W-18
巻いた白いマフラーを靡かせて『二代目・滅びの紡ぎ手』と二匹の蜘蛛が一直線に少年と老人達へと向かい宙を舞う。そこへ、阻む様に異形の鳥達が三羽肉薄。
先頭。長い首に長い嘴、純白の羽毛に包まれた大きな翼を広げ迫る異形の
白鳥スワンナ。次いで。袋の様に使える尾を片方の翼で挟んで器用に飛ぶ赤と白の羽毛の
企鵝デリバード。最後尾。闇色の中折れ帽のような冠羽と胸元の白い羽毛を風に揺らしながら漆黒の翼を広げて地鳴く異形の
黒鴉ドンカラス。それら全てが光を散らしながら襲いかかる。
同時、少女『二代目・滅びの紡ぎ手』の母である『女郎蜘蛛』とそれに守られる『蝙蝠少女』の方へも二体の異形が迫っていた。
それは、翼膜の張った大きな翼と先に炎の揺れる長い尾を有した橙色の火竜リザードンと、これまた太く長い尾で身体を支え立つ異形の蠍グライオン。この二体。一方は、かしがましい羽撃きと炎を散らし上方から、もう一方は尾で反動をつけて地を這うように跳んで来る。
瞬く間。それら『てふてふ』の手持ち達は娘と母の眼前に。もう一人、寝椅子に伏せた『蝙蝠少女』は軋む肢体を動かそうともがいてみるも身体が痺れて動けない。
害意を孕み身を竦まさせる威迫の鳴き声をあげて迫る異形達。
しかしそれに対する母娘の反応は――
「邪魔を――しないでッ!」
「たったのこれだけで――舐めるなッ!!」
――刹那たりとも怯むこと無く少女は片手で、女は両手で蜘蛛糸を繰る。
いとをはく蜘蛛達。蠢く細く白い手指。微かに薄緑色の光を帯びた蜘蛛糸が夜闇を舞い踊る。
吐き出される蜘蛛糸を『滅びの紡ぎ手』と『女郎蜘蛛』は撚り合わせ編みあげて、迫る『てふてふ』のポケモン達を絡めとる。
粘着質な糸に自由を奪われ失速する五体の異形達。しかしこれで仕留めたという訳ではなかった。威圧的な、
劈く様な鳴き声と共にそれぞれその身から光を発し糸の拘束を逃れる鳥達と火竜と大蠍。
だがしかし、その間に少女を背に乗せて跳ぶアリアドスは鳥型の異形達との距離をあけている。騒がしく鳴き散らしそれを追う蜘蛛糸を引き千切った三羽。
もう一方。蜘蛛糸を
ひのこを散らし焼き千切ったリザードンと炎を宿した牙で焼き切ったグライオンであったが、その周りを麻痺した身体から白の激光を発するアリアドス達と黄色く短い体毛を逆立て帯電したデンチュラ達が囲んでいた。
視線を戻せば、異形の白鳥と企鵝や鴉に追われながら真っ直ぐと少年達の方へと向かう少女達。だがその行く手を阻む様に、また別の『てふてふ』のポケモン達と『グラエナの少年』の
亡霊達が激しくぶつかり合っていた。
其処へ、戸惑うこと無く飛び込んでいく少女と蜘蛛達。
飛び込む既の所で追い立てるスワンナ、デリバード、ドンカラスがそれに追いつく。光を帯びて蜘蛛への攻撃の初動へと移る。
同時、もう一方。囲まれたリザードンとグライオンが牙を剥いて暴力的な鳴き声をあげそれらを薙ぎ払うのであろう体勢をとる。
――が、それよりも早く蜘蛛達が動く。
「『ちょび』! お願い!」
「ぶちかませッ!!」
少女の被ったポンチョに張り付いた小蜘蛛――バチュルが、少女の言葉に応える様に小さくしかし鋭く鳴いて鳥達へ向かい跳び、女の掛け声の下、火竜と牙蠍を包囲していた二種の大蜘蛛も跳躍する。
小さな電気蜘蛛の機先を制す
ふいうちは、小さな身体に見合わない威力で先頭に居た白鳥の顔を張り倒す。それにより攻撃の間を崩された三羽。その崩れた間が修復する前に単身で立ち向かうバチュルは力の限り
ほうでんした。
同時、二体の大型の異形に跳びかかった大蜘蛛達。片方は炎を
顎から滴らせ哮る火竜へと強力な電流を至近距離から流し込み、もう片方は痺れた身体でまるで
からげんきでも見せるかの如く激しく重々しい一撃で跳ぶ大蠍を強打する。
断続的に続く電撃の爆ぜる破裂音。鈍く重い打音。スワンナ、デリバード、ドンカラスの悲鳴染みた鳴き声。同じくリザードンとグライオンの苦鳴。自分の蜘蛛達の成果を見た母娘は同時に片手を中指だけ立てて、に、と笑う。尤も、娘の方は無意識にやったことなのだろう。顔を赤らめ直ぐ様ぶんぶんとその手を振って無かった事にしようとしているが。
何となく、似ていないと思っていたが意外としっかり母と娘なのだと、それらを見ていた『彼女』は場違いにもそう思った。
「ありがとう『ちょび』! 後は逃げて! ――『セバスチャン』さんッ! 私達が壁とか張るから抜けてきたのを相手してください!!」
戦闘の背景音を打ち消す鈴の音の様な少女の声が割れ響く。
「『鉄皇』と『磁王』はリフレクターッ。『マグネ』と『ネオジム』は
ひかりのかべッ」
「承知しました、が私は『セバスチャン』ではありません。ですがお気をつけて勇敢なお嬢さん。――では、『右鏡』と『左鏡』は『ノラ』くんと此方に来る『姫』さんを優先してください。『天地』と私は……積極的に自衛するとしましょうか」
少女の指示に従って、動く鉄塊達。二体一組となって頭上へと二種の障壁を宙へと展開する。
金属質な鳴動めいた鳴き声と共に宙から注ぐ桃色の光に照らされる、老人と片眼鏡を掛けたサーナイト――『天地』。同じく光の下に居るぐったりと頭を垂れるグラエナの耳と尾を持つ少年を抱えて守る、ホワイトブリムを着けた二体のサーナイト達――『右鏡』と『左鏡』は、『セバスチャン』と執事風の同種から一歩下がった位置に。
あくまで
瀟洒な所作で白手袋を嵌めた手に持ったままであった伸縮式の警棒を構える老執事。同じく優美にひらりと下半身を揺らして、しかし張り詰めた雰囲気を纏う執事・女中風の人型の異形達。
その全員の視線は頭上へと向けられる。
その目線の先。天高くから迫る四対の異形達もかなり近づいて来ていた。
一方、地上では三体の亡霊と激しく撃ち合う二体の『てふてふ』のポケモン達が。
その数多の
わざの飛び交う真っ只中に飛び込んでいく少女と大蜘蛛。
ゲンガーの放つシャドーボール。ムウマージの放つパワージェム。ユキメノコの放つ
こおりのつぶて。それぞれ違う光を帯びたその砲弾の如き弾幕を凌ぐ量と勢いで、翡翠色の弾丸が乱射され拮抗しているその場。その合間を縫う様に小刻みに
とびはねる。
流れ弾が掠めるが、減速することなく進んでいく少女達。
其処へ、三霊達と撃ち合うのとは違うもう一体が罅割れた咆哮と共に錐体の巨岩を撃ち放ってくる。
鋭く尖った先端を少女とアリアドスへと向け迫る薄茶に光る大岩――ストーンエッジ。飛び交う光の弾に削られながら、しかし勢いと威力は充分に弾幕と風を砕きながら飛んで来る。
「なぁ、あれは下手するとあの餓鬼死ぬぞ? それとも死体が欲しいのか?」
「え? あたしにそんな性癖は無いわよ? 大丈夫なの『レディ』?」
「あらあらぁ、ちょぉっとやりすぎねぇ。貴方達ぃ、欲しいのは生きたその子達よぅ? 死体にしちゃだめよぅ? ……『お嬢様』ぁ、あの子達が動かなくなっちゃったらごめんなさぁい」
「がぁぁぁああッお前ら適当過ぎんだろ!! ああもう何でこんな奴の言う事聞いたんす――ごふッ……」
「
五月蝿え。これ以上頭痛の原因を増やすな」
少女と蜘蛛に巨岩の迫る様子を眺めながら発された『指揮者』の言葉に各々が反応し喧騒めいた物を奏でている内に、『滅びの紡ぎ手』に対する滅びはその眼前に。
いとをはき続けるアリアドスは避けようと身体を沈めるがここにきて
しびれごなの影響か動きが鈍る。
圧倒的な圧力をもったそれに相対する『滅びの紡ぎ手』は、しかし怖じける事無く跨る大蜘蛛の背から両手を離し糸を
繰る。紡ぎ撚り合わせ織り上げて、瞬く間に巨大な蜘蛛糸の網を作り上げた。
「ん、くぅッ」
光の弾幕を突き破る様に迫る大岩を網に掛けた少女。しかしメタグロスの
かいりきでも無い限りその軌道は僅かも逸らせない。
「シグナルビーム!!」
自身達を襲う火竜と大蠍を相手取っていた大蜘蛛達の内、電光を発していた三体が、『女郎蜘蛛』の言下にそれら二体から
外方を向く。次瞬。目の前の敵とは関係のない岩塊へと不思議な色味の光線を撃ち放つ。
薄緑の軌跡を残して奔るシグナルビームは少女と蜘蛛に迫るストーンエッジに突き刺さる。が、しかしその表面を削りとることしか出来ない。
クロバットの翼の『彼女』も動かない身体を無理矢理に動かして飛ぶ斬撃を繰り出すも、それは届くこと無く中途で掻き消えてしまう。
「くッ……」
「ちぃッ……そのまま連射! ――亡霊共! 見殺しにしたらぶち殺すからね!!!」
“普通”では無い癖に、まるで普通に怪我と疲労と
しびれごなで思う通りに動けなくなる自分に対して苛ついて歯噛みする『彼女』。六体の内三体が戦線から離れ大岩を撃ち続けている為に、自身が前に出て蜘蛛糸を繰り、アリアドス達と共にリザードンとグライオンを相手に奮闘する『女郎蜘蛛』。舌打ちと共に半ば以上に真に迫る大声で“娘を助けて”と乱れ撃たれる
タネマシンガンと撃ち合っている三体の亡霊達へと叫ぶ。
様々な声や鳴き声、戦闘音の混ざる中。迫る鋭利な岩に対し、決して諦めた様子を見せない『滅びの紡ぎ手』。だが、一向に好転する兆しも無い。
絶対的な圧を帯びて少女の眼前まで迫るストーンエッジ。
そこへ。粘ついた笑い声を混ぜながら亡霊の一体――ゲンガーが少女と岩塊の間へと滑り込む。
光弾に身を晒し身体を削られながらも浮かべたニタリとした笑みはそのままに、その短い両腕を肉薄する巨岩へと向ける影霊。
そして放たれるは眩いばかりの桃色の激光。強力な念動力――サイコキネシス。瞬くよりも速く
いわのチカラが物質化した鋭利な岩塊を念のチカラが侵し尽くす。
結果。割って入ったゲンガーごと少女とアリアドスを刺し潰す寸前に静止するストーンエッジ。ぴたりと不自然な状態で宙に浮かんだままに。
刹那後。肉片を踏み躙る様に粘ついた笑声が巨弾を止めた影霊から発せられる。
「ありがとッ!」
悍ましい笑い声を合図に麻痺より復帰した大蜘蛛が
とびはねる。助けてくれた亡霊に短く礼を残して前を向く『滅びの紡ぎ手』。
同時、汚濁の如く濁った笑いが更に澱むのと共に空に止まった大岩が動き出す。しかし軌道は逆再生。雄叫びを上げながらストーンエッジを放った飛竜へと真直に返って行く。
それを見て、『指揮者』と呼ばるる中年男の手持ちである二足で立つ飛竜カイリューとは違い四足の飛竜――ボーマンダと、膨大な光の弾丸を放ち続ける両手と頭頂部に丸い綿毛を備えたこれまた丸い輪郭の異形――ワタッコの主人である『てふてふ』二人の指示が飛ぶ。
それに従い、迫る大岩への対処を優先する二体の異形。避けるという選択肢は無い。只
かいりきによって放られたのではなく、にちゃりと笑んだゲンガーが念動力によって自在に軌道を操ることが出来るが故に。
その結果、横殴りの雨よりも激しく飛び交っていた弾幕が途切れる。そこを黄色い小蜘蛛が駆け抜ける。
放たられた時よりも加速した巨岩。それに向かい真っ直ぐ飛び肉薄するボーマンダ。暴虐的な蛮声を上げながら蒼と橙――竜属性の烈光を帯びた尾を振るいそれを粉砕。
ドラゴンテールによって大小無数の破片へと化した大岩だが。それでその岩弾が止まることはなかった。
「ありがとう。礼を言うわ!!」
娘を助けられた『女郎蜘蛛』が白く長い指を蠢かしながら視線だけを向けて言った礼。それに応える様にずんぐりとした体型の亡霊はケケケッと不気味に笑った。
そしてそれに同期する様に砕かれた岩の群れがボーマンダとワタッコへと向かい殺到する。