W-7
「……このまま逃げられないかな?」
「んー、多分難しいかなぁ。まだあっちも空飛べるの居――ッ! お姉さん!」
「あ、うん、わかってる! しっかり掴ってて!!」
翼を休めていたカイリューが復帰。加えて地上から吹きあがる火炎。
はねやすめたカイリューは
しんそくの勢いで
そらをとび背後より迫り来る。否。来る、ではない。既にその太い腕が彼女達に届く程の至近距離に。
下方からの火炎を横に移動することで躱す。そこへ迫る凶悪な唸り声をあげる巨竜。
振るわれるその爪が彼女の腰にしがみつく少年に届く
怛刹那前に反転。空を斬る竜の爪。蒼と橙の光が軌跡に残る。
カイリューが追撃へと移る一瞬の隙に、彼女はその顔面を足先に生み出した
毒々しい色の光剣で斬りつける。両足に光る毒刃の斬撃。左右交互に斬り裂き、結果分厚い竜の皮膚に生まれる傷跡は十字。
呻く柑子色の巨竜。その隙をついて急降下。霰の散る空を切り刻みながら滑空する彼女と少年。
その
最中、反響定位によってウィンディとベトベトンの姿が消えたことを察知。
その次瞬、眼前に桃色の光と共に二つの球体が出現。テニスボール大の紅白のそれは、モンスターボール? 同じくエコーロケーションによって少年の腰のベルトに在ったボールが消えていることも知る。
ならばこれは少年の? その考えに至るが既に彼女が掴む時間は無かった。
「おっと。サンキューッ、『詠華』!!」
代わりに少年が片手を伸ばし器用にキャッチ。その後にそう叫ぶのを聞き、彼女は『よみか』という少年のポケモンの中の一体が倒れた二体を、どうやってかは知らないが少年からボールを取り去り、その中へと戻したのだろう。そう考える。
ポケモンのことは詳しくない彼女でも、ボールの中へ戻すことくらいは知っている。
空間移動するポケモンも居るらしいので、まぁ出来るんだろう。といった風に納得する。
「んじゃ、俺はあの金髪と
戦るから!」
地面が迫る中で少年はそう言ってしがみついていた腕を緩めた。そのまま両手を地面へと付ける体勢で着地。獲物を狩る肉食獣の様に低姿勢で、右手に特殊警棒を持ち軽薄な中に獰猛さを交えた笑みを浮かべる『雑音』へと向かい猛進する。
「オッケー。じゃあ私はあっちを!!」
少年と並び低空を飛ぶ彼女は、ならば、と考えた結果、叫ぶようにポケモン達と『雑音』へと指示を出し続ける『指揮者』を標的に。
右手に拳銃を持つ黒服の中年の男――『指揮者』へと瞬く間に肉薄した彼女。先程カイリューを斬りつけた光刃によって斬りかかる。
違いは両足に加え両手の先からも毒刃が生じていること。
「――ッラアァァ!」
気迫と共に乱舞する。菫色の軌跡を描く剃刀よりも鋭い四振りの光刃、
諸刃のそれが交差する乱撃。
灰と水色の風を纏い宙を舞う彼女の、四肢を使ったその斬撃を『指揮者』はー―
「ッ。餓鬼がッ! 舐めんじゃねぇッ!!」
――腰の後ろに左手を伸ばし掴んだトの字型の棍棒を盾にすることで防いだ。
黒い背広の裾に隠れていたそれは四〇センチメートル程の長さの角柱に近いシルエット。
一方の端近くに垂直に伸びた短い棒を握った状態で彼女の斬撃を受ける『指揮者』。
旋棍を自在に操り連撃を防ぐ。更には――
「――ラャアッ!!」
――低く咆哮し、クロスした両腕の斬撃を弾いてしまう。
そして体勢を崩した彼女の胴を、黒のスラックスを履いた脚が蹴り抜いた。
「ぐ、ぎッ!」
鈍い打音を響かせ華奢な彼女の細い身体が宙を滅茶苦茶に回転しながら飛ばされる。その衝撃により展開していた毒の刃が消失。菫色――
どくタイプの光が散る。
痛みを通り越し吐き気すら覚えるが、しかし直ぐに体勢を立て直す。反転しもう一度『指揮者』の元へと加速しようとする刹那――
「ッ!?」
反響定位による知覚よりも早く、気が付けば眼前に冷たい眼をした男の顔が。
「だから大人しくしてろっつってんだろうが。そんなに痛い目にあいたいのかバケモン」
トンファーを持たない右手に握る拳銃の銃口が肩に突きつけられる。そして次瞬、刹那の躊躇なく銃爪が引かれる。
軽い炸裂音。
反射的に身体を捻りそれを躱す彼女。どうにか無傷。硝煙の臭いが鼻につく。
すぐさま上昇を図る。しかし間に合わない。飛び出た短い棒ではなく、端を握るという持ち方に変わり棍棒と化した
旋棍が振り下ろされる。
それをどうにか防ごうと、なんとか再び左手に毒光の刃を生成。そのまま斬りつける。しかしそれも『指揮者』の右手が持つ拳銃の銃身を刃の生じていない手首に添えられ押さえ込まれてしまう。
風を殴りつけながら迫る棍棒。
「――ッ。チッ」
しかしそれが彼女の頭を打ちすえる寸前、『指揮者』が舌打ち。棍棒の軌道が変わる。
何故? ――答えは既に知覚している。ただ目の前のことに集中しすぎて認識出来ていなかっただけ。
『指揮者』が彼女への攻撃を中止した理由。
「オ、リャァァアア!!」
それは、『雑音』と戦っていたはずの少年が、咆哮と共に『指揮者』に殴りかかって来たから。
後方から『雑音』が甲高い声でがなり立てるのを背景音楽に、『指揮者』の鈍器と少年の拳がぶつかり合う。
淡い水色の燐光を発する霰の舞う夜闇に鈍い打音が重く響く。
そしてそれは連続する。その名の通りの旋回も混じる棍棒の連撃を硬く握った拳や
体捌きでいなし続ける少年。
小さな身体で『指揮者』の体術を受け続ける少年の黒く長い尾が靡くのを視覚によって認識した刹那――
「お姉さん今! クロスポイズンッ!」
――少年が叫ぶ。
『クロスポイズン』とは何なのか彼女にはわからない。しかし身体が自然と動く。
毒が交差する? 意味がわからない。だが、現状と少年の声色を鑑みればこれは攻撃しろと言っている。そう理解する彼女。
犬耳の少年が放つ蹴りを旋棍で防いだ男。しかしその衝撃に動きが僅か鈍っているのを知覚する。
そこへ鋭く空を裂き、左手の光剣その一振りで彼女は斬り込んだ。
菫色の軌跡を空に残しながら黒服の男の肩口へと刃が迫る。
男は反応出来ない。蹴りを防いだ旋棍ごと左手をその腰辺りに動かすことしか出来ない。
少年が蹴りによって崩れた態勢を立て直しているのを知覚。
『指揮者』はまだ動かない。
あと一息で刃が届く。
その刹那、彼女はその視力の弱い視界に男の顔が笑むのを確かに見た。
閃光。男の腰元から目も眩む激しい光が突然発生。
その光が男を彼女から遮るように収束し、背の高い二足の異形が出現。
現れた紅い硬質な体表面と背に二枚の薄翅を有した異形の虫。それが彼女の毒々しい光で作られた刃を見様によっては顔にも見える肉厚の鋏によって打ち砕く。
「……ぇ?」
鋭いが薄い刃ではあった。しかしそれが何の抵抗も無く砕かれたことで、刹那彼女の思考が止まる。
「
はがねに
どくは効果は無いぞ阿呆が」
冷たく笑う黒服の男。それに応えるように硬質な外骨格に覆われた鋼虫――ハッサムが両の鋏を交差させ彼女を見据える。
反応出来なかったのでは無い。男は最小限の動きで反応していた。
次瞬にクロスした両の鋏が動き出す。呆けた彼女はそれを知覚して尚動かない。否、動けない。思考の回転が追いつかない。
薄緑の光を散らしΧ状に軌跡を描く斬撃が迫るのを只、呆然と眺めている彼女。
「うぉりゃッ!」
しかしその交差した斬撃は、態勢を立て直した少年が蹴り上げたことによって弾かれ彼女へ届かない。
跳び上がり脚を振り上げた故に地面から足が離れている少年。
それを真紅の鋼虫は逃さない。無機質に機械的に、弾かれた左腕を振り下ろす異形の昆虫。少年が着地するより早く、灰と藍の光を帯びた左の鋏で弾丸の如く殴りつける。
眼に追えない速度の一撃。少年の腹へと真っ直ぐと突き刺さる。
「――ぐ、ぅ……じゃあッ
むしと
はがねに
ほのおは効果は抜群だよな! 『
静華』!!」
しかし、それを両手で受け止めた少年。ニヤリ、と鋭い犬歯を覗かせ叫ぶ。
「あぁ? 何言って――ちッ、後ろだハッサム!」
訝しむ黒服。次の刹那に気が付いた。バレットパンチを防がれたハッサムが、右の鋏で追撃しようとしているその背後。音も無く接近していた一ツ目の巨影が右腕を振りかぶっている。
血飛沫の代わりに黒い霧を背中から吹き出しているヨノワール。しかし炎を纏い振り上げられるその巨腕に、微塵の弱りも感じ無い。
雪霰の降るその中で
赫奕と燃える劫火のその光と熱を感じ、ようやく彼女の思考が追いついた。
『雑音』が迫っている。カイリューが、蛇行するように屈曲しうねる
ふぶきによって轟沈。ゲンガーはルカリオと激戦を繰り広げており、ムウマージはバクフーンを引きつけている。そして
ねむりについて体力を回復していたアブソルが動き出している。それら全てを反響定位によって知覚。しかしそれを認識する前に巨霊が動く。