始まる前に。
「いらっしゃいませー……って何だアンタか」
「いらっしゃい」
「仮にも客にそれはねぇだろ。……だから何時も閑古鳥が鳴くんだよ。きひひひひひ」
「こんばんはー。おっちゃん、おばちゃん。『くるみ』元気ー?」
「あらあら、『ノラ』ちゃんも来てたの。いらっしゃい。あの
娘はあっちでお客さんとお話してるわよー」
「きひひ。珍しい。客が居るのか。しかし客に子守りをさせるとは何処までぶっ飛んでるんだ? 此処が酒場だったのは俺の記憶違いか?」
「あら、大丈夫よぅ。優しそうなおじいちゃんだったし。――ねえ? アナタ?」
「ああ、まあ、そうだな」
「……ふぅん? ――そんじゃあチビ、
手前ぇはその爺に相手してもらっとけ」
「相手してもらうかはわからないけど『
執事』と居るよりは楽しそうだから行ってくる。おっちゃんッ俺はティーソーダねッ」
「相変わらず微妙なもん好きだなお前。んで、俺はビールな」
「あいよ。『ノラ』はティーソーダで――」
「――ネグレクトは第三のビールでも呑んでなさい」
「きひひひひひ。そう言って本当に出してきてそんで金はビールの代金でとるんだろう? 潰れてしまえ」
「よくわかってるじゃない。じゃあ何で来るのよ。ぶっちゃけ『ノラ』ちゃんだけ来れば私達は満足なんですけど?」
「きひひ。俺も一人で呑みたいのに何でか付いてくるからうざったいんだよ。あいつが居るだけで周りの客が寄って来やがる」
「あー……。あの子基本隠さないからねー。一応帽子と布巻いてるけど邪魔だとすぐ取っちゃうし」
「そのお陰で写真撮影会になる。その点、此処は基本客が居ないから静かに呑める――筈なんだが何故か店主共が話しかけてきてうざってぇ。毎回毎回なんなんだお前等」
「だってなかなかお仲間には出会えないもの。しかも“亜人”の境遇もろに受けて歪みきって捻じ切れた奴と、そんな人間失格に育てられてる上に“亜人”の、真っ直ぐな男の子、なんていう両極端なのには特に」
「きひひひひ。残念。俺は『化物』だし、あいつは『グラエナの耳と尾のある只の人間』らしいぞ。『レパルダスの亜人』。手前ぇの仲間じゃあねえなぁ」
「……本当に。私はそうは開き直れないし、かといってそう言える程強くもないわ。でも、あの
娘はそうなって欲しい。っていうのは勝手なのかしらね」
「きひひひ。俺みたいな『人外』にか?」
「それは俺の命に代えても阻止する」
「ああん? 居たのか
父親。ビール追加だ。あと適当に肴も」
「……アンタの息子もその『人外』になるかも知れないのかしら」
「きひゃはッ。それは無い。絶対に」
「何でそう言い切れるの?」
「何でって、そりゃそうだろう。あの餓鬼は俺のことが大嫌いだ。そんな奴と同質になろうとするわけが無い」
「身も心も『化物』の俺を倒すらしいから、身は化物染みたもんに成るだろうが、心まではならねぇよ」
「ッぷ――あははッ! あれかしら。“俺が倒すまで死ぬなよ。”“お前にも負けねえよ”的な? 変に仲良いわよねアンタ達父子」
「俺と『執事』は仲悪いっての。あ、おっちゃんお代わり!」
「……パパ。わたしも……」
「おうよ。お前はちゃんと『ノラ』に渡せたのか?」
「……うん」
「ああん? また何貰ったんだよ」
「帽子と巻く布!」
「『ノラ』ちゃんすぐ駄目にするから選びがいがあるわホント。ね? 『くるみ』?」
「……うん」
「ふぅん。とりあえず礼を言っておけ。じゃないと今日の代金の桁が二つ位増えそうだ」
「もう言った! 『執事』に言われるまでもねえよ。あ、おばちゃんもありがとうッ」
「ふふ。駄目親も反面教師にはなってるのねぇ。――ところで貴方もお代わりですか? お客さん」
「きひひひ。餓鬼の相手してくれててありがとうよ。だが死相が出てるぞ。普通じゃない奴らだから疲れて死にそうか爺」
「なんかもうこんなのがが親っぽいのでごめん、じいちゃん……」
「いえいえ。気にしなくて結構ですよ『ノラ』君。それと申し訳ないですがお代わりでもありません」
「あら。ではお会計? それと、子供押しつけてしまって申し訳ありません。この
娘人見知りで内気な癖に座ると梃子でも動かなくて」
「ああ、いやいや。こんな年寄りの話し相手をしてくれる素敵なお嬢さんだ。気にしないでください。ただ――」
「――申し訳ないがあなた方のお話が聞こえてしまいまして」
「きひひひひ。何時も客が居ないからって客が居る時に情報流すたぁ『仲介屋』の名が泣くぞ?」
「『仲介屋』?」
「ああ気にしないでください駄目男の戯れ言です。それで……どのくらい聞こえてました?」
「それはもう大体全て、でしょうか」
「うわっちゃー……全部アンタのせいだこの『人外』ッ! 料金
零一個追加!」
「きひひひひ。横暴だな」
「もう一個つけてもいいよおばちゃん。こいつ何か知らないけど金持ちだし」
「抜け目のない素晴らしい追撃をありがとう。だがその程度じゃあ俺には効かないぜ? キヒヒヒヒ」
「あら、じゃあ――」
「……ママ」
「っと、ごめんなさい。それで、そんな会話が聞こえてしまって貴方は私達に何のご用が?」
「ああ、はい。実は――」
※※※
「いらっしゃいま――なんだアンタか。『ノラ』ちゃんはいらっしゃいませ」
「応。俺だ。しかし何時になったらこの店の接客は改善されるのかね?」
「多分『執事』が『化物』じゃなくなった時じゃね? ――おばちゃんこんばんはー」
「はい、こんばんは。ごめんね。『くるみ』は今お風呂入ってるからいないの。――適当に座ってて。適当に持ってくから」
「清々しい程の扱いだな。しかしなるほど。俺が俺じゃなくなれば良いのか。だがそれは『お嬢様』が車椅子必要ないレベルに回復して全力疾走かますようになるより難しいな。気長に待つわ。きひひひひひ」
「待つとどうにかなるのか?」
「知らね。気が付いたら血塗れの『化物』に成り果ててたからな。意外と知らない内に気が付いたら人間様に成ってるかもしれないぞ」
「ふぅん。そうなれば倒しやすいのにな」
「きひひひ。そうだな。パワーポイント垂れ流しの状態ならコンクリ砕くお前に『か弱い人間』が敵うわけがない」
「でも『セバスチャン』とかメチャクチャ強くて敵わないだけど。『かーちゃん』とか『お嬢様』とか『妹様』もなんかもう勝てる気がしないし」
「きひゃはは。それは『か弱くない人間』なんだろうよ。『化物』や『怪物』はそう居ないが、そういうのはざらに居るからな。ほれ、『女郎蜘蛛』んとこの姫様な嬢ちゃん。あれもか弱くないだろう?」
「ああ、『姫』も強いなぁ」
「……うん。……『姫』ちゃんは、強い。……『ノラ』ちゃんこんばんは。いらっしゃいませ。……『執事』さんはとっとと帰ってください」
「おおう。こんばんはッ『くるみ』! なー『姫』強いよなー。そしてもっと言ってやれ。……髪からぼたぼた水垂れてるからちゃんと乾かした方が良いと思う。風邪ひく」
「きひひひ。そんでお前もか弱くはねぇなあ? 『芋虫』の嬢ちゃん」
「…………」
「おおう何だ何だ。何故俺は頭から冷えたビールを被っているんだ? きひひひ。贔屓のトレーナーの優勝でも決まったか? ええ? 『性悪猫』の母上殿?」
「黙れ。それ以上口を開けば引き裂く。七歳児いじめてんじゃないわよ殺すぞ」
「……『くるみ』、あっち行こう。『執事』。絶対いつかぶっ倒す!」
「……うん。……でも、『ノラ』ちゃん、ママ。……でも言うとおり“クルミルの亜人”だしわたし。だから大丈夫。……でも『執事』さん嫌いだからわたしも倒す」
「キヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ! 良い選択だ。応よ。俺は何時でも誰でも大歓迎だ相手をしよう」
「はいよ。お待たせ。ビールと枝豆。それと――ん? 『ノラ』は何処行った?」
「きひひ。お前等の拾った嬢ちゃん連れて俺を倒す算段してる」
「さらりと重めな事情を口にするな。どれだけ敵作るのよアンタは」
「ん? 『化物』は全ての敵だろう。それに『ノラ』も似たようなもんだ気にすんな。何よりも、相変わらず閑古鳥が鳴いてるんだから聞いてるのは――そこで辛気臭く呑んでる爺だけだ」
「……なんだか、申し訳ない」
「ああいえいえ気にしないでください、勝手に大声で話してるこいつ等が悪いんで」
「ちょっとアナタ、悪いのはこの駄目『執事』だけでしょうッ」
「つーか爺。こんな店来て何が良いんだ?」
「ああ、ええと、あなた方や『ノラ』君、『くるみ』さんの様な子達のお話はあまり余所では聞けないものでして」
「ああ。まあ、そうだわな。たまーに見かけるのは週刊誌の下種い話題か面白
奇怪しく作られたテレビだけだもんなぁ。きひひひ」
「あー。あれは迷惑ったらなかったわねー」
「やはり、皆さんそういう経験が?」
「私はそのせいで結構色んな場所を転々と。なんだか物騒な輩にも巻き込まれたりもありましたよ。……あれ、『ノラ』ちゃんも最近に似たような事あったって言ってなかった? あれはどうなったの?」
「ああ? あー……『家令の爺』やら『医者の婆』やら『
女中』やらが止めても聞かなかったから、ポケモン共も総出でそいつ等の事を写真やら動画で撮りかえしてやったらぶちギレられた」
「それは……すごいですねぇ」
「そんでそれに対して『お嬢様』がキレて、その会社の上の方に抗議したらそいつ等の首が飛んだ。序でにマスコミ関係の再就職口は潰してたな。きひひひひ」
「もうどっちが悪いのかわからないレベルに無茶苦茶ね……」
「それはそれは……。ところで、貴方や『くるみ』さんは、“レパルダスの”お母様や“グラエナの”『ノラ』君達とは――」
「違って耳も人間で、尾っぽも無いって?」
「ああ、ええ。そうです。私の知っている子も分かりやすく特徴を有していますし、そういうものと思っていたのですが。……どうも、違うようですね」
「きひひ。その通りだ爺。一言で“ポケモンの特徴を宿している”
言っても、外面に出ているのから出ていないのまで様々だ」
「まぁ、一番分かりやすくて本人に一番面倒が降り懸かるのがその“分かりやすく特徴が出ちゃってる”のなんですけどね。危ない人種に浚われそうになったり、そうでなくとも気苦労絶えないし」
「きひゃははは。それでも両親が育ててくれたお前は尋常じゃない幸せ者なんだがな? 爺ん所のみたいに捨てられてたり、俺や『ノラ』みたいに“親に売られた”とかそんなのが大半よ。……ああ、『クルミルの』嬢ちゃんみたいに、ヤバいのに買われそうだったから横から買い取られたってのも珍しいな。喜べ。母娘そろって奇蹟みたいな奴らだお前等。きひひひひひひ」
「……だからアンタはそう他人の重い事情をペラペラと――」
「聞いてしまいました申し訳ない。しかしこの事は墓まで持っていきますので……」
「ああ、はい。出来たらお願いします。……あれ、『ノラ』ちゃんはともかくアンタもそうなの?」
「応よ。皆殺しにした時に“お前を売った親の事を知りたくないか”とか言ってたのが居たからそうらしいぞ」
「へえ。それで? その親御さんには会って復讐でもしたわけ?」
「いや? 訊かれた直後にそいつの頭撃ち抜いたからそれ以上は知らねえ。そもそも一番古い記憶が『ノラ』より下の頃に拳銃持って男撃ち殺してるとこだしな。親とか言われても、はいそうですかそれで? って感じで実感なんか無い」
「……凄まじいですねぇ。その、買われる理由は貴方の様な……いわゆる殺し屋にする為に?」
「報酬なんざ無かったから殺し屋とも違うんだが、まあ良いか。俺みたいな外見に何の特徴も無い奴が買われる時は大体そうだな。んで、特徴が分かりやすい、こいつみたいなのはそういうのが好きな変態に売られる」
「幸いにもこうして幸せな家庭を築いてますけどねッ」
「素晴らしい。本当に素晴らしい」
「きひひひひ。しかしどうでも良い惚気をありがとう。猫耳尾っぽ付きの女と一緒になる男ってのも相当特殊だと思うがね」
「五月蠅い喋るな」
「きひひひひそれは出来ない。黙っちまったらそこの旦那の様に存在感が無くなっちまう」
「ああ、俺のことは放っておいてくれ。注文があったら言え」
「きひひ。ビールお代わり。爺の分も」
「ありがとうございます。――という事は『ノラ』君もそういう?」
「ん? ああ、違う。俺の居た掃き溜めが“亜人”を買い取った場合だとそれは“俺みたいな化物にする為”だな。手当たり次第に外面的特徴が無かろうと在ろうと買ってきていた」
「なるほど……」
「まぁそんなのは例外だから、爺ん所のを買おうとしてる社会不適合共は九分九厘売る為にだろうな。きひひひひひひ」
「やはり、ですか……」
「きひゃは死相が濃くなったぞ爺。『真性の化物』様がお前の願いを叶えてやろうか。数限りない手段の中の最悪手でもって全てを台無しにしてやるぜ」
「……。ありがとう。しかしそれは遠慮しておきます。まだ、私が居る限りは大丈夫な筈ですから」
「きひひ。そうかい。そう選択するか」
「ええ。私の事情で貴方の手を汚して頂くのも気が引けますし。何より最悪手とやらを選択出来る程に私は強くない」
「俺の手なら既に
血塗れだから気にしなくて構わないんだがな。ま、最悪手を選ばない選択は全て最善手だ。せいぜい頑張れ。きひひひひひひひ」
「励ましてるんだか貶してるんだか」
「どちらも違うぞ。俺は面白がっている。俺には出来なかったし、しなかった選択をする『人間』共は素晴らしい。キヒャハハハハハハハハハッ!」
「馬鹿笑い中失礼。ビール二つ、お待ち」
「きひひ。遅いぞ。――さあさあ、勇敢なる死に損ないの爺の選択に乾杯だ」
@@@
「金だけ置いて帰れ」
「来る度に改善されるどころか悪化してるな。何かしたか俺は?」
「何もかも。――『ノラ』ちゃんはいらっしゃい。『くるみ』も待ってるわ」
「おばちゃんもおっちゃん『くるみ』もこんばんはー」
「おういらっしゃい」
「……こんばんは、『ノラ』ちゃん。『執事』さんは帰ってください」
「きひゃは。相変わらずの嫌われようだな。――ビールと、」
「トマトジュース!」
「嫌われるっていう事の耐性が尋常じゃないなしかし。あいよ」
「きひひひひ。『化物』だからな。――俺程じゃないにしろ、業界の嫌われ者の『女郎蜘蛛』様も居るようだがお前もこんな感じの接客食らったのか?」
「お生憎。あたしはVIP待遇よ。勿論
家の可愛い娘もね」
「こんばんはー『ノラ』ちゃん。『執事』さん」
「あ、『姫』も『かーちゃん』も居たんだ。こんばんは! でも『姫』、『執事』にあいさつは要らないから」
「きひひひ。抜け目のない事で」
「はい。お待たせ。トマトジュースと、麦茶」
「最早アルコールすら入らなくなったか」
「いや、流石にそれはやりすぎだろうお前……」
「あら、アナタは黙っててよ」
「そうそう。どーせこの駄目『執事』、アルコールとか自在に効きを調整出来るんだし」
「きひひひ。おい誰だこの二人引き合わせたのは。単体なら良いが流石に調子が狂う。……嗚呼、お前だ。『ノラ』。ちょっと八つ当たりするから付き合え」
「は? ――おおッ?!」
「きゃッ」
「……。あーお役目ご苦労亡霊共。抜かり無く全弾防いだか。何でそんなに仕事熱心なんだか」
「“『ノラ』が好きだから”。だそうよ? 人徳の違いね『執事』さん?」
「ごめんありがと、『笑華』に『詠華』。助かった。おいこら『執事』!! いきなりぶっ放すのは止めろよ迷惑だろ!」
「ああん? 何も壊れちゃいねえし、他に客も――居ねえし」
「居るわよバカ『執事』」
「居ますよ? 『執事』さん」
「……うん。居る」
「居るぞ? 『執事』」
「ああ。居る」
「むしろアンタが客じゃないわよ」
「きひゃははははは。集中砲火だな。……ああそうだ、閑古鳥に愛されたこの店の、数少ない客だった爺は最近来てねえのか? 見かけないが」
「あら、そんな人が居たの? 私達は会ったこと無いわね」
「うん。ママ」
「私や『ノラ』ちゃんみたいな子が居るらしくてそういう系の話をよくしたわねぇ。『くるみ』も懐いてたし良いお爺ちゃんって感じの人だったわよ」
「死相が出てたがな。くたばったかね?」
「アンタには色々と足りないけれどデリカシーも足りないわね。……ほら、アンタ宛」
「ん? 何だ?」
「アンタが前に来たのが一週間位前だから、その前か。久しぶりにおじいさん来てね、“彼に渡してくれ”って」
「ふぅん」
「なんて? 『執事』?」
「ん。あー、例の『亜人の餓鬼』の事だな。きひひひひ。最悪手すら選択する程か。きひゃははははははははははッ!」
「うるっさい。どうしたのよ」
「何でもねえよ。死期の近かった爺がいよいよだから選べなかったもんを選択したのさ」