかいない。というよりもいる方が少ないのは言うまでもないだろう。わざわざ危険な目をしてまで対戦を受けたがる人は大概野次馬精神でかつ身の程知らずのような人だろう。
だからこそ、能力者と戦うことになった人には仕方ないことだが事前に知らせたりすることはしない……。だがそれでも可能な限りの協力はする。
そして、僕。いや、僕たちとしては誰が能力者を倒せるかということが知りたい。彼に和田奏を破る力があるかどうか。
吐いた後、もう一度場全体を睨むように見直す。
今の俺のバトル場は雷エネルギー二枚ついたガブリアスC LV.X40/110。ベンチにはエナジーゲインと雷エネルギー二枚あるレントラーGLLV.X110/110。後はゴウカザル四90/90、クロバットG80/80が二匹。ちなみに俺の手札は二枚、サイドは四枚。
一方和田のバトル場には悪エネルギー二枚あるバクオング100/130。ベンチには達人の帯一枚と悪エネルギー二枚あるマニューラ80/100、バクオング130/130、悪エネルギー二枚のダークライLV.X30/100。
そして和田の手札は四枚でサイドは五枚。サイド枚数はこちらの方が少ないのだが、場の具合を見る限り和田の方に優勢が傾いている。
先のターンで仕留めれなかったマニューラを、今度こそ倒してやる。
「俺の番だ」
空回りでもなんでもいい、とにもかくにも心で負けたら糸が切れてぶっ倒れてしまう。さっきから来る衝撃とは違う疲労も来てる……気がするからだ。
「まずはサポーター、ハマナのリサーチ発動! その効果で俺はこの二枚を加える!」
ハマナのリサーチは基本エネルギーまたは、たねポケモンを合計二枚まで手札に加えるカード。その効果によってユクシーと炎エネルギーを手札に加える。
「ガブリアスC LV.Xに炎エネルギーをつけ、ユクシーをベンチに出してセットアップを使い、山札から五枚カードを引く!」
ユクシーはベンチに出したときに手札が七枚になるようにカードを引くことが出来るポケパワー、セットアップを持つ。今の手札は二枚、だから五枚ドローというわけだ。
がしかし引いたカードの大半がトレーナーカード。バグオングの放った騒音によって封じられた今、それらを使うことは出来ない。
「攻撃だ、マニューラにドラゴンダイブや!」
叫び調子な上に元からの疲労もあり、どうでもいい気休めの冗談を口からこぼす余裕がない。
ワザの指示を受けたガブリアスC LV.Xについている炎エネルギーと雷基本エネルギーをそれぞれ一枚トラッシュすることで、ガブリアスC LV.Xは高く跳躍してそのまま流れ星かのようにベンチのマニューラ目掛けて頭から突っ込む。
地響きがきそうな、ズシンと派手な音が響き、煙が起こる。土煙の中から一匹、バトル場に跳躍して戻るガブリアスC LV.Xに対し、マニューラ0/100はそのまま泡を吹いて倒れ伏す。
ドラゴンダイブは相手のポケモン一匹に80ダメージ与え、その後エネルギーを二枚トラッシュするワザ。残り80/100しかなかったマニューラは、これできっちり気絶というわけだ。
「サイド二枚引いて俺の番は終わりや!」
「私のターン」
いちいちこのリアクションの無さというか感情の無さにも飽きてくる。どうしてここまで無表情でいられるのか。
「手札のダークライLV.Xに悪エネルギーをつけてバクオングで騒音攻撃」
さっきのターンとやることが全く一緒だ。
そんなことよりまた騒音がくる。もう吐けまい、とりあえず耐えろ俺!
騒音によるコイントスは二回ともウラだった。つまり、このワザによって俺はベンチポケモン全員に20ダメージ受け、次のターントレーナーカードが使えなくなる。
バクオングの放つ騒音はさっきとはなんだか音の出方が違う。さっきのは高音が耳をつん付くようなメチャクチャなモノだったが、今度はとんでもない重低音だ。空気の揺れが俺の体全体まで震えさせる。
「あぐぁ、くぅ……。はぁ、はぁ……」
頑張って吐くのだけは堪えた。だが俺のベンチはレントラーGLLV.X90/110、ゴウカザル四70/90、クロバットG60/80、クロバットG60/80と合計80ダメージ。一度目のコイントスがオモテならばバトルポケモンが50ダメージを食らう効果なので、そう考えれば総計のダメージでは結構手痛い。
だがもし次のターンも騒音の一回目のトスがウラでガブリアスC LV.Xが生き残れば、ドラゴンダイブでダークライLV.Xを攻撃して倒せる。厄介なあいつを倒せる。
「行くで……、俺のターン!」
相変わらずの気分の悪さとどこからか来る疲労感で、もはや俺はどうにかなりそうだった。ふらふらする。口の中が酸っぱくて気持ち悪い、頭が痛い……。
いつもは早く諦めたり、苦痛からは逃れたがる俺なのに、なんでこんなになっても戦ってるのだろう。こいつなんかに負けたくない。そう感情が俺の尻をひっぱたき、まだだまだだと言ってくる。
とは言ったものの、相変わらず手札はトレーナーカードでみっちり埋まっている。バクオングの騒音のせいでそれらは一切使えない。かろうじて一枚あるエネルギーでなんとかするしかない。
「炎エネルギーをガブリアスC LV.Xにつけて攻撃っ、爪で切り裂く!」
ガブリアスC LV.Xの爪による一撃がバクオングの胴にクリーンヒット。これで残りHPは70/130。変なことが起きない限りこのバクオングを倒す算段は完成した。次の番にドラゴンダイブで倒せる。
どちらにせよ次の番の騒音によるコイントス、二回目でオモテを出してくれたら手札のポケターンでガブリアスC LV.Xを回収したりエナジーゲインを付けれるのだが……。
また、今さらだが手札のパワースプレーが腐った。このカードは相手のターン、自分の場にSPポケモンが三匹以上いるときで相手がポケパワーを使うときにに発動出来、そのポケパワーを使えなくするカード。
マニューラを倒した今、相手の場にポケパワーを使うポケモンがいないから完全に用なしだ。こちらは相手の番に使うカードだったから、『次の自分の番は使えない』というバクオングの騒音のタイミングから逃れていて使える唯一のトレーナーだったのだが。まあまたポケパワー持ちが出るかもしれないから一概に無駄とはまだ言えない。
「私のターン。ベンチシールドをダークライLV.Xにつける」
ベンチシールドとはこの道具を持っているポケモンがベンチにいる限りダメージを受けなくなるポケモンの道具だ。
ベンチへの奇襲を最も得意とする俺のデッキにはある程度有効なメタカードとなる。
「バクオングで騒音攻撃」
もう何度目の騒音かは忘れた。もはや数えたくない。オモテとウラを出したこのワザは俺のガブリアスC LV.Xに50ダメージを与え、次のターンの俺のトレーナーを封じ、そして俺の体も掻き回す。
「おっ……、あぁ!」
僅かな気力を振り絞って吐くのは堪える。いくらか胃からやってきた酸っぱさが口を巡り、唾と一緒に食道に押し戻す。
「はあ、はあ、……次はこいつだ!」
残りHP40だったガブリアスC LV.Xはこの一撃で気絶してしまった。俺はベンチに控えていたレントラーGL LV.Xを新たにバトル場に出す。
「サイドを一枚引いて私の番はこれで終わりだ」
深く息を吸い込み、吐く。心と体のリズムを整え、よしと一人気合いを入れる。バクオングともこのターンでケリを着けないとな。
「俺のターン! 炎エネルギーをベンチのゴウカザル四につけて……」
俺の残りサイドは二枚。そしてバトル場にいるレントラーGL LV.Xのトラッシュボルトで70ダメージ与えれば残りHP70のバクオングをきっちり倒し、騒音の不快さからも解放される。
だがしかし何か嫌な予感がする。どうしてだ? こいつは倒すしかないだろう。倒せば俺もトレーナーカードを使えるし、ダークライLV.Xを倒せば勝てる。街行く人に尋ねても、百人中百人がそれでいいだろとゴーサインを出してくれてもなんらおかしくはないはずだ。
でもそれじゃあ何かが駄目だ。なんだ? 何が駄目なんだ? 分からない。でも立ち止まってもいられない。
もう限界を遥か昔に通りすぎた俺には立ってるだけで自画自賛出来る。だなんて思うと余計疲れてくるな。
深いことは考えるな。そうだ、やっちまえ。早くこの勝負を終わらせるんだ。いや、でもそれじゃあ危なすぎる。何が危ない?
……分からない。このモヤモヤが、判断力に靄をかける。
「くっそ、手札の雷エネルギーをトラッシュしてトラッシュボルト!」
雷のシンボルマークを噛み砕いたレントラーGL LV.Xがほとばしる稲妻をバクオングにぶつける。
まともに受けたバクオングはそのまま千鳥足になってふらふらとするも、やがて前に倒れて動かなくなる。
「っしゃあ! サイドを一枚引いてターンエンドや」
これで残りサイドは一枚。そして和田の最後のバトルポケモンはダークライLV.Xだ。
ダークライLV.Xがバトル場に出ると、原因不明の冬の冷気とは違う寒気を感じ取った。鳥肌が立つ。手が震える。おいおいどうしてだ。
「私の番。……これで終わらせてやる、永遠の闇!」
「なっ!?」
ターン開始と同時にいきなりのワザ宣言。トレーナーカードは使わなくていいのだろうか。和田は俺と違ってサイド枚数がまだまだある。なのに終わりだってどういうことだよ。
当惑してるうちにダークライLV.Xが両手を拡げると、ダークライLV.Xを中心に真っ黒い何かがドーム状に拡がっていく。
「なんやっ!」
その黒い何かは俺のバトル場のレントラーGL LV.Xだけでなく俺ごと包み込んでいく。
「ど、どうなってんねん……」
その黒い何かは俺たちを包んだまま、晴れる気配が一向にない。何にも見えない。自分の手も、もちろん手札も、バトル場も何も見ることが出来ない。むしろ案外この状況で冷静にいられる自分が不思議で仕方ない。
「なんやねんこれ……」
「永遠の闇の元々の威力は40だがダークライLV.XのポケボディーのダークシャドーによってダークライLV.Xについている基本悪エネルギーの数だけ、つまり三枚なので30ダメージ追加されて70ダメージだ」
これでレントラーGL LV.XのHPは残り20/110……だろうか。
「さらにこのワザの効果で相手をねむりにし、ポケモンチェックのときにこのねむりで投げるコインの数は二回になる。すべてオモテが出ないとねむりから回復せず、すべてウラなら、そのポケモンはきぜつさせる」
どうでもいいが和田の初めての長台詞だ。何も見えないからカードテキストの読めない俺に対するささやかな配慮なのかもしれない。だとしたら確信犯だな。
それにしても本当になんだこれは。何も見えないっていうかこれは、視界を奪われたっていう方が正しいのかもしれない。
さっきまでのワザを受ける度に来るワザの衝撃とはまるで違う。これに、戸惑いと底無しの恐怖がやってくる。やってきたのだが、それが変に融和してしまいかえって落ち着いてしまっている。
「さあポケモンチェックだ」
くそっ、なーにがさあポケモンチェックだ、だ。
何も見えないのにコイントスボタンがどこにあるかなんてわからん。
確かデッキポケットの側にあるはずだ。これかな?
それらしきボタンを二回押した。が、肝心の結果が分からん。そりゃ見えないからだが……。
だがかろうじてレントラーGL LV.Xが苦しそうに鳴き声を上げたので予想はつく。穏便には済まなかったようだ。
「気絶、か?」
そうなれば次に出すつもりのバトルポケモン、ゴウカザル四の位置が、視界を封じられたためにさっぱり分からない。ここで手探りで適当にあったポケモンを出し、それがゴウカザル四でないと、ここまでせっかく積み重ねたあと一歩、という状況がパーになる。
だからといってどうすればいいんだ。ダメだ、もう何も分からない……。
一之瀬「今回のキーカードはバクオング。
騒音はコイントスによって与えるダメージや効果が変わるぞ!
どの結果になっても上手く事を運ばせるプレイングも必要かな?」
バクオングLv.58 HP130 闘 (DP4)
無無 そうおん
コインを2回投げる。1回目がオモテなら、相手に50ダメージ。1回目がウラなら、相手のベンチポケモン全員に、それぞれ20ダメージ。2回目がオモテなら、相手をこんらんにする。2回目がウラなら、次の相手の番、相手プレイヤーは、手札から「トレーナーのカード」を出して使えない。
無無無無 ハイパーボイス 70
弱点 闘+30 抵抗力 − にげる 3