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これは夢の中だ。彼女はすぐにそう気付いた。本能なのかは分からないが、ここはどこだろうとか、なんなのだろうかという問いを持つよりも真っ先に、直感的にこれは夢の中だという考えが彼女の頭に浮かんだ。
しばらく呆けて彼女は自分の考えになるほどと、納得がいった。現実では、雲は大気中に浮かぶ細かい水滴や氷の集まりだから、まるで実体のない幽霊のように掴むことも触ることも出来はしない。だけど彼女は今、その雲の上に立っている。だからこれは夢に違いない。
見上げると、遮られるものもなくギラギラと輝く太陽。普通なら氷点下に届くはずの天空、何故か彼女には暖かく感じた。
それから彼女はおそるおそるしゃがみ、真っ白な雲に手をのせる。確かな手応え。彼女はふうっと息を吐き出し座り込んだ。
「すごい雲海……」
自分が喋れるかどうか確かめるように彼女は呟いた。
「これが夢だとしたら、私はなぜこのような夢を見ているのだろうか、これから起ころうとする啓示なのだろうか」
体育座りの体勢になって彼女は喋る事と考えることをやめた。そこで彼女はやっと自分が服を着ていない事に気づいた。しかしなんとも思わなかった。
彼女が思考することをやめたのは、きっとこれから起こる事を察知していたからかもしれない。
それにしても、彼女はどこまでも灰色だった。太陽の光を受けて白銀に輝く雲の上にいる彼女は、雲と同じ白ではなかった。異質なまでの灰色だった。だんだんと彼女の体は比喩ではなく本当に色を失くし、灰色に染まっていった。
彼女は何気なく上を見上げた。目に入ったのは太陽。そして彼女は思考を再開する。
私のいる雲は白く輝いている。太陽は暖かいし見上げる空は永遠に青い。だけど、この雲の下、最下層の地上はきっと真っ黒な雲に覆われているのだろうな。母のように暖かい太陽の恩恵を、知らないのだろうな。もしかしたら、雨が降っているのかもしれない、嵐が吹き荒れているかもしれない。なら……
やがて、どこまでも続いていると思われた広大な雲海が、ボロボロと端からまるで小さい頃に遊んだ砂山が崩れるみたいに崩れ、消えてゆく。それは彼女を中心に起きていった。それから雲海はただの小さな雲になり下がり、空の孤島となった。
やがて、雲は全て消えた。彼女だけは消える事はなかったが、彼女は足場がなくなるとゆっくりと落ちていった。
しかし、彼女が落ちていったのは島一つ見えない大海原。彼女のいた雲で太陽の光が遮られ、困っている人は一人もいなかった。