12話 嫌な予感
重苦しい雰囲気の中、黙々と俺の一回戦が始まろうとしていた。
対戦相手の和田 奏(わだ かなで)は、その優しそうな名前とは正反対の異様なまでの威圧感を放っており、恐怖感までも覚える。とはいえポケモンカードの大会だろ……。なんでこんな怯えなきゃならないんだ。
「私のターン」
開始時の互いの場は、先攻の和田のバトル場にはニューラ60/60、ベンチにはゴニョニョ50/50。俺のバトル場にはゴウカザル四90/90でベンチは空だ。
「私はニューラに悪エネルギーをつけ、ワザを発動。かすめ取る」
ニューラが俺の手元まで軽い身のこなしでやって来ると俺の右手に向けて鋭い爪で引っ掻いてきた。
「いって」
手札が一枚だけ弾かれてこぼれ落ちる。
「かすめ取るは相手の手札にあるワザマシンまたはポケモンの道具を強制的に山札に戻させるワザだ」
落ちたカード―――ポケモンの道具、エナジーゲイン―――を拾ってデッキポケットに挿入してシャッフルさせる。
なんだ、その程度なのかとかえってやや怯んでしまった。ビビりすぎてただけだな、違いない。
決勝トーナメント一回戦、落ち着いていこう。深く息を吸って気持ちを落ち着かせる。
「俺のターンだ! 手札の炎エネルギーをゴウカザル四につけ、ベンチにレントラーGL(80/80)を出して……。くそ、エナジーゲインがデッキに戻ったせいでワザ使えへんやん。ターンエンドや」
「私の番だ、ドロー」
この瞬間、自分が普段ならしないミスを犯したことに気づく。
手札のサポーター、アカギの策略を使うのを忘れてしまった。このカードを使えば、デッキに戻されたエナジーゲインをサーチすることが出来たのに。
全然気持ち落ち着いてねぇし。どう考えても上がってる、リラックスしろ俺!
「手札の悪エネルギーをニューラにつけ、ニューラをマニューラに、ベンチのゴニョニョをドゴームに進化させる」
どちらともHPは80/80、この程度のHPなら俺のカードの打点を考えれば一撃圏内だ。
「そしてサポーターカードハマナのリサーチを発動。デッキからユクシーとニューラを手札に加える」
デッキからたねポケモンまたは基本エネルギーを二枚まで加えるサポーターか。二枚ともたねポケモンを加えたということは。
「私はニューラ(60/60)をベンチに出し、そこからユクシー(70/70)もベンチに出してポケパワー発動をする」
手札には相手のポケパワーを無効にする効果を持つグッズ、パワースプレーがある。しかし、発動条件を満たすためにはベンチにSPポケモンがあと一匹必要、これではユクシーのポケパワーを防げない!
「ユクシーのポケパワー、セットアップを発動。手札が七枚になるように、五枚ドロー。そして達人の帯をマニューラにつける」
達人の帯の効果でマニューラのHPと威力が20ずつ上がる。マニューラのHPは100/100!
「マニューラで削ぎ落とす攻撃」
鋭い爪でゴウカザル四を切り裂く。その瞬間!
「っ、ゴホッゴホッ、ううっ! ゴホッ」
急に鳩尾を殴られたような……錯覚、いいやこれは錯覚とかじゃあ……ない。完全に痛覚だ。
辺りを探るも、当然誰かが殴った訳もない。
殴られたような衝撃の正体に疑問を持ちながら鳩尾をさする。何が起きたんだ。
「ゴウカザル四の弱点は水かける2。よって40に達人の帯で20足され60を二倍して120ダメージ」
そんなん気絶に決まってるやろ……。ゴウカザル四のHPは90/90しかないんやから。
俺の次のポケモンはレントラーGLしかいない。
「サイドを一枚引いてターンエンド」
「俺のターン、ドロー! 手札からサポーターのアカギの策略を発動。その効果でデッキからアカギの策略、エナジーゲイン、雷の基本エネルギーを手札に加える」
アカギの策略はサポーター、ギンガ団の発明と名のつくカードと基本エネルギーをサーチするサポーター。その効果でアカギの策略をサーチすれば使い回せる。今度は忘れずに使ってやったぞ。
「さらに、SPレーダーを使うで。手札を一枚戻してデッキからSPポケモン、レントラーGL LV.Xを加えて、手札からガブリアスCをベンチに出して、バトル場のレントラーGLをレベルアップさせる!」
ポケモンが絶えることだけは絶対にしちゃいけない! 戦えるポケモンがいなくなるとどんな有利でも負けになる。ガブリアスC80/80をベンチに出し、レントラーGLもレベルアップして110/110へとHPを上げる。
「レントラーGL LV.Xがレベルアップしたときにポケパワーが発動や。輝く眼差し!」
レントラーGL LV.Xの眼が急に眩く輝き、フィールド全体が光で見えなくなる。視界が戻ると、相手のバトル場にはマニューラではなくニューラが立っている。
「輝く眼差しはレベルアップしたとき、相手のポケモンを強制的に入れ換える効果や」
「……ふん」
「さらにレントラーGL LV.Xに雷エネルギーをつけて、ポケモンの道具、エナジーゲインをつける。エナジーゲインがついているSPポケモンは、ワザエネルギーが無色一個分減る! これで攻撃や。フラッシュインパクトォ!」
レントラーGL LV.Xが雷を纏いながらニューラに突進していく。突き飛ばされたニューラのHPは一撃で0/60に。
「フラッシュインパクトは威力60の大技やけど、反動として自分のポケモン一匹に弱点と抵抗力を無視して30ダメージを与える。俺はガブリアスCにそのダメージを与えさす」
会場の天井付近から一筋の稲妻がガブリアスC50/80に突き刺さる。これくらいは必要経費だ。
ワザの処理が終わり、和田が次のポケモンを繰り出す。読み通り、マニューラが再び場に現れる。
「ふうっ、サイドを一枚引いてターンエンド」
謎の鳩尾への痛みもようやくマシになり始め、だんだん楽になってきた。
「わたしのターン。ゴニョニョとダークライをベンチに出す」
ベンチに新たにゴニョニョ50/50とダークライ80/80が現れる。
たねポケモンを出せば出すほど、たねポケモンを狙って攻撃するこちらは有利になるのだが、一体どうしてだ。向こうも俺のデッキのスタンスを、少なくともさっきのプレイングで見抜けるはずだ。
「サポーター、ミズキの検索を使用。手札を一枚戻してデッキからバクオングを加え、ドゴームを進化させる」
ミズキの検索は手札を一枚戻して好きなポケモンをデッキから一枚加えれるサポーター。それによってバクオング130/130を呼び出したのか。
「不思議なアメを使い、ベンチのゴニョニョをバクオングに進化させる」
「なっ!」
不思議なアメはたねポケモンを一、または二進化ポケモンに進化させるグッズ。それによってバクオング130/130が二匹も並んだ。なるほど、無計画にたねポケモンを出した訳ではないか。
これで和田のポケモンは100を越えるHPをもつポケモンが三匹!
俺の攻撃の幅を狭める気か。
「バクオングに悪エネルギーをつけ、マニューラでレントラーGL LV.Xに攻撃する。削ぎ落とす」
再びマニューラが鋭い爪でレントラーGL LV.Xを襲う。
「がっ……ゴホッ! うっ……」
と同時に再び激しい衝撃が鳩尾を襲う。少し足がフラッとしてバランスを失いかけた。何なんだよ畜生!
削ぎ落とすの元の威力40に達人の帯の打点20を足して60ダメージ、残りHPは50/110。次の削ぎ落とすは耐えれない。
そっちがこっちの攻め手をあぐねてくるなら……!
「俺のターン! アカギの策略を発動し、その効果でデッキからアカギの策略、SPレーダー、雷エネルギーを手札に加え、レントラーGL LV.Xに雷エネルギーをつけてその上SPレーダー発動や!」
SPレーダーの効果によって手札のゴウカザル四 LV.Xをデッキに戻してガブリアスC LV.Xを新たに手札に加える。
「そんでワープポイント発動。互いにバトル場のポケモンとベンチのポケモンを入れ換える!」
バトル場の二匹と、ベンチにいるガブリアスC、ユクシーの足元にそれぞれ青い渦が現れて合計四匹を飲み込む。そして俺のバトル場にガブリアスC、ベンチにレントラーGL LV.X、和田のバトル場にユクシー、ベンチにマニューラが現れた。
ユクシー……だと?
なぜこのタイミングで一番HPの低いユクシーをバトル場に出す。是非とも倒してくれと言っているようなものじゃないか。
これは誘いなのだろうか。しかし今の俺はその誘いに乗らざるを得ない。
「まずはガブリアスCをレベルアップ! そしてレベルアップしたときにポケパワー、癒しの息吹きを発動!」
ガブリアスC LV.X80/110が現れるや否や、白い優しい息を吹き掛ける。それに包まれたガブリアスC LV.X、レントラーGL LV.XのHPバーはみるみる回復していく。
「このポケパワーはレベルアップしたときに一度使え、自分のSPポケモンのHPを全快させる」
これで二匹ともHPは110/110に戻る。マニューラの攻撃が一回分無駄になったことにもなる。しかし、和田は眉一つも動かさない。ここまで読んでいたか、それともただ動じないだけか。まさに霧がかかっている。
「ガブリアスC LV.Xを逃がしてレントラーGL LV.Xを新たにバトル場に出す」
ガブリアスC LV.Xに逃げるエネルギーは不要だ。それを見越してのワープポイントだが、本当にこれでいいのか……? 動じない和田の佇まいが俺に迷いを産み出す。
「せやったら、手札の炎エネルギーをトラッシュして攻撃や。トラッシュボルト!」
レントラーGL LV.Xの目の前に炎のシンボルマークが現れると、レントラーGL LV.Xはそれを噛み砕いて体から赤と黄の色を持つ電気を放電、ユクシーを攻撃する。
ユクシー70/70に対し、このワザはエネルギーを手札からトラッシュしないと使えないが威力は70。ドンピシャでユクシーは気絶させた。
「ダークライをバトル場に出す」
「サイドを一枚引いてターンエンド!」
ダークライを出す。……またHPの高くないたねポケモンだが何のつもりだ。
少し苦戦気味か……。観客席からじゃあ何も出来ないのが歯がゆい。
能力(ちから)。突如何人かのポケモンカードゲームプレイヤーに宿った不思議な力。
現在、全国に何十人かいる能力者は不思議な特性を持つ。
例えば今、森啓史くんと戦ってる和田奏。彼女も能力者だ。
その能力は内側衝撃。ワザのダメージが衝撃となって対戦相手を内側から襲う。
見てとれるだけで森くんは既に二撃もらっているようだ。
あまりダメージを受けすぎると勝負以前に倒れかねない。なんとか頑張ってくれ……。
「一之瀬さん、なんか啓史の様子、変じゃないですか?」
隣にいる宇田由香里さんが僕に尋ねてくる。
「そう……かな」
彼女には果たしてどう答えるべきか。
啓史「今回のキーカードはマニューラ!
特色あるポケパワーが鍵や。
ワザもなかなかの威力と効果を持つで」
マニューラLV.30 HP80 水 (DP4)
ポケパワー あくにそめる
自分の番に1回使える。このパワーを使うときに、自分のバトル場にいたポケモン全員は、この番の終わりまで、悪タイプになる。(そのポケモンがバトル場をはなれたなら、この効果はなくなる。)
─ シャドーチャージ
自分の山札の悪エネルギーを2枚まで選び、自分のポケモンに好きなようにつける。その後、山札を切る。
悪悪 そぎおとす 40
相手の手札が6枚以上なら、その手札が5枚になるまで、オモテを見ないでカードを選び、トラッシュ。
弱点 鋼+20 抵抗力 ─ にげる 0