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「って事があったんデス」
「予想以上にちゃんとやっててくれてびっくり」
「ギャハッ! その勢いで他の一年の面倒も任せたわ!」
「どうしてこうなった」
翌日。昼休み。そして、此処は俺の所属する二年の教室である。
「駄目デスッそうなると絶対にボクは後回しになっちゃいマス!」
「あらあら熱ーい」
下品に笑い椅子を揺らしながら弁当を喰う緑色の髪のピアス野郎はクラスメイトである。居るのは何もおかしくない。
その隣でアンダーリムの眼鏡のレンズ奥の瞳を細めてけらけらと笑う、長い髪を二つ結いにした女もクラスは違うが同学年である。教室内を見渡せばそういったのも少なくない。別に変ではない。
しかし。
「『委員長先輩』のお弁当も美味しそうデスけど、先輩のお弁当は圧巻デスね」
「こいつのは偶に作ってもらってるけど美味いぜぃ。けどそっちの悪人面のはほんとおかしい」
「
五月蠅え。俺の弁当が重箱なのなんかよりも、『チシュ』が此処に居るのがおかしいだろうが」
何故しれっと一年のこいつが居るんだ。
にこにことバトル部の先輩達と話をしながら小さな弁当箱の中身を使い慣れた様子の箸で食べている小柄な後輩が、この場に居るのはどうにもおかしいと思う。
他のクラスメイト達も最初は「え、何この娘。『辻堂』の彼女?」「え、男の子? うっそカワイイー!」「つか、何で一年が来てんの」「お、『チシュ』じゃん何してんの?」だの騒いでいたが、「ああ、『蒼都』が呼んだのかー」で納得し解散して各々何時も通りの昼休みを過ごし始めてしまった。偶に隠す様子もなく
携帯電話で許可無く写真を撮られているが、それはどうでもいい。俺を含めた全員が気にしていない。
緑の髪にピンクの瞳で化粧をしてピアスを開けまくっている男がクラスメイトに居ることによる慣れなのか、それともこのクラスの適応力が凄いのかわからないが、明らかな異物が存在するにも関わらずクラスの様子はほぼ変わらない。或いは俺の適応力が無いのだろうか。
などと不安に思ったが、いややはりおかしいだろう。そもそも呼ばれたからといってのこのこと来て笑顔で昼飯を喰っている『チシュ』が相当おかしい。
「
五月蠅え。毎回重箱にぎっちり料理詰めてくるのがおかしくないなら一年が一人で二年の教室まで来て昼飯食ってもおかしくねえだろバーカ」
「まあ残念ながらこの中で一番の馬鹿はアンタなんだけどね……。っていうか毎回これってお母さんも凄いね。意味わかんない」
「あ? 作ってんのは俺だが。――いや、んなことはどうでもいい。だからどうして『チシュ』が」
「何それもっと意味わかんない。冷食とかじゃないでしょこれ全部。『ルイ』に聞いてるけど走って登下校してるって云うし勉強もちゃんとしてて何時寝てんの?」
『チシュ』とそう変わらない大きさの弁当をつついている眼鏡女が割り込んでくる。俺の話の後半はスルーされ、前半だけが拾われる。
「……いや別にそんな寝なくても平気だろう? 走ってる間にも少しは寝れるし」
「駄目デスよちゃんと寝ないとおっきく、なってますね『先輩』……」
「キヒャハ。『
辻堂』は寝てねえし、『けーこ』は早寝だけどどこもかしこもちっこいままだから睡眠関係ないんじゃね? 俺は寝坊する勢いで寝てるけどなー? ぎゃははは痛ででででで」
勢いよく俺に何か言ってきた金髪の後輩が「ボクはちゃんと寝てるのに。お姉ちゃん達もいっぱい寝ておっきくなったのに……」云々と次の瞬間にはしなだれて。そこに追い打ちをかけつつ余計なことを言った緑髪ピアスが、横に座る眼鏡にピアスを引っ張られている。
因みに緑髪ピンク眼ピアスは『
蒼都類』という。二つ結いの眼鏡は『
兎渡路圭子』である。
「妹もでっかかったっけ? ほれあの中学チャンプの」
「強いとは言ってたがそんな強えーのか」
「一年の時から騒がれてたけど、中学の時にそういう話とか無かった?」
「俺の所はバトル部無かったし、部活に忙しかったからなぁ。知らん」
「んーと、背はボクよりちっちゃいデス。バトルの研究とか言って夜更かししてマスから。『先輩』はどんな部活に入ってたんデスか?」
「あ? あー、運動系は一通り全部」
『チシュ』の質問に答えた途端に、空気が凍った。
「あー、なんだろ、なんて言えば良いのかな?」
おずおずと、一瞬前までの馴れ馴れしさと打って変わった距離を置いた口調で話しかけてくる蒼都。目元を黒く塗られた中のピンク色の瞳が真っ直ぐ此方に視線を寄越す。
「ひょっとして気でも狂っていらっしゃる?」
「正気だ、ど阿呆」
ひどく真面目な口調でそんな事を言われれば流石の俺も手が出てしまう。中身の詰まっていなさそうな緑色の頭を軽く叩いてそう答える。
しかし、まあ中学の時の俺も少しおかしかった。それは俺も認めよう。
「小学生ん時に勉強し過ぎてな、運動もした方が良い気がしたから手当たり次第の運動系の部活に入ったんだわ」
正確には徐々に増えていったんだが。負荷が段々と足りなくなっていって増えていった結果が全制覇。正直やりすぎた。
「ああうん。狂ってるわ。つーか、んなふざけたことしてせんこーとか部員とかなんか言ってこなかったん?」
「大真面目だったんだがな……。あったが、勉強はそのまま続けてたから教師は黙ったし、部員の方は死ぬ気で練習して何だかんだでその中では一番になってねじ伏せた」
「すっごいデスねー」
「すっごい馬鹿ねー」
「で、思っきり嫌われたんで流石に高校でも同じことは出来ねえからバトル部行ったら、バトル見てた部長に追い出された。とそういうわけなんだが何でお前ら勧誘してくるのかね?」
「いや、お前強いし」
「層は厚い方が良いしねー。戦型のヴァリエーションも欲しいのよ」
「先輩達も夏で引退だし、手っ取り早く戦力補っておきたいんだよねー」「多分他の奴らに白い目で見られるけどお前なら平気だろうし!」弁当を頬張りながらさらっと言われるが、驚く程に自分達の都合で俺の気持ちというものを一切考えられていない。何なんだろうかこのコンビ。あと、追い出された部活の内情とか知ったことではない。
生返事にもならない返事が俺が発した後に、同類だから呼ばれたのか交わって赤くなったのか知らないがこれまた俺を振り回す金髪青目の輩が、
「ほんと『委員長先輩』と『ピアス先輩』って仲良いデスよねー。良いカップルデス。……あ、ソウいえば、『先輩』と『ピアス先輩』もペアみたいですよね。名前が」
「どっちも素敵な色味デス」と、話の流れをぶった切ってよくわからないことを言ってくる。
「あ?」
「んあ?」
「え? ……ああ、
蒼色と
緋色で?」
「ハイッ」
「ああ、なるほど。嬉しくねえな絶望的に」
「きひゃひゃッ良いねぇ。蒼色は知らねえけど、緋色は赤っぽいあれだろ? そういうわけでバトル部やろうぜ『辻堂 緋色』くん?」
「どういうわけでだ」
もう意味がわからない。思ったそのままを返してやる。
「名前に共通点ありゃ仲間なのが漫画とかのお約束だろうが! ……そういやよー、楽しみにしてる漫画、今週号ので途中加入したキャラが死んだんだわ。死にそうになかったのになー。いやーびっくりびっくり」勝手に続けて別の話にまでしてしまい、黒く縁取られた眼を細めケタケタと笑うピアス男。漫画やアニメの
類には興味が無いのでどうでもいい。
「人気無かったんじゃないの?」
俺とは違い、それに対して素っ気なくも返す二つ結い眼鏡。
「ソレって『ピアス先輩』がおすすめしテタのですか?! 単行本派なのでネタバレは止めてくだサイーッ!」
全てに反応する金髪青眼の後輩。
そんな騒がしい中で重箱に詰めた昼食を食べつつ思う。
何がどうなっていったいどうして俺の学校生活はこうなった。