W-16
目も眩む程の閃耀。次瞬に拡散した光が五体の蝶へと姿を整え収束する。
外へと放たれ空を舞う、極彩色の大きな翅を持つ異形の
鳳蝶が生み出す風に、緑と桃色の長い髪を靡かせて笑う『レディ・バタフライ』。甘く響く声で、そのアゲハント達と無言のままに佇む白服の男達へと指示を出す。
「『アデライード』『ディアマンティーナ』『デルフィーヌ』はぁ、
しびれごな。『カッサンドル』『セレスティーヌ』は
ぎんいろのかぜでそれを散らせなさぁい。そしてぇ、『お前達』は駄犬さん達を大人しくさせといてぇ」
バトルなどで呼びやすいようにつける名前は五文字以内が良いとされる、ポケモンに疎い『蝙蝠少女』でも知っている基礎を無視した名付け方をされた鳳蝶達と、『お前達』と一纏めにされた仮面の男達が言下に動き出す。
そして同時に『レディ・バタフライ』勢の全員が取り出し装着する防塵マスク。持っていないのか、微笑したまま動かない『妹様』へは自分用以外にもう一つ取り出した派手な女が口元に添えて着けてやっている。
その間に三体のアゲハント達の大きな翅から薄緑色の光を帯びた鱗粉が振り撒かれ、残りの二体が羽撃き淡く薄緑に発光する鱗粉を乗せた風を勢い良く渦巻かせる。
月光を受けて銀色に煌めく旋風が、内に宿した吸えば麻痺する鱗粉の薄緑色の光と混ざり合いこの場を幻想的な色合いへと染め上げる。
「ゲホッ、おいコラそこの馬鹿女! なに撒いて――あァん? あんだテメェら。……ぶっ殺すぞおらッ!! バクフ――」
「黙れ。そんでとっとと全員ボールに戻せ」
「何でっすか!
まひとかしててもこんな奴ら……つーか先輩のカイリューとハッサムが
しんぴのまもり使えばそれも無効に――」
「手前ぇのエネコロロとトロピウスも使えるわ阿呆。序にアブソルのマジックコートでも似たような事は出来る。が、それをしたとして、『女郎蜘蛛』に『二代目・滅びの紡ぎ手』、だったか? あの餓鬼は。それに動けるか知らんが『グラエナの耳と尾の餓鬼』に『クロバットの翼の餓鬼』、更には得体の知れねえ爺。それだけならまだしも、加えて『レディ・バタフライ』と『てふてふ』。こいつら相手にする余力はねえよ」
鱗粉を散布する『レディ・バタフライ』と、『不協和音』の周囲を取り囲む様に展開した白服の男達――『てふてふ』に対し逆立てた金髪を掻き毟りながら激昂する『雑音』。その言葉に『指揮者』の冷え切った言葉が返される。
「他にもあの小娘、とんでもないもん連れてそうだしな。じゃなきゃあそこまで不遜でいられないだろ。あの『翼付き』を諦めないと『女郎蜘蛛』達と『レディ・バタフライ』達のどちらも相手にすることになる。畢竟、無理だ。諦める」
「でもッそうすっと、商品全部ぶっ飛んで、そんで辛うじて残ってた一番高い商品は逃げられるか奪われるかはともかく取引出来ない、更に俺ら以外壊滅ってもう、海に沈むか山に埋められるかっすよ」
「まあ、商品とあいつら全滅したのは九分九厘『八色』が原因だろうがな。『殺戮人形』が出たならしょうがないと言やあしょうがないんだが。だが失敗は失敗だ。どうせ外様の俺らを良く思ってねぇ幹部連中が何か言ってくるだろうしな。だから逃げる」
未だ続く『化物』と『怪物』の闘争の轟音を背景音にさらりと、黒服の中年男は肩をくすめてそう答える。
更に『指揮者』の言葉は続き、
「『
首領』が組織解体しちまって流れた結果が今の場所だ。あの人の為に命を投げるのは惜しくねえが、今の糞みたいな組織に捧げるのは惜しい。糞みたいな奴らの中から選別したあいつらも今頃は肉片だしな。これも惜しいことをした」
「『楽団』の皆より大分弱っちかったですけど、まぁ使えはしましたよねーあいつら。でも先輩、結構真面目にあの中でやってたように見えたっすけどそんな事考えてたんスね……そんで逃げる宛てはあるんすか?」
「仕事と感情は別だろう。気に入らねえからと言って手を抜くのは好かん。それに宛ならあの眼に痛い女とイケ好かねえお嬢様が言ってたろう。そのお嬢様が飼ってくれるってよ。――なぁ? 好待遇だと尚良いんだが?」
手持ちの異形達を全て球へと戻した閃光の中で、不敵に笑いそう問いかける。
遠く轟く終わることのない破壊音と渦巻く
ぎんいろのかぜの
音が混ざる中、二つ結びの髪を揺らしながら可憐に立つ『妹様』は防塵マスクを着けて唯一覗いている円らな瞳を細めて答えた。
「下種らしく粗野で野卑た物言いだこと。でも、そういう物分りの良さは好きよ。良いわ。番犬にするつもりだったけど、気に入ったから貴方は使用人にしてあげる。そっちのとりわけ低俗そうなのは番犬で良いわね?」
「あァ? テメエナメてん――グゴッ?!」
「ああ。それで構わない。まぁ餌と犬小屋くらいは用意してくれると助かるが。駄犬だが、それなりに使える犬なんでな」
手に持つ旋棍で腹を打ちつけ強制的に『雑音』を黙らせて少女へと言葉を返す中年男。同時、もう片方の拳銃を持った手を小さく動かすと、それを合図に周囲で牙を剥き出して今にも近くの『てふてふ』達に飛び掛かりそうな唸り声をあげている、金髪男のポケモン達が閃光に包まれる。そして尾を引く唸り声を響かせながら異形達は腹を抑えて地面に屈み込む主人である男の、その腰元へと吸い込まれるように掻き消える。
その様子を見て『妹様』と『レディ・バタフライ』が発する防塵マスク越しのくぐもった笑声が響く。
「漫才やるならとっとと消えなさいよ。寒いのよこっちは。というか『妹様』もどういうつもり?
家の娘と
騎士なおチビちゃんは『お姉様』のお気に入りよ? そうよね『セバスチャン』?」
数多の色と音のその中で、凛とした響きに多分な棘を含ませた女の声が割り込むようにして放たれる。
「ええ、そうですね。大層気にいっておられる様子です。あと私は『セバスチャン』ではありません。……『右鏡』『左鏡』、
ふしぎなまもりはまだまだ維持してください。『天地』はそのまま警戒を続けてください」
「よねー。それを横から奪いとろうとか無いわよねー。……あ、出来るだけ吸わないようにしなさい。何でもいいから口元覆って。――あんた達は申し訳ないけど我慢して。蝶女はまだしも『てふてふ』達が居る中でボールに戻すわけにはいかないから」
しびれごなが充満する中、コートの袖で口元を押さえながら『姫』と『蝙蝠少女』にそう言う『女郎蜘蛛』。周囲の異形の蜘蛛達は動きを鈍らせながらも牙を鳴らしてそれに応えている。
「どの口が言ってんだ。奪い屋『滅びの紡ぎ手』」
「うっさい。今は違うって言ってんでしょーが。――え? あんたらがあのヒラヒラうざったいの狩るって? おばか。『てふてふ』は全員
ひこう使いなのだから、邪魔されるに決まってるじゃない。『ばち』『ゆゆ』『るる』は『火竜』と『
蠍』。あんた達なんて全員と相性悪いんだからこっちから攻めるのは止めときなさい。『ばち』達もよー?」
口を
挟んだ『指揮者』に苛立たしげに言い返した『女郎蜘蛛』。牙を鳴らして蠢くそちらへと視線を移し、まるで会話するようにそれら極彩色の蜘蛛達を窘める。
「あら? お姉ちゃんのものを奪い取るなんてそんな野蛮な事はしないわよ? “お姉ちゃんよりもあたしと居た方が良い”とあの子達の目が覚めるだけだもの」
「きゃははッ。おばさんはうるさいからぁ、もうその気持ちの悪い蜘蛛達みたいに地面に這い蹲って静かにしててぇ? じゃないとアタシの『てふてふ』達が空から啄んじゃうわよぅ?」
そこに、少女の訂正と『レディ・バタフライ』の挑発めいた笑い声が割り込んできた。
その直後、それを聞いた『女郎蜘蛛』の整った美貌が引き攣り更にそれと共に何かがプツンと切れる音を、その傍で蜘蛛糸のソファに伏す『彼女』は耳にした気がした。
「あー煩い五月蝿いうるっさい!! その喧しい蝶女ぶち抜きなさい『ばち』『ゆゆ』『るる』!!」
赤味がかった茶色の髪を不機嫌に片手で掻き乱し、舌の根も乾かぬうちに前言を撤回し黄色の大蜘蛛達に攻撃の指示を叫ぶスーツ姿の妙齢の女。
言下、即座に反応する異形の大蜘蛛達。黄色い細かい体毛をその身に帯びた電気によって逆立たせ、一呼吸の間も無く一条の光線を笑みを浮かび続ける女に向かって撃ち放つ。
薄緑色が淡く滲む
ぎんいろのかぜが吹き荒れる中を計三条の紫電の光線が奔り、一人で笑いさざめく緑と桃色の髪の女へと突き刺さる。
その間際、『レディ・バタフライ』の目前で閃光が拡散。
そしてそれが収束する。光が消え去ると、狙われた
驕奢な女は何事もなかったかの様に無傷で佇んでいた。
「きゃはぁ。ありがとう『蠍』。愛してるわぁん」
蕩けた笑声で白服仮面の男達の一人へと甘く間延びした礼を発しる緑と桃の髪の女。礼を言われた『蠍』と呼ばれたその白服の男は気障わりな仕草で小さく帽子に手をやりそれに応えている。
そして何故『レディ・バタフライ』が無傷か。それはその眼前に現れた異形の蠍が三匹のデンチュラの放ったチャージビームの盾となったから。
その異形の大蠍。三角形の尖った大きな耳をもち、裂けたかの様に大きい口からは鋭い牙が覗く。そして『指揮者』の連れていたハッサムのものと似た鋏を有し、背には翼には成り得ないが風を捉えることは出来るであろう黒い皮膜が張っている。身体と同程度の長さの強靭な尾によって体躯を持ち上げ地面に立つその体高は二メートル近く。牙蠍ポケモン――グライオン。そう呼ばれる、
でんきタイプの攻撃を無効化する
じめんの属性を有するポケモンである。
「うふふ。勿論、君もねぇ? 庇ってくれてありがとぉ」
ブーツの踵を込みで一八〇センチメートル近くある自身よりも、頭一つ高い所にあるその大蠍の顎下を軽く撫ぜながら『レディ・バタフライ』は『女郎蜘蛛』へとニタリと目を細めて嘲笑う。更に、視線を向ける蜘蛛使いを煽るように空いているもう片方の手を腕ごとゆるりと開きながら小首を傾げると。
「……『鉄皇』、グライオンに
しねんのずつき」
唐突に、今まで静かだった『姫』が口を開いた。自身の手持ちの生きた鉄塊の一体に出す
わざの指示が鈴の音の様にりりんと転がる。
「わきゃあッ?!」
「ギャハハ! ざまぁ――ごふッ?!」
「
五月蝿ぇ黙れ」
次瞬、がごんという重く鈍い音を立て、撫でられて目を細めていた牙蠍の頭が桃色の光を散らした空間に打ち据えられる。ぐらりとよろめく尾で立つ大蠍。しかしよろめくだけで倒れはしない。
突然の攻撃に、流石の『レディ・バタフライ』も笑みも消え失せる。
「勝手にごめんなさいママ。……なんか、いらっとした」
ぽそりと、白いマフラーで口元を覆っているポンチョの少女が母であるスーツ姿の女へとおかっぱ頭の顔を向けて言う。
「あははははははッ! 苛つくのは確かだから気にしないで良いわよ! むしろよくやったって褒めたげる! でもどうせなら盾じゃなくて蝶女本人を狙っても良かったわよん。――さあさあ、可愛いあたしの娘に先越されて何してんのよ! まだまだおチビちゃんはピンチよ! 働け亡霊共ッ! あと『ばち』『ゆゆ』『るる』! 『蠍』が居るんだからなんでチャージビーム撃つのよ。今度からシグナルビームッ。……ぷッくく。まぁ家の可愛い娘が最高な行動してくれたから許すけど……あはははははッ」
扁桃形の瞳に泪さえ滲ませて大笑する『女郎蜘蛛』に、発破をかけられた亡霊達。即ちしばらく何をするでもなく宙に漂っていたゲンガー、ムウマージ、ユキメノコ。この三体。
『女郎蜘蛛』の言葉に応える様に、ゴーストタイプのポケモン達はそれぞれ全く見目の違うその顔にしかし全く同質の粘着質な笑みを浮かばせて、燐光をその身から吹き散らす。
ずんぐりとした体型の影霊はその短い両腕を目一杯広げて黒い光を帯びた衝撃波を全方位にわたって断続的に撃ち放ち。
紫色の魔女帽と同色のローブを着た魔女かの様な姿をした亡霊が呪文めいた鳴き声を上げれば、体色よりも濃い紫色の燐光の混じる生温く
あやしいかぜが吹き荒ぶ。
白と薄青色の振袖に赤い帯を巻いた童女姿の氷霊がひらりと舞えば、
忽ち水色の光に細氷が煌めく
こごえるかぜが逆巻いた。
三霊の生み出した波動と風が重なり合い時には分かれてあらゆる方向に牙剥く暴風となって、空を悠然と羽撃く異形の鳳蝶達の捲き起こす
しびれごなを孕んだ
ぎんいろのかぜを吹き散らして塗り替える。
更にその亡霊達と蜘蛛使いの女の笑い声が乗った凶々しい風は、鱗粉の混じる風だけでなくそれを発するアゲハント達をも飲み込んで、それらを木の葉の如く吹き飛ばしていく。
千々に渦巻く凶風に巻き込まれた蝶達がその末に地面に叩きつけられる寸前、閃光となって桃色と緑の髪を風に舞わせる女の腰の太いベルトに付いた球へと吸い込まれる。