13話 窮地
「わたしのターン。バトル場のダークライをレベルアップさせる」
わざわざダークライ80/80をバトル場に出した理由はこれか! ポケモンのレベルアップはバトル場でしか出来ない。逃げるエネルギーのロスを考慮して、ユクシーを俺に倒させるように仕向けたのか。
それをようやく悟ったのかと嘲笑うようにダークライLV.X100/100がこちらを見つめる。
「サポーターのデンジの哲学を発動し、六枚引く」
デンジの哲学は手札が六枚になるよう山札からカードを引くカード。和田の手札は0。なので引けることの出来る最大の枚数分、六枚和田はカードを引く。
「ダークライLV.Xに悪エネルギーをつけて攻撃。闇の咆哮」
ダークライLV.Xが深く息を吸うと、鼓膜を引き裂くかのような雄叫びを発する。ような、とは言ったが本当に耳がっ……!
思わず両耳を塞いで両膝を地につける。
かろうじて目で場を確認すると、バトル場にはさっきまでベンチにいたはずのガブリアスC LV.Xがバトル場にいた。
ようやくダークライLV.Xから発せられる音が聞こえなくなったのを確認して耳のガードを剥がす。ベンチにはさっきまでバトル場にいたレントラーGL LV.X90/110が。しかし闇の咆哮は威力10のワザのはず。なぜ20ダメージも受けたのか。
「闇の咆哮は攻撃後、相手のバトル場とベンチのポケモンを入れ換えるワザ。さらにダークライLV.Xのポケボディー、ダークシャドーによって悪タイプについている悪の基本エネルギーはすべて『このカードをつけているポケモンの、バトルポケモンに与えるワザのダメージは、すべて+10される』という効果を持つ」
これじゃあさっきのターンは完全に俺のプレイングミスじゃあないか。くそっ!
「俺の番や! サポーターのアカギの策略を発動してデッキからアカギの策略、ポケターン、雷エネルギーを手札に加えてポケターンを発動してバトル場のガブリアスC LV.Xを手札に戻すで」
ポケターンは自分のSPポケモンを手札に戻すグッズカード。ガブリアスC LV.Xのポケパワーをもう一度使いたい。
ガブリアスC LV.Xがバトルを離れたことでレントラーGL LV.Xがバトル場に出る。
「ガブリアスC(80/80)をベンチに出し雷エネルギーをつけて、更にゴウカザル四(90/90)をベンチに出す!」
攻撃の主力ばかり来て、サポート役のポケモンが全然来ない。こうなった以上、少しのプレイングミスも許されない。
そしてこないだのチャレンジ広場。和田の対戦相手が嘔吐したのと、今ここで俺が鳩尾を殴られたような衝撃はきっと同じ原因かもしれない。もしかしたら負けると医務室行きか、最悪の場合は……。
何で俺がこんな目に遭うんだよ畜生!
「手札の雷エネルギーをトラッシュしてダークライLV.Xに攻撃、トラッシュボルト!」
ダークライLV.Xは幸いにHPは高くない。この一撃だけで30/100まで削りきった。次の番でレントラーGL LV.Xの噛みつくが決まれば気絶させることが出来る。
しかしどうせポケボディーを活かすためにベンチに戻して置物として機能するだろう。
「わたしのターン。月光のスタジアムを発動してダークライLV.Xをベンチに逃がし、バクオングをバトル場に出す」
月光のスタジアムは悪、超タイプの逃げるエネルギーを不要にするスタジアム。これで逃げるエネルギー1だったダークライLV.Xはエネルギーのロスなく逃げることが出来る。
そしてあらかじめ悪エネルギーを一つつけていた方のバクオング130/130がバトル場に出てきた。
「バトル場のバクオングに悪エネルギーをつけてベンチのマニューラのポケパワー悪に染めるを使用」
「悪に染める?」
「森くんっ、それは自分のバトル場のポケモンを悪タイプに変えてしまうポケパワーだ!」
一之瀬さんが向こうから声をかけて解説してくれる。
ちょっと待て、悪タイプに変えるだと? それじゃあ。
「バクオングの騒音攻撃」
和田がコイントスボタンを押す。このワザはコイントスを二回行い、一回目がオモテなら相手のバトルポケモンに50ダメージ。ウラなら相手のベンチ全員に20ダメージ。二回目がオモテなら相手を混乱に。ウラなら相手はトレーナーカードが使えなくなるものだ。処理がややこしいカードでもある。
「オモテとウラだ」
「……くっ!」
さっきと一緒だ。バクオングが騒ぎ始めるや否や鼓膜が破けそうな騒音が……。しかもこんなに苦しんでるのが俺だけのようで、周りの人はなんともないみたいだ。
この一撃でレントラーGL LV.Xは相手のベンチのダークライLV.Xのシャドーダークの効果を含め50+20=70ダメージを受け、残りHPは40/110。
何より次のターン俺はトレーナーが使えなくなる。このデッキはトレーナーに依存しているものが強い、それを封じられるのはかなり手厳しい。
「俺のターンや……」
体の内側から何かが吹き出しそうな吐き気を感じた。ここはグッと堪えて耐える。なんでこのタイミングで。
ところで騒音によってトレーナーが使えなくなるのはこのターンのみ、次のターン以降はまたコイントスだ。このターンはいつも通り行こう。
相手のダークライLV.Xを倒せばマニューラとのコンボでバクオングの火力は上がらない。
だがしかし……。ここは欲を張ってマニューラを倒す方がいい。マニューラには達人の帯がついている。このマニューラを倒すとサイドを二枚引けて俺は有利に立てる。残り二枚になれば死にかけのダークライLV.Xとバクオング一匹を倒すだけで勝てる。この変な対戦からおさらば出来る。そしてそのための用意もある。
「まずはクロバットGをベンチに出す。そしてポケパワー、フラッシュバイツ!」
クロバットG80/80はベンチに現れると同時、電光石火の速さで和田のベンチのマニューラに噛み付いた。
「フラッシュバイツはクロバットGを出したときだけ使え、相手のポケモン一匹にダメージカウンターを一つ乗せれる。さらにもう一匹ベンチにクロバットGを出してまたマニューラにフラッシュバイツや!」
これでマニューラのHPは80/100。あと一息だ。
「バトル場のレントラーGL LV.XとベンチのガブリアスCを入れ換えんで」
レントラーGL LV.Xの逃げるエネルギーは0リスクなしで逃げれるのも強みだ。
「そしてガブリアスCに雷エネルギーをつけてレベルアップ! そしてレベルアップしたときにポケパワー癒しの息吹発動!」
このポケパワーは前にも使ったようにレベルアップしたときに自分のSPポケモンのHPを全快させるもの。ダメージを受けていたレントラーGL LV.Xは110/110に回復。それ以外はノーダメージなので効果はない。
「ガブリアスC LV.X(110/110)で……」
攻撃しようとした。しかし、思うように攻撃出来ない。またしてもプレイングミスをしてしまった。
ガブリアスC LV.Xのドラゴンダイブで攻撃しようとしたがエネルギーが一つ足りない!
ドラゴンダイブは相手のポケモン一匹に80ダメージを与えれる大技で、これが決まればマニューラを倒せる。はずなのだが、これじゃあマニューラを倒せない。
「クソっ、爪で切り裂く攻撃!」
追加効果も何もない単調な攻撃が、相手のバクオングのHPを30だけ削った。
「わたしのターン。手札の悪エネルギーをダークライLV.Xにつける。マニューラの悪に染めるを発動し、バクオングの騒音攻撃」
またか。しかもコイントスの結果もさっきと同じオモテとウラ。マニューラのポケパワー悪に染めるで悪タイプになったバクオングに、ダークライLV.Xのポケボディーのダークシャドーも絡んでガブリアスC LV.Xの受けるダメージは70だ。これで残りHPは40/110になる。次に騒音のコイントスでオモテが出ればダークシャドーや悪に染めるうんぬんに関わらず即死である。
ただかろうじてコイントスの判定はあくまで二分の一。決まらないときは決まらないはずだ。
さて、バクオングが深く息を吸い込み全身から騒音を出そうとしている。マニューラとかの殴り殴られはともかく、さっきのこともあって音はヤバい。またあの吐き気が来るのだろうか。
そう構えていると、バクオングの体中から不愉快極まりない音が遠慮なく発せられる。
慌てて耳を塞いだが、ダメだ、まるで意味がない。
というより衝撃自体は耳からでない。これは内側、体の中から来てる!
「うっ!」
猛烈な気分の悪さ故に耳を塞いでいた手を外し、バトルテーブル隣に立て掛けた鞄からおにぎりのゴミを入れっぱなしにしていたビニール袋を取り出し、
「うぶっ!」
吐いた。耐えれなかった。いいやいっそのこと吐いた方が楽だと判断した。
そのお陰で口の中には吐いた後特有のクソ苦く夏の湿気よりはるか不愉快な胃酸の苦味でいっぱいだ。
「はぁ、はぁ、はっ……。ゴフッガハッ」
息を落ち着かせようと必死になり、鞄の中を再び漁ってお茶を取り出し流し込む。
お茶は空になったが口の中は幾分マシだ。ゲロ袋は何故か慌ててやってきたスタッフが回収してくれた。
しかし、袋はあれだけだから、次吐きそうになるともう地べたに吐くしかないな。
さっきのニューラとかマニューラとかと比較して考えるとこの衝撃は威力に比例しているのだろうか。
バクオングのタフな100/130を削るのは難しいのだから、やたりマニューラをきっちり倒しておきたい。
もうプレイングミスは出来ない。サイド枚数は有利でも体がもたん。なんとしてでもあと数ターンでケリをつけたいものだ。
だがしかし俺のデッキの特性であるスピードを活かすためのトレーナーが封じられた今、チャンスはあるのか?
「啓史どないしたんやろ……」
森くんと話しているときはかなり強気な彼女だったが、今はその力強さが言葉から感じられない。
そんな宇田さんを見ているのがやはり辛い。こういう現場は既に何度か出会っているが、やはり慣れるようなものではない。
しかし森くんもすごい精神力だ。和田奏の攻撃にあそこまで耐えて、しかも吐いてもそれでも立ち上がって勝負を続けようとする。
そして精神力だけではなく、プレイングミスによる綻びが何度も浮き上がったりはしてるが、デッキの構築自体は丁寧だ。あんな状態でもまだサイドは上回っている。
だが和田奏の場の様子を考えると、そろそろアレが来る。アレを喰らうと流石に森くんでも戦えなくなってしまう。
予選を見た感じ「そういった意味で」和田奏を倒せそうなプレイヤーは彼と宇田さんとあと二人ほどいた。彼ら全員にあらかじめ布石を打ったのはやはり正解だったようだ。
手元の携帯電話の様子を確認してから、僕は一人トイレに向かうことにする。
啓史「今回のキーカードはダークライLV.Xや
ポケボディーで悪タイプの火力が上がる!
そして技も変わった特徴を持ってるぞ!」
ダークライLV.X HP100 悪 (DP3)
ポケボディー ダークシャドー
自分の悪ポケモンについている「悪の基本エネルギーカード」はすべて、「このカードをつけているポケモンの、バトルポケモンに与えるワザのダメージは、すべて『+10』される。」という効果を持つ。すでに自分の別のポケモンの「ダークシャドー」がはたらいているなら、このボディーははたらかない。
悪悪無 えいえんのやみ 40
相手をねむりにする。ポケモンチェックのとき、このねむりで投げるコインの数は2回になり、すべてオモテが出ないとねむりから回復せず、すべてウラなら、そのポケモンはきぜつする。
─このカードは、バトル場のダークライに重ねてレベルアップさせる。レベルアップ前のワザ・ポケパワーも使うことができ、ポケボディーもはたらく。─
弱点 闘×2 抵抗力 超−20 にげる 1