W-20
それぞれの背に一体ずつ人型のシルエットを乗せた四羽の異形達。その内、まず先を降下する二羽が桃色の光を放つ障壁へと今将に接触する。
二羽。前へと突き出た冠羽を揺らして眼光鋭く威嚇し迫る屈強な猛禽――ムクホーク。赤く立派な鶏冠に長い首と嘴で鋭い眼光の大鳥――オニドリル。
その背に乗った人型の異形。障壁の影に居る『セバスチャン』と呼ばれる燕尾服の老人のサーナイトに似た風貌だが、此方は何と言うか男性的。
ひかりのかべとリフレクターにムクホークとオニドリルが接触する刹那前。その二体の異形がサーナイトの様なひらりと靡く足元ではない、剥き出しの二本の脚で異形の鳥の背を蹴り障壁へ跳ぶ。
そして両肘から伸びる刃を振るう二体のエルレイド。刃に乗る茶色――
かくとうタイプ――の光。硝子の割れる様な澄んだ音が鳴り響く。結果。断ち割られる物理と特殊の両者を阻む遮蔽物。
かわらわりと呼ばれる障壁破りの
わざにより、無効化され割られ刻まれたそれらの破片が散る中に膝を曲げ着地する、二体の剣魔。その後に二羽の異形鳥が到着。
それらを狙い生きた鉄塊が動いた。展開した障壁を突破された四体のメタグロスが残響音めいた咆哮を響かせながら、鉄柱の如き太い脚の一つを唸らせ殴りかかる。
巨躯に見合わぬ勢いで動く鉄塊達。鋭い風音。散る燐光。
減速したオニドリルとムクホーク、着地したばかりの剣魔は反応はしているが身体がついていかない。
迫るメタグロスのバレットパンチ。
弾丸どころか砲弾の如き圧倒感のそれらが動き出した怛刹那後。先の二羽に僅かに遅れて到達せし大鷲の背に乗る人影が空を舞い地へと降り立った。
瞬く間。目にも止まらぬ疾さでその人影が動き、メタグロス達の悉くを横合いから打ち払う。
真直に殴りかかって来ていた大きく重い金属生命体を空手で殴りつけ。鉄塊達の鳴き声とはまた違う、鈍く重い残響音の残る打音を奏で。その軌道を大きく乱したのは。
『セバスチャン』と呼ばれる老人と同じ様に背筋を伸ばし洗練された佇まいの、燕尾服を着た壮年の男であった。
細身に見える『セバスチャン』とは違い此方は筋骨逞しい。それを乗せてきた大鷲――ウォーグルは鋭く啼いて大きく羽撃き、ホワイトブリムを着用したサーナイト達とそれに大事そうに抱かれた犬耳犬尾の少年の方へと向く。
「お久しぶりですね。貴方も『ノラ』君と『姫』さんを?」
「久方ぶりです。お元気そうで何より。そして、“はい”。それが此方の『お嬢様』のお望みですから」
「そうですか。では私も此方の『お嬢様』の望むであろう応えを僭越ながら示させて頂きますか」
淡々と、世間話でもする様に老執事『セバスチャン』と燕尾服の男は言葉を交わす。最後に老紳士が言葉を切ると、両者の纏う雰囲気が瞬時に一変した。
手に持つ特殊警棒を無造作に構える『セバスチャン』。
対峙する壮年の男は何も持たず、ゆらりと軽く両腕を広げるのみ。
ある意味穏やかな、しかし鋭利な刃をお互いの首元に当てているかの様な緊張感を離れ見ている『蝙蝠少女』は感じ取る。
耳は蜘蛛糸と大蜘蛛を率いて戦う『女郎蜘蛛』達の音を聞きながら、目は二人の執事が動き出す様を霞んだ視界に捉えている。
と。その二つに気を取られていた『彼女』は。
直ぐ横でニタリと笑う亡霊達に気が付かなかった。
「きゃうッ?!」
不気味な笑声が耳元で響いた事で漸く気が付く『蝙蝠少女』。びくりと身体を震わせて、慌てた様子で鳴き声のした方を向く。
その次瞬。
「――ッ?! わ、ちょ?!」
「はぁああ?! こら亡霊共ッアンタ達何を……ああもう、全員一旦攻撃中止! 防御!」
壮年老年どちらの執事達とも三霊達とも違う別方向から翡翠色の弾幕と爆撃、更に蒼と橙色の光の奔流の波状攻撃が飛来。
嘲笑うゴーストタイプのポケモン達を狙う、ワタッコの両の綿毛とボーマンダの口腔から放たれたそれら
タネマシンガンと
タネばくだん、
りゅうのいぶき。
それらが『三霊』、『女郎蜘蛛』、『蝙蝠少女』だけならまだ良かったのかもしれないが、だが味方である真直線に亡霊達へと迫ってきていた『三羽』や大蜘蛛達を相手に立ち回っていたリザードンとグライオンまでも巻き込んで吹き荒れる。
「本物の乱射魔じゃねえか。誰もでいいから統率しろ頼むから」
「俺が言うべきことじゃないっすけど、コイツら大分酷いっすね先輩……」
「キャハハ。伊達に『烏合の衆』とは呼ばれてないわよぅ?」
「……もういい口を開くな」
挑発されて誘き出されたり、火線を誘導されて味方まで撃つ醜態を晒す『てふてふ』の惨状を見て片手を額に当てて独り言つ『指揮者』。それに対する『レディ・バタフライ』の言葉に更に大きく溜息を吐く。
そしてその惨状。奇声と怒声に塗れた弾幕に曝された場所では。
「ああもう! こういうことは予め言っときなさいよ! 報告連絡相談は大事よ!!」
仲間が居ようと容赦なく放たれる翡翠色の光の弾丸や爆撃、蒼と橙の光を帯びた
狂飆染みた竜の呼気。それを呼び込んだ亡霊達に対して毒づきながら『女郎蜘蛛』とその蜘蛛達が膨大な量の糸を繰っていた。
別種の生物の様に蠢く白い指。ギチギチと鳴きながら
いとをはき主人である女同様に糸を編む毒蜘蛛と電気蜘蛛達。そして編まれ織られて生み出されるのは、『女郎蜘蛛』と蜘蛛達だけでなく異形の大蝙蝠の特徴を有した『彼女』をも覆って守る蜘蛛糸の
障壁。その糸を電流が流れているのか、バチバチと爆ぜる音と山吹色の燐光が内側に居る彼女からでも見聞きできる。
その電光を塗り替える翡翠色の弾雨に爆風が蜘蛛糸の防壁に突き刺さる。断続的な攻撃音。
穹窿状の蜘蛛糸の壁を作り出したスカートスーツの女――『女郎蜘蛛』の指示。それに従うデンチュラとアリアドス達の軋んだ鳴き声。防壁の外では弾雨の中で異形達が悲鳴を上げる。
混じる亡霊達の笑い声。
それが聞こえた次の瞬間に、振りきれて最早騒音としか言えなくなった金切り声と獰猛な怒りの宿った咆哮が轟いた。
それに伴い、蜘蛛糸の壁へと撃ち込まれる攻撃の勢いが強くなる。……ゲンガー達へとワタッコとボーマンダが放つ攻撃の勢いが強くなった結果だろうか。
等と『蝙蝠少女』が考えていたその次瞬。
『女郎蜘蛛』の舌打ち。同時、蜘蛛糸が燃え上がった。
「うわ――」
そして綻んだ繊維の壁を
くさと
ドラゴンの逸れ弾が喰い破る。
「ああもう、大人しく同士討っときなさいな!」
遮断されていた外界と再び繋がるその裂け目。流れ弾に傷つきながらも口元から
ひのこを散らし此方を睨む火竜が覗く。
それに向かって片手を上げて言葉を投げる『女郎蜘蛛』。指示は無い。しかしその動きに合わせて電気蜘蛛達が紫電の光線を射出する。
山吹色――
でんきタイプの光を散らすチャージビームに撃ち抜かれ沈黙するリザードン。
そして、狙いを付けているのかも分からない乱射に乱射を重ねた弾丸の雨に喰い尽くされて完全に襤褸と化した蜘蛛糸の塊が吹き飛んだ。
続く次波に備えて警戒する二人と六匹。尤も、一人は警戒をしても動けないのだが。けれど、可能な限りの状況の把握に努める『蝙蝠少女』。直撃を受けても急所を外す程度の動きはしよう。そう考える。
しかし、それ以上の弾雨が彼女達を襲う事はなかった。
高音と低音、二色の断末魔が尾を引いて響く。次いで響き渡るのはくすくすと嘲るかの様な冷笑が二つ。
その笑い声のする方向へと目を向ければ、それは空。ひらりと宙を舞うムウマージと桃色――
念タイプの力――の光を纏って浮かんだユキメノコが、奇声を上げて乱射していた綿毛の異形と暴圧的な哮り声を発していた飛竜を討ち取った所であった。
灰と水色の光――
ひこうタイプの力――を纏っての高速斬撃と細氷の散る光線を受けて落下していくワタッコとボーマンダ。
それら二体の異形が地面へと接触するその既の所で閃光に包まれ掻き消える。白服黒仮面の男達の内の主人である『綿毛』と『飛竜』がボールへと戻したのだろう。
そして、手持ちがやられても気障りな仕草は変わらず首を振る二人とは違う『てふてふ』の叫び声。
言下。
けたたましい啼き声と共に幾多もの難視の刃が放たれる。
常に空に浮かぶ夜魔はともかくとして、宙に浮かばされている氷女は己の意思で動けない。
迫る数多のエアカッター。
見やる二体。にやりと口元を歪めて唄うムウマージ。味方に撃たれ落ちた地面から啼き喚く三羽の異形を冷たく見下ろすユキメノコ。
最も早い一刃が当たる直前、弾ける様な勢いで夜魔が空を滑る。詠唱めいた鳴き声と共に。
同様の勢いで、ムウマージのテレキネシスによって浮かぶ小さな雪女も対照となる軌道で宙を移動させられる。
視認しづらい刃の群を潜り抜け、それを見上げる『彼女』の傍へとふわりと来着する二体の亡霊。
響く『白鳥』『企鵝』『鴉』の指示。スワンナ、デリバード、ドンカラスの三羽がその声に従い動くその前に――
滑らかな挙動で放たれた
れいとうビームとパワージェムが三羽を黙らせる。苦鳴を発して倒れる三羽の異形。
一気に状況が動いている。それに置き去りにされていきそうな気持ちになった『彼女』は一層状況の把握に意識を注ぐ。
襲いかかってきていた『てふてふ』達のポケモン達の内、『女郎蜘蛛』と『蝙蝠少女』の彼女、それにゲンガー・ユキメノコ・ムウマージを相手にした者達は大蠍グライオン以外に残っておらず、その牙蠍ポケモンも六体の大蜘蛛達とそのトレーナーである女との戦いで疲弊しているのが見て取れる。
対して、双方三体ずつ計六体のデンチュラとアリアドスは未だ戦闘続行可能。三霊達もまだまだやれるといった風にニタニタとした笑みを浮かべて声を上げる。
牙を剥いて彼女達を睨みつけるグライオンだが、攻撃を仕掛けて来ることはない。しばしの休戦状態が作り出されている。
だが。
他方、老執事と犬耳犬尾の少年とそれらに迫った者達は今将に乱戦染みた戦いを繰り広げていた。
離れた場所から鋭く指示を出す『てふてふ』の『鷲』・『鷹』・『雀』の三名。それに従いホワイトブリムを着用したサーナイト『右鏡』『左鏡』に抱えられた少年へと向かい飛ぶウォーグル・ムクホーク・オニドリル。
それを、蜘蛛糸操る少女が指の動きだけで作り上げた網で絡めとる。
自由を奪われた猛禽達が失速。地面へとその
頭を向ける。
次の瞬間にその緊縛が断ち切られる。自由を取り戻す三羽の異形達。
そして蜘蛛糸を
きりさいた二体のエルレイドは流れる所作で肘から伸びた刃を構え直し『女郎蜘蛛』の娘である、おかっぱ頭の少女――『姫』へと向かい地面を蹴る。
風切る勢いで『姫』へと迫る二体の剣魔。
その二体に向けて叩き込まれる鋼の拳。金属質の咆哮の四重奏が割れ響く。
そこに。先の三羽と二体と一人。その後ろで風を切り刻み、絶妙の間でもってメタグロス達の軌道の空きにと舞い降りた鋼の鳥。その背からふわりと白い足元を靡かせて黒縁眼鏡を掛けたサーナイトが降り立った。
同時。鋭利な刃の切れ味などは関係無しにそれごと砕く、只々単純な重量と硬度と膂力の掛け合わされた鋼の殴打がエルレイドの目前まで迫る。
しかし。大質量の金属生命体達が放つ一撃は剣魔達に届かない。
刹那よりも短い挙動。黒縁眼鏡の奥のその赤い瞳をきらりと輝かせ『家令』のサーナイトが放った強大な念によってその
巨きな身体が非ぬ方向へと吹き飛ばされ地面へと叩きつけられる。
『姫』の叫び声。メタグロス達を心配するその声。
それが聞こえ『蝙蝠少女』の意識はそちらへと意識が傾いた。そしてそれは母である『女郎蜘蛛』も同様であったらしい。視線がそちらを向き、僅かな思案の後に三体の電気蜘蛛へと援護を指示――
その隙を、『てふてふ』の『蠍』は見逃さなかった。大きく通る声で指示が飛ぶ。
指示は唯一言。「蹴散らせ」。
はねやすめていたグライオンはその言葉を受けて弾ける様に動き出す。