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「何でこんなクソ暑い中、外で喰ってんの俺達」
「お前らを避けて人が居ねえだろう場所で静かに喰おうと思ってたら、わざわざ探しだした上に居座りやがったからだよ」
「『委員長先輩』の『(おぼろ)』のお手柄デスね」
「まあトレーナーもポケモンも目立つしね。……っていうか『ルイ』! あんた、日陰占領してないで私と『チシュ』に譲りなさい。日焼けで真っ赤になっちゃうでしょ」
「ざっけんな、俺だって色素薄いわ――だぁぁぁからピアスを引っ張んな!」
 昼休みの中庭。強い陽射しと暑さ故に人気の少ないその空間の、中心に生えた樹木の傍に配置されたベンチで弁当を広げながら姦しく喧しく会話を繰り広げる三人。それに加え手持ちのポケモン達をも外に出している為、更に騒がしい。
「五月蝿え」
 思ったままを口にするが、しかし誰も聞いていない。溜め息を一つ吐いて昼飯を食べる事に集中する。隣でタッパーに詰めたドライフードを黙々と食べている相棒も同じ考えらしい。ボールに収容しておけば喰う必要もないが、まあ偶にはこういう日もあって良いと思う。
「あ、『辻堂』ー。阿部と林が“俺らの弁当係の辻堂はどこだーッ”ってクラスのグループで荒ぶってて通知がウザいから此処教えていい?」
 ピロンピロンと電子音の絶えない携帯電話(ポケギア)の画面を弄りながら視線はそちらに向けたまま言ってくる緑髪ピアス。
「あ? ……またパンすら買えないくらい金が無いのかあいつら。そもそも弁当係ってなんだ。勝手に集りに来てるだけだろうが。消しゴムでも喰ってろ」
「入力ダルいから自分でよろ。招待してたよな確か」
「あー……そんなこともあったな。それ以降見た記憶無ぇけど」
 面倒くさいが昼食を中断してポケットから携帯電話(ポケギア)を取り出す。俺のはピアスだらけの友人の物のようなタッチパネル式ではない、丈夫さと電池持ちだけが取り柄の二つ折りである。
 機能があることは知っているがほぼ使っていない為、四苦八苦しながらどうにか目的のトーク画面に辿り着く。
 見辛い画面にはピアス野郎の言うとおり、よく弁当を集りに来る友人達がなにやらテンションの高い投稿を連投していた。
 ……俺はこんなものを見るために慣れない操作を頑張ったのかと頭が痛くなる。
 投稿されたものを読む気にもならないので、言いたいことだけを入力して携帯を閉じる。
「キヒャハ。色々言いながら食べもん分けてやるから優しいねぇ。そこら辺のヤンキーより凶悪そうなのに。俺にも後でフルーツ味くれ」
 俺の投げた文を読んだのか、画面から視線を此方に移しキシシと笑いピアス男がそんなことを言ってくる。
「んー? あは、『神』って崇められてるよ君。じゃあ私はメープルシロップのね」
「わーいありがとうございマスッ。じゃがいも味がいいデスッ!」
 ケタケタと笑う友人が、携帯電話の画面を他の二人へと向けながら戯言を言う。すると、よくわからない称号を得た代わりに俺の持ってきている予備の食料がほぼほぼ壊滅することになった。意味がわからない。
「バトル部は山賊の巣窟か」
「安倍くんはそうだけど、林くんは私知らないんだけど」
「あいつ漫画研究会。なんか水着着たトレーナーがプールでポケモンバトルする漫画描いてる。『チシュ』ヒロインで」
「警察を連れてこい」
「頼み込まれてモデルにはなりマシタけど、キャラは可愛い女の子だったんデスよね……。複雑な気持ちになりまシタ……」
 小さい弁当箱に詰められた、これまた可愛らしい中身を細々と箸で口に運びながら眉根を寄せて返す『チシュ』。その華奢な肩の上では、黄色い小蜘蛛がモバイルバッテリーの端子に口を突っ込んでいる。
 何をしているんだろうかこいつは。理解出来ない行動をしている蜘蛛に似た姿のポケモンを見てそう思う。
 放課後の特訓で主に電気タイプの技を指示されているので、電気タイプなのだろう、とは考えられる。尤も、一度もその指示を完遂した事はないのだがこいつは。
 ならば、電気を喰うのだろうか。
 よくわからない。そもそもそこまでポケモンの種類を知らない。幼い頃から一緒に暮らしている『ふたば』――エルレイドと、その幼体であるラルトスと亜成体のキルリアについてはそれなりに知識はあるものの、それ以外となると酷く曖昧だ。この街近辺の104・116・115番道路でよく見かけるジグザグマやらスバメやエネコ等はそこそこ見知っているが、それでも確りと調べたことはない。
 よって、当然の事ながら俺以外の三人が今一緒に昼食を食べる為に展開している手持ちのポケモン達の詳細が全くわからない。
 眼鏡の手持ちはこの地方で連れているトレーナーを見かけるのでまだ見覚えがあるが、後の二人の手持ちはあまり此方では見かけない種のポケモンで本当にわからない。
 誰かに言えばよくわからないままにバトルを教えているのか。等と言われるのかもしれないが、そもそも教わっている『チシュ』も自分のポケモンについていまいち把握していない節がある。何故か技の指示をされて戸惑うのである。こいつのポケモン達は。
「くそ(あっち)いうえに口ん中パッサパサになる食いもんの話してたら飲みもん足んねえわ。『ユーグ』、コーラよろしく」
「アンタはポケモンをパシりにするなっての。……ああもう『ユーグ』、アンタは見かけによらずほんと良い仔ね……行ってらっしゃい」
 なんだかんだで他二人に場所を譲り、木陰に入るか入らないかのぎりぎりに胡座をかいて座り弁当を食べている蒼都が、傍で木の実を食べている手持ちのポケモンへ硬貨を渡してそう言った。
 腹部から生えている刃で器用に木の実の分厚い皮を剥き、濃厚な味のしそうな果肉を食んで眼を細めていた『ユーグ』と呼ばれたそいつは、特に嫌がる素振りも見せずに小銭を受け取り、すく、と立ち上がると不思議な形をした木の実を齧りつつ自販機のある方向へと歩いていく。
 鎧を着込んだ様なシルエット。腹以外にも、頭部や両腕にも刃が生えているその姿に、なんとなく『ふたば』と似ているな、等と思うが、勿論なんというポケモンなのかはわからない。
「というか、イバンの実なんて珍しいものお昼ご飯にするるとか馬鹿なの? 『ドニ』も『デジレ』も食べてるけど、ほんと馬鹿なの?」
「そんなに珍しいのか? その辺に生えてるなんかピンクのとかと変わりなく見えるんだが」
「モモンとは比較になんないから。結構高値でやり取りされてるくらいだもの」
「あー、そうなん? なんか祖母(ばあ)ちゃんが育てててくっそ余ってるぜ? つーかお前も好きじゃんあれ」
「あ、ボクの家の庭にもあの木の実の木ありマス。美味しいデスよね。甘くて」
「お前の情報が間違ってるのかこいつらの家がおかしいのかどっちだ?」
「間違いなく後者。……お邪魔するとよく出てきた甘くて美味しい果物ってこれかー。あー丁度いいありがと『(うつろ)』。『朧』は退いて……」
 額に箸を持った手をあてて唸る眼鏡。そのままうなだれると、ふよふよと周囲を浮かんでいた彼女のポケモンがその巨大な蝉の抜け殻の様な躰を滑り込ませ支え、二つ結いにされた長い髪が揺れる頭に、近くの樹にとまっていたらしい巨大な蝉が乗りかかる。
 そして。ギィィンと生理的嫌悪感を生じさせる、耳の奥まで突き刺さる様な鳴き声が響きわたる。
「五月蠅え」
「あうぅ」
 付近の窓硝子が細かく振動している。非常に五月蠅い。
「ちょ、『朧』。大丈夫だから。静かにして。ね?」
 生気を感じさせない位に動じない蝉の抜け殻に頭を乗せたまま、慌てた様子で『おぼろ』と云うらしい巨大な蝉にそう声をかける兎渡路。
 クソ暑いおかげで俺達以外が周囲に居ないのが救いか。否、そもそもこいつらが来なければこんな騒音を聞かずにすんだのか。本当に何故こんなにも絡んでくるのか。普段ならば蒼都はクラスの他の奴らと喰っているし、偶に兎渡路と二人で食べてもいた筈である。クラスメイトとの時は俺も混ざる事もあるが、ここまで強引ではなかったと思うんだが。
 音の地獄の様な状況の中。緑色の髪をしたピアス野郎は耳こそ手で押さえているものの、にやにやと口角を歪め、
「ギャハハ! 『けーこ』の忍は攻守共にめっちゃ優秀だな。過保護っぷり半端ねえけど」
 等と宣った。直後。
「ぐぎゃ?!」
 放物線を描いて飛んできた赤い缶の直撃を額に食らいひっくり返った。ドサ、と倒れる蒼都。頭蓋骨と真正面からやり合った缶ジュースは鈍い音を響かせて転がり落ちる。
「お前の相棒も相当優秀だな」
「凄い遠投デシタ」
「後、“よくわからんが多分こいつが悪い”っていう思い切りの良さも凄いな」
 そこそこの距離がある自販機から、自分のトレーナーに向かって躊躇なく物を投げつけるポケモンの事をそんな感じで未だ響く騒音の中で『チシュ』と褒めてやる。
「流石バトル部のエースデス。『もなか』も、投げつけるの出来たよネ? 真似出来ソウ?」
 耳奥まで突き刺さってくる嫌な音の中、白い肌の後輩の嫌味のない賞賛と、そのポケモン達である内のニ体――二足歩行の獣と昆虫の感心した様な鳴き声が交わされる。
 すると、思っていたよりも早く蒼都は復活し立ち上がってきた。器用なことに持っていた弁当は無事である。流石バトル部のエース。
「今回は俺は何も悪くねえだろふざけんな! 『ドニ』! あの馬鹿に波動弾!」
 仁王立ち、持った箸を自販機の前で腕を組んで此方を見ている『ユーグ』という名らしいポケモンへ向け、外に出している残り二体の手持ちの内の一体である青い海老に似たポケモンにそう指示を出す。
 右の鋏が躰の大きさを超えた巨大なものであるそのポケモン――『ドニ』は、特に拒否するすること無く、器用に尻尾で躰を支えたまま淀みない挙動で照準を鎧姿の『ユーグ』へと定める。
 その隣でこれまた海か何かに居そうな、人間大のイカを逆様にした様なポケモンが、木の実を口にしながら肩を竦めるのに似た動作で長い触手を動かしている。
 視線を自販機の方へ向ければ、自分に照準が向けられている事に気が付いた『ユーグ』は、次瞬には此方に向かって駈け出している。
 真っ直ぐと、力強く疾駆する刃を鎧う異形。舗装されている地面を削り取る勢いで何歩目かを踏み出した直後。
 微動だにせず構えた『ドニ』の巨大な鋏から光り輝く光球が撃ち放たれた。
 軌跡を残して飛ぶ光の砲弾。動きを正確に捕捉し必中と成る技だったと記憶しているそれを。
 刃を生やしたポケモンは真正面から受け止める。
 頭から生えた斧状の刃に光が宿り、駆ける速度を緩める事無く猛進。
 裂帛の気合の宿った哮り声。刃と同質なのだろう鎧う鋼が軋む音。削れる地面の擦過音。
 それら音の混濁を。ズパン、と両断され弾けた光弾の衝撃がまとめて消し飛ばす。
 ぶわりと巻き上げられる塵埃を突っ切って、鋭利な視線を自身のトレーナーであるピアス男に向けて『ユーグ』とやらは(ひた)走ってくる。
「うげ。流石は相棒。『ドニ』は下がれ。『デジレ』、馬鹿力! あの馬鹿叩いて()しちまえ!」
 見るからに近距離での戦闘にはあまり向かなそうな巨大な青海老を後退させ、控えていた巨大な逆しまのイカへと指示を出す馬鹿。
「なんでいきなり喧嘩してんのあんたらは……。っていうか馬鹿の指示なんて聞かなくていいのに。揃って馬鹿なんだから……。あと『朧』、そろそろ止めて……」
 頭に乗った大蝉の嫌な音が未だに響く中、トレーナーである眼鏡女はそう零す。そんな余裕があるのならボールへと戻してしまえと思うが、なるほど超至近に音の発生源が居るために耳から手が放せないらしい。
 そして。トレーナーに攻撃する気満々で向かってくる馬鹿を、迎え撃つように馬鹿力とかいう技を指示する馬鹿の言葉通りに動く馬鹿の、馬鹿馬鹿しい攻防は、既に佳境にへと突入している。
 僅かばかり目を離した内に、駆けて迫る刃魔と異形のイカの距離は既に数歩の至近距離。
 次瞬。弓を引き絞る様に、右腕は前方に左腕は後方に構えた『ユーグ』とやらに向かって『デジレ』とやらの触手が襲いかかる。
 太く、そして靭やかな触手が奔る。
 勝手な印象として、中距離で水鉄砲なり念力なりの特殊技が得意そうだと思っていた逆様のイカのポケモンは、しかしそういった戦闘は得手ではないらしい。否、出来なくもないのかも知れないが、その真髄は今のような至近での殴り合い。
 何故ならば、周囲の空気が爆ぜて振るわれる一撃は、小細工無しの凄まじいものであったから。只々、力で捩じ伏せる。その単純が故に強固な意思を感じたこれが近接戦特化でないポケモンのものならば、結果として特化してしまった俺達の立つ瀬が無い。
 ポケモンバトルに本気の奴らと、そうでもない俺達で比べるなんていうのも(おこ)がましいが。
 だが思わずそんな事を考えてしまう位に重い触手の一撃を。前方に構えた右手でむんずと掴み取り受け止める『ユーグ』。
 振り下ろされる剛撃を真正面から受けた結果。グシャ、と舗装された地面を踏み割り、その躰が軋む金属音が騒音の中に異音として差し込まれる。間違いなく意識ごと沈めうる触手の殴打の衝撃を受けて、しかしこの刃魔はその全てを放さない。
 人に似た手指を、鈍く硬質に光る獣の如き爪へを変じて鋭いそれらが喰い込む程に握り締め。
 振りかぶった左腕が真っ直ぐと逆しまのイカの胴体へ閃いた。
 片方の触手を掴まれた程度でなすがままになるわけもなく、『デジレ』も片方の触手を先程以上の勢いで薙ぎ払う。
 それを。踏みつけ防いだ『ユーグ』の強烈な光を纏った一撃が『デジレ』を打ち据えた。同時、鋼の爪と脚での拘束が解かれる。
「マジか……メタルバースト……ッ。グゲ――ッ」
 濁った鳴き声と共に殴り飛ばされるそれに巻き込まれる形ですっ飛んだ馬鹿の先には――
「ちょ、馬鹿こっち来ん――きゃ」
 ――未だに鳴き止まない巨大な蝉とそのトレーナーのおさげ眼鏡が。
 ズサァと一纏めに転がる男女とポケモン達。
 俺を放っておけばこんな事にはならなかったのに、馬鹿な奴らである。因みに、蒼都の手持ちである青い海老と、兎渡路の手持ちである巨大な蝉の抜け殻はしれっと無事である。
「わぁあ大丈夫デスか?!」
「安心しろ蒼都の弁当がぶち撒けられただけで後は無事だ」
 どうなっても砂埃が入りそうだったので、自分のものと隣で呆と観戦していた金髪青目の後輩のものは蓋を閉めておいた。
 兎渡路の弁当は俺の意図を汲んだ『ふたば』が弁当箱ごと避難してある。小さな弁当箱を持って此方を見ている相棒によくやったと頷いておく。
 それを受けた相棒は、ふう、と溜息めいたものを吐いて肩を竦め、馬鹿馬鹿しくも凄まじい攻防(ちゃばん)の結果を相変わらず凶悪な目つきで一瞥した後に、軽く頭が縦に動かした。
 残念ながら自分で持っていた蒼都の弁当はどうしようもなかったが。まあ仕方ない。
「大損害だわ!! なんで俺のポケモン達が同士討ちしてんだよ! あと俺の弁当!! テメエ辻堂!!」
「俺は何もしてねえ」
「そういやそうか。……食いもん分けてくださいお願いします神様仏様辻堂様」
「イバンの実でも食べてなさい『バカルイ』。あーもうッお米やらおかずやらが服に……」
「良かった。みんな元気デス」
 『チシュ』の言うとおり怪我などは無いようだ。
 しかし米と幾つかのおかずの詰まっていた弁当箱を頭から被った悲惨な姿の男が、手を合わせてにじり寄ってくる。俺まで米塗れになりたくないので、携帯食を渡す約束をして蹴り飛ばす。
「どうしてこうなったかはどうでもいいが、取り敢えず何もしていない俺が騒音やら食料被害にあってムカつくから、あー……鎧っぽいお前にイカは無事だな。あと海老、それに蝉と抜け殻、その米塗れのピアス男を囲って嬲れ」
 嗚呼、あと蹴ったからサンダルに米が付いて不快なのも追加する。まあ生きていればこの程度の苦痛は当たり前だろうが、しかし甘んじて享受するだけでは死んでいる。よって再度転がった男には俺が生きている事を実感させてもらう為に犠牲になってもらおう。
 そういうわけで、なんというポケモンかわからないしニックネームも曖昧なので印象そのままに、指示を出してみる。特に海老と蝉達の名前が曖昧だ。なんだったか……
 無茶苦茶な俺の言葉だったが、どうやら二人の手持ち達も無茶苦茶らしく、素直に動き芋虫の様に転がる緑色に染められた髪のピアス男をぐるりと取り囲んで小突き始めた。何やら喚いているが気にしない。
「いい気味。日頃の行いを反省しなさい。あ、ごめんね私の『朧』が五月蝿くして。どうにも過保護でねー。小学生の時とは違うってのに。……というか辻堂くん、もしかしてポケモン疎い?」
 ポケモン達に転がされ続ける蒼都に、ふふと冷笑した後にサマーセーターやシャツに付いた米粒や砂等をはたき落としながら兎渡路が俺に向いてそう問うてきた。
「ん、ああ身近なの以外はよくわからん。ちゃんと調べたのも『ふたば』についてだけだわ」
「じゃあ、バトルの時も相手のタイプもよくわからないまま?」
「見た目と使ってくる技からの予想だなぁ。だから、あのイカのタイプが全くわからねえ」
 だが。
「でも、そっちの方が楽しくねえか?」
 何をしてくるかわからない。それを俺は予測し時には予想外の事態に対して指示を出し、『ふたば』はそれを突破し肉薄し斬り伏せる。俺達の反応に直ぐ様応えが返ってくる。精神が疲弊して肉体が血を流す応酬はとても、良い。
 しかし。俺の、そして相棒の考えはどうもポケモンバトル部の眼鏡女にはよろしく無いものらしい。頭に手を当てて溜息を一つ。少しの間を置いて返ってきた言葉は。
「まあ別にそれで強いんだから文句はないけどね? そこまで極端では無いにしろ予想予測も大事だし。でもそんな異常者と同じ事を求められてもバトル部(うち)のアイドルには荷が重いんだけど?」
「返す言葉が無い」
「因みに、『チシュ』君『デジレ』――カラマネロのタイプは?」
 腕を組んで仁王立ちをした兎渡路は俺の返答に大きく頷くと、虐げられ続けるバトル部のエース(蒼都)をそわそわと手持ち達と共に眺めている後輩にへと唐突に問うた。
「え? えぇと、悪とエスパー、デス」
「正解。その辺は『チシュ』の方が優秀ね?」
「……ああ。あのイカ、カラマネロっつーのか。名前すら知らんから俺の負けだわ。……そんじゃあ自分のポケモンのことも大丈夫だよな。そっちもよくわからんから教えてくれ。先ずは、その黄色い小蜘蛛の種族名と覚える技は?」
「え。『かるかん』はバチュルって言いマス。技は、えーっと、糸を吐く、蜘蛛の巣と……電気ショック、デス?」
()ってえ、俺何も悪くなくねえ? 今回は。そんで『チシュ』、バチュルは電気ショック覚えねえぞ」
 暫く転がされていた蒼都が汚れをはたき落としながら此方に歩み寄ってくる。俺達のやり取りが聞こえていたようで、兎渡路が訂正するよりも早く『チシュ』へと駄目出ししながら。……もしその話が事実ならば、真面目なこの後輩は真剣な態度で使えない技を指示しようとしていた事になるが、頭痛が限界を超えそうなので考えないことにする。
「え、そうなんデスか……?」
「んじゃ辻堂、エルレイドの覚える技は?」
 そのまま、自分のポケモンの技もうろ覚えだった後輩の狼狽(うろた)えを放置して、ひょいと俺へと話題を振ってくる。別に問題を出しあっていたわけではないのだが。まあ別に、難しいものでも無いので応えるが。
「あ? ……ラルトスん時からだと、鳴き声、チャームボイス、マジカルリーフ、ドレインキッス、瞑想、サイコキネシス、封印、未来予知、甘える、催眠術、夢喰い、睨みつける、念力、テレポート、影分身、リーフブレード、インファイト、辻斬り、アシストパワー、ファストガード、連続斬り、切り裂く、癒やしの波動、ワイドガード、剣の舞、サイコカッター、手助け、フェイント、峰打ち、守るとかか? 技マシンと教えたら覚えたのも要るか?」
 抜けもあるかもしれないが大体こんなものだったと思う。忘れているとしたら使っていないということなので問題もない。
「ほんと極端だね、君」
「『ユーグ』よりも目つき(わり)いのがチャームボイスとか甘えるとか超怖え」
「鳴き声も吠えるみたいな効果になりそうデス」
「ドレインキッスも何気に恐いよね」
「言いたい放題だなお前ら」
 だが、確かに悍ましい程に似合わない。あまり使う技でもないが、隠し球としてでも練っておけば使う機会があるかもしれない。使う方も指示する方も精神的にキツそうだが、それはそれで素晴らしい。(つら)いという事は生きているということだ。俺達は生きなければならないのだから、苦痛は必要欠くべからざるものである。
 だから――
「『チシュ』は実践もだけど、基本的に知識も足りてないんだよねー」
 そんな風に俺が物思いに没入しかけていると、兎渡路の溜息混じりの声がそれを引き戻す。
 嗚呼、そうだった。その前にこの苦痛があった。苦痛が重なるのは別段構わないが、今考えていた『ふたば』との訓練だとか特訓めいたものと並列して行うことは、何方も疎かになりかねない。
 別段、苦痛の結果が徒労に終わる骨折り損でもそれはそれで構わないが、しかし俺と『ふたば』以外が関わっている場合はよろしくない。それは合わせる顔がない。誇られない。
「面目ないデス……」
「今更だ気にするな。あーそうだ、兎渡路。バトル部にゃポケモンの資料って在るか? 『チシュ』の手持ちが載ったやつ」
 引き連れた手持ちのポケモン達と共にしょぼくれる後輩には適当に声をかけて、その隣に戻ってきていたバトル部レギュラーの眼鏡女に問い掛ける。
「こっちであまり見ない奴らだから無いならこっちで探すが」
 動きが壊滅的過ぎてそちらにばかり気がいっていたが、検めるとそちら方面も埋めないとどうにもならない気がしてきた。バトル部にあれば手っ取り早い。
 バトル部と云うくらいなのだから無いことは無いとは思うが、しかし年代物の化石の様な物が出てくる可能性もある。そうなった場合は図書館なりで探すしかないか。
 ネットで検索や質問をしてもそこそこ出てくるだろうが、真偽不明な情報を精査する時間を考えれば新しめの書籍やら論文をあたった方が結果的に早く済みそうなことであるし。
「ああ、それなら部室にそこそこ揃ってるよ。戦術論とかじゃなくて基礎データでしょ? 私が入ってからそっち関連を買うようにしてるから。このバカの仔達もイッシュやカロスのポケモンだからそっちのも在るはず」
 「このバカ」の所で、スパーンと緑色の頭を引っ叩きながらさらっと返してくる眼鏡女。因みに「私が」の所で二つに束ねた髪を気取った様子で払い上げてもいる。
「何で叩いた?! ……あー、確か『チシュ』のは全員分在ったぜぃ。表紙しか読んだことねえけど」
「それは読んだとは言わねえ。けど有難い。そのうち時間取ってみるかな」
「買ってもなんか皆、黴臭い戦術の本とか読んでて、伊藤君以外読まないから活用してねー」
「そんな本在ったんデスね。知らなかったデス……」
「つか、誰だよ伊藤」
「今の方針と合わない戦型だけど腐らず頑張ってる二年のホープ」
「めッッちゃしぶとい」
「あと優しいデス」
「そうか」
 伊藤なんぞは知ったことではない。しかしそのホープでバトルスタイルがしぶとい、優しい奴も『チシュ』の事をみるのは匙を投げていると云うのは相当だな。と再認する。
 幸い、良さげな資料は在るらしい。しかし、正直、知識面に回せる時間があるか分からない。本当に。切実に。致命的に俺が面倒をみせられている後輩は弱すぎる。
「ていうかそのうちとか言わねえで今日で良くねぇ?」
「あ? んな余裕が有ると思ってんのか?」
 ぶちまけられた弁当を諦め手持ちのポケモン達が食べていた木の実に齧り付きながら、緑色に髪を染めたふざけているとしか言いようのない姿の奴が言ってくる。ピンク色になっている瞳を縁取って強調する化粧までして、耳だけでなく眉やら唇やらにも付けたふざけた野郎が何も考えていない声音で言ってくるので反射的に語調が強めで返してしまった。
「いや多分雨降るぞこの後。水の匂いがする」
「ああ?」
 しかし、一切気にすること無く天に向かって指を向けて更にそう返してくる。
「確かになんかひやっとしマス」
「天気予報は曇りだったけど。まぁ急に崩れる事多いしありえるかもね」
 それに同調する二人の声を耳に入れながら、俺も空を見上げてみる。なるほど確かに彼方に黒い雲が見える。
「お前だけなら雨だろうが雪だろうが雷ばんばん落ちてきてても止めねえけどよ。ドン引きだけど。うちのか弱い後輩も一緒に、は流石に止めるぞ」
「ボクは大丈夫デスよ! 雨でも雪でも槍でもどんとこい! デス!」
「いや槍は嫌だわ。……なんかテメエの言う通りに動くのも(しゃく)だが仕方ねえ。――兎渡路、その資料って部室か?」
「え? ああ、うん、そうだよ。ほんとに天気が崩れたら使う? なら後で許可取って鍵渡すね」
「話が早くて助かる。――『チシュ』、そんな予定だ。雨天中止は残念ながらなくなった」
「むしろ嬉しいデスッ!!」
 絶望的な腕だがやる気だけは素晴らしい金髪青目の後輩は、大げさな身振り手振りで手持ちの三体とはしゃいでいる。
 小さく息を吐いて、天を仰ぐ。苦痛だ。
 だが、まあ、これも良い。
 ところで。
「そういや蒼都。テメエのポケモン、地面踏み割ってたけど、どう誤魔化す?」
 勿論、当たり前だが俺が身代わりになるなんていう選択肢は無い。

秋桜 ( 2016/12/19(月) 00:20 )