W-19
散弾と化した岩の破片。それらを四足の
飛竜の息吹と、ぽわぽわと丸い両手に付いた綿毛からつぶらな瞳の異形が放つ
タネマシンガンが撃ち砕いていく。が、自在に軌道を変えるそれを全て消し飛ばすことは叶わずに幾つかの直撃を受けるその二体。苛立たしげな鳴き声が上がる。
一方、小さな身体で懸命に
こうそくいどう中のバチュルだが、それを追い立てる影が三つ。
小さく鳴いて電撃を放つ小蜘蛛。しかし
そらをとぶ三羽の異形が相手では容易には当たらない。
そして電撃を放つ為に若干速度の鈍った獲物へと、三羽の異形それぞれが攻撃を仕掛ける為動く。
「何にも考えてねえのは分かってるが一応訊くぞ? 何で餓鬼を追わない? それとも目当てはあのバチュルだったか?」
「あら? 『ちょび』ちゃんも可愛いけど『姫』ちゃんとセットじゃないと魅力半減よ? 大丈夫? 『レディ』」
「あらあらぁ? 取り敢えず狩れそうな子から狩るっていぅ、いつものパターンが癖になっちゃってるのかしらぁん? ……あぁ、もうあの女の子ちゃん男の子とお爺ちゃんの所に着いちゃいそぉねぇ。『オジサマ』達ぃ! おまかせしまぁす! そしてもうバチュルちゃんからゲットしちゃいましょお! 行けぇアタシの『てふてふ』ぅ!」
「……先輩、コイツらぶん殴っていいっすか」
「一瞬許可しそうになったが止めろ……」
傍観する『不協和音』達と、けらけらと笑いながら鼻にかかって間延びした甘ったるい声で指示を出す、派手な格好の女のやり取りを背景音に速度を上げるスワンナ、デリバード、ドンカラス。
『レディ・バタフライ』の言葉に気障りな所作で頷いて、自分のポケモンへと指示を叫ぶ白服仮面の集団――『てふてふ』。
その指示通りに動く異形達。
ニンマリとした笑いを崩さない影霊が支配する
千万の岩の群。自在に軌道を変え縦横無尽に飛び交って空に浮かぶ飛竜と綿毛の異形を囲い、撃ち砕かれようとも別の岩弾が死角から襲う絶対包囲。それに囚われた内の一体、綿毛の異形――ワタッコが奇声染みた鳴き声を上げて乱射していた種の弾丸を変更。
種の爆弾に。
一際高く大きく奇声を上げて大量の
タネばくだんを無遠慮に四方へとばら撒いた。
「ぎゃはッ! 清々しい程の『
乱射魔』! ……ん? 『爆弾魔』か? 先輩、どっちだと思――グギッ?!」
「うふふ。本当に丈夫なのねこの犬って」
味方の飛竜さえも巻き込む連鎖爆発の爆音に混じってそんなやり取りが『彼女』の耳に届く。離れている為に直接の被害は粉微塵になった岩の残骸を孕んだ強風くらいで障りない。
むしろ――
「今よ! 『ばち』『ゆゆ』『るる』、
一〇まんボルト! 『いと』、
かげうち、『とと』はナイトヘッド、『まる』、
どくづき!」
――急な突風に煽られて態勢を崩した所を容赦無く攻撃を加えられる、『てふてふ』のリザードンとグライオンに障りがあった様に『蝙蝠少女』には思えてしまう。
収まること無く響くのは、岩弾が消し飛ばされ紫電が爆ぜ、異形とその主人達の様々な性質のものの混ざったざわめき。
それを切り裂く羽音。三羽の地鳴き。
先頭の白鳥がその純白の翼を振るい飛ぶ斬撃を放つ。続く紅白の企鵝と、立派に蓄えられた胸の白い羽毛を揺らす大鴉がその身に光を纏って急降下。一向きに地面を
こうそくいどうする黄色い小蜘蛛へと殺到する。
小さな電気蜘蛛の身体を目掛けエアスラッシュが鋭く迫る。
それに対し動いたのは闇色のクロークを纏った姿の小さな夜魔――ムウマージ。ひらひらと宙を舞いながら、唄う様に唱える様に鳴きながら数多のシャドーボールを叩き込み相殺。
苛立たしげに鳴くスワンナ。
嘲笑うムウマージ。ニタァと口元を歪め、電光の帯をその白い異形の鳥へと放つ。
その間に。
灰と青の光を纏って迫るデリバード。
黒の光を漆黒の翼に集めその後に続くドンカラス。
一瞬の加速により不可避とする
つばめがえし。斬りかかる紅白ペンギン。
それを。三本指の手から発生させた濃紫の光爪でずんぐりとした影が受け止めた。肌を粟立たせる不気味な哄笑が割れ響く。
嗤ったままに追撃をかけるゲンガー。シャドークローを出していない逆の手に火炎を帯びて殴りつける。
打音。鳥の悲鳴。
その隙を突き影霊をやり過ごした大鴉がバチュルへと斬りかかる。が、それもゲンガーは許さない。デリバードを殴り飛ばした
ほのおの
拳が振り切ったそのままに腕ごと闇を纏って掻き消える。
波打つ影。月光に照らされた黒鴉の真下。そこから紫色の影を纏った影霊の拳が勢い良く飛び出してきた。
そのままドンカラスの腹を抉るシャドーパンチ。くぐもった鴉の声。
そして追撃。
影から生えドンカラスにめり込んだその三本指の拳から、強烈な電撃が炸裂。
一〇まんボルトの高圧電流が山吹色の電光を散らせて大鴉の黒い身体を走る。
チャージビームに撃ち抜かれた白翼。炎拳に殴打され素っ飛ばされた赤翼の企鵝。電撃を叩き込まれた黒翼。三羽が苦痛に歪んだか細い鳴き声を零し地へと落ちる。
それとは逆に宙へと浮かぶのが地を疾走していた黄色い小蜘蛛。何が起きているのか分からないのか、脚をばたばたと動かし続けながら発せられる困惑の混じる鳴き声だが、どろどろと染み込んでくる様な粘着質な笑い声に遮られる。
笑い声の発生源である影霊のテレキネシスによって浮かぶ小さな電気蜘蛛。そしてバチュルの戸惑いの宿る鳴き声が次瞬に悲鳴染みたものへ変化する。
切っ掛けも初動も無く、唐突に横方向へと飛ばされたが故に。
地面を駆ける時よりも速く勢い良く宙を飛んで行く黄蜘蛛。その先には今まさに少年達の所へと到着しようとしている、おかっぱの少女と極彩色の毒蜘蛛が。
バチュルの悲鳴が尾を引いて響くのと時を同じくして、周囲に浮かんだ岩の群を悉く消し飛ばしたワタッコとボーマンダが罅割れた怒声を上げながら戦線に戻る。
その空に浮かんだ二体の異形の哮りが収まる前。水色光の帯が二筋、夜闇を両断して撃ち放たれた。
空気中の水分を細氷と変えながら奔る二条の
れいとうビーム。
真下より迫る超低温の光線。
既の所で気が付き回避の為に動く飛竜と綿毛の異形。だがそれも間に合わずにその身に受ける。直撃こそ躱したものの半身が凍りつく二体。
だが、戦闘不能にまでは出来なかった。
激昂する二体。追撃が放たれるより早く、ワタッコは凍りついていない方の丸い綿毛を下方に向けて
タネばくだんをばら撒いた。
死角から
れいとうビームで狙撃した振袖姿の雪女に向けて放たれたそれ。次々と地に落ち炸裂する。
翡翠色の光を伴う爆撃。絶え間なく襲う爆音と爆風に対してもユキメノコは微笑みを絶やさず、ひらりと舞う様に身を翻し回避する。
爆風に乗って空へと留まるワタッコだが、半身を凍結された為に安定を失いあらぬ方向へと飛んで行きそうになる。それを同じく凍りついた身体で無理矢理に
そらをとぶボーマンダが、凶悪な牙を備えた
顎で風に流され行くワタッコを器用に咥えて引き戻す。
勿論それだけでは無い。またしても作り出した錐体の巨岩を強く
撓る尾で打ち放つ飛竜。
轟音。風を貫いて射出されるストーンエッジ。
割れ響くワタッコの奇声。連続する爆発音。それに混じる断続的な射撃音。
タネばくだんと同時に
タネマシンガンまでもが一つの綿毛から放たれる。
凄まじい密度で迫るそれさえも、小さな氷女は滑るように舞いながら避け続ける。避けきれないものへ対しては作り出した
こおりのつぶてを盾替わりに凌ぎつつ。
とはいえ、攻撃に転じる余裕は無いようで徐々にと押され、紙一重を防ぎ避ける優麗な舞の舞台が移動していく。
そこへ迫る巨大な岩。
然しものユキメノコも弾丸と爆撃の暴風の中でストーンエッジにまでは対処出来ない。
だが、一度あれば当然二度目も起こり得る。先の結果を経験しながら何も変わらないその岩の一撃は――
――またしても、耳奥にべたりと残る笑声と共に桃色の光に蝕まれ静止する。
音無く空を滑り氷霊の元へと駆けつける二体の亡霊。
ストーンエッジを受け止めるゲンガー。吹き荒れる爆風の中で絶え間なく飛来する弾丸を多量の輝石と影の球によって相殺するムウマージ。
これにユキメノコを加えた三体の亡霊の、へばりつく様な笑い声が一層粘着質に響くのと同期してストーンエッジが再動する。
しかし、放たれる岩錐は変わらなかったがその後の反応は変化していた。
慌てる様子もなく幾多もの翡翠色の爆撃が綿毛から休むこと無く放たれる。巻き起こる爆発。伴う閃光。連動して立ち込める粉塵。
その影で、叩きのめされた三羽が羽を休めて復帰する。
それに気が付く三霊。翼を羽撃かせ爆風渦巻く空へと戻る三羽が、少女達の方へと向かおうという素振りを見せた刹那に行動を起こす。
けただましい鳴き声を上げて、無事に少年達の元へと到着した少女と蜘蛛へと飛び掛ろうとする三羽の異形の鳥達。それらに向かい発せられるどろどろとした笑い声。不快なその笑声に三羽が頭を向ける。すると向けた視線の先には大岩に目一杯伸ばした腕の内の片方を三羽に向け直し三本指の中一本を立てて、にちゃ、と嗤うゲンガーや口元に手を当てて冷笑するユキメノコ。更にはストーンエッジを狙う爆撃とは別に撃ち放たれる弾丸群を相殺し続けるムウマージまでもが嘲り嗤っていた。
微かに亡霊達から黒い光が滲む。
その三霊の
ちょうはつに、三羽は鋭い啼き声で応えた。翼で大きく風を打ち、進路を曲げて向かってくる。
様々な音の混じるざわめきに羽音を加えてスワンナ、デリバード、ドンカラスの三羽がゲンガー、ユキメノコ、ムウマージの三霊に迫るそれと同時。
完全に爆砕される巨大な岩。立ち込めた
塵埃も続く爆撃に吹き飛ばされる。
その影に居た半身の凍りついた二体の異形は。
どういうわけか凍った身体が元通りに。
その変化を霞んでぼやける視界に捉え訝しむ『蝙蝠少女』。そこに。岩の砕け散った砂埃の臭いを塗り替える芳しい香りが、『女郎蜘蛛』の後ろに庇われる『彼女』の鼻に届く。心地良い、安らぐ香り。それを嗅いだ瞬間に何となくだが、彼女の身体の痺れが弱くなった。
更には糸を繰ってグライオンとリザードンを相手取る、大蜘蛛達の動きを鈍らせていた痺れも見られなくなっている。
「
こおり状態治すのにアロマセラピーは良いとは思うが、拡散し過ぎて
しびれごなを無意味にしたぞ。そろそろ真面目に指示を出せ『レディ・バタフライ』」
「キャハッ。良い香りぃ。あの仔のコンディション最高なのねぃ『綿毛』ぇ? ……でもそうねぇ。『白刃』、お願い出来るかしらぁ?」
呆れと怒りを綯い交ぜにした黒服の中年男の言葉に、
薄荷の香りの煙を吐くのみで答えない桃色と緑色をした髪の女。答えはしないが甘ったるい声でのんびりと、自分で指示を出すことを放棄する。
蕩けた言葉の向けられた先。一一人居る白服帽子に黒仮面の男達『てふてふ』の内の一人『白刃』だが、しかし気障りな仕草で小さく首を振って峻拒する。
薄紫色に塗られた唇に、煙草を持たない手の豪奢に飾り付けられた爪の目立つ人差し指を当て小首を傾げる『レディ・バタフライ』。しかしそれにも視線を向けずに一点を凝視し続ける『白刃』以下三名。
その視線の先では。
四体のメタグロスが張った二種の障壁へと、真正面から些かも速度を落とさずに次々に突き降りていく四羽の異形の鳥達の姿が。